正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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オハラ

 大海賊時代が始まってからというもの世界政府は上から下まで、まったく休まる暇がなかった。

 世界中で海賊達の数が激増し、当然増える海賊被害。世界政府加盟国からの苦情と応援要請。終いには、なぜロジャーを処刑したのかとも言われる始末。

 それらの苦情や世間の声、世論を情報操作や裏工作によって封殺。増えた海賊達の取り締まりについては海軍を総動員して対処させた。これがただ単に民衆が苦しめられているだけならまだしも、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を求めて海に出た海賊達ばかりなのが手に負えない。世界政府としては、断固としてそういった海賊達を認める訳にはいかなかった。

 

 ──“聖地マリージョア”。パンゲア城、権力の間。

 

「頭の痛い事態だ……」

 

「海賊達の数はこれまでの数倍、あるいは10倍以上に膨れ上がっている……」

 

「もはや確認すら追いつかん。ロジャーめ……死んでなおここまでの“事件”を引き起こすとは」

 

「ああ……特に“偉大なる航路(グランドライン)”の情勢はままならん。ある程度は潰し合ってくれている様だが」

 

「やはり制度発足を急がねばな……」

 

 そこにいるのは世界政府の最高権力──“五老星”。

 世界のトップである彼らは、始まってしまった大海賊時代に危うさを感じていた。

 一歩でも対応を間違えれば、ここからはよりマズい事態になりかねない。それを防ぐため、世界政府と各国、海軍は幾つかの手を検討した。

 その中で、最も革新的で意外な一手を彼らは打つことに決める。これは2年前の世界会議で秘密裏に決まり、現在は選別中で制度の発足を待っている状態だった。

 

 ──そして同じく聖地マリージョアの一室。円卓が置かれた会議室では、海軍元帥や大将、中将らの立ち会いの下、情報を精査し、今まさにその選別が終わろうとしていた。

 

「──これで4名。残り3名か……」

 

 円卓の間。席に座り、幾つかの資料と手配書を眺めながら頭を抱えているのは海軍本部大将“仏”のセンゴクだった。

 大将の中でも随一の実力者であり、知将とも呼ばれる男。次期海軍元帥の座も確実だと言われている英傑である。

 そんな彼と共に円卓の間で資料と手配書を眺めるのは何人かの海軍中将達。そして海軍元帥であるコング。彼らはある制度を発足させるため必要な人員を見定めているのだ。──海賊達の手配書と、海軍とCPから集められた資料を見て。

 

「……単純な戦闘力で言うならやはり“鷹の目”か」

 

「ええ、確かに。──しかし奴は海賊団を率いている訳ではありませんが……抑止として役に立つでしょうか?」

 

「問題ないだろう。それを補って余りある強さがある。それに奴の辻斬り染みた行動を少しでも制御出来ると思えば……」

 

「そうですね……なら打診は一応出してみましょう。そして次に……ああ、この資料は“クロコダイル”ですね」

 

「クロコダイルか……奴は自然系(ロギア)の能力を持っている。生半可な海賊にはやられないという意味では脅威は十分でしょうな」

 

「奴は頭の良い海賊だ。懸念すべきところも多いが……構わん。こちらも一応打診を出してみよう。次は……ゲッコー・モリアか……」

 

「また大物ですね。しかし、最も適した人材なのでは?」

 

「ですね。CPの情報だとつい先日、あの“カイドウ”とも渡り合ったと言われ恐れられている海賊です」

 

「ふむ……そうだな。確かに、勧誘を受け入れてくれるのであれば最適やもしれん。打診してみよう。──これで7名か……」

 

 センゴクやコングを含めた彼らは並べられた7枚の手配書を確認する。誰も彼もが偉大なる航路(グランドライン)で名を上げる凶悪な海賊達。

 だがそれを捕まえるという話ではない。むしろその逆──彼らを政府の味方とするための制度。そのための選別だった。

 

「しかし、本当に彼らで止められるのでしょうか……?」

 

「……止めて貰わねば困る。偉大なる航路(グランドライン)……特に新世界では、“白ひげ”を筆頭に……“ビッグ・マム”や“カイドウ”……その他の大物海賊達の活動が活発になり、このままでは対応が難しい。そのための──“恩赦”だ」

 

 そう……彼らに与えられるのは特別な地位とそれに伴う権利と恩赦だ。

 これは2年前の世界会議で決まった制度。大多数の王達による協議の結果、賛成多数で可決された、政府にとっての新たな改革だ。

 

 そう──彼らは世界政府によって公認された、たった7人の海賊達。

 敵船拿捕状を始めとする政府での数々の権利を与えられる彼らに必要とされるのは、“強さ”と“知名度”。

 大海賊時代の始まりに伴い、激増する海賊達の抑止力として期待される者達。

 必然的に名を連ねる者は世界に名を知られる大海賊達だが、彼らの手配書は取り下げられ、懸賞金も解除される。

 海軍に追われることもなく、政府に収穫を何割か納めることで堂々と海賊行為を行うことが出来る。……しかし民衆に全く迷惑が掛からないとは言い切れない。海賊はどこまでいっても海賊。信用しきれるものではない。

 だがそれでも、彼らという“勢力”を作り出すことには意味がある。新世界の大海賊達。それと海軍本部。それに並ぶ3つ目の、均衡を成すための勢力。

 

 その名を──『王下七武海』と言った。

 

 

 

 

 

「──あァ? 七武海?」

 

「ええ。そういう制度が政府に出来るわ」

 

 百獣海賊団の本拠地。ワノ国、鬼ヶ島。私達が仮の住まいというか宴会などに使う畳張りの宴会場で、私達はステューシーから新しい情報とその説明を聞いた。

 それは今年から新たに発令される“王下七武海制度”についてだ。ステューシーはそれを真面目に説明し、カイドウやキング、クイーンも顔をしかめたり、真面目な表情で、あるいは軽く驚きながら聞いていた。それだけ革新的な制度である証拠である。

 だが私はニコニコと笑みを浮かべながらそれを聞く。別に今食べているスネ肉のトマト風煮込みとモモ肉の照り焼きが美味いから笑顔な訳じゃない。……いや、それもあるけどね! この足のお肉定食は美味い。良い足を持ってる品種なだけはある。キングも料理が上手くなってきたなぁ、としみじみ思うがそうじゃない。

 “王下七武海”という制度が発足されたことで、ちょっと楽しくなってしまっているのだ。ついテンションがあがっちゃうのだ。

 だがカイドウは眉間に強く皺を作っていた。どうやら気に入らないらしく、ステューシーの説明を一通り聞き終えると酒を飲み、

 

「──つまり政府の狗ってことか」

 

「そうだね~。政府の使いっぱしり……とまではいかないけど、重要な時とか招集かけて戦わせたりするんじゃない? 後はステューシーが言うように、海賊達を狩ってもらうんだよ!!」

 

 私はちょっとテンション高めにそう言う。するとキングとクイーンらも七武海についての所感を口にした。

 

「政府と海賊共が手を組んで足並みが揃う筈がねェ。制度を利用されて裏切られるのがオチだ。政府もここまで落ちぶれたか」

 

「もしくは政府に裏切られるかだな!! ムハハ!!」

 

 キングが鼻を鳴らしてそれをバカにし、クイーンが冗談めいた口調で同じくバカにする。おー……なんか割と核心をついてて面白い。でもまあいきなり七武海が出来て公認で海賊出来るよー、なんて言っても信用出来ないのが普通だよね。利用するだけ利用されて裏切られそう。どっちも。後ちょっと思ったことが1つ。それを口に出してみる。

 

「カイドウが勧誘されてたら面白いこと出来たのにね!! 候補にはいなかったの?」

 

「……一応名前は挙げられてたみたいだけど、全会一致で反対だったみたいよ? 危険過ぎる。手綱を握れる訳がないって」

 

「当たり前だろう。誰が政府の狗になんかなるか。勧誘の手紙なんざ寄越しやがったら名前を挙げた奴を全員ぶっ殺しに行ってた」

 

「いや、カイドウさん。政府の本拠地にさすがにそれは……」

 

「冗談じゃねェみたいだな……政府の奴等も命拾いしたか」

 

 カイドウの言葉にクイーンと軽くげんなりし、キングも軽く呆れている。実際、カイドウならやりかねないからね。もしそうなってたら私もついていって好きなだけ暴れた上で帰ってくるみたいな面白イベントもあったかもしれない。

 

「でも七武海って名有りの連中、雑魚海賊からしたら名を上げる絶好の機会だよね。恨まれそうでもあるし、結構狙われそう」

 

「まあね。それでも政府からしたら海賊を抑制し、叩ける戦力ってことで期待してるみたい。あっさりと堕ちたりしたら……政府は大慌てになるわね……」

 

「どうでもいい。誰だろうと俺の目の前でデカい面しやがったら殺す」

 

「じゃあ見かけたらどうする?」

 

「とりあえず血祭りにあげるか」

 

「歓迎パーティだね!! オッケー!!」

 

 ──ということで七武海の皆さんに朗報!! 私達の縄張りに入ると今ならなんと、カイドウが血祭りという名の歓迎パーティを開いてくれるってさ!! イエーイ!! 楽しくなってきたね!! ワノ国よいとこ。一度はおいで。七武海に加入した1人もこの間の歓迎パーティで泣くほど喜んでたもんね。うんうん。良いことしたなー。──あっ、そうだ。良いことで思い出した。

 

「──そういえばステューシー。頼んでた方の情報は?」

 

「! ちょうど今その話もしようと思ってたところよ」

 

「お! わーい!! 聞かせて聞かせて!!」

 

「? 何の話だ」

 

 ちょうどその情報を掴んだところなのだろう、話をするというステューシーに私は喜ぶと、カイドウが首をひねって何のことだと問うた。

 なので私はステューシーの説明の前に答えた。というか、カイドウも知ってる筈だと、

 

「ほら──“歴史の本文(ポーネグリフ)”の解読の話よ」

 

「そう……それにこぎつけた学者達の島を襲撃する計画が政府の間で立てられているの」

 

「! ほう……面白ェ。なんて島だ?」

 

 カイドウが口端に笑みを浮かべ、続けて質問する。

 そしてステューシーは微笑を浮かべ、私が知る島の名前を口にした。

 

「“西の海(ウエストブルー)”……“オハラ”という島よ」

 

 

 

 

 

 ──“知識”とは、すなわち“過去”である。

 

 ならばその島……樹齢5000年を誇る“全知の木”と世界中から運び込まれた膨大な量の文献を残すその図書館は、世界最大の知識を誇る場所に違いない。

 だがそれゆえに……知られて都合の悪い過去すらも暴かれてしまう危険性がある。

 “西の海(ウエストブルー)”の辺境。オハラという島は考古学の聖地とも言われる島であった。

 考古学の権威“クローバー博士”を筆頭に、世界中の優秀な考古学者が集うその考古学の島は、以前から政府に目をつけられていた。

 その理由は“歴史の本文(ポーネグリフ)”にある。

 世界政府は“歴史の本文(ポーネグリフ)”と“空白の100年”について調べることを禁じており、如何なる理由があろうと調べれば死罪となる。

 表向きにはそれは“古代兵器”の復活を阻止するためと言われているが、それは世界政府の都合でしかないことはある程度、世界の禁忌に触れてくれば、あるいはそうでなくとも察しの良い者であれば気づけてしまうだろう。

 そして考古学者であれば、その存在理由。過去に何があったのか、何を伝えたかったのかを知りたい、守りたいと思うのは当然であった。──オハラはそういった学者達の集まりであり、秘密裏に歴史の本文(ポーネグリフ)と空白の100年についての研究をしているのだ。

 そして世界政府は半ばそれに気づいており、世界中で歴史の本文(ポーネグリフ)について調べている学者を捕まえては、オハラとの関連を探していた。

 

 ──だがその必要もこれからはなくなる。

 

「──ここに貴様らの“死罪”が確定した!!!」

 

 その日、オハラにやってきた世界政府の諜報員。CP9長官のスパンダインは捕らえた学者たちの前でそう宣言した。

 多くの役人達。そしてCP9という圧倒的な強さを持つ超人を2人と共に、彼らは強硬手段に出たのだ。

 だが彼らはあくまでも証拠を探し、それを確認した後の見届け。形式上は法律に則らねばならないためやってきたに過ぎない連中だ。

 そう、本当の恐怖はこれからやってくる。

 

「“バスターコール”だ!!!」

 

 ──海軍元帥と3人の海軍大将だけが持つそのゴールデン電伝虫は、海軍中将5人と軍艦10隻による国家戦争クラスの軍事力を呼び寄せ、島1つを地図上から消してしまう無慈悲な無差別攻撃──“バスターコール”を発動するためのものである。

 それが押される瞬間を、地面に横たわった考古学者の女性は見ていた。

 それはまさに絶望の瞬間。自分はこれから死に、仲間も知識も何もかもが死んでしまう。

 そんな中にあって、何よりも心配なのはまだ8歳の娘。数年振りに顔を見て、向こうはこちらの顔すら覚えてない筈の娘だ。

 しかし驚いたことに娘は自分のことを母親なのかと問いかけてきた。思わず唇を噛みしめる。頷いてしまいたい気持ちを抑えるように。

 世界の禁忌を犯した罪人の娘にはしたくない。その思いで彼女は娘の問いに否定したのだ。

 だが娘は泣きながら言った。自分の名前を名乗り、まるで自分が母親だと確信しているかのように想いを絞り出す。

 考古学者になって“歴史の本文(ポーネグリフ)”すら読めるのだと。しかもそれは、自分と一緒にいるためだと。こんな娘1人を置いて海に出るようなろくでなしの母親と一緒にいたいがために、一生懸命勉強したのだと。

 

 ──その瞬間、連続する砲撃の音。着弾し、爆発する砲弾、その大気の震えを感じる。

 

 軍艦による砲撃が始まり、海軍本部の戦力がちっぽけな島1つに集中する。もはや民間人どころか、味方である筈の政府の役人が島に残っていることすら考慮しない無差別砲撃。

 役人が逃げれば捕らわれた学者も自由になるが、もはやどうにもならない。やれることと言えば知識を、過去を、未来を守ることだけだ。学者達は全知の木を守るため、敢えて島の中心に走り出す。

 そんな中、ようやく娘を抱きしめ、言葉を交わす。それは絶望の中にあった唯一の救いであった。

 この救いを何とか生かして未来に届けたい。だから言葉を託し、やってきた因縁のある巨人に自分の娘を助けてくれと頼んだ。

 

 ──あなた達の生きる未来を!! 私達が諦める訳にはいかないっ!!! 

 

 そう言って、お母さんと泣き叫ぶ娘を見送る。生きて。生きてほしいと声に出した。

 涙は止まらない。過去と未来を消そうとする無慈悲な攻撃も止まない。

 だが少しでも過去の言葉を未来に届けるために、他の学者達と共に動いた。一冊でも多くの本を。一節でも多くの文章を。未来へ届くようにと願いを込めて本を湖に投げ入れた。

 

「倒れるぞ……!!! 全知の木が……!!!」

 

 ──だがそれもやがて、終わりの時を迎える。

 

 もはやどうにもならない。自分の命もこれまで。

 だから最期に心の中で謝った。

 

 ──ごめんねロビン……私は母としての言葉さえ、あなたに残せなかった……。

 

 そうして彼女は──考古学者ニコ・オルビアは全知の木と共に、オハラと共に死んだ。

 

 ──だがそうして意識を失う瞬間、この場に似つかわしくない少女の声が聞こえた。

 

「あーあー、政府も酷いことするなぁ。島1つを滅ぼすなんて人がやることじゃないよね~~~あはははは♡」

 

 ──その声は純粋だが、どこか狂気を孕んだものの様に聞こえた。

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 次に目が覚めた時──そこは知らない部屋の知らないベッドの上だった。

 意識が回復したことで思わず声を出す。……なぜ、自分は生きているのかと。

 

「──あっ、やっと起きた。ベッドに運び込んでからすぐに起きるなんて、回復早いんだね!!」

 

「! あなた、は……いえ、なぜ私は生きてここに……?」

 

 周囲を、状況を確認しようとしたその時、ベッドの脇にいた黒髪の少女に声を掛けられ、一瞬困惑した。だがすぐに質問をして、心の中で僅かに警戒する。普通の少女に見えるが、どこか得体の知れない雰囲気を纏っていた。それに、どこかで見覚えが……。

 

「へ~? 起きてすぐに状況確認? しかもそんなに警戒して。せっかく助けてあげたんだからもっとリラックスすればいいのにさ」

 

「っ……やっぱり、あなたが私を助けたの?」

 

「そうだよー」

 

 警戒を見抜かれ、思わず鼓動を跳ねさせる。しかしポーカーフェイスを保ったまま更に質問を重ねれば、少女はあっさりと頷いた。軽い。だがやったことはあまりにも重いものだし、そんなことがただの少女に出来る筈がない。とてもではないが信じられなかった。

 

「……あの燃える島から……オハラから私をどうやって助けたの? 何のために? それに、他の皆は──」

 

「あはは!! 気になることが沢山で落ち着かないねー? ──でもちょっとは落ち着きなって。ちゃーんと全部話してあげるからさ」

 

「! ……そうね、ごめんなさい」

 

 慌てていることを指摘され、心を落ち着かせて謝罪する。だがざわつく心は収まらなかった。そして少女は気にした様子もなく喋りだす。この上なく楽しそうに。

 

「とりあえずオハラは壊滅。学者達は皆死亡。民間人も死亡。生存者はほぼ0だってさ」

 

「……!! ……やっぱり、あのバスターコールからは誰も……」

 

 その言葉を耳にした時、身体から力が抜けるのを感じた。皆、誰も彼もが死んだ。

 それはつまり、自分の娘も亡くなったということだ。

 この上ない喪失感。自分が生き残ってることなど微塵も幸運には思えない。なぜ自分が助かってあの子が死ななきゃならないのか。助けられた上でおこがましい事だが、私ではなくあの子を助けてくれれば良かったのに、と恨み節を吐いてしまいそうだ。そんなこと出来る筈もないが。

 

「…………あなたは、私をどうやって……あの軍艦の砲撃から救い出したの?」

 

「軍艦は大したことなかったかなー。性能もいつもとそんなに変わってないし、巨人が暴れたおかげで私が出ていく頃には4隻しかなかったからね。ぶっちゃけ10隻だろうと乗ってる奴が雑魚ならどうにでもなるんだけど、サカズキとクザンがいたからね~。中将ガチャの大当たりを2枚も引いちゃってるし、さすがの私もあなたを連れたまま戦うのは厳しいし、適当に嫌がらせした後に逃げてきた感じね」

 

「何を…………いえ、それはどうでもいいことね……」

 

「ん~? どうしたの? 気になることがあるなら言ってもいいよ!!」

 

 少女の言葉はまるで今日遊んできたことを親に報告するような感じだったが、その内容は物騒かつ不可解極まりないものだった。

 またそれはどういう意味なのかと問おうとするが、ふと思い直してその言葉を飲み込む。今はその助け出した手口はどうでもいい。問題はやはり素性と理由だ。

 

「……あなたは一体何者なの? どういう理由で私を助けたの?」

 

「……ふふふ、あなた達の未来への想いを受け止めてあげた可愛い天使って答えじゃ駄目かな~?」

 

 少女は愛嬌ある笑顔を浮かべて、おどける様に言った。平時で見ればその笑顔は純粋な少女のものに見えただろう。しかし……この状況で感じるのは得体の知れない恐怖だった。

 

「答えて」

 

「──って、駄目か~。そりゃそうだよね。……それじゃ答えてあげるけどさ。理由の方はもう察しがついてるんじゃない? 考古学者さん♡」

 

「!! やっぱり……あなた達も“歴史の本文(ポーネグリフ)”を……」

 

「あはは!! そうそう!! 理由なんて簡単だよね~~~? だってあなたは数少ない歴史の本文(ポーネグリフ)を読める人間。そしてそれを読めるってことは……色んな使い道があるって自分でもわかってるでしょ?」

 

「っ……」

 

 少女は笑って近づいてくる。コップに入った水を側のテーブルの上に置く。──そういえば、喉がかなり乾いていた。

 飲むべきか迷ったが、少女はニコニコと笑顔のままだし、水は透明で毒が入ってるようにも見えない。そもそも目の前で入れていたし、少女とその裏にいる何者かが自分を利用しようとしているのなら、ここで殺す意味はないし、それならそもそも助ける筈もない。

 ゆえに喉を潤し、コップをテーブルに置く。“もう一杯飲む?”と聞かれたがそれは一度遠慮し、話を続けた。

 

「……あなたの……あなた達の目的はわからないけれど……少なくとも、碌でもないことなんでしょう!?」

 

「ん~? どうしてそう思うのかな? それに、私はまだ何者か名乗った覚えはないんだけど、“あなた達”って誰のことを言ってるの?」

 

「とぼけないで!! これでも6年間海に出てた。新聞を賑わす凶悪犯の顔くらい覚えてるわ……“百獣海賊団”の副船長──“妖獣”のぬえ……!!!」

 

 私はその少女の正体を口に出す。すると更に少女の笑みが深くなった。正体を告げられても楽しそうにしている。こちらの睨みなど意にも介さない。

 

「あはははは♡ いや~、そりゃバレちゃうよね~!! 確かに私達は有名人だし」

 

「何をされても私はあなた達に手を貸さない。助けてくれたこともありがた迷惑よ!!」

 

「ありゃ。急に元気になっちゃって……ふふふ、よっぽど歴史を悪用されたくないみたいだね」

 

 当然だった。考古学者であれば……いや、人であれば当然、海賊という獣同然の者達に力を貸すことなんてしない。

 歴史の本文(ポーネグリフ)には世界政府が言うように、古代兵器の情報も書かれている。それを解き明かし、悪しき者に渡ってしまえば、世界を壊すことだって可能だ。

 それは未来を奪う行為。そんなことは絶対にさせない。

 たとえどんな拷問を受けようともだ。なんなら、死んだって構わないし、むしろ死んだ方が良いのかも知れない。生きて利用されるくらいなら……と強い想いで少女を睨む。

 

「協力しない……あはは、そりゃ残念。あなたがそう言うなら諦めるしかないかな~」

 

 ──だがこの時の私は知らなかった。

 

「……ところで最近、こんな手配書が出回ってるんだけどあなたはどう思う?」

 

「え……? ……!!!」

 

 ──人の、海賊の……本当の悪意。本物の力というものを。

 

『“悪魔の子”ニコ・ロビン──懸賞金7900万ベリー』

 

「ロビン……!!!」

 

 その手配書を思わず強く握り締める。その手配書に写る自分の娘を見て、生きていてくれた、良かったという思いと、賞金首になってしまったという焦り。これから命を狙われてしまうと心配が強く顔に出てしまう。

 だが少女はそれを見て笑った。大きなベッドの縁に腰掛け、そのまま説明してくれる。

 

「後で新聞も見せてあげるけどさ。何でも、この8歳の子供は世界の破滅を目論みた“オハラの悪魔達”の生き残りで、その思想を強く受け継いでる危険人物なんだって♪ 海軍の軍艦8隻を沈めたのもこの子のせいだって言うけど……これ、あなたの娘でしょ?」

 

「っ……!!」

 

 何も言えない。わなわなと手と唇が震えてしまう。海軍と政府への怒りもあるが、娘のことを思うと胸が張り裂けそうになる。生きていたことは嬉しいが、このままじゃ海軍に捕まってしまうし、逃げ続けたとしても、犯罪者としての一生を送ることは決まっている。8歳の少女には酷すぎる。

 

「いや~、海軍も粋なことをするよね。態々親子で同じ金額にするなんて……これも親子の絆かな? それとも親の罪を子供が被ってるのか。ねぇ、あなたはどう思うの? “悪魔の親”になった気分はどう?」

 

「っ……!! まさか……私を助けたのは……!!」

 

 その手配書を見て、最悪の可能性を考えてしまう。そして少女はそれをあっさりと肯定した。

 

「せいか~い!! そう、あなたは私達に協力する。するしかないのよ──ね、()()()()?」

 

「──ウォロロロ……そういうことだ」

 

「え……なっ……!!?」

 

 少女がふと、部屋の隅の空いた場所に声を掛けると、そこに突如として大男が現れた。

 その男の人相と圧力を感じて顔を青褪めさせる。新聞で何度も見た男だ──“百獣”のカイドウ。新世界で大暴れを繰り返している大海賊である。

 この少女、ぬえの得体の知れない恐怖とは違う。こちらは分かりやすい恐怖と暴力の塊だ。その男がこちらを見下ろして告げた。

 

「おれは歴史に興味はねェが、“歴史の本文(ポーネグリフ)”には興味がある。そこでだ。お前をおれの船の考古学者にしてやる」

 

「な、にを……!!」

 

「お得だよ~♪ ウチは使える仲間には優しいからね~。それに、あなた達が望んでた研究だって捗ると思うな~? なんてったって“歴史の本文(ポーネグリフ)”を作り出した国だし、“ロード歴史の本文(ポーネグリフ)”だってあるし♡」

 

「!!? “ロード歴史の本文(ポーネグリフ)”!!? それに……“歴史の本文(ポーネグリフ)”を作り出した国……!!」

 

「あれ? もしかして知らなかったかな? ここは“ワノ国”にある私達の本拠地。あなたってば1週間も寝込んでたのよ? まあここに運び込んですぐに起きちゃったからちょっとどうなるかなーってカイドウを隠して様子を見てみたけど……ふふふ、中々面白い反応だね~?」

 

「ウォロロロ、面白ェ見世物だったな!! だがそれより──おい。返事はどうした?」

 

「……!!!」

 

 男の威圧感しかない問いかけに固まってしまう。頷くこと以外を許さないと言った様な問いかけだ。そして気づく。これは“脅し”なのだと。

 それを確認するために、オルビアは何とか声を絞り出した。

 

「……私がそれを……断ったら……断ったら、何をするつもりなの……!?」

 

「その時はこのガキを探し出して()()

 

「っ……!!!」

 

 軽く、その男、カイドウはこともなげに言ってみせた。せっかく生き残った自分の娘を、まだ8歳の少女を殺すと。

 

「そんな、そんなこと……!!」

 

「あはは、まさか出来ないとでも思ってる? 言っとくけど、()()()。あなたが少しでも裏切ったり、私達に不利益な動きをもたらしたり、私達の下から逃げようものなら探し出して必ず殺す。脅しじゃなくて必ず来る“未来”よ、これは」

 

「っ……あなた達も居場所はわからない筈じゃ……!!」

 

 必ず来る未来だと言われ、それを否定する。そんな筈はない。そんな未来は認めない。

 そもそも手配書が出回っているということはまだあの子は捕まっていないはず。“西の海(ウエストブルー)”のどこかで身を潜めている。あるいは島を渡って逃げ回っている。容易には捕らえられない筈だった。

 しかし、そういう思いで投げかけた質問は、さらなる絶望の言葉を引き出した。

 

「居場所なんざ探す必要はねェ。──“西の海(ウエストブルー)”の島を()()()()()()()()()()()いつかは死ぬだろ」

 

「なっ──」

 

 今度こそ絶句した。ありえない。何だそれは。そんなのは、そんなのは人の所業じゃない。

 娘1人を殺すために、西の海(ウエストブルー)を滅ぼすつもりなのか。どれだけの犠牲を出すつもりなのか。

 あまりにもメチャクチャで道理に合わない。同時にそんなことが出来る筈がないと思う自分がいる。いるが……この男ならやりかねないと思う自分もいた。

 

「別の海に逃げようと同じことだ。必ず殺してやる。──もっとも、先に海軍や賞金稼ぎに捕まって殺されちまうかもしれねェがな!! ウォロロロ!!」

 

「あはは!! こらこら、これから仲間になるんだからあんまり脅しちゃ可哀想でしょ? ね、オルビア? 今のはもし裏切ったらのもしもの話だから気にしないでね? これから仲良くやろうね~? 歳も近いみたいだし♡」

 

「っ……あなた、達は……!!」

 

 ようやく気づく。こいつらに、人の理とか常識なんてものは通用しない。

 殺すと言えば殺す。目的の為なら島1つを滅ぼすことも躊躇しない。むしろ楽しんでやってみせる。なんなら目的がなくてもやるだろう。まさに“災害”だ。

 そして自分は、その災害達の檻に囚われてしまっているのだ。選択権はない。無論、娘1人、見殺しにすれば利用されることは避けられる。だが──

 

「……1つだけ……条件があるわ……」

 

「あァ?」

 

「ん~?」

 

 怪物達が頭に疑問符を浮かべてこちらを見る。もう覚悟は決めた。決めるしかなかった。自分の命など惜しくはない。だが──

 

「──私の娘を……ロビンには、手を出さないで」

 

「……ほう?」

 

「へぇ……?」

 

 ──自分の娘を、見殺しに出来る訳がない。

 ゆえに恥を忍んで頼んだ。その2人に。すると2人は興味深げに口端を歪め、

 

「意外だな!! てっきりガキを保護してくれと頼んでくると思ったが!!」

 

「……娘を海賊の……いいえ、あなた達の仲間になんてしない。……それに──」

 

「あ~あ。保護してくれって言うなら喜んで保護してあげたのにね~? で、それに、何?」

 

 告げる。こんな選択しか選べない。未来を守ることも出来ない駄目な母親──いや、もう死んだ人間として。

 

「──あの子を……()()()罪深い人間の子にしたくない」

 

「! ウォロロロ……なるほど、良い女だ──いいだろう。ガキには一切手を出さねェでおいてやる」

 

「取り引き成立かな? ふふふ、ようこそ百獣海賊団へ!! 海賊とはいえ約束は守るから安心していいよ!!」

 

「ええ……感謝するわ……」

 

 そう……私はきっと、世界中の人々から恨まれる。

 多くの犠牲を生み出してしまう。考古学者としても人の親としても人間としても死んだ女だ。

 

「ニコ・オルビア。今日からてめェはウチの考古学者で幹部だ──これを受け取れ」

 

「! これは……!!?」

 

 そして代わりに手渡された物は、目元を隠す仮面と──悪魔の実。それが意味することは、

 

「あなたの素性がバレると私達も面倒だし、あなたにとってもあまり良いことにはならないからね。あなたには素性を隠してもらう」

 

「おれの部下として、お前に力と新しい名前をくれてやる。いいか、今日からこう名乗れ。お前は──“ドゥラーク”だ」

 

「っ……わかり……ました」

 

 オルビアは神妙に、その仮面と悪魔の実を受け取る。

 これからは“オルビア”という名前を名乗ることはない。耐え難い仕打ちだが、彼女は思う。──これは自分への罰なのだと。

 考古学者としても母としても人としても間違え、多くの者を殺し、殺すことになる自分への罰だと。

 仮面を被り、覚悟を決める。

 自分はこともあろうに……全世界に生きる全ての人間の命より、娘1人の命を選んでしまった。

 そのために本物の悪魔となる覚悟を決める。

 だから……もう名前を呼ぶことも許されない娘に願う。──どうか生きて、と。

 

「ウォロロロロロ!!! 本当に食いやがるとはな!! てめェみたいな甘ったれた善人は断るかと思ったが……おいオルビア!! てめェの娘1人のためにどれだけの人間が死のうが構わねェってんだな!?」

 

「──構わない。……それと、その名前で呼ばないで」

 

「ウォロロロ!! そうだったな!! すまねェなドゥラーク!!」

 

「仲良くやろうね~♡ ドゥラーク♡」

 

「ええ……」

 

 ──バカな女でごめんね……。

 

 遠い海で生きる娘に届かない謝罪を告げる。

 そしてこの日、考古学者──ニコ・オルビアは死んだ。




王下七武海→今思えば色んな意味でアレな組織。でもカッコいい
ワノ国→血祭りガチャ開催中
オハラ→バスターコールガチャが酷すぎた。クザン、サカズキいなけりゃ少なくともサウロは生き残ったんじゃないか説。ちなみに、何故か2隻ほど正体不明の爆撃によって沈没したそうです。
バスターコール→大したことない(四皇基準)。乗ってる人に寄るけど
オルビア→少ない出番で名言を生み出した人。どうでもいいけど、娘に同じ懸賞金掛ける辺り、中々に皮肉が聞いてて天竜人ポイント高いと思う。
ドゥラーク→ロシアのトランプゲーム。ロビンのイメージ国がロシアだったので。それと“バカ”という意味らしいです。尊厳破壊度が結構高い。これできっと天竜人ニキネキ達も大満足でしょう
ぬえちゃん→ぬえちゃん流勧誘術(中辛)。甘い場合もあります。今日も可愛い

とまあこんな感じで。2話連続の尊厳破壊回ですみません。次回はほっこりさせようかと思います。まあよくよく見返してみるとそこまで大した尊厳破壊してないし今話もある意味ハートフルなので平気だと思うけど、次回はあの騙されやすい人達です。お楽しみに。

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