正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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北の海から

 吐く息は白く、空からは雪がはらはらと舞い落ちる。

 それらの雪は綺麗だが、やがて降り積もり、過ぎれば人の生活の邪魔となる。

 

「はぁ……寒い」

 

 だがこれもここ最近の日常である。

 何故ならここは“偉大なる航路(グランドライン)”と“赤い土の大陸(レッドライン)”によって分けられた4つの海の1つ──“北の海(ノースブルー)”。

 季節は冬。当然、寒帯に位置する北の海でも特に寒い時期である。

 こういう時は室内に籠もってお酒で身体を温めるのが1番良い。特に北の海の酒は身体を内側から温めてくれる……早い話がウォッカである。

 海賊といえばラムなんだけども、やはり手に入るお酒はウォッカが多い。なのでここ最近のトレンドはそれだった。

 

「おい見習い!! 酒ェ持ってこォい!!」

 

「あ、はーい」

 

 船員の1人からそう言われれば、死体を放置して一旦酒を渡しに行くしかない。あ、死体が凍るのは割と良いことだと思う。バラバラに割れば樽とかに詰めやすいし、処理しやすい。

 ……でも今ここで酒を飲もうとしなくてもいいのにな、とも思う。羨ましくもあるが、よく飲めるな、とも。

 

「うぎゃああああああ!?」

 

「きゃあ~~~~っ!?」

 

「だ、誰か……!! 助けて、くれェ……ゴフッ……」

 

「やめろォ!! 市民に手を出すな!! クソッタレェ!!」

 

 周囲から連続する悲鳴の連鎖。続く下卑た笑い声。

 

「ハ~ハハハマママママ!! このお菓子、甘くて美味しいねぇ~~~♡ これをもっと、もっとあるだけ寄越しな!! 邪魔する奴は全員ぶっ殺すよ!!」

 

「おいリンリン!! 戦闘中に菓子ばっか食ってんじゃねェよ!! ったく、あの馬鹿が……!!」

 

「ジハハ、放置しとけよ白ひげ。ありゃお頭以外にゃ止められねェ。一々相手にすんのも面倒だ……それに確かに、この弱さじゃ退屈すぎて別のことしたくなる気持ちも分かるぜ」

 

「チッ……」

 

 雪が降る町の大通りで、うちの最高幹部である3人も含め、多くの船員達が大暴れ。──あっ、民家が燃えた。温かい。火は助かる。正直、私ってちょっと薄着気味だから寒いし。

 でもその手があったか、と私は納得し、直ぐに持ち場に戻って近くの相棒を呼んだ。

 

「おーい! カイドウ~! ちょっと手伝ってー!」

 

「ウォロロロロ!! なんだぬえ!! おれは今楽しんでるところだ!! 邪魔するな!!」

 

「いや、ちょっとそこらの建物に火つけたいのと……後、そこ危ないからどいた方が……あっ!? 後ろ!!」

 

「後ろ……? ッ!!?

 

 私の声に反応し、敵を殴り殺した後のカイドウが首を横に向けたところで──大砲が無防備なカイドウに直撃する。

 態々私らの為に町の中に大砲持ってくるとか大掛かりだが、まあそれでも足りないくらいなのだからむしろ良い判断だと思う。って、注意したのに結局当たったし……! ああ、もう……! 

 

「! ……“レッドUFO”!!」

 

「!? な、あれは──UFO!?」

 

「あの少女が呼び寄せたのか……!?」

 

 ぶぶー! 呼び寄せたんじゃなくて私の能力! でもまあ“偉大なる航路(グランドライン)”の住人ですらない彼らに悪魔の実の能力……それも私の訳のわからない正体不明の力が分かる筈もない──だって、私自身も完璧には分かってないんだから。

 

「う、うわぁぁぁ!? 赤いUFOが赤い弾を撃ってきたぞ!!?」

 

「なんてこった……! 海賊だけじゃなく、UFOにも襲われるなんて……この国はもうお終いなのか……!?」

 

「っ……おい!! UFOとあの少女ばかりに気を取られるな! ()()()()()()()()()()()!!」

 

 道路の向こう側でバリケードを作っている兵隊達にレッドUFOで攻撃を放つが、そんな彼らの目がUFOの方ではなく、今しがた大砲を撃ち込んだ私の相方の方に向く。私の相方──カイドウはゆっくりと後頭部を擦りながら起き上がり、

 

「あ~~~……くそ、また撃たれた……痛ェじゃねェかこの野郎……!!」

 

「……!!? う、うわあ~~~~!? あのでかい男、また起き上がってきやがった~~~!?」

 

「もう何発も撃ち込んだってのに……! 人間か本当に!?」

 

 向こうの兵士が驚きと怯えが混じった声を発するが、私は苦い笑みを浮かべる。あ~……またカイドウってば耐久力増してる気がする……これで大砲を喰らったのは10発目なんだが、普通に立ち上がってきた。さすがに気絶くらいするかな、って思ったけど、さすがカイドウ。耐久力がおかしい。耐久力だけなら見習いのレベルはとっくに超えてるんじゃないだろうか。まあ、カイドウだから、といえばそれまでなんだけども。

 

「おおおおおおお……!!」

 

「う、うわァ!? こっち向かってきたぞ!!?」

 

「ひ、怯むな!! 撃て!!」

 

「ほブ!! っ……あァ~~~……!!」

 

 立ち上がったカイドウが金棒を持って敵兵の群れに単身、突撃していくが、また砲撃を喰らっている。うわ、これで11発目……さすがにそろそろヤバい……かは分からないが、相方がやられてるのに何もしないのもアレだ。

 

「……“ダーククラウド”!!」

 

「っ!? 今度は黒い霧か!?」

 

「何も見えない……!? ぎゃあっ!?」

 

「っ、馬鹿!! 不用意にバリケードから出るな!! 上からあのUFOも撃ってきてるんだぞ!!」

 

「くそ……! とにかく撃ち続けろ!! 原理は分からないがあの少女を殺せば……!! ──がッ!!!?」

 

「!」

 

 私が得物を片手に大砲の射線から逃れつつ空から近づこうと思った直後、私だけには見えている視界の中で、遂に金棒を持った鬼がバリケードに到達し、隊長らしき男の頭を的確に、思い切りぶん殴った。

 

「誰の兄妹を殺すだと……? この野郎ォ……!!」

 

「ひっ……!?」

 

「やれるもんならやってみろ!! ウォロロロ……!! さァ!! おれ達を殺せェ!!」

 

「あ~……いつものコンボ決まっちゃった……これはもう勝負ついたね」

 

 黒雲の中、敵のバリケードの向こうで見えていないのにも関わらず金棒を振り回して敵兵を吹き飛ばしているカイドウの姿。まあ周囲が敵兵だらけだと周囲にいる奴らを殺せばいいだけだからこういう場合だと楽だ。まあ別に周囲に味方がいても関係ないんだけどね。

 それと……ちょっとその言には毎度ながらツッコミたい。いやいや、おれ達を殺せって……凄い口火の切り方、さすがカイドウ。要は相手にもその気で来てくれたら楽しいってだけなんだろうけど、相手は兵士とはいえ普通の人間。カイドウみたいな頭のネジが飛んでる奴のイカれた言葉を聞いてしまい、明らかに恐怖してしまっていた。

 

「とりあえず、今の隙に色々と……あっ! 良いもの発見!」

 

 上から何か良いものないかな、と探していると、やはりあった、手榴弾。ちょいちょい投げてきてたもんね。

 

「レッドUFO、取ってきて」

 

 と、私はレッドUFOを操ってバリケード内にあった手榴弾を回収させる。ふわふわと浮いて引き寄せられるように回収。まるでアブダクション。まぁ、大きさは精々私1人が上に座れる程度だからさすがに人や牛は回収出来ないけどね。こういう小さなアイテムを回収する時には凄く使える。

 という訳で手榴弾を回収。その間に、カイドウも敵兵を大体殴り飛ばし終わったようで、

 

「カイドウ! 敵、皆倒れてるから戻ってきて!」

 

「ああ? くそ……もう終わっちまったのか……歯ごたえのねェ……国の兵士ってのはどこもこんなもんなのか? こいつらクソつまらねェぞ、ぬえ……!」

 

「しょうがないじゃん。だって偉大なる航路(グランドライン)ですらない北の海だし……それに、今までに比べたら多分マシな方だったと思うけど」

 

「何だとクソッタレェ!! この海はこんな一発殴っただけで倒れるような雑魚しかいねェって言うのか!? ふざけやがって……!!」

 

「怒るポイントがさすがだね……よいしょっと」

 

 私はまだ暴れたりないのか、敵兵の弱さに憤慨し、つまらなそうに静かな怒りを見せるカイドウを宥めつつ、ピンを抜いて敵兵が倒れているバリケードの中に手榴弾を投げた。そしてダーククラウドを解除。

 カイドウと共に背を向け、歩き出す。するとしばらくして、

 

「!!!」

 

「あっ、焼夷手榴弾だった。ラッキー! これで少しは暖かくなる!」

 

「お前はどこに喜んでんだ……寒いなら着込めばいいだろうが」

 

「いやそりゃ言うほど寒い訳じゃないけど……それに着込んでるわよ! ほら! 長袖に手袋! ついでにさっき拾ったマフラー! これで冬用コーディネートが完成したわ! ほら! いいでしょ!」

 

 そうそう、このいつもの服に上から長袖のアウターに手袋を着れば、いつも可愛い私と私の服も、こうやって──

 

「服なんざどうでもいい」

 

「どうでもよくないわよ!!」

 

 言うと思ったが、本当に興味もなくどうでもよさそうなカイドウについ怒鳴ってしまう。というか、カイドウは普段と全く同じ格好してるし……寒くないんだろうか、熱さとか冷たさに慣れてる私でも、さすがに北の海の冬はちょっと冷えるのに……いやまあ私がそれほどじゃないんだからそりゃ特に寒くもないんだろうなぁ……。

 

「寒くないなら着込む必要もねェだろ」

 

「あるの!! だって冬にしか冬服は着れないでしょ!! 寒い時はこうやって冬服を着るチャンスなのよ!!」

 

「…………」

 

「あ! 今うんざりしたでしょ!! うんざりしたってそうはいかないからね!! せっかくだから今日は私の服のこだわりを説明してあげるわ!! ほら、まずこの黒地のワンピース。これは裾にワンポイントで赤い渦巻き模様があって──しかも黒のニーソックスや赤い靴、それに私の羽や、この三叉槍の相性が抜群にお洒落で──あ、1人まだ生きてる。えいっ。えっと、それでね、この部分が──」

 

「…………うぜェ」

 

 ──あ! 今溜息ついた! 息が白くなるから直ぐに分かる。はぁ……このカイドウはまったく。ちょっとくらい興味持ってくれたっていいのにさ。せっかく船長からめちゃくちゃ良い感じの武器貰ったのもあって、すっごく私感が高まってきたのに……。

 だがとりあえず、ただの路地裏にいた数十人の部隊とはいえ、なんとかカイドウと2人だけでカタをつけることが出来てよかった。はぁ、これでまた何かくれないかなー。今度は高級なお酒とか。まあ略奪の時に拝借するか、盗めばいいんだけどね。

 とりあえず、私とカイドウは火災が広がる路地裏から、表通りに戻ることにした。

 

 

 

 

 

 その国の表通りは普段、活気に溢れた美しい場所である。

 治安が良く、目立った社会問題もない。国民は皆、家族や友人と笑い合うことの出来る幸せ。平和を謳歌している。

 

「頼む……やめてくれ……!! 金なら幾らでもやる……!! 物資もだ……!! だから……!!」

 

 ──しかし、つい今日のことだ。この国に、巷で噂の海賊が現れ……この国は、一瞬で恐怖に支配された。

 

「──ギハハ……金や物資を……()()()()()……? ギハハハハ!! 馬鹿なこと言ってんじゃねェよ……!!」

 

「……ッ!!」

 

 その海賊は……大量の兵士で築いた死体の山を、即席の玉座とし、国の目玉でもある広場の中心で笑っていた。

 まるで一般人──いや、まるで物乞いのように地に膝を擦りつけ、両手を組んで頼み込むのはこの国の王。この国で最も尊き人物であり、善政を敷き、国民や臣下にも愛される……正に名君であった。

 

「おれァ海賊だぜ……? 本物の海賊にそんな寝ぼけた交渉が通用すると思うか? 欲しいもんがあれば奪うのさ……!! ()()()()()、どんな奴が立ち塞がろうとな……!!」

 

「……!! しょ、将軍……!」

 

 ──だが、その海賊に権力という力は通用しない。

 逆立った髪を靡かせるその男は、この国1番の強者である将軍の首を手に笑っていた。

 この国の港に停泊し、民を襲う海賊達を幾度となく退けてきた強者。その強さは海軍本部の将校にも迫り、覇気という力も習得している本物の戦士である。

 だが彼もまた、この男の前では赤子だった。他の兵士達と同様に。

 噂は噂。そのうち海軍によって駆逐され、そうでなくともこの国が脅かされるとは露ほどにも思っていなかった。

 しかし、その脅威はいとも容易く自分達に降り掛かった。海軍の支部をカマクラでも崩すようにあっさりと潰し、国の軍隊をあっさりと蹴散らした。

 それを為した海賊達。その悪名高い連中を束ねる、この男の名は──

 

「それにな……このおれの欲しいもんは、こんな小せェ国にねェんだよ……!! 分かるか、国王さんよォ……!!!」

 

 ──ロックス海賊団船長、“海の悪魔”、()()()()。懸賞金──29億6900万ベリー。

 

 歴史上類を見ない金額を懸けられた最悪の大海賊。

 何故彼がこれほどの懸賞金を懸けられるか、知っている者は少ない。

 だが1つだけ伝えられるのは……この男が秩序と平和のある“世界”に、災厄を齎す危険な存在であるということ……“世界政府”から一方的に伝えられたのは、ただそれだけだ。

 

「っ……!! なら何故我が国を襲う!!? 欲しい物がこの国にないなら早く出ていってくれ!! こんな……! 兵士だけでなく、何の罪も戦う意思もない民まで殺すことはないだろう……!!」

 

「! おーおー……良い啖呵切るじゃねェか……ギハハ、このおれを前にそうやって言い切れる奴は“偉大なる航路(グランドライン)”にも少なかったぜ……? さすが名君の評判に嘘偽りなしだな、ギハハハハ……!!」

 

「ぐっ……答えろ……!! 何故我が国を襲った!! 本当は欲しいものがあるんじゃないのか!!? あるならそう言ってくれ!! 言えば国宝だろうと私の命だろうと何だって差し上げる!! だから海賊達に国民を襲わせるのをやめさせてくれ……!!! この通りだ……!!!」

 

「!」

 

 死体の山に座るロックスに向かって、国王は凍るような冷たい地面を物ともせずに手と頭もついて涙ながらに懇願する。

 それを見た周囲のロックス海賊団の主だった顔触れも感心するように、あるいは興味深そうにその行動に笑みを浮かべる。彼らとて、海賊だがその行動に見るべきところがあるのは分かる。

 一国の王がこうやって自らの身も権力も何もかもを投げ出し、国民の命を守ろうとする。そんなことは普通出来ない。誰だって我が身が可愛いに決まっているし、特に権力者ともなれば人の何倍もその思いが強い。

 事実、この北の海に来てもう幾つもの国を襲ったが、皆命乞いをするばかりか、ただ怯えるのみ。酷い者など、国民の命を犠牲に自分だけが助かろうともしていた。

 故にロックスもその王の行動には僅かに無言を貫く。だが、それは心を打たれている訳ではない。単純に見どころある行動を取ったことに感心しているだけだ。

 

「へェ……評判以上じゃねェか……ギハハハハ……! その意志の強さ、一国の王にしておくのが勿体ねェな。もし海賊ならおれの部下にしてやるところだ」

 

「……!!」

 

 国王は何も言わない。言葉を返せない訳ではないだろう。ただ、止めてくれるまで何も言わないし、土下座を続ける気なのだ。

 兵も失い、抗う力のない王たる彼に出来るのは、こうやってただ誠意と覚悟を示し続けるのみだと分かっているのだ。無言はその表れ。殺すなら殺してくれて構わない。どの道抵抗など出来ない。彼はただ、国民の命を預かる者として、その命だけは助けてくれと重要な使命に挑んでいるに過ぎない。

 それを知ってか、ロックスも言葉を紡ぐ。どのみち、同じことではあった。

 

「──お前のお願いを聞いてやる義理はねェ」

 

「……!!」

 

 その言葉は国王にとって絶望の宣告に等しい。

 だが、言葉は続いた。

 

「だがまァ……その覚悟に免じて、お前の命と国の存続くらいは認めてやってもいいさ……ギハハ、おれ達は別に今すぐこの国を取ろうとしてる訳じゃねェからなァ……!」

 

「!? それは……どういう意味だ……!!?」

 

 国王が顔を上げて問う。その言葉は、この冬の国で汗を流してしまう程の衝撃だった。

 

「なァに……そもそも、兵士や海兵は皆殺しにしたが、国民まで殺す気はなかったんだぜ? ギハハハハ、殺したのは……まァ、()()()。うちの部下は血気盛んでよォ、戦闘になるとついやり過ぎちまうんだ……ギハハ、まァ、悪かったな」

 

「っ……!! そんな、戯けた理由で……!!!」

 

「ギハハハハ……!! まァ、そう怒るなよ。海賊に負けるような弱っちい兵と海兵、後は……世界政府や天竜人共でも恨むんだな……!!」

 

「!? それは……どういう意味だ……!?」

 

「さァなァ……? だが、精々明日の朝刊でも楽しみにしてな。またおれ達の悪名が全世界に広がるかもしれねェからよォ……ギハハハハ……!! ──野郎共!! 引き上げだ!!!

 

 話は終わったと言わんばかりにロックスは立ち上がると、部下に大声で命令を出す。そのロックスの号令の下、ロックス海賊団の凶悪な面々はぞろぞろと港に止めてある船にまで戻っていき、

 

「……世界政府……? 明日の朝刊……? ……ハァ……ハァ…………()()()……」

 

 気がつけば、破壊と殺戮、略奪の跡だけを残し、ロックス海賊団はこの国からいなくなっていた。

 広場に残るのは死体の山と……不信感が芽生え始めた、この国の王だけだった。

 

 

 

 

「はー……今日も頑張ったなぁ……でも、ここからはお楽しみの時間だ……!」

 

 ロックス海賊団は基本、島に立ち寄ってもそこで夜を明かすことはない。基本は沖に出て、見晴らしの良い海の真ん中で夜を過ごす。

 これは島に停泊中に海軍など追手が来るかもしれないという……要は対策の様なものらしい。

 ただの海軍船であるならともかく、本部の軍艦であれば、まず乗っているのは大佐以上。それに、私達ロックス海賊団は政府から非常に危険視されているので、やはり中将や、場合によっては大将や別の刺客まで寄越してくる可能性がある……そうロックス船長は言っていた。

 まあ居場所を察知されないよう、または追いつけないように、“偉大なる航路(グランドライン)”から出てきたのだから時間的な余裕はあるし、多少の軍艦程度なら突破出来るだろうが、だからと言ってロックス船長は油断をしなかった。島に長々と滞在するなど愚かでしかない。海軍の軍艦とて“凪の帯”を越えるには海王類の巣を突破しなければならないというリスクが存在する。船底に“海楼石”という海と同じエネルギーを発する石を敷き詰める技術はまだ存在しない……筈だ。だが海軍は世界政府の許可を得て“赤い土の大陸(レッドライン)”を越えることが出来るので、他の4つの海にいるとしても本部の海兵による追跡は可能だ。それほど時間的な余裕がある訳ではない。

 だからどんなに長居したとしても島には1日しか滞在しない。これが、偉大なる航路の場合、“記録指針(ログポース)”に記録を溜めなければならない為、どういう感じになるかはまだ分からないが、おそらく方針は変わらない。いざとなれば“永久指針”なども使うだろう。

 そして今日で“北の海(ノースブルー)”にやってきてから3ヶ月が経つ。とはいえ、当然だがずっと“北の海”に居た訳ではない。“偉大なる航路”に戻ったり、“西の海(ウエストブルー)”にも行った。偉大なる航路後半の海である“新世界”と呼ばれるそこからは凪の帯を越えて西の海と北の海には渡れても、偉大なる航路前半と“南の海(サウスブルー)”、そして“東の海(イーストブルー)”に行くには赤い土の大陸を越えるか、前半と後半の境目とも言える“魚人島”を通っていったりしないといけないため、まだそちらには足を伸ばしていない。海軍本部も近いしね。でもそのうち行くことにはなると思うんだけども……多分、船長はしばらく傘下を増やすつもりなんだと思う。

 新世界に行く時に毎回海賊に会って傘下に加えたりしてる。他の海でもやってはいるが、当然、新世界の海賊達は他の海とはレベルが段違いであるため、戦力を増やすには新世界が良いのだろう。方法はいつもの。素直に入れば良し。戦うようなら牙を折ってから再度傘下入りを勧め、それでも首を横に振るなら殺す。この3ヶ月で傘下の海賊団の数は10を超え、それぞれ“ロックス”の名とマークを貸し、それぞれ好き勝手に暴れさせ、同時に傘下を増やすように言付けている。

 まあこうすることでも居場所がバレにくくなるし、ロックス海賊団の傘下が世界中で暴れまわれば、それだけ海軍も対処に人を割くことになるのだ。

 という訳でロックス海賊団の旅路は極めて順調である。そして、私の方も、

 

「カイドウ! 今日も盗ってきたよ!」

 

「ウォロロロ……!! さすがだ、ぬえ……! これで今日も美味ェ酒が楽しめる……!」

 

「ふふん、そうでしょう」

 

 腰に手をやり、胸を張って誇らしげに自慢する。そう、私の海賊人生も最初にしては結構いい感じ。悪くないし、慣れてきた。

 船長から貰った三叉槍もあるし、能力も何故か強化された。まあ体力とか強さはそこまで変わってない気がするし、覇気の習得は全然だが、そこは私の工夫次第。特に盗みはかなり慣れてしまった。

 最初はどうなることかと思ったけどね。だって、

 

「ウォロロロ……さすがはおれの兄妹分(きょうだいぶん)だ……!!」

 

「ふふん、でしょう? 私を敬いなさい!」

 

 再び誇らしげになる。……いやまあ、3ヶ月前、カイドウと酒に酔った勢いで姉弟(きょうだい)としての盃を交わしてしまった時はどうなることかと思ったが……別に問題ない。特に何かが変わる訳でもないし。

 あ、でもそれとは関係ないけど、カイドウの方は毎日充実してる感じだ。毎日暴れてるし、毎日……ではないが大体気絶してるし、毎日酒を飲んでる。おかげで耐久力が少しずつ、確実に増している。

 私もそういう意味で、少しは強くなってるとは思いたいけど……どうなんだろうなぁ……? さすがにカイドウ程じゃないけど、砲弾の4、5発くらいなら気絶せずに耐えれたりするかな……? 多分だけど、分からない。何となくで言っただけだ。耐えれたとしても試したくもないし。

 

「さ、とりあえず飲みましょう!! この白ひげから盗んだお酒を!!」

 

「ウォロロロ!! そうだ! 飲むぞォ!!」

 

 と、私とカイドウはいつも通り、船倉の床に座り込み、お酒を空けて乾杯し、ごくごくと喉を潤す。はー、勝利の後に飲むと海賊って感じ。この一杯の為に海賊やってる感じする。

 

「ごくごく──ぷはぁ! さすが白ひげが持ってたお酒、美味しい~!」

 

()()()()()……確かに美味そうな酒だな……だが、誰から盗んだって……?」

 

「え~? さっき言ったし、知ってるでしょ。白ひげ、か、ら…………」

 

 ──私はそこで気づく。

 あまりにもナチュラルに入ってきたため、一瞬カイドウかと思ったが違う。今、私の後ろには──

 

「あまりにも酒が無くなるんで注意してたら……毎回お前が近くにいるもんだからな……後をつけてみた……やっぱおめェだったか、ぬえ……!!」

 

「し、ししし白ひげ!?」

 

 振り向き驚愕する。そこにいたのは白い付け髭を付けた金髪の大男──ロックス海賊団の幹部。“白ひげ”、エドワード・ニューゲートだ。

 ロックス海賊団では珍しい、カタギに手を出すことのない海賊だが、それでもなおその強さは一級品であり、船長ロックスからも重宝されている。

 当然だが、私が勝てる相手じゃない。まあ船内だととある例外を除いて最弱な私だ。別に誰でも勝てないのだが、それでも白ひげはヤバい。

 私は直ぐに立ち向かうことを諦めて逃げることにする。ダーククラ──はぶっ!? 

 

「このハナッタレがァ!! 人の酒を奪うとはどういう了見だ!?」

 

「っ……!」

 

 いっっった~~~~……!? 拳で頭を殴られた。くっ、いきなり殴ってくるなんて……!! まあ、本気だったら死んでるのは間違いないので、そりゃ手加減はしてくれてるんだろうけど、それでも痛い。覇気込めてるんじゃないだろうな。痛い……。

 

「白ひげェ!! おれ達の酒を奪うな!! くたばれクソ野郎!! ──ぐぶっ!!」

 

クソガキはおめェらの方だろうが、カイドウ!! そもそもおれの酒だァ!! てめェもいい加減にしやがれ!! ……はぁ、毎度毎度ガキの癖に突っかかってきやがって……ったく……」

 

「っ…………!!」

 

 ああん、頼みの綱のカイドウが……って、いやまあそりゃ勝てないよねぇー……カイドウごめん。私がヘマしたばっかりに……まあ殺されることはないだろうから耐えてくれ。大丈夫、私ら耐久力ならそこそこあるし、耐えられるよ。多分、きっと、おそらく──やっぱ自信ないかな。うん。

 

「う……私の酒ェ……」

 

「誰がてめェのだ、ハナッタレ。おめぇの様なガキに酒なんざ100年早ェ。ミルクでも飲んでろ」

 

「う~……!」

 

 私は白ひげに首根っこを掴まれ、まるで猫の様に持ち上げられる。何とか手を伸ばして酒を取り返そうとするが届かない。くそ……私の生きがいが……! 

 

「まったく……はぁ…………そういやァ話は変わるが……」

 

「え、何?」

 

 これは珍しい。白ひげから話を振ってくるなんて。私に何か用だろうか。

 

「……前々から聞きたかったんだが、おめェ……何で海賊になったんだ?」

 

「……お酒2本」

 

「どんだけ酒好きなんだおめェ……おれが何本もくれてやっただろうが」

 

 いやだってこれからは白ひげから盗めなくなるし、そうなると私とカイドウが飲むには足りない。はぁ……どうにかしないとなぁ……でも今はこの状況を何とかしよう。何故か白ひげが私に変な質問してきてるし。

 

「……別に。海に出たら……面白そうって思っただけ」

 

「……本当にそれだけか?」

 

「……まぁ、カイドウが海賊になるって言ってたし……ね……」

 

 と、気絶してるのか床に倒れて白目を剥いているカイドウに視線を向けて言う。というか、私よりも大分強く殴られてるね……まあ、カイドウは普段からもよく白ひげに突っかかって殴られてるし、白ひげからしても面倒なのだろう。どれくらいの力で殴ればいいかも理解しているに違いない。

 

「おめェとカイドウは兄妹か何かか?」

 

「……姉弟分にはなったけど、別に昔っからの知り合いって訳じゃない。私は……そもそも家族も生まれた時にはいなかったし、昔の知り合いなんて……誰もいない。行くところもないし、今思えば、カイドウと出会わなくても、どのみち海賊になるしかなかったんだと思う」

 

「…………ふん……なるほどな……」

 

 思ったよりもすらすらと、特に思うところもなく答えられた。思い出したくもないことではあるし、気分は多少沈むが、それだけだ。思ったよりも吹っ切れてるのかもしれない、私。とはいえ、奴らの顔を思い出すと怒りが湧いてくるけども。

 というか白ひげは……なんだろう? さっきから真面目な顔で……ひょっとして心配でもしてくれてるのかな? 私って少女だし。可愛いし。私の美少女力の前には、白ひげなんてイチコロなんだろうか? 

 

「……言っとくが、おめェのようなハナッタレの娘っ子が無事に渡っていけるほど、この海は甘くねェぞ。()()()()()()()()

 

「……ふーんだ。そんなことないもん。そのうち能力も鍛えて覇気も覚えて、あなたなんてボコボコにしてやるわ!! ──カイドウがね!!!

 

「おめェがやるんじゃねェのかよ!!」

 

「私は将来は副船長になるんだから程々でいいのよ! そう、今のあなたくらいに──」

 

「ほう……? おれが程々か……良い度胸だな……ハナッタレが……!!」

 

「きゃーーー!? 嘘! 嘘だから!! ジョークよジョーク!!」

 

 白ひげが怖い顔になった為、全力で訂正する。くぅぅ、やっぱ白ひげ怖い……他の船員よりはマシだけど、強さが他の船員より上だから、総合的な怖さはあんまり変わらない……。

 

「ふん……まァ、肝だけは据わってるみてェだがな……」

 

「あれ? 褒められた?」

 

「イカれたガキに辟易してるだけだ。もうおれから酒は盗むなよ」

 

「え、じゃあちょうだい」

 

「てめェ、さては全然反省してねェな……!?」

 

「だって! 見習いだと全然お酒飲めないんだもん!! 略奪の時に隠し持ってくるくらいしか……」

 

「……それで充分だろうが。何で足りなくなる?」

 

「……持ってきた分は基本、私とカイドウで一晩で全部飲んじゃうし……あっ、良いこと思いついた。私と一緒に飲も? ほら横で手酌してあげるから。私可愛いし、これでウィンウィンね」

 

「何がウィンウィンだマセガキ。おめェみたいな尻の青いガキが言うことじゃねェぞ」

 

 あー、色々言ってみたけどダメかぁ……色仕掛けは上手くいくと思ったんだけどなー……。

 

「──それじゃ、良い女なら同席してもいいってことかい? 白ひげ」

 

「!」

 

「……ステューシーか。おめェにも用はねェよ」

 

 その時、船倉に声と影がまた1つ加わった。

 ステューシーことバッキンガム・ステューシー。白ひげがそう呼んだ女性は自称科学者と名乗った帽子にコートを身に着けた美女であり、よく白ひげに言い寄っているところを見る良く分からない人物だ。

 彼女もまた、ロックス海賊団の一員である海賊だ。イメージとしてはお金が好き。そして、何かと白ひげに絡もうとするところをよく見かける。私はあんまり絡んだことがない。記憶の中にある誰かに似てるけど……ぶっちゃけこれがどういうことなのかはよく分かってない。

 

「……そろそろ行くか。そこの馬鹿が起きると面倒だからな……」

 

「どこかで飲むのかい? それじゃアタシも──」

 

「──用はねェと言っただろう。失せろ」

 

「っ……!! ……そうかい、分かったよ」

 

 と、ステューシーは白ひげに凄まれると直ぐに踵を返していった。

 再び、白ひげと私、気絶しているカイドウの3人になると、ステューシーが行ってすぐにはここから出たくないのか、白ひげは無言のまま立ち尽くし、

 

「…………」

 

「…………あ、覇気とか教えてもらっていい? 後、やっぱりお酒分けて」

 

「空気を読むってことを知らねェのかアホンダラァ!!」

 

「いっ……!!? った~~~い……!!?」

 

 白ひげにまた頭を殴られる。くっ……さっきよりも痛い……! さすがの白ひげも拳付きでツッコんできた。くぅ……しかし痛い……やっぱり覇気とか込めて殴ってるじゃないだろうか……! 

 

「はぁ……もうそろそろいいだろ。おれは戻るぞ」

 

「ぐっ……お、おやすみ……」

 

「…………ああ……」

 

 ……ん? 今、白ひげが去り際に何か言いたそうにしていた様な……いや、気の所為かな? どうなんだろう。もう行っちゃったから分かんないけど。

 

「今日はお酒無しかぁ……しょうがない……カイドウも気絶してるし……というか私も頭痛いし、ちょっと横になろ……」

 

 白ひげに殴られた頭を擦りながら床の準備をする。ふふん、ここは北の海でしかも真冬。何もなしで眠ることはしない。ちゃんと毛布とか枕を略奪してきたのだ。レッドUFOって便利。という訳で毛布で寝床を作って毛布にくるまって眠る。最近は朝起きるの辛いしね。おやすみー……──。

 

 ──だが、その10分後。

 

「──おいぬえ!! 酒がねェ!! 白ひげに奪われたのか!?」

 

「ん……あー……そうそう、そんな感じ──ぎゃんっ!?」

 

 私は突然の衝撃に飛び起きる、え、何? 

 

「こうなったらもう真正面から奪いに行くしかねェ……!! 行くぞ、ぬえ!! 白ひげと戦争だ!!」

 

「つつ……ちょっとカイドウ!! 私今は眠いし、そもそもそんなことしても今は絶対──ちょっ……というか……毛布ごと運ばないでぇぇぇぇ~~~!!

 

 ──そういう訳で、私とカイドウは1日に2度も白ひげに挑み、2回とも返り討ちにあった。しかも今度は私もしっかり気絶させられたことを起きてから知った。くっ……この馬鹿カイドウ……! 今度1日禁酒させてやるんだから……!




白ひげとちょっと仲良くなった!(多分)
そしてちょっとずつ成長してます。とはいえまだまだロックス海賊団の中では全然弱い訳ですけど。
そして次回は大家族に会うかもしれない。ヤバい奴らです。

感想、評価、良ければお待ちしております

-追記-

ワンピースの世界でUFOが認知されてるのはおかしいという感想が見受けられましたので一応補足しておきますが、あの世界でUFOは普通に認知されてます。なんなら一般知識です。扉絵でサンジとヤギがUFOスポットらしき場所でUFOを探してる絵(実際に後ろの空にUFOが飛んでおり、ヤギの手にもUFO SPOTと表紙に書かれた本がある)。それと、これは決定的なもので、ルフィに、ゴムゴムのUFOという技があります。パンクハザード編で使ってます。あのルフィが知ってるレベルなので、誰が知っててもおかしくない。という訳で補足終わり

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