正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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大海賊ロックス・D・ジーベック

「ハァ……ハァ……まったく、どいつもこいつも使えない連中だえ……!!」

 

 先住民一掃大会のために訪れたゴッドバレー。その大会を先程までは楽しんでいた天竜人の1人は、不幸にも他の天竜人と逸れて1人、岩陰で息を切らしていた。

 海賊が島を襲ってきたとの報告を受け、護衛として付いてきた海軍の精鋭に自らを守ることを命じたが、今はこうして離れてしまっているだけに飽き足らず、その海賊達は構わず天竜人を襲おうとしてきており、神の威光を無視したその蛮行に天竜人は苛立つ。

 護衛の海兵もそうだが、CP0もこの場にはいない。使えない。何が守るだ。守れてないではないか。同じ天竜人である神の騎士団は勇猛にもゴミを消しているのに、それ以外の連中はそれが出来ないとは。

 ……だがそれはそれとして、襲いくる海賊達の声が谷の中を反響して耳に届いたため、怖くなって皆で必死に逃げたのだ。

 その途中、男は逸れてしまい、気がつけば1人、島の外にも程近い岩場まで辿り着いていた。

 

「ひっ!?」

 

 だが外は明らかに危険だった。

 幸いにも周囲に海賊はおらず、戦いの場はここから離れている筈だが、それでも戦いの余波はここまで届いてくる。

 地鳴り、地震、雷音、破砕音──遠く離れて感じるものですら、凄まじいものがあった。

 

「く……なんなんだえ……! 使えんゴミ共に薄汚い海賊共……!! 許さんえ……全員、生き地獄を味わわせてやるえ……!!」

 

 天竜人は全てに悪態をつく。

 なぜ偉い自分がこんな目に遭わなければならないのか。自分はこんな大地に這い蹲っていい存在じゃない。

 神なのだ。それ以外の存在は下等生物。奴隷なのだ。天竜人以外の生物は好き勝手してもいい下等な生き物でしかない。どんなことをしたって構わない。人間如きが逆らって良いはずがないのだ。

 この件に関わった者は海賊も海兵も皆処刑だ。天竜人である自分をこんな目に遭わせてるのだから当然だ。苦しんで死ぬのが当たり前なのだ──彼はそう思っている。

 

「ハァ……くそ……早く誰か来んかえ……走りすぎて疲れたし、喉が乾いたえ……」

 

「──どうしたの?」

 

「!」

 

 ──そんな時だ。

 岩場に天竜人以外の声が響き、彼は驚き振り返る。まさか海賊かと身体を反射的に跳ねさせる。

 だがそうではなかった。そこにいたのは黒い髪に赤い目をした少女。

 天竜人はこれ幸いと少女に向き直る。そしていつも通り、命令した。

 

「ちょうど良かったえ……! おいお前! わちきは喉が乾いたえ! 何か飲む物を持ってこい!!」

 

「…………」

 

「おい! 聞こえなかったのかえ!! 水でも何でもいいから飲む物を持ってくるんだえ!!」

 

「……ふふふ。いいよー、ちょっと待っててね?」

 

「……? 早くするえ!!」

 

 天竜人は僅かに違和感を感じ、頭に疑問符を浮かべた。

 というのもこの少女──先程からずっと、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 いや、奴隷であれば当たり前だ。泣いたりするのは鬱陶しい。苦しむところも面白いと感じるが、常にそうではうるさくて敵わないのだ。

 だから笑顔でいるのは別に構わないし、口調もこの際だ。後で躾けるにしても、まずは喉を潤すのが先である。

 だからその笑顔が、奴隷のものとは違って、どこか楽しそうなのも無視する。

 少女は岩場から一度去っていった。だが、直ぐに戻ってくる。早い。どこかに自分の荷物でもあったのだろうか。どうやって持ってきたかは知らないが、コップ一杯に水が入っている。少女は笑顔でそれを渡してきて、

 

「お待たせ! はい、どーぞ♪」

 

「おお! 早いえ! お前は中々使える奴隷だえ──」

 

 と、天竜人は直ぐにコップを傾け、水を口に含む。シャボン玉は遺憾だが、走っている途中で転んでしまい既に割れているし、ここは自分達の島だ。そこにある水ならば別に口に含んでも問題なく──

 

「っ!!? ぶえっ!! えっ!! ゲホッ!! おえっ!! な……なんなんだえ、この水!! ものすごくしょっぱくて飲めたもんじゃないえ!!?」

 

 だがゴクリと勢い良く飲んで、直ぐに吐き出す。驚く程塩辛い。気持ち悪い。なんだこの水はと戸惑っていると、少女は頬に指を当ててわざとらしく小首を傾げると、

 

「あれぇ~? そんなに口に合わなかった? せっかく急いで汲んできたのになぁ。その……()()♡」

 

「!!? お前、なんてものを飲ませるんだえ!!? 最悪だえ!!」

 

「あ~、ごっめ~ん! 何でもいいって言うからさぁ。別に海水でもいっかな~って思ったの。ごめんね~♪ ぷっ……」

 

「っ……!!」

 

 少女はくすくすとバカにするように忍び笑いを天竜人に向ける。──その瞬間、天竜人の額に青筋が浮かんだ。

 

「許さんえ……!! お前は奴隷にして拷問してやるえ!! 生きたまま獣の餌にする! 今決めたえ!!」

 

 天竜人は少女の処遇をそう決定する。もう泣き喚いても遅い。神に逆らった罰だ。

 さあ、どんな醜い泣き顔を晒すのかと、天竜人は少女に向かって嗜虐心を露わに口端を歪めたが、

 

「へぇ~、獣の餌かぁ……それ、()()()()!」

 

「……は?」

 

 少女は笑顔だった。天真爛漫な、まるで友達から楽しそうな遊びを提案されたかのような、歯を見せた楽しそうな笑顔。

 思わず天竜人も唖然とする。こんな反応、今まで見たことがない。

 普通は泣き喚く。許してくれと懇願する。そこを無理やり連行して、情けない姿と苦しむ様を見るまでがセットの楽しみだ。

 だが少女はどこまでも楽しそうで、可憐な笑顔を浮かべていた。そんな少女は、天竜人に向かって近づき、

 

「いやぁ~、前に実験してて良かったぁ~。それじゃあ~……()()()()()()♡」

 

「──へ? っ!!?」

 

 驚き、唖然としている間に、少女は訳の分からない言葉を発し、そのまま天竜人の手を取って、その人差し指を口に含んだ。理解が追いつかない。

 

「あぁむっ! ん~……ちょっとしおあひ……」

 

「な、ななな、何をするっ!!? お前、そんなことをしてただで──」

 

 少女の謎の行動に戸惑い、声を震わせながら何故こんな暴挙に出たのかと怒る。少女は口内で、天竜人の人差し指をぺろぺろと舐め回していた。気持ちが悪い。神の手を口に含むなど、どういうつもりだと。

 

「──がむ」

 

「ハ──」

 

 ──だが、そうやって余裕を持てたのは、少女がその歯を……人差し指に突き立てるまでだった。

 

「ぎ──ああああああああああああああ~~~~~っ!!?」

 

「はぁむ、んぐ、もぐ、んぐ……ん~、うるひゃいなぁ……ちゅる、れろ、んー……」

 

 訳も分からず絶叫し、その場で暴れる。人差し指から走る今まで感じたことのないレベルの激痛。それから脱しようと手で足で暴れるが、少女はまるで万力のような力で手を掴んで離さず、逃げることが出来ない。

 その間にも、少女は人差し指を噛み千切り、少しずつ咀嚼し、味わうように舌の上で転がしているようだった。酷い激痛の中で、微かに唾液と血液に塗れた舌の感触を感じる。そして聞こえる咀嚼音。ガリ、ゴリ、と鳴るのは骨を囓る音。

 ようやく口が離れた時──天竜人は、右手の人差し指を完全に失っていた。

 

「ゆ、ゆびっ、ゆびがっ!? ああっ!! 痛いえ~~~!! な、なんで……!! あああああ……!!」

 

「ん~♡ 予想外に良い味♡ なんでだろ、やっぱ栄養状態とかが良いからかなぁ。昔食べた時や前の人より全然美味しい~♪」

 

 少女はどんな顎をしているのか、骨まで綺麗に咀嚼すると、そのままごくんと人差し指を呑み込んでしまった。人差し指があった場所からはドクドクと血が流れる。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、天竜人は未だにほっぺたを押さえて美味しいものを食べた時のような少女らしい笑顔を浮かべている少女を見た。

 

「な、なんでェ……なんで、こんなことっ……!! ゆるさ、ゆるしゃれないえっ……!」

 

「も~、うるさいなぁ。人差し指くらいで喚かないでよね。これから全身食べられるんだし、欠損って言っても指くらいじゃそんなに痛くはないでしょ?」

 

「にゃ、にゃにを言って……!!」

 

 少女はサラッと恐ろしいことを口にする──が、そのことに理解が及ばない。何故こんなことをされなければいけないのか。自分は神だ。偉いのに。なぜ人間如きが。

 だが少女は言った。その理由を、天竜人には理解出来ないと知りながら、

 

「ん~~~まあ、一応なんでこんなことされるか教えとくと……要は、舐められっぱなしじゃ駄目だよねって話なの」

 

「な、舐め……?」

 

「そうそう。いやあのね? 私、ホントにあなた達の事なんてもう恨んでないのよ? 別に過去の事で悩んでもないし、思い出しても悲しくなったりしないしさ。完全に吹っ切れてる──と、思ってたんだけどさぁ」

 

 と、少女は何気ない様子でそう言う。本当に何とも思ってないような様子で。

 

「やっぱよ~く自分の気持ち考えて浮かんできた感情を考えてみるとさぁ。なんかやっぱイラッとするような気持ちは残ってるのよね? 怒りというか、まあ腹立たしさ? そういうのは残ってるっぽくて」

 

 少女は天竜人の中指を千切り、それを齧って呑み込んでから言う。まるでスナック菓子か何かを食べるように。そんな感覚で人の血と肉を咀嚼する。その様はまるで──

 

「なのに何とも思ってない風に思ってたのって、そういう過去の事を気にしてるのってダサいなぁ、って思ってたからだと思うの。実際、私が弱かったせいではある訳だし、私の責任だし、それで恨んだりするのは“海賊”としてダサいなって」

 

 でも、と、

 

「やっぱそれはそれとして、やられたことに対する苛立ちは燻っちゃってるの。わかる? やっぱやられっぱなしだと泣き寝入りしてるみたいだし、思い出すと多少イラッとするし、これからまた天竜人を見る度にムカついちゃうのはなんかなぁ~って思うの。だから──」

 

 と、少女は天竜人の顔を至近距離で見つめながら告げる。その表情は可憐で嗜虐心に満ちていて、その瞳は赤く、まるで──

 

「──やられたことに対するやり返しをしないといけないの。私がこれから、本物の“海賊”として生きていけるように、過去の精算をしないと駄目ってわけ。だから悪いけど……ウフフ、美味しく食べられてね♡」

 

「!!?」

 

 まるで──獣の様だった。

 その瞬間、天竜人は理解する。この獣に、天竜人の──いや、人の道理すら通用しないのだと、

 

「い、あああああああああ~~~~!!! やべ、やべろ!! だずげてぐれ!!!」

 

「ああん。急に喚かないでよぉ。気づかれたら困るし……えいっ」

 

 少女は暴れる天竜人を決して逃さず、捕まえた状態のまま手から鳥のような形をした何かを放ち、それを天竜人の身体に埋め込む。

 透き通り、何の抵抗もなく入り込んだそれは、その正体不明の少女と同じく、得体の知れない能力に由るもので、

 

「──“正体不明の種”。これでまあ、誰かがあなたを見ても天竜人だとは思わないわ。普通、私みたいな少女がこんなところで人……じゃなかった、天竜人を食べてるなんて思わないものね?」

 

 これで誰かに見られてもバレることはない。どういう原理か天竜人には分からないが、少女はそうやって口端から血を垂らしながら、相変わらず可愛らしい表情で続ける。

 

「ウフフ、綺麗に残さず食べてあげるから安心してね? ちゃんと調味料とか食器も持ってきてるし、海水も近くにあるからちゃんと腸まで綺麗に洗浄して、火を通して食べてあげる♡ 前に実験したし、ちゃんと料理の本も読み込んできたんだからっ!」

 

「いギぁ!!? や、べっ!? あ゛ぁ!? やべでェ……!!」

 

「ん~、やっぱお肉は栄養状態が良いと美味し~♡ やっぱ焼いたりしても違うのかな? よーし、次は火で焼いてみて──」

 

 少女はまるでフライドチキンか何かを食べるように腕に噛み付いてむしゃむしゃと少しずつ天竜人を食べていく。天竜人の苦痛に塗れた痛みなど意にも介さない。ご馳走を出された時のような笑顔だ。

 それもその筈、少女にとって、これは儀式のようなものだった。

 かつての弱い自分との決別。これから何の気兼ねもなく海賊として生きていくための儀式。海賊として、やられたならやり返す。やりたいことを我慢しない。強く生きていくのだと、そんな気持ちを感じている。

 それに今の少女にとって、目の前のそれは食事なのだ。誰が今から食べると決めた魚に同情し、悲しむだろう。精々、食材に対する感謝として“いただきます”の精神を覚えるくらいだが、それに関しては先に言ったし、きっと後にもきちんと“ごちそうさま”と手を合わせるだろう。少女はそういうところはきちんとする子だった。

 そうして激しい戦いが続く中、少女の決別の為、岩場で人知れず……無邪気な惨劇が繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 

 他に見る者のいない谷底の決闘は正に──人知を超えたものであった。

 硬い大地の上、既に崩壊した片側の断崖の破片が転がる戦場は、並の実力ならそこにいるだけで死にかねない程に激しい。

 

「おおおおおおっ……!!!」

 

「ギハハハハ……!!!」

 

「ぬぅん!!!」

 

 攻撃の1つ1つが必殺。

 極まった覇気を纏った三者の攻撃は地を砕き、巨大な巌山を切り裂き、天を分つ。

 当然──それらが人体に当たれば、如何に覇気で防御しようともダメージは免れない。

 

「……!!」

 

「ギハハ……!!」

 

「っ……!! おおおお!!」

 

 黒く染まった剣、覇王色を纏った攻撃を放つ世界最強の海賊──ロックスの斬撃が飛び、再び谷に亀裂を走らせる。

 先程谷を斬り落としてしまった程の斬撃だ。受け止めただけでも身体に掛かる負荷は大きく、ダメージも0とはいかない。

 だがそうやって攻撃を受け止めた海賊、ロジャーが僅かに隙を作り、ガープが黒く染まった拳をロックスの身体にお見舞いする──ロックスの表情から僅かに笑みが消え、苦悶の表情を浮かべる。更には、

 

「あああああ!!!」

 

「っ……!!! グブッ……ぐ、ギハハハハ……!!」

 

「っ!!? ぐあああああああっ!!?」

 

 再び立ち上がったロジャーが斬撃をロックスに向かって直撃させる。ロジャーの洗練された覇気を纏った斬撃だ。人体を斬り裂くことなど容易い筈だが……ロックスの覇気は斬撃を身体の表面部分を斬らせるに留め、血を吐きながらも笑い声を響かせ、今度は逆に銃に覇気を込めてロジャーの身体に数発、弾丸をお見舞いした。絶叫し、吹き飛ぶロジャー。その隙に、再度ガープが拳を振り被り、追加の打撃を与えたが、

 

「ッッ……!! ……いいねェ……!!! 最高だぜ、おめェらは……!!!」

 

「!!? ぐっ!!?」

 

「が、ガープ……!!」

 

 ロックスはそれでも膝を突くことなく、ガープに向かって拳で反撃する。その威力は数十メートル離れた断崖に激突し、その箇所を大きく破壊してしまう程。

 血を吐き、全身に痛々しい傷を負う三者。

 だがガープの傷は3人の中でも比較的浅い。頭から大量の血を流し、拳も半ば砕けて血塗れになる程でもだ。

 ロジャーとロックス。両者の傷はもう既に、生きていることすら怪しい程だ。

 全身が血塗れ。怪我をしていない箇所を探すのが難しい。

 だがそんな瀕死の状態でもなお──“悪魔”は笑みを消すことはなかった。

 

「ギハハ……おれァ今まで……敵と呼ぶに値する奴を見たことがなかった……だから感動してるぜ……この世に、おれと張り合える奴等がいるなんてよォ……!!!」

 

「っ……! この、怪物め……!!」

 

()()()……!! おれも……そしてお前達も……!! 人でありながら、悪魔の烙印を押された……それがおれ達だ……!!!」

 

「っ!!!」

 

 ロックスは多くの血を流しながら、それすらも痛快だと笑う。

 一対一だとロックスが上。しかし二対一だと、僅かにロジャーとガープが勝っている。

 だがそれでもなお、そんな危機を楽しんでいる。そして、何かを嘯く。

 世界の禁忌に触れ続けた男の語りは、戦いの最中でさえ、不思議と心を掴んでしまう何かがあった。ガープが再び、ロックスの身体に拳を打ちつけようとも、

 

「ギハハ……おめェら──“嵐”は好きか……?」

 

「っ!!?

 

 ──倒れない。

 受け止め、地で足を引きずり、後退しながらもロックスは2人に語りかける。

 同じ“D”。そして彼が初めて出会った“敵”に対して、反撃しながら、

 

「何の変哲もない穏やかな海より……荒れ狂う嵐の海こそ心躍る!!! ハァ……おめェらだってそうだろう!! おれはそうさ……!! 嵐を乗り越えることこそ“海賊”の生きがい……何なら、おれ自身が嵐を起こしてェ思いだってある……!!!」

 

「……だからお前は、“支配”を目指すのか……!?」

 

 立ち上がり、その言葉に問いかけたのはロジャーだった。

 彼は息も絶え絶えになりながらも、ロックスに対峙し続ける。そうしなければならないと彼は自分の意志で決めていた。

 そんなロジャーにロックスはニヤリと口端を歪める。剣を連続で打ち込み、激しい剣戟を演じながら、

 

「そうさ……!! それがおれが海賊旗に掲げた“信念”だ……!! おれはガキの頃から、何もかも好きにしたかった……!! 何もかも手に入れてェ……知らないことは全て解き明かす……この世の楽しみも苦しみも何もかもを味わい尽くし、全てを“支配”する!!! その為なら良いことも悪いこともなんでもやってきた……!!!」

 

「だから……従わねェ奴を殺すのか……!!?」

 

 反撃の剣技と共に問われるのはロジャーの怒り。彼にとって、最も許せない、仲間と自由を奪おうとすることだった。

 その人を殺しかねない威圧も、ロックスは対等に受け止める。

 

「分かってんじゃねェか……!! この世には、どれだけ恐怖や暴力で脅しても従わねェバカがいる……!! そういう奴等は殺すしかねェのさ……お前達や、お前の仲間もその対象だ……!!」

 

「っ……!! そんなことはさせねェ!!!」

 

「ギハハ……どうかな? ……お前ら気づいてるか? 今この島が、徐々に崩れてることによ……!!」

 

「!!」

 

 ロックスの発言に思い当たる節があるのか、それとも寝耳に水だったのか、ロジャーとガープは歯噛みし、ロックスへと同時に襲いかかる。

 だがロックスはその両方に対処し、言葉を繋げた。

 

「おれ達や外の連中のせいかもしれねェが……そうじゃないかもしれねェ……さて、何が起こってるのか……ギハハ、これが終わったら調べに行くのもアリだな……!! あのサターンとかいう化け物にも聞きてェことがまだあるしなァ……!!」

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「島が沈む……」

 

 よく感覚を研ぎ澄ませば、谷だけではない。島の地盤から揺らいでいるようにも感じられる。

 それを半ば理解した2人を見て、ロックスは告げた。今度は死に体のロジャーに向かって、敢えて挑発するように、

 

「お仲間が心配か……!? そうだろうなァ……助けにいきてェだろう……!! 今頃はおれの優秀な部下達が、お前の仲間達を惨殺してるかもしれねェからなァ……!! ギハハ、お前も逃げていいんだぜ……? おれと戦うのはどんな猛者でも怖ェもんさ……!! 逃げても、誰も笑いやしねェ……!!」

 

 ここからでは、流石に遠い上、ロックスを目の前にしてそちらに気を配る余裕はなく、仲間の安否は分からない。

 そこを突いて、ロックスはロジャーに問いかける。お前はどうして、ここまで戦えるのかと。

 そうして返ってきた言葉は、意外な言葉だった。

 

「ハァ……ハァ……いいや……おれはお前を、()()()()()()()()……!! ここで、お前をぶっ潰す……!!!」

 

 その真っ直ぐな言葉に、ロックスは疑問符を頭に浮かべた。それはロックスにとって、正しく不意を突かれた言葉だった。

 

「……? ギハハ……意味が分からねェな。おれが逃げる? 何を言ってやがる……おれは逃げる必要なんてねェ。お前達は確かに強ェが、それでも、おれに敵う奴なんざこの世に存在しねェのさ……!! ──なのに、どうして逃げる必要がある!!?」

 

 答えろ、とロックスは覇気を込めてロジャーに再度問う。するとロジャーは言った。強い意志を秘めた瞳で、

 

「おれの仲間は……お前さえいなけりゃ、絶対に生き残る……!! だからおれは、お前を逃さねェ……!! 何もかも支配しようとするお前の野望は……ここで止めなきゃならねェんだ!!! おれは“自由”に航海がしてェ……お前の野望は、おれには息苦しくてしょうがねェんだよ!!! ロックス!!!」

 

「!!」

 

 ロジャーの覇気が、僅かにロックスの覇気を押し返す。

 今までは辛うじて拮抗は出来ても、上回ることは一度も出来なかった。

 だが今は僅かに上回った。それを読み取り、ロックスは2つの意味で笑った。

 

「…………ギハハ……そうか……!!」

 

 ロックスは今度こそ、本当に諦める。

 この男は、自分の下に付くような男じゃねェと。

 

「……おれは本来、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる……だが……どうやらお前を手に入れるのは、どう足掻いても無理らしいな……!!」

 

「当たり前だ!!! おれは誰の物にもならねェ!!!」

 

「ギハハ……!! どうやらそうらしい……が、久し振りだぜ……さっきも言ったが……おれの“敵”となりえるような奴は生まれてこの方、何十年と存在しなかった……!! おれが支配できねェ程の敵……ギハハ、目障りで楽しくてしょうがねェが……これも試練だと思えば昂ぶってしょうがねェ……!! お前らさえ消せば、この世におれの敵はいなくなる!! おれが世界を“支配”するのも時間の問題だ!!!」

 

「そんなことはさせねェ!!! 消えねェからこその“敵”だ!! おれはお前を倒す!!! 人の持つ“自由”を奪おうとするお前を……おれは絶対に許さねェ!!!」

 

「……ギハハ、ギハハハハ……!!!」

 

 ロックスはその真っ直ぐな敵意を放つロジャーを見て、我慢出来ないという風に高笑いを始める。

 それを、同じく敵意をぶつけるガープも見ていた。笑い続けるロックスに対して、

 

「……ロジャーのバカな“野望”を、笑うのか?」

 

「ギハハ──いいや、()()()()()。面白ェが、笑える筈もねェ。痛快じゃねェかよ……もし、世界政府も、並居る海賊も、このおれの“支配”からも、抜け出すようなことがあれば、その“自由”は本物だ……」

 

「おれの“夢”を……無駄だと笑うか、ロックス!!?」

 

「ああ……無駄だとは言わねェさ…………おれさえ倒せば、お前の自由は叶う……!! ガープ、お前の“正義”だって光明が見えるかもしれねェ……だから、精々守ってみせな……!!! この“ゴッドバレー”を、おれの“支配”の邪魔をするお前らの墓標にしてやる……!!!」

 

 ロックスは笑わない。笑みこそ浮かべているが、その夢を決してバカにはしない──出来るものか。

 自分と同じ、壮大な“自由”の夢を求める男を、バカに出来る筈がないのだ。

 そしてだからこそ──自分達は相容れなかった。

 

「やれるもんならやってみろ……ロックス……!!!」

 

「お前の好きにはさせん……!!!」

 

「ギハハハハハハ……!! さァ……そろそろ終わりにしようぜ……モンキー・D・ガープ……ゴール・D・ロジャー……!! おめェらがこの先……自分の“意志”を貫き通してェって言うなら……まずは、このおれの“意志”を砕いてみせろ!!!!」

 

 ──それは、最後の一合の合図だった。

 

 誰もが己の得物に、最後の一撃のための力と覇気と……その信念を込める。

 誰が勝っても、この先の海は荒れる。誰かがその“意志”を継ぎ、あるいはまた誰かにその“意志”は受け継がれる。1つの時代が終わり、うねりをあげ、新時代の幕が開けば、人は夢を追い続ける。

 これらは決して、止めることの出来ないものだ。

 

「神をも殺す終末の一撃……!!」

 

 人々が自由の答えを求める限り──

 

「“神避”──」

 

「“拳骨(ギャラクシー)”──」

 

 ──それらは決して、留まることは無い!!! 

 

「──“ラグナロク”!!!!」

 

「──“(はつ)”!!!!」

 

「──“大爆発(ビッグバン)”!!!!」

 

 そして今……また1つの時代に、決着がついた。

 

 

 

 

 

 ゴッドバレーが崩壊する。

 島の中心。深い深い谷の底では、島を破壊してしまう程の一撃により、高さ2000メートルはある断崖が崩れ落ちていた。

 降り注ぐのは岩の雨。その中に──

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「…………グ……ウッ……!!」

 

「…………」

 

 倒れている男は、海賊──ゴール・D・ロジャー。

 そしてもう1人──大海賊、ロックス・D・ジーベック。

 立っているのは1人──モンキー・D・ガープ。

 最後の一撃。その結果、起きた事柄に、ガープは息を乱しながら僅かに2人を睨みつけた。

 その瞬間、ロックスは立ち上がり、

 

「グ……ギハ、ハ……まいったぜ……」

 

 フラフラになりながらも立ち上がり、ロックスは満身創痍でロジャーを見下ろす。そうして笑みで告げるのは、

 

「……最後の一撃……おれとお前だけが打ち合い……ガープには攻撃がいかなかった……ギハハ、こりゃ、どうしようもねェ……おれにはもう、なんとか立ち上がれても……戦う力はねェ……おれとお前の戦いなら引き分け……いや、お前の勝ちか……」

 

「…………ッ!!」

 

 ロックスはその負けを認める。2対1で戦っていたから、などと言い訳はしない。海賊の勝負だ。卑怯など存在しない。勝って生き残った方が“勝者”なのだ。

 その上で、“敗者”として、ロックスは最後に問いかけた。

 

「ロジャー……お前にこの海の秘密を解き明かし……世界を制することが出来んのか……? 海は広いぜ……このおれでさえ、まだ知らねェことが沢山ある……おめェは本当に、その“意志”を継げるのか……?」

 

 それはロックスが知る、遥か昔から続く“意志”の存在。

 忘れ去られた何か。だが、辛うじてまだ生きてるもの。それも当然。人が死ぬ時は忘れられた時だ。故に、その意志はまだ生きて、誰かがそれらを導くことを待っている。

 それを受け継ぐ覚悟があるのかと、ロックスは問うた。

 そして、その答えは──

 

「…………しらねェよ……どんなものが立ち塞がろうと……おれァ海賊で……“自由”の意志を求め続ける……!!!」

 

 その答えに……ロックスは口端を吊り上げた。

 ガープが近く、拳に力を込め、

 

「…………ギハハハハハハ…………()()()()

 

「ッ!!!」

 

 ──そうして、ガープの一撃はロックスに突き刺さり、ロックスの身体は遥か遠く、谷の残骸を突き抜けて、遠くへ飛んでいった。

 残され、勝利したのはロジャーとガープ。

 最後のロックスの言葉の意味。その真意、答えは……今の2人には、到底計り知ることが、出来なかった。

 

 

 

 

 

 ゴッドバレーの崩壊は、突如として始まった。

 

「ぶっ……!!? い、いったぁ~~~!!? なにぃ!?」

 

 口元を水とティッシュで綺麗に洗い拭いていたロックス海賊団の海賊見習いの私は、谷が崩れ落ちたことと、直後に起きた破砕に慌てた。痛っ、何か飛んできた!? 

 もしかして決着が付いたのだろうか。そうだとしたら……と、飛んできたものを土煙が晴れた後に確認してみると、

 

「──って、ロックス船長!!?」

 

「…………ギハハ……おいおい……受け止めてんじゃねェよ……このまま格好良く散るつもりだったってのに……よりによってぬえ……お前か……どんな因果だこりゃあ……」

 

「え、ええ!? いやあ、偶然だけど──って、怪我やばすぎない!?」

 

 やはり決着が付いた……らしい。ロックス船長はまだ辛うじて笑みを浮かべ、生きているが、その身体はもう死んでいると見てもおかしくないものだった。幾ら私やカイドウでも、ここまでの怪我は怪我と言わない。多分死ぬ。死んでる。まあカイドウなら成長すればどうか分からないけど、とにかく、ロックス船長はもう死人同然だった。

 

「……だが……まあいい……少し、話してェことがあった……」

 

「い、いやさすがに私もこの状態の相手と話すのは戸惑うんですけど……話?」

 

「そうだ……簡単なことだ……ぬえ、おめェは()()()()()()()、どこまで知ってやがんだ……?」

 

「…………え……ええ~~~!!?」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず、きょとんと固まってしまうが、直ぐに理解し、驚愕する。それは私のトップシークレットだった。

 

「い、いいいいや、あの……べ、別に、なんでも……そういうのは……」

 

「しらばっくれんな……おれァお前の思考を読んだ……お前の頭がおかしいことも、もう知ってる……」

 

「言い方ァ!! それじゃ私がイカれてるみたいじゃない!! ──ってか、もしかして……あ、あ~~~……見聞色の覇気?」

 

「ギハハ……やっぱり知ってんじゃねェか……そうだ……強ェ見聞色の覇気は、他人の頭に触れることで、そいつの記憶を読み取れる……ギハハ、どっかの伯爵様の得意技だ……」

 

 あ、あー……そういうことかぁ……なるほど、迂闊だった。何度か頭を撫でられてたのはそういう意味があったんだろう。……あれ? でも知ってたならもっと色々と……、

 

「もっとも……おれァあそこまでできねェ……気配を読み取る力と併用して……多少思考を盗み取るくれェが関の山だが……おめェの思考がやべェことには気がついたのさ……」

 

 だからそこまで知ってる訳ではないと、ロックス船長は私の疑問を先んじて答えてくれる。制限があって……というか、そこまで深くは読み取れないってことかな? まあそれでもチート過ぎるけど……。

 

「な、なるほど……いやでも、どこまで知ってるかって言われると……世界観とか流れとか人とか色々知ってはいるけど、根幹についてはあんまり……」

 

「みてェだったな……実際、おめェはおれのことや、この島についても、そこで起きることも全然知らねェみたいだった……おかげで苦労させられたし、困惑させられたぜ……利用しようにもわからねェことばかりでな……」

 

「それはまた……苦労をかけたというかなんというか……」

 

 私は言葉に詰まる。なんと言っていいのか単純に分からなかった。

 だからしどろもどろになっていると、ロックス船長は再び口を開いた。こちらを見て、

 

「……まあそれはいい……だけどな、ぬえ……おめェ、それを使うのはいいが、それを頼りにすんじゃねェぞ……」

 

「! それは……」

 

 ロックス船長は珍しく、笑みを消して真面目にそう助言する。思わず再び言葉に詰まった私に対し、ロックス船長は続けて、

 

「持って生まれた力だ……そりゃおめェが自由に使う権利がある……誰も文句は言えねェ……だが、その知識は絶対じゃねェ不確かなもんさ……運命ってのはでけェ……おれだって同じ結末を辿ったんだ……説得力はねェが……未来はどう変わるかわからねェ。お前の知ったそれより変わることだって充分あり得る……だから、そんな不確かなもんに命を預けんな……自分の舵は、自分で取るんだよ……」

 

「……ロックス船長……」

 

「……って、おれがこんなこと言うのは似合わねェか……? ギハハ……実際、ガラじゃねェ……だが、お前がこれから……カイドウと海賊やろうってんなら、肝に銘じときな。海賊は自由なもんだ……力は使うものであって縛られるものじゃねェ……その上で、好き勝手引っ掻き回してやりゃいいのさ……他人の都合なんざ知ったこっちゃねェってな、ギハハ……」

 

「……わかった。肝に……銘じる」

 

 ロックス船長の似合わないアドバイスに、私はそれを正面から受け止める。自分では分かっていたつもりのことだが、実際にはどうなのかわからない。確かに、そういうきらいはあったかもしれない。

 もしかしたら、それを言われてなければ、ロックス船長の言う通りになっていたかもしれないとも思う。だからこそ、私は神妙にそれを受け止めた。

 だが、その上で、それとは別に、聞きたいことがあった。それは、

 

「……船長。ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「……どうした……? そろそろキツい……あんまり長くは保たねェぞ……?」

 

 そろそろ、自分の命の終わりが近いと知りながら、ロックス船長は私の言葉を受け止めようとしてくれていた。それに感謝し、私は問いかける。

 

「……私の頭を撫でる振りをして、思考を読んでたんだよね……?」

 

「……ああ、そういうこったな。ギハハ、残念だったか? 悪ィがおれは、子供は特別好きじゃねェんだ……使えない奴は態々船に乗せねェよ……」

 

 ロックス船長はそう言う。実際、それは事実、本心ではあるのだろう。──だけど、

 

「……それじゃあ()()()()()()?」

 

「…………」

 

 ロックス船長が僅かに驚く。

 それに更に追い打ちを掛けるように、私は続けた。ここを逃せば、私はその本心が聞けないと思って、

 

「私の頭に利用できそうな知識が眠っていたとしても、それを知らなければ撫でる振りをして頭を触る……なんてことしない。だから最初の一回は……利用する目的じゃなく、その──」

 

 私はそれを言おうとした。だがその前に、

 

「……ギハハハハ……おめェ、本当に頭が回るじゃねェか……」

 

「……それじゃあ……えーっと……やっぱり?」

 

 ロックス船長は観念したように笑みを浮かべ、告げる。私が若干、戸惑っている……というか、マジでそうだとは思ってなかったので半信半疑で問いかけた。するとロックス船長は相変わらず悪魔の笑顔で、

 

「おいおい……おれだって、悪魔だと言われようが人間だ……普通の感性くらいあんだぜ……? 未知のものには胸を躍らせる……ムカつく奴は殺したくなるし殺す……他人の物は欲しくなるし、恵まれねェ奴は可哀想だと思う……強ェ奴とは戦ってみたくなるし……髑髏を格好良く感じれば……飯と酒は美味いもんが食いてェし、綺麗な花や星に手を伸ばすような心もあらァな……だからムカつくガキがいれば殺したくなるが…………可愛いガキがいれば、()()()()()()()()()()()…………」

 

「……!」

 

「ギハハ……驚いたか? だがこれが紛れもないおれだ……おれァ……自分のやりたいことをやるだけの……自分勝手な人間なんだよ……良いこととか悪いこととか、似合う似合わねェとか関係ねェのさ……全部自分で決める……他人には絶対縛られねェ……好きなことをやる……だからこそ、おれァ……いやおれ達海賊は……悪党で“悪魔”と呼ばれるのさ……!!」

 

「……ロックス船長」

 

「ギハハハハ……だが……まさかおめェに気づかれるとはな……相変わらず頭が回りやがる……忌々しい……随分と、大きくなりやがって……」

 

「っ……」

 

「ギハハ……()()()()()()()()()()……とうとうこのおれもお陀仏か…………だがわからねェもんだ……碌な死に方はしねェと踏んでたんだが……まさかおれを看取るのがガキとはよ……」

 

「……ロックス船長。私は──」

 

「おいおい……やっぱり、おめェはガキだな……手がかかる……ギハハ……いいか、教えてやる……海賊をやるなら……とにかく楽しめ……! 海賊ってのは古来より“笑う”もんなのさ……! ギハハハハ……──」

 

「っ……!! ロックス船長!!」

 

 ──私は言う。その、意識が薄れゆくロックス船長──いや、ロックス・D・ジーベックに対して、笑みを浮かべて、

 

「──今まで長い間、本当に……ありがとう!! 私、行ってくる!!!」

 

「……おお……カイドウと……楽しくやんな……ギハハ、ハ……ハ……──」

 

 そうして今度こそ……大海賊、ロックス・D・ジーベックは最後まで悪魔の様な笑顔を浮かべ、この世を去っていった。

 私は、それを数秒見続けた。ほんの少しの間だけ、それを見て、目元を拭うと、

 

「──ぬえ」

 

「! ……カイドウ」

 

 気づけば私の背後に、血塗れになった状態の相棒──カイドウが立っていた。

 私はまだ振り返らず、声だけでやり取りをする。

 

「……お頭は死んだのか」

 

「……まあ、そうだね……」

 

「……そうか。あんな強かったお頭でも死ぬか……」

 

 私とロックスの亡骸。その両方を見て、カイドウも僅かに思うところがあったのだろうか。しばし、沈黙がその場を支配する。

 だがややあって、カイドウははっきりとした口調で告げた。

 

「──行くぞ」

 

「……ええ」

 

 カイドウはそう言って、私はそれに頷く。カイドウは私を見ても何も言わない。ただ、今後の事を告げた。

 

「お頭が死んだってことはロックス海賊団は終わりだ。白ひげやシキ……あのムカつくババアに付く筈もねェ。おれ達はおれ達の道を行くぞ……!!」

 

「うん……ええ、そうね」

 

 私はその思いを汲み取る。カイドウが何も言わないことが、カイドウなりの心遣いだった。

 カイドウの隣に立つのに、こんなことで情けない顔を見せてどうする。何も言わず、見ていない体で話すカイドウに……これから担ぎ上げる相手に、初っ端から気を回させてどうする。

 そんなのは“海賊”じゃない。私にとっての海賊は、今も昔も変わらない──好きに生きること。そして楽しむことなのだ。

 

「……は~あ。これでウチも終わりかぁ……それじゃ、さっさと船に荷物取りに行こっか」

 

「おう。ついでに何か使えそうなもんでも盗むか」

 

「そうそう。私もそれ考えてた。多分色々良いものあると思うんだよねぇ~!」

 

「それじゃさっさと行って、奪って逃げるぞ。海軍はあのババアに押し付けてやる……!!」

 

「そうね! それで適当な島行って、始めましょうか! 私達の──海賊人生!」

 

「ウォロロロ……!! そうだ!! やるぞぬえ!! おれとお前で、最強の海賊団を作り上げてやろうぜ……!!!」

 

 そうして──私はカイドウと共に崩れ行くゴッドバレーから、荷物を持って飛び去ることにした。

 その胸中、私はほんの僅かに振り返り、

 

 ──さよなら。ロックス船長……ゆっくり休んでね。

 

 私は弔いの言葉を投げかけた。私を6年間もの間面倒を見てくれた──()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 その報は、すぐに広まった。

 

「──う……嘘だろ……あ、あのお頭が……世界最強の海賊が、死ぬなんて……!!」

 

「本当だ!! さっき死体を見てきた!! お前らも見ただろ!? あのバカでかい谷が崩れたところ!!」

 

「そ……それじゃあ、おれ達は……」

 

 ゴッドバレーの崩壊と共に、戦いは止めざるを得なかった。

 船に乗り込み、その死体を見たという船員の情報から、ロックス海賊団の面々はしばし、呆然と立ち尽くす。

 だが、そういう輩ばかりではない。

 

「──ジハハハハ……いや、マジかよ……ロジャーにガープ……まさかやりやがるとはな……だが、そういうことなら話は決まった──おれは好きにやらせて貰うぜ……!!」

 

「!! てめェ……金獅子……!!」

 

 疲労の跡が見て取れるその男……“金獅子”のシキは、敵のやったことに称賛と驚愕が入り混じった様な苦笑を浮かべ、その上で、背後に大勢の部下を引き連れて皆に告げる。

 それに対して白ひげは眉根を寄せた。彼もまた、この戦いで多くの傷を負っている。そんな彼を支えるように、数こそ少ないが、十数人の仲間達が自然と支えるように傍らに立っていた。

 するとまた、別の船から、

 

「ハハハ……マママママ……いいじゃないか……船長が死んだなら、ここにいる意味はねェ。こっからはおれ達も好きにやらせてもらうよ……!! 次にこの海の王になるのはこのおれさ!!!」

 

「っ、リンリン……!!」

 

 海軍から奪った軍艦に、元々リンリンが連れてきた船員──シュトロイゼンを始めとする者達や、彼女の大勢の子供達が乗っていた。

 更には、いつの間に運んだのか、ロックスが持っていた赤い石……“ロード歴史の本文”まで持ち去っていき、

 

「これからは“科学”の時代よ……!」

 

「ロックスが死んだか……なら私は島に帰らせてもらう」

 

「ウヘヘ……おれも好きにやらせてもらう……全ての財宝はおれの物だ……!」

 

「おれも行くぜ……!」

 

「おれも自由にやらせてもらう……!」

 

「おめェら……」

 

 その他にも、多くの船員達……仲間だった筈の者達があっさりと離散していく。自称“科学者”であるステューシーが離れ、九蛇海賊団の船長でもあったグロリオーサも島に帰り、“ジョン”と呼ばれた財宝好きの男も独立し、“銀斧”や“王直も同様に離れていった。誰もがこれ以上はやっていけないと、再び分かれていく。

 仲は悪かったが、仲間であった筈だった……だがやはり、彼らは皆、人の下につけるような連中ではない。

 そんな海賊達が集まって出来たのがロックス海賊団。1つの儲け話の為に集まった集団であり、彼らがこの船で同じ一味としてやっていけたのはひとえに、ロックスという男の凄まじいカリスマ性や統率力……何より、その圧倒的な力があったからこそだった。

 彼がいなくなれば、必然的にロックス海賊団は終わる。誰かが引き継ぐこともない。そんな無情とも言える終わりに、“白ひげ”エドワード・ニューゲートはふと、ある2人を思い出す。

 

「……カイドウとぬえはどこだ?」

 

「ああ……どうやら一足先に抜けてったようだよ……さっき2人が飛んでいくのを見たって連中がいる……」

 

「…………そうか」

 

 白ひげは目尻を下げ、息を入れる。あの2人もまた、見習いを卒業し、自分達の道を往くのだろうと。

 ぬえの方は心残りがあったが、今更言っても遅いだろう。

 だが何ももう会えなくなる訳ではない。

 これからはまた、自分も、気付かされた自分の道を行く。

 

「……おい、おめェら……」

 

 白ひげは、僅かに、ほんの僅かに存在した、自分を慕ってくれている連中に向かって言う。……本当なら、あの少女にも言って、道を正してやりたかったが、その未練を断ち切り、

 

「……お前らさえ良ければ……おれの船に乗って…………おれの──“家族”になってくれねェか?」

 

 ──それは、彼にとってもまた、始まりとなる瞬間。

 

 ──かくして、世界最強と謳われたロックス海賊団は壊滅し、その残党達は皆、それぞれの道を歩んでいく。

 

 後の大物達……名を上げていく海賊達の、“海賊”としての原点はこの場所であり、彼らは海賊というものを、その大海賊……ロックスから学んだ。

 

 ──“白ひげ”エドワード・ニューゲートは、僅か10人程度の仲間を連れて、この後に“白ひげ海賊団”を結成する。

 ロックスから学んだ、海賊としての道理と、悪辣ではあったが確かな“誇り”と、ようやく気づいた欲しかったものを得る為に。

 

 ──“ビッグ・マム”シャーロット・リンリンは、元々の部下と、自分の血縁者……既に30人近い子供達と、ロックスが持っていた“ロード歴史の本文”を持ち去り、この後に“ビッグ・マム海賊団”を結成する。

 ロックスの恐怖で人を支配するその“統治”のやり方……“統率力”を頭に入れて。

 

 ──“金獅子”のシキは、密かに勧誘し、集めていた多くのロックス海賊団の残党と共に、“金獅子海賊団”を立ち上げた。

 ロックスの慎重かつ用意周到で大胆な計画……世界政府すら追い詰めたその“知恵”を自分の糧として。

 

 ──“百獣”のカイドウは兄妹分のぬえと共に、幾つかのロックスの遺産を持ち去り、他の者達より少し遅れて“百獣海賊団”を結成する。

 ロックスの、多くの強者を支配するに相応しい、その圧倒的な“強さ”こそが、何よりも重要だと知って。

 そしてそんなカイドウと共に行く封獣ぬえは……海賊として、“楽しむ”こと。

 この海で生きるために必要な多くのことを。この海で最も大切なことを。

 そしてそんな彼の海賊としての生き様を心に刻み、確かな“意志”を持って、海へと漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 世界を震撼させたロックス海賊団壊滅の報は、またたく間に世界中に知れ渡っていた。

 

「ロックス海賊団がゴッドバレーで壊滅!!?」

 

「ガープという海軍中将が成し遂げたんだってよ!!」

 

「海軍の英雄だ!! “英雄”ガープ!! 海軍万歳!! 英雄に称賛を!!」

 

「ああ、神よ……! ありがとうございます……!!」

 

「私達のことは何も載ってないね、アニキ」

 

「ヴォレ達を救ったのはくまだぜ! だがこうも何も載ってないとは……結局あの島で何が起きてたんだ?」

 

「……(僕が逃した人達以外は、全員……もう……)」

 

 人々はその報せに歓喜極まり、涙を流す。

 新たな英雄の誕生は多くの島々で祝われ、“ガープ”の名は世界中に轟いた。

 

 ──だが、

 

「──どういうことだ!!?」

 

「落ち着けガープ!!!」

 

 海軍本部。そのとある一室で、電伝虫の前で怒声をあげたのは、その件の英雄──モンキー・D・ガープであった。

 戦いから数日。身体中に包帯を巻き、未だ痛ましい有様ながらも凄まじい形相で怒鳴るガープを止めるのは、同期のセンゴクだった。

 だが彼でさえ、その怒りを収めることは出来ないでいた。理由はその報せを流した世界政府そのものであり、

 

『今回は君に助けられた……その功績と我々からの感謝の証として、君に勲章を授与し、ロックスによって空けられた海軍大将への昇進を言い渡す……何が不満だ?』

 

「ふざけるな!!! それも嫌だがそれじゃない!!! なぜおれだけの手柄になる!!? ロックスを倒したのはおれだけじゃない……!! いや、奴を倒したのは実質、ロジャーだ!!! なのに何故おれだけが英雄と呼ばれる!!?」

 

『……そのようなこと、民衆に伝える必要はない』

 

「あんたらになくてもおれにはある!!! おれはそんなことで“英雄”扱いは──」

 

「やめろガープ!!!」

 

 センゴクが今にも暴れだしそうなガープを羽交い締めにして止める。だがその勢いは止まらない。センゴクはやむなく、言葉を尽くした。

 

「……民に不安を与えてもしょうがないだろう……!! ロックスを倒すほどの海賊がいたなど知れれば、世界中に不安と恐怖が伝播する……!!」

 

「だから嘘を書くってのか!!!」

 

「民を安心させるためだ……!!」

 

「っ……!!」

 

『……理解してくれたかね?』

 

 ガープが僅かに言葉に詰まったタイミングを見計らって、そんな声が電伝虫から伝わる。

 そうして僅かに大人しくなったガープ。その様子にセンゴクも手を離すが、ガープは受話器を手に取ると、何かを決心した顔で、

 

「……よ~くわかった……なら、報道はそれでいい……」

 

『わかってくれたか。では、勲章と昇進についてだが──』

 

 と、話を進めようとしたその時、それを差し止めるように、ガープは告げた。

 

「──だが昇進については断る!!!」

 

「!!? ガープ!?」

 

『!? ……何故だ?』

 

 その言葉を聞いて、驚かない者はいなかった。誰もがそのガープの発言に耳を疑う。

 だがガープの言葉は本物だった。覚悟は固いようで、ガープは雲の上の者達にすら臆せず言い切る。

 

「海軍大将にはならない……!! おれはこの地位のまま……“自由”に海兵を続けさせてもらう……!!!」

 

『っ、愚かな……そんなことは──』

 

「安心せいっ!!! おれはこれからも、海賊を狩り続け、流れる血を止めてやる……!! ロジャーの奴だって、いつか必ず、おれが捕まえてやる……!!!」

 

『……そこまで大将の座が嫌か? ()()()()()()()()……』

 

「なんだ!? だったらクビにでもするか!?」

 

「おいガープ!!? やめろ!! それ以上は──」

 

 センゴクが焦った様子で今度はガープの口を止めようとする。だが、それより前に、神妙な落ち着いた様子の声が受話器から響いた。

 

『……わかった。ならば、昇進は取り消そう』

 

「!」

 

「……本当だな?」

 

『ああ。他ならぬ、“英雄”ガープの頼みだ……聞き届けよう──では、これからも頼むぞ』

 

 ガチャ、と音が鳴り、電伝虫が切られる。

 部屋の中にいるのは2人。他に聞いている者がいない中で、ようやく2人は憚らない会話を行う。

 

「……ガープ。何故昇進を断った?」

 

「黙れ……おれは、天竜人の部下になるのはゴメンだ……!!」

 

「! ……そう、か」

 

 ガープの歯を食いしばりながらの答えに、センゴクはその思いを汲み取る。10年以上の付き合いだ。彼がどういった“正義”や道徳を持っているかは分かっていた。

 だからセンゴクはその件に関しては何も言わず、これからのことを話すことにした。

 

「……なら、次は会議に出るぞ。病み上がりで悪いが、ロックス海賊団から独立した海賊、その残党と、奴等を倒したロジャー海賊団の新たな懸賞金を決めねばならん……奴等に直接関わり、実際にその脅威を見たお前の意見も聞きたいとのことだ……」

 

「……そうか。わかった」

 

 ガープはセンゴクが机から取り出した、以前までのロックス海賊団のメンバーの手配書、その束を受け取りながら頷く。

 そしてその中には、未だ写真が存在しない、ロックスが行ったとされる天竜人殺害の真犯人だと、ガープが見込んでいる、“正体不明”の少女の手配書もあり、

 

「……何か気になる者でもいるのか?」

 

「……ふん。別におらん。さっさと行くぞ……」

 

「……ああ」

 

 センゴクは、そのガープの視線で、誰を気にしていたかを知りながらも、敢えてそこを突っ込むことはせず、ガープと共に会議室へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 そして神々が住まう聖地においてもその事件は語られていた。

 

「ロックスは死んだか……」

 

「運に助けられたな。ガープやロジャーがいなければ面倒になるところだった」

 

「だがロックスが死んだことで多くの海賊が独立する動きがある。しばらく海が荒れるだろう」

 

「宝も幾つも奪われた。おまけに天竜人の死亡……由々しき事態だ」

 

「“神の騎士団”の報告によればそれを行ったのは……」

 

 神々の頂点に位置する“五老星”はその事件の影響を話し合い、そして安堵していた。

 ロックス・D・ジーベックの死亡は、彼らにとって1つの懸念事項が消えたことを意味している。

 とはいえ、まだまだ危惧すべきものは幾つもあった。ロックスの崩壊によってバラバラになった海賊たち。

 

「……封獣ぬえ、か……」

 

 “五老星”の内の1人、ジェイガルシア・サターン聖はゴッドバレーにて直接目撃したその少女の手配書を手に取りながら呟く──この少女もあるいは、いずれ脅威になりえるかもしれないと、そう思いながら。

 

 

 

 

 

 ──事件からしばらく経った後。とある島では、

 

「……ま、こんなところかな」

 

 人が訪れないとある僻地に、その剣を地面に差し、彼が羽織っていた真っ赤なコートを掛けて作ったそれは、彼の墓だった。

 それを前にし、少女は笑みを浮かべる。

 

「──私とカイドウのこと、そこで楽しんで見ててね」

 

 手に持つ三叉槍に力を込め、少女はそこから飛び去っていく。

 もはや誰にも止めることの出来ない嵐は稲光を発し、まるでその“悪魔”の様に……“自由”に……その先の海を照らしていた。




改訂しました。五老星のシーンやくま達の会話とかを地味に追加。


これで見習い編は終わりです。色々ありました。長くてすみません。分けようかとも思いましたが、最後なので一気に詰め込みました。これで海賊ぬえちゃんの誕生です。如何にして海賊のぬえちゃんという人物は形成されたかっていうのが見習い編でした。まあ、悪党の知られざる過去って感じです。
次回からは百獣海賊団旗揚げ編が始まります。明日はお話考えるために休むかも? まあ投稿するかもしれない。わかりませんが、とにかくお楽しみに。
ここまで見てくださった皆様、感想、評価、お気に入り、いつも誤字報告をくださる皆様、ありがとうございます。そしてこれからも応援よろしくお願いします。


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