正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
私は目覚め、すぐに思う。──まーた、気絶か、と。
ここ最近気を失う回数が多いなぁ、と自分の弱さに恥じ入るが、それでくよくよせずに直ぐに立ち直る。なんと言っても強くなるしかないのだ。負けた回数や失敗した回数は気にしてもしょうがない。既に終わったことだ。
だから直ぐに状況を思い出し、この場を脱するために行動を起こそうとするが……その瞬間、声が掛けられた。
「──目が覚めたようだな」
「! あっ、おはよ~。あなたは……」
「おれが誰かなんてどうでもいい。簡潔にお前の状況を説明してやる」
目が覚めて直ぐに話しかけてきた相手に目覚めの挨拶と、誰なのかと問いを投げるが、答えてもらえなかった。まあいいけどね。見た瞬間、わかった。この若い男の人は……私達が探していた男だと。
そんな彼は淡々と告げる。私に向かって、冷たい声で、
「お前ともう1人はこれから、拷問される。終わりはない。解放する条件もない。希望はない。お前はこれから無限の苦痛を味わう。──理解したか?」
「あー、そんな感じかぁ。それじゃ、カイドウは別の場所?」
「……そういうことだ。互いが顔を合わせることも、安否を確認することも出来ない。別々の場所で拷問してやる」
「おっけおっけ。りょうか~い。それじゃ、お好きにどうぞ~」
「…………舐めてるのか?」
ザクッ、と軽く掌に何かがぶっ刺さる感触。ん~、痛い。でも単調。しかし最初の1手、本気度を見せつけるためには有用。70点。彼はこちらに睨みを利かせ、
「まだ自分の状況が理解出来てないようだな……今までどれだけ暴れてきたかは知らないが、どれだけ屈強で凶悪な奴でも、絶え間ない拷問には身体と心、どちらかが壊れる結末が待っている。それを頭で理解し、絶望しろ」
「あっ、私達のこと知ってくれてるんだ! ありがとね! 改めて名乗るけど、私は封獣ぬえ。百獣海賊団副船長にして、この海一番の美少女。謂わばアイドル海賊よ! よろしくね♡」
「…………まあいい。これからたっぷりと可愛がってやる……余裕でいられるのも今のうちだけだ」
「ああん。別にいいけど、可愛がるってエッチな意味じゃないよね? それはアイドル的にNGよ?」
「…………フン」
あらら、気分を損ねちゃった。何も言わずにどこかに行ってしまう。カイドウのところに行ったのか、それとも単に時間を置くためか。まあただ単に閉じ込めておくだけってのも立派な拷問だ。ここは暗く、時間の感覚は曖昧になるだろうし、身動きは取れない。何も出来ないから酷く退屈だしね。身体もキツいけど、心にくる系の拷問だ。いいね。85点。強いていうなら完全な暗闇とかの方がいい。あれは自分の存在すら曖昧になってかなり精神的にキツいやつだからね。……しかしどうしようかなー。どうにかして抜け出すことも出来なくもないかもだけど……海楼石も付けられてるし、結構厳重だなぁ、海兵よりもしっかりしてる。超頑張ればいけなくもないかもしれないけど……ちょっと楽しみだし、しばらくここにいようかな。カイドウが抜け出したら私も抜け出す感じでいこう。ということで、暇だし、もうちょっと寝てようかな。ということでおやすみ~……。
──?日。
「──!」
「…………」
私は違和感を感じて飛び起きる。そして直ぐに状況を理解。これは……水だ。顔が水につけられている。あ~、力が抜ける~……息苦しいなぁ……いつまで保つっけ? 数分は大丈夫だと思うけど、どうだろう。前よりは強くなってるし、10分は超えるかな? 20分はどうだか分からないけど、まあ頑張ってみよう。目指せ! 息止め世界記録!!
──という訳で水中での無酸素チャレンジを初めて10分ちょい。多分15分くらい。さすがにそこらで、
「っ……!!」
私は苦しくなって身体を反応させた。あ~、意識が朦朧とする~。そうやってメチャクチャ苦しくなって、数十秒。意識を失おうかというその直前で、身体は引き上げられた。
「! はぁ~~~……あー、酸素美味しい~……」
「…………随分と長かったな。起き抜けの洗顔の気分はどうだ?」
「えっ、優しい……女の子に身だしなみを整える時間をくれるなんて……やっぱ拷問中でもそれくらいは整えておきたいよね!」
「……そうか。ならもう一度いっとくか」
「わっ──」
私は再び、水中無酸素チャレンジを行わせられる。うーん、中々激しいプレイがお好きなようだ。水責めも確かにキツいし怖いもんね。しかもこれ、連続でやられるとそんなに耐えられないっていうか、当然空気を肺に取り入れる時間もくれないから割と直ぐにキツい。気絶したら楽なんだろうけど、簡単にそれをさせてくれると思わないし、しばらくやらされそうだ。89点。よーし、それじゃ頑張って世界記録目指します! 鬼コーチ!
──数時間後。
「はぁ……はぁ……」
「フン……ようやく息があがってきたか。止めてほしいか?」
「はぁ……いいえ! まだやれます! コーチ! いえ、やらせてください!」
「…………脳に酸素が行き届かなくなって頭がイカれたか」
「あ、ちょっと! こんな可愛い子に向かって頭イカれてるは酷い!」
「……少なくとも、体力はあるようだな……いいだろう。その減らず口を叩けなくなるまで、今日は徹底的にやってやる……!!」
そう言って彼は近づいてくる。あっ、やめて! 乱暴する気でしょ! エロ同人みたいに!! ──言ったら思いっきり殴られた。
──?日。
「おはよー。それで、今日はどんなことしてくれるの?」
「……この杭を1つずつ、時間をかけてゆっくりと刺しこみ、耐え難い苦痛を与え続けてやる……」
「えっ! やめて! そんなおっきいの入らない! 入らないよ~……とか言った方が盛り上がる?」
「…………ふん!!」
「ああんっ! ゆっくりって言ったのに! いきなりなんて鬼畜ぅ♡」
「……この野郎……!」
──この後、めちゃくちゃぶっ刺された(杭)。84点。
──?日。
「鞭打ちは軽くみられがちな拷問だが、数十打もすればショック死を引き起こすほどの苦痛を相手に与える……これに耐えられるか?」
「あんっ♡ んっ♡ あ~、そこ効くぅ~♡ もうちょっと右~♡ ちょうどそこ痒くてさぁ」
「……変なことを言うんじゃねェよ……!!」
「あああん♪ あん♪ あんあんあん♪ ああんあっ、あんあんあん♪」
「誰がリズム良くしろと言った!!」
「あんっ。軽いジョークなのに~」
──この後、めちゃくちゃボイトレした。87点。
──?日。
「ね~、お腹減ったー。何かちょうだーい。虫とかでもいいからさ~」
「……いいだろう……なら、特別良い肉をくれてやる……」
「わ~い、はむはむ……うっ! この肉は……!!?」
「フッ、気づいたようだな……そうだ、この肉はただの肉じゃない! 今そこで引き裂いてきた囚人の──」
「すっごく美味し~~~♡ ちょっと肉質は残念だけど、元々太ってたのかな? ちょっと甘くて脂身が多いねぇ! 空腹という最高のスパイスを加味して、92点!!」
「…………おいてめェ!! ちゃんとこれ、囚人の肉なんだろうなァ!!?」
「ぎゃああああっ……!! そ、そうです……間違いありません……!! だからやめ──」
「あっ、それ殺すならそっちの肉も処分してあげるよー。ほら、あーんして。あーん♡」
「……いいだろう。目の前で死んだ人間を食って正気でいられるか確かめてやる……!!」
「や、やめ──ぎゃあああああああっっ!!?」
「わぁお。丸焼き~! 上手に焼けました~♪」
──この後、めちゃくちゃステーキ食べた。ウェルダンだった。レアの方が好きなんだけどな。90点。お腹いっぱい。けぷっ。
──?日。
「ねぇねぇ! 暇だったから私のテーマソングを考えてみたんだけどちょっと聞いて! 歌います! チャラララ~♪ 平安の世にあ~らわれた~♪ わ~たし、あばばばばばばばば」
「電気ショックだ。これを食らい続けてもそんなふざけた口が利けるか?」
「あばばばばびびい~~♪ ──あっ、なんがちょっとデジタル音声っぽくて可愛くなっでぎだ! ふふん、これで私も電脳アイドルに゛~♪」
「…………」
──?日。
「ねぇ、暇だからしりとりしない? 私から行くよ! しりとりの“り”! 流砂!!」
「さ……三角木馬──じゃねェ!! いい加減にしろ!!」
「えっ……あっちむいてホイの方がよかった?」
「ゲームの文句は言ってねェよ!! ああ……クソ……!!」
拷問が始まってもう何日経っただろう。そこそこ長く拷問されているが正確な日にちは分からない。
だがある日のこと。その彼はイライラした様子で私に拷問することはなく、そのまま背を向ける。黒い翼と炎が中々カッコいい。と、それはともかく、私は声を掛ける。
「あれ? 今日はもう終わり? それとも放置プレイ?」
「…………」
「あっ、無視された」
私の可愛い声掛けに反応することなく、さっさと牢を出ていってしまう。うーん、結構良い拷問だったのに。ちょっと反応良すぎて自信でも無くしたんだろうか。どうなのかわからない。
それはそれとして、だ。カイドウはどうしてるかなぁ……まあ同じ様に拷問されてるんだろうけど……カイドウはカイドウで通用しないから苦労してるだろうなぁ……。
──その男にとって、拷問とは精神を削るのに最も優れた手段だと
男は拷問は得意である。海に出てからこれまでに何度も拷問を行ってきた。そして、
どんな屈強な相手であろうと、一度捕らえて執拗な拷問を行ってしまえば、そいつの戦意を挫くのは容易である。多くの者は、身体より先に、心が壊れるのが拷問だ。身体を先に壊してしまうような奴は二流だ。命を落とさないギリギリを攻めるのがプロの仕事なのだと。
だがその流儀とは別に、男は拷問によって壊れない者はいない……そう思い、実際にそうだったからこそ、壊れない者を探していた。
もし本当に自分と同じような壊れない相手を見つけても……どうしようかなどとは考えていない。
だが実際にそれに近いものに遭遇してみれば……想像以上の屈辱を受けた。
あのぬえという少女はイカれていた。どんな拷問を受けても笑っている。なんなら楽しそうで、気持ちよさそうだ。いつまでもふざけた調子を維持している。普通はこれだけ拷問されれば心の1つや2つは壊れてもおかしくはない。
もしかしたら既に壊れているのかと思ったが、話してみれば普通……に感じられる。とても心を病んでるようには見えない。普通の少女に見えた──だからこそ得体が知れない。
拷問しているのに、こちらが恐怖を憶えたのは初めてだった。そして、そう感じてしまったことに何よりもイラつく。
だがしかし、もう片方の男もまた、少女と同じく──怪物だった。
「うぐ……この野郎……随分と手慣れた拷問しやがって……!!」
「……っ、く……」
海楼石の錠に加え、鎖で雁字搦めにした男──“百獣“のカイドウ。
上背は大柄な彼を超える大きさ。屈強な肉体。凶悪な顔つき。まるで先程の少女とは正反対だが、こちらもこちらで、拷問に対する耐性が異常だった。
そもそも、だ。普通の拷問が効かない。
針を刺そうとした。刺さらない。電気ショックは効かない。骨は砕けない。筋肉は貫けない。
なので本気で必要以上の傷を負わせるつもりじゃないと傷つかないので拷問にならない。こちらは先程の少女と違って痛がってる様子はあるが、それも絶叫とは程遠い。あくまで痛がる域を出ない。
こちらは半ば本気で攻撃しているため、拷問しているのはこっちなのにこちらも僅かに疲労してしまう。体力には自信がある。だが、この怪物への拷問は身体よりも心が蝕まれていくかのような不安があった。
「クソ……」
「だ、大丈夫ですか……?」
「! ──黙れ……!!」
「!!? ぎゃああああああっ!!?」
自分を心配した部下を思わず掴んで焼き殺す。相当苛ついてしまっていた。黒焦げになった部下をその場に投げ捨て、
「──炎の能力者か?」
「! ……違う……これは……おれの生まれ持ったものだ……」
「ウォロロロ……面白ェ。中々やりそうじゃねェか……!」
いきなり話しかけられ、思わず答えてしまう。自身の種族のことについては滅多に話さない。一々話す必要はないからだ。
しかし不思議と話してしまった。そして、それに対して面白いで済ます男。こいつもまた、凶悪だが不思議な空気を纏わせた男だった。
「それで? ぬえの奴も拷問してるのか?」
「……教える必要はない」
「──上手くいってねェだろ?
「!」
──それは直ぐに察せられた。いや、そうでないかもしれない。仲間なら知っている筈。あの得体の知れない少女のことも。拷問では心が折れないということを。
事実、その男、カイドウはぬえという少女について話し始めた。ニヤリと口端を歪め、
「あいつは壊れねェ……嘘だと思うなら試してみろ。あいつは炎の中でさえ笑える女だぜ……!!」
「…………お前もか?」
「やったら殺す──が、部下になるなら許してやる。そのどちらかの覚悟があるならやってみな。おれはこんなとこで死なねェぞ……!!」
「っ…………面白い」
彼はマスクの下でニヤリと口端を吊り上げた。だが、額には冷や汗。この圧力は半端ではない。数々の拷問を受け、苦痛と屈辱に塗れた男の発する迫力じゃないのだ。どんな奴も、拷問には屈してきた。殺せば死ぬと思っていた。
だがこの男と、もしかしたらあの女も──
「やってやる……!」
そうして、今度は再び少女の待つ牢屋に戻る──己が持つ炎で、奴を苦しめてやると。
──??日。
「はーあ、暇だなぁ……結局、放置して退屈させるのが一番の拷問なんだよねぇ……まああんまり楽しくないことだけがやる側としては嫌だけど……99点」
私はだんだん飽きてきた拷問生活にあくびを漏らしてしまっていた。というか、確かに放置するのは拷問だが、私的には楽しくない。拷問するならしてほしい。それなら退屈せずに済むのだ。なんだかんだコミュニケーションも取れるしね。だが今は暇。はぁ、もうそろそろ脱出しようかなぁ。カイドウの方が多分、結構厳重に捕らえられてるんだろうし、私の方はそうでもない。だからカイドウを助けつつ、そろそろ──あっ。
「おはよ~。今日はどんなことしてくれるの? ほらほら、身体が鈍ってんだからさぁ。もうちょっと色んなテクニックで責めてみてよぉ」
「……安心しろ。これが最後だ……!!」
「え? ──っ!!」
最後という言葉に虚を突かれた直後、彼が私に向かって炎を放った。
身体から吹き出るように広がる炎。それはあっという間に、私の全身を火炙りにし、
「……!」
「……どうだ……? おれの炎に耐えられるか? それとも……そのまま焼け死ぬか?」
その炎は普通の炎よりも熱く感じた。例えるなら、地獄の炎。身体の芯から外側までを甚振り、苦痛を与えるために特化したような炎だ。
それは確かに、私も味わったことのない新感覚。凄まじい苦痛だ。そもそも火炙りだけでも、かなりキツい類の拷問なのだ。それをここまで、自分の手1つで行えるとは──
「──
「!!」
──最高だった。
私は笑みを浮かべる。自然と、その炎を感じて、
「良い炎ね……んっ、あ~~~……このまま死んじゃいそ~~~……あはは……」
「っ……何故耐えきれる……!? いや、何故壊れない……!? これだけの拷問を行って、何故──」
「ん~? それはね~、慣れてるからかなぁ。私、人生の3分の1くらいはずっと拷問漬けの生活だったし、海賊始めてからも殆ど毎日死にかけで、捕まる度に拷問されてきたからね──あっ、その理由が気になるなら、私の背中でも見てみなよ。面白いもの見れるからさ」
「……面白いものだと……? ──っ!!? これは……!!」
磔にされてる私の背後に回り、その背中を確認して、驚いた表情を浮かべてくれる。ふふ、それでこそ肌を晒したかいがあると言うものだ。でもこんなあっさりと服を脱がせるなんて……変態ね。
「驚いた? ふふふ、まあそういうことよ。だから地獄は体験してきてるの」
「……フン……そうか……
「? 何が?」
「それでもだ。おれの拷問を耐えられる筈がない。これほどの苦痛と屈辱を受け、何故お前は笑っていられる? 悔しくはないのか? 普通の人間なら、どこかで心が折れる筈だ……」
と、不意にそんなことを私に問いかけてきたため、私は笑顔で答えてあげる。それは当然の答えだった。
「普通じゃないわ。私は正体不明よ」
「……何? どういう意味だ?」
「そのままの意味。私は、人なのか獣なのかも不確かな怪しい少女。可愛く、正体不明で、強く、そして恐怖を与える海賊よ。そして、最強の海賊団を形成する手札の1枚。カイドウと一緒に最強を目指そうって海賊が、こんな拷問如きで心折れる訳ないじゃない」
「最強の、海賊団……」
「そう、私とカイドウの目的はそれ。強くなって、好きなことを好きにして、好きなだけ暴れる本物の海賊よ。──ちなみに、現在絶賛仲間募集中♡ 即戦力大歓迎、役職候補はもっと歓迎。ってことで、どう?」
「どう、だと……? それは……」
私が問いかけたその瞬間、牢獄内に悲鳴が連続した。
「──うわあああああっっ!!?」
「! どうした!!?」
「……もう遅かったなぁ……私も遊んでたから人の事言えないけどさ」
彼が状況を把握するより先に、私はその気配を感じていたし、そうでなくともわかっていた──やっと、船長のお出ましだと。
「──おう、ぬえ……随分と楽しそうじゃねェかよォ……ウォロロロ……!!」
「カイドウが自力で抜け出すまでは遊んでようかと思ってさ。それと……話聞いてた?」
「ああ。おれもちょうど、同じことを考えた……おいお前」
「! 何だ……」
──やってきたのは当然カイドウであり、カイドウは私を見て笑みを浮かべると、直ぐに視線を彼に移して声を掛ける。彼は威圧されていた。僅かに恐怖していた。
だがそれは当然だろう。どういう風に捕まっていたかは知らないが、海楼石を掛けられているのに、鎖を引き千切って脱走し、目の前に現れた怪物を怖がらない筈がない。当然警戒するし畏怖する。彼は自然と、腰の刀に手を掛けていた。
だがカイドウは言う。彼を見下ろし、
「おれは今、最強の海賊団を作るための戦力を探してる!! だからお前も、おれの手札になれ!!」
「…………」
正面から部下になれと勧誘する。
対して彼は無言だった。何やら考え込んでいるようにも、圧倒されているようにも見える。あるいは……私達の器を測っているのか。
だが黙っているだけでは自分の回答は得られないと悟ったのか、少し間を空けて、彼は言った。
「……お前らは世界を変えられるか?」
意味深な事を、言う。
その言葉の真意は完全には理解出来ない。
だが言う。私達はいつかそうするつもりだ。だからこそ、不敵な笑みを浮かべて、
「おれ達にしか変えられねェ!!!」
「私達にしか変えられないよ!!!」
「…………そう、か」
カイドウと私。2人して彼の質問に自信満々に答えると、彼は納得したのか息を呑む。
「…………断ったら?」
「半殺しにして入ってもらう」
「ハッ……メチャクチャだな……」
思わず鼻で笑ってしまったという感じで、彼は腰の刀を抜く。そして──身体を変化させた。うわっ、初めて見た。人獣型だ。私は驚く中、カイドウも興味深そうに彼を見下ろす。
「動物系か。何の実だ?」
「リュウリュウの実、古代種……モデル“プテラノドン”」
「プテラノドン!! 恐竜!! ロマンの塊!!」
「古代種……面白ェ。このおれと戦ろうってのか?」
「ああ──これを使え」
と、カイドウの言葉に頷いた彼は懐から鍵の束をカイドウの足元に投げ渡す。それはおそらくだが……海楼石の錠の鍵だった。それを投げ渡し、カイドウに全力を出させるようにした上で、彼はその大太刀を構える。
「おれはおれより弱い男についていくつもりはない……おれに負けるようじゃ世界は変えられないだろう……それだけ言うならおれを納得させてみやがれ…………!!」
「……ウォロロロ……!! いいだろう」
そうして、カイドウも錠を外し、金棒を構える。何気に探してから持ってきたんだな……と、持ってることを不思議に思いつつも適当に推測する。というかそろそろ熱いんで解放してくれないかな……さすがに気絶しそうなんだけど。
そんな中、カイドウと対峙する彼。その背後の炎が大きくなる。全身に纏い、刀にも炎を纏わせ、
「“
「……!」
「“
「おお!!」
私は思わず声を上げる。炎の剣がカイドウに当たった。
だがそれは──
「ッ……オオ……!!」
「っ!?」
カイドウは、一太刀浴びたくらいでは倒れない。
「──“雷鳴八卦”!!!」
「!!!」
返しの金棒の一振り。雷を纏わせたカイドウの技は彼に防ぐことを許さず、凄まじい衝撃と共に吹き飛ぶ。というか──私の方に飛んできた。
「ぶっ!!?」
いったい!! 炎でグロッキーなのに更に衝撃まで受けて私は更に体力が削られる。カイドウを睨み、
「ちょっと! 気をつけなさいよ!!」
「……! お前、その姿は……」
「話聞け!!」
私が怒る中、カイドウは彼を見ていた。私の目の前で倒れ、血を吐いている顔を現した彼だが……彼は息も絶え絶えになりながら、立ち上がった。あら、耐えてる。凄いタフネスだ。並の相手ならカイドウの本気の一撃が直撃したら耐えれない。やっぱり動物系だししかも古代種だし、パワーと耐久力には期待できるね。
……だがそれよりも気になるのは、マスクの下から現れた褐色の肌に白い髪の黒い翼。今までに見たことのない容姿のこと。私もカイドウもその彼の姿に釘付けになる。
「ハァ……ハァ……なるほど……強ェな……クソ……」
「お前……その姿は何だ? 能力か?」
「バカ、カイドウ。昔、ロックス船長や白ひげが言ってたじゃない。大昔に赤い壁の上に住んでたという“神”と呼ばれた発火能力を持つ種族……確か……ルナーリア族だったっけ?」
「…………」
私が昔聞いた話を思い出しながら彼の種族の名を口にすると、彼は無言。沈黙。つまりは肯定だった。どうやら彼が希少種族出身であることに間違いはないらしい。まあ黒い翼に炎を背負っておまけのその容姿まで見られたら誤魔化せないよね。
とはいえ私達にとっては容姿よりもその特異な実力というか能力の方が気になる。私としては原典の知識で見れなかった知識で実際に見るのは初めてだし、カイドウに至っては初見のもの。互いに笑みが溢れてしまうのも当然だろう。
「成程……強ェな。それにまだやれそうだ? どうだ、まだやるか?」
「…………いや……やめておく……くっ……」
カイドウの戦うかという問い掛けを明確に拒否し、彼は真っ直ぐにカイドウを見上げた。まあ立ち上がるだけでも凄いし、賢明だ。彼もそれを理解しているのだろう。まだ自分の強さでは、戦いにならないことを。
「ハァ……ハァ……ここまで、明確に差を突きつけられたのは初めてだ……そこの女も含めてな……」
「え? 私も? ──いや~、照れるねぇ」
「それで……おれをどうする? おれはてめェらを拷問した張本人だ……殺すというならそれを受け入れる……」
あれ? 私の存在、認識されてると思ったら無視されてる? 会話に参加出来ないんだけど。声聞こえてる? 私だけミュートになってない? ちょっと試してみよう。
「ねぇ、私の声聞こえてる?」
「いいや、何もしねェ。おれ達の部下になれ」
「……部下、か。誰かの下につくなんて考えたことなかったが……」
「ねぇねぇ、なんか私だけ蚊帳の外なんだけど。寂しいんだけど」
「名前は?」
「…………アルベル」
「ねぇ~アルベル~。一緒にあんなことやこんなことした仲じゃない。無視しないでよ~。このまま無視し続けてたら後で世界に拡散するよ? いたいけで可愛い美少女に変態的プレイをしたって世経にタレコむよ? 異名が“変態”になっちゃうけどいいの?」
「ウォロロロ……面白ェ。なら今日からお前はおれ達の懐刀だ!! “キング”と名乗れ!!」
「……ああ……いい、だろう……わかったぜ。カイドウさ──」
「海賊美少女!! ぬえちゃんのテーマ!! ──あの正体不明の少女は可愛くて~~~キュート♪ そしてとっても~~~アンノウン♪ あれこそが~~~新世界のアイドル、ぬえちゃんなの~よ~~~♪」
「「さっきからうるせェ!!! 静かに(してくれ)しろ!!!」」
「あっ、聞こえてるじゃ~ん。じゃあ無視しないでよ。話がまとまったならこれ解いて?」
「…………ああ」
どうやら聞こえてた様子で、ということは無視してたってことだ。許すまじ。私の可愛い声を無視できるとか、こいつら本当に人間なの? 動物でも私の可愛い声の前にはきっとひれ伏すと思う。知らないけど、多分。というかもうちょっと歌いたかったなぁ……と、そう思いながら私は戒めを解かれ、そしてようやく炎も消して貰える。大きい水桶でバシャバシャと。──あっ、そうだ。
「──イェーイ!! 歓迎のぶっかけ~!!」
「っ!!? 何をして──どういう歓迎だ!!」
「あっ、思ったより平気そう。ということで百獣海賊団入りおめでとー!! 今日からカイドウの部下で私の部下でもあるから。ちゃんと言うこと聞くように! 聞かないと今度は私が拷問するからね! 後、私のことはちゃん付けで呼ぶように!」
「……ああ、わかった──
「わかってないじゃん!! 言っとくけど、私、あなたより年上なんだからね! だからちゃんと敬わないとダメよ! 実力でも上だしね!」
まあ年上年下云々はどうでもいいことだ。……でもよく見ればあどけない顔してるし、背丈の割にかなり年下かもしれない。おまけにイケメンだし。厳つい顔のカイドウとは大違いだ。
「……そういや、何故砂浜に流れ着いていたんだ?」
「あっ、また無視した~。無視カウント3~! 5溜まったら強制的にぬえっちょタイムだからね! 説明しよう! ぬえっちょタイムとは、たった今考えた私のファンとしてのコールを練習するための時間である! “ぬえっちょ可愛いよ~♡”って、大きな声で100回叫ぶまで帰れない幸せの時間を強制するからね。まあそれでもいいなら無視してもいいけど?」
「頼むからやめてくれ!!」
あ、今度は無視しなかった。残念。無視したら私のファンに矯正する最高の時間を提供してあげたのに。どうやら嫌だったらしい。まったく……素直じゃないね! あんだけ執拗に私のこと虐めてたくせにさ!
と、私が新たに仲間に加わることになったキングをからかっていると、カイドウが首を傾げていた。何かと視線を向けると、向こうもこちらを見て、
「……おい。なんでおれ達、そもそも捕まってたんだ?」
「え? ──あー……確か……ほら、海王類を捕まえて食べようってなって、2人で捕まえに行ったんじゃん」
「そういえばそうだったな……海王類との戦いが盛り上がりすぎて嵐に気づかず、気がついたら海の中だった……」
「…………」
「あっ、今、なんてバカな理由で……とか思ってない?」
「……思ってねェ……」
嘘だ。絶対思ってる。なんならちょっと不安になってる。早まったか? って。私には分かる。見聞色である程度はね! ということで、
「とりあえず、アルベル……じゃなくてキングを仲間にしたところで、仲間を待ちつつ次の仲間を探そっか」
「ああ。だがあのバカども、ぬえがいねェのにこの島まで辿り着けるのか……?」
「……仲間を探すってのは?」
「ああ、うん。ちょうどキングの評判を聞いてて仲間に加えようかなーって。それと、もう1人評判の海賊がいるから、そっちも当たってみようかなって思ってたの」
「強ェ奴はどれだけいてもいい。戦力になるからな」
「……なるほど。ならカイドウさん。おれは……」
「お前はおれとぬえの次に強ェ!! だから幹部にしてやる!!」
「うちは完全実力主義だからね! 頑張って働いてね~! キ・ン・グ♡」
「……わかった。おれはこれから……あんた達の下につかせてもらう。あんた達みてェな怪物の下なら……おれもやりがいがある……世界を変えられるかもしれねェし……これまで以上に楽しめそうだからな」
──キングはフッと笑みを浮かべてそう誓った。彼もまた、“百獣”に惹かれた一匹の獣。凶悪で本能に忠実。到底人の下には付かないような獣も、己より強く、最強の獣には尊敬を憶え、忠誠を誓う。私達、百獣海賊団というひとつの群れは、ようやく真の意味で仲間となれる“獣”を加え、再び海を行く。次なる獣を探して。
──“
その島は、陽気な音楽と陽気な住人達。そんな彼らが織りなすダンスが有名な小さな島だった。
島の人々は皆明るく健康であり、病気の1つも滅多にかからない笑顔の絶えない島。1年に1度の舞踊大会は盛大な盛り上がりを見せ、老若男女問わず踊り、騒ぎ、島中が明るい笑顔で満たされる。
だがそれは今や、見る影もない。とある男の手によって、変えられてしまっていた。
「──誰かがこのおれを呼ぶ♪」
島の中心にある巨大なダンスステージ。
そこに鳴り響くのは普段島で流れているのとは、少し毛色の違う音楽に、野太くもノビのある男の声だった。
そして周囲の観客は……誰もが皆、病に侵され、今にも死に絶えてしまいそうだった。
「ウッ……ハァ、ハァ……もう、やめてくれ……」
「このままじゃ死んじまう……薬をくれ……」
「身体中が痛い……! 助けてくれ……!」
誰もが死に体。だが、そんな島の住人にその男は一切の容赦をしない。
「助かりたければおれの登場を盛り上げろ~♪」
「ウッ……そ、そんな……」
「こんな身体で、踊れる筈が……」
「そんなことは知らねェ♪ スターのおれには関係ねェ♪」
陽気な音楽に合わせて、リズム良く住民の声に返答を返していく。その声の持ち主は、ステージにあがってきた1人の男のものだった。
ステージが僅かに揺れる。それは男の重量によるものだった。
「このおれが太って見える? ノー♪ これは筋肉なのさ♪」
『“
そう、男は丸々と太った大男だった。つなぎの服を着て、サングラスをかけた男は踊る。周囲には彼の部下達。同じ様に彼らも踊る。その男を引き立てるように。
「とても歌って踊れるようには見えない? ノー♪ おれは歌って踊れる盛り上げ上手のスター♪」
『“
ダンスミュージックと共に現れたその男は、その体型とは裏腹に機敏な動きで踊り、歌っていた。周囲の観客達は踊るしかない。踊らなければ死ぬ。そうしなければ殺されるのだ。
男のダンスと歌は、確かにショーと呼ぶに相応しいクオリティであった。
だがそれは普通のショーではない。苦痛と悲嘆が彩る──地獄のショーであった。
「エキサ~~~イト!!!!」
そして遂に、その男がステージ上、最前に立つ。彼は言う。この場の──いや、この世の、自分を待っているであろう観衆達全てに向かって、
「待たせたなゴミクズ共ォ~~~~~!!! さあ、皆でおれの名を呼べ♪ おれの名は~~~~~?」
そして誰もが言った。言うしかない者も含めて、その場を彩るように、
「
「イェ~~~~~イ!! そうこのおれが──クイーン様だ!!」
「
「
「ウオ~~~~~!!」
観衆に注目されて踊り続けるその男──クイーン。
彼もまた……己の本能通りに生きる凶悪な獣の1人だった。
ウオ~~~!! QUEEN!! QUEEN!!
全世界のクイーン様ファンの皆様お待たせしました。次回はクイーン様の残忍ショーを、素敵なゲストを加えてお送りします。――え? キング? あんなロリっ子を虐める拷問好きの変態野郎は――(クイーン様並感)
補足、今回のキングの話は原作で万が一何かしらの情報が追加された時のために、敢えて情報を少なくしています。例えば、個人的には年齢とかを考えると多分ないかなと思ってるインペルダウン元署長説なんかも、マジだったとしたらアレなので、どっちにも取れるような感じで今回は書いてます。という訳でこのまま書きます。後、キングの技はなんとなくです。なんかゾロと戦いそうだなってことで、鬼斬り(おにぎり)に、火産霊(ほむすび→おむすび)みたいな感じでちょっと対応してみた。実際どうかは分からないけど、書く側だとしたらちょっとそういうのやりたくなるので5%くらいはありえるかなって。そんな感じです。
感想、評価、良ければお待ちしております。
追記 21/12/20
キングのあれこれが判明したので一部文章を修正しました。