正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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光月おでん

 ──その壮絶な戦いは、後世……伝説となった。

 

「──おいおでん。お前、ウチに入れ」

 

「……何……だと?」

 

「おれの海賊団に入ればお前と家族は助けてやっても構わねェ。オロチにも上手く取りなしてやる。いざとなったらおれの兄妹の能力で誤魔化せるしな。……どうだ?」

 

「っ……そいつは……乗れない勧誘だな……!!」

 

「…………ウォロロロ!! ならお前は殺すしかねェな!!」

 

 兎丼の深き森の中で行われた壮絶な戦いは、その森を燃やし、破壊しつくした。

 

「!! おおおおお!!! まだ、だ……おれは……!!」

 

「!! ……惜しいな……これだけの力がある男なら、もっと沢山の破壊を楽しめるってのによォ……!!!」

 

「てめェに、ワノ国は破壊させねェ……負ける訳には……おれァ……負ける訳にはいかねェんだよ!!!」

 

「──そうか。だがおれはこの国とこの世界を破壊する!! お前は強かったが……これで終わりだ!!!」

 

 そしてワノ国を救おうとしたバカ殿とワノ国を支配しようとする明王の戦いは、互いに最大の一撃を以てして終わらせる。

 それが相手への礼でもあった。相容れない相手であっても、ここまで戦いきった相手を称えるように、彼らは全力を得物に込める。

 

「──“桃源”……」

 

「──“咆雷”……」

 

 互いの覇気が黒い雷と共に周囲に走り、大気を打撃し、大地を揺るがせ、天を乱す。

 対峙し睨み合う両者の全身全霊の一撃は、全くの同時に放たれ──ワノ国を激震させた。

 

「──“十拳”!!!!」

 

「──“八卦”!!!!」

 

 ──そしてその天地を破壊する両者の一撃を以て……“百獣”の男の伝説はワノ国に広く知られるようになった。

 

 捕らえられた九里大名……光月おでんとその家臣9名は花の都で投獄され、“将軍への謀反人”として処罰の決定を待つことになる。

 理由も知れぬ事件に世間の目は冷たく、誰も同情などしない。

 侍達の処罰が決まっても、ワノ国の住民は珍しい処刑が見られると思い楽しみにするだけだった。

 

 ──極悪なる10名の侍達は3日後!! 大衆の面前にて!! 

 

 ──“釜茹での刑”に処す!!! 

 

 

 

 

 

 ワノ国の最も手強い抵抗勢力との戦いに私達は勝利した。

 おでんとその家臣の侍達9名も捕まえ、羅刹町の牢屋敷に投獄した。1人逃げられたけど、彼女はまあいい。この後面白いことを言ってくれそうなので敢えて追いはしなかった。

 そんなことより、私達は勝ったが、何よりカイドウがあの光月おでんに勝ったのだ。それも真正面から打ち破った。

 だから私とカイドウも喜び、酒を飲んだ。

 

「あはははは!! やったねカイドウ!! 最強はあんたよ!! このワノ国でもうカイドウや私達に敵う奴は1人もいないわ!!」

 

「ウォロロロ!! 褒め過ぎだ!! おれが最強に決まってんだろ!! 当たり前だ!!」

 

 バカ笑いしながら勝利したことを喜び合う。カイドウの腹にはおでんに受けた刀傷の治療のため包帯が巻かれているが、もはや名誉の負傷である。笑って痛んでいるかは知らないが、カイドウにとっては大したものではない。どんなに死にかけてもその戦いが終われば酒を飲んでいた。昔も今も変わらない。

 だが海賊としてこれからやることだってある。光月おでんとその侍の処刑はオロチが取り決めていたし、その後のことも私達に相談した上で決めた。やることは簡単だ。

 

「──カイドウさん、ぬえさん。負傷者の治療が終わった。それと領海の防衛に行っていたナンバーズが帰ってきた」

 

「ウォロロロ!! おう、そうか!! くるしうねェぞ、キング!!」

 

「キングは予定通り、処刑が終わったら部下達とナンバーズでも率いて九里の城でも焼き払ってきてね!!」

 

「ああ、わかってる」

 

 酒を飲んでいる私とカイドウの元にキングがやってきて諸々の報告を行う。キングには戦後の後始末を一任していたし、それと同時に百獣海賊団のナワバリ全体の管理業務も任せている。クイーンやジョーカーにもそれぞれ仕事を任せており、全体の組織運営は大看板とその下の幹部連中、“真打ち”に任せても良い感じだ。私とカイドウはざっくばらんな指示出しや方針を決めて告げれば大看板が海賊団を動かしてくれるし、なんなら何も言わなくてももうある程度の判断は独自で行っても構わない。大看板は私達と盃を交わした直の親分と子分。私とカイドウの配下だが、それぞれの軍団を率いる船長でもある。真打ちの部下数人と更に下の連中を大体千人単位で率いて仕事を行わせるし、必要に応じて本隊と言うべき百獣海賊団の兵力を動かしたり、傘下の海賊団に命令を下したりもする。組織内の権限がかなり大きく広いのが大看板。

 大看板よりは下だが、真打ちの中の最強の6人、“飛び六胞”も独自に部下を率いて動かす権限を与えるし、普通の真打ちにも持ち場や役目、部下を与えて行動隊長の様な役割を担わせる。海賊団ごとウチに入ったりしてくれば元々の部下達をそのまま率いて仕事を行わせる。ウチは強ければ基本何でもいいし自由にやればいい。目指すは最強の海賊団だからね! 強ければ新入りでも即幹部。カイドウや私の意に沿ってくれれば他は自由にやってくれてもいいのだ。──あ、ちなみにナンバーズは独自の上級戦闘員みたいなものだ。一応私の下に置いといて、真打ちなどの部下に貸し出してナワバリの防衛や敵を倒す仕事に使う感じ。

 ──と、組織運営についてはこんな感じだね! うんうん、風通しも良くて自由! 有能な部下達に任せられるし、どんな奴でも強ければ受け入れる! 実力主義の良い組織だね! 

 

「後ジョーカーとお庭番衆からの報告で、各大名とヤクザ共が戦の準備を裏で行っていると」

 

「へぇ~!! こっちは虎視眈々としてるんだね!! でもおでん以下の連中なんてどうにでもなるよね!!」

 

「なら潰しても?」

 

「攻めてきたらね~!! ──あ、そういえばキングは霜月牛マルとかいう剣の達人も気になってるんでしょ?」

 

「ウォロロロ、そうなのか。ならそいつはお前がやっても構わねェぞ!!」

 

「! ええ。ならその時はおれがやります」

 

 キングが残った反抗勢力の潰し方に伺いを立ててきたので、カイドウと私は好きにしろと言ってあげる。カイドウもおでんを倒せて上機嫌だし、私も良い気分だしね。別にそうでなくてもそれくらい好きにして構わないが。鈴後の大名である霜月牛マルは剣の達人として有名だが、おでん以下ではあるし、後は楽な戦いだ。私達が出なくてもどうにでもなる。まあ出るけどね。この国で私達に逆らう連中はちゃんと潰してあげないと。

 

 ──そしてある程度準備を終えて、しばらく飲んで食っての騒ぎをした数日後。

 

「よく来たカイドウ、ぬえ!! 特等席と美味い酒に料理も用意してある!! 是非見ていってくれ!!」

 

「おう、オロチ」

 

「おはよ~、ご機嫌だね~?」

 

「そりゃ当然だ!! お前達があのバカ殿を叩き潰してくれて、しかもこうやって処刑することが出来るんだからな!!」

 

 処刑の日。私とカイドウはオロチに呼ばれて花の都の処刑場。その特別席に招かれていた。

 オロチは相当に機嫌が良いし、両側にいるひぐらしとせみ丸も処刑に嬉しそうだ。人間十人が入れる巨大な大釜を用意し、その中に油をたっぷりと入れてそのまま煮る。

 釜茹では滅多に見られない処刑だそうで、花の都の住民は挙ってそれを見にやって来る。うんうん。人が苦しんで死ぬとこを見るのは楽しいもんね。その気持ちはわかる。やっぱり彼らワノ国の住民も私のような感性を持ってるみたいだ。弱いものいじめが出来る、見れるなら相手が誰であっても良いという人間らしさが凄い。でもそれでいいんだよ。彼らが弱いのが悪いんだから。あなた達も弱いけど、私達に無理に逆らったりしないだけ頭が良いし、彼らよりはマシだ。

 まあオロチや黒炭家なんかは、こういう善人面をして石を投げてくる連中が大嫌いみたいだが、私は面白いから好き。見てると笑えるし、虐めるのも楽しいしね。こういう奴等に限っていざ自分がやられる側になると醜く理不尽だと怒ったりちょっとの拷問で音を上げてみっともなく命乞いをしたりするから反応が良いのだ。そこを容赦なくやってみるととっても良い反応を見せてくれる。あはは、思い出したらお腹空いてきたなー。

 

「あ、私が言ってたの用意してくれた?」

 

「ん? おお、あれか。用意はしたが……あれで何をする気なんだ? 欲しけりゃ出来上がったものを持ってこさせるぞ?」

 

「えへへ、秘密~♡」

 

「ウォロロロ、聞かねェ方がいいぞ」

 

「? おお、まあなんでも構わねェが」

 

 私はオロチに頼んでいたものが届いてると知り、内心でウキウキになりながら品を受け取り、特設ステージにご案内。上座にオロチ、カイドウ、私という順番で座る。すると杯を渡され、女中の綺麗なお姉さんにお酒を注いでもらう。私の前にだけ料理を並べてくれるのは私が注文したからだ。オロチとカイドウは何もなしだけど、もったいないな~と思って声を掛ける。

 

「2人は食べないの?」

 

「まさかと思ったが本当に処刑中に飯を食うのかよ……」

 

「ウォロロロ、すげェだろ。人死にを飯のおかずに出来るのはこいつくれェだ」

 

「え~~? 何その異常者みたいな扱い。異議ありだな~。人の苦しんでるところを見ると酒が美味しいのと一緒で、ご飯もとっても美味しいんだからっ!! 今日も人の不幸で飯が美味い!! 人の不幸は蜜の味!! だよ!!」

 

「まあわかるけどな……」

 

 私がこういう時のご飯の美味しさを力説してあげるも、カイドウは相変わらずといった感じで笑うだけだし、オロチはわかるとは言いつつも食欲が湧く訳ではないらしい。うーん、もったいないなぁ。酒が飲めるならいけると思うんだけど。オロチもまだまだだね。倫理観なんて気にして本当の娯楽を楽しめないなんて人生を損している。道徳なんて人生を楽しむには最も不必要なものなんだけどな。良いことするのもそれはそれで楽しいけど、良いことは道徳がなくても出来る。でも悪いことは道徳や倫理観を気にしてたら出来ないし本気で楽しむことは出来ない。この世の楽しみという楽しみを心の底から楽しんで人生をエンジョイするにはそういう余計な物は捨てるのが1番良いのだ。心の底から楽しんで笑うのに倫理観は不要。ぬえちゃん流人生エンジョイ術。本出せそう。これは売れる。自己啓発本の大ベストセラーになること間違いなし! 今度出版社に応募しよっかな。

 

「──これより光月おでん並びにその家臣九名の“公開処刑”を執り行う!!!」

 

 あ、そんなこと考えてたらとうとうおでん達がやってきて処刑開始が布告された。一応逃げられないように役人達やお庭番衆が周囲を固めているし、手錠もついてるけど……何で逃げないんだろう? ぶっちゃけおでんやその家臣なら鎖なんて引きちぎって逃げられると思うんだけどなぁ。私なら適当に楽しんだ後に逃げるけど……いやまあここで逃げたところでって考えなのはなんとなくわかるんだけどねー。いやーホント惜しい。そんな律儀な部分さえなければ私達の仲間にして世界を破壊するための良い腹心になってくれたと思うんだけどなぁ。

 

「結局カイドウに勝てなかったんだな。“バカ殿”でも……」

 

「強さだけは本物だと思ってたのに……何だったんだ? あいつ……」

 

 処刑を見に来た野次馬も何か言ってるけど、その評価は間違ってないんだよねー。強さは本物だったよ。ただ、それ以上に私達の方が、カイドウの方が強かっただけだ。うん、バカではあったけどよく戦った。その強さは尊敬出来る。民衆からしたら堪ったものじゃないだろうけどね。私はそういうバカな部分も嫌いじゃないので良いんだけど。──ほら、今も私達の方を見て、

 

「チャンスが欲しい!! おれは生きねばならない」

 

 とか言い出した。うーん……そう言うなら仲間になってくれればいいのになぁ。そこが駄目というか甘いんだよね~。生きたいだけならなりふり構わず、手段を選ばなければ良いのだ。弱い癖にあれもこれもと欲張るから生きるのが難しくなる。あれもこれもと欲張っても生きていられるのは“力”がある者だけ。権力だろうが知力だろうが魅力だろうが暴力だろうが、力があれば生きてられる。

 そしておでんがその中でも最も重要な“強さ”を持っていたのだから、もっと長く生きられた筈だ。私達というもっと強い者に逆らったからダメだった。だからこそ惜しいんだよね。バカ殿でも──あっ! 

 

「おいさっさと入れ! 命乞いなんて笑わせんな!! ──わああっ!!」

 

「え……」

 

「ブェヤアアォアア!! 助けで助げ!!」

 

「──いけない!!」

 

 おでんを槍で小突いて茶化した役人が足を滑らせて大釜の中に、油の中に落ちてしまったので私は急いで飛んでその上へ。そして手を伸ばし、

 

「助げ──」

 

「──も~、落ちるなら先に言ってよね。()()つけたかったのにさ~」

 

「!!」

 

 私は咄嗟に塩コショウを振りかけてまだ浸かっていない上半身に下味をつける。どうせなら天ぷら粉とかパン粉をつけたいが、もう浸かっちゃってるししょうがない。素揚げで頂こう。私は槍を手にして役人を油の中に押し戻してちゃんと全身を油に沈めてあげた。

 

「──ガバ、ア゛……」

 

「うーん。水分多めだからそこそこ揚げても大丈夫だけど火力が高いからサッとやった方が良いよね」

 

「な……何やってんだあの少女……!?」

 

「な、なんて残酷な……!!」

 

 ──え、何? うるさいなぁ。ちょっと今集中して揚げ具合見てるんだから黙っててほしい……って、あっ! 

 

「あ……あーあ、失敗しちゃった。焦げちゃってる……しょうがない。これ、持って行っちゃってー!!」

 

「え……あ、は、はっ!!」

 

 私は槍で刺した黒焦げ役人を他の役人に渡す。あっ、ちょっと落とさないでよ! 砂利がついたら食べれるものも食べれないんだから! 熱いなら布か何かで運んでね! 黒焦げだろうと食材を無駄にするのは良くない。お残しは良くないからね! 

 

「お待たせ~」

 

「おい、ぬえ。野次馬が青褪めてるぞ」

 

「ん~? そんなにでもないんじゃない? 最初の一回は衝撃的かもだけど、慣れたらそうでもないよ。恐怖にも慣れはあるからね」

 

 戻るとカイドウにそんなことを言われるが、民衆で顔を青褪めさせてるのはよっぽどこれまで刺激の薄い人生を過ごしてきたのだろう。人が焼け死ぬシーンなんて楽しいけど驚きはしないものだ。揚げ物を作る時とか最初は、こうなるんだと凄くて楽しくてついつい色々揚げてしまうけど、慣れたらただの日常だろう。あ、トンカツ食べたくなってきた。トンカツ食べよう。えーと、下味をつけた豚肉を小麦粉と溶き卵、パン粉とつけてと。

 

「……十人全員で釜に入る。もしお前達が決めた時間耐えきった者がいたら解放してくれ!!!」

 

「おでん様……!?」

 

「耐える!?」

 

「一瞬で死ぬ処刑だぞ!! ムッハッハッハ!!」

 

 ん? あー、そういう感じね。確かに耐えようと思えば耐えられる。うんうん、懐かしいなー。そういう死刑もあるからね。カイドウと一緒に油風呂に浸かったのを思い出す。カイドウも、おれ達と同じことを、って感じで驚いた。そしてすぐに部下に声を掛ける。

 

「時計を持ってこい!!」

 

「はっ」

 

「──1時間だ!!」

 

「!」

 

「ウォロロロロ!! 耐えてみろ!! 風呂でものぼせる時間だ!!」

 

 あ、結構妥当な時間だ。確かに、油風呂一時間は結構キツいよね。確かにあれはそこそこ熱い風呂になれててものぼせるし危ない。脱水症状は危険。出た後はちゃんとお水飲まないとね。私も結構長風呂しちゃうタイプだからコップ一杯か、フルーツ牛乳辺りを風呂上がりに飲んでいる。フーズ・フーが自家製牛乳を持ってきてくれるので、それを加工して作るのだ。

 

「二言はないな?」

 

「勿論!!」

 

「往生際の悪い……!!」

 

「最期までみっともねェな……」

 

 あ、やっぱり民衆には不評みたいだ。まー耐えきれるとも思ってないのかな? 確かに、私やカイドウならともかく、肉体が脆いおでんにはキツいかもね……と、天ぷら粉に他のもつけよっかな。

 それはそうと、ついに処刑かー。これが本当に全員入るなら油の中に入る前に全員に天ぷら粉に浸かってもらうんだけど──生憎とそうはならないんだよねぇ……。

 

「ウォアアア~~~!!!」

 

「主君を1人にするな!!」

 

「続くぞ!!」

 

「あの世で会おうぞお前達!!!」

 

「──そのまま橋板に乗ってろお前ら!!!」

 

「!?」

 

 おーおー……やっぱりおでんが真っ先に入って、そのままおでんが侍達を橋板ごと持ち上げてみせた。侍達が信じられない、代わってくれと言うがおでんは黙って乗ってろと命令する。命令なら家臣は従うしかないからね。そういうところはカッコいいんだけどなー。

 

「何だありゃあ!? 家臣共が油に浸かってねェじゃねェか!!」

 

「ウォロロロロ!! 確かに10人釜に入ってやがる!! くるしうねェぞ!! おでん!!」

 

「うんうん!! 言ったとおりだし問題ないね!!」

 

 私とカイドウはさすがだと笑う。屁理屈みたいだが言った通りだし問題ない。部下を担ぐのも、約束が守られないことを考えると最善だろうし、こうするしかないよね。まあそういう判断をもっと早くしとけば良かったんだけど、過ぎたことは仕方ない。成長しただけ偉いね!! 

 

「おでん様!! 我々を降ろしてください!!」

 

「ウォロロロ!! どうした、まだ一分も経ってねェぞ!!?」

 

「あむあむ……ん~♡ お刺身が美味しい♡」

 

 まずは新鮮な食材から先に食べよう。置いておくのは良くない。外だしね。お刺身を醤油につけてぱくぱくと食べていく。ワノ国のお魚は美味しい。ほっぺたが落ちそうで思わず頬に手を当ててしまう。

 

「どうなってんだ、奴の皮膚は」

 

 皮膚の問題かどうかは怪しいけどね~。でもまあわかんない。鍛えたらどうにでもなるんじゃないかな? お庭番衆ももっと鍛えた方がいいと思うよ? 忍者だしね。

 

「熱気だけで焼け死にそうでござる……!!」

 

「つまらん弱音吐きよったら張り回すぞ雷ぞう!! 乗せて貰うちゅうだけやろが!!」

 

「動くなネコ!! 下に振動が行く!!」

 

 やっぱ忍者なんだからもっと鍛えた方が良いと思う。こう……覇気とか使って上手い具合に術を使ってみるとか出来ないの? それはそうと、ラーメンも先に食べよう。麺が伸びちゃうからね。はふはふ、ラーメンも色々あるけど醤油、味噌、豚骨、塩……うん、全部美味しくて1番は決められないね! それ以外にも種類はいっぱいあるし! あ、でも最近のマイブームは辛味噌豚骨だ。このこってり感がたまらない。あ、でもおうどんやお蕎麦もあるから先にそっちを食べても良かったかな? 味濃いめだし。でもまあお水でお口をリセットすればいいよね!! 

 

「──ぷはぁー♪ ん~、今日もご飯が美味しくて幸せ~♡」

 

「一瞬で終わるって聞いたのに意外とつまらねェ……」

 

「もっと悲鳴が上がったり派手に死ぬものかと思ってた」

 

「なんならあの少女……ぬえだったか。あの子の食いっぷりの方がなんか……」

 

「気持ちのいい食いっぷりだな……こんな時だけど腹が減ってきた……」

 

「先急ぐんだよなー。“バカ殿”にこれ以上付き合えねェな! 飯でも食いに行くか!」

 

「…………!!」

 

 そうして私がご飯を楽しんでいると、とうとう野次馬の言葉によって民衆の中に紛れていた彼女が怒り出す。あはは、きたきた!! 楽しい時間だ!! 

 

「誰がバカ殿だ!!! もう一度言ったら殺してやる!!!」

 

「うおっ、何だあの女!!」

 

「危ねェ!! 刀を持ってる!!」

 

「くノ一!?」

 

「フー……フー……」

 

 ──ふー……ふー……はふっ、はふっ。お鍋も良い感じに煮えてきて美味しい。処刑も盛り上がりどころだなー。ここからカミングアウトが始まるんだよねー。

 

「ぐえ……よせ」

 

「──バカはお前たちだ!!!」

 

「!!!?」

 

「隊長、しのぶです!」

 

「あいつめ……何を暴れてんだ……」

 

 バカ殿だと言った民衆の1人を押し倒し、刀を突きつけて大声で罵る。お庭番衆や侍達も気づいた。そう、ここから彼女の1人暴露大会。これによって民衆のおでんの見方が変わるのだ。スーパー掌ドリルタイムとも言う。ぶっちゃけおでんを良い人だと思おうが処刑を楽しみに来てる時点で民度なんてたかが知れてるけどね。でもおでんのことを見直して間違いを認めるのは良いことだ。うんうん、これは私達にとって不利な流れになっちゃうなー。

 

 ──ま、()()()()だけど♡ さて、上手くいくかなー? 

 

「誰のお陰であんた達が今平和に生きてられてると思う!!? ここでおでん様を失ったらみんな思い知ることになる!! どれ程の不幸が食い止められていたか!!!」

 

 しのぶの語りは始まったので私はニヤニヤしながらそれを見る。視界の中、そして見聞色で何人かが動いたのも感じ取る。

 

「オロチは“将軍”でも“独裁者”でもない!! オロチは人の上に立ちたいんじゃない!!」

 

 そしてしのぶはあの日、おでんが城へ乗り込んできた日の事を語る。

 オロチが将軍になったのはこの国を滅ぼすため。この国の人間に復讐するためなのだと。

 

『昔──おれの爺が罪を犯し、切腹させられた!! お家は転落!! そこまではいい!! だが残された親族まで見ず知らずの“正義の味方“に追い回され!! 殴られ、あるいは川へ投げ込まれ!! 殺された!! おれはバカが怖くて眠れなかった!!!』

 

 黒炭家は過去に政争に負け、犯した罪で裁かれて凋落した。

 だが処刑されたのは当時の黒炭家の当主であり、親族は皆生き残った。

 温情なのか何なのかわからないが、ともかく親族は生き残った。そしてそれが黒炭家の悲劇の始まりだったのだ。

 

『罪を犯した張本人はとうに死んでんのによ!! “黒炭”の名がつけばガキでも罪人になるらしい!!』

 

『…………!!』

 

『だからワノ国の奴等は全員、復讐されて然るべきなんだ!! お前達の身から出たサビだ!!!』

 

 ──という割と筋の通ったというか、納得の理由がオロチ達、黒炭家にはあった。それをしのぶは暴露する。

 

「──そして奥の部屋から出したものはカイドウへの貢ぎ物!! 大量の武器と誘拐された数百人もの人々!! 引き渡されたら最後、およそ人間の人生は送れない。おでん様は怒った!! ──でもそこでオロチからの提案が入った」

 

 あー、そんなこともあったなー。確かにあの貢ぎ物は良かった。武器も役に立ったし、人間も良い感じに楽しめた。ちゃんと解放したけどね。ちょうどこの間沢山殺したしお金にもなった。まー残念だけど踊るのやめちゃったし、契約不履行ならこっちも約束を守る義理はないし、そもそも私達は約束してない。オロチが私達に引き渡すのをやめたので、私達が勝手に奪っていっただけだ。別に私達はオロチの部下でもないし、そもそも海賊。オロチの貢ぎ物がなくなったなら、別に奪えばいい。

 

「敵は元よりこの国に興味のない“復讐者”。勝敗より大きなものを失うのは明らか」

 

 うーん? でも今負けてこうなってるんだからあの時勝負して勝ってれば沢山の人を救えたんじゃない? たらればの話なんてしてもしょうがないけど、相手がしてるからね。そう思っちゃう。後でこれも言ってあげようね。

 

「──だからおでん様は提案をのんだ!! 毎週定時刻に“黒炭家”への謝罪の“裸踊り”をすれば自分はあらゆるものを失えど、一回踊る度に100人の命を救えるから!!」

 

 まあ救えてないけどね。あ、このわさびいれ過ぎた。ツーンとする~~~……!! あ~~~……!! 

 

「造ってる船が完成したら……5年後にこの国を出航するという2人の約束を信じて!!」

 

 いやいや、そもそも約束なんて信じる方も信じる方だし、破られた時の備えをしとけば良かったんじゃない? まあスパイがいるからそういうのはすぐバレるけど、それは関係ない。何も備えをしないのは良くないよ。だって弱いんだからさ。

 

「毎週、各郷を巡り変わりはないかと確認しながら…………!!」

 

 うん、強いて意味があるとすれば、まさにそれ。おでんが各郷と見回っていたので、そんな大規模にはやれなかったなってくらい。だから踊る意味はあんまりない。見回りが1番意味有ったかもしれない。

 

「おでん様はずっとこの国を守り続けてたんだ!!! 誰がバカ殿だ!!? 言ってみろ!!!」

 

「!!!」

 

 ──と、しのぶがカミングアウトを終える。

 民衆はどよめいていた。感情の揺らぎは見える。

 それは自分達が間違っていたという感情も確かにある。ある……が、それだけではない。彼らは今迷っている。考えている。判断をしている。

 どっちにも転びうる状態。人間は流されやすい生き物だ。この状況やその衝撃的なカミングアウトもあって、場の雰囲気で彼らはその本当かも分からない情報を信じようとしている。

 後数秒もすれば、民衆はそれを信じるだろう──が、そう世界は甘くはない。

 

「──ずっと!? ずっとだと!!? ウソつけ!! その“バカ殿”は昔から勝手なことをしてこの国に迷惑を掛けてきたじゃねェか!!」

 

「!! 何だと!!?」

 

 民衆の中から1人の男性が強気にもしのぶの前で、民衆皆に聞こえるようにそう言ってみせる。いやー、気が強いしタイミングが良い。邪な感情が垣間見えるが、さすがは演技派な黒炭家。能力だけじゃなく素の演技力も凄いね。

 しのぶが怒りのままに詰め寄るが、男になったババアはその口を止めない。

 

「何が守り続けてただ!! そいつは自分が海に出たいからという勝手な理由で国を飛び出し、何年も国を空けてたじゃねェか!! その間、おれ達は苦しんだんだぞ!!」

 

「お前……守られといてよくもそんな言葉を──」

 

「そいつがちゃんと国の跡取りとして行動してればオロチが取って代わることだってなかったじゃねェか!!」

 

「……!! それは……」

 

 あーあー、正論言われると困っちゃうねー? 言い返せなくて悔しいねー? あはは、段々とご飯が美味しい展開になってきた。私は食べて飲みながらその即興劇を観覧する。

 

「それにその話が本当だって証拠もねェ!!」

 

「何だと!? ウソをついてるとでも言うのか!! 現におでん様に救われた人が──」

 

「いやおれは知ってんだぞ!!! そのバカ殿の家臣は九里が襲われた時に自分達だけは戦わずに城に籠もってたんだ!!」

 

「なっ……!!?」

 

「九里が襲われた時だと……?」

 

 ババアが言った言葉に錦えもん達が絶句し、頭に疑問符を浮かべる。さてさて、これはどう巻き返すのかな? 

 

「なんだその話は!!? そんな訳が……!!」

 

「おれは前に九里に住んでいた!! その時に見たんだ!! 城から無傷で出てくるそこの侍達とその家族をな!! しかも後から聞けば、そいつらはおれ達が苦しむのを他所に城の中で呑気にお茶してたそうじゃねェか!!」

 

「!!? 違う!! それは──」

 

「何が違うんだ裏切り者!! まだあるぞ!! お前らの主君のそこのバカ殿は裸踊りの度に大金を貰ってただろう!!」

 

「!!」

 

 イヌアラシが否定しようとした言葉に被せて更に事実を突きつける。ババアえげつないなぁ。まくしたてるというか、相手にペースを握らせないその話し方が上手い。矢継早に情報を出されると相手は反論が難しくなってしまう。黒炭家のスキルの高さが中々だ。

 

「確かに……なんか聞いたことあるぞ、その話……」

 

「ああ、そういや九里から来た商人が言ってたよな……?」

 

「バカ殿はあいつらから受け取った金で私腹を肥やしてるとか……」

 

「なっ……ふざけるな!! 誰がそんなことを!! 全部出鱈目じゃないか!!」

 

「でも城の女中だって言ってたぞ!! おでんは百獣海賊団と通じてるってよ!! 何でもおでんが乗ってた海賊船はカイドウの仲間だったらしいってな!!」

 

「……!!」

 

 しのぶが何も言い返せない。そもそも知らないだろうし、事実と嘘を織り交ぜてるから中々返しづらい。民衆がその噂を聞いたことがあるのも問題だ。広場にいる民衆はそんな話を、こんな話を、と口々におでんとその家臣の悪い噂を話していく。別に彼らはウチの工作員という訳でもないし、話してる内容も脚色されたものだったり、真っ赤な嘘だったり色々だ。いやいや、中々に面白い、と私は傍らの女中に酒を注がせながら言う。

 

「あはははは!! 面白いね!! どう思う? ()()()()♡」

 

「フフフ……悪い人がいるものですね、としか……」

 

 傍らの女中、CP0にしてウチの大看板の1人であるステューシーことジョーカーは含み笑いをしてそれを私と共に眺める。いや~~さすがの仕事振りに脱帽だね! 流言飛語、扇動し、国を荒れさせる、対立させる。そういった情報操作や裏工作は世界政府の諜報員であるCPの十八番だ。それに私もちょっぴり手を入れた。あまりにも事がうまく運びすぎて笑いがとまらない。相手が迂闊過ぎるというか、情報面も工作も何もしてこないし、おでんも金を受け取ってくれたしで楽だったなぁ。まあお金は本当に私のお気持ちでもあるし、おでんはそのお金を九里を建て直すために使ってたみたいだけどね。でも事実には違いない。無傷でお茶会をしたのも事実だ──あ、いや、無傷ではないかな? 実際にはボッコボコにしたし傷もつけてあげた。何とも立派に立ち向かってきたけど、可哀想だから治療した上で傷も全て見えないようにしてあげた。私って優しいなぁ♡ でも民衆は勘違いしちゃってるみたい。せっかく良いことしたのに裏目に出ちゃった♡ 悲しいなぁ……いやほんと、悲しすぎて笑いが止まらないよぉ……。

 

「──しのぶ。民を混乱させるな」

 

「! 福ロクジュ……!!」

 

 おっと、ここでしかも福ロクジュがインターセプト!! しかも真実とは言わない!! いやさすがだ。即興劇だけどどういうことかをちゃんと理解してる。対して、しのぶはまだまだ青いね。どうしていいか分からないのかな? 真実か嘘かも分からなければどう擁護すればいいかもわからない。まさか作り話を出す訳にもいかないからね。

 

「勝手なことをするな」

 

「っ……わたすはもう!! 彼らと生死を共にした!! おでん様の家臣だ!! お前には従わない!! 彼らにもしものことがあれば“光月”と共に死ぬ覚悟!!」

 

 おー……よくそこまで入れ込めるねぇ。さすがおでんと言ったところかな? 大して恩がある訳でもない相手までここまで誑かせるのはもう一種の才能だ。さすが覇王色の持ち主。人を惹きつける器があるんだね。やることなすこと上手くいってないのが瑕だけど。

 

「…………いいえ!! 次は全員生きて……次こそはあんた達を討つ!!」

 

「──夢だ」

 

「…………!!」

 

 あーあー、福ロクジュも笑っちゃってさ。しのぶちゃん可哀想で美味しそう。中々唆る反応してくれるなー。──さーて、そろそろ調理がてら、ついでに虐めよっかなと、私は材料を手にしつつしのぶちゃんに近づいていく。途中、野次馬の声が中々に面白い

 

「あのバカ殿……まさかそこまでのクズだったのか……!!」

 

「オ……オロチ将軍!! この処刑をどうか取りやめてください!!」

 

「そ、そうだ……もしかしたら本当かもしれねェし……」

 

「何バカ言ってんだ!! 殺せ!! 早く死ね!! お前がいるから沢山の人間が苦しんでんだ!!」

 

「そうだ!! これ以上お前の勝手で国を振り回すな!! さっさと死ねよバカ殿!!」

 

「お前達……!!!」

 

 あはは、もう収拾つかないかな? しのぶの言葉を信じた人もいたけど、逆にひぐらしの言葉や流した噂を信じる人もいる。まあ元々おでんを良く思っていた人の中にはしのぶを信じる人もいるだろうけど、そうじゃない人だって大勢いる。いやいや、ホント可哀想だからもっとイジメてあげないとね! 

 

「──いやぁ、しのぶちゃんってば、困るよ。そういうよく分かんないことばっかり言っちゃってさ♡」

 

「ぬえ……!!」

 

「随分とおでん寄りの発言ばっかりだけど、わかってるの? おでんは民のことなんて考えてないってことをさ」

 

「黙れ!! 出任せを言うな!! おでん様は民のことを考えて、民を守るために何年も1人で戦ってたんだ!!」

 

 おお、いいねぇ。まだまだ言い返す元気はあるみたいだ。それでこそ楽しいので、私は言ってあげる。

 

「何年も1人で自分勝手に動いてたことが民を守ることなの? 本当に民のことを考えてるなら、そもそも海賊になんてならないでずっと大名として国を守ってたんじゃない?」

 

「その時はまだお前達の様な侵略者はいなかった!! お前達が……お前たちとオロチさえいなければ……!! 全部お前達が悪いんじゃないか!!」

 

「私達さえいなければ? ──あはははは!! 何言ってんの? そもそも論で言うならおでんがずっと国にいれば良かったし、そもそもオロチなんて復讐者を生まなければ良かったじゃない。それにそもそも……あなた達が()()()()からいけないんでしょ?」

 

「!!」

 

 とまあ私は言ってやる。

 私からしたらどっちにしろ、そんなのは黒炭家が弱かったせいだし、まんまと復讐されてるのはワノ国の人間がバカで愚かで弱いせいだ。誰のせいでもないのだと。

 

「確かにやったのは私達かもしれないけど、それを防げないのは自分達のせいでしょう? やってしまう相手を責めてもその手が止まる訳でもないし、嫌な思いがしたくないのであれば強くなって身を守ればいいじゃん。ほら、私達を力ずくで排除してみれば良いじゃん」

 

 そう、子供だからとかただの民衆だからとか関係ない。守ってくれる大人や国の軍隊、正義の味方がいなかった場合、自分を害する相手からどうやって身を守る? 

 後から海軍にでも捕まえてもらうのか──自分が死んでから。

 自分が死んでから相手に罪を償わせても意味がないだろう。そもそも守ってもらえる保証なんてどこにもないし、相手が罪を償う確証もない。

 だから気に食わない人間や自分を害する人間とは自分で戦うしかない。

 子供だろうが弱かろうが関係ない。じゃなきゃ死ぬだけだ。

 死んでもいいなら戦わなければいい。だが生きたいなら戦うのだ。

 人間も獣だ。最後には結局己の強さで自分と周囲の人間を守るしかない。自分と自分の物を食い散らかす外敵を排除する方法は力しかない。

 だから誰が悪いとか良いとかは私からすれば全部的外れだ。やられる側は皆同じことを言うが、そもそもやられなければ良いという単純明快なことを忘れてる。しのぶも大勢の人間も皆わかってない。そもそも──この世は平和なんかじゃないのだと。

 

「それは……失敗した。だが次こそは……!!」

 

「うんうん。それは良いんだけどさ。あなた達って考えは立派だけど考えなしのバカばっかりだし、おまけに弱いし、結局また勝手に動いて人をいっぱい死なせるんじゃない? それするくらいだったら、色んなものを諦めて私達の支配を受け入れた方が楽しいと思うんだけど?」

 

「奴隷になれと言うのか!! ふざけるな!! 奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだ!!」

 

「……あはははは!! 奴隷になるくらいなら死んだ方がマシかぁ……ふ~ん。そっかそっか。随分と誇り高いようで何よりだね~~~?」

 

 不意打ちでちょっとおもしろいことを言われて笑ってしまう。このくらいで奴隷? 奴隷になるなら死んだ方がマシかぁ……ふふふ、懐かしいなぁ。気持ちはわかるなぁ。そんな時期もあったなぁ、今は違うけど……まあちょっと的外れだ。

 

「──奴隷になったこともないくせに」

 

「!!?」

 

 しのぶの耳元に顔を近づけてそう言ってやれば、しのぶの顔が青褪める。あはは、恐がってる恐がってる。でもまだまだ本当の恐怖や苦しみを知らないなぁ……ってことで。

 

「あなたは何年耐えられるかな~?」

 

「な……何、を……!?」

 

「ふふふふふ……まあ楽しみにしといてね。後でとっておきのプレゼントをあげるから。今はこっちがメインだし、あなたは後でね♡」

 

「…………!!」

 

 ゾッとした表情を浮かべたしのぶから離れ、飛んでおでんの下へ向かう。調理するためにもだ。

 

「あー、やっぱ火力高すぎて調整難しいなぁ」

 

「!!? 貴様、一体何をしてる!!」

 

 すると侍達が私の行動を見てギョッとした。いやいや、と私は長いお箸で油の中に入れたそれを取ってみせる。

 

「見ればわかるでしょ? 天ぷら食べたいから作ろうと思って♡ いや~、きっとおでんの出汁も効いてて美味しいんじゃないかなぁ♪」

 

「……!!」

 

「こいつ……おでん様が頑張ってる目の前でよくも……!!」

 

「あははは!! 怒ってる怒ってる!! そんなに怒ることないのに──はむっ♡ んー、結構イケるかなー。ほら、あなた達もお腹空いてない? 最期のご飯食べさせてあげてもいいよ~♪」

 

「っ、いらぬ……!!」

 

「どこまで人をおちょくれば気が済むのだ……!!」

 

 え~? 割と親切なんだけどな~。お腹空いてるならあげてもいい。あんまりガリガリのお肉は食べごたえもなくなるし美味しくないしね。

 

「ほらほら、おでんも食べる? 美味しい天ぷらだよ~、今ならこの私のあ~んまでついてくる特別仕様!! いや~私に食べさせて貰えるなんて幸せだね~♡ ほら、あ~ん♡」

 

「おでん様にまで……くそっ、離せ福ロクジュ!! あいつ、殺してやる……!!」

 

 おでんの前に天ぷらを差し出していると、しのぶがまた怒り出した。でもただの威勢だけだ。やたらと吠える子犬を見てる気分。弱い犬ほどよく吠えるって言うよね! 

 だがそうやっておでんの前に天ぷらを差し出していたら、驚きの行動に出る者が1人。

 

「!!」

 

「あっ!!?」

 

「おでん様!!?」

 

 その驚きの行動を取ったのはおでん。おでんは私が差し出した天ぷらを口を開けて頂いた。おお……まさか本当に食べるとは。侍達も驚いている。私もちょっとだけ驚いた。

 

「……どう? 美味しかったかな?」

 

「んぐっ……ああ!! 美味かったし助かったぜ……これで力がつくからな……!!」

 

「おでん様……!!」

 

 おー、やるねぇ。普通に食べて礼を言ってくるのはさすがだ。こういうところが侍達との違いだよね。まあそもそも死体を焼く火でおでんを煮て食べるような男だ。私が今やってることを家臣達は非難するけど、おでんも同じ様なことはやってるからね。おでんと一緒のことやってるんだから粋だとか言ってくれてもいいのに。

 ──とか思っていると外野から声が聞こえた。

 

「何やってんだおでん!! さっさと死ね!!」

 

「往生際が悪いんだよ!! 早く死ねバカ殿!!」

 

「バカ、なんてこと言うんだ!! おれ達を守ってくれたかもしれねェんだぞ!!?」

 

「本当かどうかもわかんねェじゃねェか!! 考えてみりゃ、確かにあのバカ殿が跡取りじゃなければ良かっただろ!!」

 

「そうだ!! あいつもあいつの家臣も皆罪人だ!! あいつらが余計なことをするから苦しむんだろ!!」

 

「でも助けようとはしてくれたじゃねェか!!」

 

「助けられてないなら意味ないだろ!!」

 

「このっ、守られてた癖に、この恩知らずが!!」

 

「あァ!? なんだとてめェ!!」

 

「おい喧嘩はやめろ!!」

 

「暴れるな!!」

 

 見れば民衆が分かれて言い争いをして、そこから喧嘩にまで発展してしまっている。

 どうもおでんに関する真偽について、おでん擁護派とおでん否定派で対立してしまっているようだ。あーあー、おでんが原因でとうとう争いまで起きちゃったよ。民度もここまで低いと喜劇を見てるような気分になる。楽しい舞台だ。誰が悪いだの誰のおかげだの無責任な争いをして、己を正義だと思い込んだ関係ない者が悪だと決めつけた相手に拳を振り上げ、罪人という烙印を押された弱者であるおでんとその家臣に罵倒を浴びせる正義の民。そのメチャクチャっぷりを見て“ゴミクズ共”と怨嗟の籠もった言葉を吐いたオロチに、自分が守りたい民に心無い言葉をぶつけられ、しかも自分の行動のせいでさらなる争いを招いてしまっている光景をまじまじと見せつけながらこれから死んでいくのだ。それを想ったおでんの家臣と信奉者は涙し、あるいは侵略者と復讐者に怒りを見せる。

 この場には今様々な感情が渦巻き、それらがぶつかり合う混沌した場所だ。それらを眺めていると、思わず背筋がゾクゾクするし、笑いが止まらない。

 

「あはははは!! 皆芸達者で良いねぇ、この国の人間は!!」

 

 腹を抱えて笑ってしまう。ホントにワノ国の人間はいじると面白い。色んな面白いストーリーを見せてくれる。しかもこれで終わりじゃないのだから最高だよね。空を飛び、そろそろ席に戻ろうかなと最後におでんに声を掛ける。

 

「それじゃ、残りの時間頑張って生き抜いてみてね~♡ おでんらしく、ちゃ~んとおでんになってくれたら、後で美味しく頂いてあげる♡」

 

「……ハァ……ハァ……!!」

 

「あれ? 反応しない。ん~~……あっ!! ムラがないように上半身にもかけてあげるねっ♪ そーれ、ぱしゃぱしゃ~♡」

 

「ウッ、グ……!!」

 

「おでん様!!」

 

「貴様……!! 今すぐやめろ!!」

 

「やだやだやめな~い♡ そーれ、ぱしゃぱしゃぱしゃ~♪ あっ、目に掛かっちゃった? あははは!! とっても美味しそうだね~♪ もうちょっと掛け油してあげるね~~体冷えるといけないもんね~? にしし♡」

 

「っ……貴様……」

 

 私は槍を使って油をおでんの顔や浸かってない部分にちゃんと掛けてあげた。でもおでんはただ黙って耐えている。いやー、凄い。さすがの体力、精神力。煽りも僅かに眉を顰めただけで反応すらしない。まあ上の侍達はメチャクチャ悔しそうで最高に見てて楽しいけど。

 でもこの頑張りが無駄になると思うと楽しいなぁ。あまりにも良く出来た悲劇は笑えてしょうがない。ご飯が美味しいね!! 

 

「……お前達……!! もしこの釜茹でをしのいだら、おれはこの国を“開国”したいんだ……!!」

 

「え!?」

 

 そして私が席に戻ったタイミングで、おでんはそんなことを言い出した。うーん。まあ悪いんだけど、この距離だと会話を盗み聞くくらいは簡単なんだよね。別に聞かなくても内容はわかるからどっちでもいいんだけどさ。

 ──まあ簡単におでんの話を要約すると、大昔にワノ国を鎖国したのは“光月家”でそれは巨大な力から国を守るためなんだけど、おでんは世界の秘密を知って、800年前からワノ国や世界がある人物を待ってるから、それまでに迎え入れて協力出来る国にしたいという話だ。

 でもそんなに世界と戦いたいならそれこそ私達の仲間になればいいのに。私達も世界をぶっ壊そうとしてるから目的は一緒みたいなものだよね? いやまあ真実は知らないからひょっとしたら意志とか何かが重要なのかもしれないけど、別にそんなの無視して世界壊してもよくない? ダメ? どうせ聞いても教えてくれないんだろうなー。

 

「──はっきり言うぞ……ハァ……あいつらは今日、必ずおれを殺す」

 

「!!!」

 

「そんな……!! でも本当に釜茹でに耐えきれば!! もう三分の一経過しています!!」

 

 おでんがはっきりとそう口にし、家臣達が驚いてるけど、まーそうなんだよね~。ぶっちゃけ私とカイドウは仲間になるなら別に殺さずにおいてもいい気はするし、絶対に殺したいって程でもないけど、オロチ達は何がどうあっても殺すし、この処刑、おでん達の処遇を決めるのはオロチだ。私達はそれを見届けに来ただけ。簡単に言えば、勝利の美酒を味わいに来ただけ。おでんの死を見てその勝利とワノ国の支配の完了を喜ぶためのささやかな見世物。だからそこに至る全てのシーンが極上の舞台劇を見ているような心持ちである。

 

「おれの代わりに“ワノ国”を開国してほしい!!」

 

 そしておでんがそう言えば、家臣達が答える。あんたの夢なら自分達の夢だと。そして“よくいった!!”と不敵な笑みを浮かべ、おでんは再び気合いで耐え続けるのだ。

 まあいざ死ぬとなると感慨深いというか惜しいのは変わらないから、ここからはそのおでんの最期の姿をカイドウと共に目に焼き付ける。ここまでの男を倒し、乗り越えた。そしてその男が今から死ぬのだ。勝利の喜びもあれど、終わるとなると寂しさもある。ここまで苦しめといて何だけどね。好敵手が死ぬ時の気持ちというのは中々に複雑でもあるのだ。

 

「なぜ生きてる!?? もっと温度を上げろ!!!」

 

 ──残り30分。炎の勢いは更に凄まじくなった。

 おでんは死なない。なぜ死なないのか、温度を上げろとオロチは言うが……これは……。

 

「……ねぇ、カイドウ。気づいてる?」

 

「……ああ。ありゃあもう()()()()筈だな」

 

「だよねー」

 

 カイドウと共に確認し合う。そう、おでんの肉体はもうとっくに限界を超え、機能していない筈だった。

 だがそれでも生きている。炎が効いてない訳じゃない。効いて体が死んでなお生きているのだ。

 

 ──そして残り20分……15分……10分……5分……3分……1分と、その瞬間に確かに近づいていく。

 

「後30秒だ!! おでん様頑張れ!!」

 

「何を生きてんだ!! さっさと死ね!!」

 

「バカ殿!!」

 

「バカ殿早く死ね!! ワノ国の疫病神が!!」

 

 手のひらを返しておでんを応援する声が僅か。変わらずおでんを罵倒する声が多数。

 どっちにしても醜い観衆に見守られながら15秒、10秒、5秒……1秒。

 

 ──そして遂に、時計の針が約束の時間を指した。

 

「釜茹でに耐え抜いた~~~!!?」

 

「なんて奴だ……!!」

 

「良かった……!! おでん様!!」

 

「良くねェよ早く死ね!!」

 

 観衆が沸く。内容はバラバラだが、一時間の釜茹でを耐え抜いたことは驚愕に値するものであった。

 だが家臣は喜んでいる──まあぬか喜びなんだけどね。

 

「何と言われようが耐えきった!! 覚悟せェよカイドウ!!!」

 

「バカ!! 煽るなネコ!!」

 

「何を!? 勝ちは勝ちぜよ!!」

 

 ほうほうなるほど。確かに。ここで私達を煽ったから、この後ああなったという解釈をすれば、イヌアラシが怒るのも理解出来るし、敵を擁護したようにも聞こえるのか、ネコマムシが怒るのも理解出来る。まあ何を覚悟しろなのかは分からないけどね。処刑に耐えきった後でまた敵対でもする気だろうか? 刑が執行された後にもっかい逆らうような言動をするとまた難癖つけられて将軍反逆罪。だからもっかい死刑ねって言われてもおかしくないのに。やっぱり動物ってバカだなぁ。

 

「“銃殺の刑”に変えることを……一分前に思いついた。さらに一家皆殺し!!」

 

「!!?」

 

「ガキみてェな屁理屈を……!!」

 

「約束が違う!! おでん様は!!」

 

 あーあー言わんこっちゃないね。役人達が銃を構えておでん達を取り囲み、異を唱えようとした住民を容赦なく射殺していく。オロチも容赦ないねぇ……というか、ここで一家皆殺しを決めるってことは、最初はそういうつもりでもなかったのかなって思えるけど、元々皆殺しにする気満々だったんだよね。一家皆殺しをここで刑に加えるのは正当性というか、民衆にそれを伝える意味でも効果的だ。中途半端に残したらオロチみたいな不幸な人をまた生み出しちゃうし、それを防ぐオロチってひょっとして優しいのかな? この状況だと生き残った方が地獄だ。

 

「頼んだぞ!! お前ら……!! ──“ワノ国”を開国せよ!!!」

 

 そして遂にその瞬間──おでんが橋板を思い切り遠くへ投げて、家臣達侍9名を逃がす。そのどさくさでしのぶまで逃げるけど、福ロクジュはちょっとツメが甘いよねー。まあしのぶちゃんは後で捕まえるから別にいいけどさ。さーて、もう終わりかー。

 

「ほらほら、さっさと追いかけてー♪」

 

「はっ!!」

 

「全員撃ち殺せ!!!」

 

「追え!!」

 

「“光月”の名を抹消しろ!!」

 

 部下に指示を出して侍達を追わせる。私とカイドウもどっちみち九里に行くんだけど、まずはこっちが先だ。カイドウが部下から銃を受け取り、おでんに話しかける。

 

「ふん……上手くやったな──だがどの道、お前の体はもう死んでる筈。せめてもの“情け”だ。おれが撃ってやる」

 

「はぁーあ……ほんともったいないなぁ。仲間になったら楽しかったのに。でも敵だし、あなたは負けちゃったもんね。勝者の義務としてせめて見届けてあげる」

 

「ああ。“光月”の時代はここで終わりだな!! 全員死ぬ……」

 

「……確かに、おれは負けた……だが、ウチの侍達をナメんじゃねェぞ!!! 生き残り、逃げ延びても……いつか必ず、必ずだ……カイドウ、ぬえ……!! おれの侍達はいつか仲間を引き連れ、お前達に挑みに行くぞ……!!」

 

 おでんがこちらを真っ直ぐに睨んで笑う。何かを確信し、信じ切っている表情だった。

 それを見て聞けば、カイドウも私も思わず表情が引き締まる。

 

「……お前のことは覚えといてやる。このおれに傷を付けやがったお前のその強さは語り継がれるだろうな」

 

「忘れてくれて構わねェ……ハァ……おれの魂は生きて行く……ハァ……」

 

 と、おでんは言う。私達に向かって息も絶え絶えになりながらも、

 

「だが負けたのは悔しいからな……地獄で修行して待ってるぞ。次は勝つ……ハァ……ハァ……」

 

 ──“一献の酒のお伽になればよし”。

 

「死ねバカ殿!!」

 

「くたばれよバカ殿!!」

 

「バカ殿!! バカ殿!!」

 

 衆人に囲まれながら、おでんは最期の言葉を残す。

 

「“煮えてなんぼのォ~~……”」

 

 カイドウが銃の照準をあわせ、引き金に指を掛けた。

 民衆はその言葉を口にしない。聞こえてくるのはバカ殿と罵る声と、僅かな叫び声。

 そんな中、カイドウは最期の言葉を聞く前に引き金を──

 

「──“おでんに候ォ”!!!」

 

「──!!」

 

 ──()()()、おでん自身がその言葉を発してから引き金を引いた。

 銃弾がおでんの頭に風穴を開け、おでんが大釜の中に沈んでいく。

 見聞色の覇気でも感じ取る──おでんは死んだ。

 私は感慨深さを感じつつもカイドウの声を待った。カイドウは数秒、何を思ったのか険しい顔で黙り込んでいたが、やがて銃を部下に投げ渡すと、

 

「──死んだな。行くぞ」

 

「おでんの部下を追いかける?」

 

「ああ。九里に行って終いだ」

 

「はーい」

 

 そう短くやり取りをして、私とカイドウは九里へと向かう。おでんというこの国最強の侍が死んだことに、おでんを慕う者達とはまた違った意味の喪失感を感じながら。

 

 

 

 

 

 ──おでんの処刑が終わった直後。ワノ国では幾つもの悲劇が始まった。

 百獣海賊団と黒炭家によってワノ国の支配の総仕上げが行われたからだ。

 

「何ぜよこの化け物は!!?」

 

「我々を食らう気か……!!?」

 

「ゴキキゴキキ!!」

 

「少しでも多くの追手を食い止めるぞ!!」

 

「おう!!」

 

 後の赤鞘九人男と呼ばれる侍の内4人が追手を食い止めるために残った。

 だが九里のおでん城は燃えた。カイドウの部下達が火を放ち周囲を囲んだ。

 そんな中、カイドウとぬえは赤鞘の侍に先んじて城へ乗り込み、多くの侍達を殺して光月の生き残りを追い詰めた。

 

「名は?」

 

「……ハァ……!! おぇ……!! ハァ……ハァ……!!」

 

「お前の父は……バカ殿だ」

 

 カイドウが光月モモの助の首を締めて持ち上げ、殺す前に言葉を掛ける。

 

「光月はお前が死んで終わりだな」

 

「ちがう……!! ひっく……!!」

 

 それは偏に、あのおでんの息子に興味があったからだ。自身に傷を負わせたあのおでんの息子に。……だが。

 

「父上は……!! いだいな武士で…………せ、せっしゃは……ひっく……いつかこの国を!! しょって立つをとくぉでぃぐじゃる!!」

 

 おでんの息子……光月モモの助は、ただの子供だった。

 カイドウの迫力に怯え、醜く泣き腫らすだけのガキだった。

 

「言わされた夢…………ここまで幼いとは…………」

 

「う……うわああああん!! 父上ェ~~~~!!!」

 

 なぜこのガキがおでんの息子なのか。カイドウには解せない。

 おでんは子供の頃から強かったと言う。だがこのモモの助には何も感じられない。本当に血が繋がっているのかと疑ってしまう程に。

 だからカイドウは即座に興味を失った。

 だがもう一方、カイドウがモモの助に言葉を掛けている最中。

 

「あなたが日和ちゃんだよね♡」

 

「え~ん……母上~……」

 

 カイドウと共に城にやってきたぬえは、おでんの妻であり彼らの母親、光月トキを揺り起こそうとしている光月日和に優しく声をかけた。

 だがその意図はカイドウとほぼ同じ。単に興味が湧いたからだ。

 

「ママは大丈夫。まだ生きてるし、怪我も大したことないよ♡」

 

「! ほ……ほんとう……?」

 

「本当だよ──でもこれから殺すんだけどね♡ あなたのパパと同じ様に♡」

 

「…………!!」

 

 だがある意味、カイドウよりも更に質が悪かった。

 ぬえはその少女に面白さの可能性を感じた。そのため、面白半分で少女の人生を狂わせようとする。一見愛嬌のある可愛らしい笑顔で、残酷なことを口にする。

 

「これからあなたの大切な人はみーんな死ぬよ♡ 可哀想だね♡」

 

「なん……で……? なんでそんなことするの……?」

 

「あなたもあなたのパパとママやお兄ちゃん、家臣も皆弱いからだよ♡ わかる? 相手の理由は重要じゃないんだよ日和ちゃん♡ 私達の目的を知ってもそれを防げる訳じゃないんだから♡」

 

 ぬえは優しく、あくまで子供を諭すように日和の頭を撫でながら教える。その仕草に害意も殺意もない。

 だがその内心は興味本位という名の悪意で満ち溢れていた。ぬえは優しく幼い少女の言葉に答える。

 

「や……やだ……誰も死んでほしくない……いや……いやだよ……!!」

 

「嫌だろうがなんだろうが口だけじゃ止められないんだよ日和ちゃん♡ 不幸なんて幾らでも降り掛かってくる。相手はあなたの気持ちなんて考えてくれないの。だって相手はあなたじゃない。相手は嫌な思いしなくて、気持ちいいだけなんだからやめる訳ないよね? 牛さんを食べる時に牛さんがやめてって言ってても人は牛さんを食べるでしょ?」

 

「……!!」

 

 それはたった6歳の少女が知るには、劇薬過ぎる言葉だった。

 物心ついて間もない幼子。人が死ぬことも未だよくわかっていない年頃である。このぬえの問いかけに正しい答えが出せる筈がない。

 ──だがしかし……その血筋があるいは遺伝か。もしくは偶然か。光月日和は恐る恐るそれを口にした。

 

「……じゃあ、強くなって叩いたりしないとダメなの?」

 

「! そうそう!! 凄いね日和ちゃん!! 筋がいいね!! 賢い!! これもパパの血筋かな? そう、強くなって力ずくでなんとかするしかないんだよ!!」

 

 ──強くなって自ら身を守る。ぬえが求めていたその答えをたった6歳の少女が導き出したことに、ぬえは驚き手を叩いて日和を褒め称える。まるで難しい問題が解けた子供を褒めて伸ばす先生の様に。

 褒められたことに複雑な気持ちになっているのか、日和はしかし俯く。その声は不安に満ちていた。

 

「むりだよ……そんなの。叩いたりなんてしたくない……」

 

「相手を思い切り叩いてみるのもやってみれば楽しいよ? あはは、まあそれは個人の感性だからいいけどね。日和ちゃんは優しいんだ♡ でも、周りの人は優しくないよ? 皆日和ちゃんや日和ちゃんの大切な人を叩いて殺したい人ばっかりなんだから。叩かれるのと叩くのだったらどっちが嫌?」

 

「……どっちもいや……」

 

「じゃあ日和ちゃんも日和ちゃんのママやお兄ちゃんも皆死んじゃうね♡ 日和ちゃんは叩くことよりママやお兄ちゃんが死ぬ方がいいんだ!!」

 

「! 違う!! いや、そんなのいや!!」

 

 ぬえは少しずつ少しずつ、少女を追い詰めていく。逃げ道を一つずつ塞いでいき、自分でその道を選ばせる。強制しては意味がない。長続きしないのだ。自分で選び取るからこそ、人は強くなる。

 

「じゃあどうすればいいと思う?」

 

「…………」

 

 ぬえの質問に日和は黙った。幼いとはいえ、光月の子、侍の子だ。

 その質問の答えを導き出せない筈はない。そのぬえの期待に応えてしまうかのように日和は迷いながらも、

 

「……わたしが強くなって守ってあげればいいの……?」

 

「──大正解♡」

 

 ぬえは笑顔でその答えを出したことを褒め称えた。日和はまだ不安そうにぬえにそれを尋ねてしまう。

 

「でもわたし、まだ子供だし……女の子はたたかうより芸を覚えろって……」

 

「子供とか女の子とか関係ないよ? 子供で女の子でも襲われるんだからね♡ 芸を覚えて可愛く着飾るのも大事だけど、別にそれだけしか出来ない訳じゃないし、強くなってもいいじゃない♡」

 

「女の子は男の子にかてないよ……」

 

「そんなことないよ♡ 私もそうだけど、世界にはとっても強い女の子もいるよ♡ 私の元仲間でシャーロット・リンリンちゃんって子は、日和ちゃんよりも幼い5歳の時に山のように大きい巨人族より強かったし、今では世界最強の1人なんだから♡ 女の子でもちゃんと強くなれるよ♡」

 

「そうなんだ……」

 

「そうそう!! だから、生きたかったら自分で強くならないとね!!」

 

「…………」

 

 日和がぬえの言葉を受け止める──そのタイミングで、カイドウが室内にモモの助を放り投げた。

 

「! お兄ちゃん!!」

 

「──おい、ぬえ。帰るぞ」

 

「あ、りょうか~い。──じゃあね、日和ちゃん♡ もし生き残ったらまた会おうね~♡」

 

 畳の上に転がされるモモの助に駆け寄る日和。カイドウはそれを無視し、ぬえを呼んでそのまま飛び去っていった。

 最後にぬえが日和に向かって別れと再会の挨拶をしてカイドウを追いかけると、カイドウは独り言のようにぬえにそれを話した。

 

「あれがおでんの息子とは…………つまらねェ。城と共に燃えて死ね……」

 

「私も聞いてたけど、モモの助は本当にただの子供だったみたいね。こういう状況って、持ってるなら覇王色の一つでも発動してもおかしくなさそうなのに何もなくただ泣くだけだし、本当に才能ないのかな?」

 

「光月家は……おでんも不幸だな。あんなのが跡取りならどの道先は長くねェだろう。……お前は娘と話してたみてェだが……」

 

「ん~、才能があるかはわからないけど、化ける可能性を高めるために種は蒔いておいたかな? カイドウももっとモモの助に優しく言ってあげればよかったのに。そしたら覚醒したかもよ?」

 

「バカ言え。ふん……つまらねェ時間を過ごした……帰ったら酒でも飲み直すか」

 

「え~? いいお父さんやるつもりならそういうのも練習した方が良いんじゃない? ほ~ら、パパでちゅよ~♡ いないいない~~~ばあ♪ とかやってあやしてみたりとかさ~」

 

「誰がやるか」

 

「にひひ、残念。面白そうだったのに。……さーて、戻ったらおでんの死体とくノ一ちゃんで遊ぼっかな~♪」

 

 カイドウとぬえは燃え盛る九里の城を後にし、鬼ヶ島へと帰っていった。

 ──だがその直後に、起き上がった光月トキと辿り着いた赤鞘の侍達によって、彼らは数奇な道のりをまた歩むことになる。

 

「この不思議なトキトキの能力で……あなた達を未来へ飛ばします」

 

 800年前に生まれた光月トキの食べた悪魔の実──トキトキの実。

 その能力は未来へ飛ぶこと。

 その力によって彼女は錦えもん、雷ぞう、カン十郎、菊の丞、そしてモモの助を未来へ飛ばした。

 そして河松には日和を託し、トキ自身は城から出てとある言葉を残した。

 

 ──“月は夜明けを知らぬ君。叶わばその一念は”

 

 ──“二十年を編む月夜に九つの影を落とし”

 

 ──“まばゆき夜明けを知る君と成る”

 

 その言葉を最期に残し、光月トキは亡くなった。

 

 ──そしてそれから一ヶ月と経たずして、百獣海賊団とオロチは国中の支配を完了した。

 

 おでんが倒れた後に結託して抵抗を試みた各大名と任侠一家の連合軍は容易く蹴散らされる。

 各郷を焼き尽くし、多くの死亡者を出し、生き残った者は捕まり、拷問を受けるか奴隷となるか死ぬかの無限の責め苦を受けることとなる。

 霜月康イエや霜月牛マルといった大人物もカイドウの部下達に殺された。各郷を纏めていた侠客は捕まり、奴隷とされた。

 そんな中、捕まって責め苦を受ける者がまた1人。

 それはくノ一だった。

 

「この女は……例のくノ一か」

 

「ムハハ、何だ、こいつも囚人にするのか?」

 

「いいえ。とあるところに連れて行ってあげてとの命令よ」

 

「っ……わたすは……どんな責め苦にも屈しない……屈するものか……!!」

 

 百獣海賊団の本拠地、鬼ヶ島。そこに縛られ、連れてこられたおでんの家臣であるくノ一は、大看板に囲まれ始末を待っていた。

 拷問か処刑か。何をされようとこいつらには屈しないと心を強く持つ。

 だがその言葉に反応し、またしても連れられて海に出たところで、彼女は聞いた。相手を睨みつけながら。

 

「くっ……どこに連れて行くつもりだ……!!?」

 

「奴隷ってものを教えてあげてとの命令よ。だからあなたにはこれから……()()()()で奴隷になって貰うの♡」

 

「!!?」

 

「あんまり生意気な態度を取って殺されないようにね、おバカさん♡ まあ死んだ方がマシだと思うことになるとは思うけど」

 

 ──そうして、とあるくノ一はワノ国を出国し、とある場所に売られた。

 同時に世界の海では、ワノ国を完全支配し、新世界に多くの領海(シマ)を持つ彼ら、百獣海賊団を“四皇”の一角と位置づけた。

 

 星の数ほどいる海賊達は四皇を、百獣海賊団を畏れ、それでもなお“偉大なる航路(グランドライン)”を、“新世界”を目指す。

 

「──ようやくここまで来たって感じね。でもここからが本番よ、カイドウ」

 

「ああ、だが最強の海賊団を作るにはまだまだ足りねェ物が多い。もっと暴れてやらねェとな」

 

 自分達の島で杯を互いに傾け、不敵に笑い合う。

 彼らは遂にここまで昇りつめた。

 世界最強の海で海の皇帝とまで呼ばれる。

 かつてこの海で出会い、世界最強の海賊団で見習いとして過ごし、自分達の海賊団を旗揚げし、仲間や船やシマ……あらゆる物を手に入れ、勢力を拡大した。

 海賊ですらない根無し草からここに至るまでに20年以上も掛かった。

 だが2人の海賊人生はまだまだ半ば。ようやく勝負が出来るスタート地点に立ったところである。

 

「私達が楽しむために!! 全部ぶっ壊しに行くわよ!!!」

 

「ウォロロロロロ!!! 誰が相手だろうとおれとお前で壊しちまおう!!! 世界最強の海賊団になって世界を獲るのはおれ達だ!!!」

 

 そう、大海賊時代もまだ始まったばかり。

 ──頂点を目指す。かつての牢屋から始まり、船底で誓ったその野望を2人は再び確認し合い、杯の中身を飲み干した。




光月おでん→バカ殿。元が相当な尊厳破壊なので素材の味を活かしてみました
ワノ国の民度→20→0
釜茹で→美味しそう。バカ殿呼ばわりされながら死ぬのはノーランドみたいな感じでとても良いえ
しのぶ→過去編も原作軸もどこでも感情的過ぎた。逃げたけど速攻でぬえちゃんに捕まってジョーカー経由で売られました。懲役5年。尊厳破壊はまだまだ続く。
赤鞘→真の尊厳破壊はこれから。大体は原作通りだけど、次の章から出てくる時は大体痛々しいことになってるかも
モモの助→特に無し
日和→ぬえちゃん教育によって成長ツリーが解放されました
世界最強の女の子R→「ママママ……!! おれを目指して強くなるんだよ、日和♡」
カイドウ→個人としてはもう四皇。今から最強になりつつ最強の海賊団を目指す
ぬえちゃん→色んな一面が見れて可愛い

はい。という訳でこれにて百獣海賊団副船長編は終了となります。2話分どころか3話くらいに分けられそうでしたが詰め込みました。お疲れ様です。
次回からは百獣海賊団副総督編。四皇として活動して原作軸まで行く最終章になります。原作から16年前、15年前までは特にイベントもないので、今回から4、5年経った16、15年前からスタートです。懸賞金も次回。ですが数日は休んでから投稿するかもです。ご褒美休暇ということでお許しください(まあひょっこり投稿するかもしれないけどね)

それでは皆様、いつもお楽しみ頂いてありがとうございます。誤字報告、感想、評価、いつも助かっております。次の章をお待ちください。

感想、評価、良ければお待ちしております。

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