正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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戦う王

 この大海賊時代に星の数ほど存在する海賊達の中の頂点は言わずと知れた“四皇”である。

 新世界に君臨する彼らはかつて海賊王ゴールド・ロジャーの時代から海賊として活動し、戦ってきた大海賊であり、今では海賊王に最も近い海賊である。

 当然“ひとつなぎの大秘宝”を求めて海に出る多くの海賊が彼ら四皇の座を狙ってきた。

 だがそれを成し得ることが出来た者は未だかつて存在しない。四皇に挑み、誇りを折られた者達もまた星の数ほど存在する。

 ──しかしこの年、一つの例外が生まれた。新たな四皇が生まれたのである。

 その男はかつて海賊王ゴールド・ロジャーの船員であった若い男。赤い髪に左目の三本の傷。隻腕がトレードマークの男。

 

『“四皇”赤髪海賊団大頭“赤髪のシャンクス” 懸賞金34億4890万ベリー』

 

 大海賊時代が始まり、多くのルーキー達の中でも特に際立った存在感を放ち、世界最強の剣士“鷹の目のミホーク”との伝説の決闘を経て、一度は新世界にて四皇“百獣のカイドウ”に敗北したが、復活を果たした男の台頭に世界が驚いた。

 ロジャーの系譜を受け継ぐ海賊が、遂に四皇の牙城を崩して成り上がったのだ。それは当然の事だった。

 そしてそれは他の“四皇”……“白ひげ”、“カイドウ”、“ビッグ・マム”も例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 料理は手早く美味しく──そして酒に合う料理でなければならない。

 それが今でも何もなければ週に一度は料理をする私の昔からのポリシーだ。

 

「おまたせ~~!! 史上最カワのマスターシェフ!! ぬえちゃんのフルコース!! 熱々出来たてをデリバリー!! 食らいなさい!!」

 

「──おう、来たか」

 

 大量の料理を作って両手で持って、持ちきれない分をUFOの上に載せて私はカイドウの部屋の扉を勢い良く開ける──と、既にカイドウが酒をラッパ飲みしていた。

 

「あー、もう飲んでるし。少しくらい待ちなさいよ」

 

「お前だって料理中に飲んでるだろう」

 

「そうなんだけどね!! いや~、料理中って味見するし、そうなるとお酒も飲みたくなるし、お酒を飲むとご飯も食べたくなるよね!!」

 

「おれより出来上がってんじゃねェか……」

 

 料理を畳の上に並べて私も畳の上に胡座をかいて座る。周囲に人はいない。というのも今日はサシ飲みの日だからね。宴会でどんちゃん騒ぎする日ではない。

 だが代わりに──ちょっとした話し合いや海賊団の方針を決めたりすることもある飲み会であった。

 

「いいからほら、かんぱいかんぱ~い♪ んっ! ──ぷはぁ♪ 今日もササキの自慢のお酒が美味しい!!」

 

「ワノ国の酒職人にも負けない腕前だからな。大したもんだ──お前はまた色々と懐かしい料理持ってきやがるな」

 

「ふふん。今日は見習い時代によく食べてた料理を作ったわー。ほらほら、あんたが文句言うから何度も改良した辛口あんかけ肉魚炒めもあるんだからちゃんと食べなさいよ」

 

「甘口で作るからだ。酒に合わねェだろうが」

 

「40年近く前と同じこと言ってんじゃないってのよ。というかわかってないわねー。お酒によっては甘い料理の方が合うでしょうが。その辺の機微を考えて料理を考えてるのにあんたはいっつも濃くて辛くてとにかく食べごたえのある物ばっかり食べたがるし」

 

「お前こそ昔と同じこと言ってんじゃねェか。食いたいもん食って何が悪いってんだ。一々細けェぞ」

 

「いや、あんたが自分で作ってたなら私も文句言わなかったけど、私に作らせといて文句を言うから私も文句を言うのよ──それ取って」

 

「おらよ──そっちの皿も寄越せ」

 

「んー。……はぁ……昔は楽しかったよねぇ……」

 

「急になんだってんだ」

 

 私は豚の角煮を箸でつつきながら何気なく昔を思い出して言う。カイドウも串焼きを手にとって齧りつきながら応じた。

 

「いやー、だってさー。昔は何も考えずに特攻してた訳じゃん? それで戦闘終えたらボロボロになって怪我もまだ治ってない内から敵の屍の上で奪ったお金とか宝石とか宝で遊びながら宴会で飲んで食べてーって生活してた訳じゃない?」

 

「……確かにな。あの頃はムカつく奴も状況も多かったが考えることは少なかった」

 

「でしょ? 今は色々考えて動かなきゃならないしね。別にそれが嫌って訳でもないんだけどねー」

 

「あーそうだな……殺し合っとくか?」

 

 カイドウの何気ない提案。時折どちらかが持ちかけるか、何かしら原因があって喧嘩をして起きる私とカイドウの本気の殺し合い。それは確かに楽しい。楽しいが……。

 

「……どれだけ美味しくてもさー。そればっか食ってると飽きてくるじゃん。たまには違う物も食べたいよね」

 

「お前は結構楽しんでるだろうが。アイドルしてそこらのガキにちょっかい掛けて、気まぐれでよくわからない人助けなんかもしやがって……おれなんざヤマトとムサシのことで苦労して頭を悩ませてんだぞ。オロチも文句言ってきやがる……」

 

「いや楽しくない訳じゃないんだけど……難しくあれこれ裏で手を回すより直接ぶん殴った方が楽しいしねー。……というかオロチはなに? またムサシが暴れたことの文句? それともまたいつもの光月の生き残りが云々って話?」

 

「どっちもだ。別にそんくらい構わねェが、しつこすぎてたまに衝動的に殺したくなる。組織の為なら我慢出来るが……なぜこのおれがオロチに我慢させられなきゃならねェんだ!!」

 

 ドン、とカイドウが床を軽く拳で叩く。床ドン。屋敷がちょっと揺れたが、このくらいは大したことない。ワノ国とウチの職人は流石なのだ。

 

「オロチねー……ノッてる時は普通に楽しいんだけど、確かにたまにウザい時あるよねー。なんなら殺す計画でも立てる?」

 

「ああ……今はまだ軍備の増強に使えるからやらねェが、利用し終わったら殺しちまおう。ワノ国の将軍にはおれが──いや、そういやヤマトの奴はおでんになりたがってたな……」

 

「あ、もしかしてヤマトを将軍にでもする? あはは!! そうなったら確かに面白そうだよね!!」

 

 光月おでんを自称するヤマトをワノ国の将軍に据えるとか確かに面白いし、良い案かもしれない。カイドウも面白い事を言うものだ。

 

「あの反抗期が増してる馬鹿息子もそれで多少は大人しくなるかもしれねェ……ワノ国ならそこから出たいと思うこともねェだろう」

 

「あはは、それはどうか知らないけどね~。でも確かに……ワノ国の兵力が丸々手に入ったら結構な戦力強化にはなるね!!」

 

「そうすりゃああの忠義の高い光月の侍達も心が折れておれの部下になるかもしれねェ。また一歩、海賊王に近づける……!!」

 

「その一歩というか後もうちょっとが届かないんだけどね~……海賊王といえば赤髪が四皇になったけど、最初に潰すならやっぱ赤髪かな?」

 

「ああ……あの赤髪のガキ……おれが叩きのめして海に沈めてやったってのに生きてやがったな……!! だが数は一番少ねェ。仕掛けるなら赤髪が最初だ」

 

 と、たまに行う最初に誰を潰すかの相談だが、この話し合いはまだ実行には移せないものだ。最近は赤髪海賊団が台頭して四皇になって僅かに海が荒れたが、それでもやはり誰かを潰せるほどの隙はない。

 やはり圧倒的な戦力を求めて地道に計画を進めるしかないのだ。

 

「といってももうちょっと戦力を強化しないとねー。頑張って2勢力くらいは相手出来るとしても、それでも後2勢力で2戦しなきゃならないし」

 

「“赤髪”も“リンリン”も“白ひげ”のジジイに“世界政府”も潰すには戦力がまだ足りねェ。だからまだオロチを消さねェ。消したら面倒が増えちまう」

 

「ジャックに日和ちゃんとか、後は細かいところで増やしてはいるけどねー。やっぱ数は最低限必要だし……やっぱいざとなったら()()()使う?」

 

 私は前々から言っているその提案をカイドウに告げる。……だがカイドウはこれを訊かれると若干不機嫌になるのだ。

 今も鼻を鳴らしてムスッと表情を変えた。私以外に言われたなら怒鳴ってるかもしれない。

 

「……()()()が呑む筈がねェだろう」

 

「おっ、なら向こうが呑むならそれでも良いってこと?」

 

「事実を言っただけだ!! 良いとは言ってねェ!!」

 

「えー……私はそれでも良いと思うけどなー。ほんとカイドウってば好き嫌いが多いよね」

 

「チッ……とにかくその話はやめろ。気分が悪くなる」

 

「はいはい総督~仰せのままに~」

 

 カイドウがその話はしたくないと言うのでわざとらしく畏まって了承する。船長はカイドウだからね。立てる時は立てるのが、出来る女ぬえちゃんだ。

 

「ということで明日は遠征だね!! 楽しみ!!」

 

「“ということで”じゃねェが……さっさと終わらせて戻って来い。今回は誰を連れてくつもりだ?」

 

「前にも言ったけど忘れたの? ジョーカー発案の計画。だからジョーカーと、後は相手の数も多いからキングも連れてくし、後は小紫ちゃんとか活きの良い連中にも暴れてもらおうかなって。今回の“営業”は大仕事だしね!!」

 

「あ~……そうだったな……それは別にいいが……というかまた小紫か。たまにはウチのガキの面倒も見やがれ」

 

「え~……ヤマトはどうせ鬼ヶ島から出ないし、ムサシは放っといてもいいじゃん。放っといたら勝手に侍倒してくれたりするし」

 

「お前からもあいつらに言うこと聞くように言え!! あのバカ息子とバカ娘、おれの言うことなんて聞きやしねェ!!」

 

「私の言うことも別に聞かないし、言っても無駄だと思うけどね~……ま、でも適当な時に言っとくよ」

 

 そうしろ、とカイドウは苛ついた様子で酒を呷る。ウチの海賊団……じゃないけど、ウチの問題は基本ヤマトとムサシなのはほんと困ったものだ。私としてもあの子達と接するとストレスが溜まる。

 日和ちゃんと引き合わせたら良い感じに大人しくなるかなーって思ったけど、若干大人しくなったのはヤマトだけ。ヤマトにしてもまた好感度が下がったみたいだし、ムサシに至ってはまったく変わってない。

 だからそのストレスの解消の為にもたまには身体を動かさないとね──と、私は明日を楽しみにしつつカイドウとの酒盛りを続けた。

 

 

 

 

 

 ──世界とはどれだけ高いところからでも見渡せやしない。

 海賊として海外に飛び出していた父はかつて兄に向かってそう言い聞かせたと言う。

 

「──小紫様!!」

 

「…………何か?」

 

「甲板でぬえ様がお待ちです!!」

 

「……今行きます」

 

 私は男の伝令に頷いてすくっと立ち上がり、そのまま部屋を出て甲板へと向かう。

 ……甲板という言葉が示す通り、ここは船だ。

 そして目の前の男も含めて、この船に乗っているのは赤鞘の侍や光月縁の侍などではない──憎き仇である海賊だ。

 父がかつてそうだった海賊に、今私は籍を置いている。

 この世にいるすべての海賊達の頂点“四皇”の一角……百獣海賊団。

 その幹部“真打ち”の中の最強の6人──“飛び六胞”の1人として……初めて外海への航海に出たのが二年前のこと。

 それから私の価値観も生活も何もかもがガラリと変わった。

 父の言葉通りではあった。確かに世界は広い。

 

「……ぬえさん。只今参りました」

 

「──おっはよー!! 小紫ちゃん!! もうすぐ島に着くけど、戦闘の準備は万全かな?」

 

「ええ、いつでも。誰が相手であろうと斬り捨ててみせます」

 

「頼もしいね♡」

 

 だがやはり──どれだけ世界を見渡しても目の前の怪物に匹敵する存在は少ない。

 外海に出て私は改めて世界の仕組みや組織のことを学んだ。

 “海賊王”ゴールド・ロジャー……かつての“四皇”すら出し抜いて世界一周を成し遂げ、“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れ、大海賊時代の始まりの切っ掛けとなった男が亡くなってもう18年。

 今の世界は幾つかの強大な勢力によって治められ、均衡が保たれることで辛うじて大戦争を回避出来ている状態だ。

 “海軍本部”。“王下七武海”。“四皇”……強大な勢力とそれを打倒しようとするこの時代にはそれだけ多くの戦士が存在する。

 ……だが本物の怪物は少ない。私はかつて質問をしたことがあった。

 

『──あはは、私やカイドウより強い人か~。ん~~~……今はもうそんな人はいなくなったかなぁ♡』

 

 そう、ぬえにそう質問した。

 するとぬえは可笑しそうに笑った後にこの世界の怪物のことを教えてくれた。

 

『と、言いたいところだけどね!! 私達の強さを知ってる小紫ちゃんには意外かもしれないけど匹敵する様な強い人は結構いるんだよね~~♪』

 

『……やはり他の“四皇”ですか?』

 

『まあね。“赤髪”の坊ちゃんはなんか成り上がって潰したくなるくらいに強くなったし、リンリンは──あ、“ビッグ・マム”のことね。リンリンは昔っからずっと怪物のおばさんだし、“白ひげ”なんてほんとムチャクチャで、怒ったらすぐに地震起こして津波起こすしすごいんだから』

 

 そしてその筆頭はやはり“カイドウ”と同じ“四皇”に数えられる大海賊達だ。

 ぬえや情報通のジョーカー。あるいは外の新聞などの世間曰く──四皇とは常識の通用しない化け物である。

 怒らせたら恐ろしい。暴れられれば手に負えない。バランスの良い鉄壁の海賊団を率いる新世界屈指の剣士。“赤髪海賊団”大頭──“赤髪のシャンクス”。

 機嫌を損ねると恐ろしい。生まれついてのモンスター。血縁関係で固めた強固な組織力を誇り、最強の家族と恐れられる“万国”の女王。“ビッグ・マム海賊団”船長──“ビッグ・マム”シャーロット・リンリン。

 仁義を破ると恐ろしい。かつて海賊王と渡り合った生きた伝説。その生き様から最強の海賊とも称される男。“白ひげ海賊団”船長──“白ひげ”エドワード・ニューゲート。

 存在することそのものが恐ろしい。この世の生きとし生けるものの中で、最強の生物と恐れられる海賊。“百獣海賊団”総督──“百獣のカイドウ”。

 彼らは海賊でありながら広大なナワバリを治め、世界政府ですら迂闊に手を出せない規格外の強さを持つ海賊達であった。

 

『……その者達なら勝負にはなると?』

 

『そうだね~。まあ負ける気はないけど、負ける可能性も結構あるくらいには強いよ~♪ でも勝負になるだけなら他にも結構いて~~……海軍も舐めてかかれない相手かなぁ』

 

『海軍の船ならいつも気軽に沈めているように思えますが』

 

『そりゃ殆どは雑魚だけどね~。でも“赤犬”、“青雉”、“黄猿”の3人の海軍大将とか今は元帥やってる“センゴク”とかは強いしね。後はなんと言ってもガープよガープ。海軍の英雄!! もしガープの船なんか見つけたら一目散に逃げるようにね!!』

 

 海軍本部の最高戦力と呼ばれる海軍大将や海軍元帥の“仏のセンゴク”。そして海軍の英雄と呼ばれる“ゲンコツのガープ”。

 海軍にも油断のならない猛者が多いとぬえは言う。

 

『でもって“七武海”は……まあそこそこかな? 1人1人はそこまでって感じ。小紫ちゃんは何人かもう会ってるよね~』

 

 そして政府公認の7人の海賊──“王下七武海”。

 “海軍本部”と“王下七武海”という二つの勢力によって、“四皇”の一角を食い止めることが出来るという。

 そう聞くと如何に四皇が強大な組織であるかがわかる。

 

『でもまあ誰であっても最強はカイドウだけどね!!』

 

 だがぬえの言う通り。どれだけの組織力があろうと、一対一なら最強はカイドウと名高い。

 つまり仇討ちを遂げるには最低でも今挙げた連中程度には強くならねばならないということ。

 そして今の私は“飛び六胞”。

 飛び六胞は良くて七武海と同等の戦力だが……その中でも私は最弱。

 未だ多くの真打ちからその座を狙われる程には弱い。

 ──やはりもっと強くならねばならなかった。

 

「……今回の戦いはどのような目的で?」

 

 私は思考を現実に戻し、次の戦いへと意識を向ける。見えてきた島はそれなりに大きく栄えているように見えた。

 だがそこからは──既に戦意が見え隠れしている。それを見て笑ったぬえは私にいつもの様に“海賊”を教える。

 

「いい? 小紫ちゃん。新世界でナワバリを持つってことは、その島や国やらに自分達の“旗”を掲げさせなきゃならないの」

 

「旗……ですか」

 

 海賊船のシンボル。死の象徴と言われる“海賊旗(ジョリーロジャー)”。これこそが重要なのだとぬえは言う。

 

「旗はその組織の権威そのものよ。その旗を掲げている組織が恐ろしければ恐ろしいほど、旗は絶大な効力を持つの」

 

 ぬえはメインマストの頂点に掲げられている百獣海賊団の海賊旗を差して言う。その意味は日和にも理解出来るものだ。

 

「民衆や他の海賊も……あの旗を掲げれば襲う者も、逆らう者もいない」

 

「そうそう。それどころか近づく人もいないかもね♪ 威信の高い旗は一つ掲げるだけで民衆は他の略奪者から身を守ることが出来る。だから新世界では四皇の旗を掲げるのが1番安全だって言われてて、高いみかじめ料を払ってでも旗を貸して貰って、何かあれば四皇率いる屈強な軍隊に守ってもらうのよ♡」

 

 そう──この旗の持ち主に逆らえる訳がない。百獣が掲げる二本角の髑髏の旗はまさしく力と恐怖の象徴だ。逆らえば踏み潰される。

 ならば百獣海賊団のナワバリは世界で1番安全なことになる。旗を貸してくれという頼みも殺到する筈だが……そうならない理由があることを日和は知っていた。

 

「……ですが守らないのでしょう? だからどこも旗を貸してくれとは頼んでこない」

 

「あはははは!! 人聞き悪いって小紫ちゃん!! 外敵からはきちんと守ってるじゃん!! ただ私達の為に働いてもらって、お金と物資を()()()()()()納めて貰うだけでさ!!」

 

 私がそう言うとぬえは腹を抱えて大笑いをした。こうやってストレートに物言いをしてくる部下が面白くて堪らないのだろうと察するが……それはいい。これはただの事実だ。

 百獣海賊団のナワバリの島は確かに、外敵からの防衛に関しては鉄壁と言ってもいい。

 各島は真打ちや百獣海賊団傘下の海賊団が防衛と遊撃。あるいは島の統治を任されているし、領海全体にはこのぬえの能力によって生み出されるUFOの防衛網が存在する。

 そしてもしそれらで手に負えない事態が起こってもナンバーズや飛び六胞などが鎮圧に向かうし、なんなら大看板が出向くこともある。

 だが征服された島の住民はほぼ奴隷だ。百獣海賊団の武器や物資を作る奴隷。金を生み出す島はある程度の自由はあるが、それでも多額の金を納めるために貧富の差が高まる。勿論、逆らえば外敵と同じ様に鎮圧される。

 そんな統治方法でナワバリが勝手に増える筈もなかった。

 

「だから営業だと?」

 

「そうそう。私達の旗を掲げるように丁重にお願いしに来たって訳ね。ふふふ……向こうもやる気満々みたいだし、楽しみだね♪」

 

「……わかりました。全力を尽くします」

 

 それが今回の戦う理由だ。

 だがそれがどんな理由であっても関係ない。私は自分自身の目的の為に戦い続けるのみなのだ。

 

 

 

 

 

 ──新世界“プロデンス王国”。

 

 世界政府加盟国のその豊かな国は戦争で数々の勝利を勝ち取った強国として知られている。

 豊富な武器。強固な要塞。その奥に更に頑強な城塞。

 兵の数も数十万。将の質も悪くはない。国に仕える大臣や軍師も優秀だ。

 そして何より──強い王がいた。

 

「──私達は“営業”に来ただけだってのに……なーんで要塞に立て籠もって布陣してるのかなー? やる気満々じゃん」

 

「──戯言も大概にしろ!! そんな言葉を言葉通りに受け取る者などおらんわ!! 国を守るためには当然の行動だ!!」

 

 プロデンス王国の要塞。その高台から眼下の海賊達に向かって声を張り上げるのはプロデンス王国の軍師──ダガマ。

 そしてその背後には海賊達に見向きもせずにシャドーボクシングを続ける王の姿があった。

 その王こそ“生まれながらの破壊兵器”と呼ばれるプロデンスの王。

 

『プロデンス王国国王“戦う王”エリザベローⅡ世』

 

 そしてその王を一点に見つめながらも軍師ダガマと舌戦を繰り広げるのは世界中に恐れられる“四皇”の一角、百獣海賊団の副総督である美少女――“妖獣のぬえ”だ。

 

「あはは♪ やっぱそう思う? ならおべんちゃらはここまでにして──私達の旗を掲げなさい!!! そうすれば命だけは助けてあげる!!!」

 

「命以外の全てを失わせる気なのは知ってるぞ“妖獣”!! お前達の悪評は有名だ!! 国民を奴隷にはさせん!!」

 

「可愛くて有名なんて……当然のことをありがとうね♡」

 

「言っとらんわ!!!」

 

 笑顔でお礼を言うぬえにダガマのツッコミにも近い怒声が響き渡る。どちらの兵も僅かに呆れたが、緊張感は損なわれなかった。ぬえは気を取り直して告げる。

 

「ふふふ、払うものちゃんと払ってればその限りじゃないんだけどな~~♪ ほら、天竜人に天上金払ってるでしょ? あれより多いくらいの金か代わりになる労働力やら武器やら納めてくれればいいよ? その代わりに私達は安全をあげる♡」

 

「ふざけるな!! 世界政府からお前達に乗り換えろと言うのか!!?」

 

「ん~? 別に世界政府には所属しててもいいんじゃない? そこはあなた達の自由だよ!! ただ百獣海賊団の旗を掲げて物資を納めればそれでオッケー♪ 後は逆らわない限り自由だし、私という超絶可愛い美少女のグッズなんかも買わせてあげるし、ライブにも来てあげるし、何より()()()()()()()()()()!! ほら、聞けば聞くほどすっごい好条件!! 私って優しい~~~♡」

 

「ワハハハハ!! 確かに!! ぬえさん優しい!!」

 

「落ち目の世界政府なんかよりウチについた方がよっぽど良い!!」

 

「おいお前ら今の内だぜ!! 地獄を見たくなきゃウチの旗を掲げな!!」

 

「っ……!! やはり……話など通じないか……!!」

 

 ダガマは眼下の百獣海賊団。ぬえの一方的な言葉と海賊達の馬鹿笑いに歯噛みする。交渉し、どうにか退かせることができればと思っていたが、それを許してくれるほど甘い相手でも、常識が通じる相手ではない。

 

「本当に戦う気か!!? 我が国の兵力は30万だぞ!!!」

 

「ん? 何それどういう意味? ──あ、それだけ()()()()()()()ってことかな? あはは、さすが軍師!! セールストークが上手だね!!」

 

「!!」

 

 その言葉にダガマもプロデンスの兵士達も背筋がゾッとする。

 半ば分かっていたことだが、脅しすら通じない。

 欲しいものを寄越さなければ躊躇なく殺す。交渉の余地はない。

 

「……戦闘準備だ……!!」

 

「はっ!!」

 

 兵に命じて臨戦態勢を取らせる。

 やはり戦い、撃退するか、あるいは政府の応援が来るまで耐え凌ぐしかない。

 そのための策を考えるのが軍師であるダガマの仕事だった──が、それらの策が水の泡と化すような提案が飛んでくる。

 

「それじゃあ戦闘開始──と、いきたいけど、その前にせっかくだから噂の真偽を確かめてみていい?」

 

「何!!?」

 

 ぬえの視線がダガマの方──ではなく、その背後のエリザベローⅡ世に向いていた。

 

「当たれば海賊“四皇”すら打ち沈めると言わしめる“キング・パンチ”。それを打てるのがエリザベローⅡ世。あなたって聞いてるんだけど合ってる?」

 

「……! それは……」

 

「……如何にも……!! おれがそうだ……!!」

 

「王!!」

 

「ダガマ。あの言い方だとおれの拳はもう既に知れてる……それより、そうだとしたら何だと言うんだ“妖獣”……!!」

 

 ぬえの指摘は事実で、しかしダガマとしては隠しておきたい事実であった。

 そのため真っ先にそんなものは知らないと油断させるために隠し通そうとしたが、それを王は拒んだ。

 するとぬえは不敵な笑みを浮かべ、

 

「そのキング・パンチ……私が受け止めてあげる♡」

 

「!! 何!!?」

 

 耳を疑うような発言が響き渡った。兵達もどよめく。今なんと言ったのかと。

 だがぬえはすぐにもう一度告げた。今度はわかりやすく、手で誘いを掛けながら。

 

「ほら降りてきなよ。一発打たせてあげるからさ♡ それで私が倒れて起き上がらないようなことがあれば……()()()()()()()でいいよ♡」

 

 

 

 

 

 戦いは開始直後から──いや、開始前から分水嶺を迎えていた。

 条件を呑むか呑まないかを相談しているであろうプロデンス王国の陣営を見ながら日和は鬼の仮面の下で表情を険しいものとする。

 そもそもだ。キング──

 

「──キング・パンチって一体何でぜよか!? 答えるぜよキング!!」

 

「…………」

 

 ……キング・パンチとは何なのかと思った直後、うるティがキングに向かってキング・パンチは何かと聞いたことで気まずい空気になる。

 自分も周囲の部下達も含めて“よりによってそこに聞くのか!? ”と驚いてしまったが、キングはしばらく黙り込んだ後にそれに応じた。

 

「…………プロデンス王国が他国と戦争した際、そこの王が敵国の要塞をパンチ一発で粉砕し、その桁外れの威力から“四皇”をも倒すと言わしめた。要は噂だ」

 

「何だ噂でぜよか。そんなものにぬえ様が負ける訳ないでぜよ」

 

「……どうでもいいですがうるティ。語尾の使い方が間違ってますよ」

 

「あァ!!? うるせェ小紫!! そんな筈がないでぜよ!! ぬえ様が教えてくれたぜよから!!」

 

「…………そうですか」

 

 注意したら噛みついてきたうるティに溜息をつく。相変わらずのバカだ。というか何故ページワンがいないのかとこの状況を呪う。同格の飛び六胞が私とうるティしかいないので必然的に相手をする頻度が多くて面倒くさい。

 ……だがぬえや四皇がそれでやられるというのは確かに疑わしいものだ。

 それにやられてしまっても困る。自分の預かり知らない全く関係ないところでやられるなど許せるものではない。

 しかし見ものであることも確かだ。戦いにおいて弱点を見つけることは重要である。

 それで言うなら今がそうだろう。ぬえもカイドウもだが、圧倒的強者ゆえに慢心するきらいがある。私がこうして生かされていることがその証拠だ。

 これがオロチなら絶対に放置はしない。何がなんでも殺そうとする。慎重に慎重を期す。

 だがカイドウとぬえは当然だがそうではない。そもそも外敵などほぼ存在しないのだから警戒する必要はない。あの2人とて、他の四皇や政府を相手取るための活動には計画を立てて決して舐めてかかりはしない。

 つまるところそれ以外の存在は全て──ワノ国の侍は私も含めて皆、外敵だと思われていないのだ。

 龍は地上の蟻を怖がる必要もない。蟻がいるからといって躍起になってそれを潰す必要はない。

 精々が庭にいる害虫だ。そんなのは部下に任せればいいし、その気になればいつでも潰せる。だから潰さないし、出来れば味方に引き入れようとする。

 百獣海賊団のナワバリにも毎年、幾つもの新世界に辿り着いた海賊団がやってくるが、そのほぼ全てがカイドウとぬえの顔を拝むことなくやられて逃げ帰るか、諦めて百獣海賊団の旗を掲げる。

 その中で時折、カイドウやぬえが直接新米海賊の相手をする時もあるが……意外にも攻撃が当たりはする。どちらも今のように相手を試すためか、特にカイドウは基本的に攻撃を避けることはなく、全てを受け止めてみせる。

 だがその何もかもが通用しないのだ。怪我をすることがあるとすれば、2人が喧嘩する時くらいのもの。後は無傷。血の一滴も流さない。

 そしてその異常な耐久力があるからこそ、あの2人は戦いにおいて相手の攻撃も受ける。躱したり防御することも容易いにも拘わらずだ。

 ここ数年カイドウとぬえを見ていて思ったことがそれだ。倒すには、圧倒的な攻撃力を身に着けなければならない。

 

「! おい……!」

 

「出てきたぞ!!」

 

 それだけの攻撃力をあの王が持っているのかどうなのか。仮に通じたとして、ぬえはどうなるのか。

 それを見るだけでもこの場に来たかいはあるものだ。

 

「来たね~♪ ちゃんとウォーミングアップは済ませてきた? イメトレは?」

 

「その前に……約束してもらうぞ……!! おれのパンチでお前が立ち上がることがなければ、百獣海賊団は今後金輪際……我が国に近づかないとな……!!」

 

 城塞の門が開かれ、兵を掻き分けてゆっくりと進み出てくるプロデンスの王はシャドーボクシングを続けながらそう告げた。ぬえと対峙するとどう見ても大人と子供以上の身長差だが、実際の実力はぬえの方が遥かに強い。

 そして王の確認に、ぬえは笑顔で頷く。

 

「約束してあげる!! だからほら──打っていいよ♡」

 

「確かに聞いた……後悔するなよ……!!!」

 

 エリザベローⅡ世がようやくぬえに向かって拳を構える。ぬえは自然とその場に立つだけだ。

 両軍共にそれを離れて見守る。向こうの軍は相当緊張しており、それを固唾を呑んで見守っているが、百獣海賊団側は多くの船員がニヤニヤと笑みを浮かべている。それだけぬえの強さを知っており、相手が絶望する瞬間を思ってほくそ笑んでいるのだ。

 

「──“キ~~~~ング”!!!」

 

「動いたぞ!!」

 

 そして遂に、エリザベローⅡ世が拳を引くモーションを見せる。

 確かに、その筋肉の隆起はすごいが、本来なら見え見えのテレフォンパンチ。周りがどうにかして隙を作るか、そもそも動かない相手にしか当たらないようにも思える。

 

「お、おい!! この雰囲気……なんだかヤバい匂いが……!!」

 

「大丈夫……だよな?」

 

 だがぬえは躱さない。その不穏な空気が私達にも分かるくらいに強くなっても、ぬえは腰を低く落として無防備に受けるだけだ。覇気すら使っていない。

 

「!!!」

 

 そして遂に──その王の拳が放たれる。

 

「“パァ~~~~~~~~~~~~~~ンチ”!!!!」

 

「!!!」

 

 その瞬間──空間が破裂するような音が轟いた。

 

「……!!!」

 

「うわァ~~~!!?」

 

「くっ……!!」

 

「衝撃波が……!!」

 

 大気が打撃される。

 その軌道上にある物が全て──地面すら抉れ、十分に距離を取っていた筈の海賊達すらその余波を感じてその場に必死で留まる。

 絶大な威力に土煙が舞い、それどころか光すら垣間見える。

 まるで巨大な爆弾が爆発した様な……それこそ城塞が一撃で吹き飛んでもおかしくない桁違いのパンチだ。

 

「っ……ぬえさんは……?」

 

「……!! いた!! あそこだ!!」

 

 そして数十秒程の時間の後、土煙が晴れ、ようやく衝撃波が落ち着く。

 まず現れたのは肩で息をして、全身にびっしょりと汗を掻くエリザベローⅡ世。

 そしてぬえは……パンチの軌道上。抉れた地面の上に──身体を大の字にして仰向けで倒れていた。

 

「う──おおおおお~~~~~~!!!?」

 

「おい待て冗談だろ!!?」

 

「ば、バカ思い出せ!! ぬえさんは懸賞金37億の怪物!! カイドウさんと殴り合えるウチで唯一のお方だぞ!! やられる訳あるか!! 人を驚かせるのがあの人のことだ……ショーの演出か何かだろ!!」

 

「そ、そうだよな!! ぬえ様!! おれ達十分驚きましたからそろそろ立ってもらっていいですよ!!」

 

 百獣海賊団の船員達が大声をあげて驚く。口々にそんな訳がないと言い、ボロボロになり倒れたぬえに驚かせないでくれと声を掛ける。

 だがぬえは立ち上がらなかった。

 

「…………」

 

「ぬ、ぬえ様?」

 

「お、おい……これ、完全に伸びてねェか?」

 

「あ、ああ……伸びてるな……」

 

 船員達が恐る恐る確認を取る。ぬえが白目を剥いて倒れた状態でピクピクと震えていた。

 それを見た瞬間──戦場は驚きで爆発した。

 

「うあああああ~~~!!? ぬえさんが伸びてる!!」

 

「あのパンチやべ~~~!!?」

 

「噂はマジだったってのか!!?」

 

「大変なことになったぞォ──!!」

 

「そんな……!! 嘘ぜよ!! ぬえ様がやられる訳ないでぜよ!!」

 

 百獣海賊団の船員達がぬえが倒れていることに悲鳴にも似た声をあげる。

 その反対にプロデンス王国の兵士達は喜びに沸いた。

 

「ウオ~~~!!? 四皇の副船長を倒した!!?」

 

「さすが伝家の宝刀キング・パンチ!!」

 

「国王様ばんざ~~~い!!!」

 

「これでおれ達の勝利だ!!!」

 

 ……なんてことだ。

 その両軍の騒ぎを目にして、日和は唖然とした。

 確かに、たしかにキング・パンチは凄かった。凄まじい威力だった。衝撃波ですら、近くにいれば気絶してしまいそうな威力。四皇を打ち沈めると言われるだけはある。

 だが幾らそれが直撃したからといって、あのぬえがこんな簡単にやられてしまうのかと。

 

「ガ……ガマハハハ!! さあ百獣海賊団!! 約束通り我が国から手を引いて貰うぞ!!!」

 

「……!」

 

 日和は言葉にならない複雑な感情を覚えて押し黙った。仇がやられたことで、本来なら良い気味だと喜ぶべきところだが、あまりにも呆気なさ過ぎて感情が追いつかない。

 もはや怒りや悔しさ、徒労さやくだらなさなど様々な感情が入り混じって震える中──その軍師の言葉に隣にいたキングが応じた。

 

「全く……あの人は……」

 

「ガマハハハハハ!! さあ百獣海賊団大看板“火災のキング”!! 貴様が次席指揮官だろう!! 撤退の指示を出して貰うぞ!!」

 

「……そうだな……よくやったと褒めてやる。あの人を打ち沈めるとは大したものだ」

 

「キング様!!?」

 

 キングは一度は息を吐いて呆れているような態度を見せ、ダガマの言葉にも余裕を持って相手を褒めて見せる。

 その対応に船員達も驚いた。なぜぬえをやった相手を褒めるのかと。

 

「あァ!!? キングお前!! ぬえさんをああした奴を褒めるって何を考えてるぜよか!!」

 

「……? 何を考えてるか知らぬが、約束は約束だ!! 海賊とはいえ、大将同士で結んだ約束をまさか破りはせんだろうな!!?」

 

「……フン……ああ、そうだな」

 

 キングは鼻を鳴らして頷く。だがその後でぬえの方を横目で見て続けた。

 

「もし倒れて起き上がってこないことがあれば手を引くが……()()()()()()()()()引く必要はねェな」

 

「何を!! くそっ……やはり海賊は海賊か!! ならばこのまま戦いを続け──」

 

「痛っ……たぁ~~~~~……」

 

「!!?」

 

 ダガマがキングの言葉に悪態をついた直後──戦場に聞き覚えのある少女の声が鳴り響く。

 まさか、と口に出したのは両軍の誰も彼もだ。信じられないようなものを見るように、あるいは畏怖するように、その恐ろしさを誰もが再確認する出来事を見る。

 ただ1人──キングだけは冷静にその相手に声を掛けた。身体が汚れ、軽く血を吐いているが、たしかに立ち上がったその相手に。

 

「……大丈夫か? ぬえさん」

 

「あ~~……久し振りに効いたなぁ~~~……カイドウの攻撃以外でこんなに痛いの久し振り……けほっ。うぇ~~お腹気持ち悪~~……誰か、水ちょうだ~~~い」

 

「は、はいっ!!」

 

「確かに……あんたが倒れるのを見たのは久し振りだ」

 

「そ、そんな……」

 

 顔から血の気が引いて、希望が絶望に変わったのは当然プロデンス王国の兵士達だ。

 何しろあのキング・パンチを受けてなお──ぬえが立ち上がったのだ。恐れを覚えるのも無理はない。

 

「水ですっ!」

 

「ありがと~……んっ……ぷはぁ!! あ~~染みる染みる~~~っと、さすが噂に名高いキング・パンチだね……♡ 四皇を打ち沈めるってのは伊達じゃないかな? あんまりにも威力が低かったら撤回してもらおうと思ったけど、これなら四皇にも確かに通じるからそのキャッチコピーはそのままで良いんじゃないかな?」

 

「っ……!! 化け物め……!!」

 

「ふふふ~……いやほんと久し振りに楽しめたし良かったよ~♡ ボクシングならKO負けになるのかな? あんまりボクシング詳しくないから知らないけどさ──でも良いものくれたんだし、今度はこっちからお返ししないとね!!」

 

 部下から水筒を受け取り水を飲むぬえが、今度は水筒を返してパンチの構えを取る。

 

「キング・パンチじゃなくてクイーン・パンチ……だと紛らわしいか。なら“ぬえちゃんパンチ”をお見舞いしてあげる!!」

 

「!!」

 

「! いかん!! 王を守れ!!」

 

「は、はっ!!」

 

「──戦闘準備だ。ぬえさんが殴り返したら行くぞ」

 

「はいっ!!」

 

 ぬえが拳を振りかぶり、ぐるぐると回したタイミングで両軍共に指揮官の指示を受けて臨戦態勢に入る。

 プロデンス王国の兵はなんとか王であるエリザベローⅡ世を守ろうとして前に出るが──それは犠牲者をただ増やすだけの行動だった。

 

「愛らしさ無限大の~~~──“ぬえちゃん”……“パ~~~ンチ”!!!」

 

「!!!」

 

「ぎゃああああ~~~~!!!?」

 

 ぬえの拳がエリザベローⅡ世に突き刺さり、その巨体が衝撃波と共に城塞まで吹き飛んでいき、城塞すら貫通し、周囲に破壊を撒き散らす。

 それはエリザベローⅡ世が1時間の精神集中とウォーミングアップの末に放つ事の出来る必殺パンチではなく、本当に覇気を込めただけのただのパンチだ。

 だがその破壊力はキング・パンチに匹敵した。準備も隙もない。ただデタラメな身体能力から放つ獣の一撃。

 

「こ、国王様!!」

 

「城塞に穴が空いた……!!?」

 

「救助を急げ!!」

 

「こんな化け物に敵う訳が……!!」

 

 そしてそのぬえの驚異的なパワーとタフネス。回復力を見せつけた拳の打ち合いは──プロデンス王国の全ての兵士に絶望と恐怖を叩き込む結果となった。

 城塞を貫通して地面に血を吐き、白目を剥いて倒れたエリザベローⅡ世。顔を青ざめさせ、恐れる兵士達にぬえは痛みを受けたことで血走った獣の目を向け、笑みを浮かべて告げる。

 

「この海に“王”なんて1人でいいのよ……おじさん♡」

 

 

 

 

 

 そこから始まる蹂躙は酷いものとなった。

 だが日和は思う──こんなことは世界中にありふれているのだろうと。

 

「怯むな!! 数ではこっちが上だ!!」

 

「第1軍から第10軍は“妖獣”を止めろ!!! 11から15は“キング”だ!! それ以外は適時私と将の指示に従って動け!!」

 

「は、はいっ!!」

 

 弱者は死ぬ。強者に殺される。それが自然の理。

 日和は目の前の弱者達を見て思う──ああ、可哀想だな、と。

 

「あの鎧武者を討ち取れ!!」

 

「──可哀想に」

 

「……!! 何!!?」

 

 全身を覆う黄色い鎧と鬼の仮面に三日月の兜をした己──“飛び六胞”としての自分を取り囲む兵士達に思い、告げる。

 

「そんなに弱く、それが原因で苦しむのなら……私が救いましょう──()()()()()()()()()

 

「!!」

 

「ぎゃああっ!!?」

 

「貴様……!! 仲間をよくも……!!」

 

 弱者を斬り捨て、その弱者を想う者がまた怒りを覚えて立ち向かってくる。

 正当な怒りだ。しかし、弱いのなら意味はない。立ち塞がる自分より弱いのなら、その想いは遂げられない。

 自分の目的の為には弱者は全て斬り捨てる。そう──この腰の()()()()に誓ったのだ。

 

「──“滅南無川”!!!」

 

「グアァ~~~!!?」

 

 大勢の兵士を斬り、吹き飛ばす。

 数は多い。だがそれでこそ修行になる。

 自分より強い者達はこの戦場で5万も10万もの数を相手に蹂躙しているのだ。

 

「相手は1人で突っ込んできてる!! 囲んで盾と槍で押し潰せ!!」

 

「……浅はかな弱者の知恵ですね」

 

 この程度の数相手に怯むようでは何年経っても目的は達せられない。

 ゆえに倒す速度をあげるため、日和は能力を解放した。

 

「潰せ──!!!」

 

「!」

 

「!? 跳んだ!!?」

 

「速い……!!」

 

「何だあの姿は……!!? 見たことのない獣だ!!」

 

「鱗があるぞ!!」

 

「あれは……馬にも見えるが……?」

 

 獣の姿となり、日和は格段に上がったスピードで囲いから抜け、その角と焔で敵を突き上げるべく更に加速する。

 その姿は動物(ゾオン)系の能力だが、ただの動物(ゾオン)系ではない。自然系よりも更に珍しい幻獣種だ。

 

『百獣海賊団飛び六胞“鬼武者”小紫 懸賞金3億2910万ベリー』

 

「弱者は来世に望みを託し、今生を終えなさい……“焔歌仙(ほむらかせん)”!!!」

 

「!!!」

 

 焔を生み出し、敵を焼きながら突進する。

 それだけでも多くの敵を倒せた──が、やはりまだ足りない。

 この蹂躙が終わるまでに……少しでも経験を積む。

 そう時間に余裕はない。既に空からはぬえの生み出したUFOが飛来し、キングも空から多くの敵を焼き殺している。更にジョーカーもまた城塞の中に予め潜み、敵が野戦に出ている隙に内部を制圧する。

 終わるのは時間の問題だった。

 

「し、死にたくない……見逃してくれ……!!」

 

「……ならなぜ弱いのですか?」

 

「! やめ──」

 

 弱者など目に入らない。命乞いなど耳に残らない。

 そんなに生きたければ最初から従っておけばいい。兵士になどならなければいい。戦わなければいい。

 そうすれば死なずに済んだのだ──その事を理解しろと私は人型に戻り、刀を弱者に振り下ろした。

 

「ぎゃああ~~~~~!!!」

 

「……弱者とは悲しいものですね」

 

 私は1人、そう呟く。

 ──そしてこの日……たった2時間の戦闘でプロデンス王国は百獣海賊団のナワバリに堕ちた。

 

 

 

 

 

 ──だがその直後のこと。

 

『おいぬえェ!! お前のUFOが突然消えたぞ!! 何してやがる!!?』

 

「あ……」

 

 ──プロデンス王国が堕ちたその日。百獣海賊団の警戒網が僅かに緩み、それが原因でカイドウとぬえが喧嘩を始めたりしたが、何も問題はなかった。

 




サシ飲み→一対一で呑むならぬえちゃんだろう……口々に人は言う。頻度は週1、2
赤髪→四皇に。関わるのはまたちょっと先です。
オロチ→いつか死ぬ。でも原作とは違う死に方をする。
日和→まだまだ飛び六胞最弱。能力は幻獣種。大体分かると思うけど、明かすのは2話後くらいなのでもう少しお待ちを。パスタマシンとか使う面白珍獣能力の方のあれではないです。オリジナル。刀は二本持ってますが使うのは一本。
エリザベローⅡ世→キング・パンチは衝撃波じゃなくて、直接ぶん殴れば割と真面目に四皇にも大ダメージ与えられそうってことでぬえちゃんも白目剥いちゃいました。ただすぐ回復するし、四皇クラスにはルフィが気絶するくらいのダメージしか入ってないから倒せはしない。でも打ち沈めはするから大した……いや、これでも十分強いな……。
今日のぬえちゃん→昔を懐かしんだり、営業行って優しい条件出したり、日和ちゃんに海賊を教えてて白目剥いたり珍しくダメージ食らって痛がったりしてて可愛い。やっぱか弱い女の子なんやなって。
ぬえちゃんパンチ→相手は死ぬ。でもおじさんは辛うじて生きてます

今回はこんなところで。もう原作開始まで後4年です。ってことで100話には原作開始かな。次回は一年進んでカジノフィーバーです。そして遂に三兄弟のあの人が登場します。お楽しみに。

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