今回はオリジナルと花火回となってます。
二回目に実施したアンケート。
一話の構成については33票の内。
今まで通り三つの話で続けるが25票
一話に一つの話でやって欲しいが8票
以上の結果になりました。
なので今後も今まで通り、一話に三本立てでやりたいと思います。
8月下旬 夏休みも終わりが近くなり、学校再開に備えて鷺宮は買い物に来ていた。
必要な物を買い揃えて帰ろうとした時、ある少女の姿が目に映る。その少女は物陰に隠れ、一心不乱に何かを見つめていた。
(うわぁ最悪。こんな時に不審者に出くわすなんて…。しかも通り道にいるから無視も出来ない。いっそのこと、警察呼ぶのもありかな? でも、何もしてないのに呼ぶのもなぁ。仕方無い。怖いけど、さっさと通り過ぎてしまおう)
迷った挙句、鷺宮は進む事を選んだ。もし何かしてきたら叫ぶなり、組み伏せてしまえばいい。相手が同じ女である以上、負けるつもりはない。覚悟を決めれば、不審者に対する恐怖心は霞の様に消え失せた。堂々と道を歩いていき、不審者に視線をやって鷺宮は唖然とする。左右に一房ずつ結ばれた特徴のある髪型、見覚えのある横顔。そう。不審者の正体は四条眞妃であった。
何故、眞妃が不審者の様に覗きをしているのか。眞妃が見つめる方に目をやって、理解した。
(ああ~。先の道にいるあの二人。柏木さんと翼くんだよね……。眞妃さんはあれを見ていたのか?ずーーーーーっと物陰から。何それ切ない!! まさか、夏休みの間、あの二人が出かける毎に尾行していたの? そうだとしたら、眞妃さんの精神状態は相当やばい事になってるんじゃ…。これは駄目だ。無視するつもりだったけど、放っておいたら悲惨な事になりそう)
恋愛の縺れで眞妃が柏木を襲い逮捕される姿が鷺宮の脳裏に浮かぶ。何とも失礼な妄想であるが、今の眞妃が危うい空気を纏っているのは紛れもない事実。間違いを起こさなくても、良い事は無いと思った鷺宮は真紀に意を決して声をかけた。
「ねえ。此処で何してるの?」
「何よ。私は今忙しいの!! 邪魔しないでよ。って、璃奈!? あんた、此処で何してるのよ」
「それはこっちの台詞だよ。物陰から覗きとか怪しい事してさ」
「あ、そうだった。あの二人は…いない。璃奈ぁぁぁぁっ!! あんたの所為であの二人を見失ったじゃないの。どうしてくれるのよぉぉぉぉ」
「お、落ち着いてよ。話があるなら聞くからぁぁぁぁっ」
柏木達を見失った事で般若の様な顔で眞妃は鷺宮に掴みかかる。その迫力に恐怖を感じ、鷺宮は目に涙を浮かべて必死に説得した結果、何とか宥める事が出来た。その後、眞妃の話を聞くべく二人は近くの公園に向かった。
公園に着いた後、ベンチに腰掛ける。しかし、眞妃は一切喋ることはない。時間だけが過ぎる中、太陽は容赦なく二人を照らす。重苦しい空気に茹だる暑さで鷺宮の身心は追い詰められていく。このままでは話を聞く前に自分が倒れてしまう。何とか、空気を変えようと鷺宮は口を開いた。
「…眞妃さん。何か飲む? 暑い中、外にいた訳だし喉渇いてない?」
「いらない。それに何かを飲む気分じゃない」
「そ、そう。あと日陰のある所にいかない? 此処は少し暑いからさ」
「別に暑くない。今の私にこの暑さも寒いくらいよ」
(駄目だぁ。何を言っても反応が薄い。それに目が完全に死んでる。はぁ仕方ない。こうなったら、強硬手段に出るか。まずは眞妃さんの活力を取り戻そう。活力…となるとやはり食事よね。この付近にある食事屋は何処だろう?)
眞妃の為に人肌脱ぐ事を決めた鷺宮。その一環として飲食店に向かう事にした。携帯で付近の飲食店を探した所。該当した店はラーメン屋であった。他にも候補となる店があるものの。公園から距離があり、今の眞妃を連れて行こうにも途中で帰る可能性が高い。そうなっては本末転倒だ。本音を言えば、真夏の昼間にラーメンなんて食べたくない。しかし、これも眞妃の為。そう言い聞かせて鷺宮は行動に出る。
「そうだ。一緒にご飯を食べようよ。もうお昼の時間だし、手頃な店を見つけたからさ」
「いらない。お腹空いてない」
「私が空いてるのよ。ほら、行くわよ」
「ちょ、ちょっと…。何するのよ~」
案の定、無気力な返事を返す眞妃だったが今度は鷺宮も引かない。彼女の手を掴み、渋る真紀を連れて行く。突然の事に驚いたのか反応を示す。手を振り払うかと思ったが、眞妃はそれをしなかった事に鷺宮は安堵した。
「着いたわ。此処よ此処。幸いな事に混んでいないみたいね」
「此処ってラーメン屋じゃない。暑い日に何で熱い物を食べるのよ」
「別に冷やし中華でも良いじゃない。何もラーメン屋に来たからといって、ラーメンを食べないと駄目という訳じゃないんだから」
「それもそうね。じゃあ、入るわよ」
看板を見て、不満を漏らす眞妃に鷺宮は何処吹く風で言葉を返す。鷺宮の言葉は正論で眞妃は口籠る。確かに無理にラーメンを食べる必要はないのだ。それに帰ろうにも外に漂う匂いが眞妃の食欲を刺激し、空腹を感じさせた。こうなったら、とことん付き合ってやる。開き直った眞妃は暖簾を潜って店に入った。そんな眞妃の姿に元気が出て良かったと鷺宮も笑みを浮かべてあとを追う。
「へい、いらっしゃい!! 二名様ですね。お好きな席にどうぞ!!」
店内に入るや、気付いた店主が大きな声で接客してきた。少し驚いたが、活気のある店が鷺宮は好きだった。適当な席に座って、メニューに目を通す。定番の醤油ラーメンから期間限定の冷やし中華まで並んでいる。他に餃子や唐揚げ等の品もあり、意外と品揃えが豊富であった。
「私は塩ラーメンにするけど、眞妃さんは何を食べるの?」
「うーん。私は野菜タンメンにしようかな。麺は大盛りでお願い」
「良いわねぇ!! やっぱり大盛りメニューは気分が高揚するでしょう」
「「え? だ、誰ですか?」」
突然、二人に話しかけて来た人物。それは40代くらいの中年女性だった。背中に届く長い髪に若い人に負けない活力を感じさせる。その女性は二人の言葉にはっとすると、名乗り出した
「ああ。まだ自己紹介してないわね。私はラーメン界隈に名を轟かせる早食い女王、神野美穂。通称マシマシママよ。宜しくね」
「「は、はぁ。そうですか」」
意気揚々と紹介する美穂に二人は完全に引いていた。先程まで感じていた食欲も消え失せ、二人が思うのは如何に早くこの店から出るか。それだけを考えていた。
「それはそうと。そっちの黒髪の貴女も大盛りになさいな。若いんだから沢山食べないと」
「い、いえ。私は余り食べれる方で無いので。普通で結構ですよ」
嘘である。この女、普段は遠慮なく大盛りを頼む。だが、誰かと行く場合に限り鷺宮は普通の量を注文する。それは他人から自分が大食いであると、レッテルを貼られない為だ。男と隣合わせで大盛りのご飯を食べる女であるが、意外に周りを気にする女子らしさも持っている。
「あら。そうなの? でもね。沢山食べれるのは若い時だけよ。遠慮は駄目。という事で貴女も大盛りになさい。店長~。大盛りの野菜タンメン、塩ラーメン、それにチャーシュー麺をお願い。あ、私のは特盛でチャーシュー10枚入れて頂戴」
「へい。大盛りの野菜タンメンに塩ラーメン。チャーシュー特盛ですね。いやぁマシマシママは未だに健在ですね。毎度ありがとうございます」
「いいのよ。美味しいラーメンはたっぷり食べるのが一番よねぇ」
断ったにも関わらず、鷺宮の言葉を無視して美穂は勝手に注文してしまった。予想外の出来事と美穂の勢いは加速する一方で二人はなす術もない。
(ちくしょうーーーーー。何てこったい。私はいいと言ったのに何で勝手に注文するのよ~。だけど、店主の対応を見る限り。あの二人は顔見知りの様だし、此処でごねたら私が悪者にされそう。でも、もう良いかな。今まで周りに小食だと誤魔化して来たけど、内心は面倒だと思ってたし…今日は思いっきり食べちゃおう。それに眞妃さんも大盛りだし、別に私が大盛りを食べても違和感無いでしょ)
それから二人は美穂と意気投合し、自然と仲良くなっていた。当初は勢いに圧倒されたが、話せば普通の人だった。
「あら。二人は秀知院の生徒だったの? それなら私の後輩という事になるわね」
「え? 美穂さんは秀知院の学生だったんですか?」
「意外な所で卒業生と会うなんて思ってませんでしたよ」
会話の最中。鷺宮達は秀知院に通っている事を言えば、何と美穂も秀知院の学生だと知った。思わぬ場所で遭遇した過去の卒業生。昔の秀知院を知らない鷺宮達にとって、美穂が話してくれる秀知院の話はとても興味深いものであった。そんな話をしてる内、頼んだ料理が三人の元に運ばれてきた。
そこで会話が途切れた事は残念と思った鷺宮達だが、運ばれてきたラーメンを食べる事にした。大盛りであるが、想像していたよりも量は少ない。これならば完食する事も出来るだろう。一口食べてみると、あっさりした塩味のスープに細い縮れ麺。この二つが上手く絡み合い、味を引き立てる。気付けば、箸も進み。あっという間に食べ終わってしまった。それは眞妃や美穂も同じで三人揃って、満足気な顔をしてお腹を擦る。
食べ終わってから三人は再び会話に花を咲かせた。此処で眞妃はある話題を口にする。
「そうそう。美穂さんは学生時代に誰かを好きになった事をあります?」
「…そうね。勿論あるわよ。当時、好きだった人がいてね。しかも親友も同じ人を好きだと知って驚いたわ」
「そ、それでどうなったんですか? やっぱり好きな人を廻って争ったとか?」
美穂の話に眞妃は食い付いた。それも無理はない。何せ、美穂が話した事は眞妃の境遇と似ていた。眞妃が好きな人は既に恋人がいて、しかも相手が眞妃の親友なのだ。終わった恋とはいえ、諦められず…相手を尾行する日々。これが異常なのは眞妃だって理解している。出来れば辞めたい事も…。だが、自分だけでは未練が断ち切れない。それを断ち切る答えが美穂の話に隠されている。これから聞く事を一語一句も聞き逃さないと眞妃は真剣な表情で美穂を見る。
「…その答えだけど、此処では言う事は出来ない。無論、意地悪で言っているんじゃないのよ。貴女の迷いは自分で断ち切りなさい。それは貴女にしか、出来ないのだから。だけど、これだけは覚えておいて。人生において、何事も正解なんて無いわ。自分の出した答えを信じて進みなさい」
「…はい。肝に銘じておきます」
「あっははは。そんなに畏まらないでよ。まるで私が苛めたみたいじゃないの」
真剣な眞妃に応じて、真剣に答えた美穂を鷺宮は尊敬の眼差しを向ける。楽しい事も辛い事も含めて、人生を歩んだからこそ言える言葉。その一言に重みが感じられた。いつか自分も誰かに美穂さんみたいな助言を言える日が来るだろうか?こんな大人に成れるだろうか?そんな事を考えていた。
そして眞妃の相談が終わった頃、店が混んで来た事もあり三人は店を出る事にした。レジで会計をしようとした時。美穂が鷺宮達の伝票を取り上げた。
「そうだ。今日は私が奢るわ」
「え? 大丈夫ですよ。流石に悪いですから」
「そうですよ。初めて会った人に奢って貰う訳に行かないわ」
どうやら二人の食事代を美穂が持ってくれるとの事だが、二人はそれを断った。しかし、美穂はニコリと笑い。自分が奢る理由を口にする。
「いいのよ。二人の注文を勝手にしたのは私だもの。それに母校に通う貴女達と話して、久しぶりに女学生の気分を味わえた。これはそのお礼。それに後輩は先輩に甘えるものよ」
「そうですか。では、お言葉に甘えます」
「私達こそ、楽しかったです。ご馳走様でした」
「どういたしまして」
美穂の言葉に鷺宮と真紀は素直に甘える事にした。会って間もないが、この人は言い出したら引き下がらない。何となくだが、それを理解したのもあった。
そして会計を済ませ、店を出た後。二人は再びお礼を述べて美穂と別れる。今日は散々な日と思っていたが、そうでもなかった。塞ぎ込んでいた真紀も今では、普段の活気ある姿に戻っていた。恐らく。いや絶対に自分一人の力では、真紀を立ち直らせる事は不可能だった。堂々と立ち去る美穂の後ろ姿に二人は、最後に一礼をして帰路に着いた。
【本日の勝敗 人生と秀知院の先輩として鷺宮と真紀を導いた美穂の勝利】
私は夏に思い出は無かった。でも羨ましくはない。今は大切な思い出があるし、これから作る事が出来るから。私は家族と旅行に行った事がない。でも大丈夫。近い未来、友と呼べる者達と旅行へ行くと約束を結んだから。
私は花火大会に行った事がない。でも辛くはない。窓から見ていた花火はとても綺麗だったし、今日は大切な人達と念願の花火が見れるから。
「これで良いのかしら? 変な所は無いわよね?」
「ええ。何処も変ではありませんよ。よく似合っております」
浴衣に着替えたかぐやは恥ずかしそうに早坂へ尋ねる。友や家族と祭りに行かないかぐやは浴衣など、着る機会はない。その為、自身が周りにどう映るのか不安なのだろう。しかし、その姿は誰が見ても、可愛く似合っていると口を揃えて言う事は間違いない。それは早坂も同じ、嘘偽りの無い感想を述べていた。
「ありがとう。それじゃあ、私は行ってくるわね」
「はい。行ってらっしゃいませ。ですが、浮かれて転んだりしないでくださいよ」
「そんな事をしないわよ。終わったら、すぐに帰ってくるわ」
軽口を叩く早坂にかぐやはやんわりと言葉を返す。この様子に早坂は些か驚いた。普段なら子供扱いするなと臍を曲げるのだが、今日は何処か余裕を感じられる。恐らく、花火大会に行ける事が影響してるのだろう。人間誰しも良い事がある日は、笑っているものだ。
約束の時間が迫り、かぐやが部屋を出ようとした時。
「かぐや様。申し訳ありませんが、本日の外出はお控え下さい」
いつも現実は容赦してはくれない。部屋に訪れた二人の執事がかぐやの行く手を阻む。
「突然、何ですか? 此処に至って、行くなと言うのは幾ら何でもあんまりでしょう」
「…お嬢様が今日を楽しみにしていた事。最近の様子から分かっております。ですが、人が多く集まる祭りとなれば警護の者が見失う恐れがあります。貴女の身を案じての事です。どうかご了承下さい」
「そう…ですね。分かりました。今日の外出は取り止めにします」
執事の言う事は尤もだ。彼らとて、本心はこんな事を言いたくはないのだろう。だって、いつも淡々としてる表情が今日は何処か辛そうに見えたから。それを知った以上、我儘を言う訳にいかない。
かぐやは笑顔で執事の言葉を受け入れる。平気、私は大丈夫。いつもの夏を過ごすだけ、そう自分に言い聞かせ。かぐやは心の中に渦巻く感情を押し殺す。執事が去った後、かぐやは断る旨のメールを藤原に送った。この事で彼女は悲しむだろう。でも、彼女は優しいから謝れば許してくれる。付き合いが長いから分かる事。それ故、行けなくなった事を告げるのがとても辛かった。
「…本当にこれで良いんですか? 花火。見たかったんですよね」
「良いのよ。これで……。それに花火は窓から見れるわ」
ベッドで塞ぎ込むかぐやに早坂は声をかけるも。かぐやの口から出るのは諦観の言葉だけ。先程と打って変わって魂の抜けた表情のかぐやに早坂は僅かに苛立ちを覚えた。
「そうですね。仰る通り。窓から見れますし、別に誰かと見る必要も無いですよね」
「……さい」
「それに高校生になって、花火如きで受かれて人混みに揉まれるのも馬鹿らしい。かぐや様もそう思うでし「うるさい!! 私の気持ちも分からない癖に! いいから放っておいて。お願いだから今は一人にしてよ」
早坂の独り言を遮る様にかぐやは叫ぶ。我慢も限界なのか、目から大粒の涙を流していた。漸く本音を口にしたかぐやに早坂は優しく抱き締めると、耳元で一言囁いた。
「だったら行くべきですよ。今日を楽しみにしていたのは、何もかぐや様だけじゃないんですよ」
「え? それはどういう事?」
「窓の外。見て下さい」
早坂の言葉の意図が分からず、聞き返すかぐやに早坂は窓を見ろと指をさす。釣られてその方向に視線を向けると目に映った光景にかぐやは驚いた。視線の先にいたのは自転車に跨った鷺宮の姿であった。
「り、璃奈さん!? 何で此処にいるの?」
「ああ。実は執事が出て行った後。メールを送っていたんですよ。そうしたら、すぐに行くと返事が来たのですが、まさか本当にすぐ来るとは私も驚きですよ」
「そうだったの。でも、どうやって抜け出すの? 廊下や玄関に執事が見張ってるのよ」
「‥‥その点は考えがあるので、心配なさらず。いいから早く行って上げてください。いつ見つかるかと、オドオドしてるりっちゃんが可哀想ですから」
早坂の考えとは、滑車を使って外に出る事だった。以前、夜間に抜け出した時。早坂が利用した仕掛けは今も残っていた。当然、見つかる可能性もあるが…それを恐れていては始まらない。今こそ、勇気を出して踏み出す時だ。最早、今のかぐやに迷いは無かった。
外に繋がるロープを滑車で滑り出していく。その勢いのまま塀を飛び越え、鷺宮の傍へ綺麗に着地を決めた。
「…やっと来たのね。早く乗って!! 飛ばすからしっかり捕まってよ」
「ええ。ありがとう。お願いするわ」
かぐやが後ろに乗ったのを確認すると、鷺宮は力一杯ペダルを踏み込み自転車を漕ぎ出し祭の会場へ向かう。
一方、先に会場へ来ていた白銀達は鷺宮の到着を待っていた。
「遅いですねぇ。まさか鷺宮さんも来られなくなったんじゃ…」
「いや。それは無いだろう。そうだとしたら、何かしら連絡を入れるはずだ」
「そうですね。藤原先輩じゃないんだし、何も心配いりませんよ」
「もう!! 石上くんは一言余計ですよ。少しは先輩を敬ってください!」
「二人共。人が見てるぞ。恥ずかしいから止めろ」
言い合う石上と藤原に注意する白銀だが、藤原と同じ気持ちであった。もしや、すれ違いになっているのでは?と思い、ラインを送るが返事どころか既読にすら付く様子はない。既に花火は始まっており、それに応じて人の数も増えていく。入り口で待ち合わせているとはいえ、これでは合流する事も難しい。
「此処で待ってても仕方ない。俺は辺りを探しに行ってくる。二人は先に行って、花火が見やすい場所を確保しておいてくれ。三十分したら戻るから頼んだぞ」
待つだけでは埒が明かないと白銀は鷺宮を探しに行く事を決めた。あとの二人に指示を出して、白銀は来た道に消えていく。それを見届けてから石上達は言われた通り、場所の確保に向かった。
「不味いなぁ。この音……花火は始まってる」
「でしたら、路地よりも道に出た方が良いのでは?」
「駄目よ。道路は勿論、歩道も人で溢れてる。此処に来る時もそうだったの」
本来の道を行けば、花火会場まで一直線なのだが道は混みあっている。その状況で自転車を使う事が出来ない。故に人がいない路地を行く事を選択したものの。この付近の道は鷺宮も分からない。それもあって、進んだ先が行き止まりで来た道を引き返す事を何度も繰り返していた。
徒に過ぎていく時間に鷺宮の焦りも募る。意気揚々と駈け付けておきながら、肝心の花火をかぐやに見せられないでは格好が付かない。しかし、最悪の状況とは畳掛ける様に来るものだ。全力で漕いだ所為か、ペダルを踏んだ瞬間。バキっと音を立てて片方のペダルが折れてしまった。これでは自転車は走れない。
「…璃奈さん。もう良いですよ」
「まだよ!! この角を曲がれば、一般道に出る。そうしたら左に行くの。そのまま真っ直ぐ行けば、会場に着くわ」
「だけど、璃奈さんはどうするの?」
「私の事は大丈夫。いいから行って。念願の花火まであと少しなんだから」
「分かりました。協力してくれてありがとう」
狼狽えるかぐやを叱咤し、鷺宮は先に進む様に促した。何が何でも花火を見せたい。その想いは伝わったのだろう。力強く頷いた後、かぐやは会場に向かって走り出す。何とか間に合ってと祈りながら、かぐやの後ろ姿を鷺宮は見つめていた。
鷺宮と別れた後、会場目指してかぐやはひたすら走る。息が切れても足が痛くても、かぐやは止まらない。自分の我儘を全力で叶えようと力を貸してくれた早坂と鷺宮。二人の気持ちを無駄にはしない。それがかぐやを突き動かしていた。
「……はぁはぁ。あと少しね。あと少しで花火が‥‥」
『ご来場の皆様! 本日の花火大会は終了しました。ゴミや飲食物はお持ち帰り頂くようお願い申し上げます。繰り返してお知らせします。本日の花火大会は」
やっとの思いで会場に辿り着き、念願だった花火が皆と見れる。幼い頃から願っていた夢が叶う。希望に満ちた顔で空を見上げた時だった。無情にも花火の終了を知らせる宣告がかぐやの耳に聞こえてきた。
(此処まで来たのに……。早坂も璃奈さんも私の為に必死になってくれたのに。やっと、皆と花火が見れると思ったのに…駄目だった。そうよね。只でさえ、私は人より恵まれているというのに欲張ったから、罰が当たったのよね)
やはり現実は残酷だ。失意の表情でかぐやは路地へと消えていく。誰かも会いたくなかったのと、目から溢れる涙を見られたくなかったから。もう少し早く決断していたら。あの時、執事に己の本音を言えていたら。今の様な事にならなかったかもしれない。無論、それを考えた所で過ぎた時間は戻らず、この現実は変わる事はない。
やがて周囲の喧騒が静まっていき、帰ろうと重い腰を上げた時、奇跡は起きる。
「漸く見つけたぞ。全くこんな場所にいるとはな」
「え? か、会長……。何で此処に?」
「決まってるだろ。四宮に花火を見せる為だよ。さっき、鷺宮から連絡があってな。四宮が会場に向かってるからどうか花火を見せてやってくれとな。その時、四宮がこの路地に入るのを見たという訳だ」
「そうだったんですか。だけど、花火はもう……」
「いや。まだ諦めるには早い。今は俺を信じて付いて来い」
「はい!!」
神なんていない。現実は残酷な事ばかりと思っていた。でも、神はいるのかもしれない。だって、絶望した私の所にこの人が来てくれた。手を引いて先を行く白銀の背中を見ていると、胸がとても温かくなる。
【本日の勝敗 絶望のかぐやを救った鷺宮と白銀の勝利】
手を引かれるまま、白銀に付いて行くと一台のタクシーが止まっていた。その傍に石上と藤原の姿もある。
「会長!! こっちは準備万端です。タクシー捕まえておきましたよ」
「早く来て下さい~」
「でかした二人共。よし全員乗り込め。すぐに出発するぞ」
「い、行くって。何処にですか?」
鷺宮から連絡を受けた際、白銀は更なる手を打っていた。タクシーを使うという事は、徒歩で行けない距離なのだろう。それが何処なのかかぐやは見当が付かない。だが、そんなかぐやとは反対に白銀は自信に満ちた表情でその場所を告げる。
「これから行くのは千葉の木更津だ。あそこは先日の雨で花火大会は延期になっていたんだ。8時半までに行けば何とかなる」
「だけど、間に合いますかね? 時間まであと二十分ですよ」
「それは分からん。それでも挑戦する価値はある。やらないで諦める事は只の愚か者だ」
「お客さん。事情は分かりました。少し急ぐのでシートベルト、しっかり絞めて下さいよ」
白銀の話を聞いていた運転手がぽつりと呟いた。友の為に必死になる若者に運転手も感化され、アクセルを踏む足に力を入れる。運転手としての知識を生かし、最短ルートをタクシーは走る。
流石と言うべきか。ものの十分で東京を抜けて千葉に続く橋に辿り着く。目的地まであと僅かだが、同時に終了時刻も迫っている。もしや間に合わなかったのか? 漆黒の空を見て、一同の顔は諦めの色に染まる。
だが、奇跡は此処でも起きてくれた。全員が諦めた時、色鮮やかな花火が次々と上がり、夜空を明るく照らす。恐らく、これが締めとなる花火だろう。間髪入れず、響く音と閃光に白銀達は目を奪われていた。
そんな中、かぐやだけは違う方を見ていた。それは自分の為に必死になってくれた白銀の横顔。皆が花火へ夢中になる中。高鳴る心臓の音で花火の音が耳に届いていない。
「やっぱり私はこの人…会長が好きなんだ」
己の胸に宿る気持ちをかぐやは改めて確信した。
「…そっか。ちゃんと花火を見れたんだ。良かったね」
あの後、壊れた自転車を押しながら帰宅した鷺宮はメールに添付された花火の写真を見て、嬉しそうに呟いた。
【本日の勝敗 かぐやの願いを叶えた白銀達の勝利】
今回のお話、いかがだったでしょうか?
原作でかぐやの願いを叶える為、奔走する白銀会長。かっこいいですよね~
この話では出番が後半のみだったけど、最後はビシッと決めてやりました。
次回は新学期編が始まります。どうかお楽しみに。
それと感想、評価、お気に入り登録の方もお願いします。それではまた