正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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昇格

 ──試験開始から120時間後。

 

「ウ゛……ァ゛……」

 

「あらあら、まだ生きてるなんて可哀想に……でもこれでいいかしら? ──ぬえさん」

 

「おーけーおーけー! ありがとブラックマリア!! 中々良いショーだったよ♡」

 

 地下牢の檻の中で地面に倒れたまま虫のように藻掻き、掠れた呻き声を上げる少女を高い位置から見下ろすのは百獣海賊団の飛び六胞──ブラックマリア。

 そして牢屋の外には相変わらず機嫌良さそうにその戦いと少女の藻掻きを見て楽しむぬえ。それとキングではないもう一人の巨漢。

 

「ムハハ!! 小紫たん中々やるな!! だがありゃもう死ぬぜ!! ぬえさん!!」

 

「あはは、どうだろうねー?」

 

 ぬえの隣。椅子に腰掛けて何やら道具を弄っているのは百獣海賊団の大看板“疫災のクイーン”だ。

 彼は牢屋の中で今しがたブラックマリアに半殺しにされた少女、日和を見て笑うが、ここで死なせるには惜しいとも思った。

 それは強さやおでんの娘であるという理由ではない。理由はその美貌だ。

 

「相変わらずカワイイぜ~♡ このまま殺すには勿体ねェな!! なあぬえさん!! どうせ捨てるんならおれに──」

 

「ん~? 確かに日和ちゃんは可愛いけど……ひょっとして──私より可愛いとは思ってないよね?」

 

「!」

 

 ──しまった、とクイーンは自分の不用意な発言に焦る。

 ニッコリと笑顔を向けてくるが、発言を間違えればやべェことになる。そう思ってクイーンはすぐに返答した。

 

「い、いや、そんな訳ねェじゃねェか!! この世で1番可愛いのはぬえさんに決まってるぜ!!」

 

「え~? そうかなぁ♡ そこまで言われちゃうと照れちゃうな~♡」

 

「もはや可愛いの概念だ!! 可愛さの化身!! 古代兵器級の可愛さ!!」

 

「褒めすぎだよ~♡ えへへ♡ そんなに褒められても日和ちゃんはあげないからね~♡」

 

「(危ねェ……なんとか誤魔化せた)そっすか……」

 

 冷や汗を掻きながらもぬえが頬を押さえて喜んでいるのを見てなんとか誤魔化せたと息をつくクイーン。ぬえより可愛いものはいない。それが百獣海賊団の常識だ。

 

「ふふ、それにしてもジャックの代わりに小紫ちゃんの相手をすることになるなんて……あれだけ色々教えてあげた娘を痛めつけるのは悲しいわ♡」

 

「あはは!! 色んな人に想われて日和ちゃんってば幸せだね~?」

 

「確かに!! それは言えてるぜ!!」

 

「…………!」

 

「もうやめろ……!! やめてくれ……!!」

 

 そしてブラックマリアが日和を去り際に見下ろし、そのまま牢屋の外に出てくる。牢屋の外ではぬえとクイーンの笑い声と河松の泣きながらの懇願の声が響いていた。

 何しろ河松はこの5日間ずっと寝ずに主君の娘が嬲られる姿を見せられている。寝ることなど出来ない。食べ物も水も与えられないことよりも、日和が今にも死にそうなこの状況の方が辛く、そして自分の弱さを悔しがっていた。

 

「あはははは!! もう日和ちゃんも河松ももっと頑張って~♪ 後48時間でこの昇格試験も終われるよ~?」

 

 そしてそれを見てぬえは笑う。河松のその怒りから始まり、悔しさと悲しさが入り混じり、そして遂には憎き敵に主君の命乞いをするその侍の姿を、ぬえはまるでショーでも見るように楽しんでいた。

 

「さすがぬえさんえげつねェ!! 休憩ありとはいえ、一週間ぶっ通しの戦闘を耐えきれる訳ねェ!!」

 

「でも5日耐えてるだけでもよくやってるわ。しかも飛び六胞(私達)が相手ですもの」

 

「まあ残り48時間って言ってもここからがキツイからね~♪ 最初の2日とは訳が違うわ。既にスタミナも限界を超えきってる。ボロボロになって身体が動かなくなっていく中で後どれくらい保つか、それとも極限を超えてなお生き延びるか……ふふふ♡ どうなっても結果がすっごい楽しみ!!」

 

 ぬえが笑っているがその目は爛々と赤く輝いている。見る相手に恐怖を与える目だった。

 その少女の様な好奇心と妖怪の様な残虐性が入り混じった赤い目で真っ直ぐ見られると心臓を握り潰されるような威圧感を感じるもの。

 ただの見た目通りの少女ならこんな目は出来ない。屈強な海賊や海兵、侍を怯えさせることは出来ない。長年彼女の子分として見てきている大看板のクイーンや飛び六胞のブラックマリアでさえ恐ろしく感じてしまうものだ。

 だがそれに惚れ込んだからこそ子分になったとも言える。彼らは圧倒的な強さと恐ろしさを持つカイドウとぬえに深い畏敬の念を抱いていた。恐怖から従うのではなく、尊敬し、その上で自ら膝を屈することを選んだのだ。

 

「試験といやぬえさん。ジャックの奴はどうなったんだ?」

 

「ジャックは長引いてるっぽいし、向こうも長期戦になってるのかもね!!」

 

「ならぬえさん。後2日の試験も私が? うるちゃんとぺーたんは今遠征でいないでしょう?」

 

「そうだねー。ブラックマリアでも良かったけど~~……それだと同じ相手で芸がないからね──ということでジャックの代わりの2日間を担当してくれるサプライズゲスト2人の登場~~~♪」

 

「!」

 

 そして同じ想いを持つ部下達もまた彼女の命を受けて地下牢へとやってくる。

 今ここにいないジャックの代わりとして呼び寄せられたのはやはり“真打ち”最強の男達だ。

 

「──来たぜ、ぬえさん!!」

 

「──まさか小紫が光月の娘だったとはなァ……」

 

「チッ……お前らか……」

 

 クイーンがその相手を見た途端、表情を歪ませた上で舌打ちをする。クイーンにとってはあまり相性が良くない2人。

 百獣海賊団の飛び六胞であり、元海賊団の船長という経歴からか、大看板の座を狙う強い野心の持ち主──ササキとフーズ・フー。

 その2人がぬえの招集に応じてやってきたのだ。

 

「2人ともよく来たね!! 手柄の為によく働いてくれてるし、もしかしたら忙しいかなーとも思ったんだけども」

 

「いやそりゃぬえさんやカイドウさんの招集なら受けるぜ!! それにあんな面白い話を聞いちまったら他の仕事なんて身に入らねェしよ!!」

 

「ササキの言う通りだ。ぬえさん、()()()は本当なのか?」

 

 そして2人はやってくるなり、クイーンやブラックマリアには目もくれずぬえに話しかける。ブラックマリアは特に気にしていないが、クイーンは露骨に鼻白み、手元の道具を再び弄り始める。

 そんな中、ぬえは2人にとって最重要とも言える言葉を発した。予め電伝虫で告げていたことを、改めて教える。それは──

 

「本当よ!! 次の“金色神楽”で()()()大看板と飛び六胞をお披露目するつもり!! つまり飛び六胞が1人大看板に昇格して、真打ちから誰か1人が飛び六胞に昇格よ!!」

 

「……!!」

 

 フーズ・フーとササキの目の色がぬえの発言により変わる。それは待ち望んだ言葉でありチャンスであった。

 そしてだからこそ、2人はこの場にやってきたのである。そう、その資格を得るためにだ。

 

「……ならそのためには──」

 

「電伝虫で言った通りよ!! 今の所の第一候補はジャックで、このままだとほぼジャックで確定だけど~~~……でも貴方達に機会を与えないのも不公平だし納得しないかなって思ってね♪ 昇格を賭けたテストのテストを、2人には受けさせてあげる!!」

 

「──()()()ガキを殺せってことか」

 

「……!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、牢の中にいた日和の目が見開かれ、同時に河松も歯を食いしばる。

 だが彼らにとってはそんなことはどうでもよかった。大看板の座を得るためのチャンス。ジャックに一歩劣っていることは業腹だが、そこに文句を言ってもしょうがない。ここでは文句があるなら力で証明するしかないのだ。

 だからこそその証明の機会を得るために2人はこの場にやってきて、ぬえの笑顔での説明をしっかりと聞く。

 

「そう!! 2人はそこの日和ちゃんを24時間以内に殺せたらジャックと大看板昇格を賭けた戦いを挑むことが出来まーす♡」

 

「……本当にそれだけでいいのか?」

 

 単純なルール。細かい部分も電伝虫で聞いた時と同じだろう。

 だがだからこそ、それだけで本当にいいのかと問いかけてしまう。それくらい一瞬で終わるが? と。そしてその自信に頷きながらぬえも答える。

 

「まあそれだけだと簡単過ぎるよね~♡ なのでそこの河松を加えた二対一でやってもらおうかなって♪」

 

「……!! 真か!!?」

 

 その返答に誰よりも驚いたのは河松だった。それもそうだろう。本当なら日和を守るために戦えるチャンスが巡ってくるのだ。戦えれば守れる──いや、守る。絶対に守るのだと再び消えかけていた心に火が灯る。……だが。

 

「でもよ。先に殺っちまったらどうするんだ? 後攻だともうそれだけでチャンスが無くなる。それは勘弁してもらいてェが」

 

「そうだな。その場合は?」

 

「……!! 舐めおって……!!」

 

 ササキとフーズ・フーはその2対1というハンデなどどうでもいいと言わんばかりに細かいルールを問いかける。そしてその発言が河松に怒りを覚えさせた。

 何しろ先攻を取れば絶対に勝てる──と言っているのだ。最後の1日まで生き残る未来などないと。

 それと同時に、昇格を競う一方の相手の実力もまた認め、こんな奴らでは相手にならないと舐め腐っている。侍としてこれほど屈辱なことはない。先攻後攻などとゲーム感覚なのも怒りを増長させた。本人達は至って真剣ではあるのだろうが、河松からすればそれこそどうでもいい話だった。

 

「んー、その場合はまた別のチャンスを後攻の人にもあげるから心配しないでいいよ♡ 2人はとにかく、目の前の相手を殺せばいいの!! ──あ、相手を殺さずに気絶させちゃったら相手に一時間休憩を与えることになるからそれは気をつけてね!!」

 

「なるほど、わかった……ならササキ。どっちが先攻を取るかを──」

 

 ぬえの最後のルール説明が終わり、それを理解したフーズ・フーがササキにどちらが先攻を取るかを何かしらで決めようと提案しようとし、ササキもそれに応じる構えを見せた。2人は先攻しか頭にない。確実にクリア出来る試験を選ぶ方が楽だからだ。

 ゆえに話し合いは成立しない。かといってこの場で戦う訳にもいかないので、何か公平に決められるものにしようと2人が頭を働かせた直後だ。

 

「──必要ない……!!」

 

「! 姫!!?」

 

「あ……?」

 

 その瞬間、口を開いたのはササキでもなければクイーンやブラックマリア、ぬえでもない。皆が虚を突かれたような反応を見せる。

 なぜならその円形の牢の中で──日和が立ち上がり、牢の外にいる者達を等しく睨みつけていたからだ。

 

「……おいガキ。口出しするな」

 

「言っとくがお前に選択権はねェぞ。くく、おれ達のどちらかに殺されるかをそこで楽しみに──」

 

「──うるさい……貴方達には言ってません……!!」

 

「……何だと?」

 

 フーズ・フーとササキが口出しするなと牢の中の日和に言葉を浴びせるが、返ってきた言葉はまたしても予想外のもの。

 日和が見ているのも口出ししたのもそのどちらが先にやるかという話ではなかった。

 

「ぬえ……さん……!!」

 

「! ふふふ、なーに? 日和ちゃん♡」

 

 その相手はまさかのぬえだ。しかも次に飛び出した発言がまた、この場にいる者達を驚かせる。

 

「二対一など……河松の助けなんていらない……!! 最初に言った通り、一対一(サシ)でやらせて……!!」

 

「!!?」

 

 ──助けなどいらない。

 それはまさかの拒絶だった。

 何しろそれは日和に有利である筈の変更なのだ。それを態々撤回させて一対一に戻すなど、正気の沙汰ではない。ただでさえ死にかけということを分かっていないのだろうかと思ってしまう程だ。

 そして誰もが驚き、険しい顔を覗かせる中で──ぬえだけは口端を三日月のように吊り上げて笑った。

 

「……あはは♡ そう? ハンデなんていらない?」

 

「いりま、せん……!! 一人で十分……!! 私はまだ、戦える……!!!」

 

「ひ、姫!! 何を言って……!! そんなボロボロの身体では後2日どころか……!! ここは拙者の助力を……!!」

 

 河松がそう言うのも当然だ。──しかし日和は河松をギロリと睨む。

 

「いらないと言っているでしょう……!!」

 

「なりません!! それでは──」

 

「貴方の力を借りて……ハァ……ハァ……生き残ったところで、強くなったことにはなりませんっ!! いいから放っておいて下さい……!!」

 

「!!? 姫……何を……何を……!!」

 

 頑なに助力を拒もうとする日和に河松の表情は歪む。

 それは悲しみなのか焦りなのか。それとも、主君の娘の変わりようを見た為の複雑な想いなのか。わからない。

 だが少なくともそれ以外の者達……特にその発言でコケにされた2人の感情はわかりやすかった。

 

「てめェ……ナメてんのか? それともフザケてんのか?」

 

「一対一の戦いなんざ勝負にならねェだろう!! 笑わせんじゃねェよ!!」

 

「真剣です、よ……それよりさっさと……さっさと掛かってきなさい……!! もう剣も振れます……!!」

 

「……!」

 

 フーズ・フーとササキがその一対一で十分だという言葉に反応して苛立ちを募らせる。そして更に火に油を注ぐ様にかかってこいと告げれば、とうとう殺意すら高まった。

 

「……いいだろう……そんなに死にてェならさっさと殺してやる」

 

「チッ……なんだこのイカれ娘は……なあぬえさん!! どうすんだ!?」

 

「あはははは!! そりゃあ日和ちゃんがそこまで言うんなら──助力は無しに決まってるじゃん!!! 一対一で続行!! ってことでいいかな日和ちゃん!!」

 

「ええ……感謝します……!!」

 

 そしてぬえは自身で告げた日和へのハンデを撤回してそのまま続けることを認める。フーズ・フーとササキが今にも変身しそうな程に戦意を高める中、ぬえは日和がそれを受けてニヤリと僅かに口端を歪ませたのを見逃さなかった。

 

「ふふふ……覚醒までもうちょっとかなー♡」

 

 ぬえは小声で独り言を呟きながら思う──私って育成の才能あるかも、と。

 

 

 

 

 

 ──新世界“ガラガラコスパ島”。

 

 その自然豊かな島で百獣海賊団とビッグ・マム海賊団の戦いが始まってからちょうど24時間が経過した頃。

 戦場となった川辺の森は尽くが薙ぎ倒され、多くの動物が島の外周部に逃げ惑っていた。

 

「ハァ……ハァ……!! いったい……いつになったら倒れるんだ貴様!!」

 

「……なんだ……もうバテたのか……?」

 

 その戦いの中心にいるのは2人の四皇幹部。

 ビッグ・マム海賊団の将星クラッカーと百獣海賊団の飛び六胞ジャックだ。

 そのレベルの違う戦いには誰も近づけない。誰もが遠巻きに見守るだけだ。

 

「やべェ……クラッカー様の猛攻に一日耐えやがった……!!」

 

「ジャック様の無尽蔵のスタミナに食らいついてやがる……!!」

 

「信じられねェ……!!」

 

 両海賊団、どちらも疲労困憊になりながらなんとか戦いを続けている。

 

「はぁ……明らかに働きすぎ……帰ったら労災申請しないと……」

 

「ならさっさと帰ってくれるとこちらとしても助かるフィーユ!!」

 

「それはそれ……このまま帰ったらもっと面倒なことになるので……区切りがつくまでは持ち場にいますよ……面倒ですけど……」

 

「ウオオ!!? あっちもやべェぞ!!」

 

「いつになったら終わるんだ……!! この戦い……!!」

 

 ソノとタマゴ男爵も戦いを続けている。既にタマゴ男爵はそのタマタマの実の能力で2回の変身を起こし、ニワトリ伯爵となって戦っており、最初よりもかなりのパワーアップを遂げているが、ソノも水辺がある利を活かして上手くいなしている。

 だがやはり戦いの趨勢を決めるのは彼らではなく、ジャックとクラッカーの戦いだ。

 

「ゼェ……ゼェ……そろそろ……倒れろ!!!」

 

「……!!」

 

 そしてその勝負。常に押しているのはクラッカーの方だった。

 

「“波動(ハニー)”……“プレッツェル”!!!」

 

「グ……オオ!!」

 

 クラッカーがビスケット兵を操り、優位に立ち回りながらジャックに自らの剣を突き立てて負傷させる。

 だがジャックはそうやってどれだけ傷つけても──崩れなかった。

 

「死ね……!!!」

 

「っ……!! くっ……バカの一つ覚えみてェに同じことばっか言いやがって……!!」

 

 ジャックがビスケット兵を破壊し、クラッカーに向かって殺意高く攻撃を仕掛ける。その攻撃をクラッカーはなんとか躱す。

 最初は容易に躱すことが出来ていた攻撃も、徐々にギリギリになってしまっているのはクラッカーに疲労が溜まっているからだ。どんな強者も疲れれば動きは鈍る。

 ジャックも同格以上の相手に疲れはあったが、それでも動物系の能力者でもあるジャックのスタミナはクラッカーの何倍もある。そのスタミナの差は徐々にクラッカーを不利に追いやっていた。

 

 ──だがそれでもやはり。

 

「“波動(ハニー)プレッツェル”!!!」

 

「……ウ!!」

 

「ジャック様!!」

 

 怪我を負い続けているジャックはとうとう地に膝をつく。

 それを見たクラッカーは顔を汗でびっしょりと濡らしながらも笑みを浮かべた。

 

「ハハハ!! ようやく……限界か!!」

 

「……!」

 

 肩で息をしながらも辛うじてまだ戦えるクラッカーは剣を構え、ジャックに追い打ちを掛けようとする。

 それを喰らえばジャックは戦闘不能になってしまうかもしれない。

 そして……そうなれば敗北だ。

 

 ──そんなのはありえねェ……!!! 

 

 だがジャックは心の内でそれを否定した。

 四皇の最高幹部を、大看板を目指す自分が、他の四皇最高幹部に引き分けならともかく……負けてちゃ話にならない。

 最強の軍隊の中心に居座るならばこれしきで倒れて、ましてや死ぬことなどありえない。

 ならば立つ。立て。

 ジャックは自らの身体に理不尽に命令を下した。立てない? もう身体に力が入らない? ──フザケるな。そんなことは許さない。死んでも立て。

 自分は大看板の姉御、兄御達の弟分だ。あの怪物達に並び立つ者。大勢の獣を指揮する獣だ。

 

「う……オオオオオオオオ……!!!」

 

「なっ……!!?」

 

 だからジャックは雄叫びを上げて立ち上がった。

 踏み込みかけたクラッカーが思わず立ち止まり、その姿を見上げる。ジャックはクラッカーよりも倍近く身長が高いが、それだけが理由ではない。

 

「まだ戦える力が……いや、それよりもその姿は……人獣型か!!?」

 

「……!!」

 

「! 速──」

 

 クラッカーはジャックのその姿──人と獣が融合したかのようなその形態をじっくり観察する暇もなく、ジャックの凄まじいスピードの攻撃に吹き飛ばされた。

 

「ギャアア~~~!!?」

 

「クラッカー様!!?」

 

「おいやべェぞありゃあ!!」

 

「なんだあのマンモスの化け物!!」

 

 そして主にビッグ・マム海賊団の戦闘員から驚きの声が上がる。

 なぜならジャックのその人獣型の変型は、動物系の能力者が少ないビッグ・マム海賊団において馴染みのないものだったから。

 そして通常の人獣型よりも巨大になり、身体能力も増すその段階まで行き着く者は世界にもそれほど多くはない。──だが知識としては知っている者もいる。特に百獣海賊団においては珍しいとも言えなかった。

 

「ジャック様が“覚醒”しました、か……」

 

 そう──それは悪魔の実の“覚醒”だ。

 能力は稀に覚醒し、己以外にも影響を与え始める──とは超人系の能力者において起きるものであり、その能力の効果を周囲に及ぼすことが可能となる。

 だが動物系の場合は違う。能力が覚醒した際に得られるのは──異常とも言える身体能力、スタミナ、回復力の増加。

 仮に戦闘不能となっても一時間と経たずに復活することも可能となる。

 それは百獣海賊団において、大看板以上の者達は皆到達している次のステージだ。

 

「クソ……!! 痛ェ!! この、化け物が……!! 調子に乗りやがって……!!」

 

「……!!」

 

 クラッカーが頭から血を流しながら立ち上がる。ビスケット兵を粉砕しながら進撃してくるジャックを迎え撃とうと血走った目で新たに生み出したビスケット兵と共に剣を構えた。

 

「クラッカー様!!」

 

「なんだタマゴ!! ゼェ……ハァ……お前、おれの戦いに割り込む気か!!? 邪魔してねェでお前はさっきの人魚の女をやってろ!!」

 

「いえ!! そうではなく……!! 目当ての卵を部下達が見つけました!!」

 

「何!!?」

 

 さすがにその報告にはクラッカーも大きく反応を返す。だがジャックから目を離せない。手を叩いてビスケット兵を生み出し、戦わせながらタマゴ男爵の声を耳にする。

 

「ですからこれ以上戦う必要はないでスフレ!!」

 

「あァ!!? ふざけるなタマゴ!! このおれにやられたまま引けってのか!!?」

 

「ですがこのままではママのお茶会に遅れる可能性がありますボン!! そうなればママの怒りは百獣海賊団だけでなく、我々にも降りかかる可能性が……!!」

 

「……!!」

 

 クラッカーはその進言に歯を噛みしめる。ママのお茶会。その遅刻や食べたい物の納品が果たせないようなことがあればママは怒る。その原因を滅ぼしてしまう程に。

 その恐ろしさを実子であるクラッカーも部下であるタマゴ男爵もよく知っていた。怒らせれば実の息子だろうと容赦しない相手であることも。

 ……だがタマゴは敢えて撤退するべきだというもう一つの理由──全体的にビッグ・マム海賊団側が疲労困憊で、このままでは負けることもあり得るということを言わなかった。

 スタミナにおいては百獣海賊団側に利があるし、幹部同士の戦いでもタマゴ男爵はソノを倒せず、クラッカーもジャック相手に倒しきれずに苦戦している。

 だが負けてしまいそうだからという理由で撤退など出来ない。それはクラッカーのプライドが許さない。

 だから目的の達成とお茶会の遅刻を理由に撤退が出来るように手を回した。これならばクラッカーのプライドを傷つけないし、面目も立つ。ママにもそれほど怒られないだろう。

 

「クラッカー様!!」

 

「~~~~!! クソ!! 撤退だ!! 目的は達した!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 苦渋に満ちたクラッカーが決断し、その一声でビッグ・マム海賊団が撤退を行う。クラッカーがビスケット兵を呼び出し、それらに殿を務めさせる。そして戦闘員は後退していった。

 

「あいつら逃げてくぞ!!」

 

「どうするんです!!? ジャック様!!」

 

「逃がすな!! 追え……!! 追って殺すぞ……!!!」

 

「はっ!!」

 

 そしてジャックは逃げていく敵を皆殺しにしようと森の木々とビスケット兵を踏み潰して行こうとした。──だがその直後。

 

「いいえ、ジャック様。タイムオーバーです」

 

「!!? 何を──」

 

 普段よりも凶暴化しているジャックだったが、ソノの声に振り返り、その手元にある物を見て目の色を変える。そしてすぐに戦闘を取りやめて人型に戻った。そうするべき相手と声が繋がっていたからだ。

 

『──あはははは!! ジャックってばすごい楽しそうだね!!』

 

「ぬえさん……!!」

 

 電伝虫から聞こえてくるその聞き覚えのある少女らしい声は──ジャックをこの島に送り込んだ張本人であるぬえだった。

 ジャックは思わず居住まいを正す。そして同時に思った。やはりソノが来たのはぬえの命令だったのかと。

 

『ビッグ・マム海賊団を追いかけたい気持ちも分かるけど、今は引き分けってことで撤退していいよ~。ゾウだけ獲って帰ってきてね~♪』

 

「は……わかりました」

 

 そしてぬえの命令であれば否応はないし、文句もない。あるとすればぬえからストップが掛かるまでに相手を倒せなかった自分への不満と不甲斐なさに対してだけだ。

 

「…………」

 

『あ、それと帰ってきたら通達があるんだけど──って、思ったけど勿体ぶるのも何だし、先に伝えとくね!!』

 

 そして心の中でジャックが自らを責めていると、ぬえはそんなことは露と知らず、明るい声で連絡事項を伝えた。

 

『多分、ジャックに()()()の大看板になってもらうから』

 

「──な」

 

『まあ8割方は決定かな? 次の金色神楽で新しい飛び六胞と一緒に正式に発表するからコメント考えといてね~!! そういうことでよろしく~♡ 』

 

「え……えええええええええええ~~~!!?」

 

 ──その発言にジャックの部下達が大声を上げて驚く。

 ジャックもまたその発言に呆然とした。軽い調子で伝えられたが、それはまさしく自分の目標だった大看板への昇進の通達だったのだ。

 

「ジャック様、おめでとうございます……はぁ……疲れた……」

 

「……これは試験だったってことか」

 

「そういう感じです……なのでゾウを探してさっさと帰りましょう。さあ帰りましょう」

 

「……他の四皇の大幹部を試験に使うとは……相変わらずムチャクチャだぜあの人は……」

 

 ジャックはそのぬえのムチャクチャな試験内容に嘆息する。この分だとカイドウや大看板もそのことを知った上で色んな仕事を割り振っていたのだろう。

 やはりムチャクチャだ。そう思いながらも、ジャックは尊敬する者達に近づけたことを密かに嬉しく誇らしく思い……そして帰路につきながらも一つの疑問が浮かぶ。

 

 ──自分が抜けた後の飛び六胞の枠はまさか……。

 

 

 

 

 

 ──“鬼ヶ島”地下牢。

 

「私、人は“熱”さえあれば誰でも強くなれるんじゃないかなーって思ってるのよね~♡」

 

 その言葉は薄暗い地下牢で木霊し、耳の奥から脳によく入ってきた。

 少女らしい可愛らしい声をしながらも、その声は聞く人によっては恐怖を呼び起こす。

 普段ならば己も例外ではなく、その声は恐怖と憎悪の対象だが──今は不思議と安心感を感じた。

 

「でも“意志”の強さは覇気の強さと比例するとかそういうことを言いたいんじゃなくて~~要はどんな想いであっても狂うほどの熱量があれば才能や環境とか関係なく強くなれるのかなって」

 

 限りなく妖に近い何かが語りかける。

 殺気が蔓延するそこにあって、その声の持ち主は殺意ではなく興味を乗せた視線を向けてきていた。

 

「生への執着とか、復讐心とか……あなたの場合はそんな感じかな? それらに懸ける熱量が恐怖や自尊心を上回ってる。そうじゃなきゃ──」

 

 と、同時に自然と私は起き上がった。

 無意識に、まるで起きなきゃならないことと本能に染み込んでおり、それに身体が勝手に、生理的な欲求に近い感覚で従う様に。

 そうして起き上がった私に──怪物は言うのだ。三日月の様な口元の笑みで。

 

「──“飛び六胞”相手の7日間の殺し合いを生き残れる訳ないもんね♡」

 

「クソ……!! お前……なんで死んでねェんだ!!?」

 

「……!」

 

 ──そして意識が覚醒する。

 瞳をゆっくりと開けば、円形の鉄格子の中。目の前に鬼にも似た赤いメットを被った男がこちらを見下ろして悪態をついている。

 辺りは真っ赤だ。地面は赤黒い。真っ赤な液体も滴っている。それらが自分の身体から出たものであることはすぐに思い出した。理解したのだ。この状況を。

 自分は7日間を──生き残ったのだと。

 

「ゾンビか何かじゃねェだろうな……!!?」

 

「……生ぎ……残っ……た……」

 

 身体の感覚はほぼない。全身の至るところから鈍い痛みを感じる気がするし、喉はカラカラを通り越しているし、飢えも酷い。

 徐々に自分の身体の状態を正確に把握していくが……理解するとなぜ自分が生きてるか、自分でも不思議に思う程だ。

 内臓の殆どがやられている。骨は折れた本数の方が多いし、肉は裂けている。出血量は致死量を優に超えている筈だ。無事な場所といえば辛うじて脳みそと心臓くらい。

 だが生きていた。このまま放置すれば間違いなく死ぬだろうが、今はまだ生きていることは確かだった。

 

「驚いたな……!!」

 

「!」

 

 そしてもう一人の怪物が声を出す。掠れた視界の中で辛うじてその姿を認識する。

 赤い瞳を輝かせる少女──ぬえの隣にいるのは、憎き仇である怪物──カイドウだった。

 

「まるで()()()()おでんだ……身体はもう殆ど死んでる筈。このまま放置すりゃ死ぬ……なのに生きてる。なぜだ?」

 

「…………意地……です……」

 

「…………」

 

 カイドウの純粋な疑問に対して──私は素直に答えた。

 

「わたし、は……まだ……死なない……貴方達を……殺すまでは……!!!」

 

「……なるほど面白ェ。おでんを思い出す……お前は確かにあの“光月おでん”の娘の様だ……!!」

 

「……! ……フ、フフ……!!」

 

 カイドウのその言葉に思わず笑ってしまう。

 それはおでんというワノ国一の侍の娘だと認められた故か、その言葉をカイドウから引き出し、認められた可笑しさ故か……それともまた別の感情なのか、日和には判断がつかない。

 だが一つだけ言いたいことはある。それを口に出すことにした。

 

「……飛び六胞に勝てはしません、でした、が……これ、で……私は解放する、と……?」

 

「……どうせ出来る筈がねェと思ったがな……」

 

「にしし、ほーら、だから言ったじゃん♪ 日和ちゃんなら生き残る確率は高いってさ!! 賭けは私の勝ちだね、カイドウ!!」

 

 ぬえがカイドウの横を飛び回り、自慢気に勝ち誇る。その様子に不可解な嬉しさを覚えたような気がしたが、それよりも今は自身の処遇についてだ。本当に約束を守るのか、実のところそれはずっと疑わしくもあったからだ。

 

「……確かに、ぬえの言う通りになった……どうやらお前はどうしてもおれ達を殺したいらしいな……!!」

 

「……ええ……ですが……今はどう足掻いても敵わない……いずれ強くなって……その時に貴方を正面から殺します……」

 

「…………」

 

 カイドウがこちらを真っ直ぐに見下ろす。強くなって改めて思う。この男は正真正銘の怪物だ。

 父でも敵わなかったし、今まで多くの屈強な海賊、海兵が挑んでも殺せなかった最強生物。その桁違いのレベルの高さは強くなってなおも底が見えない。

 今挑めば虫でも潰すかのように一瞬で殺されるだろう。子供の頃と変わらない。強くはなったが、それでもまだこの獣には届かない。私はまだ矮小な獣だ。

 そんな私を見下ろして何を思ったか……カイドウはややあって口を開いた。

 

「……おれを殺せるようになるまで、ウチの海賊団で修行でもする気か?」

 

「……そのためなら……それまでは……貴方に従いましょう……どんなことだってする……オロチの足を舐めろと言われれば舐めますし……父の墓に唾を吐けと言うならその通りに……」

 

「──お前以外の侍……罪のねェ奴らを不幸にしても復讐を遂げてェと?」

 

「ええ……勿論……!!」

 

 真っ直ぐに正直な気持ちを日和は告げた。

 それだけは嘘をつけない。つく訳にはいかない。

 なぜなら今の私の生きる糧、生きるための目的は──それしかないのだから。

 だから思う。存分に仇として恨ませてくれるカイドウやぬえには一周回って感謝すら覚えると。

 中途半端に偽善振った連中ではないからこそ、存分に恨めるし、目的も振れずに済む。そのことに感謝した。

 そしてカイドウは大きく頷いた私に対して、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ウォロロロ……!! なるほど……嫌われたもんだ……!!」

 

「……返答は?」

 

 再度問いかけると、カイドウは頷いた。

 

「いいだろう!! お前を“小紫”としてウチの真打ちに迎えてやる!!!」

 

「……感謝します……オロチを欺いてまで自分を迎えていただけることを……」

 

「ウォロロロ!! 気にするな!! そもそもおれ達にとっちゃあ“光月家”も“黒炭家”もどうでもいい話だ!!」

 

「利用出来るならどっちとでも仲良くするし、邪魔になるならどっちも切り捨てるだけだもんね~!! だからおめでと~!! これで小紫ちゃんも今日から真打ち!! ──ってことでプレゼントタ~~イム♪ クイーン!! ドラムロール!!」

 

「ダラララララ……!!」

 

「持ってきたぜ、ぬえさん」

 

「そのまま小紫ちゃんに渡して♪」

 

「ああ」

 

「……!! これ、が……!!」

 

 カイドウとぬえが部下に迎えることを口に出せば、その横にいたクイーンが口でドラムロールを響かせ、キングがその手に不思議な果実を持ってこちらに投げ渡してくる。悪魔の実だ。

 

「世にも珍しい悪魔の実~~~!! その中でも更に珍しい実を小紫ちゃんに進呈しま~~~す!!! それ食べて、もっと強くなっていいよ日和ちゃん♡」

 

「だが覚悟しろ!! それを食べたが最後、お前は正真正銘おれの部下だ!! 復讐に来るその時まで裏切ることは許さねェ!!!」

 

「……ええ、わかりました」

 

 日和は頷く。仇討ちのその時までは、百獣海賊団の為に全てを捧げるのだ。

 そしてその覚悟は既にある。どんな障害も私はこの刀で断ち切るのだと。

 

「姫!! 姫!! なりません!! 仇討ちの為に全てを投げ打つなど……!!」

 

「あらあら、まだ元気みたいね」

 

 だがその覚悟を決めている蚊帳の外で河松は未だに騒いでいた。近くにいたジョーカーが“どうする?”とその処遇をカイドウやぬえに窺う視線を向ける。するとカイドウとぬえは同時に同じことを思ったのだろう、私の方を見て言い放った。

 

「ちょうどいい。──小紫!! 最初の仕事だ!! その赤鞘の侍の一人をその手で殺せ!!!」

 

「!」

 

「いや~、飛び六胞に勝ったら本当に助けてあげるつもりだったんだけどな~。可哀想だけど、負けちゃったら仕方ないよね!! 頑張って!!」

 

「…………わかりまし、た」

 

 そのわかりきっていた命令に、覚悟を決めた日和も流石に時間を使い、ややあってから頷いた。まずは悪魔の実を口に運び──

 

「……!」

 

「……食べやがったか」

 

「ムハハハ!! 新しい能力者の誕生だな!!」

 

「フフフ、お味はどうかしら?」

 

 大看板の連中が口々に悪魔の実を食べたこちらを窺うような視線で見る。……彼らにとっては自分などいずれ裏切る存在。幾ら部下になったとはいえ、カイドウとぬえの懐刀と言われる彼らはこちらに心を許しはしないだろう。何か怪しい行動があれば即座に自分を殺す気でいるに違いなかった。

 そして悪魔の実の感想だが……味はわからなかった。死ぬほどマズいと聞いていたが、そうは感じない。むしろ酷い飢えの所為なのか美味しく感じてしまう。一口だけ齧ればいいのに残さず食べきってしまった。

 そして牢の外へ、河松の方へ刀を拾って向かうが──その途中でも敵意を向けられる。

 

「──良い気になるんじゃねェぞ」

 

「!」

 

「安心しな……今は手を出さねェ……が、いずれ裏切った時はおれがてめェをブチ殺してやる……その時を首を洗って待ってろ……!!」

 

 その言葉をすれ違い様に囁いたのは先程まで戦っていた百獣海賊団“飛び六胞”フーズ・フー。

 彼は大看板昇格のチャンスをこちらに潰されたせいか、明らかに怒りを覗かせていた。

 だが終わった後でグダグダ言うことがみっともないことは分かっているのか、それ以上は言ってこないし、カイドウやぬえの判断に異を唱えることもしない。……そういえばササキにも6日目が終わった後に同じ様なことを言われた気がするが……正直、彼らと戦うことはもうないだろうと思っていた。そのことを口に出す。

 

「……残念ですが、裏切る時には私は貴方など超えています。だからそんな時は一生来ないでしょうね」

 

「……なら一生おれ達の味方だな。歓迎してやる。味方が増えて嬉しいぜ、クソガキが……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに顔を見ず、肩越しに会話を行う。海賊らしく煽ってやると向こうからも煽り返される。

 だが出来るのはそこまでだ。私はそのまま牢屋を出ていく。そもそも戦ったところで勝てないことは理解している。先程までの戦いがルール無用でとどめを刺すことが許された戦いだったなら私は殺されているのだ。飛び六胞の誰も、戦いが終わった後に目立った傷がないことがその証拠である。

 だがこれからはすぐに追いつく。悪魔の実を食べて更に強くなる。飛び六胞くらい超えなくてはカイドウやぬえには手も足も出ないのだから当然だった。

 

「──さあ、やれ」

 

「……はい、カイドウさん」

 

 ──そして遂に。

 私は河松の前に辿り着き、刀を突きつける。

 さすがに手が震えそうにもなるが、既に覚悟は決まっていた。抑え込める。震えはしないし、表情には一切出さない。

 

「……何か言い残すことは?」

 

「……姫……」

 

 そして河松は、そんな私を見て……とうとう覚悟を決めたのか、一瞬泣きそうな顔で歯を食いしばった後、ふっと表情を一変させ……。

 

「……姫やおでん様と過ごした時間が……拙者にとって──何よりも楽しい一時でありました」

 

「……!!」

 

 最期に──笑った。

 そして私の手は自然と、私の意に反してそうするべき行動を取る。

 血飛沫が僅かに私の手を汚す。

 河松は声を上げることも……ましてや苦悶の表情を見せることはなかった。

 

 ──なぜ? 

 

「おー、やったねー!! さすがは日和ちゃん!! 血も涙もない!!」

 

「……やれねェ時は殺るつもりだったがな」

 

「おー、キング。脅かしてやるな。かつての仲間を容赦なく殺したこいつはもうおれ達の仲間だ!!」

 

 ……ぬえのテンションの高い声や、キングのもしもの時は自分を殺すつもりだったという言葉と刀の鞘から手を離す仕草も、ましてやカイドウの発言も耳に入らない。

 河松の死に際だけを見ている。彼は最期に……私が少しでも気に病まないように。痛みや苦しみを見せることなく死んだのだ。

 痛かっただろう。苦しかっただろう。失意の気持ちも、主君の娘に斬り殺される悲しみもあっただろう。

 しかしそれらを一切見せなかった。最期の死に際の時でさえ、彼は私を気遣ったのだ──()()()()()()

 

 ……ふざけるな……!!! 

 

「……っ!!」

 

「うおっ!!? 小紫たん!! まだ刺すってさすがにエキサイト過ぎねェか!!?」

 

「恨みでもあるのかしら?」

 

 ──ああ、そうだ。

 ジョーカーの言う通り。酷く不愉快な気持ちを彼らに与えられている。

 父も母も、そして今、河松でさえもだ。

 皆死に際に自分の事ではなく……残していった者の事を思って死んでいく。

 それが酷く不愉快だ。

 

「……!!」

 

「んー? 随分と長いこと刺すねー? まさか壊れちゃった? それとも本気で侍が嫌いだったのかな?」

 

 そうだ。嫌いだ。侍なんて嫌いだ。

 誰も自分の辛さを訴えない。痛みを隠す。みっともなく泣き叫ぶことも恨み節を言うこともない。

 皆綺麗に死んでいく。誇りを持って死のうとする。

 そんなだから──私は仇討ちを諦められない。

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「ウォロロロロロ!!! さすがはおでんの娘だ!! イカれてやがる!!」

 

 そう、侍も父もイカれていた。

 敵わない筈の相手に挑んだ。私達を守るために挑み、今なお戦おうとして死のうとしている。これからもずっと死ぬ。

 それは彼らを倒すまで終わらない。皆無駄な戦いを挑んで死ぬ。枕詞に残していく人達の想いを残してだ。

 ──ふざけるな。

 

「うんうん!! 殺せて良かったね!! これで小紫ちゃんもスッキリしたかな?」

 

「…………ええ、そうですね……スッキリしました」

 

 心が痛みを訴えるが、それを無理やり抑え込み、それを怒りに変える。

 この屈辱は忘れない。身内を殺して最悪な気持ちを味わった。この時の感情は忘れずに持っていく。

 必ずだ……必ず、この獣達を屍に変えてやる。その時に全てをぶつける。

 その力をつけるまではあらゆる犠牲を飲み込んでいく。何が起ころうと感情は抑え込む。

 そして認めよう。私はもう、人ではない。骨の髄まで彼ら獣の理に侵食され、それを正しいと思っている。弱い癖に理想を口にする夢想者は嫌いだ。

 この世は力こそが全て。それ以外のものは全て不純物だ。全て捨て去る。それが正しいのだ。

 

「改めて……よろしくお願いします」

 

 感情を消してカイドウやぬえに向かって笑顔で頭を下げる。復讐を遂げるためにはこうするのが正しい。

 これより自分は“鬼”となる。復讐の為に一切合切を投げ打つ“悪鬼”となる。

 そして復讐と死の輪廻を断ち切る。

 彼らと同じ、非情で残酷な獣である私だからこそ出来る。人であり優しいだけの彼らには出来ない。

 

「……ふふふ♪ それじゃよろしくね~!! また昇進したら次は刀をあげるから頑張ってね!!」

 

「ああ……そういや次は新しい飛び六胞を決めるための大会を次の金色神楽で企画してるからな……!! 飛び六胞になれるもんならなっちまうがいい。勝とうが負けようがウチの連中にも良い刺激になる!!」

 

「──ええ。頑張らせて頂きます」

 

 ──そして日和は再び花魁“小紫”となり、新たに百獣海賊団の真打ちとなり……その数カ月後の金色神楽で、もう一人と共にその名が百獣海賊団と世界に知れ渡ることになる。

 その2人は程なくして手配書が更新された。凶暴な人相の巨漢と、大仰な鎧に包まれた腰に大業物21工の一つ、“閻魔”を持つその侍。

 

『百獣海賊団大看板“旱害のジャック” 懸賞金8億ベリー』

 

『百獣海賊団“飛び六胞”小紫 懸賞金1億ベリー』

 

 ──かつての幼く弱い子供の姿はもうそこにはいなかった。




ジャック→覚醒。そして大看板に。ちなみに大看板になる前は6億で2億上がった設定
ブラックマリア→ジャックの代わりに5日目を担当。他の連中と比べてどちらかというと日和ちゃんを時間いっぱい嬲った
ササキとフーズ・フー→ゲスト2人。大看板昇格試験を受けるための試験として日和ちゃんいじめに加わったけど、異常な生命力に失敗。でも戦い自体は割と一方的だった
クラッカー→ジャックが覚醒したけど、戦い自体は常に優勢だし、あのまま戦っても負けるとは決まってない。物量エグいクラッカーとスタミナお化けのジャックは割といい勝負になると思う
ソノ→労災は通りませんでした。
河松→日和ちゃんに斬殺されて死亡。その内心を思うと飯が進む。敢えて河松側の描写はしないので皆さん好きに想像して美味しくご飯を食べてください
日和→獣として鬼として覚醒。悪魔の実の能力者になった。小話として、金色神楽でぬえちゃんが真打ち参加可能の天下一武道会を開催して、そこで優勝したので日和ちゃんが飛び六胞になりました。閻魔も装備して賞金首にもなって成長率がヤバい。
カイドウ→割とおでんファンというか日和をおでんの娘と認めて部下にした。オロチへの義理とかどうでもいい
ぬえちゃん→育成上手だし子供には優しくて可愛い。

ということでジャックと日和ちゃんの覚醒回終了。ヤマトとムサシもちょいちょい出る……というかもうちょっとでエースだしね。ちなみに結局河松を助けられずにヤマトはちょい気に病み中。
次回はまたぬえちゃんがメチャクチャするかも。大きな事件が少なくて退屈してるみたいだしね。ってことで次回をお楽しみに。

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