正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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鬼ヶ島

 ワノ国は新世界にある不思議な島々の中でも特に謎の多い国家である。

 だが噂だけは偉大なる航路(グランドライン)の他の島や4つの海にもまことしやかに囁かれており、侍の強さや忍者がいること。独自の文化体系を持ち、鎖国をしている世界政府非加盟国として知られていた。

 そして今となっては更に近づくことの出来ない理由が一つ。

 ワノ国は“四皇”の一つに数えられる百獣海賊団の本拠地だということだ。

 ナワバリに入るだけでも自殺行為に近いというのに、本拠地ワノ国に入るというのはそれこそ獣の巣穴に足を踏み入れる様に危険な事柄である。

 ゆえに現在、ワノ国はこれまで以上に外からの入国者が減り、海外からワノ国を守るということが叶っていた。

 

「──姉様。そろそろワノ国とやらに着くそうよ」

 

「ぬえさんが呼んでる。……姉様? 何をやっているの?」

 

「控えおろう!! ……む、もう少し見下す角度を高めた方がいい──よいか……?」

 

 ──そしてそんな何もかもが特殊な新世界の国に足を踏み入れる少女が3人。

 彼女達は偉大なる航路(グランドライン)、女ヶ島アマゾン・リリーの戦闘民族、九蛇出身の元奴隷の姉妹であった。

 オレンジの髪の三女、ボア・マリーゴールド。

 少し顔と身体が大きい緑の髪の次女、ボア・サンダーソニア。

 そして何故か船室の物陰で樽を相手に仁王立ちで見下すようなポーズを練習している黒髪の美少女で長女、ボア・ハンコック。

 彼女達は現在、解放されて付いて行くことを決めた他の奴隷達と同じ様に、百獣海賊団の船の世話になっていた。彼らは奴隷であった自分達を解放してくれた恩人である。凶悪な海賊とはいえその恩は多くの元奴隷達の判断を傾けるのに十分なものだった。

 そして彼女達もまた、奴隷解放を成した百獣海賊団副総督、“妖獣のぬえ”に頼み込み、強くなることを目的に新たな海賊人生をスタートさせたのだ……が、なぜかハンコックの謎の行動に妹2人は眉をひそめる。一体何をしているのかと。

 しかしハンコックはマイペースに妹2人がやってきたことに気づき、意見を求めた。

 

「ソニア、マリー。わらわはもっと相手を見下すポーズを取りたいのじゃが、どう思う?」

 

「……よくわからないけど……見下しすぎじゃないかしら姉様」

 

「喋り方も気になるけど……それじゃ見下しすぎて見上げてるわ……というか、どうしてそんなことを?」

 

 サンダーソニアが再びその理由を問いかける。するとハンコックは、その天井を見上げるポーズを止めて、真剣な顔で自分の二の腕をぎゅっと掴み、妹達に告げた。

 

「わらわは……これから変わる。強くなる。もう誰からも支配されないようにじゃ……!!!」

 

「姉様……」

 

「……」

 

 その表情には強い決心が表れていた。僅かに顔を青褪めさせているのはこれまでの仕打ちを思い出しているのだろう。

 しかし前を向き、彼女は歯を食いしばりながらもその忌々しい記憶と、己の弱さ、甘さと決別してみせると誓うのだ。

 

「ソニア、マリー……わらわはこれから甘さを捨てる。そしてそれは……そなた達に対しても例外ではない。今のうちにわらわから距離を置くことを勧める……ついて行きたくないと言うなら、ぬえに言ってそなたら2人、先に帰っても──」

 

「──姉様」

 

「!」

 

 そしてその甘さを捨てることは、ずっと一緒だった妹2人をも傷つけるかもしれないとハンコックは言う。

 だから自らから離れるのは今のうちだと言い……しかし2人は驚き、ややあって真っ直ぐに長女を見つめ返した。ハンコックは気づく。その目に、意志が宿ったことを。

 

「私達も……覚悟は出来てる」

 

「九蛇なら子供でも知ってる。この海じゃ、強くならないと生き残れない。だから立派な戦士になるまで外海には出られない」

 

「そして私達は今、外海に出てる。どの道、強くなって立派な戦士になることは既に決まってたこと。だから……今更その道を極めようとする姉様から離れたりなんてしないわ」

 

「強い者こそ美しい……だから遠慮なく美しくなって姉様。私達も姉様に負けないよう強くなるから」

 

「ソニア、マリー…………相わかった」

 

 ハンコックは妹2人の覚悟を受け止め、ある言葉を飲み込み、わかったとだけ告げる。そして背筋をピンと伸ばし、綺麗な所作で2人の間を通って船室から外に歩いていく。

 

「ぬえが呼んでいるのじゃったな……カイドウとやらに会わせるとか……行くぞ」

 

「ええ」

 

「行きましょう、姉様」

 

 ──お礼は言わない。何故ならそれは当然のことだから。

 彼女達は偉大なる航路(グランドライン)の秘境、女ヶ島に住む戦闘民族、九蛇の若き戦士。

 欲に塗れ、品のない男など恐るるに足らず。

 気品に溢れ、強く美しい女こそが至高の一族だ。

 

 ──だが彼女達はまだ知らない。

 

「でも姉様。ぬえさんに……それにそのカイドウ……を呼び捨てにするのはマズいんじゃ……?」

 

「国の戦士でもあんなに強い人は見たことない……しかもあれで副総督? 2番手だって言うんだから……」

 

「……確かにぬえは……化け物じゃ。だがあれほど強い者が2人もおるとは思えん。ぬえはわらわ達を気に入っておるようだし、恩義はあるが……まあ、構わんじゃろう。見たところ部下の男共は弱く、わらわ達に下卑た視線を送る有象無象。ぬえ以外は恩を感じる必要も恐れる必要もない」

 

「……そう、よね」

 

 ──彼女達は新世界の海を、そこにいる海賊を……“四皇”を知らない。

 ワノ国という女ヶ島にも似た鎖国国家。そこを力で征服した百獣海賊団を知らない。

 鬼ヶ島には……本物の鬼よりも強く恐ろしい者がいるということを知らない。

 未だ世間知らずの彼女達はこれからワノ国と百獣海賊団。そして四皇という別次元の生き物を知る──そんな1日が始まった。

 

 

 

 

 

「──じゃ~~~ん♪ ここが私達の本拠地!! ワノ国、鬼ヶ島だ~~~~~!!!」

 

「……!!」

 

「でかい……!!」

 

「本当に鬼の形をしてる……!!」

 

 ハンコック達三姉妹はぬえのアンノウン号でぬえや彼女の部下達と共に、鬼ヶ島の湖に降り立った。ぬえが飛び上がり、笑顔で手を広げ、その島を自慢するように紹介すれば、彼女達もまた初めて見るその新世界の島に驚きを隠せない。海賊団に入団希望の者達は纏めて船に乗っていたが、その者達全員が驚いていた。──これが“四皇”に数えられる海賊団の本拠地なのだと。

 ちなみに海賊団に入団はしないが、百獣海賊団に付いてくることを選んだ元奴隷達はワノ国の兎丼という場所に送られた。働く場所があるのでそこで働いて生活をしてもらうらしい。あるいはナワバリのどこかの島に送るにせよ、一旦は兎丼に置いとくのだとか。

 だがこの鬼ヶ島でも広さは十分過ぎる。ハンコック達の記憶にある九蛇の皇帝の居城よりも遥かに大きい。島一つを丸ごと城にしたような鬼ヶ島は確かに皇帝の住まう城だ。

 そしてそこには船員達が行き来している──が、船がやってきた時点で彼らは皆手を上げ、声を張り上げた。

 

「ぬえ様のお帰りだァ~~~~~!!!」

 

「ぬえ様~~~~♡」

 

「ぬえ様お着きに!! カイドウ総督へ報告を!!!」

 

「っ……凄い歓声……!!」

 

「……!! やはり、男が多いな……」

 

 ぬえが帰ってきたことに対して百獣海賊団の船員が声を上げる。それに対して驚く3人。特にハンコックは男が多いことに軽く顔をしかめた。

 

「イェ~~~イ!! ただいま~~~~!!! 久々の生ぬえちゃんだよ~~~~!!!」

 

「ウオオオオオオ!!!」

 

 だが当然、ぬえはそんなことを気にすることもなく歓声に対して声を返している。

 そうしている間に船は岸に到着し、そこからぬえが降りていくのでうるティやページワンに続き、ハンコック達もついて行った。

 橋を越え、長い階段が見える。──しかしその前の広場に大きな影があった。人で、男。しかも丸々太った巨漢であり、ハンコック達はその姿に僅かに緊張する。見た目や性別だけではない。その大男の強さが、未だ未熟な覇気使いである彼女達にも僅かに感じ取れるものだったからだ。

 

「──ん~~~~♫ やっと帰ってきてくれたな、ぬえさん!! ついでにガキ2人♫」

 

「あ、クイーンじゃん。態々出迎えご苦労さまだYO♫」

 

「ガキだとォ!!? クイーンお前ウチのぺーたんバカにするとかシバキ殺されてェのか!!?」

 

「やめろ姉貴!!」

 

 ──その者は“クイーン”と言うらしい。なぜ男がそんな名を名乗っているのかはハンコック達には知らないし興味もない。クイーンが両腕を上げるポーズでぬえや幹部を出迎える言葉をリズム良く言えば、ぬえもそれに乗り出す。……どう見ていいか分からないが、どうやらうるティやページワンよりは上位の幹部であるらしかった。

 

「ジョーカーから聞いたぜ、ぬえさん!! 聖地襲撃と天竜人虐殺!! おまけに奴隷解放とヤバいことしたってよ!!」

 

「凄いでしょ!! 収穫も大量だし、映像も残ってるから後で見せてあげるね!!」

 

「いや、本当マジでやるとは思わなかったぜ……こっちは大騒ぎだ。カイドウさんは大笑いしてたがな……それと懸賞金が一気に上がったから、生意気な連中がおれも行けば良かったとか抜かしてやがった!! ムハハ!!」

 

「ほうほう、盛り上がったんだね!! それはそうと、カイドウはいる? 新しくウチに入るこの子達を紹介したいんだけど」

 

「カイドウさんなら酔った勢いでどっかに飛んでいっちまってるみたいで……新しくウチに入る奴ってのは──うお!!? すげェ美女じゃねェか!! 名前は?」

 

「ハンコックにサンダーソニアにマリーゴールド!! 三姉妹なんだよ!! ──まあ美女って言っても私には劣るけどね!!」

 

「…………そうだな!!」

 

「──なに今の間? 神経おかしくなってるの? ノコギリで削って直してあげよっか?」

 

「い、いやいやいや!!! そうじゃなくて!! と……当然のことすぎて戸惑っちまったんだ!!! ぬえさんの美貌が世界一なんてのはこの海じゃ常識だろ!!?」

 

「なーんだ♡ 私ったら勘違いしちゃった♡ いやー、常識かぁ♡ そこまで持ち上げられると照れちゃうけど、本当のことだししょうがないなぁ♡ 私って可愛すぎることがいつの間にか常識になっちゃってるんだもんね♡」

 

「そうだぜ!! ムハハハハ……」

 

 クイーンはハンコックを見てその美しさに驚くが、その後のぬえの発言の返答が遅れたため、ぬえの顔から笑みが消えて目が据わると、クイーンが慌てて間を取った意味を説明した。すると即座にぬえが頬に手を当て、照れた様子で機嫌が良くなり、クイーンは難を逃れる。その場にいる者達はクイーンの額に流れる汗を見逃さなかったし、ぬえが一瞬出した恐ろしい圧力に、何が禁忌であるかを察する。新入りの者達や、ハンコック達もすぐに理解した。ここではぬえが1番可愛いのだ。実際に美少女だが、それを疑問視するような言葉や仕草はしてはならない。その禁忌を犯せば地獄を見る。

 

「──よーし!! それじゃぬえさん!! 次のライブの打ち合わせでもしねェか!? ほら、今年もナワバリを仕事ついでに回るって言ってただろ!? カイドウさんが戻ってくるまでに済ませとこうぜ!!」

 

「あ、それもそうだね。カイドウが戻ってこないことには3人の紹介が出来ないし……あ、でもその間に鬼ヶ島の案内をしないと」

 

「そういうのはそこの下っ端2人に任せとけってぬえさん!!」

 

「あァ!!?」

 

「ぬえさんに比べたらお前も下っ端だろうがよォ!!」

 

「こらこら、喧嘩しないの。んー……でもまあそれじゃお願いするね!!」

 

「え……!? いや、ぬえさんおれ達は──」

 

「うるちゃんとぺーたん、頑張ってね!! 後でまた戻ってくるから!! ──ほらクイーンさっさと転がって」

 

「おう──って、俺の移動手段は転がることじゃねェよ!! 二足歩行だ!!」

 

 クイーンはぬえをライブの打ち合わせをしようと誘い、ぬえも考えた末に了承したため、またしてもコミカルなやり取りをして鬼ヶ島の内部へ歩いていった。

 残されたのはうるティにページワン。そしてハンコック達三姉妹である。ページワンは引き止めるも行ってしまったぬえを見て、そして3人に視線を向けて息を吐く。

 

「なんでこのおれが新入りの案内なんかしなきゃならねェんだ……」

 

「仕方ないメェ。クイーンはどうでもいいメェがぬえ様のお願いなら聞くしかないメェ」

 

「……それはそうだがその恥ずかしい語尾をやめろ!! 今度は何なんだよ!!」

 

「今年は羊がブームになるらしいメェ。ぺーたんも恥ずかしがってないで使ってもいいメェよ♡」

 

「ふん……しょうがない。うるティとぺーたんとやら、わらわ達をさっさと案内せい……」

 

「姉貴はともかく、てめェはあんまり舐めてっと引き裂くぞ!! おれはぺーたんって名前じゃねェんだよ!!!」

 

 その脅しにも似た怒声にハンコックは溜息をつく──やっぱり、子供とはいえ男は乱暴で品がない。

 だが今の自分は年下のこの姉弟にすら勝てない。そのことに屈辱を感じながらも、しかしハンコックはすぐに追い抜いてやると心に誓い、2人について行って鬼ヶ島の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「──いいか新入り。ウチに入るってんなら覚えることは幾つもある。おれは2度は言わねェからな。聞いてねェってのは無しだ……返事は?」

 

「わかっておるからさっさと言え。あと、一々顔をこっちに向けるな。男の顔など見たくもない」

 

「チッ……そういう生意気な態度を取れるのも今の内だけだ……実力が伴わねェ、弱ェ癖に粋がってるとここでは長くねェ……精々気をつけるんだな……!!」

 

「ぺーたん新入り相手にイライラすると余裕がないと思われるメェ。少しは落ち着いて誰にでも噛みつくのはやめるメェよ」

 

「おめーが言うなや!!」

 

「おめーだとォ!!」

 

「姉様も、気持ちはわかるけどいきなり喧嘩腰は……」

 

「……わかっておるわ」

 

 鬼ヶ島の内部。屋敷とも城とも言えるその石造りの通路はところどころ木造の柱や天井が見えるものの、まだ岩山の中を歩いているような心地であった。

 先程から百獣海賊団の船員が行き来しているし、何か荷物を運んでいたりもする。おそらく倉庫があったりするのだろう。通路は広く天井は高い。荷車を運ぶことを考えればこれくらいの広さは必要なのだろう。

 そして気になったのは、その枝分かれした道の多さだ。

 

「随分と入り組んでおるな……」

 

「下手したら迷いそうね、姉様」

 

「下手しなくても新入りは迷う。大体の場所は教えてやるが、どうせ迷うからな。迷ったら誰かに聞け」

 

「ぺーたんも最近まで迷ってたメェ」

 

「余計なこと言うなよ姉貴!」

 

 ページワンとうるティが先導するので、それについていく形で進むが、正直どこをどう進んでいるのかよくわかってはいない。侵入者対策でもあるのか、標識のようなものは皆無であるため、本当に憶えないとこれではどこにも行けないだろう。あるいは聞くしかないが、男に聞くのはまっぴらなため、少し面倒そうではあった。

 だがそれ以外にハンコック達が気になる存在がある。それをサンダーソニアが問いかけた。

 

「……さっきから見る刀を持った変な男の人達って、もしかして──」

 

「ああ、“侍”メェね」

 

「……侍も百獣海賊団の一員なの?」

 

 今度はマリーゴールドが問う。侍の存在は3人も知っていた。ワノ国の侍は恐ろしく強く、その存在によって中枢の者達──世界政府が手を出せないほどだと言う。

 そしてワノ国が百獣海賊団の本拠地だというなら、もしやワノ国は百獣海賊団の手に落ちて侍も手に入れたということなのだろうかと思った──が、それはすぐにページワンの手によって半分否定された。

 

「いやそうじゃねェ。ここを出入りする侍はワノ国を治める将軍、黒炭オロチの配下の役人だ」

 

「……ならそのオロチとやらと関係を持っているのか?」

 

「そういうことだ。オロチはウチの協力者みたいなもんで、おれ達が政争に協力して国を盗らせてやった関係だ。侍は厳密にはオロチの配下にはなるが、殆ど仲間みてェなもんだからぞんざいに扱うんじゃねェぞ」

 

「面倒じゃな……そもそも誰がどの立場かもわからんと言うのに」

 

「それは今から教えてやる。ルールと一緒にな」

 

 と言ってページワンはまた十字路となった3つの分かれ道の内から右に曲がった。ハンコック達はついて行くしかないし、説明を聞くしかない。今はまだ奴隷から脱したただの小娘3人。覇気が使えるため、そこらの雑兵よりは強いと自負はあったし、そも外海の者達は殆ど覇気が使えない。九蛇は逆に幼少の頃から覇気の修行をするため、誰もが覇気を使える。その差もあり、外海の者達は皆弱いと思っていたが……どうやらぬえは使えるようだし、やはり使える者は幾人かいる筈。あまり舐めていると怪我をするかもしれなかった。

 

「まずおれ達百獣海賊団のトップ、総督は四皇の1人、カイドウさんだ。さすがに知ってるよな?」

 

「ぬえに教えてもらった。ぬえの兄妹分とやらであろう」

 

「……まあそうだ。そのぬえさんが副総督。ウチのトップ2はこの2人だ。だからこの2人には何があっても逆らうんじゃねェぞ」

 

「カイドウ様もぬえ様も酒乱だし頭はイカれてるけどメェ」

 

「このバカ姉貴みてェに一々噛みついたりするんじゃねェぞ……!!」

 

「バカだとォ!!?」

 

「…………」

 

 ハンコック達は姉の言動にイラッとしたページワンの言葉に黙ってその存在を思う。

 カイドウにぬえ。ぬえは既に知っているが、そのカイドウとやらも決して逆らってはいけない存在のようだ。

 だがカイドウは男だし、恩がある訳でもない。未知の存在であり、それこそ強さも未知数だ。

 ゆえにハンコックは思う。──()()()()()当然従うが、どう評価するかは会ってから決めると。

 だから次は別の相手について聞こうとした。……だがその時だ。通りがかった部屋から会話が聞こえた。

 

「──あァ!? カイドウさんがいねェだと? チッ……ならぬえさんだ。ぬえさんはどこにいる? ちょうど帰ってきたと聞いたぞ」

 

「──ぬえさんは今クイーンのバカと次のライブについて話し合ってる。報告ならおれにしろ。後で伝えといてやる」

 

「……いや、それならぬえさんかカイドウさんを待つ。キング……大看板のお前じゃ話にならねェからな」

 

「身の程を知れ。お前に大看板の座は荷が重い」

 

「げっ……」

 

「……!! 姉様、あの男翼が……!!」

 

「それも燃えてる……!?」

 

「……!! 奇っ怪な男がいるものじゃな……」

 

 ページワンがその2人の男を目撃し、少し嫌そうな声を上げる。

 ハンコック達もまた、立ち止まったページワンが見る先、2人の長身の男を目の当たりにした。

 1人は3メートルを超える鬼の形をしたメットを被ったスーツにも似た格好をした男。刀を持っており、開かれた胸元に刺青が彫られている。

 そしてもう1人の男。こちらにはサンダーソニアやマリーゴールド、そしてハンコックも驚いた。翼があり、更には燃えているのだ。

 しかも10メートルにも届こうかという巨漢だ。先程のクイーンと呼ばれた男と同程度にデカい。顔は服と同じ黒尽くめのガスマスクのようなもので隠れていて、鋭い三白眼だけが覗いている。

 だが何よりその背中の黒い翼と、轟々と燃え盛る炎に目がいった。こちらも刀を腰に差している。両方とも剣士だが、その実力は測れない。だが……自分達よりも強いのは明らかだった。

 

「──キングに、しかもフーズ・フーまで帰ってきてるでメェか。珍しいこともあるメェね」

 

「! ……ガキ共か……」

 

「うるティ、ページワン。後ろにいる3人は何だ」

 

「新入りだ……今はぬえさんから案内を任されてる」

 

「報告にあった元奴隷か……」

 

「……!」

 

 その燃える男から見下され、ハンコックらは僅かに身を固くする。威圧感があった。先程のクイーンと呼ばれる男よりも。おそらく、この男がキングだ。

 

「それより、何の話をしていたメェ?」

 

「……おれが担当してるナワバリの()()の話だ。カイドウさんとぬえさんに直接報告したかったんだがな」

 

「──ああ、()()でメェね」

 

 と、後ろに積まれた大量の木箱を振り返らず親指で肩口に指して言う男。こちらがフーズ・フー。その木箱には百獣海賊団のドクロマークが描かれていた。うるティの言った言葉と合わせて、ハンコック達は背筋をゾッとさせる。

 

「おれからカイドウさんかぬえさんに報告しといてやる。お前はさっさと仕事に戻れ、フーズ・フー。──それとうるティ、この間言っていた納品物はどうした?」

 

「ああ、()()()メェか? 葉っぱなら仲介人に渡したでメェ」

 

「おれにも何箱かは寄越せと言っただろう。拷問用の在庫がもう切れてるからな……」

 

 葉っぱ……!! とハンコック達は内心で更に戦慄する。世間知らずの小娘とはいえ、海賊が扱うその用語を知らない筈もなかった。ハンコック達は身を寄せ合い、ひそひそと小声で会話する。

 

「ね、姉様……今の会話って……」

 

「もしかしなくても……」

 

「ああ……臓器売買に薬物(ドラッグ)とは……想像以上にゲスなものを取り扱ってるようじゃ……」

 

 3人は顔を青褪めさせる。やはり海賊の闇取引。百獣海賊団のシノギの話は物騒過ぎて奴隷としての経験がある彼女達でさえ、初めて聞くそのやり取りには緊張してしまった。

 だが彼らに、それこそ年下のうるティやページワンも平然としている。それが意味するところは、彼らにとって、こういったやり取りは日常なのだ。それこそ九蛇が生まれた時より戦士として教育されるように、物心つく前から海賊として教育されている。

 四皇の一角ともなれば新世界の海で大規模なナワバリを持ち、そのナワバリにある全てが百獣海賊団という大海賊のシノギとして密接に関わっている。その一端を、ハンコック達は垣間見ているのだ。

 

「今はぬえ様に任された仕事の最中だから無理メェ。部下に言っておくといいでメェ」

 

「ああ、後ででも構わねェ……ぬえさんの仕事を優先しろ」

 

「…………」

 

「おい、行くぞ」

 

 ページワンがキングとフーズ・フーのいる部屋から離れ、また先へ行こうとする。それにハンコック達はついて行ったが、名前すら紹介しない、聞かれないことに彼らの眼中の無さを理解した。

 

「……今の2人は……?」

 

「ああ、大看板のキングに飛び六胞のフーズ・フーだな。大看板はウチの最高幹部の階級で、飛び六胞は真打ち最強の六人だ」

 

「真打ち最強の6人ってことは……真打ちってのがここの幹部なのね」

 

「そういうことだ。役職的にはそんな感じだ。後、ウチの幹部は全員能力者で……そういや、ぬえさんからお前らも悪魔の実の能力者だと聞いたが」

 

「そうなのでメェか? 何の能力メェ?」

 

「……メロメロの実じゃ」

 

「ヘビヘビの実のモデル“アナコンダ”よ」

 

「ヘビヘビの実のモデル“キングコブラ”」

 

「……メロメロってのがよくわかんねェが、超人系(パラミシア)だな。ヘビヘビは動物系(ゾオン)か。そうか……全員能力者ならぬえさんが特別扱いするのにも納得がいくぜ」

 

 特別扱いという言葉は頷けた。確かに、ぬえは自分達を明らかに特別扱いはしている。

 子供ではあるが他の新入りとは別に幹部であるページワンとうるティに案内を任せるくらいなのだからやはり気に入られているのだろう。悪魔の実の系統らしき名前など気になることは色々あったが、何よりも考えるのは……やはり地位とその強さだろう。

 

「もし……強くなって飛び六胞や大看板を倒せば、わらわが飛び六胞や大看板になれるのか?」

 

「──あァ?」

 

「「ね、姉様!!」」

 

 ソニアとマリーが慌てる。その傲岸不遜な発言。先程のフーズ・フー。そしてキングやクイーンまでも視野に入れる発言。

 場合によっては、組織そのものを軽んじていると取られてもおかしくない発言だっただけに、2人は慌てたのだ。

 ──だがしかし、そのマズいと思った発言を聞いたページワンとうるティは、予想外に鼻を鳴らすだけで怒りもしなかった。

 

「ハッ……そうだな。その時はお前がそうなる」

 

「……怒らぬのか? 新入りが幹部になると息巻いているのじゃぞ?」

 

「怒る必要なんてねェ。ウチは実力主義なんだよ。さっきのやり取りを見なかったのか? フーズ・フーは自分が大看板になると息巻いてやがる。大看板の連中にも物怖じしないんだ」

 

「実力があれば上に行ける組織でメェ。新入りでも強ければ関係ないでメェよ」

 

「姉貴の言う通りだ。おれ達だって、年齢的にはそりゃガキと言われてもしょうがないが、普通の戦闘員より強いからこそ立場があってやっていけてるんだ。普通の組織じゃ中々こうはいかねェ。カイドウさんやぬえさんが強ければそれでいいって感じだからな……!!」

 

 ページワンとうるティが平然とその不遜な言葉を受け止める。百獣海賊団は徹底した実力主義で組織された海賊団らしく、2人も見習いからの叩き上げであるらしかった。

 逆にフーズ・フーのような外様の海賊もまた飛び六胞に名を連ねられている。そのことに異論を持つ者などいない。それだけ強い。実力を示しているからだ。

 その事実に僅かに身震いする。戦闘民族、九蛇もまた、強い戦士が外海に出られる海賊となれて、最も強い者が国を治める皇帝となる一族なのだ。

 ゆえにその在り方だけは野蛮とも品がないとも言い切れない。強さは美しさであり、戦いは正しさだ。実力がある者が上に立つという百獣海賊団の在り方は、複雑ではあるが、九蛇に生まれたハンコック達の胸にもスッと収まる。当然だという思いがあった。

 だからこそ、ハンコックは僅かに手汗を滲ませながらも、不敵に微笑を携えて告げることが出来た。

 

「なら地位を得ることは容易そうじゃの……?」

 

「……生意気な奴だな。自分の力に自信があるみてェだが……あまり粋がってるとバカを見るぜ。ウチには能力者や覇気使いなんざ珍しくもないからな。お前達が飛び六胞や大看板に挑んだところで死ぬだけだ」

 

「真打ち以上は全員能力者で覇気使いでメェから。今回聖地で奪ってきた物で能力者はまた増えるでメェし……あ、噂をすれば」

 

「む……? 誰か来たのか? 一体どこに……」

 

「──あなた達新入りれすか!? なら挨拶するれす!!」

 

「!!?」

 

 うるティがその存在を察し、しかしハンコック達は気づけなかった。

 その女の声が間近から聞こえ、ハンコック達は周囲を見渡した──がどこにもいない。

 

「どこを見ているれすか!! ()()()()!! 上!!」

 

「上……?」

 

 と、3人が上を見る。しかしやはり見えるのは天井だけ。そこには人の影も形もない。ハンコック達は首を傾げた。

 

「……下だ」

 

「下……? ──!!」

 

「!!? これって……」

 

「もしかして……」

 

 ページワンが下と呟いたのでそちらを見れば……そこにいたのは、僅か30センチほどの小さい人間。赤色の衣装と帽子を身に着け、尻尾と2本の角を持つ女の小人が、ハンコック達を見上げてぷんぷんと怒っていた。

 

『百獣海賊団“真打ち” ダウト 懸賞金9800万ベリー』

 

「──ようやく気づいたれすかこのアンポンタン共!! このダウト様を無視するとはいい度胸れす!!!」

 

「小人族か……!?」

 

「そうみたいね……」

 

「可愛い……」

 

 ハンコック、ソニア、マリーが同様に驚く。小人族を見るのは初めてという訳でもなく、奴隷であった小人族を見たことがあるが、珍しいことには変わりない。

 それにそのダウトという小人族は他にも何人かの小人を連れていた。ダウトがちょっぴり他の者達よりも大きいため、やはり彼女が小人達のリーダーでもあり、真打ちなのだろうとハンコック達は予想した。そして実際に他の小人族はハンコック達の対応を見てやんややんやと騒ぎ出す。

 

「ダウト様を無視するなんて酷い新入りれす!!」

 

「でもダウト様のウソが炸裂したからしょうがない気もするれすよ!!」

 

「ダウト様はトンタッタ族一の悪として有名れすから!!」

 

「そう!! このダウト様はトンタッタ族一の悪れす!! 騙されたれすね!! 上じゃなくて下なのれす!!! ──あ、そこに100ベリー落ちれるれす!!」

 

「え!? どこだ!?」

 

「おれのものだ!!」

 

「私のものれす!!」

 

「でもどこにもないぞ!?」

 

 小人達がダウトの突然の言葉で床回りを探し回る。しかしダウトはそれを見て満足そうに笑みを浮かべ、

 

「──ウソれす!!!」

 

「え~~~~~!!?」

 

「そんな……まさかウソだなんて……!!」

 

「また騙されたれす!!! さすがダウト様!!!」

 

「ダウト様は世界一のウソつきれすね!! 我々も精進するれす!!」

 

「……ウソ……?」

 

 ハンコックが何とも言えない彼らのやり取りに呟いた。すると小人族が一斉にハンコックを見上げて憤慨する。

 

「まさかウソだと思ってるれすか!?」

 

「ウソじゃないれす!! ダウト様は百獣海賊団随一のウソつきなんれす!!」

 

「その通り!! その証拠にダウト様は笑い声もウソなんれすよ!! そうれすよね、ダウト様!!」

 

「えっ!!? え、あ──そうれすよ!! うっ、ウーソウソウソウソ……!!」

 

「ほら聞け!! ダウト様の笑い声れす!!」

 

「さすがダウト様れす!!」

 

「う、ウソウソウーソウソ……と、当然れすよ。これが自然な笑い方れす……」

 

(絶対ウソだ……)

 

 ダウトが笑顔を引き攣らせ、無理矢理慣れてない不自然な笑い方をしてブルーになっているところを見て、ページワンやハンコック達が内心でツッコミを入れる。小人族は全く疑っておらずにダウトを称賛していたが。……本当に強いのかどうかも疑ってしまいそうになるが、悪魔の実の能力者で覇気使いであることは確かなようなので強さは本物なのだろう。

 

「ダウトは何をしてるメェ?」

 

「! そ、そう!! よく聞いてくれたれす!! ちょうど外から材木を運んできたところなんれす!! そっちは新入りの案内れすか!?」

 

「ぬえさんに言われてな……カイドウさんが戻ってくるまでにここを案内しろってよ」

 

「そうれすか!! では私はもう行くれす!! あ、いや()()()()れす!!」

 

「ええっ!!? 行かないんれすか!!?」

 

「──ウソれす!!!」

 

「え~~~!!? またウソ!!?」

 

「また騙された……!!!」

 

 と、ダウトと小人族の集団はそんなやり取りをまた続け、すれ違うようにハンコック達の足元を抜けてどこかへ立ち去っていった。ハンコックはどう評していいか困ったが、ややあって確認する。

 

「……あれも真打ちなのじゃな」

 

「……ああ見えてそれなりに強いんだ。いいから次行くぞ」

 

「次は屋敷の方メェ」

 

 そしてやや弛緩した空気のまま、階段を登り、開けた広場のような場所に出る。ハンコックは率直な感想を告げた。

 

「ようやく建物らしき場所に出たが……」

 

「宴会の時とかに使う場所だ。またここは庭みてェなもんだが、ここからなら大体どの場所からも近い。カイドウさんと目通りする時もこの先にある──」

 

「ウギャアア~~~~!!!!」

 

「!!?」

 

「──あァ!!? 人!?」

 

「何だってんだよォ!! 驚かせやがって!! 誰だこんなとこまで人吹き飛ばした奴は!! シバキ殺すぞ!!」

 

 ページワンとうるティに続いて広場を横断しようとした瞬間──轟音と共に上層階の壁を突き抜けて、血塗れになった男が目の前に落ちてくる。どうやら海賊の様だ。だが血塗れになって落ちてくる理由がわからない。

 うるティが即座に噛みつくが、ハンコック達はその凄まじい音が鳴った上層階を見上げた。一体何が起きたのか。彼女達はわからない。知るはずもない。

 

「! ──おいやめとけ姉貴!!!」

 

「? どうしたんでメェかぺーたん。そんなに慌てて──あ、()()()()()()でメェか」

 

 だが──その場にいる百獣海賊団の面々には理解が出来た。城を突き抜けるほどの攻撃をする人物。そしてこの場所で暴れるような真似が出来る人物。してもおかしくない人物。

 その全てが同じ人物を指していた。広場に巨大な影が差し、どんどんと影が大きくなる。

 

「!!!」

 

「!!?」

 

 そして──ズドンと音を立てて着地した人物に、ハンコック達は驚愕の表情を浮かべた。

 目の前に現れた……血に濡れた金棒を持つ大男。

 百獣海賊団の海賊旗にも描かれた2本の角を生やし、左腕には刺青。右腹には十字の傷跡。見て分かる屈強過ぎる肉体。

 10メートル近い巨躯を持つその男。圧倒的な覇気と存在感を放つその怪物の姿とその名前を、彼女達は知った。ページワンが名前を呼ぶ。

 

「……カイドウさん。これは、いや、こいつは一体……?」

 

「──あァ? ページワンにうるティじゃねェか……」

 

「カイドウ様!! ただいまメェ!!」

 

「おう……そういやぬえの奴が帰ってきたんだったな……天竜人のバカ共を殺して……クソ、おれも行けば良かったぜ……!!!」

 

 ──“百獣のカイドウ”。

 この大海賊時代の頂点に立つ四皇の1人。最強生物と称される最凶の海賊がそこにはいた。

 その者は、明らかに危険な空気を纏っており、今まで見たどんな男よりも凶悪な見た目だった。

 思わずハンコック達は顔を青褪めさせて固まるしかない。──しかし恥じることはなかった。

 初めてカイドウの目の前に立つ者は大抵そうなるものであることを彼女達は知らない。海の皇帝であるカイドウを実際に目の当たりにする者は少ないが、それでも彼の前に立てば、どれだけ屈強な海賊でも心が折れるか、命を諦める。

 

「何を苛ついてるんすか……?」

 

「おう、聞きやがれ!!! このバカ、アガリを納められねェどころか勝手に動いてリンリンの傘下の海賊に負けてノコノコと帰ってきやがったんだ……!!! ムカつくぜ……よりによってあのババアの傘下に負けやがって……ブチ殺さねェと気が済まねェじゃねェか……!!!」

 

「ああ……確かにこいつ、傘下の海賊っすね……」

 

 ページワンが地面に転がって白目を剥いている海賊を見て言う。ハンコック達は動けないが、慣れている筈のページワンもまた、僅かに緊張していた──というのもわかる人にはわかるのだ。カイドウが酔っているということを。

 百獣海賊団の中では常識だ。泥酔したカイドウほど恐いものはない。

 酔ってない時であれば話も当然通じるが、酔ったカイドウは衝動的に動きやすく、時には部下を粛清し、自分のナワバリを更地にするレベルで暴れてしまうこともある。

 1人でどこかに行ったという時点で酔ってる可能性はあったが、帰ってきてもまだ酔っているというのは珍しかった。

 あるいは同じタイミングで傘下の海賊がとんでもない報告をしたせいで怒り上戸にでもなったのだろうか──はた迷惑な話にページワンは傘下の海賊を恨む。面倒なことしてくれやがって──と。

 だがそんな中、そんな酔ったカイドウにも全く恐れず噛みつく者がいた。

 

「酔ってるメェ? カイドウ様」

 

「バカヤロウ!! 酔っちゃいねェ!! ──ヒック」

 

「メチャクチャ酔ってんじゃねェか!!」

 

「──おい姉貴!!!」

 

 ページワンが慌ててうるティに注意する。頼むから噛みつかないでくれ、と。

 思わず背後のハンコック達も身体をビクッとさせた。そしてうるティに戦慄する。誰彼構わず噛みつくと聞いてはいたが、目の前の怪物にも噛みつくとは、頭のネジが飛んでいるのだろうか? 

 

「あァ……? そいつらは何だ?」

 

「ああ……(良かった怒ってねェ)新入りです」

 

「新入り……?」

 

「!!」

 

 ギロリ、とカイドウの目がハンコック達を捉える。すると寒気がした。

 巨大な海王類に睨まれた時の様な──いや、それ以上の本能的な恐怖がハンコック達を襲う。

 わかるのだ。今、仮にカイドウが自分達を殺そうとすれば、為す術もないのだと。

 この男は正真正銘の怪物である。正直、ぬえと同等以上の存在などいないと考えていたハンコック達には大きすぎる衝撃だった。

 ぬえは得体の知れない、底知れない恐怖があったが、カイドウはわかりやすく恐ろしかった。

 暴力や破壊といった概念が服を着て歩いている存在だと言われても違和感がない。

 そんな存在がハンコック達を見ているのだ。彼が何を言うのか。それだけに神経を集中させ、すり減らしてしまう。それまでの時間が酷く長く感じてしまうが、遂にカイドウは発言した。なんてことのない普通の言葉だ。

 

「そういやぬえが連れてくるとか言ってたな……だが肝心のぬえがいねェじゃねェか!!!」

 

「──ここにいるよ!!!」

 

「! ぬえさん……!!」

 

「キャー♡ さっきぶりでメェ、ぬえ様!!」

 

 と、その時。頭上から飛んでくる小さい影。

 カイドウの前に降り立ったのはぬえだった。

 その姿を見て、ハンコック達は胸を撫で下ろしてしまう。自分達が知っている人物。恩人であるというのもあるが、唯一カイドウと対等に話せる人物という存在のありがたさを理解したのだ。百獣海賊団の船員達の気持ちがわかったような気がした。

 

「おうぬえ!! 何なんだこのガキ共は!!」

 

「新しい戦力だよ!! 三姉妹で、三女のマリーゴールドちゃんに、次女のサンダーソニアちゃん。そして長女のハンコックちゃん!! 全員この歳で覇気使いだし、能力者だしで将来有望だから紹介しようと思って!!」

 

「! ウォロロロ……!! なるほどな……確かに、悪くねェ目してやがると思ったぜ……!! 特にそこの黒髪の女……!!!」

 

「!! ……ハンコック、じゃ」

 

 思わず、敬語を使いそうになったのをぐっと堪えて飲み込んだ。先程まで会った者達が皆、誰かに従うような者には見えなかった中、ハンコックはその理由を理解する。

 だがここで折れてはならない。折れたら最後、支配されてしまう。

 自分達はもう誰にも支配されたくない。特に、男には。

 だからハンコックは震える手を自分で押さえながらも、真っ直ぐにカイドウを見て名前を名乗った。

 するとそれを見て、カイドウがニヤリと口端を歪める。

 

「ウォロロ、ハンコックか。憶えといてやる。強ェ奴なら大歓迎だ」

 

「ハンコックちゃんはきっと強くなるからね!! だから私が直接修行をつけてあげるの!! そんで、将来は国の海賊団を率いらせて傘下に入れるのよ!! 良い計画でしょ♡」

 

「国まで持ってんのか!? どこかの王族か!?」

 

「九蛇だよ!!」

 

「! ほう……あの九蛇か……良いじゃねェか!! そういうことなら好きにしやがれ!! ウォロロロ!!! 歓迎してやる!! 飲むか!!? 宴を開いてやるぞ!?」

 

「っ……感謝する……が、今はそういう気分ではない……」

 

「つれねェな!! ウォロロロ!!! だが戦力が入ったなら良い気分だ!! おいぬえ!! 飲もうぜ!!」

 

「飲む飲む~!! 宴しよう宴!! 戦力増強記念パーティ!!!」

 

「えっ!!? ぬえさん!! この間金色神楽したばかりっすけど……!!」

 

「バカ!! ぺーたん!! 海賊が飲みたい時に飲まないなんてありえないでしょうが!!」

 

「ウッ、すみません……!! ──おい宴の準備をしろ!! カイドウさんとぬえさんの命令だ!!!」

 

「はいっ!! すぐに準備します!!」

 

「ふふーん!! 今日はマリージョアのゲリラライブ映像鑑賞会と私の新曲もお披露目してあげるわ~~♫」

 

「ぬえ様の新曲!! 最高メェ!! 最高過ぎるメェ!!」

 

「…………」

 

「ど、どうする姉様……?」

 

「こ、このままじゃ宴になっちゃうけれど……?」

 

「…………どうやら避けきれないようじゃな」

 

 突然、2人で盛り上がり、宴を準備させるカイドウとぬえに、ハンコック達は酒の席が不可避であることを悟って険しい顔を作ってしまう。

 これから百獣海賊団で強くなるための日々を送るための試練と思うしかない。どの道、1年か2年もここにいるのなら慣れる他なかった。カイドウがぬえと同等以上の怪物だと知ってしまったため、出来る限り接触は避けたいが、この分だと避けきれそうもない。ぬえが気に入って紹介したことで、カイドウにも名を憶えられてしまったからだ。

 これから、ハンコック達はこの百獣海賊団で強くなる。その覚悟はまだ失われてはいない。奴隷としての日々に比べればマシだと思い、彼女達はカイドウとぬえに挟まれながらの宴会に出席した。

 

 ──ただハンコック達はまだ知らない。

 

 ──この百獣海賊団の恐ろしさはまだまだ序の口。

 

 ──そしてこれから、とある発言を切っ掛けに未曾有の大災害が起ころうとは、ハンコック達も含め、この場の誰にも予測することができなかった。

 

 ――その発言とは……。

 

「そういえば、ここにいるのは皆姉弟だね!! せっかくだし、一番上の3人で飲もっか!!」

 

「長女……? おいぬえ、お前は妹だろう!! 兄妹の中で一番上ってんならおれになっちまうじゃねェか!!」

 

「…………は?」

 

「…………あ?」

 

 ――そしてハンコック達は知ることになる。

 

 この百獣海賊団で最も恐ろしい災害は……“百獣”と“妖獣”の兄妹喧嘩であると。




蛇姉妹→百獣海賊団を知る。まだまだ世間知らずです
うるぺー姉弟→この2人がいれば無限に話を作れる説。超便利。今回は名ガイドでした
キングとフーズ・フー→臓器と葉っぱの話をしてました(迫真)
ダウト→実は林業担当
カイドウとぬえちゃん→兄妹か姉弟か。長年曖昧だった謎、遂に

と、そんな感じで、ハンコック達から見る百獣海賊団という組織紹介みたいなお話でした。まあ次回の前振りです。次回、史上最強の兄妹喧嘩、始まります。お楽しみに

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