正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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JACK

 ──新世界“ワノ国”は泣く子もいなくなる“四皇”百獣海賊団とワノ国将軍黒炭オロチの支配下である。

 海賊と復讐者によって支配され、閉ざされた国に希望はない。今やワノ国で栄えていると言える場所は花の都だけ。それ以外は全て無法の荒野である。

 腹を満足に満たすことが出来るのは花の都の住人と生活に必要な商人達だけ。労働者も辛うじて生きることの出来る程度の金や食料を貰えるが、常に腹の虫を鳴かせ、住民達は痩せ細っている。

 そして反抗する侍──盗賊に成り下がった者達もまた、辛うじて百獣海賊団やオロチ配下の役人から食料などを奪うことで生きているが、それも簡単なことではなかった。

 

「──ぎゃはは!! 居たぞ!! 盗賊だ!!」

 

「食料を奪ったのはお前達だな!?」

 

「くそっ……!! 見つかった……!!」

 

「UFOも来る!! どうにか逃げるぞ!!」

 

 ワノ国、九里の荒野でUFOからの信号を受け取った海賊と役人達が盗賊を追い立てる。

 彼らは博羅町という百獣海賊団とオロチの配下達が住まう町から来た者達であり、毎日の様に盗賊や浪人を捕らえるために動いている。

 侍達は逃げるしかない。本気で反抗するならその場だけは勝てるかもしれないが、それは無意味なことだ。下っ端を幾ら倒しても百獣海賊団の兵力はまるで無尽蔵。幾らでも討伐の部隊が送られてくる。

 それに下っ端が倒されれば、彼らを束ねる“真打ち”が──あるいはそれよりも上の存在を怒らせることになり、怒らせた本人だけではなく、それに近しい親族や友人、果てはその町まで破壊され、地獄と化す。

 だからこそ、多くの住民は従うしかない。

 

「お──お待ちを!! お代は……!?」

 

「あァ!? んなもん払う訳ねェだろう!! こんな寂れた店で食ってやっただけでもありがたく思え!!」

 

「あぐっ!!」

 

 町にある定食屋で百獣海賊団の船員とオロチ配下の役人が支払いを踏み倒し、それどころかお代を求めた店主を蹴り飛ばす──が、こんなものは当たり前だが罪にはならない。

 

「生意気言いやがって!! 気分の悪い店だ……そうだ、店を燃やしちまおう!!」

 

「!!? な……そ、それだけは……ぶっ!!」

 

「うるせェよ、へへへ……おいお前ら、店の物奪って火を付けちまおう」

 

「へへ、ああ。……お、看板娘か? 中々上玉じゃねェか。よし、お前も連れて行こう」

 

「きゃああ~~~!!?」

 

「っ……この悪鬼共め……こんなの……あんまりだ……!!」

 

「ギャハハ!! 黙れ下人共!! お前らに人権なんてものはねェんだ!!」

 

「オロチ様の支配下にすら入れぬお前達に何をしても罪にはならない!! たとえ家を燃やし、女房や娘を攫ってもな!!」

 

「おれ達のボスが誰だかわかってんだろ? 逆らいたいなら逆らってみるんだな」

 

「……!!」

 

 海賊と役人の言葉に、下人である彼らは何も言うことは出来ない。

 何しろ真に恐ろしいのは彼らではなく、彼らの後ろ楯である“真打ち”だ。

 その存在を子供でも知っている。九里の博羅町の元締めであるその男は、真打ち最強の6人──“飛び六胞”の1人である。

 

「──おい、ホールデム……」

 

「は……はい……!」

 

 博羅町で1番大きな屋敷。その一室で巨大な椅子に腰掛ける身長7メートル程の巨漢が、何人かの部下の前で威圧感を醸し出す。

 いの一番に威圧されているのはホールデムと呼ばれた大柄な男。百獣海賊団の真打ちだ。

 だが椅子に座るその男と比べれば身体の大きさも実力も大人と子供程の差がある。

 そしてそんな相手に凄まれているホールデムは怯えている。普段は部下や住民に怯えられる様な存在のホールデムだが、その男と比べれば立場は他の部下達と変わらない。

 

()()()()()……捕まえられないだけならまだしも、何の情報も得ずに帰ってくるなんてな……」

 

「す、すみませんジャック様!! くノ一を見たという男を捕まえたのですが、拷問しても口を割らず……どうやら空振りだったようで……」

 

 ホールデムは必死に弁明を行う。その男は仕事に失敗した部下への制裁を厭わない。その弁明を聞いて、納得しなければ容赦のない制裁が加えられるだろう。

 

「……その男とやらは死んだのか?」

 

「え? あ、い、いえ……まだ牢に繋いでいて……」

 

「……腕の一本や二本は落としたんだろうな?」

 

「っ……それは……」

 

 していない。その問いかけに対する返答の遅さで男はそれを察する。

 ゆえに彼は間髪を容れず、ホールデムに向かって指示を出した。

 

「──男の家族、友人、恋人。そいつらの首を男の前に並べてやれ」

 

「! は、はっ……それは構いませんが……しかし拷問は既に──ひぐっ!!?」

 

 ホールデムが了解の意を返し、その上で口を挟もうとしたその直後、太い丸太のような腕が伸びて、ホールデムの頭を掴み、宙へ吊り上げる。

 

「ガッ……アッ……ああァ……や、やべでぐだざ……ァ……!!」

 

「馬鹿野郎が……腕の一本や二本も落とさず……親しい者も殺さねェ……その程度で侍が口を割る筈がねェだろう……!!」

 

 男が万力のような力でホールデムの頭部に圧力を掛ける。ホールデムは宙でジタバタとしながら藻掻き苦しむことしか出来ない。

 だがそれでも男はホールデムを殺さず、低い声で叱責を続けた。

 

「中途半端な拷問をするな!! やるなら目をくり抜き、四肢を落とし、親しい者の首に刃を突きつけろ!! そして口を割ろうが空振りだろうが終わったら殺せ!! 情けは厄介な復讐を生む!!」

 

「あ……ガ……!!」

 

 その男の残虐な言葉の数々に部下達もゾッとする。この男は今言った行為を何の躊躇もなく行える人物なのだ。人としての良心など微塵も残っていないと思わせるほどの声色は、未だ人間である彼らの本能に恐怖を与える。

 

「わかったかホールデム……わからねェようなら、おれがてめェで実践してみせようか……?」

 

「ば……わ゛がりばぢだ……!!」

 

「ふん……」

 

 男はホールデムの返答を聞いてホールデムを床へ落とす。許されたようにも見えるが、その目には“次はない”と二度目の失敗を許さないと言外に告げていた。

 

「ジャック様!! 先程、鬼ヶ島からすぐ来るようにと連絡が……」

 

「……ああ」

 

 そしてちょうど良いタイミングで部屋に入ってきた部下は男への報告を行う。

 内容は百獣海賊団の本拠地“鬼ヶ島”への帰還命令だ。

 ゆえに男は立ち上がり、ホールデムを一瞥もすることなく何人かの部下を連れてそのまま部屋を出ていく。

 

「…………」

 

 そしてこの男。顔の下半分を鉄仮面で隠したその巨漢の男の名は──ジャック。

 九里の元締めであり、百獣海賊団の飛び六胞の1人である海賊。

 そんなジャックは鬼ヶ島への道のりを行きながら、やはり仕事の事を考えていた。

 

 ──そう……部下や九里の人々などに恐れられているジャックはこう見えて百獣海賊団で随一の……真面目な働き者であるのだった。

 

 

 

 

 

 ──“鬼ヶ島”。

 

「おいジャック……“九里”のアガリが悪ィな」

 

「は……」

 

 百獣海賊団の本拠地。構成員2万人の大兵力を持つ四皇の一味が行き来するその島は、髑髏状の洞窟を中心に建てられたカイドウの屋敷や多くの建造物で成り立っている。

 ワノ国の腕の良い職人と百獣海賊団の大工達が腕を振るって造り、今なお増築が行われる建物は巨漢の人物が多い百獣海賊団に合わせて、かなり広々とした空間や通路が目立つ。

 その中の一室。そこでジャックは怒られていた。

 

「毎月のノルマは必ず達成しろ。特にぬえさんのアイドルグッズだけは必ず完売させろと……いつも言ってるよなァ!?」

 

「すまねェ……キングの兄御……!!」

 

(ジャックさんが怒られてる……)

 

(アイドルグッズの営業失敗であのジャックさんが)

 

 叱責を受けるジャックは平謝りを続ける。先程まで部下を威圧感たっぷりに叱っていたとは思えないほどに。

 しかしそれが百獣海賊団の最高幹部。“大看板”のキングとあってはジャックは謝り続けるしかない。

 ジャックにとっては子供の頃からの兄貴分でもある。目上の存在であり、その強さと怖さに尊敬もしている大看板以上の人物には頭が上がらないのがジャックだった。

 

「お前も“大看板”を目指すならクイーンの馬鹿みてェなお荷物にはなるんじゃねェぞ……わかったか!! “ズッコケジャック”!!!」

 

「は!!」

 

 キングの怒声にジャックは素早く返事を返す。

 クイーンのことを馬鹿と呼んでこちらを叱責することは度々あることで、それに対し返事をすることはクイーンが馬鹿だと認めるようなものだが、返事をしない方がダメなのでジャックは返事をした。

 するとキングも言うべきことを言って溜飲が下がったのか、冷静な声で告げる。

 

「ならいい。……それで話は変わるがジャック。お前に頼みたい仕事がある」

 

「何でしょう?」

 

「ウチのナワバリの島で反乱が起きてると報告があった。それを鎮圧しに行ってこい。どうにもウチの傘下じゃ手こずる相手らしい……最初はフーズ・フーとササキ辺りに頼もうと思ったが、あいつらは俺の言うことを聞かねェからな……!!」

 

 頼まれたのは百獣海賊団ではよくある仕事。ナワバリで起きた反逆者の鎮圧と見せしめ。

 ワノ国も含めてナワバリの島々を恐怖と暴力で治めている百獣海賊団のシマでは、時折こうやって反乱を起こす者達が現れる。

 そういう奴らを潰すのはまずそれぞれのシマを任せている傘下の海賊団や、真打ちの仕事だが、それでは手に負えないとなるとナンバーズや飛び六胞が派遣されることになる。

 更に大事となれば大看板が直接出向くこともあるが、それはその土地一帯への死刑宣告にも等しいため、滅多なことで大看板が出向くことはない。

 となれば飛び六胞の誰かに仕事が回ってくるのは自然だが、フーズ・フーやササキの様な外様から成り上がった者達は大看板にも対抗心を見せているため、カイドウとぬえ以外の命令はよほどのことがなければ聞くことはない。

 そのためか、大看板の言うことを素直に聞くジャックに仕事が回ってくるのはよくあることだった。……そして今回も、ジャックは躊躇いなく首肯を返す。

 

「ええ、わかりました」

 

「任せたぞ。おれはこれからヤマトぼっちゃんとムサシお嬢様の躾をしなくちゃならねェ……手が離せねェんだ」

 

「……ご苦労さまです」

 

 キングもまたカイドウから任された仕事をこなすべく、ジャックに仕事を頼み終えてすぐに部屋を出ていった。

 ジャックはそれを頭を下げて見送る。きちんと部屋から出ていってしばらくしてから顔を上げると、ジャックは部下に命じて自身も移動する。

 

「遠征の準備は?」

 

「既に!! いつでも船を出せます!!」

 

「よし……なら行くぞ!!」

 

「はっ!! ジャック様!!」

 

 ゴーグルを付けた若い部下が活きの良い返事をする。確か最近入った船員だ。以前にぬえに目を付けられてもいた。名前はシープスヘッド。

 ジャックが名前を憶えている理由は雑魚の部下の中でも多少マシな雑魚だからだ。構成員2万人の船員達の名前など一々覚えていられないため、覚えるのは真打ち以上のメンバーだけでいいが、自分の部下ともなると多少出来る雑魚なら覚えておいた方がいい。仕事に役立つからだ。

 

「──おう、ジャック。こんなとこにいたか!!」

 

「! クイーンの兄御……」

 

 だがそうやって仕事のことを考えながら通路を移動していると、通路の先からまたジャック以上の巨漢がやってきたためジャックは頭を下げる。

 百獣海賊団の大看板、クイーン。ジャックにとって頭の上がらない兄御の1人だ。

 

「聞いたぜ“ズッコケジャック”!! お前仕事ミスったんだってな!!」

 

「は……すまねェ……クイーンの兄御……!!」

 

「ムハハ……構わねェが、ジャック。お前はキングの変態野郎みてェなお荷物になるなよ!!」

 

「は……!!」

 

 今度はクイーンがキングを馬鹿にしながらこちらを叱責する。当然、返事をしないことはありえないので返事をしてまた頭を下げた。

 クイーンは今はさほど怒っていないのか、機嫌が良さそうですぐにジャックの返事に満足そうに笑っている。──だがその後にジャックに向かって指示を飛ばした。

 

「だが会ったならちょうどいい。お前に頼みてェ仕事がある。取引で吹っかけてきた生意気な奴らがいるんだけどよ。そいつら捕らえてブツを奪ってきな!!」

 

「……ええ、わかりました」

 

「頼んだぜ!! 生かして連れて来いよ!! 盛り上がる見せしめ考えてんだ!!」

 

 頼まれた仕事は荷を奪ってこいという海賊としての本業とも言える仕事。

 巨大な組織である百獣海賊団では当然取引もよく行われるが、そういう時に舐めた態度を取る奴には取引すらしない。そもそも普通なら奪った方が早いし、殆どの場合はそうして奪うか、叩き潰して無理やり絞り出させる。

 取引は旨味がなければやらない。ドフラミンゴやテゾーロなどの一部のそこそこ大きな組織相手でないと取引にすらならないのだ。

 

「──ああ、そういや……ぬえさんが呼んでたぜ」

 

「!」

 

 仕事を引き受けたのを見て去っていくクイーンに再び頭を下げると、その去り際に呼び出しの連絡だ。

 クイーンが見えなくなったところで、ジャックはすぐに踵を返す。その呼び出しを無視するというのは百獣海賊団ではありえないことだ。

 だがしばらく出歩いたところで、再びジャックが無視出来ない人物と出会う。

 

「──あら、ジャックじゃない」

 

「! 帰ってたのか……ジョーカーの姉御……!!」

 

 室内であるためか、日傘を閉じて歩いている美女の名はジョーカー。

 やはり彼女もまた百獣海賊団の大看板。背丈こそ普通の女性よりやや高い程度だが、その実力は当然ジャックよりも数段上であり、頭が上がる筈はない。すぐに頭を下げると、ジョーカーはジャックを見上げて微笑んだ。

 

「フフ、ちょうど今帰ってきたところよ。ジャックはこれから任務かしら?」

 

「ええ、まあ……これからぬえさんのところへ向かうところです」

 

「そう……ならもし余裕があったらでいいからちょっと仕事を頼まれてくれない? 最近デザイア島に海軍とCPのスパイが大量に入ってきてるんだけど……そいつら、目障りだから何人か()()()()()

 

「は……わかりました」

 

「余裕があったらでいいわ。しくじられても困るし。後で情報を届けさせるわね。それじゃ」

 

「ええ、ご苦労さまです」

 

 頭を下げてジョーカーを見送る。ついでに仕事を頼まれたがこれもジャックは二つ返事で了承した。

 ジョーカーから頼まれる仕事はやはり政府から得た情報などに関係するものが多い。特に潜り込んできたスパイなどは定期的に駆除するようにしている。ある程度は許容するが、数が増えると面倒らしい。与える情報の操作にも手間が掛かる。

 かといって消しすぎると怪しまれるため、程々にというのがいつもの消し方だ。百獣海賊団の諜報はジョーカーが担っていると言っても過言ではなかった。

 ……いや、半分はそうだが、もう半分、この手の工作が得意な者がいる。それこそが──

 

「──ぬえさん」

 

「あ──お疲れジャック~!! 今日も海賊楽しんでる~?」

 

 百獣海賊団副総督──ぬえ。

 カイドウの兄姉分であり、唯一対等の存在と言える女海賊。

 見た目は少女だが、見た目通りだと思うと地獄を見る。見た目が怖くないからと思って舐めた真似をするような奴は百獣海賊団にはいない。その恐ろしさは皆知っているし、そもそもそういう馬鹿な奴は皆いつの間にかいなくなった。

 

「……ぬえさん。用事ってのは……?」

 

「そうそう!! ()()()採ってきて!!」

 

「……は……?」

 

 急に言われたその頼みに思わず間の抜けた声を出してしまう。ゾウ肉……ジャックの好物もそうだが、別にだから採ってきてほしいと言ってる訳でもないだろう。

 おそらく自分が食べたいだけなのだろうが、一応意味を聞いてみることにした。

 

「……ゾウ肉なら幾つか仕入れてる筈ですが」

 

「いやいやいや、そういう普通のじゃなくてね~。特定の島にしか存在しない凶暴な象がいるんだけどさ。その象肉、結構美味しいらしいから採ってきて欲しいの」

 

「……なるほど……わかりました」

 

 おそらく雑魚だと多少手こずる象なのだろう。なら自分に頼むのも頷けるとジャックは了承した。失礼しますと一声掛けた上ですぐに遠征に向かおうとする。

 

「──その島、結構強い奴も現れるっぽいから気をつけてね~♡」

 

「……? は……!!」

 

 最後、念を押すようにそんな言葉を掛けられ、ジャックは一瞬頭に疑問符を浮かべたが、すぐに頷いた。ぬえの発言はどことなく全てが意味深に聞こえるし、なんてことのないものにも聞こえてしまう。気になる言い方だが、今は考えても仕方のないことだとジャックはその部屋を後にして船へと向かう。

 

「あの……ジャック様」

 

「何だ?」

 

 だがその道中、部下から恐る恐ると声を掛けられる。

 何だと応じると、部下達は一様に戸惑っており、その代表として1人が告げてきた。

 

「仕事……確かに断るのは恐ろしいですが、さすがにこのスケジュールだと……少し断った方が……」

 

「──なぜだ」

 

「え?」

 

 ジャックは部下の発言に何を言ってるんだという意味で“なぜ”と問いかける。

 だがきっと部下達にはわからないものだ。だがジャックにとっては、仕事を断るなど言語道断。ありえないこと。

 ゆえにジャックは言った。百獣海賊団の飛び六胞としてだ。

 

「バカ野郎!! やるに決まってんだろ!!!」

 

「え!!?」

 

 そう──やらないなんて選択肢はない。

 カイドウやぬえ。そして大看板の彼らの部下であり、カイドウとぬえの懐刀である大看板を目指す者ならこう言うべきだ。

 

「おれを誰だと思ってる!!!!」

 

「え~~~~!!?」

 

 ──この時、ジャックは既に三日間の完徹……一睡もしていない。

 だがジャックはそれでもなお仕事を完遂させるべく船を出した。

 

 ──ジャックのハードなスケジュール……その仕事振りを見た者は後にこう言う──“ジャック様は……頭のネジがイカれてる”と……。

 

 

 

 

 

「──ジャック様。レボル島が見えてきました」

 

「ああ……見りゃわかる……!!」

 

 ──百獣海賊団“飛び六胞”ジャックに“朝”なんてものはない。

 起きる? ──そもそも眠る必要がない。

 一日、二日寝ないなんてことは当たり前。そんな悠長なことをしていたら仕事がこなせなくなってしまう。

 だがそれでも体力的には問題ない。飛び六胞ともなれば一週間、不眠不休で戦うことなど当たり前にこなせるし、大看板ともなればそれ以上のタフネスを持つ。

 カイドウやぬえの様に1ヶ月以上戦い続けるような無尽蔵かつメチャクチャな体力はなくても、大看板を目指すならこれくらいで参ってはいられない。

 動物系古代種のタフさとパワーは鍛えれば鍛えるほど増幅する。より強くなり……そしてより破壊を楽しむためには鍛えることが重要だった。

 

「来やがった!! 百獣海賊団だ!!」

 

「終わりだ……!! やっぱ反乱なんて無茶だったんだ……!!」

 

「怖気づくな!!! ここで膝を折ればまた奴隷の日々に逆戻りだ!! ここで勝たなくては自由は手に入らない!!」

 

「そ……そうだ!! 海賊なら既に倒してる!! また倒せばいい!! 勝って自由を手に入れるんだ!!!」

 

 キングの兄御から言われていた反乱のあった島──レボル島。

 多くの武器工場が建ち並び、そこで島の住民は奴隷のように働かされている……百獣海賊団のナワバリでは特に珍しくもない島だ。

 

「ジャック様。住民達は武器工場の武器で武装している様です!!」

 

「迫撃砲を用意して陣を敷いています。なので、こちらも大砲を……」

 

「──必要ねェ」

 

「え?」

 

 力もない癖にぺらぺらと尤もらしいことを高らかに謳いあげる雑魚共。反乱者を許せばまた新たな反乱を生む。

 ゆえに反乱を止めるには見せしめの破壊と殺戮が必要だ。

 

「あんなゴミ共に大砲の弾は勿体ねェ……おれの後に続け!!」

 

「……!! はっ!!」

 

「うお!! ジャック様が変身するぞ……!!」

 

「へへへ……反乱者共、死んだな」

 

 恐怖を植え付ければ反乱する者などいなくなる。

 だからこそ、この島の反乱者は痛めつけなければならない。

 

「!! 来たぞ!! 弾の準備はいいか!!?」

 

「ああ、問題ねェ!!」

 

「!!? おいなんだありゃ!!?」

 

「象……じゃねェ!! ありゃあ──マンモスだ!!!」

 

 地響きがその島に鳴り響く。

 反乱者達は港を破り、関所や建物を破壊しながら進撃してくるその獣を見た。

 古代の動物──マンモスは反乱者を踏み潰すために大勢の獣の部下を引き連れて進軍する。

 

「う、撃て!! もっと撃て!! あれはおそらく敵の能力者だ!! 止めねば陣が破られるぞ!!」

 

「撃ち続けてます!! それでも止まりません!!」

 

「クソ……化け物が……!!」

 

「──死ね」

 

 大地に巨大な足跡を付けながらジャックはただ真っ直ぐ前に進む。

 大砲の弾を無視し、陣の前まで辿り着くとその鼻を一振りして反乱者をその大量の大砲ごと吹き飛ばした。

 

「ぐわああああ~~~!!?」

 

「ギャハハ!! バカ共め!! ジャック様に大砲の弾など効くかァ~~!!」

 

 部下共の下卑た声を耳にしながら、ジャックは人を踏み潰し、建物を薙ぎ倒し、破壊を撒き散らしていく。

 

「反乱者には死あるのみ!!」

 

「ぎゃあ~~!!?」

 

「もうやめてくれ……!!」

 

「やめるかよバーカ!! 泣き叫べ!! 死ぬほど後悔しながらそして死ね!!」

 

 部下達もそれに続く。百獣海賊団には血気盛んで暴力や略奪を好む者が多い。

 四皇一の武闘派と言われ、力こそが何よりも強い物だと疑わない彼らにとって、弱者を虐げることは何の罪でもない普通の行為だ。躊躇などする筈もない。

 

「──反乱の首謀者か」

 

「た、頼む!! 我らは労働の改善を要求しただけだ!! 話し合いを……!!」

 

「黙れ!! ぺらぺらと往生際の悪い野郎だ……何と言おうが反乱者は──皆殺しだ!!!」

 

「!! やめ──」

 

 反乱の首謀者をジャックは鼻の一振りで叩き潰し、部下達に命令する。

 

「誰一人として逃がすな!!! 反乱者の家族、妻や子供、親、親族も皆探し出して殺せ!!!」

 

「ヒャハハ!! 了解です、ジャック様!!!」

 

 反乱者は皆殺し。その親族とて容赦なく殺戮していくジャックとその部下達。

 反乱に加担していないという一部の人のみを残し、数時間にも及ぶ捜索と殺戮は終わった。

 ……だがそれでジャックの仕事は終わりではない。

 

「ジャック様!! 反乱者の掃討、終わりました!!」

 

「よし……引き上げるぞ野郎共!!!」

 

「おお!!!」

 

 大声で部下に引き上げを伝える。島にあった物資などで補給を終え、ジャックは次の仕事へ向かう。

 

 

 

 

 

「ジャック様、見えてきました。夜島──デザイア島です」

 

「リストを寄越せ」

 

「はっ、こちらです」

 

 ──ジャックには“夜”もない。眠らない島の住民とはいえ一日に一回は必ず眠るだろうが、ジャックは良くて2日か、3日に一回程度だ。長い時は1週間近く眠らない時もある。

 仕事終わりなど存在しない。常に真面目に、上からの仕事をこなすのがジャックだ。

 

「……カジノの従業員に娼婦にホームレス……よくこんなにスパイを送り込んできたもんだ……」

 

「如何しましょう?」

 

「1人ずつブチ殺す……島中を探し回れ!! 見つけたら報告しろ!!」

 

「はっ!!」

 

 部下達を捜索に入らせ、ジャック自身も島に入る。かつては百獣海賊団の本拠地として使っていたこともあるこの島は今も領海の1つであり、ジョーカーが元締めとして治めている。

 ナワバリの中だと裕福な場所であり、強制的に働かされている奴隷など、表向きには存在しない。島の住民の殆どは富を得ていて幸福だ。ナワバリの中では珍しい場所でもあり、遊びに訪れる政府の人間すらいるらしい。

 そんな場所だからこそスパイの玄関口となる。表の顔は政府側であるジョーカーもいるからこそ、ここは特に鼠が入りやすいのだ。

 

「──あら、逞しいお兄さん♡ 少し遊んでいかない?」

 

「……ああ、遊んでやる」

 

 ジャックは客引きの美女の誘いに敢えて乗り、店の中に入る。そして中に入った瞬間に部下から銃を受け取った。

 

「さあ、そちらのベッドに──」

 

「ああ──そこがお前の墓場だ……!!」

 

「!!? ……え……?」

 

 背を向けたその瞬間に銃の引き金を引いて撃ち殺す。政府の諜報員とはいえ、油断しているところでは脆いものだ。

 

「どう……して……?」

 

「呆気ねェもんだ」

 

「美人なのに勿体ねェっすね。殺害命令じゃなけりゃ捕らえてお持ち帰りとか……」

 

「バカなこと言ってんじゃねェ。次行くぞ」

 

「へい」

 

 ジョーカーから届いた諜報員のリストを見ながら1人1人、殺害していくジャック。逃げられると面倒であるため、感づかれる前に殺した方が楽だ。

 だが中にはそれでも感づく者はいる。そういう奴らとは直接戦って殺すしかない。

 

「くそ……!! なぜバレた……!!?」

 

「さァな……!! どの道死ぬんだ……疑問に思う必要はねェ!!」

 

「くっ……“剃”!!」

 

「!!」

 

 ……だが諜報員を捕まえるのもまた一筋縄ではいかない。

 特に逃げに徹する諜報員──特に六式を極めたCP0の諜報員ともなれば捕まえるのは至難の業だ。

 

「ダメです!! 見当たりません!!」

 

「……!!」

 

 そして部下達で彼らを捕らえられる筈もなく……ジャックは諜報員の始末を7割程度しか達成することが出来なかった。

 だが失敗に苛立つ時間もない。ジャックはすぐに船を出して次の仕事へ向かう。

 次は取引で吹っかけてきた仲買人の始末だ。

 

 ──だが仕事にはイレギュラーが付き物だった。

 

仲買人(ブローカー)を護送している軍艦……ありゃ“大参謀”おつるの船だ」

 

「ただの海軍中将ならまだしも……おつるはヤバすぎる。ジャック船長。次の任務へ向かいますか?」

 

 遠くに見える軍艦──海軍本部中将、おつるの船を見て部下達が諦めたような雰囲気を醸し出す。

 だがそれにジャックは異を唱えた。

 

「──船を寄せろ!!」

 

「ええ!!? し、しかし、相手はあの……」

 

「相手が誰であろうと関係ねェ!! いいか……この際だからお前らに教えてやる!! カイドウさんやぬえさんの命令に“やらない”なんて選択肢はない……!! あるのはやって、()()()()()()()()()()……!!!」

 

「……!!」

 

 ジャックのその発言に部下達は戦慄する。ジャックの恐れ知らずとも言えるその行動力と忠誠心に。

 だがジャックにとっては当たり前のことだ。ジャックはカイドウやぬえ、大看板の兄御、姉御達を尊敬している。

 これが大看板ならどうだ? ──相手が誰であろうと突撃して任務を果たそうとするだろう。

 これがぬえやカイドウなら? ──軍艦が何十隻あろうと突撃して大暴れし、破壊と恐怖を撒き散らすだろう。

 ならジャックもそれに続くのだ。百獣の旗を背負うなら戦争を恐れてどうする。

 

「軍艦を襲うぞ!!! 戦闘準備だ……!!!」

 

「は、はいっ!!!」

 

 そうしてジャックは海軍中将おつるの船を襲撃した。

 海賊は普通、自分から海軍や政府を襲うことはないとされているが中には頭のネジが外れた例外もある。

 “四皇”百獣海賊団はその例外の最たるものだった。

 

 

 

 

 

「ジャック様!!」

 

「目を覚ましましたか!?」

 

「…………!!」

 

 ──ジャックに休みがあるとすれば、それは負けた時だ。

 戦闘で負けて気絶をすれば、当然回復が必要。しばらくは睡眠を取って休むことになる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「~~~~……!!!」

 

「ひっ……!?」

 

 だがジャックにとってその休みは嬉しいものではない。

 なにせ負けたのだ。負けて嬉しい訳がない。むしろ負けたことに凄まじい怒りを覚える。

 起きたばかりだと言うのに血管を浮き上がらせ、目が血走る。拳をギリギリと震わせて自分を負かした相手と自分への怒りに唸り声を漏らす。

 

「……指針は?」

 

「は……はい。もうじき、ぬえ様が指定した無人島に辿り着きます」

 

「……上陸準備をしろ」

 

「はっ……」

 

 しかし怒りを覚えはしたがすぐに冷静に戻る。いつまでも怒っていてはしょうがない。怒りは次の破壊で発散すればいい。今は次の任務を果たすために全力を尽くす時だ。

 

「……島ではいつもより注意して掛かれ」

 

「へ……? ただの獣狩りでは……?」

 

「バカ野郎。ぬえさんが態々採ってこいと命令する獣だ。普通の訳ねェだろう……」

 

「……そ、それは確かに……!!」

 

 そう、特に次はあのぬえから頼まれた仕事だ。

 それだけにジャックとしては特に失敗したくないし、相手が相手なだけにとんでもなく厄介な匂いを感じていた。

 

「それとジャック様……船倉で人と言いますか――」

 

「ん!? まさか密航者か!!」

 

「い、いえそうではなくてですね……真打ちの……ソノ様が寝ていて……」

 

「!?」

 

 ――そしてジャックは再びちょっとしたイレギュラーに見舞われながらも、その島への上陸を果たした。

 

 

 

 

 

 ──“新世界”とある無人島の海域。

 

『フーネーフーネー♪』

 

 その島の海域を行くその船は──不思議なことに歌っていた。

 船首にお菓子を模したような顔があり、まるで生きているかのように声を出して気ままに歌っている。

 その巨大な船は新世界でも見ただけで多くの海賊達が血相を変えて逃げ出すほどの旗が掲げられている。

 そんな船の甲板には少々変わった海賊達がいた。

 

「──無人島ガラガラコスパ島。この島は数百にも及ぶこの島独自の生物が生息すると言われている()()()

 

「…………」

 

 その船の甲板で島の説明を行っているのは、非常に細く長い足を持った男だった。

 男はサングラスの奥からその島を眺めながら、その隣にいる巨漢に語り聞かせる。

 

「そしてここからが重要……この島で採れるとある生物の卵は非常に美味であり、市場にも滅多に出回らない品なのだボン!!」

 

「……それは結構なことだがタマゴ男爵。このおれが態々出向く必要はあるのか?」

 

「ええ、この島に人間が住み着かない理由……それはこの島に住む動物の強さ!! 半端な海賊では動物に逆に餌にされてしまうのでソワール」

 

「ふん! お前達だけでは手こずる可能性があるということか」

 

 そう言ったのは鎧を着込んだ大柄のいかつい男性だった。

 その男に足の長い男性も他の海賊達も畏まっている。それは今、この場にいる者達の中では彼が最も上位の立場であることを表していた。

 

「情けない話でありますがその通りでフィーユ。ママは次のお茶会で出すお菓子にその卵を使うようにと言っているブプレ。万全を期すのが得策でソワール」

 

「──なるほど。それはそうだ」

 

 足の長い男性の言葉に納得して頷く巨漢の戦士。

 その男が剣を手に島を見つめたところで、部下達は恐ろしくも頼もしさを感じる。何しろ、この男はこの“四皇”ビッグ・マム海賊団でたった4人しか名乗ることの許されていない最高幹部の1人。

 

『ビッグ・マム海賊団“スイート4将星”ビスケット大臣 シャーロット家10男 シャーロット・クラッカー 懸賞金6億6000万ベリー』

 

「──ならさっさと終わらせて帰るぞ!!!」

 

『ビッグ・マム海賊団戦闘員“騎士”タマゴ男爵 懸賞金2億2900万ベリー』

 

「──ええ、ママはお茶会の遅刻が大嫌い。恩に着るでルネサンス」

 

 ──新世界の辺境の無人島で、密かに四皇同士の小競り合いが起きようとしていた。




ジャック→生え抜きの百獣海賊団船員。他の飛び六胞が言うこと聞かないので大看板に重宝されてる。労災。社畜。以下ジャックの引き受けたクエスト(仕事)一覧
キング→反乱の鎮圧(○) 反乱者は一族郎党皆殺しにした。
ジョーカー→スパイの抹殺(△) 幾人かを逃した。
クイーン→仲買人襲撃(×) おつるが先んじて捕らえていた。構わず襲撃したが負けて気絶。
ぬえちゃん→美味しいゾウ肉の採取(?) 無人島に到着。しかし島には別の海賊も……。“ゾウ”を殺しに行く展開を想像した人は安心して。まだそんな酷いことやらないよ!
カイドウ→遠征に出る前に娘を捕らえる任務は成功した。
労災→海賊にそんなものはない(無慈悲)

というわけで今回はジャック君主役の回でした。次回もジャック君です。最後に出た連中とやります。お楽しみに


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