正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
「──誰か止めろ~~~!!!」
「うおァ~~~~!!?」
百獣海賊団の本拠地──“鬼ヶ島”は今、騒然としていた。
外周部にある飛び六胞の屋敷に農園生産区画。
そして内部のライブフロアに至るまで、そこにいる船員達を次々に吹き飛ばし、暴れる。
それが侵入者であれば、“四皇”カイドウの名の下に新世界の洗礼を与えるべく、血気盛んに武器を取り向かっていくのだが、相手が相手なだけに、彼らは困った様子だった。
「おいどこ行った!?」
「探せ!! 早く見つけねェとまたなにをするか……!!」
「痛てて……危ねェ、ちょっと斬られちまった」
屈強で荒々しい船員達も苦虫を噛み潰したような顔で周囲を探して回る。ところどころ壁や床に斬撃の痕が残り、船員達の中には既に──峰打ちだが──斬られてしまった者もいた。
そして、こんなことが出来て、なおかつ許されるような存在は1人しかいない。船員達はその名を揃って呼ぶ。
「ムサシ様ァ~~~~!! どこですか~~~!?」
「お願いですから暴れるのはやめて出てきてください!!」
「カイドウさんがお探しです!! また叱られますよ!?」
「──ふはは」
──そしてそれを、複数にも重なった天井根太の上に座って見下ろす者が1人。
胸の前だけを留めた黒いフード付きのコートに白いショートパンツを身に着け、黒いブーツを履いており、黒いショートヘアーだが、赤の長い髪の一房がサイドから垂れる不思議な髪型をしている。
天井の陰の中で首にかかった胸元の逆さ十字と、肩にかかった鎖が光っている。その鎖で背負うのは二本の刀だ。
だが何よりも特徴的なのは──その頭から生えた二本の角だった。
「弱き者共に我を捕らえることが出来るものか。我を捕らえられるとすればそれは──む」
背丈は150にも満たない小柄なその少女は、下のフロアを見下ろしながら不遜に笑っていたが、不意に何かに気づいて表情を変える。
「親父達が来るな……逃げるか」
そのまま少女は立ち上がり、その場から退散しようとする。少女には自分を捕まえようとする者達の気配が見えていた。
「ふはは、さて鬼ごっこの時間だが……こう言う時はなんて言うんだったか……そうだ、思い出したぞ!! ──“
誰にも聞こえてないにも拘わらずそう言うと、少女は獣に変化してその場を跳んで離れていく。
──地下フロアから離れた私はその気配を見て追っていた。
「農園区画で暴れています!!」
「何してやがんだムサシの奴は!!」
「あァ!!? 私の農園で何してんだあいつ~~~!!!」
部下の案内を受けて、カイドウ達と一緒にそちらへ向かう。
カイドウやうるティが怒っているが、私はその部下の情報に新たなものを加えた。
「──移動して……今はライブフロアにいるみたいね」
「何だと!!? ならまた逃亡しようってんじゃねェだろうな!?」
「わかりません!! とにかくカイドウ様達を呼べと暴れ回っていて……!!」
「チッ……おいキング!!」
「!」
私が見聞色で捉えた気配を教える部下に確認を取ったカイドウが舌打ちをしてキングの名を呼ぶ。そうしてムサシを捕まえるための命令を出した。
「先回りしてろ!! おれ達が行くとどうせまた逃げやがるだろうからな……!!」
「は……しかしカイドウさん。ムサシの奴は見聞色でおれ達の動きを見て動いているかと」
「わかってる!! だから“スマシ”でぬえの指示通りに動け!!」
「ええ、了解です」
カイドウの命令を受けてキングが懐からスマートタニシことスマシを取り出し、そのまま先へ向かおうとする。私もカイドウの肩の上に乗ったまま他の面々にも指示を出した。
「ライブフロアにいるなら、そこを塞ぐように道を塞げばいいのよ。まあ空はキングと私のUFOでいいとして……クイーンは表口で、ジャックは裏口。うるティちゃんは屋敷から抜ける横口を他の部下と一緒に埋めなさい!!」
「おお!!」
「それでカイドウと私はこのままライブフロアに向かうわ。何かあったらスマシで連絡ね!!」
「は!!」
「ムサシの奴~~!! 今日という今日は脳天カチ割ってやる!!」
そうして集めた大看板や飛び六胞などの幹部陣が全員部下を率いて散らばり、ムサシを捕まえるために動き出す。子供1人捕まえるのに結構な大掛かりではあるが、ムサシ相手ならしょうがない。その理由を思って息をつく。
「はぁ……全く何度も何度も逃げられて……あんた達、ちゃんとムサシのこと見てた? 今日は辻斬りから帰ってきて大人しくしてるって聞いてたんだけど?」
「申し訳ありませんっ!!」
「逃げる時に気づきましたがムサシ様のあの腕っぷしの強さです!! 止められる筈もなく……」
ムサシの見張りについていた部下達は身体に包帯を巻いた状態で必死に釈明する。……まあ確かに止められる筈がないといえばないんだけどね。この場合はムサシの強さを褒めた方がいいのか、部下の弱さを叱った方がいいのか迷うが、とりあえずそれは保留にしてカイドウに声を掛ける。
「それで、今回はどう躾する? ぶっ飛ばす?」
「当たり前だ!! ぶっ飛ばしてしばらく飯抜きにしてやる!!」
「じゃあ10日くらいかなー。数日くらいじゃ全然罰にならないし」
(それ躾けじゃなくて拷問だろ……!!)
(相変わらず普通の家庭じゃねェな……)
ん~? なんだか部下達がなんとも言えない顔してるけど……ま、いいや。それよりもムサシを捕まえることを考えよう。
「まあでも私達がいる時で良かったね。特に私がいないと捕まえるの相当苦労するし」
「ムサシは強い見聞色の覇気を生まれつき持ってるからな……!! それだけならまだしもバカなことを言って毎日暴れやがって……ヤマトもそうだが、どうしてあんなにバカに育つんだ!!」
「リンリンのパーフェクト子育て教室でも受講しに行く?」
「誰が行くかあんなババアのところに!!」
「“ハ~ハハママママ!! リンリンの子育て教室……!! 始めるよ……!! このおれみたいな四皇目指して”──」
「!!!?」
「化けるな!!」
「あ、一瞬でバレた」
(し、心臓止まるかと思った……!!)
能力で自分の姿をリンリンに変えて歌いだしてみると部下達が飛び跳ねる程驚いたが、カイドウにはさすがに通じなかった。
「お前までバカやってんじゃねェ。さっさと行くぞ」
「はーい。──ん?」
カイドウの言葉に返事をして、気を取り直して見聞色でムサシの位置を探ると……その直後に別の気配を見つける。
いや、ムサシの居場所も大体掴めたが……こっちまで何かやっているみたいだった。
「おい、どうした?」
「ん~~~……なんかヤマトがさっきの場所に移動してるみたいで」
「何だと!! 早く言え!!」
「仕方ないでしょ。私だって常に同じ場所見てる訳じゃないんだしさぁ……あっ」
「今度は何だ!?」
「多分だけど、ヤマトがページワンを気絶させて……ん、今度はムサシの方が暴れてるっぽい」
「あァ!!?」
これは……タイミング的にムサシが注意を惹き付けようとしてるのかな? なるほど。ムサシの見聞色は生まれつき持っている分、気配を読み取ることだけは私よりも上だし、向こうもヤマトの気配を感じ取ってから動いたってところだろう。
ということは……狙いはもしかして日和ちゃんかな? 確かにヤマトなら接触する動機は十分。ムサシも素性を知れば興味を持ってもおかしくない。
しかしとはいえだ。今更日和ちゃんが後戻りすることは簡単じゃないし、せっかくの機会だ。向こうはちょっとだけ放置して、精々いい感じに煽って貰おうかな?
──不意の出来事に遭遇しても、動じない心を持つこと。
あるいは動じたとしても、すぐに平静を取り戻し、対処すること。
これは戦闘の心構えとして私がこれまで教わったことの1つだ。
敵の教えではあったが、強くなるためには教えは素直に受け取るべきである。
中には感情に任せて戦い、それでも勝ってしまうような者もいると言うが、それが通じる程自分は強くない。冷静に頭を回して戦う方法を学ぶべきだ。特に、多くの侍はそれで失敗している。
だからこそ、自分は熱くならない。
激情に身を任せて刃を振るうことは楽だろうが、それでは勝てない。
怒りや強い意志は覇気となる。ゆえに激情に駆られて戦った時の方が通常よりも僅かながら強くなる可能性はある。
だがそれで大きな差は埋まらない。
怒りで勝てるなら侍は勝っている。父も母も亡くなってはいない。
純粋な力こそが強さだ。それがなければどれほどの業物も激情も能力も宝の持ち腐れだ。
だからまずは強くなる。激情を封じ、何事にも動じず、ただ己を鍛え続けるのだ。
『父上、母上……私はこれから──“鬼”となります』
そう……鬼となり、強くなると父と母の墓前に誓った。
その誓いを胸にこれまで、どんなことをされても動じずに仇敵の仲間として過ごしてきたのだ。
これからもそれは変わらない。この試練を乗り越えた後にも、己は心を鋼にしてその時が来るまで情を封じて鍛え続けるだろう──そう思っていた。
「……何を言ってるんですか?」
「あっ、すまない!! 興奮して自己紹介が遅れた!!」
般若の面を被った長身の……男はページワンを気絶させた棘の潰れた金棒を背中に背負い直し、改めて私に向かって名乗りを上げる。
「──僕はヤマト!! 光月おでんだ!!!」
「──なるほど。狂人ですね」
結論は出た。これと話してると頭がおかしくなるし、ここまで鍛えた鋼の精神がボキボキに折られ、仮面が剥がれ落ちてしまうだろう。
その前に会話を打ち切り、心を閉ざす。そうした方が良い。
「狂ってなどいない!! 僕は正常だ!!」
無視だ無視。狂人は決まってそう言う。
しばらく黙っていれば諦めて去るだろう──そう思っていたが、その時は割とすぐに来そうだった。
「……そうか、違うか……」
「……!」
狂人が首を捻って何やら考え込んでいる。その場を歩き回っている。そうだ。そのまま牢の外へと出て行け。そうして心の平穏は守られ──
「光月おでんの口調はもっと男らしかったものな……よし、努力する」
「誰が口調が違うと言いました!!?」
──ない。平穏が崩れた。
私はついツッコミを入れてしまう。不覚だった。この狂人に狂わされたのだ。
「ひ……姫……そやつ、頭がおかしいです。お気をつけを……!!」
「……言われなくてもわかってます」
河松が牢の外からそう声を掛けてくるが、言った通りだ。言われなくてもわかってるから言わなくていい。改めて言われるとちょっと気が滅入る。
「大丈夫だ!! 危害は加えない!!」
「……それで、あのカイドウ総督の子供が、無様に敗北した父の娘に何用ですか?」
「無様じゃない!! おでんは立派な侍だ!! それに比べて……僕の父は卑怯で恥ずかしい!!」
「…………」
「なんと……カイドウの……息子……!?」
──河松が驚くのも無理はない。
光月家に縁のある者達であれば恨まない者はいないあのカイドウの子供だ。
自分はその存在だけは知っていたが、しかもそれが父を名乗っており、しかも父を立派な侍だと言い、対して自分の親であるはずのカイドウは卑怯者扱い。
これは一体どういうことなのか。このヤマトは……一体何を考えているのか。
「……カイドウ総督の……我が父を殺した相手の息子が、なぜ父を騙っているのですか?」
「僕は12年前のあのおでんの処刑をこの目で見たんだ!!」
「……それで?」
「それでとても胸が熱くなって……悔しかった!! 殺したのは僕の父とオロチだ!! 悔しくて涙が止まらなかった!!」
ヤマトは般若の面を被ったまま、強い勢いでそう言う。……よく見れば、その格好は父、光月おでんの物に似ていた。
「誰かが彼の意志を継がなくちゃいけない……そう思って僕は“光月おでんになる”と誓い、それを父達に打ち明けたんだ!!」
「……結果は?」
「ぶっ飛ばされた。父は分からず屋だ……まだ弱い僕にはどうすることも出来なかった」
「……なるほど。狂ってはいても道理がわからない訳ではないと」
「狂ってない!! 僕はこの国を開国する!! ……でも今は力が足りないし、まだその時じゃない……だから僕は力を蓄えてその時を待ち続けることにした……だけど、そんな時に君が光月おでんの実の娘、光月日和だという情報を妹から教えて貰った!!」
「妹……確か、ムサシ……」
「そうだ。ムサシは僕よりも隠れるのも上手いし、何よりも生まれつきの見聞色の覇気のおかげで耳聡い。……まあちょっぴり頭がおかしくてメチャクチャなところがあるんだけど……」
「あなたがそれを言いますか……」
「でもあのおかしなことを言う妹も今回は協力してくれた!! その日和が拷問されると聞いて、僕は助けに来たんだ!!」
「……どうすると?」
日和は率直に相手がどうするつもりなのかを問うた。──答えについてはその後でも遅くはないからだ。
「君はここにいては駄目だ!! このままでは殺されてしまう!! だからこの鬼ヶ島を……いや、ワノ国から出るんだ!!!」
「…………これは昇格試験と言われましたけど」
「拷問だ!! 本当に昇格試験だったとしたらこんなに厳しくはしない……真打ちの昇格の条件に飛び六胞を倒すか、7日間耐えた後に仲間を殺すかなんて厳しすぎる!! 3日と
「…………」
ヤマトのその言葉に思わず眉根をピクリと反応させてしまう。……“保つ訳がない”。つまり──“弱い”と言われたのと同義だ。
だからそのタイミングで言うことにした。
「──お断りします」
「! なぜだ!!?」
「……今あなたが言ったことです」
「え!?」
そう、ここから逃げるなんて、そんなことはしない。する必要はない。ヤマトに教えてやる。
「3日と保つ筈がない。勝てる訳がない……つまり、これを乗り越えれば──私はもっと強くなれる」
「!!」
理由を告げる。ヤマトだけではない。河松にも聞かせるように。
「ここは私の目的に最も近い場所です。強くならなければ、生き延びても意味がない。それは“死”も同然です。──だから河松も、自分を殺させて私を出すなどという道を選ばないで下さいね?」
「……!! ひ、姫……しかし、それは……そんなことは──」
「する必要がないと? ……なら聞きますが河松。あなたはどうやって目的を遂げるつもりなの? まさか何の代償も無しに、目的を遂げるなんて甘いことを言うつもり?」
「そうは言いませぬ!! しかし、姫が死ねば戦いの、その先に希望がない!! 代償ならば、我らが負いまする!! 姫が血を流す必要は──」
「──河松」
「!」
熱くなって私を止めようとする河松の名を呼び、私はその語りを止める。忠義に生きる侍の意思表明だが、それを受け入れる気は私には全くない。
「この際だから言っておきます。私は……戦いの
「!!? 何を……!!」
「あなた達の言い分はわかります。父や母の愛したこの国を守り、その意志を継ぐ……開国をするために、仇討ちをして、その先を担う者を守る……」
そう、それはわかる。
だが、
「それは私でなくていい」
「!!」
「跡取りなら1人いれば十分。……それに私は、父や母……私達家族を貶めたこの国を──もう好きにはなれない」
「ひ……め……!! っ……!!」
言い切る。
河松は拳を握り、歯を食いしばり、悔しそうに涙を流していた。その姿に思うことがないと言えば嘘になる。
──だがこれが“覚悟”だ。
何もかもを投げ売ってでも目的を達成する。そうでもしないと届かない。
そうしても届かない可能性の方が遥かに高い。
でもそうでもしなければ、父が討てなかった怪物を討てはしない。
「──ヤマト様」
「! 様を付ける必要は……」
「いいえ。今の私は百獣海賊団にお世話になる海賊。それでは示しが付きません」
「……! 君は……本当にこのままでいいのか!? このままでは君も……君の家臣もどっちも死んでしまうかもしれないんだぞ!!?」
「死んだらそれまでですが……そうですね……もし助けるなら、河松の方をお願いします」
私は地面に正座をして、精神を集中させる。
直にページワンが起き上がれば、その時は戦いだ。その時に備える。
ヤマトや河松はそうして欲しくはなさそうだったが、それでもだ。
「ここで死ぬような私なら仇討ちにはいりません。河松が生きた方が戦力になります。でも問題は私が勝てず、しかし生き延びた時……そうなれば貴重な戦力である河松は死ぬ。ですから、都合よく行くのであれば河松の方をお助けください」
「…………わかった。善処する」
「!!? 駄目です!! それは!!」
何を思ったのか、ヤマトの方はややあってそれに納得した。河松の方が納得しておらずに騒ぎ立てるが、私はそれを無視してヤマトに頭を下げる。
「忝ない」
「いや……礼には及ばない。そもそも助けることが出来るかはわからないんだ」
そう言って、ヤマトは檻の外に出ていく。──だが去り際に。
「……もし生き延びたら見せたい物がある」
「……顔でも見せてくれるのですか?」
「あ──そうだな。それじゃ念の為に僕の顔を憶えといてくれ」
と、ヤマトは仮面を外し──……え?
「…………あなた、女性だったのですか?」
「光月おでんは男だろ? だから僕は男になったんだ!!」
「…………」
緊迫した空気とこちらの覚悟をぶち壊すようなカミングアウトに、私は何も言えなかった。これで恨みがなくなる訳ではないが……ほんのちょっとだけ、カイドウを不憫に思ってしまった。
「──う……クソ、が……!!」
「! マズい!! それじゃあ僕はこれで!!」
そしてその時、とうとうページワンの意識が回復したのを見て、ヤマトが去っていく。……何も言わずに立ち去ればいいのに、変に真面目なせいでバカに見える。
「起きましたか」
「くっ……おい!! ヤマトはどこ行った!!?」
「立ち去りましたよ」
「チッ……フザケやがって……!!」
舌打ちをし、胸の辺りを擦りながらも起き上がる。やはり動物系古代種のタフネスは普通じゃない。
ヤマトの一撃も凄かったが、無防備なところへの不意打ちでダウンを取ったのに、僅か数分で起き上がるのは明らかに異常だ。だが、これが飛び六胞のレベルである。
これでもまだ大看板には及ばないし、ぬえやカイドウとは天と地ほどの差がある。強くならねばならないと改めて思ってしまうものだ。
「……てめェ……ヤマトと何か話してなかったか?」
「……ええ、まあ……私を逃がそうとしてたみたいですが断りました」
「断っただと? ……逃げようとしたが逃げられなかったの間違いじゃねェのか?」
ページワンが睨みを利かせてくる。当然だが、あの光月家の人間が忍び込んでいたということに不信感がない筈はないため、警戒しているのだろう。
だが私は率直にその問いに答えた。
「──まさか。乗り越えれば強くなれて、“真打ち”にもなれるこの機会を逃す手はありません」
「! ……てめェ、何を考えてやがる」
「勝つこと以外は……
そう──私は“勝つ”。
父が勝てなかった相手に勝つために。勝って仇討ちを遂げるために、七難八苦に身を晒し、それを乗り越えるのだ。
私はその気配を感じ取り、思わず声を上げた。
「──あ、ヤマトだけどっか行ったみたい」
「あのバカ息子が……!! ──おい野郎共!! ヤマトの奴も捕まえて来い!!」
「は、はい!! すぐに!!」
辿り着いたライブフロアでカイドウが部下達に命令を出す。部下達は倒れてる仲間を治療したり運んだりと大忙しだ。
そしてムサシはいない。既に逃げたが──私はその気配を感じ取ってスマシで指示を出す。
「ジャック~~裏口行ったから足止めしてキングと挟み撃ちね」
『ええ』
「怪我しないよう気をつけてね~~♡ ジャックには、この後も
『は……気をつけます』
真面目なジャックが真面目に応答する。まあこのままジャックとキングに挟み撃ちにすれば捕らえられるだろう。多少は粘るかもしれないが、それでも時間の問題だ。
「は~……忙し忙し。これが終わったらヤマトも捕まえて、2人ともお仕置きして日和ちゃんのところ戻ってしばらく観戦して……え~と、その後何があったっけ?」
「あ~~~……そうだな。無駄に予定が詰まってやがる。──おいソノ!! スケジュールを教えろ!!」
「え~~~……畏まりました」
カイドウがその名を呼ぶと、物凄く面倒そうにソノが出てきて手帳を開いた。でもこう見えてソノは真打ちの中でも色々出来て有能なんだよね。事務作業とかこういうスケジュール管理とか応接とかも出来るし、戦闘も当然出来る。面倒くさがり過ぎるのがちょっとアレだけども。今ここにいるのもムサシを追いかけるのが嫌だったんじゃないだろうか。別に良いんだけどね。
「え~~と。はぁ……──今日は夜にオロチ様に飲みに誘われていますので、それに参加。明日の朝にジョーカー様が帰還予定で、挨拶と報告が終わった後、折を見てジャック様昇格の第一試験の後、夜には客人と会食。1人は“王下七武海”海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴ様で、もう1人はギ…………はぁ、口が疲れました。この後の私の予定は全部お休みがいいです。休み下さい」
「そんなに働いてないのに!!?」
部下達がソノに揃ってツッコむ。あはは、ソノは相変わらずだねぇ。
「何だ、そんなに休みてェのか?」
「はぁ……カイドウ総督はバイタリティ溢れてていいですね……逆にもっと休んだらどうですか? ほら、たまには家族でピクニックとか……」
「……誘っても来やしねェだろう」
「まあ行っても結果は目に見えてるよね!! 史上最強の親子喧嘩でその一帯が焦土と化す!! 私の作った弁当が木っ端微塵で私もキレる!!」
「クソ……なんだってウチのガキ共はどっちもバカなんだ……!!」
「さっきも同じこと言ってたよ? ん~~でもまあせっかくだし相談してみる? ほら、ドフラミンゴとか人生経験豊富そうだし、酒の席で相談してみようよ!!」
「そうだな……」
「え~~……カイドウ総督はアレですか。娘に“お父さんの洗濯物と一緒に洗わないで”って言われる感じの反抗期の娘を持った父親的な感じですか」
「……まあそうだが」
(そうなの!?)
「あはははは!! まあまあしょうがないしょうがない。年頃だしね」
部下達が相当驚いていたが、カイドウだって一応は人間だからね。そりゃそういう悩みもある……というか外部のイメージだとカイドウは理解不能の怪物で鬼のように語られているが、こう見えてかなり真面目できちんと計画を立ててスケジュールで動いたり、家族問題で頭を悩ませて、酒でそれを忘れようとして忘れられないくらいには人間味がある。昔は脳筋だったけど、今はそうでもない。
「なんとかできねェのか……おいぬえ。笑ってねェでお前も何か案を出しやがれ」
「え~~……う~~~ん……家族との時間をもっと作る!! ──とか?」
「やってるだろうが。飯の時はいつも呼んでるが、無視される」
「嫌われてるからねぇ。それにあんた絶対酒飲むし、普通の子供は親が食事の時に酒飲んでるの嫌がるんじゃない? 知らんけど」
「風呂に誘ったら鬼ヶ島から逃亡しやがった」
「どっちも女の──子じゃないけど、まあ思春期だからじゃない?」
「馬鹿げたことをしたらちゃんと叱ってる」
「叱り方が“雷鳴八卦”だしなぁ……まあ強くなるからそれは良いと思うけど……」
娘の躾け方法が毎回それだから、そりゃまあ普通の感覚だと嫌われるよね。……まあ避けられてる原因は別にそこではないんだけども。嫌ってるというのもちょっと違うしね。
「──あ、そうこう言ってる内にジャックが……」
「おう、捕まえたか」
私は言う。見聞色で感じ取った気配から察するに、これは──
「斬られたかな?」
「あァ!!?」
あ~~……結局怪我しちゃったっぽい。でもまあタフだし、大丈夫でしょ。キングも追いつくみたいだしね。
鬼ヶ島には、入り口が複数存在する。
表口に裏口。横から入ることだって出来る。
その入り口の全てを封鎖し、待ち構える──ジャックはその役目を全うしようとしていた。
「──ジャック様!! 裏口の封鎖、完了致しました!!」
「……お前らはそこで待機してろ」
「はい!!」
部下に指示を出し、それを待つ。
ぬえの指示だともうすぐでここに奴がやってくる。
警戒するに越したことはない。
なぜなら相手はそれだけ──強いからだ。
「──やっと来たか、ムサシ」
「む──やはりここはジャックか!!」
その時、地上に足をつけて現れたその少女にジャックは目を向ける。
背中の二刀を抜き放ち、既に臨戦態勢。
「だがしかし!! これしき押し通れぬ我ではない……!! 受けてみよ……世界最強の斬撃を!!」
──マズい。
僅かに反応が遅れ、その隙を突くように相手は懐に飛び込んできた。
「──“桃源十拳”!!!」
「!!」
「じゃ、ジャック様ァ~~~!!?」
胸を浅く斬られ、ジャックは血を吐く。
だがすぐに相手を睨み、刃を向けた。
「! ──ふはは!! さすがにタフだな!!」
「っ……ムサシ……カイドウさんの命令で、お前を捕まえる……!!」
「親父達が来る前にケリをつけるか!! やれるものならやってみろ!!」
ジャックの覇気に真っ向から対抗するその少女は、ニイッと口端を歪めてその突発的な戦いすら楽しんでいた。
「凄まじい剣技だ……!!」
「ジャック様が斬られるなんて……!!」
「!! ──ふふん、お前達、見る目があるな。この私の剣に目をつけるとは」
「えっ……あ、いや……」
「よしよし!! そんなに知りたいなら教えてやろう!! 剣豪である我が名を!!」
「い、いや、知ってますから別に……」
百獣海賊団の船員達は、急に得意気になった少女に困惑する。
名前は誰でも知ってる。他ならぬ、カイドウの娘なのだ。
しかし名乗りたいのだろう。その赤色の瞳を輝かせて、その少女は胸を張って名乗りを上げた。
「我が名は……赤髪の花剣の光月・霜月・ジュラキュール・フーズ・キング──ムサシ!!!」
「長ェよ!! 名前が!!」
「しかも適当にくっつけてる~~~!!?」
海賊たちが大口を開けて驚く。だがムサシはそのツッコミに動じなかった。
『カイドウの娘(自称“光月おでん”(を含む剣豪)の娘)ムサシ』
「フン……心力が弱き者にはわからぬか……窮屈でござる!!!」
「もうなんか発言がメチャクチャだ!!?」
「お気を確かに!! ムサシ様!!」
カイドウの娘であるムサシの正気を疑う海賊達。
しかしムサシの目には彼らは映っていなかった。見ているのは──剣を抜いたジャックだ。
「ほう……そういえばジャックも剣を使うんだったな……しかも強い……よし。お前も私のパパにしてやろう!!」
「パパにしてやろうって何だ!!?」
「聞いたことねェよそんな台詞!!」
彼らのツッコミは止まない。それだけ意味不明でイカれた発言だった。
そしてその間に、ムサシは再びジャックに肉薄し、その刀をジャックに振ると、
「そして……わかるな? お前の剣技を──娘になった私に伝授するのだァ――!!!」
「……!!」
「メチャクチャだ~~~!!?」
ムサシとジャックの斬り合いが始まり、鬼ヶ島裏口で鋼の音が連続した。
ヤマト→自称光月おでんのやべー奴1号。日和ちゃんの覚悟を見て内心は……?
ムサシ→自称おでんの娘のやべー奴2号。強い剣士は皆自分のパパ。剣士で闇鍋する中二病のやべー奴
日和→無自覚に百獣メンタル。ある意味オロチにも通ずる。狂人と知り合う。
河松→尊厳破壊
カイドウ→育児に悩むパパ。最強生物なのに可哀想。死にたくなりそう。
ぬえちゃん→他人事みたいで可愛い
今回はこんなところで。日和ちゃんのテストは色んなイベントを進めながら並行。7日間あるので。次回は金です。そしてその後に日和ちゃん。そしてジャックくんの回が控えてます。お楽しみに。
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