正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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花の都のエイリアン

「──どういうことですか!!?」

 

 新世界の鎖国国家、“ワノ国”の首都……“花の都”のその中心では、将軍代理の名によって光月家に仕える家臣らが集められ、将軍代理であるオロチのお触れ……新たな政策について伝えられたところであった。

 跡取りであり、現在は海外に出ている九里大名、光月おでんが戻るまでの間の人形として、代理として務めると言った黒炭オロチを、彼らは何故選ばれたのかと僅かな違和感を持ちながらも、支えるつもりでもあった。

 だがしかし、その寝耳に水とも言えるそのお触れには物申すしかなかった。彼らは評定にも使われる大広間にて、侍達は説明を求めていた。

 そして上座の将軍代理、笑みを浮かべたオロチはそれらに対して余裕を持って告げる。

 

「どういうこと? お前達は耳が聞こえないのか? 将軍代理として命じたのだ!! ワノ国の各郷に……武器工場を作れとな!!」

 

「何故そのようなことを!!? お言葉ですが、武器の数なら足りております!! 各郷の職人達は皆優秀で数も──」

 

「それでは足りんと申しておるのだ!! 我が国は鎖国国家!! 海外の悪人から身を守るためにも、武器工場は必要だ!! そしてだからこそ──()()()()()()()も雇った!!」

 

「っ、そんな!! 我らの力では不足と申すのですか!!?」

 

「先程からそう言うておる!! もし違うというのならば……証明してみろ!! おれが雇った用心棒を倒してな!!」

 

「──ウォロロロ……こいつらが光月の家臣か」

 

「!!!」

 

 オロチが光月家の家臣、侍達に向かって強くそう言いつけると、そのタイミングで奥から侍達の5倍はあろうかという体躯の金棒を持った大男が入ってきた。頭には2本の角。凶悪な人相で、周囲にも数十名の部下を引き連れており、誰もがニヤついた笑みで侍達を見ていた。

 侍達は先頭の大男を見上げ、警戒する。確かに強そうではあった。用心棒というからには腕は確かなのだろう。だが……彼らは明らかに侍達を馬鹿にしたように見下していた。周囲の部下達が、

 

「へへへ、将軍代理様に逆らうのか? ワノ国では将軍は絶対なんだろ?」

 

「逆らうなら容赦しねェぜ!! オロチ様の名に於いて!!」

 

「まあオロチ様に忠誠を誓って、ちゃんと働くってんなら歓迎するけどな!!」

 

『ぎゃはははは!!!』

 

「っ……!!」

 

 品のない男達の笑いが広間に響きわたる。明らかに自分達を愚弄している。

 それらを聞いて、刀を抜かない侍がいる筈もなかった。何人かの侍は額に青筋を立てて、刀を抜き放つ。

 

「何を!! 言わせておけば!!」

 

「もう我慢ならん!! そういうことなら斬り捨ててみせようぞ!!」

 

 そうして、侍達が“流桜”を刀に纏わせ、その大男に恐れず立ち向かう。その姿はまさに侍。光月に忠義を捧げた屈強な男達。何年と国を守ってきた、外の世界の基準でも強者と言える者達だった。

 

「──!!」

 

 ……だが……彼らは知らなかった。

 知らず、そしてその刀を大男の身体に振るった瞬間に……知ったのだ。その男が──怪物であることを。

 

「──なんだ……この程度か? 侍ってのは……!!」

 

「っ!!!?」

 

「なあっ……刀が……!!」

 

「流桜を纏った刀が……折られた……?」

 

 侍達は刀を振るった瞬間、信じられない光景を見た。

 彼らの纏う流桜……つまり、武装色の覇気を纏った刀。鉄すら斬ってしまう彼らの剣をその男は、ただ己の肉体で受け止め、その結果、刀が折れてしまった。

 そしてその光景を、オロチとその側にいる部下達はニヤニヤと笑って見ていた。わかりきった光景だったのだ。

 その男……“百獣”のカイドウには、生半可な覇気を纏った攻撃では、傷一つ付かない。

 彼が、彼の肉体が、無敵であることを彼らは知っていた。そして、彼に挑んだ者がどうなるかも、部下達は知っていた。

 侍達は知らなかった。そのカイドウの振り上げた金棒の一撃が、軍艦や城ですら、一発で粉々になる破壊力を秘めたものであることを。

 

「!!!」

 

 その金棒の一撃で、侍は城を突き抜けて外に飛んで、落ちていく。──花の都の町では、空から侍の死体が降ってきた。妖怪の仕業かと話題になるだろう。

 

「──おいどうした? 証明してくれるんじゃねェのか……? 侍の強さって奴をよォ……!!!」

 

「う……あ……!!」

 

 だがその噂はあながち間違いではない。

 侍の死体、あるいは瀕死の侍達で広間を血に染めた男の強さはまさしく、妖怪か、はたまた怪物か。獣か──人の所業ではなかった。

 

「ぐ、はは、ははははは!! さすがカイドウ!! 強し強し!! あの屈強な侍の攻撃を通さず、一撃で倒してみせるとは!!」

 

「ぎゃはははは!! 侍ってのは大したことねェなァ!!」

 

「おいおいそう言うなよ可哀想だぜ!! 侍が弱いんじゃなくて、カイドウ様が強すぎるんだからよ!!」

 

「違いねェ!! ぎゃはははは!!!」

 

 オロチはそのカイドウの強さに思わず立ち上がり、称賛する。部下達にとっては見慣れた光景。どんな強者であれ、自分達の船長を怒らせればタダじゃ済まない。部下になれば助かるが、逆らうなら向かう先は地獄。凄惨なショーか拷問か、はたまた飯の材料になるか、遊び殺されるか。それを見てきている部下達は、カイドウを筆頭に最高幹部を頼もしくも畏怖しており、怒らせることを禁忌としている程。

 だがその部下達の囃し立てる声も、カイドウは意にも介さず、ただつまらなさそうに鼻息を鳴らした。そしてまだ息のある侍を掴み上げると、

 

「ふん……おいお前……!!」

 

「は……うグ……ぁ……?」

 

「息があるなら肝に銘じろ。そして他の侍にも教えてやれ!! オロチに逆らう奴はこのおれが許さねェ。逆らう奴は女子供だろうが誰だろうが殺すってよ……!!!」

 

「!!! あ……あ……!!」

 

 侍はその言葉に、ただ頷くことしか出来なかった。この怪物、カイドウは自分達ではどうにもならない。

 さらにはカイドウの口から耳を疑う言葉も飛び込んできたのだ。それは、

 

「ウォロロロ……今頃おれの頼もしい相棒や部下達も、暴れてる頃だろうな……!!」

 

「っ……!!」

 

 それは、絶望の言葉でもあった。

 カイドウはただ1人の怪物ではない。怪物は──()()()()()()

 多くの部下を持つ百獣海賊団と、その一党の恐るべき幹部達は今まさに、ワノ国にオロチの背後につく彼らの強さと恐怖を叩き込まんとしていた。

 

 

 

 

 

 ワノ国の首都、花の都は城の正面から南の門に続く大路を中心に左右に左京、右京と網目状に町を造ったいわゆる条坊制の都市だ。

 季節は春。昼間は町人達が働き、夕刻には多くの人々が長屋に帰って夕餉を取る。あるいは遊郭で花魁遊びか、友人と共に酒を呷るか。先に銭湯で汗を流すか。花の都の住人は宵越しの銭は持たないとも時に言われる。下人の生活は、1日数時間の労働で十分暮らしていけるからだ。

 ……というのは全て、私の似たような場所の知識でしかないので、実際のここはどうだかわからないが、そんなには間違ってないだろうと思う。まあ合っていても間違っていてもどっちでもいい。これから知っていけばいいだけだし、これから変えていけばいいだけだ。

 

「どういうことだ!! 各郷に武器工場を作るだと!!?」

 

「しかも我らにあのオロチに仕えよだと!? 断る!! 光月家ならともかく、何故あの成り上がりなどに!!」

 

「余所者が!! 侍を愚弄しておるのか!!? 少女とはいえ容赦せぬぞ!!」

 

「ふぁ……んん」

 

 私は思わず欠伸をしてしまう。しかも大勢の侍達の前でだ。いけないけない。私は欠伸も可愛いからいいけれど、あまりこういった姿を見せるものじゃない。アイドルだし。食べ過ぎてちょっとだけ眠くなったかな。思ったより、侍が強くなさそうだし。凄い剣幕で怒鳴り散らしてくるが、大したことない。覇気持ち……この国だと“流桜”だっけ。それの使い手が多いのは素直に感心だけどね。偉大なる航路の国とはいえ、覇気使いの兵士を保有してる国なんかは少ない。大抵はクソ雑魚だ。でもワノ国はそこらの侍ですら流桜を纏ってる場合がある。剣術道場なんかで教えてるんだろうか。謎い。

 しかし侍達の剣幕に、私がなんとなく連れてきた部下達が言い返す。私を見下したからだろう。彼らの言葉にも熱が籠もっている。

 

「おいおい……田舎もん共が、一体誰に逆らおうってんだ!!」

 

「ここに御わす御方は我らが百獣海賊団の副船長!! 船長カイドウ様の五分の兄妹分にして、10億を超える懸賞金を懸けられた“妖獣”のぬえ様だ!!」

 

「そこらの雑魚共が調子に乗ってんじゃねェぞ!! てめェらなんぞ、態々ぬえ様が出ずともおれ達だけでも叩き潰せることを思い知らせてやろうか……!!」

 

「ヒヒヒ……いっそ見せしめにてめェらの首を町に晒してやろうか……!!」

 

「何だと……!!」

 

 あ、侍が怒ってる。うーん、ウチの部下達は血気盛んだなぁ。まあ連れてきたのって大抵が能力者だし仕方ないんだけどね。百獣海賊団の船員はただでさえ血が滾ってる者が多いのに、今いる能力者は漏れなく動物系の能力者。野生の力、あるいは肉食動物、恐竜の力は凶暴性が増すため、その分力が有り余っているし、血を欲しがる者達が多い。

 ──まあ普段ならここで暴れさせるのも楽しくて良いのだが、やるべきことは違う。なので私は部下達に声を掛けた。

 

「こ~ら!! あんた達、今はまだ駄目よ。ちゃんと言うべきことを言ってから。……それに、今日は私のワノ国デビューなんだから余計なことしないで」

 

「ウッ……す、すみません」

 

「悪ィ……」

 

 私が軽く注意すると、部下達はビクッと露骨に反応し、バツが悪そうに肩を落としたり、頭を掻いて謝罪をしてくる。うんうん。言うことが聞ける良い子達だ。まあ彼らも獣だが、だからこそ集団のトップである強者には逆らわない。獣の理って奴だ。海賊の道理でもある。上下関係はちゃんとしないとね。これでも私は優しい方だ。キングなどはかなり厳しいし。カイドウや私に舐めたことをしたら代わりにわからせることだって多い。

 まあとにかく、部下達が大人しくなったところでさっさと話すことだけ話そう。私は先程までと同じく笑顔を侍達に向ける。

 

「──さて、それじゃ話の続きだけど~~~……オロチは自分に仕える侍を欲しがっててね? だから都にいる浪人とかが仕えてくれればいいな~って話なの。結構良い話じゃない? お給金だって沢山貰えるし、勝ち馬に乗れてこれからやりたい放題。ね? とっても楽しいよ?」

 

「っ……うるせェ!! おれ達は役人になる気なんてねェ!! 大体てめェは何なんだ!! 余所者が、何故あのオロチに遣わされて……!!」

 

「私達百獣海賊団は、オロチの()()()()、用心棒ってところかな? オロチに逆らったら私達もいるんだぞ~って怖れさせる。──だから部下にならないって言うなら、ちょっと暴れて力の差を見せつけないとね~~~♡」

 

「力の差だと……!! 舐めた口を!!」

 

「いい加減にしろ……!! 叩き斬ってくれる!!」

 

 あ、侍達が怒った。私が笑顔でそう言うと、侍達が刀を抜き、同時に部下達が恐怖し、下がっていく。ふふふ、恐怖する対象は侍じゃなくて私みたいだけど。心外だなぁ、さすがにこの状況で部下を巻き込むほど節操なくはない。酔ったカイドウじゃあるまいし。

 しかし、部下を気にして思う存分暴れられないのも癪だし、下がって貰ってもいいかな。──そろそろ夜の帳が下りるし。私は侍達や、周囲で野次馬根性丸出しの民衆を見て思わず口端を歪めると、

 

「──あなた達は妖怪が怖くないのかしら?」

 

「……妖怪? 何を言っている!!」

 

「妖怪だと……そんなものに恐れて何が侍か!!」

 

「そうだ!! あんなものは所詮、まやかしか何かに過ぎん!!」

 

 妖怪という言葉を私が吐くと、侍達は動きを止め、そんなものは恐れないと啖呵を切った。威勢が良い。しかし……なるほど。やっぱり妖怪の概念はあるみたいで良かった。恐れていないというのも尚良い。本当かどうかは知らないが、私がその恐れを独占出来る。

 この国では悪魔の実の力を妖術と呼ぶらしいが、それは妖しい術を使うからこそで、人間の妖術使いと呼ぶのだろう。

 だが、動物系の能力者であれば、確かに妖術だが、ある意味こう言っても良いはずだ。──“妖怪”と。

 

「ふふふ……あはははは……!!」

 

「っ、何が可笑しい!!?」

 

「!! ま、待て!! あの少女の背中から何か……!!」

 

「あれは……羽、か? しかしあのような面妖なもの……まさか妖術使い!?」

 

 ──私は先程まで、敢えて消していた羽を人獣型にして復活させる。そして浮き上がりながらも、空気の変化を感じ取った侍達に告げてやった。

 

「──ならまやかしかどうか、確かめてみなさい。妖怪の恐怖を忘れた人間よ……!!」

 

 もっとも、確かめさせやしないけどね。私は正体不明。正体が分からないからこそ、人々は私に恐怖を覚える。

 ──でも今日は出血大サービスだ。せっかくのワノ国。これから多くの時をこの国で過ごすことになるのだろうし、今宵は存分に私のショーを楽しんで貰おう。

 

「正体不明の恐怖を味わわせてあげるわ」

 

「!!? き、消えた!!?」

 

「や、奴は一体どこに……!!?」

 

「うっ……鳥肌が……!!」

 

 と、私はそうして自分の姿をまずは闇に溶かす。

 そして彼らに恐怖を与えるため、妖術を使ってやった。平和な都に現れ、人々を脅かすその技の名は、

 

「──“平安京の悪夢”」

 

 

 

 

 

 花の都に夜の帳が下りる時。その異変は起こった。

 その場所から遠く離れた通りにすら、それは伝わる。今日は、何かが決定的に違っていることに。

 

「春なのに、今日は肌寒いねぇ」

 

「ああ。早いとこ、酒でも飲んで温まって……ん?」

 

 通りを歩く人々は突如、その異変に気づいた。彼らの行く道を包むかのように現れたそれは、

 

「黒い霧……?」

 

「な、何だってんだ?」

 

 そう。黒い霧だ。自然現象では現れる筈のない、不可解な現象。

 だが不可解な現象はそれだけでは終わらなかった。その異変から離れた遠くの人々でさえ、その声を耳にする。

 

「────!!」

 

「!!? 今の鳴き声は……!!」

 

「鳥……? いや、獣か……? 聞いたことがない声だが……」

 

「気味が悪いな……」

 

 それは、とても形容し難い謎に満ちた鳴き声だった。

 鳥なのか虎なのか。あるいは猿か狐か。狛犬や狒々か。全く見当がつかない。

 だが人々はそれを耳にし、一様に気味が悪いと鳥肌が立ってしまった自らの皮膚を擦り、不安にも似た恐怖を感じて途端に足早に帰路に就き始める。

 そして家に帰れば誰かに問う。今の声は何の声だと。

 だが奇妙なことに、その答えはそれぞれ違う。やはり、鳥だと言う者もいれば、虎だと言う者もいるし、頑なに蛇だと言い切る者もいた。

 人の声には聞こえない。なら何かしらの獣の声だ。正解はあり、何かが間違いだ。

 しかし真実はそれこそが間違い。その声は、どれもが正解であり、聞く人によって思い浮かべる者は違う……()()()()()()()()()

 賢い者はそれがどの獣にも該当しないことを知り、同時に、都で噂になった異変によって、後にそれはこう恐れられるようになる。

 

 ──あれは“ぬえ”の鳴き声であると。

 

 黒い霧が都に満ち、その声が鳴り響けば、それはぬえが現れ、人々を喰らう前兆であると。そしてそれは、黒炭オロチに都合の悪い者を闇に消し去るのだと。

 オロチの背後にいる海賊カイドウに対する恐れとはまた別に、その海賊カイドウの兄妹分である海賊ぬえの恐れは、都の人々の心に強い恐れを抱かせた。

 彼らは多くの獣を従え、オロチに逆らう者を例外なく踏み潰す。そう、この夜は──それを知らしめた最初の日だった。

 

 ──最初にその被害にあった侍達、その周囲で巻き添えにあった町民は、気の毒だと言う他ない。

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 夜の花の都。その裏通りを必死に走る男は、腰に刀を差した侍であった。

 だが彼の表情は険しくも弱々しい。侍は戦いに望む時は覇気に満ちた顔をするものだし、平時であっても強い意志を秘めた瞳をしているものだ。

 だが彼の顔色は悪い。覇気どころか、そこらの乞食にも劣る情けない顔を晒し、瞳は恐怖の色で満ちている。そう、彼は恐れていた。

 彼は体験し、見てしまったのだ。この黒い霧に潜む怪物……否、妖怪を。その妖怪が操る奇妙かつ残虐な妖術を。

 そして何よりも恐ろしいその姿を、完全にではないが見てしまったのだ。

 だからこそ、彼は情けなくも逃げる。仲間も逃げた。最初は戦おうとしたが、戦っても敵わないことを早々に理解してしまった。だから逃げた。

 だが──逃げられるほどその妖怪は甘くはなかった。

 

「──ぎゃああああああっ!!!」

 

「ひぃ……!!?」

 

 また1人。夜の花の都に屈強な男の断末魔が響く。

 だが先程までは悲鳴の坩堝と言える状態だったのだ。これでもまだマシとも言えるし、最悪とも言える。何しろ悲鳴が少なくなってきたということは、それだけあの場にいた者達が、あの世に送られたということだ。……あるいは逃げ切ったと思いたい。そう思わなければ、恐怖と不安に心を塗り潰されてしまいそうだったから。

 また走り出し、その異変から逃げる。逃げようとした──だが、

 

「あああッ!!!」

 

「っ……!!」

 

 目の前の路地から現れた男。同じく、先程の場所から逃げてきた侍──そいつが赤い光の線に焼かれて倒れた。

 それを目の前で見た男は、その赤いレーザーを見ながらも、その場を一旦は動かなかった。

 そう判断した理由は、その特性をほんの僅かに見て知ったことと、その侍がワノ国では珍しく、相手の動きを先読みする流桜の使い手だったから。

 ワノ国で流桜を使える侍は基本、刀や拳に流桜を纏わせる技術のことを流桜と呼び、流桜の使い手は皆、その技術のみを使える場合が多い。

 この先読みの流桜は、あまり知られておらず、あるいは達人に至った者達の境地とも伝えられていた。その男は達人とは言わずとも、幼少の頃から剣術道場で鍛えたことによって、その先読みの流桜に至ってはいた。

 

「き、来やがった……!!?」

 

 そしてだからこそ、その赤い光線が動きを変え、激しく燃える灯籠の様な赤い光の弾となってこちらを追い詰めようとすることを理解していた。

 だが真に恐れているのはそれではない。恐れるのは、背後から襲いくる獣の方だ。

 

「グオオオッ!!!」

 

「っ……!!」

 

 男は僅かに背後を見てしまう。虎の様な鳴き声と共に、複数の獣の特徴を持つ妖怪が男を追いかけてきていた。

 あれこそが真の恐怖。赤い光線の間を縫うように、この花の都の道という道を駆けるのは、複数の獣達だ。

 あの獣は赤い光線や光弾で足を止めた者達を捕まえ、その鋭い爪や牙で引き裂き、あるいは喰らう。そんな怪物であり、それらが複数存在するという、まさに悪夢の様な状態。幾ら躱し、逃げても切りがない。体力を奪われ、あるいは動けなくなった者から殺されていく。殆どの者は最初の数秒で殺されてしまっていた。

 

「ハァ……ハァ……このまま、何とか──」

 

 だがその侍は何とか逃げ切ろうと、決死の思いで涙を滲ませながら粘っていた。人間、追い詰められれば予想外の力を発揮することもある。今の男はまさにそれだっただろう。

 だがしかし……やはり知る由もない。

 本当に運が良かったのは、最初に死んだ者達や、赤い光線──レーザーや光弾に貫かれて倒れた者達なのだと。

 誰も知る筈もない。外の海にすら、それを知る者は中々いない。

 この小手調べとも言える攻撃を乗り越えた先にこそ……真の恐怖が待っているとは。

 

「──あはは!! あなた、結構やるね~♪」

 

「っ……!! あ……!!?」

 

 男は、永遠にも感じられた長い長い逃走を終え、その愛らしい少女の声を聞いた。

 平時に聞けば、心地良さすら感じるかもしれない少女の声だったが、男の顔はなおも青白く血の気を失う。

 男の顔は上を向いていた。黒い霧に覆われた町の上空。その巨大な影を見てしまう。

 

「おめでとう!! ここまで躱せる人は中々いないと思うよ!! 多分だけどね!! ──だからご褒美をあげるね♡」

 

「あ……あ、あ……!!」

 

 口をパクパクとさせて、その巨大な怪物を見上げ、腰を抜かすしかない。

 その獣は、先程男達を食い殺した怪物の何十倍も大きい、巨大な獣だった。

 大きさは約50メートル。黒い鬣のような炎を纏った獣の顔と、虎の手足。背中に鳥の翼。緑の蛇を尾に持つ巨大な獣。

 黒い霧とその規格外の大きさにより、その影を目撃した者は多くあれど、その姿をきちんと正面真下から目視したのは、その男だけだった。そして思う──確かに、これは妖怪だった。

 あの少女は、見た目が少女なだけで、中身はとてつもない怪物なのだと。無慈悲な獣でしかないのだと。

 そしてその獣は男に向かって褒美をやると言って、男の身体に白い鳥のような何かを飛び込ませた。殺された──と思うが、生きている。生きてしまっている。今ので死にたかったのに、恐怖はまだ続いている。怪物は言った。

 

「あなたには生き証人になってもらおっかな。だから~~~()()()()()()()♡」

 

「……!!」

 

 男はその発言に、心臓が握られるような酷く寒気のする恐怖を味わい、歯を震わせながら何も言えなかった。怪物がどこかへ去っていく。あれだけ大きいのにすぐ消えた。現れたのも突然だったが、消える時も急だった。まるで本当に、そこにいたのか疑わしく思える程に。

 でもその残した痕跡や、心に根付く恐怖は、その体験と見た物を現実だと伝えている。黒い霧が晴れていき、完全に晴れた時には元の夜の花の都の光景が帰ってきた。

 しかし、残した破壊の跡や死体。重傷者は確かにその怪物が現れたことの証明だった。

 

 ──その日、生き残ったその侍は自らのねぐらにすら戻れず眠れない夜を過ごし、朝になると辛うじて生き残った者達と一緒にその脅威と恐怖を周囲に伝えた。鬼気迫った様子と陰鬱な様子を繰り返し、オロチの背後にいる百獣海賊団に逆らってはいけないと訴え、特に“ぬえ”と呼ばれる少女は怪物だと語った。あるいは、他の者達が語った“カイドウ”よりも恐ろしいと語り、その2人の強さと恐ろしさはあっという間に花の都中に広まった。

 そしてそれらを訴え続けた三日後の朝。通りでその男の死体が見つかった。

 男が殺されたのか、それとも自殺したのか。それらは医者にも誰にもわからなかったと言い、住民達はその花の都を襲った異変のことを後に、こう称した──“花ノ都の悪夢”と。

 

 

 

 

 

「お疲れ様~~~!! 私達百獣海賊団のワノ国デビュー大成功を祝ってかんぱ~~い!!!」

 

「ウォロロロ……侍が弱すぎるのはムカついたが、上手くいくに越したことはねェな」

 

「確かに……侍は期待してた程じゃなかったな……今の所はつまらねェ奴等だ」

 

「ムハハ!! おれはこのおしるこに出会えただけでも来たかいがあったぜ!! くはっ、やべェ、美味すぎる~~~~~!!!」

 

「忍者も小技は多くて楽しめはしたけど、強さの方はそれほどじゃなかったわ。ガッカリね」

 

「ぐふふ!! よくやってくれた!! 今日は好きなだけ飲んで食べてくれ!!」

 

「言われなくとも好きなだけ飲むし食べるよ~♪」

 

 花の都の城で、私達百獣海賊団はオロチの計らいもあって、プチ宴会を行っていた。所狭しと並べられたワノ国の料理や酒は絶品。特にクイーンはおしるこというデザートをえらく気に入った様子で、先程から何杯もおしるこをおかわりしている。私も後で食べよっと。美味しいもんね。

 

「おしるこに入ってるお餅って、丸いからたまに目玉みたいに見えるよね!!」

 

「ぶ~~~~!!? ゲホッ、やめてくれよぬえさん!! 想像しちまったじゃねェか!!」

 

「あはは!! ごめんね~♪ でもわざと似せたら話題になって繁盛しそうじゃない?」

 

「なるか!! いや、なってたまるか!!!」

 

「うるせェぞクイーン。たかが目玉くらいで大袈裟な……」

 

「黙れキング!! じゃあ食えんのかよてめェじゃあ!!」

 

「試しにひぐらしの目玉でも入れてみる?」

 

「わし!!? いや、わしのは腐っとるから……」

 

「じゃあせみ丸でいいや」

 

「……バリア」

 

 べべん、と琵琶の音と共に黒炭せみ丸の周囲にバリアが張られる。せみ丸は超人系悪魔の実、バリバリの実の能力者で、無敵のバリアを張れるバリア人間だ。これがまた強い。私やカイドウが全力で攻撃しても壊れないのだ。試したからわかる。防御能力だと最強の力かもしれない。チートだチート。物を通さないという理屈の概念的な壁らしいので、物理的な攻撃ではもしかしたら破壊不可能なのかもしれない。今度試してみるのもありだろう。──なんてことを考えてると、上品にお刺身を頂いているステューシーがマグロを醤油に付けながら言葉を発した。

 

「それより、次はどうするのかしら?」

 

「キョキョキョ!! こちらに逆らったらどうなるかを知らしめたとはいえ、まだ不十分!! 花の都でさえ、“花のヒョウ五郎”を始めとする任侠や、反抗的な侍はいる!! 各郷も同じ!!」

 

「だが奴等は所詮、義理人情を大事にする任侠者……将軍代理という権力があればまだ逆らうようなことはすまい……民衆に危害を加えられること、治安が乱れることを奴等は嫌うからな……」

 

「回りくどい。何をすればいいかを言いやがれ」

 

 カイドウがひぐらしとせみ丸の言葉に酒を呷りながらそう返す。すると代わりという訳ではないがオロチが悪い笑みを、しかし僅かに不安の色を顔に浮かべ、

 

「問題は武器工場に男達を徴収し、働かせた後だ……!! 各大名が家臣の侍共を率いて逆らうかもしれん……だから各郷でも同じ様に、逆らったらどうなるか……!! お前達の強さと恐怖を教えてやってほしい!!」

 

「最初からそう言え」

 

「花の都以外の郷は全部で5つ。“希美(きび)”、“鈴後(りんご)”、“白舞(はくまい)”、“兎丼(うどん)”、そして“九里(くり)”。この5つね。それぞれを“天月(あまつき)家”、“雨月(うづき)家”、“霜月(しもつき)家”、“風月(ふうげつ)家”、“光月(こうづき)家”の5つが治めてるわ」

 

「キョキョキョ……そうだ。よく調べておるようで何より」

 

「得意分野なの♡」

 

 ステューシーが早速情報を口にしてくれる。忍者の相手をしてるついでにでも調べたのだろうか。さすがすぎて頼もしいね。

 だがやはり、まだワノ国の住人程とはいかないのだろう。せみ丸が琵琶を弾きながらその説明を引き継いだ。

 

「その中で、ワノ国最強と称される侍が、白舞を治める霜月家の侍……ゆえにそこにはカイドウ様に向かって頂ければと……」

 

「ウォロロロ……なら次はそいつらをブチのめしてやるか。他も適当に割り振っとけ。おれ達で部下を引き連れてやってやる」

 

「あ、はいはい!! じゃあ私“九里”に行く!! 九里って光月おでんが治めてるところでしょ!?」

 

「ああ……今は本人はいないが、おでんの家臣は強ェ奴が多いから、確実に抑え込まねェと安心できねェ……」

 

 せみ丸の提案でカイドウが白舞に。そしてそれぞれ私達が部下を引き連れて5つの郷に向かおうという話になったところで、私は真っ先に手を挙げて九里に行きたいと言う。するとオロチが恐れた様子でそう頷いた。ふふん、あのおでんの部下を見れる良い機会だし、1番楽しそうだ。だから私はそう決める。

 

「じゃあ私が九里にけって~い♪」

 

「おお。行って来い。お前らも他に行きてェ場所があるなら好きにしていいぞ」

 

「どこでも。侍のレベルは大体分かった。どこだろうと反逆者は叩き潰すだけだ」

 

「違いねェな。まあ……じゃあ兎丼にでも行くか。船から取ってきてェものもあるしな」

 

「なら私は希美に行くわ。鈴後は寒いから嫌ね」

 

「ならキングは鈴後ね!!」

 

「わかった……」

 

「ぐふふ……心強い!! その間に、おれ達も準備をしておこう!!」

 

「キョキョキョ、プレゼントを用意して待っておくぞ!!」

 

「では次だな……」

 

 私達は酒の席で、次の行動を決めた。──私は“九里”に向かう。脳裏に浮かぶおでんの家臣達の表情が歪むところを見るのが楽しみでしょうがなかった。




着々と暴れて、恐怖に陥れたりしていきます。久し振りの獣形態もお披露目。ホラーです。そして次回はぬえちゃん、九里へ。赤鞘達との初顔合わせだね! お楽しみに!

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