正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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海賊王ゴール・D・ロジャー

 ──ワノ国、花の都。

 

 僅かに肌寒くなってきたその季節。

 季節は秋。分かりやすい四季が存在するワノ国、花の都も風が涼しくなり、葉が僅かに赤みがかってきたその頃。

 花の都ではあいも変わらずその光景が見られた。

 

「九里のバカ殿光月おでん♪」

 

「──あらよっと♪」

 

 それは大男が、公衆の面前で褌1枚となり、おどける……いわゆる裸踊りだ。

 それを見た通行人が白けるような目で言う──またやってるよ、と。

 

「ヘビににらまれ腰ぬかす♪」

 

「──よいしょ♪」

 

 気づけば子供にも笑われ、歌が出来るほどの月日が経った。

 ワノ国、九里の大名……そして、この国の正式な跡取りであった筈の侍、光月おでんが毎週、裸踊りをするようになってちょうど季節が一巡り。

 ワノ国の住人は良くも悪くも、それに慣れ始めた。

 

「笑たら負けよ♪ あっぷっぷ♫」

 

「──ほいさ♪」

 

「ぎゃはははは!! 見ろよ!! 今日もまたやってやがる!!」

 

「ああ、ありゃみっともねェ!! 光月の……いや、侍の面汚しだな!!」

 

「ほら、今日のおひねりだ!! バカ殿!!」

 

「おっと……」

 

 おでんの裸踊りは毎週、風の日も雨の日も雪の日も、欠かさず行われ、毎回少なからずの見物人がいる。

 子供には人気はあり、大人は怒りすら滲ませた表情でそれを見る。だが、毎回それを見てバカにしている者達がいる──オロチの配下である役人と、オロチの協力者、カイドウの手下達だ。

 彼らの横暴な振る舞いをおでんなら止めてくれると誰もが信じていたが、今となってはその希望も失われた。裸で媚びへつらい、おどけてわずかな賃金を得て帰っていく男に、かける期待などない。

 高い期待がより深い失望を生み出し、急速にワノ国……特に花の都の住人の光月おでんに対する求心力、人望は低落していった。

 

「──あはははは!! 今日も良い動きだったね~!!」

 

「!」

 

 そんな中、九里に帰っていく光月おでんに近づく影1つ。

 その影は宙に浮いていた。不思議な赤い羽と青い羽を持つ黒髪の少女であり、ワノ国の住人、彼女を知る者は遠巻きにそれを見てひそひそと話すか、その場を離れるか。積極的に近づこうとはしない。

 それもその筈、彼女は今このワノ国を実質的に支配している百獣海賊団の大幹部。カイドウの相棒とも称される副船長その人なのだから。そんな彼女に話しかけられ、おでんはほんの僅かに眉をひそめるが、そちらには目もくれず歩き出し、

 

「……何の用だ」

 

「え、いやいや、今日も面白い踊りを見せてもらったから感想言いに来たのよ。それと──はい! ()()()()もあげる!」

 

「! 金……」

 

 しかしぬえはそんな冷たい態度などものともせずに話しかけ、おひねりを渡す。しかも端金とは言えない金額だ。

 毎度の事だが、おでんはその施しに困惑していた。確かに踊っておひねりを貰っている、オロチの手のものから百獣海賊団の船員達まで。しかし、それらは全て端金で精々、そばを一杯でも食べればなくなる程のお金にしかならない。ゆえにおでんの稼ぎは皆無と言っていい筈だった。

 だがこのぬえによって、おでんは稼ぎと呼べるだけの金額を得ていた。ぬえは時折、ふらっとおでんの裸踊りを見物しては他の船員──いや、子供達と同じ様にひとしきり笑い、終わったところで話しかけ、おひねりとしてそれなりの金額を渡す。正直、最初は受け取るべきか迷ったものだったし、受け取るようになってからもそうして一瞬だけ迷うおでんを見て、ぬえは言うのだ。

 

「あれれ? ご不満? でも芸を見せて貰ったんならお捻りくらい出さないとね。私、端金なんて持ってないし、これしか出せるものがないんだけど……ひょっとしていらない?」

 

「……いや、貰っていく」

 

 と、おでんはぬえのおひねりを、今のおでんにとって唯一の稼ぎと言える金を受け取っていく。

 そして言うのだ。どうせ毎回誘ってくるからと、こちらから答えを言ってやった。毎度のやり取りであるため、おでんにはもうこの後の言葉が分かっている。それに先んじて、

 

「言っておくが、お前達の仲間にはならねェ」

 

「え~~!! なんでよぉ!! そんだけ強いんだから海賊になった方が得じゃない!! 今なら最高幹部の座がついてくるよ?」

 

 ほら来た、と思った。そしておでんは言う。海賊は好きだ。だが、それは気の合う奴等だったからこそだと。

 

「そんなものに興味はねェ……それに、おれはもう海賊としての目的は果たしたんだ」

 

「ロジャー達と一緒に世界一周したから? いやいや、それで海賊をやめるとか早計だって!! あなたは海賊の才能はあるんだから海に出た方がいいよ!! 為政者としての才能は全然ないし!!」

 

「……確かにおれは人の上に立てるような人間じゃねェが……それでも目的はある。それを遂げるまでワノ国から出る訳にはいかねェ」

 

「え~~……じゃあ特別に、今度花の都でやる私の公演のプレミアチケットとファンクラブの特別会員証もつけてあげるわ。今ならなんと!! 私のサイン付きよ!!」

 

「いや、全部いらねェが……」

 

「えっ!!? なんで!!? ……じゃあ私の爪の垢ならどう? 子供に飲ませたら私似の美少女になれるけど……」

 

「いるか!! どんだけ自分に自信があるんだてめェ!!?」

 

 どこから取り出したのか、チケットにカード。色紙まで見せて勧誘してくるぬえに困惑しつつ拒否すると、ぬえが心底驚いていた。しかも今度はよりいらない物を交換条件に出され、おでんは思わずツッコんでしまう。そして嘆息。毎度ふざけたことを抜かしてくる敵に、気になって問いかけた。

 

「……何故おれに構う。何度誘われようがおれはお前らの仲間にはならねェし、仲良くする気もねェぞ」

 

「ところがどっこい。私にはあなたの意志なんて関係ありませ~ん♡ 私はあなたの人となりに興味がある。だから構うし、仲間にも誘う。海賊が欲しいものを我慢するなんてダサいでしょ? ロジャーもそうだったじゃない」

 

「! ……そういやお前……そうだ思い出した。昔、ロジャーの船に世話になってたと……」

 

「え、今更? あー、うん。まあ見習い時代にちょっとね。お仕事の一環でロジャー達の船に乗ってたのよ。別に仲間って訳じゃなかったけど、それなりの時間は過ごしたから、ロジャー達のことはそれなりに知ってるわ」

 

「……やっぱロジャーの言ってたおかしなガキってのはてめェのことか……」

 

 ぬえの海賊らしい答えを聞いた直後、ロジャーの名前を出され、おでんはロジャーがぬえについて話していたことを思い出す。子供だが良くも悪くも海賊で、純粋。価値観がネジ曲がってるおかしなガキだと。

 だがその能力が面白く、加えてノリも悪くない。当時のロジャーが仲間に誘った程だったと。

 そして実際にぬえもそれについて認めた。しかし、ぬえは更に続けて笑いながら言った。

 

「ロジャーだけ? 白ひげも何か言ってなかった?」

 

「……は? なぜそこで白吉っちゃんの名前が……?」

 

「あら、やっぱ言ってないのかな? ──私とカイドウは、元々白ひげと同じ船に乗ってたのよ♪」

 

!!? な、何だと……って、ウソつけ!! そんなこと白吉っちゃんは一言も言ってなかったぞ!!」

 

「まあそりゃあねぇ……あの船に乗ってた元仲間、皆仲悪かったし、その時のことを思い出したくないって連中ばっかりだから言わないでしょ。私はそうでもないけど、わりかし楽しんでたカイドウですらそうだし。……特に嫌われ者だった白ひげなら尚更ね」

 

「あの白吉っちゃんが嫌われ者……!!?」

 

「あはは、驚いてる驚いてる!! でもまあ事実よ。私やカイドウは見習いで、白ひげは船長の懐刀。他にも凶悪な面子がぞろぞろと……ふふふ、1人1人名前言ってあげよっか? リンリンやシキを筆頭に……今の海でも大活躍中の凶悪犯が目白押し。まさに海賊のオールスターって感じの面子よ♡」

 

「っ……!!」

 

 ぬえのいたずらっぽい調子の言葉だが、嘘には聞こえない。無論、からかってはいる様だが、とんでもない事実を聞かせてその反応を楽しんでいる様子だった。

 そしておでんはふと、以前の白ひげの発言も思い出す。確か、初めて会って、航海に連れて行ってくれと頼んだ時にもこう言っていた筈だ。

 

『お前は人の下に付けるタイプの人間じゃねェ。そういうのが集まるとチームがどうなるか、おれは()()()()()でイヤって程思い知ってんだ!! てめェで船を出せ!!』

 

「前の海賊団ってのはそういうことか……!!」

 

 おでんはぬえの言葉を聞いてようやく得心する。ほんの少し、そこまで気に留めることではなったが、気にはなっていたことだった。もっとも、冒険の日々を送るおでんには些細な事ではあったため、忘れてはいたが。

 そこでぬえは立ち止まったおでんの周りを飛びながら、懐かしむように笑って告げた。

 

「いやぁ~、思い出すなぁ。あの頃はホントメチャクチャで、世界相手に毎日ドンパチ。船上で毎日殺し合い。気を抜いたら次の瞬間には死にかけるし、気を抜かなくても死にかけるし。海軍もあの頃は特に気合い入ってたね。ガープもイケイケで化け物……って、ガープは今でも化け物だけどね!!」

 

「ああ……ガープはおれも知ってる。あいつは強くて──ってちょっと待て!! お前幾つだよ!!?」

 

「ああん。それは聞いちゃ駄目よ。大人だけど、そろそろ気になってくる年頃だし」

 

 薄々感じてはいたが、どうやらこのぬえという少女は見た目通りの年齢ではないらしく、それを聞いたがけらけらと笑ってはぐらかされた。年下ではあると思うが、正確な年齢はおでんにはわからなかった。

 だが見た目だけは限りなく少女だ。そして気づく。──こうして話していると、カイドウやオロチの様な如何にもな悪党とは違い、まるで普通の少女の様に感じてしまうと。

 そしてだからこそ、気がつけば普通に話してしまっていたと思い、おでんは僅かに気味が悪いような、何とも言えない気持ちになる。このぬえという少女は平然と非道なことをする悪人だが、どうにもそれを感じさせない──いや、実際に善人でもあるかのような不思議な振る舞い、気が混じり、一定ではない妖しい気配を漂わせているのだ。まるで妖怪か何かの様だ。そんなおでんの内心を見透かすように、ぬえは口端をニヤつかせて告げた。

 

「ふふふ、まあこのくらいにしておこうかな? 白ひげの話は聞きたいだろうけど、あんまり話すと次の楽しみがなくなるし、ショックも大きいかもだし。──昔は白ひげも、今の私達みたいに罪のない人々を散々苦しめて殺して、楽しくやってたからさ」

 

「!!」

 

 おでんはその言葉に露骨に反応してしまう。あの白ひげが、今のカイドウ……百獣海賊団の様に罪のない人を苦しめていた? 

 にわかには信じ難い発言だった。白ひげは、町の人々から略奪を繰り返したり、カタギを殺すような人物ではない。海軍からも逃げ回り、相手にするのは同業者の海賊くらいだった。その白ひげが、かつては彼らの様だった。罪のない人々を苦しめる海賊だったと。

 無論、海賊だからそもそも人の迷惑は承知であった筈だが、それでも……と、おでんは複雑な気持ちを浮かばせ、しかしきっと何か事情があるのだろうと自分を無理矢理納得させた。──いつか、この問題が解決したらまた会える日も来る。その時にまた気が向けば聞いてみればいい。

 

「──あら、思ったより動揺しないのね?」

 

「……話は終わりだろ? おれはもう行く。九里を建て直さなきゃならないんでな」

 

 そう言って、おでんはぬえに背を向けて九里へと再び歩き出す。彼女によって破壊された九里を、おでんは再び身体を張って建て直すと決めていた。

 ゆえに油を売っている暇はない。裸踊りを終えたら、九里へと戻って作業を行う。

 だからこそ、ぬえの言葉にはもうこれ以上耳を貸さない──そうして歩き出したおでんの意識は、容易にぬえに取られた。

 

「……そうね。そろそろ私も行くわ。そろそろ出ないと、()()()()()()()に間に合わなくなっちゃうし」

 

「──え……?」

 

 その言葉は今までの中で、何よりもはっきりと聞こえた。今、なんて……と、おでんが再び振り返ろうとしたが、

 

「それじゃ、また来週~♪」

 

「あっ、ま、待ってくれ!! ロジャーの処刑!? それはどういう──」

 

 おでんはぬえを呼び止める。が、しかし、ぬえはそのまま飛び去っていってしまう。

 そうして1人、取り残されたおでんは、そのぬえの言った内容を心の中で反復し、心ここにあらずと言った様子でまた足を踏み出す。

 しばらく、その真相を知るまでおでんは日々を過ごしながらも、常にその言葉を気にしてしまっていた。

 

 

 

 

 

 ──ゴールド・ロジャーが前人未到の“偉大なる航路(グランドライン)”制覇を達成し、世間から“海賊王”と呼ばれだして約一年が過ぎた。

 

 だけどそこからロジャー海賊団は謎の失踪。海軍、政府の人間、海賊も皆、ロジャーを探し回るが、その行方は掴みきれない。

 その間、ロジャーを狙うあらゆる勢力による激突により、多くの海賊、海兵が死ぬちょっとしたお祭り騒ぎにはなったが、それも直ぐに鎮火し、大人しくなってしまう。

 CPの僅かな情報源によると、南の海にてロジャーらしき男の姿が確認されたとの話もあるが、どうやらそこにロジャーはもういないらしい。

 世間的にはロジャーが一体どこに行ったのか。どこに消えたのか。その話題で持ち切りであったが──ロジャーは一年経って再び、新聞の一面を飾ったのだ。それが、

 

「──“海賊王”ゴールド・ロジャー逮捕!! ……なーんて、本当は自首だってのによく書くわねー。さすが世界政府の世経。情報操作はお手の物ね。それでこっちが──」

 

 ゴールド・ロジャー逮捕の文字がデカデカと印字された新聞を見て私は笑う。そして次に開くのはつい先日に発行された別の日の一面記事。そこにはまた驚きの情報が書かれていた。

 

「──海賊艦隊提督“金獅子”のシキ。単騎で海軍本部マリンフォードに突撃し、町を半壊させるほどの大暴れ。しかし大将センゴク、“英雄”ガープの手によって逮捕され、大監獄インペルダウンに幽閉……まあシキも幾らショックだったからってよくやるわねー。どうせなら艦隊全部引き連れて戦争でも起こせば良かったのに。──そしたら私達も交じって大暴れ出来たのになぁ」

 

 そう、あの新世界の4強の一角、金獅子海賊団大親分の“金獅子”のシキが単身で海軍本部でロジャー奪還……という訳ではないだろうが、怒りに身を任せてガープとセンゴク相手にメチャクチャな戦いを繰り広げ、結果捕まったというニュース。うーん、さすがのシキもあの2人相手だとキツイよね。残念。間に合えば私達の手で葬ってあげても良かったのに。

 でもそれは難しいと判断したので、だからこそ私はカイドウにも言って今のうちから動いておくことにした。正確には、いつでも動けるように準備を整えた、だけど。

 そのための工作だってしといた。私達がワノ国を離れてる間におでんが下手な行動を取らないとも限らない。大人しくしているとは思うが、そんな保証はないのだ。一応手は打っておくのが正しい。

 今頃ロジャーの処刑を聞かされてそのことで頭がいっぱいだろう。私達が大規模に動いても問題ない。相変わらずオロチにはバリバリのせみ丸とかいうボディガードとしては最強の能力者がべったりだし、今更戦争をするくらいならあの時にオロチの提案を呑んだりはしない。

 それでも我慢の限界になるような出来事でもあれば別だが、それもないし、私達が動く余裕は十分にあるのだ──と、私はスマシではなく、ちゃんとした電伝虫を手に声を出す。

 

「どう? 準備は終わったー?」

 

『こっちはバッチリだぜぬえさん!! いつでも船を出せる!!』

 

「オッケー。それじゃすぐに動いて。シキのいない金獅子海賊団なんてカイドウ1人投げ込むだけでどうにでもなるでしょ?」

 

自分のとこの船長を爆弾みてェに使おうとしてる!!? いや……確かにそうかもしれねェが……』

 

 通話口の向こう。クイーンに指示を出すと、カイドウのぞんざいな扱いにクイーンが困惑してツッコミを入れてきた。私は周囲の町並みを見下ろしながら笑って、

 

「まあ適当に潰しといて。あ、始まったら中継してあげるからまた連絡するね。カイドウにも伝えといて」

 

『了解だ!! ──よォーし!! 野郎共!! 襲撃に行くぜ~~~~!!!』

 

『ウオ~~~!!』

 

『QUEEN!! QUEEN!!』

 

 相変わらずノリが良いなぁ、と思いながら私は電伝虫を切る。ウチの海賊団は基本的にノリが良い連中ばっかりで騒ぐのが大好きだ。海賊なんてどこもそんなものな気もするけど、その中でもクイーンの部下は特に賑やかな気がする。私のライブでもそんな感じだし。

 まあそれは良いとして、騒ぎに乗じて勢力拡大も行う。当然だろう。新世界の4強の内、ロジャーとシキ、一気に2人の大海賊が脱落した新世界は今や大騒ぎだ。

 情報だと、白ひげはまだ自分のナワバリを守るに留めて静観しているが、リンリンの方は近々更に国を広げるつもりでいるらしいし、モタモタしてらんない。今のうちにやれることはやっておかないとね。

 ……だがそれでも、ここ数日はロジャー逮捕の報道もあって、新世界も僅かに静かになっている。

 やはり海賊王の逮捕。それも公開処刑が行われるのであれば、世界中の海賊達がそれに注目する。海賊だけではない、あらゆる人々がそれを一目見ようとその町へ集まってきていた。──当然、私も前乗り。先んじてこの町へ辿り着いていた。

 

「“東の海(イーストブルー)”に来たのはもう15年以上前かー。さすがに懐かしいね、こののほほんとした平和な空気も」

 

 私は高い建物の屋根の上で足をぶらぶらさせてその空気を懐かしむ。そうなのだ。ここは“東の海(イーストブルー)”──ローグタウン。

 4つの海の中で最弱と言われる海であり……そして、“海賊王”ゴールド・ロジャーの故郷の海でもある。

 新世界から“赤い土の大陸(レッドライン)”を越えて偉大なる航路(グランドライン)の前半へ。そしてそこから更に“凪の帯(カームベルト)”を越えて態々私は“東の海(イーストブルー)”にまでやってきた。いやー、ここまで来るのにさすがに結構掛かった。数日間ずっと飛びっぱなしで頑張った。まあとはいえ、思ったより遠くはない。さすがにここまでの長距離飛行は未経験だったため、どれくらいかかってどれくらい疲れるかは未知数だったが、そこまででもなかったし、普通に観光すら楽しんでしまった。能力を使って何食わぬ顔でホテルを取って、先程まで美味しいランチを頂いていたところだ。

 だがあくまでも目的は、ロジャーの公開処刑を見届けること。そして──死ぬ前のロジャーに会うためだ。

 

「後数日もすれば軍艦も来るかな……ま、それまでは大人しくしてよっかな」

 

 と、私は再び能力を使って飛行してるところを偽装し、ホテルへと戻る。さすがにこの町で今、無作為に暴れるようなことはしない。

 何しろ、これから始まるのは海賊王の舞台だ。それも最期となる。それを邪魔するほど私は無粋じゃない。……いやまあ面白ければ邪魔したり引っ掻き回すのもアリなんだけど、邪魔しても面白くないし……何よりこの目で見てみたいのだ。この時代を制した偉大な男の最期を。

 

 

 

 

 

 ──海賊王ゴールド・ロジャーの処刑まで後1日となったその日。

 

「いいか!! 厳戒態勢だ!! 万が一にでも脱走を許してはならん!! 鼠一匹の侵入すら許すなよ!!」

 

『はっ!!!』

 

 “正義”二文字を背負った海軍将校の声が町に響く。この最弱の海、東の海(イーストブルー)に、海軍本部の精鋭達が厳戒態勢でその囚人を護送、そして護衛するためにやってきていた。

 処刑が行われる町ローグタウンに海軍の軍艦がとうとうやってきた。それは海賊王を乗せた船。

 後1日もすれば、処刑が執り行なわれる。海兵達も緊張感を持ってその任務に臨んでいた。

 何しろ、この処刑は政府の、海軍にとって多くの海賊達の心をへし折るための何よりも重要な任務。海賊達の王である海賊王の公開処刑は、見せしめとしてこれ以上ない効果を持っている。

 だからこそ、世界政府と海軍本部の威信に掛けて失敗は許されない。仮にロジャーの脱走でも許せば、ここにいる全員の首が飛びかねない。それほど重大な任務だ。

 そしてだからこそ、独房には鼠一匹の侵入すら許さない。海兵ですら、将官の許可がなければ立ち入ることは不可能。

 そんな孤独が強いられる牢屋の中に、死にかけの身でありながらもそうとは思わせない──覇気に満ちた男の姿があった。

 彼こそがこの海の覇者。“海賊王”ゴールド・ロジャー……ゴール・D・ロジャー。彼は牢屋の中で手枷をつけられながらも、全く悲観的な表情は見受けられない。

 

「くくく……」

 

 その表情には、何かを思い、不敵な笑みすら浮かんでいる有様。普通に見れば、死刑を前にして笑うしかない。気が狂った男の様にも見えるだろうが、彼の場合はそうではない。純粋に、何かを思って笑っていた。

 とても今から死ぬ男には見えない──そう、その男は見抜いていた。

 

「──相変わらず隠れるのが上手いじゃねェか、ぬえ」

 

「……さっすがロジャー、いや海賊王。相変わらずというか、全然衰えてないのね?」

 

 ロジャーが声を掛ければ、その鉄格子の先に黒髪の少女が降参を認めるかのようにやれやれといった仕草と表情で現れる。お互いの言葉は気安い。昔馴染みであるがゆえに、特に気負った様子もなく2人は対峙する。それでも少女……ぬえの方はさすがに思うところがあるのか、笑みを浮かべてはいなかったが、ロジャーの方はいつもと変わらない笑みで声を掛けた。

 

「何の用だ? 今更おれの首を取りに来たって訳でもないだろ?」

 

「……まー、明日処刑される死にかけの病人の首を取ったところでしょうがないからね」

 

「くくく……それもそうだ。なら話でもしに来たか」

 

「まあね。故郷の海での公開処刑を明日に控えた海賊王ゴールド・ロジャーへの独占インタビューってところかな。──で、今のお気持ちは?」

 

「──ゴール・D・ロジャーだ。わはは、相変わらずだな、お前は」

 

 ぬえが能力でUFOを生み出し、それを椅子にしてロジャーに質問すると、ロジャーは笑って自分の名前を訂正した。“ゴールド・ロジャー”ではなく“ゴール・D・ロジャー”だと。それを聞いて、ぬえは目を細めると、

 

「ふーん……やっぱ“D”ってのは重要なのね」

 

「自分の名前を大事にしねェ奴なんていねェだろ? ……もしかしてお前も知ってんのか?」

 

 ぬえのその質問に一旦海賊らしい気の利いた返しをするロジャーだが、その内容に僅かに笑みをひそめて問いかける。しかしぬえは肩をすくめ、

 

「いや、知らないわよ。なんかあるのはわかるけどね。“D”が空白の100年とか“歴史の本文”とか……まあ何かに関係してて、ある程度の推測や考察は出来るけど……真実はわからない」

 

「だろうな。おれもまさかあんな……くくく……!! まさかあんな真実が隠されてるとは思いもしなかった……!!」

 

「……その気になる感じの思い出し笑いやめてくれない? これでも聞きたくなるのを抑えてるんだからね」

 

 ロジャーの思い出し笑いにぬえが軽く不満そうなジト目でやめてくれと告げる。するとロジャーの含み笑いは収まったが、笑みはそのままであった。

 

「ああ、すまねェ。だが……そうか。お前も“ラフテル”に行きてェか」

 

「……んー……まあ行きたいか行きたくないかで言ったら行きたいかな。行ったら世界をひっくり返せそうだしね」

 

 ぬえが少し考えた末に正直に言う。行きたいが、その目的はあくまでも世界をメチャクチャにすること。カイドウと世界最強の海賊団を作ることだ。

 それを考えるなら、別にラフテルに行く必要はないが、ラフテルに行くことでそれが達成出来るとも考えている。だから行きたいか行きたくないかで言うなら行きたいと告げた。

 それを聞いてロジャーは破顔した。だが、続く言葉はどちらかといえば否定的なものであった。

 

「お前とカイドウには無理だな。見つけるのはおれの息子だからよ」

 

「……息子、ねぇ……仮にあなたの息子が政府に見つからず生き残ったとして、あなたの意志を継ぐかはわからないんじゃない? 海賊にならないかもしれないし」

 

「わはは、そうだな!! だが期待するだけならタダだろ? おれとあいつの子供だ。きっとおれにも負けねェくらい自由に生きる。どんな道を選ぼうと構わねェよ」

 

「──じゃあ私達が奪い取ったり、その子を殺してもいいってこと?」

 

 そこで、ぬえは敢えてそのようなことを言った。親心を見せたロジャーに対し、普段であれば激怒しかねない言葉。仲間思いのロジャーのことだ。かつてロジャーは仲間をバカにしたというだけで一国の軍隊を壊滅させたことだってある。“鬼”とまで呼ばれた男のままであるなら、ここで怒るのではないかと。

 しかしロジャーはそれを聞いても怒りもしない。代わりに少し慌て、

 

「おい待て。それは困る。せめて大人になるまで待てよ。お前ならホントにやりかねん」

 

「……いやまあやらないけどさぁ……多分」

 

「多分じゃなくてやめろ!! 不安になるだろ!!」

 

 ロジャーのその慌てた声に、ぬえは溜息をつく。やっぱり、もうロジャーはここで終わるつもりなのだと。

 これからも生きるつもりであれば、自分でそれを防げばいい。実際、ロジャーはそうしてきた。だがそうせずに頼み込んでくるということは、本当にこの男は処刑を受けるつもりなのだ。

 自首した辺りで気づいてはいたが、どうにも複雑である。喜んで良いのかも微妙なところだ。ぬえは頬杖をついて、毒気を抜かれた様子で続けた。

 

「……ま、結局命を助けてもらった借りは返せなかったし、やめてあげるわ。別に子供を好んで襲う趣味もないし」

 

「! わはは……律儀だな。借りか……そうだな、おれへの借りを返してェなら、代わりに息子にでも返しといてくれ。親父として出来ることがないのも格好つかねェだろ? 代わりに何か1個でいいから助けといてくれ。そうすりゃ格好もつく!!」

 

「……ま、気が向いたらね」

 

 ロジャーのどこまで本気かわからない発言に、ぬえは意外にも素直に応じる。どうせこの男は全部本気だ。本気でこんなことを敵に頼んできてるし、本気で借りを返してくれると思っている。

 なので本当にその借りを返すかどうかは置いておいても、この場においてはそれを了承した。明日死ぬと決まってる借りのある男に対して否定するのも微妙なところだ。一応気に留めるくらいで十分だろう。後はその時の気分や状況に寄るとしか言えない。

 

「ああ、頼んだぜ」

 

「……はぁ……ホントバカな男ね。なんでこんなのが“海賊王”に……」

 

「わはは、そう言うな! 海賊ってのは自由さ。自由の意志は──ああ、そうだ。今思えばあいつも……」

 

「? あいつ?」

 

 何かを思い出した様に呟いたロジャーに対し、ぬえは首を傾げて問いかける。すると、思いもよらなかった人物の名前が飛び出してきた。

 

「──()()()()()

 

「!! ……どういうこと?」

 

「いや何、大したことじゃねェ……今思えば、あいつもおれ達と同じだったのさ。そう、()()()()……早すぎたんだ」

 

「早すぎた……」

 

 ぬえにとっては聞き逃がせない人物。ロジャーにとっても最初にして最大の敵であった男の名をロジャーは呟き、何やら意味深に告げる。それが何か、世界にとって重要なことであることを孕んでいるのだと言うように。

 

「わはは……そろそろ話は終わりだな」

 

「!!」

 

 ロジャーが軽く顔を上げてそう言うと、ぬえも気づく──海兵がこっちに向かってきている。

 さすがに気づかれたか、と。ここに忍び込むためにそれなりの偽装をしたり、工作を行ったが、さすがにやりすぎて不自然であった可能性は否めない。

 これが最後の、海賊王ゴール・D・ロジャーとの最後のやり取りだということを感じ取り、ぬえは神妙に言葉を選び、ややあって声を発した。

 

「──まあ、色々あったけど……あなたのいる海は面白かったわ。勝負はあなたの勝ち。私達は敗者として見届けてあげるから、最後まで楽しませてよね」

 

「──ああ!! 見届けろ……!! おれは死なねェ……!! おれの意志もまた、誰かに受け継がれる……!!!」

 

 ──そのロジャーの言葉を聞いて、ぬえはようやく笑みを浮かべると、その場から消えるように立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 ──“東の海(イーストブルー)”、ローグタウン。

 

 今日この日、この場所で……この時代が終わる。

 

「遂に死ぬのか……あのロジャーが」

 

「海賊の時代の終わりだな……」

 

 それは歴史的な大事件だ。

 

「見ろ……ロジャーが出てきたぞ……!!」

 

「何だ……? 笑ってやがる……気でも触れてるのか?」

 

 その歴史的瞬間を一目見ようと、集まった世界中の人々。民衆、海軍、海賊。

 

「急げ!! その瞬間を見逃すな!!」

 

「これはビッグビッグ……ビッグニュース!!! 何としても記事に!!」

 

 中継し、その瞬間を映す者もいれば、それを記事にしようと紙とペンを持つ記者もいる。

 

「あれがゴールド・ロジャー……いや、ゴール・“D”・ロジャーか……!! フッフッフッ……!!」

 

「時代の節目、か……」

 

「キシシ……とてもこれから大人しく死のうっていう男の顔じゃねェな……!!」

 

「…………」

 

「うわあああ~~~~!!! ロジャー船長ォ~~~~~!!!」

 

 これから先、世界の海で名を馳せるであろう錚々たる顔ぶれも集まる。

 そんな中、処刑人に連れられて処刑台へゆっくりと昇る男が1人。

 彼は罪人であった。だが、その威風堂々とした佇まいは、まるでどこかの国の王様の様である。

 だが、それもその筈。彼こそがこの海の王。海賊の頂点に昇りつめた男。

 そんな男の姿を群衆は固唾を呑んで見守り、その時を今か今かと待ち望む。

 民衆は知らない。彼が死ぬことでこの先の世界がどうなるのか、ただ待っている。

 海兵は知っている。彼が死ぬことで海賊達への見せしめとなり、これから自分達が世を正してみせるのだと。

 そして海賊は様々だ。彼が死ぬことで、次の王の椅子が空く。そこに座るのは自分だと野心を昂ぶらせる者もいれば、純粋に不安がっている者もいる。

 

 ──処刑台に登り、両側に処刑人が立つ。両膝を突き、手枷を嵌められたまま、目の前には交差する刃。

 

 彼の命はもって、後数秒であった。このまま、彼の命の炎は消え去ることになる。

 

 ──だがその時、群衆の中から1人の男が叫んだ。

 

「──海賊王!!! てめェの財宝は……“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”は一体どこにあるんだ!!?」

 

「!」

 

 ──その問いかけは、ある意味……この先に生きる多くの人々の運命を変えた歴史的な出来事の切っ掛けだっただろう。そう、この言葉を切っ掛けに、彼は語りだす。

 

「──おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる……探せ!!! この世の全てをそこに置いてきた!!!!」

 

「────」

 

 その言葉は、瞬く間にその広場に……全世界に向かって広がっていった。

 刹那、処刑が執行され、男の首が切り落とされる。

 その笑みを浮かべた男の顔。その男が放った言葉に、一瞬静まり返った群衆は次の瞬間、一斉に沸き上がった。

 

 ──富、名声、力。かつてこの世の全てを手に入れた男……“海賊王”ゴールド・ロジャー。

 

 ──彼の死に際に放った一言は全世界の人々を海に駆り立てた。

 

 ──『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる……探せ!!! この世の全てをそこに置いてきた!!!!』

 

 ──そして……この一言により迎えたこの時代の名をこう呼ぶのだ。

 

 

 

 ──“大海賊時代“と!!!

 




大海賊時代→別名、海軍過労死時代
ロジャー→今回の主役。最期の見せ場。語りはアニメ版と原作版の好きなところ取り
おでん→バカ殿中。ぬえに付き纏われる
シキ→ロジャーへのリスペクトで特攻して捕まる。ナワバリは荒らされる。
カイドウ→暴れた後にぬえちゃんの中継見る。まだ大人しい。
ぬえちゃん→大人しく映像電伝虫で中継。借りを返すかはまだ未定。今日も可愛い

遂に始まった大海賊時代。でも次回からも相変わらずワノ国や新世界で暴れます。明日にはジャンプも出るのでもしかしたら新キャラも出すかもしれません。お楽しみに

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