正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
“ビブルカード”と呼ばれるその一枚の紙は、別名──“命の紙”とも呼ばれている。
新世界では有名な技術、アイテムの一つであり、人の爪の欠片を専門の職人に渡すことで、一枚の紙となり、その人がどこにいるのかを示す道標になる。
大体はそれを細かく千切って大事な人や誰かに渡し、遠く離れた時でも平らな場所に紙を置けば、紙が持ち主の方向へゆっくりと移動するため、世界中どこにいてもその人がいる方角が分かる。
磁気の乱れにより示す方角がメチャクチャになる偉大なる航路でも、この紙があれば持ち主のところへはまっすぐ進むことでその人の下へ辿り着けるのだ。
また命の紙とそう呼ばれる理由は、この紙は持ち主の生命力を表しており、その人が死にかければ紙も小さくなり、死ねば消えてなくなる。回復すれば元通りになるなど、その人の安否を確認する手段でもあるのだ。
「──あの島か」
「そうみたい!」
──そして私は今……ロックス船長のビブルカードを辿り、ロジャー海賊団のナビゲーションをようやく務め上げたところであった。
新世界にあるその島。ビブルカードが指し示すその場所に、ロックス船長がいて……おそらく、ロックス海賊団の面々もいるのだろう。私は彼らのことを思い、深い溜息を吐いて声を明るくしてしまう。
「はぁ~~~やっと帰れる~! 皆、元気かなー」
「最強の海賊団と名高いロックス海賊団といよいよご対面か……どいつもこいつも元気が有り余ってそうな気配がするな」
「生きてる人はね。身内同士の殺し合いもあるから……何人かはいなくなってるんだろうなー。別にいいけど」
「お、おう……って、コメントしにくいなおい!!」
ギャバンのツッコミを受けながらも、徐々に島に近づいていく。……この船もこれで最後かぁ。これで最後だと思うと名残惜しく──はならないけど、もうちょっと楽しめば良かったかな? と思いはする。だからという訳ではないが、ふとロジャーとレイリーの方を見ると、
「……
「──ああ、分かるぜ相棒……すげェ気配を島の中心に感じるな。わざとここにいるぞって垂れ流してるのか……わはは、武者震いがしてきたぜ……!!」
「ああ、気を引き締めた方がいいな」
……とまあ2人して島の中心の方から感じる覇気に不敵な笑みと、真面目な顔でやり取りを交わしている。だが確かに──この気配は船長のものだろう。私でもわかる。船長の気配は強すぎるもん。他の人とは段違いの濃さなのだ。私の未熟な見聞色でも感じ取れる。
「……さて。それじゃ船長のところまで行こっか」
「おう!! ここまでありがとうな!! ぬえ!! やっぱお前、ウチに入らねェか!?」
「入らない。はぁ、散々苦労させて……いつかこの借りは返すからね。……2つの意味で」
「わはは! 駄目か。でもそれなら待ってるぜ!! 立派な海賊として会う日をよ!!」
「……当たり前よ! 私は強い海賊になるんだから! 私のことを心配するより、自分たちの心配をした方がいいわよ! ロックス船長と私達ロックス海賊団は甘くない。そんな笑顔で仲良く殺し合いが出来ると思わないことね!」
「わはは……ああ、わかってる。ロックスの奴には……おれも、笑ってなんかいられないだろうからよ……!!」
そう答えたロジャーの額には、僅かだが、珍しいことに汗が垂れており、確かにその顔からも……笑みが消えていた。
それを見て、私も柄になくドキドキしてしまう。……ロジャーとロックス船長。その2人の出会いが、どのような形で始まり……どのような形で終わるのかと。
ビブルカードを辿り、島の中心に向かってロジャー海賊団を先導しながら……私は、どこかワクワクするような感情から自然と口の端が吊り上がっていた。
一歩ずつ。少しずつ。緑生い茂るその無人島と思われる島の中心地に向かうと、途中、人の気配を感じた。木々の間から男達が現れる。それは見覚えのある顔。海賊──ロックス海賊団のクルー達だ。
「──
「お久しぶり。ロジャー海賊団一行、船長の命令通り連れてきたよ」
「……ああ、聞いてる。船長はこの先だ」
と、短いやり取り。私は見習いで、別にこの船員達と仲が良い訳でもないし、普段ならいきなり殺し合うこともザラだが、今はそうはならない。絶対に。
何故なら今は、船長の命令があるからだ。私はロジャー海賊団を連れてくるという仕事、命令。彼らはきっと、見張りか何かを任されたのだろう。
ならばどちらもその命令を優先する。命令違反──船長の意に反することだけは、ウチの船では絶対に犯してはならない禁忌だ。殺し合いなんてしてる暇はないし、出来ない。そんなことをすれば死よりも恐ろしい刑罰を喰らってしまう。
だからお互いに会釈してそれで終わる。……そして見張りがいた場所から更に進むと、更に人がいた。
もれなくロックス海賊団の面々。誰もが見たことある人達。彼らが両脇を固め、その真ん中の道を私とロジャー海賊団の面々は進んでいく。
そしてやがて──広場に出れば、その姿が目視出来る。
もうここまで来れば、案内の必要すらない。事実、ロジャーはズカズカと迷いなく足を進めていた。
だから私は少し先に行って、数ヶ月ぶりに会うその人に任務の確認を報告することにした。逆立つ髪を持つ我らが船長。おあつらえ向きに突き出た石に座り、周囲に幹部達が付き従うように立っている。背後には私の相棒と、連絡した時に聞いたキューブ状のとある石碑もあった。そちらも気になるが……とりあえず、私は恭しく片膝を突き、
「連れてきました! ロックス船長!!」
「──ああ、確かに。確認したぜ……ギハハ……! さすがはぬえだ、仕事をきっちりとこなしてくれたな……!」
「! はい! ……あ、でも時間がかかってしまって──」
「──気にしなくて構わねェ。難しい仕事だっただろうからなァ……ギハハ、もっと褒めてやりたいところだが、今は控えてな。今からおれァ……客人の相手をしなきゃならねェからよォ……!!」
「……はい……!」
と、船長に向かって任務の完了と軽い労いの言葉を受け取り、私は船長と幹部達が並ぶその端っこ──私の相棒が立つその傍らに移動すると、
「──ただいま、カイドウ!!」
「ぬえェ……!! お前がいないせいで、おれァ……!! 随分と鬱憤が溜まってんだ……!!」
……え? なにそれ? どういうこと?
開口一番、数ヶ月ぶりに会うカイドウに元気よく再会の挨拶をしたのだが、カイドウの方は何故か怒っているように見えた。鬱憤が溜まってる? ──あっ、なるほど。そりゃそうか。
私は少し考えてすぐに納得する。カイドウだもんね。そりゃ溜まるか。私は頷く。軽く呆れて苦笑気味に、
「……大体わかったけど、今は駄目よ?」
「ああ……!! わかってる……!! だが後でやらせろ……!! お前と──」
そう──カイドウがその大きくて太い凶悪な棒を握って言うのは、私達の日課とも言えるアレのことだ。確かに、私も久し振りにやりたいところだ。そう、アレを──
「──にひひ……それじゃ、後でちゃんとしようね────
「──そうだ!! お前との特訓がねェと張り合いがねェからな!! ウォロロロ!!」
ガシッ、と、カイドウと肩を組み、お互いに外側の手を上に上げて後で殺し合いをしようと約束する。──あ、この殺し合いってのは私とカイドウがやるタイマンでの修行というか模擬戦のことだ。殺すつもりでやらないと意味ないということで、こういう名称に。勿論だが、実際に相手を殺したりはしないし、敵意も全くない。あくまでどちらかが気絶したり、満足したら終了の本気の模擬戦だ。
これによって私とカイドウはお互いの実力を高めようとしているのである。ちなみに、戦績はカイドウが勝ってばかりだが、最近は私が時間切れまで粘る引き分けもそれなりにある。カイドウ曰く、船長になる自分が負ける訳にはいかない……らしい。結構頑張ってるんだけど体力の差で負けちゃうんだよね。カイドウってタフネス半端ないし。私が見聞色で多めに攻撃を躱して、攻撃もこっちの方が沢山クリーンヒットさせてるんだけど、それでも負けることが多い。手数と速さ、回避力なんかは勝ってるし、私だってパワーとタフネスには自信出てきたんだけどなぁ……さすがにカイドウ相手に筋力や体力は勝てないのだ。
だが今度こそは勝ってやる。ロジャー海賊団との冒険も、仕事的には無駄だが、成長的な意味では無駄じゃない。能力も成長していってるし、覇気も言わずもがなだ。カイドウの方も、私がいない間にもどうせ船員に挑みまくってただろうし、強くはなっているだろうが、こっちだってただで負けてやる訳にはいかない。
「あれがぬえの兄妹分か……獣みたいなガキだな……」
と、私がカイドウと肩を組んで殺し合いの予定を組んでいると、広場に足を踏み入れて進んでくるロジャー海賊団の面々、ギャバンがそんなことをつぶやく。うん、まーそれには同意。カイドウは獣だからね。ただ、私もそうなんだけどなぁ。やっぱり可愛いからそうは見えないのかな? 別にいいけどね、曖昧な方が私的には好ましいし。
──だがそこで、私とカイドウも一旦肩を組むのをやめて、表情も真剣なものに戻す。その理由は……ロックス船長が、立ち上がったからだ。
「!」
ロックス船長が立ち上がる。たったそれだけのことで、広場にいるロックス海賊団の面々の間に緊迫した空気が流れる。先程までもそこまで楽しげな雰囲気ではなかったが、それでも私語が許されない程ではなかった。
だが今は違う。ロックス船長が立ち上がり、相手をまっすぐに見据えているのだ。そう──ロジャー海賊団船長……ゴール・D・ロジャーを。
ロジャー海賊団の方も、こちらを見て表情を硬くしていた。賑やかな面々なのに私語はない。ロジャーの表情も、怒ったような表情である。ロックスを真っ直ぐに見据えて離さない。正に──“鬼”の如き相だ。
だが対するロックス船長はロジャーを見て、その凶相とも言うべき笑みをいつも以上に深くしていた。その漂う気配。敵を前にしても消えることのない──“悪魔”の如きその佇まい。
そしてロジャー海賊団のクルー達は途中で足を止め、ゆっくりとロジャーだけが前に出る。進む先にいるのはロックス。彼に向かって恐れず進んでくるロジャーという男に対して、口々に幹部達がその印象を言葉にした。
「あれがロジャーか……ジハハハハ……!! 到底、人に従うような男には見えねェが……」
「ハ~ハハハマママママ……!! こんな敵地にノコノコとやってくるバカがいるとはねェ!!」
「……覇気と胆力は大したもんだな……だが……」
ロックス海賊団の名だたる幹部達──空飛ぶ海賊、“金獅子”のシキ。多くの子供達を持ち、常に妊娠しながらも前線に立ち続ける怪物、“ビッグ・マム”の異名をつけられたシャーロット・リンリン。その2人がロジャーという男を見て一定の評価をしながらも、その末路を思い嘲笑う。
今やロックスに次ぐ実力者として恐れられる“白ひげ”エドワード・ニューゲートも、その様を嘲笑うことはしないが、この場にやってきたことは間違いだったと、はっきりと言葉にはせずともそう言っている。
「バカな奴だ……ありゃ死んだな……ウォロロロ……!」
「……まー、連れて来といてなんだけど、普通ならこの状況、生き残れないよね~……?」
私やカイドウも、暗にその判断を愚かだと口にする。海賊の世界で恥だと言われても、ロックス船長と対面するくらいなら逃げれば良かったのだ。使者の私なんて殺すか、それが出来ないにしても突っぱねてしまえば良かった。
──新世界の海賊ですら、ロックス海賊団との接触を避けている者達はいる……“孤高”のレッドや、ワールド海賊団、その他にもロックス傘下の海賊達の誘いを拒否しながらも、ロックスと戦うことを恐れて“偉大なる航路”前半に拠点を移す者や、逃げ隠れる者達は多い。新世界まで到達した我の強い名だたる海賊達ですら、ロックスの名を恐れる。生き残る為にはロックスの傘下に入るか、ロックスとの接触を避けるしかないと誰もがわかっているのだ。
だからこそ、ロジャーという男はバカだった。今までロックスに無謀にも挑み、そして死んでいった者達と同じ末路を辿る。
誰もがそれを理解し、それを見守る。ロジャーがロックスの目の前。僅か1メートル程の距離で対峙した。背丈は殆ど変わらない。2人の纏う雰囲気も何処か似ていた。
そしてとうとう、2人は言葉を交わす。
「──お前がロックスか?」
「──ギハハ……そうだ。おめェがロジャーか……なるほど、手配書で見た通りの顔だ……!」
ロジャーはロックスの顔すら知らなかったのだろう。名を問い、ロックスの顔を睨みつける。
対するロックスはロジャーを直で見て、笑っていた。まじまじとロジャーを見ている。まるで値踏みするかのようにロジャーを観察し……そして、ロジャーに告げた。
「──よし、ロジャー。おめェをおれの右腕にしてやる。おれの船に乗れ」
「!!?」
その言葉に、ロジャーではなく、この場にいるロックス海賊団の海賊達がどよめいた。誰もが瞠目し、その発言に驚いている。それだけ、ロックスの言葉とその評価が衝撃的だった証拠だ。
何しろロックスは海賊を自身の“支配下”におく際……その多くは傘下に迎え入れ、その中からロックスが認めた者だけを、ロックス海賊団に勧誘する。
だが、これまで一度足りとも……自分の右腕になれ、という誘い文句は聞いたことがない。
それはロックスがロジャーを最大限に評価している証拠だった。ひと目見ただけで何を見たのか。長らくロックス海賊団に身を置く船員達にすら分からない。分かるのは、ロックスが常人とは異なる視点で人を見ていることだけだった。
だが……その異例とも言える厚遇には、幾らロックス海賊団と言えど、異論は出てきてしまう。──無謀ではあるが、
「──ま……待ってくれ船長!! ロジャーをいきなり幹部になんて、そんな……おれはそんなの……ガふッ!?」
「!!?」
周囲を囲むロックス一味の中から1人──ロジャーに恨みでもあるのか、ロジャーの名前を出して幹部にすることに異論を唱える者がいた……が、それは即座に銃の音によってかき消された。
それに驚いたのはロジャー海賊団の面々。ロックスに所属する者達は異論を唱えたことを驚きこそすれ、その起こった出来事には驚きすらしない。当然だ、バカなことしやがって──という思いしかない。そして誰もが口を噤んだ。王の言葉を邪魔しないように。
「…………おいてめェ……おれがてめェに……いつ意見していいって言った?」
「う……あっ……す……すみま、せん……!!」
銃で腹を撃ち抜かれ、地面に倒れながらも、その男は発砲した張本人の方を怖がり、痛みを堪えて謝罪を行う。──ロックスの、たった1人に向けられるその怒りは何よりも恐ろしい。
「……!! おい!! 何する気だ!? お前──……ッ!?」
ゆっくりと、その男の下に近づくロックスに、ロジャーが何かを察してそれを止めようと前に出る──が、それは間に入った者達によって止められた。
「ジハハハハ……! 動くんじゃねェよロジャー……これァうちの船の問題だぜ?」
「ハーハハハマママママ……まったく、バカすぎて嫌になる……! 船長に逆らうなんざ、1番やっちゃいけないことだって言うのにねェ……!」
「……動くな。ウチの問題だ」
「っ……! てめェらどけ!! おいロックス!! おれとの話の途中だろうが!! 何しようとしてやがる!!?」
“白ひげ”、“ビッグ・マム”、“金獅子”を含むうちの幹部達が揃ってロジャーを囲む。さすがのロジャーも強引に突破することは出来なかったのか、その場で立ち止まった。そしてロックスの後ろ姿に向かって声をあげる……だが、ロックスはそちらには目もくれない。自身に逆らった部下に近づき、それを見下ろす。
「──なァ? おれの船に乗ってんだ。分かるよなァ? どんだけロジャーに恨みがあるのかは知らねェし興味もねェが……おれに逆らうってことが、何を意味するか……」
「っ……ぁ……も、申し訳ねェ……!! ゆ、許してくれっ!! つい……カッとなっただけなんだ……!! おれァあんたに逆らうつもりはない!! あんたに忠誠を誓ってる!! だから……ぐっ!?」
パン、と2発目が男の身体を貫く。綺麗に急所は外して。致命傷にはならず、痛みだけを与える様に。そして男は自身を見下ろすロックスに必死に謝り、忠誠を示そうと言葉を尽くす。彼もロックスの船員だ。弱くはない。度胸もある。
──だが、ロックスには恐怖する。銃で撃たれるという行為ではなく、ロックスの怒りを買ってしまったことに酷く怯えている。
そんな彼に対し、ロックスはいつもの様に慈悲を示すのだ。部下に対しては、いつもこうだった。
「……本来、おれに逆らった奴は問答無用で死刑だが……てめェはおれの船でおれの為に戦ってきた忠実な部下だ……だからこそ、おれはお前に慈悲を与えてやる──おい」
と、ロックスが部下に呼びかけてきた。──それは私も含めて何人かを呼ぶ声。私はその命令通り、得物を持って男に近づいていく。周囲には同じ様に人を痛めつけるだけの道具を持ったロックス海賊団のクルー達がいた。誰もが言葉を発さず、男の目の前まで行き、そこで止まる。
そして最後に、ロックスが手元の銃を男の目の前に投げた。それが意味するところは、単純な二択だ。
「──わかってるよなァ? “拷問”されれば許してやる。……だが、それが嫌なら“自死”だ。いつも通り選ばせてやる。死にたくなるほどの拷問を受けてなお、生きておれに仕えることを選ぶか、それとも苦しむことなく銃で頭を撃ち抜いて死ぬか。さっさと選びな」
「っ……!!」
「! おいやめろ!! てめェらの仲間じゃねェのか!!? バカなことしてんじゃねェ!!」
ロジャーが声を上げる。が、誰もその言葉には耳を貸さない。動くことは出来ない。
これはロックス海賊団における暗黙のルールだ。船長に逆らえば、その者は死ぬか生きるかの二択を選ばされる。
それは禊のようなもの。死んで詫びるならそれで良し。だが、逆らってなお生きたいというなら、ただでは生かさない。ロックス海賊団の中でも拷問に長けた海賊達が逆らった者に死にたくなるほどの拷問を与える。殺しはしない。しばらくすれば解放され、再びロックス海賊団の一員となることが出来る。
そう──これは許されるための行為であり、慈悲なのだ。絶対的な王による刑罰。処刑ではない。それが意味するところは、これですらロックスにしては優しいということだ。
「ハァ……ハァ……!!」
ロックスの一員なら誰もが知っている。ロックスが手を下すことこそが、何よりも1番恐ろしいと。
彼は逆らった者を塵一つ残さない。基本的には皆殺しだ。家族がいるなら家族すら殺される。支配に逆らった者は地獄を見る。
だからこそ、逆らってはいけなかったのだ。逆らいさえせず、機嫌さえ損ねなければロックスは寛大だ。支配の中ではあるが自由に生きることが出来る。
そしてそのロックスが作る飴と鞭こそが、ロックス海賊団という個性の集団が、ギリギリのところで規律を維持する要因の一つである。誰もロックスには勝てない。だからこそ、逆らってはバカを見る。逆らわずにいれば自由に出来る。広すぎる檻と恐怖の楔を用意することが、人に従わない強者たちも含めて、多くの荒くれ者を従える唯一の方法だと、ロックスは知っていた。逆らうメリットがなく、逆らったときのデメリットが大きければ、如何に強大な野心や信念を持つ者達もその環境に甘んじてしまう。
……だが、それ以外の……多くの海賊達。ロックスに恐怖する者達はこうなった時──
「ッ──!!」
銃を手に取り、それを口の中に差し込む。ロックスが笑みを浮かべた。
自死を選ぶ──自分に逆らったものが恐怖に怯えて死に絶える。
ロックスはその様を見届けようと手を出さなかった。
──だがそれは、
「──やめろォ!!!!」
「!!?」
「……!!」
──その瞬間、見えない力がその男から発せられた。
力は自死を選んだ男を気絶させ、木々を──いや、島を揺らす。
それだけ……ロジャーの覇気は凄まじかった。誰もが言葉を失くす中で、ロックスがゆっくりとロジャーの方を振り返る。
「──“覇王色”か……やっぱり、
「ロックス!! てめェはぶっ潰す!! 傘下になんざ入らねェ!! さっさとおれと戦えェ!!!」
「ギハハハハ……まァ、落ち着け。今のはちょっとした躾だ。船長の言うことを聞かねェバカにはこういうことも必要なのさ……同じ船長ならわかるだろ? 船長を立てられねェバカにはこうやってわからせねェとな」
「おれァ仲間にそんなことしねェ!!!」
「ギハハハハ!! そうだろうなァ!! おめェをひと目見た途端に分かったぜ……!! てめェはとんでもなく強ェが甘っちょろい……!
ロックスが再び、先程まで座っていた石の前まで戻る。気絶した部下は放置したが、どちらにせよ、後で殺すことになるだろう。先延ばしでしかないことは誰もが分かっていたし、だからこそロックスはロジャーが刑罰を止めたことを怒ってすらいない。むしろ、楽しそうにしている。
だがロジャーの方は今にもロックスに飛びかかっていきそうだった。幹部達が周りを固めていること──それと、ここが敵地の真っ只中で、ロジャーの仲間達もその中にいることが、おそらく手を出すことを躊躇させているのだろう。本来、どれだけの大軍に囲まれようとも怯むような男ではない。
そしてロックスもそれを理解しているのか、悠々と話を始める。怒れるロジャーの覇気を涼しい顔で受け流しながら、
「……おめェ、この石が欲しいんだろ? ──知ってるぜ? あの島にも行ったんだってなァ?」
「!! てめェ……なんでそれを……!!」
ロジャーが驚いたのは、ロックスの言葉だけではない。ロックスの背後にある、大きな布で隠されたそれを、ロックスが布を引っ張り曝け出したからだ。
そこにあったもの。多くの海賊達が未だ何なのか分からないそれを、ロックスは告げる。
「──“
ロックスはその巨大な歴史を前にして笑う。政府がひた隠しにするその石牌──“歴史の本文”。
“空白の100年”と呼ばれる世界政府が調べることを禁じたその歴史が記されていると言われる……世界の
「なァロジャー……お前にはわかるか……? この石が示す、大きな力のことが……!!」
「っ……!!」
ロックス海賊団の多くが、その多くを理解出来ない中、ロックスとロジャーのやり取りは続く。ロックスの問いに対し、ロジャーは二の句を継げなかったが、それでもその苦悶に満ちた表情が、“わかる”──と言っていた。
そしてロジャーの表情から来る質問の答えを、ロックスが読み取れない筈がない。ロックスは“
「そうだよなァ……そう、ここに書かれてるのは大きな力の話さ……!! ギハハ、だがおれもお前にも読めやしない……わかってるのは、この古代文字で書かれている内容が……世界政府にとって、暴かれたら困ることだってことさ……!!」
──読めやしないが、ロジャーとロックスには理解が出来る。
誰もが頭に疑問符を浮かべながらも、話している内容自体は何かとんでもないことだというのが分かる。誰もが口を挟めない。理解出来るのはロジャーとロックスの2人。そして辛うじてロジャー海賊団。そして──私だけだ。
「ギハハ……おれがあの島に辿り着き、この石ころを調べ始めてからよ……急に世界政府がおれの懸賞金を跳ね上げ、何度も調べるのをやめろって遠回しに言ってきやがった……バカだと思わねェか? そんなことすれば、この石とそれが示す場所に弱味があるって教えてるようなもんじゃねェか。ギハハハハ……!!」
「ッ……お前も、そこを目指してるのか……!?」
ロジャーが歯噛みし、問いかける。そこに行く気はあるのかと。だがロックスは意外にも──それを否定した。
「──
「! 赤いのを……!?」
2人の会話はおおよそ、殆どの者にとって意味が分からないもの。
しかしロジャーは驚き、ロックスは笑みを深めた。それが意味するところは、その赤い石がこの2人の優劣を決定付けるほどの重要な代物であり……そして、その優劣は、ロックスの方が上であるということ。
──そして、私には分かっていた。より先に進んでいるのはロックス船長の方なのだと。
「ああ。だがおれの下につくなら石はくれてやってもいい……おれの目的は、そんなところにはねェからな……!!」
「目的だと……?」
頷き、ロックスは言う。私達にとっては周知の事実で、ロジャー達にとっては……到底受け入れられない、その野望のことを。
「おれァ……世界の王になるのさ……!!! 世界中の陸! 空! 海!! そこにある何もかもを“支配”し、おれは天に昇る……!! 間抜けな天竜人を地に堕とし、新たな世界の王となるのはこのおれだ……!!!」
「世界の王……!!?」
両手を挙げ、大声で世界に改めて宣言するようにロックスは告げる。彼にとって、今までもこれからも、海賊行為はそのために行っていることである。
人々を殺し、苦しめ、国を滅ぼし、海兵を殺し、世界政府の信用を失墜させる。この“歴史の本文”を調べるのも、そのための一環でしかないのだ。
そしてだからこそ、ロックスは戦力を求める。仲間の勧誘も、その為のものなのだとロックスは続けた。
「そうさ!! だからこそ、おれには兵力が必要でなァ……!! ロジャー、おめェがおれの右腕になれば、その野望にまた一歩近づく!! おれの支配の手助けさえするなら、お前は好きにすればいい!! 最後の島に行きてェならおれが野望を叶えるついでにやってやるさ……!! どうだ? メリットのある話だ。おれの下につけば、お前も自由に──」
「──断る!!!」
「……っ!!」
──しかし……その勧誘を、言葉を、ロックスの全てを、ロジャーは拒否した。
その瞳は、表情は、気迫は……言っていた。そんなものは認めないと。
だがロックスにとっては僅かに意外なものだった。ロックスにしてみれば、かなり譲歩した話だった。ロックスがここまで条件を出してまで、厚待遇で迎えると言っているのだ。断る理由はない。ある程度の自由は保証されている。
だが同時に、やはり断られたか、ともロックスは思っている。その証拠だろう。ロックスは僅かに笑みを引き攣らせていた。
「……ギハハハハ……何故断る? そんなにおれが気に入らねェか?」
「ああ!! 気に入らねェ!!! そんなものは“自由”でもなんでもねェ!!! てめェの手なんか借りねェし、てめェはおれがぶっ潰す!!! おれはおれのやりたいようにやる!! それが…………“海賊”だ!!!」
ロジャーの啖呵が広場に響き渡る。正面から、ロックスを前にして、あの悪魔の如き存在感を放つロックス本人に喧嘩を売った。
この世で最も恐ろしいことのひとつだ。自分がやったことではないのに、ロックス海賊団の面々は喉を鳴らしてしまい、同時にロジャーを見てこうも思う──イカれてやがる、と。
皆がロックスの発言、行動を戦々恐々としながら見守る中……意外にもロックスは怒りを見せなかった。
「……なるほどなァ……面白ェ……面白ェが、てめェ程の男をこの場で消すのはさすがのおれも惜しいな……ギハハ……さァて、どうするか──」
「──うるせェ!! さっきから黙って聞いてりゃ、いつまでも大物ぶってんじゃねェぞ!!! ふんぞり返りやがって!! おれァ知ってるぞ!! てめェ、戦うより逃げ隠れる方が得意なんだってな!! そんな奴に、おれァ負けねェんだよ!!!」
「…………ギハハ、頭の回らねェバカなのは減点だな。そういうのは作戦って言うのさ。逃げることもまた戦い、そんなことも分からねェバカが、よく今まで海賊の世界で生き残って──」
「──だからうるせェ!!! もうおれの上に立ったつもりか!!? おれは誰の下にもつかねェし、てめェに喧嘩売れねェほど臆病でも弱くもねェ!!! だから──」
「!!? っ、待て!!」
その瞬間──ロジャーは隙を見て、白ひげの横を通り抜けた。食い止めようとした白ひげを覇気を纏った剣で吹き飛ばし、ロジャーはロックスに肉薄する。──驚くべき速さだった。誰もが対応出来ない。
だがロックスは、その剣を同じく剣を引き抜いて覇気で受け止めた。本気ではないのか、覇王色の衝突が起こらない。ロックスは未だに笑みを浮かべ、
「……ギハハ……!! おいおい、やめとけ。おれァお前を逃してやろうとしてんだぜ? 執行猶予って奴だ。お前ほど屈強な部下なら、多少は融通してやる。この場で叩き潰さねェだけ、ありがたく思いな。本来なら、今すぐ叩き潰して心を折ってから部下に──」
「──おれァ負けねェって、言ってんだろうがァ!!!!」
「っ……!!?」
その時──起こった出来事。光景に、誰もが目を疑った。
ロジャーが、覇気を込めた剣を敢えて捨てて、ロックスの体勢を崩す。そして僅かに出来た隙を狙って、右手に覇気を込めると、
「!!!?」
──あのロックス船長が……殴られた。
腹に向かって、ロジャーの拳が炸裂し、木々の間に突っ込み、轟音と共に土煙を巻き上げる。
誰もが思考が追いつかない。それだけ、ロックスが吹き飛ぶというのは予想外、想定出来ない出来事だった。
明らかに本気ではなかっただろう。そして、くたばっていないことも分かる。
だが……ロックスを殴ったロジャーという男に底知れない何かを皆が感じ……そして、もう一方にも今まで見たことのない様な悪魔の形相を見た。
しかも、それを引き起こした相手はと言うと、
「──野郎共!! 一旦逃げるぞ!!」
「──おお!!!」
「っ……!! お、おい! 待ちやがれてめェら!!」
ロジャーが声を上げると、その瞬間、示し合わせていたかのようにロジャー海賊団の面々が後方に向かって走り出した。ロックスが吹き飛ぶところに目も気も奪われていたロックス海賊団は、反応が遅れてしまう。
「退却し、海に出るぞ!!」
「結局こうなったか!! だがやべェな! さっさと行かねェと囲まれちまう!!」
レイリーやギャバン。その他の船員達も強い。ロックス海賊団の、並の船員達では敵わないほどに。
何故か幹部達が動かないことも相まって、ロジャー達は包囲の輪から抜けて島の外に走っていった。
──だが、それと同じタイミングで、悪魔の声がその場に響いた。
「──てめェら……ロジャーには手出すんじゃねェぞ……!!」
「!!? お、お頭……!!」
土煙の中から、これまで聞いたことのないようなドスの利いた声で、命令が下される。
一瞬、誰もが動きを止めた。自分たちのトップの声。それも普段よりも怒りに満ちたそれは、何よりも重い。
土煙が晴れ、青筋と吊り上がった笑みを浮かばせる悪魔を見て、その思いは更に強くなった。──笑みを浮かべてはいるが、彼のその笑みは、明らかに相手を殺す悪魔そのもので、
「ギハハ、ギハハハハ……!!! 面白ェ……!!! その喧嘩──買ってやろうじゃねェかロジャー!!!! 行くぞ野郎共!!! 奴等を地の果てまで追い回し……このおれに喧嘩を売ったことを後悔させてやれ!!! 皆殺しだ!!!」
「お──おお!!!」
ロックスの命令によって、ロックス海賊団はロジャー海賊団を叩き潰すべく動き始める。
──その先頭で、目をギラギラとさせて剣を構えるロックスは、最後尾に陣取るロジャーだけを捉えて離さなかった。
そして、私達も、
「──っ、行くよ!! カイドウ!!」
「おう!! 追いかけてぶっ殺してやろうぜ!!!」
獣型に変化したカイドウと共に空へ飛び……逃げるロジャー海賊団の追跡に参加し……しかし、内心では船長がコケにされた怒りではなく、今の一連の流れやこれから彼らを相手にする全てを含めて、どうしようもない面白さを感じていた。
ちょっとぬえちゃんとカイドウの影が薄めだけど仕方ない。そういう感じで、ロックスVSロジャーの一戦目が始まります。果たしてロジャー海賊団は怒れるロックスから逃げられるのか。絶望的な戦力差です。
というわけでまた次回をお楽しみに。
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