今回は主にオリジナル展開の話になってます。
それと新たなにアンケートを実施します。内容は投稿する際の話の数について。
期限は5月16日(土)の23:59までとします。
設定ミスでアンケートが反映されていませんでした。
その為、一日期限を延ばします。大変申し訳ありませんでした。
ある日の昼下がり。鷺宮が部屋で寛いでいると携帯が音を立てる。
一体何事だと携帯を手に取って、確認すると一通のメールが届いていた。送り主は藤原で日本に帰国した事。そして暇を持て余している為、何処かに食事に行こうというお誘いの内容であった。幸い、鷺宮も特に予定がない事もあり、藤原と遊ぶ良い機会だと誘いを受ける事を決めて了承の返事を返した。
その後、待ち合わせ場所と時間が記載されたメールが届く。時計を見れば、約束まで1時間の猶予がある。この間に借りた本を読み終えてしまおうと鷺宮は閉じた本を開いて読み始めた。
約束の時刻になり、待ち合わせ場所に来た鷺宮。そこで藤原の姿を探していると自分を呼ぶ声が響き。声の方へ向けば、いつもと変わらぬ藤原に鷺宮も笑みが零れた。
「鷺宮さーん。こっちですよ~」
「久しぶりだね。ハワイの方はどうだった?」
「はい。最高でしたよ!! 青い空に透き通った海。イルカと泳いだり、美味しい物を味わったりと天国でした」
「話を聞くと本当に楽しそうだよね。海外旅行に行ける藤原さんが羨ましいわね」
「えへへ。だったら、私達が大人になった時。かぐやさんと私と鷺宮さんの三人でハワイに行きましょう。きっと良い思い出になりますよ」
「ああ、それは良いわねぇ。その日が来るのが楽しみだわ」
明るくハワイに行った話をする藤原。普通であれば、この手の話題は嫌味に聞こえる物だが、それを感じさせないのは藤原の魅力と言えるだろう。暫し、談笑した後。二人は目的の店に向かって移動する事にした。
都会の路地裏、仕事終わりの会社員達で賑わう道を一人の中年が歩いていた。
彼の名は小田島三郎。しがない中間管理職を務めるサラリーマンである。この日、三郎は趣味のラーメン屋巡りに来ていた。その彼が選んだのは路地の一角に建つラーメン屋であった。引き戸を開いて中に入れば、ラーメン屋独特の臭いが空腹を刺激し、食欲を増幅させる。
「お客さん、ご注文は?」
「豚骨醤油薄め、麺は固めで!」
三郎はカウンター席に腰掛けて、慣れた様子でラーメンを注文する。注文を聞いた店主は静かに調理を開始した。その直後、戸が開き新たな客が姿を見せる。それは二人の少女だった。一人は長い黒髪の眼が凛々しい少女、もう一人は日本人らしからぬ桃色の髪に天然そうな少女。
この店に似合わぬ可愛らしい来訪者に三郎は歪んだ笑みを浮かべる。別に誰が訪れても不満はない。それは三郎も理解している。ならば何故、少女達を意識するのか。それは三郎の趣味が関わっている。先に述べた通り、三郎の趣味はラーメン巡りであるが、同時に店へ訪れた客の品定めもその一つである。
「鷺宮さん、何を食べます?」
「そうね。私は塩ラーメンにしようかな。麺は普通でいいわ」
「私は豚骨醤油の薄め、麺はバリカタで」
「毎度。塩ラーメンと豚骨醤油の薄めですね」
(一方は違う様だが、あの桃色の少女。麺の固さはともかく、味の方はこの店の最適とも言える注文をしたな。これは単なる偶然か?いや、この店は一見して女性が入り辛い場所にある。時間もさる事ながらふらりと寄ったとは思えない)
二人の注文を聞いていた三郎は藤原に注目した。何せ、藤原は三郎と同じ注文をしたのだ。これは、藤原が食に精通した人物なのでは?と、そう思った為である。しかし、麺の固さに於いては別であった。この事から思い過ごしであると、三郎は確信する。
「へい豚骨醤油の薄め 固めお待ちどうさん」
「…どうも」
出来上がったラーメンを前に三郎は顔を近づけて臭いを嗅ぐ。濃厚な豚骨の臭さと仄かな醤油の香り。これが程よく混ざり合っている。続いて蓮華でスープを掬い、一口啜る。すると口に広がるのはガツンとした豚骨の味とあっさりした醤油の味わい。これが三郎の舌で踊って何とも言えない感覚を三郎に与えた。
「あ、ラーメンが来ましたよ。早速食べましょう~」
「凄い嬉しそうだね。そんなにラーメンが食べたかったの?」
「実はそうなんです。ハワイでもラーメン屋はありますけど、向こうの人に合わせてるから好みの味が食べれなくて辛かったんですよ」
二人の会話が三郎の耳にも届いてきた。どうやら、桃色少女は海外へ行っていた事が話から分かった。それを聞きながら、三郎は内心で舌打ちをする。昨今の子供は海外旅行に行く時代なのかと妬みと羨望の気持ちからであった。だが、今はそんな事よりも目の前のラーメン。これを堪能するのが先決。気持ちを切り変えて三郎は箸を取りラーメンを一撮みし、口へゆっくりと運ぶ。スープが染みた麺を堪能した後、お冷で舌に残った油を流し込む。これを繰り返して食べるのが三郎の流儀である。
その最中、件の少女達が注文したラーメンが出来上がる。二人はどのように味わうのか。チラリと視線を向けると目に映った光景に驚いた。
(鷺宮と言う子は普通に食べているが、ミニラーメンとは面白いな。本来、豚骨は汁に浸して濃厚な味を楽しむ物だ。しかし、蓮華に具と麺を乗せて豚骨の全てを楽しむのも正解の一つだ。やはりあの桃色少女はラーメンの食べ方を熟知しているのかもしれん。それにあの食べ方ならバリカタであっても問題はない。俺も幾度なくラーメンを食べてきたが、ああいうやり方はしないからな)
自分のラーメンを食べながら、三郎は桃色少女の食べ方を評価していた。されど一度に多くを楽しめるミニラーメンであるが、一つだけ欠点がある。それは具の枯渇。どのラーメンにも入る具は一定量と決まっている。それ故、具を消費する食べ方をしていれば食べ終わる前にそれが訪れてしまう。この事に三郎は藤原の出方を待っていた。備え付けの具は無いが、テーブルには唯一の具であるニンニクが置かれている。それを使えば具の補填が出来る上にラーメンを更に堪能する事が可能だ。しかし、問題があるとすればやはり臭いであろう。ニンニク特有の臭いは女性にとって、何よりの大敵だ。
無論、一部の店では無臭ニンニクを扱っている事も存在している。だが、この店はラーメンの味を引き出す為に店主が拘ったニンニクを置いており、味だけでなく臭いもキツイ一品であった。
「あ、此処はニンニクが置いてあるんですね。鷺宮さんはどうします?」
「私は要らない。塩ラーメンに合わないだろうし、というより藤原さんは入れるの?」
「はい。中々、こういうの無いし、何よりもニンニクを潰すのって楽しいんですよ~」
そう言って、藤原はニンニクを迷う事無く、ラーメンに投入する。この思いきった行動に鷺宮と三郎。果ては店主まで驚愕した。そんな三人の様子などお構いなしに藤原は残った麺を豪快に啜り、挙句の果てに残ったスープまで勢いよく頬張っていく。
(な、何という少女だ。臭いのきついニンニクを迷わず入れるだけに留まらず、あの食いっぷり。まるで昔の俺の用だ。はぁ、そういえば昔は仲間とよく食べていたな。その頃はおかわりは勿論、ニンニクなんかも平気だったのに今では一人寂しく食べるだけだからな)
「そういえば、鷺宮さんって…ラーメンの食べ方に流儀とかあるんですか?」
「ううん。別に無いわよ。第一、食べ方なんて自由じゃない。それを評価して周りに押し付ける人って、嫌いだからね。そういう人って、実は周りからかなり嫌われてるものよ。大方、誰かを誘っても来てくれず一人で食べる事が多いと思う」
「あ~。何となく分かりますね。私もこれが正しい食べ方だ!とか言うタイプの人は大嫌いですよ」
ラーメンを食べ終わり、談笑する二人の言葉は鋭利な刃物となって、三郎の心に突き刺さる。二人の言っている事に少なからずとも、三郎は心当たりがあるからだ。
(押し付ける奴は嫌われるか。思い返せば、以前はよく一緒に食事していた部下も同僚も最近は俺の誘いを断ってばかりだ。俺としてはラーメンを楽しく食べて欲しい一心で言っていたが、相手からしたら迷惑な行為だったんだな。こうしてあの子達の話を聞くまで気付かないとは…俺も駄目な大人になっちまったもんだ。昔は絶対、こうはならないと決めていたのによ。まだやり直せるなら以前みたいに仲間内で食事を楽しみたいものだな)
そして会計を済ませ、立ち去る二人を三郎は静かに見ていた。忘れていた何かを思い出せてくれた事に心の中で感謝を述べていた。
「ねえ、藤原さん。さっきから変なおじさんがチラチラ見てたけど、あの人は知り会いだったりする?」
「いえ。全く知らない人ですね。私も気付いていましたけど、怖いから無視してたんですよ」
「そっか。最近は暑いし、変な人が多いのかもね。時間も遅いし、今日はもう帰ろう」
「はい。私もお腹いっぱいで眠くなってきました」
店の外で鷺宮と藤原が三郎を変なおじさん呼ばわりしていた事を知らないのが、三郎にとって今日一番の幸運だったのは言うまでも無い。その帰り道、二人は偶然にも遊んでいた白銀と石上に遭遇した。その際、石上から渡された息ケアで藤原が口臭を振り撒いていた事に気付き、涙を浮かべる事になったのは別の話。
【本日の勝敗 食事を楽しんだが息ケアを怠った藤原の敗北】
朝 いつもと変わらぬ時間に鷺宮は目を覚ます。ベッドから起き上がり、グッと背伸びをし残る眠気を追い出した後、部屋の窓を開けて空気を入れ替える。夏でも朝は空気も冷たく、これを堪能するのが朝の楽しみでもあった。
そして着替えを済ませた鷺宮がリビングに降りると、既に朝食が用意されていた。すぐ傍には両親が書いたメモを置かれている。メモに目を通せば、朝食をしっかりと食べる事の他、今日の夜に母の実家に行くので外出はしない様に書かれていた。
「参ったなぁ。今日は藤原さん達とお出かけなのに。でも、親の言い付けも無視する訳にいかないか。仕方無いけど藤原さんの用事は断ろう」
友人との買い物と母の用事。二つを天秤に掛けてみるも、当然ながら親の用事が優先される。鷺宮は藤原に断りのメールを転送する。返事はすぐに返って来て、残念と思っているのが文面から伝わって来る。それに申し訳ないと思いながら、鷺宮は用意された朝食を食べ始めた。
時同じくして、かぐやの方も藤原達との買い物に心を躍らせていた。朝早く起きては何着も試着し、買い物に出かける服を選んでいた。漸く着ていく服が決まった時、かぐやの部屋にノックの音が響く。こんな時に何の用であろうか?水を差された事に多少、気分を害しながらかぐやはドアの外にいる人物へ返事を返す。
「いますよ。どうぞ入って下さい」
「失礼致します。かぐや様、本家より通達がありまして。今日中に京都の本邸へ来る様にとの事です」
「随分と急ですね。明日では駄目でしょうか?」
「なりません。雁庵様直々の命ですので、ご了承下さい」
「……分かりました。出発はいつです?」
「昼食の後、出発予定です」
「分かったわ。もう下がって結構よ」
「はい。では、これで失礼致します」
かぐやに要件を伝えた執事は、恭しく礼をして部屋から立ち去った。本家からの用事が入るのはいつもの事だ。頭では十分に理解している。しかし、かぐやも年頃の少女。初めて出来た友達と仲良く買い物に行く機会は殆ど無いかぐやにとって、誘いを断る事は何よりも辛かった。
「……早坂、貴女も準備しておきなさい」
「分かりました。それでは失礼します」
沈んだ様子のかぐやに早坂はかける言葉が浮ばない。今は下手に慰めるより、そっとする方が良いだろう。そう判断して早坂は静かに部屋を出て行った。
その後、言い付けを守って家で過ごしていた鷺宮は本を読んでいた。ふと時間を見れば、12時を過ぎている。暫し呆けていたが、ハッとある事に気付いて鷺宮は慌てた。後々、やろうと思っていた出かける仕度を全くしていなかったのだ。実家の京都まで行くとなれば、日帰りという事は在りえない。当然、数日間は泊まる事になるだろう。
「やらかしたなぁ。今から用意して間に会うと良いけど…」
鷺宮が準備を始めた時、帰宅した両親の声が聞こえて来た。最悪のタイミングだと頭を抱えたが、無視する訳に行かない。多少の小言を覚悟して鷺宮はリビングへ向かう。そこには父の幸太郎と母の秋葉の姿があった。
「お帰りなさい。今日は何時頃に出発するの?」
「ただいま。13時に出発するわよ。どうせ、まだ準備してないんでしょう?」
「う、今からやろうと思ってたの!!」
「はいはい。そうだ。昼食代わりにパンを買って来たわ。それを食べたら、すぐにやりなさい」
「はーい」
秋葉の小言に鷺宮は言い訳するも、秋葉には通用しなかった。図星を突かれた以上、言い訳しても意味が無い。寧ろ、言い返そうものなら更なる小言が飛んでくる。そうなれば、お互いに熱くなって喧嘩になりかねない。折角、家族と出かけるというのに険悪な雰囲気になっては台無しである。此処は素直に引き下がった方が得策と鷺宮は秋葉が買ってきたパンを手にすると部屋に戻って行った。
適当な着替えと退屈凌ぎの本を数冊を鞄に入れて、鷺宮は準備を終える。あとの問題はコロンの事だ。数日とはいえ、家を留守にする。その間、世話をする事が出来ない。今から誰かに預けるにしても、急な話では引き受けてくれる人はいないだろう。どうしようかと頭を悩ませるが答えは出ない。そんな時、部屋にやってきた秋葉が悩む鷺宮に言葉をかけた。
「璃奈。コロンの事だけど、連れて行ってもいいわよ。先方にその事を伝えたら、大丈夫だって言ってたから」
「本当!! 良かった。どうしようかと悩んでいたから」
「その代わり、こっちのケージに入れて頂戴ね。コロンは窮屈かもしれないけど、我慢してもらわないと」
そう言って、渡されたのは今よりも小さい鳥かご。確かに体格の大きいコロンには窮屈かもしれない。だが、一緒に行けるのなら我儘は言えない。鷺宮はコロンを籠から出すと、別の籠に移し替えた。幸い、コロンも嫌がる事はなく、素直に籠に入ってくれた。呑気に毛繕いする様子に思わず笑みが零れる。
その後、鷺宮は時間が来るまで両親と談笑していた。やがて出発の時間が訪れ、部屋の戸締りを確認してから父の車に乗り込み。京都に向かって出発した。
【本日の勝敗 勝負が発生しない為、不成立】
夕方、陽が沈む頃。鷺宮達は京都へ到着した。車から風景を眺めていると、徐々に古民家が目立つ様になってくる。風情を感じさせる和菓子屋に料亭など。如何にも京都らしい光景に鷺宮は自然と見惚れていた。
流れる風景を見つつ車に揺られる事、数十分後。目的地に着いた様で車が止まった。一体、どんな所なのか。初めて訪れる実家に興味津々の鷺宮は我先に車から降りた。そこは大きな門を構えた屋敷が建っていた。まるで昔の大名屋敷を連想させる風貌に鷺宮は圧倒された。
「此処が母さんの実家かぁ。思った以上に大きい家だね」
「そうでしょう? こう見えても京都では一、二を争う家なのよ。今でこそ、苗字が違うけど昔はこの家に生まれた事が私の誇りだったのよ」
胸を張って高々に語る秋葉に呆れた視線を向ける鷺宮だが、内心は母の知らない一面が見れた事を喜んでいた。そこで鷺宮はある事に気付く。そういえば、秋葉はさっき昔は違う苗字と言っていた。ならば、旧姓は何と言うのだろう?気になった鷺宮が家の表札に目を向けて、硬直した。
その表札には『四宮』の文字が刻まれている。この名に覚えのある鷺宮は嫌な予感を密かに感じていた。
(四宮…ね。まさかと思うけど、あの人とは関係ないわよね? ま、まあ…四宮という苗字は他にもいるだろうし、あの人の家なんて事はありえない。でも、何でだろう。何処となく不安を感じるのは‥‥。悪い予想って、当たると聞くけど今回だけは外れて欲しい)
「あ、そうそう。私の旧姓ね。あの資産家の四宮なのよ。ああ~。雁庵くんと会うのも久しぶりね。ついでにかぐやちゃんにも会えるといいわね」
「へ、へぇ~。そうなんだ。あはははは。私もかぐやちゃんと会うの楽しみだな~」
心で己の予想が外れる様に願うが、現実は優しくはなかった。既に先程までの楽しい気分は消え失せ、京都に来た事を心の底から後悔したが、既にあとの祭りだ。その後、車を駐車場に止めてきた父と合流し、鷺宮は両親のあとを追って四宮本邸に足を踏み入れた。
中に入ると本邸で働いている侍女が対応してくれた。自分達が来る事は屋敷の侍女全員に通達されており、侍女は雁庵に会いたいという秋葉の要求に頷くと雁庵の部屋に案内してくれた。この展開に鷺宮の緊張はさらに高まった。何せ、日本随一の資産家である四宮家。その頂点に立つ人物との対面。父と母は何度か会った事があるのだろう。緊張した様子はなく、堂々としている。しかし、初めて会う鷺宮はそうはいかない。下手をすれば、一家全員、路頭に迷う可能性が高い。相手はそれが出来る立場の人間だ。いくら母の秋葉が元四宮一族だとしても容赦するとは思えない。
「雁庵様。鷺宮様ご一行が到着なさいました。秋葉様が雁庵様とお会いしたいとの事ですが、いかがいたしましょう?」
「構わない。部屋に通してくれ」
「畏まりました。それでは失礼いたします」
案内された部屋の前で侍女が声をかけると、中から威厳を感じさせる声が返ってきた。いっそ、断ってくれと思うが、急な訪問者にも関わらず雁庵は会ってくれるらしい。これに鷺宮は胸中で愚痴を溢していたが、自分達が雁庵の親戚という事を失念している。遠路はるばる来た親戚と会うのは普通の事である。そうして部屋に通された鷺宮達は雁庵と遂に対面する。
「良く来てくれた。二人が此処に来るのは…かれこれ10年振りか。元気そうで安心したぞ」
「ええ。雁庵様も元気そうで何よりです。今日は娘も連れて来たんですよ。ほら、璃奈。自己紹介しなさい」
「あ、初めまして。鷺宮璃奈です」
「何、硬くなってるのよ。もっと、肩の力抜きなさい」
「いや。別に構わん。何せ、初めて会うのだ。それに家の事を知っているなら、緊張するなと言う方が無理であろう。さて、既にご存じであろうが、私が四宮家の長。四宮雁庵だ。此処にいる間、羽を伸ばすとよい」
「は、はい。ありがとうございます」
ガチガチに緊張しながら自己紹介する鷺宮に雁庵は予想外にも優しく言葉をかける。思わぬ言葉にまたもや声が上擦るが、それに対しても雁庵は笑うだけで咎める事はしなかった。血も涙もない冷徹な人を想像していただけに拍子抜けしていた。
「それはそうと。璃奈さんは娘のかぐやは知っておるかな? 偶然にも今日、本邸に来ていてな。良かったら会って来るといい。此処にいるよりも楽しめるだろう。私も二人と話したい事があるでな」
「そうですね。良い機会だし、かぐやちゃんと話しておいで」
「ええ、それは良いわね。普段、貴女は家にいる事が多いし、友達を作る良い機会じゃない」
「へ? い、いや。でも、当のかぐやさんがどう思うか。私と話しても退屈なのでは……」
何やら、妙な方向へ進み始めた話に鷺宮は焦りを隠せない。この場にいるだけでも気を失いそうな程、胃が痛みを感じているのにこれ以上、胃を痛める事をしたら本気で穴が空く。何としても有耶無耶にして逃れなければ!! 鷺宮は必死に思考を巡らせながら言い訳を考えるも何も浮んでこない。
「そうか。君なら娘の心を開けると思ったのだが、無理強いは出来ないな。私自身、娘と接しようにも上手く行かなくて困っているんだよ。つい先程、到着したあの子に声をかけようと部屋にいったのだが、本人を前にすると言葉が出ないのだ」
「璃奈! 此処は雁庵さんに手を貸してあげて欲しい。僕はお前を優しい子だと信じているよ。ほら、ついでにコロンも連れて行きなさい」
「う、うん。分かった」
最早これまで。この後、どんな言い訳をしても確実にその言葉は潰される。無駄に抵抗して、雁庵の機嫌を損ねでもしたら元も子もない。大人しく言う事を聞いた方が得策ではない。
観念して首を縦に振った瞬間。悩ましげな表情の雁庵は一転して笑みを浮かべた。見れば両親も同じく笑っている。一連のやり取りが三人の芝居だと知った時は既に手遅れ。鷺宮は込み上げる怒りを堪えながら、案内を申し出た侍女について行った。
部屋を出てから何度か廊下を曲がった後、侍女は歩みを止める。どうやら此処がかぐやの部屋のようだ。侍女はスッと膝をついて中にいるかぐやに声をかけた。
「かぐや様。お客様がかぐや様とお会いしたいそうです。今、お時間の方は大丈夫でしょうか?」
「…どちら様ですか? 会うかどうかは聞いてから決めます」
「本日、お越しになられた鷺宮秋葉様の息女。璃奈様でございます。因みに雁庵様も会う様に仰っておりました」
「!? わ、分かりました。通して構いませんよ」
会う事を拒否する場合を想定してか、かぐやが断れない言葉を交えて伝える侍女に鷺宮は戦慄を覚えた。あの長に仕えるだけあって、相手が長の娘でも平然と嘘を吐く侍女。無論、かぐやが反応したのは自分の苗字も含まれているのだろうが、『雁庵』と聞いた際。かぐやの声に怯えた色が含まれている事に気付いた。
「ど、どうも。鷺宮璃奈です。今日はかぐや様にお会い出来て、光栄です」
「では、私は仕事があるのでこれで失礼します」
鷺宮が自己紹介した所で、侍女はそそくさと立ち去った。その立ち振る舞いから、侍女も先の芝居に一枚噛んでいるのでは?と疑うが今は目の前で睨みつけるかぐや。彼女を宥める方が先決だ。奥に控えている早坂に目を配るが、知らないと言わんばかりの様子で早坂は目を逸らす。表情と目つきから早坂も怒っているのは明白だ。どうやら、この場も味方はいないようである。
深い溜息を吐いた後、事情を説明するべく鷺宮は重い口を開いた。
「今日、此処に来たのは両親――――――母が実家に帰省すると決まったからなのよ」
「それでこの家に? という事は鷺宮さんのお母様って」
「うん。旧姓は四宮だって。これは私も今日、初めて知ったんだよ」
「待ってください。それが本当なら、私と鷺宮さんは親戚という事ですか!?」
「そうなるわね。世間って、広い様で狭いって事を一番実感したわよ」
「思いっきり、重大な話じゃない。さらっと流さないで!!」
吹っ切れたのか、淡々と話す鷺宮にかぐやは顔を赤くして怒鳴る。思わぬ事実に困惑しているのは、早坂も同様である。だが、冷静になれば鷺宮とは京都で出会ったのだ。思えば、あの幼稚園は四宮家が経営する施設。当然、四宮家に近しい者に便宜も図る事が可能だ。ついでに鷺宮の母が自分の母と知り会いという事も早坂は知っていた。これらを踏まえれば、鷺宮が親戚である可能性も事前に知りえた筈。それを見落としていたのは、己の未熟さと鷺宮に再会できた事で浮かれていたのが原因だ。
しかし、早坂はこの事を口にしない。もし…言えば。
【早坂。貴女、何で早くその事に気付かなかったの? 最近、腑抜けているのかしら? それとも度重なる仕事で疲れたの? だとしたら、長い休日を上げてもいいわよ。そうね。誰も来ない無人島なんてどうかしら? 貴女に付き纏うメディア部や貴女の休息を邪魔する人はいないから打って付けの場所ね。まあ、虫や動物が邪魔したり、付き纏ったりするかもだけど。些細な問題よね。行きたくなったら、いつでも手配してあげるから気兼ねなく言って頂戴ね】
こんな事になり兼ねない。流石に妄想ほど酷い事はしないだろうが、容赦ない事も長い付き合いから知っている早坂は内心、戦々恐々としていた。その結果、無視と黙秘を貫く事にしたのだ。助けを求めていた鷺宮には悪いと思いつつ。早坂は自身の保身を優先させた。友情とは時に儚いものである。
「……。そういえば、部屋に入る前。侍女がお父様の名前が出てましたけど、鷺宮さんは会ったんですか?」
「うん。厳格そうだけど、優しい人だったよ。それに四宮さんの事を気にしてた」
「お父様が…? 信じられませんね。さっきも部屋の前を通った時、声を掛けたけど素っ気ない態度だったわ。私の事なんてどうでもいいに決まってる」
鷺宮の言葉をかぐやは強く否定した。苦虫を噛み潰したような表情からして、事実なのだろう。だが、部屋で見た雁庵の表情。あれは芝居をしてる様には思えなかった。雁庵は声を掛けようとして、かぐやの部屋に赴いたとも言っていた。恐らく、その時はかなり緊張していた筈だ。そんな時、逆に相手から声を掛けられたらどうなる? 十中八九、動揺して言葉に詰まったに違いない。当然、かぐやは雁庵の心裡など知らないから無理も無い。
(はー、成程。お互いに歩み寄ろうとしたものの、妙な偶然ですれ違った感じかぁ。何て面倒な親娘なの。他人の家族事情に口を出したくないけどね。言った所で変わると思えないし……。まあ、言うだけはタダだし。怒らせたら、本気で謝れば四宮さんも許してくれるよね)
「本当にそう思うの? 声を掛けた時、返事を返してくれたんでしょ? 本気でどうでもいいと思ってるなら、何も言わない筈よ」
「…やけにお父様の肩を持ちますね。何か、賄賂でも貰ったんですか」
「その勢いだよ。そうやって、心の内を雁庵さんにぶつけたらいいじゃない」
「え? む、無理に決まってるでしょ」
怒りを露わにし、鷺宮に食ってかかるかぐや。いつもなら怯える所だが、今のかぐやは図星を突かれてそれを誤魔化す為に虚勢を張っているに過ぎない。だからこそ、鷺宮の返しで態度が変わるのが良い証拠だ。だが、これ以上はやめよう。数十年の溝を一日で埋めるのは不可能だ。
「まあ。ゆっくりと歩み寄るしかないよ。四宮さんが本気で関係を改善したいと思うなら、時に勇気を出して踏み出す事も大切だよ。白銀くんに告白する時と同じよ」
「な、何をい、言っているのかしら!? い、今は会長の事は関係無いでしょう!!」
「ごめんね。そうそう。今日は私のペットも連れて来てるのよ。コロンと遊んでみる?」
「え、ええ。それは構いませんが、まさか部屋に放すんですか?」
「ううん。放鳥はしないよ。只、餌を上げたり話しかけたりするのよ。それだけでもコロンは喜ぶから」
そう言って傍に置いていた。籠をテーブルに乗せる。怯えない様、籠を包んでいたハンカチを取ると、何だろう?といった様子でコロンはかぐや達の顔をつぶらな瞳で見つめる。その仕草と愛嬌のある出で立ちに三人はほっこりとした気分になった。
「…鷺宮さん。私も少しだけ、勇気を出してみる事にします。ありがとう」
「いいのよ。かぐやさんの味方だからね」
「そうでしたね。……。今、なんて言いました?」
「うん? どうしたのよ?」
「私の名前ですよ。さっき、かぐやと呼んだでしょう」
「うん。人に勇気出せと言った手前。私がやらないとね。かぐやさんって呼ぶの、結構勇気がいるんだよ」
「…そういう事ですか。ならば、私も璃奈さんを見習わないといけませんね」
勇気を出して踏み出す。簡単な様で何よりも難しい事をこの夜、鷺宮とかぐやは実践した。その後、一人空気扱いをされて、拗ねていた早坂を宥めて三人は夜遅くまで会話に花を咲かせた。
それから京都に滞在して過ごした三日間はかぐやと鷺宮の二人にとって、何よりの思い出となった。
【本日の勝敗 勇気を出して互いに距離を縮めた鷺宮とかぐやの勝利】
今回のお話、いかがだったでしょうか?
まさかの事実に驚く鷺宮とかぐや。この展開は前から考えていました。
徐々に友情を重ねていく二人。こういう関係って良いですよね~。
次回はいよいよ花火回に突入します。どうかお楽しみに!