今回も楽しく読んで貰えたら嬉しいです。
青く晴れた空の下、多くの学生が中庭で憩いの時を過ごす中。
「うう~。眠くて瞼が凄く重い…」
鷺宮は暗い表情で項垂れていた。先日にかぐや達が起こした騒動の後。鷺宮は寝不足の日々が続いていた。その原因はあの日に見た大仏の表情。床に就けば、瞼の裏に彼女の怒りに満ちた顔が浮んで目が覚める。最終的に睡魔に負けて眠りに落ちるのだが、すぐに起床の時間が訪れて目が覚めてしまう。
そんな日が続けば、当然ながら若さに溢れる高校生でも疲労が溜まる。授業の合間に栄養ドリンクを飲んでは、絶え間なく襲い来る睡魔と戦っていたが流石に限界を迎えていた。
「はぁ~。こんな事になるなら、あんな騒動に首を突っ込まなければ良かったよ。時間を戻せるなら戻したい」
面倒に関わった事を後悔し、一人愚痴る言葉だけが虚しく響いた。今日は生徒会に寄らないで病院に行くべきか。そう考えていると、鷺宮の携帯がメールの着信を知らせた。送ってきた相手はかぐやで、この名前に鷺宮は顔を顰めた。自分から首を突っ込んだとはいえ、関わった事で今の状況に陥っているのだ。このまま知らない振り…など出来る筈もない。深い溜息の後、鷺宮はそのメールを見る事にした。
メールの内容はこうであった。
『璃奈さん。先日は迷惑を掛けてごめんなさい。早坂から話を聞いて、私が要らぬ誤解をした事で貴女の手を焼かせていたと知りました。そのお詫びをしたいので、是非とも生徒会室に来て下さい』
鷺宮に対する謝罪とそれに対するお詫びをしたいとの事だった。正直な所、嫌な予感を感じていたがかぐやの好意を無下にも出来ず、鷺宮は生徒会室に向かった。
「お待ちしてましたよ。どうやらメールを見てくれた様ですね」
「うん。何でもお詫びしたいって書いてたけどさ。別にその必要は無いよ。私が勝手に首を突っ込んだ訳だし」
「そうはいきません。元は私が原因で起きた事ですからね。それに璃奈さん…何だかやつれてませんか?」
生徒会室に足を運ぶと部屋で待っていたかぐやが鷺宮を出迎えた。しかし、鷺宮はかぐやのお詫びを受けるつもりは無かった。何せ、あの騒動には自ら首を突っ込んだのだ。その結果、迷惑を被ったと言ってもそれはかぐやの所為ではない。だが、それでは気が済まないとかぐやも引き下がらない。案の定、面倒な事になってきたと眉を顰める鷺宮に対し、かぐやは静かに尋ねた。
「あ、やっぱり目立ってる? 実は最近、寝不足続きでね。少しばかり疲れてるのよ」
「それならば、丁度いいですね。私が璃奈さんにマッサージをしてあげます。実はお詫びと言うのは、マッサージの事ですからね」
「そうだったんだ。そういう事なら、お言葉に甘えようかな」
「ふふふ。是非そうして下さい。では、そこに座って手を出して」
「こう?」
かぐやの指摘に鷺宮も焦った様子で顔を触る。周囲に悟られない様、鷺宮も気を使っていたものの。分かる人にはすぐにばれてしまう。こうなったら隠しても無駄だと、鷺宮は素直に事情を話した。鷺宮の話を聞いた後、かぐやは笑うとマッサージをすると申し出た。この提案は今の鷺宮にとって、何よりも嬉しい申し出だった。当然、鷺宮は首を縦に振ってマッサージを受ける事にした。
「まずは肩揉みからやりますね。えい!!」
「んっ!? おおお~。これは…とても気持ちいいわ」
「そうですか。結構、力を入れているのだけど…相当凝ってますね。かなり固いですよ」
「本当に? まあ、寝不足以外にも寝転んで本を読んでた所為かも。同じ姿勢でいる事が多いから」
「姿勢が悪いと筋肉が固まりますからね。ついでに背中と腰もマッサージしましょう」
かぐやは力一杯に肩を揉み解すと、鷺宮は心地良い感覚に思わず声を洩らす。鷺宮が言うには凝りの原因は姿勢が悪さ故だと口にした。平然と自分の欠点を述べる鷺宮にかぐやは、呆れた顔を浮かべるも次は背中と腰を揉むと告げた。
部屋のソファーに鷺宮が寝そべり、かぐやが指圧を始めようとした時。戸が開いて白銀が入ってきた。
「ん? 鷺宮に四宮じゃないか。一体、何をしてるんだ?」
「あ、白銀くん。実はね。今、かぐやさんにマッサージをして貰ってるのよ」
「ええ。どうせですし、会長もどうですか? 思えば、会長にも迷惑を掛けてしまいましたから」
「あの事か。いや、元を言うと俺の方も悪いからな。それより本当にマッサージしてくれるのか?」
「構いませんよ。ですが、今は璃奈さんの施術中ですし…それが終わってからで良いですか?」
「ああ。分かった。じゃあ、終わるまで待つとしよう」
事情を説明すると白銀もかぐやのマッサージに興味を示した。意中の相手が自分の体を優しく揉み解してくれる。当然、かぐやに好意を抱いている白銀が断る理由はない。しかし、今は鷺宮の番だと言うかぐやに白銀は素直に受け入れた。思えば、鷺宮の顔も何だか疲れている。口にする事は無いが、白銀も鷺宮に面倒をかけているのは理解している。鷺宮の番が終わるまで白銀は生徒会の仕事をして、待つ事にした。
「あ~。凄いスッキリしたぁ。体が嘘のように軽いし、これなら今夜はぐっすり眠れそうよ」
「大袈裟ですよ。だけど、そう言ってくれるのは嬉しいですね。さて、次は会長の番ですよ」
「そうか。それでは宜しく頼むぞ」
仕事に集中している間に終わった様で、かぐやは白銀に声をかけて来た。その傍らでは満面の笑顔で体を動かす鷺宮の姿を見て、それ程までに気持ちいいのかと期待が膨らんでいった。そういえば、かぐやは何をやらせても卒なく熟す天才だ。恐らく、四宮家の教育課程にはマッサージ等も含まれいるのかもしれない。そんな事を考えながら白銀はかぐやの隣に腰を下ろした。
「確か…会長は勉学で手を酷使する事が多いですよね。なので、会長には掌マッサージを施します」
「掌かぁ。しかし、此処を揉んだ所で効果はあるのか?」
「いえ。実は掌には人体のツボが多く存在しているんですよ。例えば、この親指の所は魚際というツボがあって、此処を指圧して痛い時は食べ過ぎや飲み過ぎの証拠だそうですよ」
「へー。指圧する場所で体の不調が分かるのか」
白銀の手を取り、かぐやは説明しながら指圧していく。小さな手で懸命にマッサージする姿が白銀の目にはとても可愛らしく映った。かぐやの新たな一面に見惚れていると、白銀の手に凄まじい激痛が迸った。突然の事に絶句しながらも、自身の手に視線をやるとかぐやは掌の中心を指圧していた。そこには労宮と呼ばれるツボが存在している。此処は主に苛々を解消する効果がある。普段からバイト、勉学、家事等をやっている白銀は自ずと苛々の感情を抱く事が多い。
その為、指圧した時に見舞われる痛みは想像を絶する物だった。
白銀が生徒会室で地獄を味わっている頃、風紀委員の用を済ませたミコは生徒会室に向かっていた。
(今日、生徒会に顔を出したら白銀会長と四宮先輩に謝ろう。そして生徒会の仕事に精を出すんだ。ああ、憧れていた夢の学園生活の一歩が始まるのね。最初は躓いてしまったけど、一度の失敗でへこたれてちゃ駄目よね。よーし。気合入れて頑張ろう)
先日の事を無かった事にしながら、ミコは気合を入れながら生徒会室の戸を開けた時…中から白銀の声が聞こえてきた。耳を澄ませば、かぐやの声も聞こえる。二人が揃っているのなら、丁度良い。ミコは戸を開けて中に入った。すると…。
「頼むぅぅぅぅぅっ! もうやめてくれ!! これ以上は大丈夫だから、気持ち良過ぎて死んじゃうからぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「あらあら。別に遠慮しなくていいですよ。さあ、服を脱いで俯せになってください」
「そうだよ。白銀くんも味わうべきよ。最高に気持ち良いよ」
「い、いや。俺は他にも生徒会の仕事があるからな。此処で時間を浪費するのは駄目だろう」
「それなら私達も手伝うので心配は無用です。それよりも早くしてください」
「往生際が悪いわよ。かぐやさん、私も手を貸すわ。二人でやりましょう」
ミコは部屋で行われていた光景に茫然自失となり、手に抱えていたファイルを落としてしまう。その音でミコの存在に気付いた鷺宮達が音の方に目を向けた。
「い、嫌ぁ。不潔、神聖な生徒会室でこんな真似を…。最低っ!」
「あら。伊井野さんもどうですか? 折角の機会ですし、貴女も体験してはどうでしょう?」
「あ、あのかぐやさん。今の状況でその言い方は…」
「そうだぞ。確実に変な誤解をされるだろう」
「い、いいえ。私は…その素人ですので! 正直、足手纏いになるだけですからぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
妙な状況にも関わらず、誤解される発言をするかぐやを鷺宮達は止めるが一歩遅く。ミコは蒼褪めた表情で走り去ってしまった。その際、口走っていた事からまた要らぬ誤解をされたのは間違いない。
「一体、どうしたのでしょう? 全くおかしな娘ですね」
「そ、そうだね。はぁ、また面倒な事になったなぁ。なんでこうなるのよ」
「ま、まあ今回は俺も手を貸すよ。だ、だからそう落ち込むな」
部屋に残った三人はその足でミコの誤解を解きに行く事になる。その日の夜。鷺宮はかぐやのマッサージのおかげでぐっすりと眠る事に出来た。
【本日の勝敗 鷺宮の勝利。再び誤解をされたが、寝不足を解消出来た為】
「かぐやさんの様子がおかしい?」
「ええ。何と言いますか…。最近のかぐや様は妙に女の子らしいんです!」
「いやいや。それの何処が変なのよ。逆に良い事じゃないの?」
「それが違うんですよ。お洒落や化粧に興味を抱くなら、私も文句はありません。寧ろ、喜ぶ所なのですが…。その、今のかぐや様はハッキリ言って不気味なんですよ」
放課後、早坂に呼ばれた鷺宮は図書室で彼女の話を聞いていた。その話の内容に鷺宮は首を傾げる。かぐやが女の子らしくなっている。それはお洒落や化粧等に関心が無い以前のかぐやを思えば、別段おかしいとは思えない。逆に良い方向に変化してると考えるのが普通だ。しかし、早坂はそうではないと首を横に振って、今のかぐやは異様だと言葉を続けた。
「不気味って…。それは言い過ぎじゃない? そりゃあ、急な変化に戸惑うのは分かるけどさ」
「うーん。上手く伝えるのが難しいですね。とりあえず、。実際に見れば、私の言ってる事が分かる筈ですよ」
「ふーん。じゃあ、お邪魔しようかな。だけど、何とも無いならすぐ帰るよ。正直、あの屋敷に行くと肩身が狭い感じがするから」
「まだ慣れませんか? 一応、りっちゃんも四宮家の親戚なのだから堂々としてればいいんですよ」
「それが出来れば苦労はしないわよ。それじゃあ、行くとしましょうか」
「分かりました。実際に見たら、驚きますよ」
急な変化を見せたかぐやに会う。突如、決まった予定に鷺宮は楽観的な様子だった。早坂もそんな鷺宮の様子に気付いていたが、特に何も言う事は無かった。実際に会えば、かぐやの変化に驚くだろうし、何よりも自分の話を信じていない鷺宮が見せる反応を楽しもう。その様な悪戯心を早坂は密かに抱いていた。
「かぐや様。本日は鷺宮様がお見えになってますよ」
「あらまぁ。それは嬉しい事ですわ。どうぞ。ごゆっくり寛いでね」
「ど、どうもありがとう。あ、そうだ。私、トイレ行きたいのだけど…場所を忘れちゃったのよ」
「それはいけませんね。私が案内しましょうか?」
「いえ。かぐや様にその様な事をさせられません。此処は私が案内致します」
「うん。それがいいわね。じゃあ、早坂さん。案内お願いしますわ」
早坂の言う通り、かぐやの変化は異様だった。部屋に漂う雰囲気は何処か甘く、またかぐやの背後には沢山の花が咲いてる幻覚すら見えた。いや、幻覚ではない。本当に花が咲き乱れている。無論、本物の花では無く、機械で投影された映像であるが…この部屋は明らかに異常と思える空間であった。
その事を聞こうにも本人の前で話す訳にいかない。咄嗟に部屋を出る言い訳を口にするも、余りに不自然な言い訳に鷺宮はしまったと焦りを覚える。しかし、かぐやは気付くどころか、気にした様子もない。それ所か、親切にも鷺宮を案内すると言いだす始末。これを見兼ねて早坂が助け舟を出した。それに便乗し、鷺宮と早坂は何とか部屋を出る事が出来た。
「りっちゃん、案内お願いしますわって…流石に動揺しすぎでは?」
「分かってるわよ。というより、かぐやさんがああなってしまう原因は何?」
「それはこれです。この漫画を読んでから、あの様になりまして」
そう言って早坂が出したのは一冊の漫画。それを手に取って、鷺宮はまじまじと見つめた。
「”今日はあまくちで”かぁ。 まさかと思うけど、これに影響されたの?」
タイトルからして、女性向け。いわゆる少女漫画と分かる。しかし、これを読んだ所であの様に変化するだろうか。その疑問を早坂にぶつけると彼女はバツが悪そうに顔を逸らす。
「その…大変言い辛いのですが。全く以てその通りです。私も正直、惹き込まれましたし。基本、影響されやすいあの子が読んだら、どうなるかなんて分かっていたのに」
「…それでどうするの? もしかして、私にかぐやさんを元に戻せと言わないよね?」
嫌な予感を犇々と感じながら、確かめる様に鷺宮は尋ねた。すると、ニコリと笑って早坂は首を縦に振る。
「嫌よ。第一、あれは一時的なものでしょ。その内、飽きたら元に戻るんじゃないの?」
「そう思いますか? あの子、意外と凝り性で一度でも何かに嵌まると割と続ける方なんですよ。それに仕える身である以上、かぐや様にケチを付ける訳にいかないでしょう」
「だからと言って、何でも私に言うのはどうなの? どうも最近、あっちゃんが面倒と感じる事を押し付けられてる様に思うんだけど…」
「…気の所為ですよ」
面倒事を押し付けられている。鷺宮の口から出たこの言葉に早坂は目を逸らした。どうやら図星だったらしく、その反応に鷺宮も堪らず苛立ちが込み上げる。
「やっぱりそうじゃないの!! 今回ばかりは断るわよ。それともう帰る」
鷺宮は想いの丈をぶつけた後、そのまま四宮邸を去ってしまった。
しかし、早坂に慌てた様子はなく、その足でかぐやの部屋に向かう。
「かぐや様、今回の作戦は失敗しました」
「ええ。それは分かっています。全く、折角面白い漫画に出会ったから薦めようと思ったのに」
「だったら、普通に薦めたら良かったのでは? 何もあの様に演技をする必要も無かったかと」
「それじゃあ、詰まらないでしょう。ですが、失敗したなら仕方ないですね。この漫画は私が薦めるとしましょう」
二人は窓から帰る鷺宮を眺めながら、そんな会話をしていた。今回はかぐや主体による鷺宮への仕込みだった。先日、久しぶりに漫画を読んだかぐや。その面白さに夢中となって、全巻読破する程である。その際、普通に薦めるのも芸がない。ならば、自分が漫画のキャラになりきり、漫画を薦めるという非常にアホな事を思い付いて実行に至ったのだ。
だが、作戦は鷺宮を怒らせる結果となってしまった。早坂も鷺宮が怒った段階でネタばらしをすれば、丸く収まる話なのだが、いつも以上にアホな作戦でしたと伝える事が出来なかった。鷺宮に指摘された時、目を逸らしたのはこれが理由である。
翌日。鷺宮と対面した二人は頭を下げて謝った。
「璃奈さん。その…昨日はごめんなさい。少し悪戯が過ぎました」
「私もごめんなさい。正直、貴女を軽く見ていました。心から反省しています」
「別に良いよ。事情は分かった事だし、それよりも薦めるなら今度から普通にやってよ」
かぐやと早坂の謝罪を受けて、鷺宮も二人を許した。鷺宮が帰った後、早坂から事の次第を明かされた時は呆れたものの。あれが単なる悪戯だと知ってホッとしたのが大きかった。
「そうですね。なら、この漫画。面白いので読んで見ませんか?」
「私も読みましたけど、実際に面白かったですよ。一度は読んでも損は無いですよ」
「うーん。二人が薦める程だから、そうなんだろうけどさ。私、実は漫画より小説派なのよ。だから、この漫画は遠慮しておく」
「「ええええええええっ!?」」
「いや嘘だよ。この漫画、借りていくわね。じゃあ、また明日」
鷺宮の告白に二人は驚きの声を上げた。無論、これは鷺宮の嘘で小説を多く読む方であるが、漫画の方も普通に読んでいる。だが、散々振り回してくる二人に対して何か仕返しをしたい。そんな気持ちから仕掛けたのだ。そして立ち去る間際に呆然とするかぐや達を見て、鷺宮は笑みを浮かべていた。
【本日の勝敗 大掛かりな悪戯を仕掛けて失敗したかぐやと早坂の敗北】
「皆さん、ベルマークを集めましょう!! それを集めて社会に貢献するのです」
ミコが提案したベルマーク活動。それは学校設備の充実や支援等を目的に行われている。始まりから五十年の歴史を持ち、今でも教育の一環として実施している学校も多い。
「ベルマークですか? 確かに現在も行っている学校はありますが、効率的とは言えませんね。それだったら、普通に寄付をした方が手っ取り早いですよ」
「いや。一概にそうとは言えんぞ。誰にでも出来る事で社会に貢献する伊井野の案も尤もだ。それに四宮の言い分だと、多額の寄付をする者だけが偉いという事になる」
ミコの提案に難色を示すかぐやと裏腹に、白銀の方は共感を示した。会長である白銀の言葉を受けて、ミコも笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「そうです! ベルマーク集めと聞けば、子供がやる物というイメージがあります。だけど、社会に貢献する行動に子供も大人もありません」
「まあ、やるのはいいけど。どれくらい集めるの? 私達だけで実行しても貢献出来る程の数は集まらないわよ」
張り切るミコを鷺宮はやんわりと諌める。ベルマーク収集に鷺宮も賛成の意を示すも、しっかりと目標を定めない限りは只の自己満足で終わってしまう。
「そうですね。まずは私達生徒会が率先して行い、それに続いて生徒達の協力も仰ぎましょう。社会に貢献をする。これをテーマにした活動となれば、生徒達も提供してくれるでしょうし。数も必然的に集まると思います」
「成程な。普段やらない事を生徒達にやらせる訳か。面白い試みだし、やってみるか」
「偶には良いかもしれませんね。幸い、僕が買ったおにぎりに付いていましたよ」
珍しい事に白銀も乗り気な様子で、ミコの案を実行する事になった。手始めに動いたのは傍観していた石上で彼は鞄からおにぎりを取り出すと、それに付いていたベルマークを差し出した。それに続いて藤原の菓子パン。ミコのサンドイッチ等、この段階で四枚のベルマークが集まった。
(この流れだと私も出さないと駄目よね。何とも面倒な事だけど、やるしかないか。さて、何かあったかな?)
鷺宮もベルマークを提供しようと、自身の鞄を開いて中を見た瞬間に彼女は固まった。その原因は中に入れていた胃薬。それを見て、ベルマークは明日持って来ようと心に決めて鷺宮は鞄を無言で閉じる。そんな中、かぐやは一人落ち込んでいた。
(どうしよう。私、会長に否定されちゃった。あの言い方だと、きっと私が上から目線の嫌な女と思っているに違いない。不味いわね。此処は何としても名誉を挽回しなくては! 家に帰ったら、早速早坂にベルマークを収集させましょう)
自分を肯定してくれた事が嬉しいのだろう。いつもより明るい表情で笑うミコにかぐやは対抗心を燃やしていた。当然ながら、これはかぐやの主観。ミコ本人は至って普通なのだが、かぐやの目にはそう見ていた。
夜、四宮邸ではかぐやの命で屋敷中のベルマーク捜索が行われていた。
屋敷に仕える者が総出で必死に探すも、肝心のベルマークは一枚も出て来ない。この結果にかぐやは落胆の色を隠せなかった。
「どうしてっ!! 何でこんなに探して一枚も無いのよ!?」
「それはそうですよ。だって、この屋敷にある物の殆どが海外製品ですからね。当然、ベルマークなんて付いてる訳がありません」
「何という事なの…。これでは私は只の役立たずになってしまうわ」
「たかがベルマークにそこまで躍起にならなくても良いじゃないですか? 会長も生徒会の皆さんも事情を説明すれば、かぐや様を責めたりはしませんよ」
「そういう事じゃないの!! 副会長たる者として、役員の模範にならなければ…きっと、会長は私を切り捨てるに違いないわよ」
要らぬ妄想を繰り広げるかぐやに早坂は知らずにため息が漏れる。しかし、このまま放っておく事も出来ず、かぐやにある提案を持ち掛けた。
早坂の提案。それは四宮家に仕え始めた頃、母と会えない日が多かった早坂は一冊のノートで連絡を取り合っていた。どんなに大変な日でも母は一日も欠かす事なく、早坂に返事を返してくれていたのだ。今では使わない思い出のノートに彼女は鋏を入れようとした時、かぐやがその手を止めた。
「ねえ。本当に良いの? これって貴女が大切にしてた物でしょう」
「構いませんよ。もう使う事も無いですし、此処で埃を被るよりも人の役に立つ方が良いでしょうからね」
「だけど、私の我儘で貴女の大事な物に傷を付けるなんて…」
早坂の過去はかぐやも知っている。だからこそ、思い出の品を切り刻むのは忍びないと待ったをかけた。いくらベルマークが必要とて、そこまでして集めたいとは思わない。しかし、早坂は悲しげな顔をするかぐやの頭を撫でると穏やかに笑ってこう言った。
「大丈夫ですよ。もう過去の事だと割り切ってます。それに私にとって、かぐや様はある意味では妹みたいなものですからね」
「…早坂。ごめんね」
「良いのですよ。そんな顔しないでください。妹が姉に遠慮をするものではありません」
そう言って、早坂は思い出の品を切っていく。そうして彼女がくれたベルマークは何よりも重みがあるとかぐやは感じていた。
翌日。早坂のくれたベルマークを手にかぐやは生徒会室に向かった。その数は十枚、つまりは十点相当のベルマークである。基本、集めにくいベルマークをこれだけ集めれば、副会長としての面目を立つ事だろう。
「おはようございます。会長、件のベルマーク。集めて来ましたよ」
「ほう。ベルマーク十枚か。よく集めたものだな」
「ええ。家で事情を話したら、快くくれた方がいまして。その方のおかげです」
かぐやは早坂のくれたベルマークを慈しむ様に撫でると白銀に手渡した。
「「「おはようございます」」」
その直後、生徒会室にやってきた鷺宮達。挨拶をすると彼女達は鞄から件の物を取り出した。
「会長~ 言われた通りにベルマークを持ってきました。それも百点の奴です!」
「マジか!! 百点のベルマークなんて、初めて見たぞ。一体、何に付いていたんだ?」
「昔、子供の頃に買って貰ったピアノです。そういえば、付いていた事を思い出して確認したらまだあったので持ってきました」
「へぇ。それは凄いわね」
藤原の言葉にかぐやは目の前が真っ暗になる。まさか、此処で百点ものベルマークか出るとは予想もしていなかった。彼女の物に比べたら、自分など足元に及ばない。折角、早坂の思い出に傷を入れてまで入手したベルマークが役に立たない。その事実がかぐやをどん底に突き落とす。無論、点数に関係無く、提供した時点で役に立っているのだが、自分が一番でなければ面目が保てないと思い込んでいる。
そんな彼女を更に追い詰めたのは鷺宮と石上だった。二人はベルマークの代わりにと提供した物。それは使い道の無くなったパンフレットと使用済みになったインクのカートリッジ。前者はリサイクル品として、後者はベルマークの代用として採用されると説明していた。
鷺宮のパンフレットをリサイクルすれば、大量の折り紙などが作られる。それを発展途上国に贈れば学校に通えない子供達の助けになり、十分に社会へ貢献した事になる。片や石上が持ち込んだ物はベルマークに換算すると百十点となるらしく、藤原の点数を上回った。
(何と言う事なの…。私のベルマーク。全然役に立たないじゃない。いいえ。此処で諦めたら駄目よ。四宮の名に置いて、むざむざ負ける訳に行かないわ。この状況を打開する方法がある筈よ。そういえば、先さっき藤原さんは昔のピアノに付いていたと言っていたわね)
藤原の発言からある事に気付いたかぐやは、生徒会が用意したベルマークの資料に目を通した。そしてニヤリと嗤うと喜び浮かれる藤原に一言告げた。
「ちょっと待って下さい。藤原さんが持参したベルマーク。この企業は既にベルマーク事業を脱退してます。なのでこれは使えませんね。要するに只のゴミです」
「ええ!? それじゃあ、私はただゴミを持って来ただけという訳ですか?」
「はい。残念ながらそうなります」
「うーわ、藤原先輩…。流石にゴミを提供するのはどうかと思いますよ」
「そんな訳無いでしょう!! 第一、石上くんは親の会社から持って来た物じゃないですかぁ! それなら私だって、お父様の事務所から持って来ても良かったんですよ」
持参したベルマークが無効と知って、落胆する藤原とそれを揶揄う石上。これに腹を立てた藤原が噛み付いて、石上の物も無効だと叫ぶが彼は何処吹く風で受け流す。しかし、諦めない藤原が面倒になって、結局は石上が折れる形で言い争いは終わった。残すは鷺宮であるが、彼女の場合はベルマークで無い為、かぐやは視野に入れていなかった。
思わぬ形で面倒事を回避していた事を鷺宮は知らない。
「その‥おはようございます。ベルマークを持ってきたんですけど、私…九枚しか集められませんでした。言い出しっぺなのにごめんなさい」
「ああ。別に良いんですよ。九枚でも十分です」
「そうだな。あとは俺がコツコツ貯めたもやしのベルマークを合わせれば問題はない」
白銀が持参したベルマーク。ざっと数えるだけで百枚はあるだろう。思わぬ伏兵にかぐやは唖然として、机に散らばったベルマークを眺めていた。どう足掻いてもこの数に太刀打ちは出来ない。この時、かぐやは己の敗北を認めざるを得なかった。
だが、それでも自分が二番目。副会長としての面目を保ったと自らに言い聞かせていた。
「お帰りなさい。私が渡したベルマークは役に立ちましたか?」
「ええ。おかげ様で会長に褒められましたよ」
帰宅後、そう尋ねる早坂にかぐやは優しい嘘で誤魔化した。
【本日のベルマーク活動 白銀の圧勝】
此処まで読んでくれてありがとうございます。
今回の女子漫画を薦める話。
最初は普通に書こうと思ったけど、女子漫画のヒロイン化したかぐやの視点を書くのが難しくあっさり断念しました。
皆様の感想をお待ちしてます。良ければお気に入り登録もしてくれると嬉しいです