今回は少しばかり恋愛頭脳戦らしさを意識して書いてみました。
毎度長い文ですが楽しんでくれたら嬉しいです。
放課後 本日も生徒会の活動に鷺宮達は勤しんでいた。
部活動からの要望、学園の行事に関する通達、各委員会からの定期報告。生徒会で処理する仕事は多岐に及んでいる。
「はぁ‥これで最後か。最近はやけに仕事が多いな」
「本当にね。時期的に仕方ないけど、毎日は勘弁してほしい」
「鷺宮さん。学園は信頼して私達に任せてくれてるのですから、それを言っては駄目ですよ」
「…確かにそうよね。ごめんなさい」
「分かればいいんです。生徒会の役員である以上、今後はその様な言動は慎みなさい」
仕事の多さに愚痴を洩らす鷺宮をかぐやは厳しく叱咤する。生徒の模範となるのが生徒会の責務。副会長の立場にあるかぐやはそれを自負している。故に軽はずみな発言をした鷺宮の態度は見過ごす事が出来なかった。無論、鷺宮もその事は理解している為、素直に失言を認めて反省の意を見せた。
「まあまあ、四宮。鷺宮も反省してる事だし、その辺でいいだろう。人間、疲れると愚痴の一つも出るもんだ」
「そうですよ~ 皆さん仲良くしましょう。そうそう。実は今日、良い物がありますよ。じゃーん これです!!今朝、お父様から生徒会の皆で飲みなさいと渡されたんです。折角ですし、どうですか?」
此処で白銀は鷺宮に助け船を出した。ピリピリとした空気は周りにも伝染する。メンバー同士が険悪になれば、生徒会の業務に支障が出るだろう。生徒会長として、それは避けたい。続いて藤原も白銀の援護に回った。当然、藤原は深くは考えておらず、単に鷺宮とかぐやが喧嘩するのが嫌なだけである。
「お、それは珈琲の豆か。勿論、頂くとしよう」
「いいね。藤原さんの珈琲、美味しいから好きなんだ」
「えへへ~ 褒めても何も出ませんよ」
「アハハ、じゃあ、私が淹れようか?一度やってみたいと思ってたから」
「いえ、今回は私が淹れましょう。先程は鷺宮さんに八つ当たりみたいな事をしてしまったし、そのお詫びもしたいですからね」
「別に私は気にしてないけど、それなら素直に甘えるわね」
「そうして下さい。藤原さん、貴女の道具を借りますよ」
「はーい 了解です~」
藤原の返事を聞いて、かぐやは豆を手にして給湯室に向かっていった。数分後、人数分のカップを持ってかぐやが戻ってきた。カップから立ち上る上品な香りがこの珈琲が高級品であると分かる。香りだけでなく、味の方も一級品だった。本来、珈琲は癖が強い上に安いものは後味が口に残る為、意外と苦手とする人も多い。
しかし高級な豆は当然であるが、早々手が出せないのが実情だ。だからこそ、それを嗜む機会を鷺宮達は心から楽しみ珈琲に舌鼓を打っていた。
「味の方はどうですか?皆さんの口に合うと良いんですが…」
「とても美味しいですよ。独特の風味が癖になります」
「うむ。俺もこの味は好きだぞ。ところでこれはどんな種類の豆なんだ?」
「種類ですか。何でしたっけ?お父様から聞いてはいたけど‥」
「何だ?ど忘れしたのか。まあ、忘れたのなら別にいいのだがな」
「いいえ。珈琲好きとして珈琲を人に振る舞う以上、豆の名前を言えないのは恥です。今、思い出すので待ってください」
「やれやれ、こうなると藤原書記は頑固だからな」
「藤原さんは好きな事に対して拘る人ですからね。別段珍しくもありません」
「成程な。四宮、悪いがおわかりを頼む」
「あ、私もお願いしていい?」
「ええ、構いませんよ。私も丁度おかわりをしようと思ってましたから」
心から美味しいと思う物を口にした人が取る必然的行動。それはおわかりである。そしてかぐやはこの瞬間を待っていたのだ。前々から入念な下準備の元、かぐやはある計画を練っていた。その計画とは白銀に間接キスを仕掛ける事である。
【間接キス】
コップや箸などを通して発生する粘膜接触。気になる異性との間で起きれば、否が応でも反応するのは抗えない人の本能である。青春漫画やラブコメにおいてはありがちな甘い展開であるが、現実ではそんな事は在りえない。人は意外と衛生面に敏感な生き物である。その為、間接キスを嫌う人は多い。しかし性の知識から遠ざけられていたかぐやはその事を知らない。かぐやにとって、所詮キスは挨拶の一部であり、間接キスはその延長線のものに過ぎない。
この計画の為にかぐやが仕込んだ物、一つ目は間接キスに用いる食器。この生徒会室には役員が使用する食器が存在しているが…それらは個人用で形状と模様で識別が可能となっている。当たり前の話だが、専用の食器を間違えれば気付かれて未遂に終わってしまう。そこでかぐやが取った行動は生徒会室の食器を全て取り替える事であった。無論、食器は学園の備品の為、本来は不可能である。しかしかぐやの辞書に不可能の文字はない。かぐやは衛生面を盾に食器の新調に成功していた。その際、仕込んだ物が見た目が全て同じものだった。これで誰が使ったのかを識別は出来なくなり、すり替えても相手に違和感を与える事は無い。つまり間接キスを起こりやすくしていたのだ。
二つ目は人の習性と嗜好の利用。古来から人は居場所を求める性質を持っている。それは人が集まるコミュニティで強く現れるものだ。例えば、部活で使用するロッカーに自分が好きな選手や歌手の写真を置いたり、個人の嗜好によって様々である。それを触発するべく、かぐやは私物である紅茶の葉とお気に入りのポットを生徒会室に置いていた。案の定、かぐやが生徒会室に紅茶を置いているのを見て、藤原も生徒会室に珈琲を持ち込む様になる。またこの事に反応したのは白銀だ。生徒会で行動を共にする様になってから、かぐやは白銀が珈琲を愛飲している事を把握していた。だからこそ、白銀と同じ嗜好を持つ藤原を利用し、計画に組み込む事にしたのだった。
三つ目…それは白銀に如何にして間接キスを意識させるか。この計画で一番重要な事がこれである。先に述べた様に生徒会室のカップは全て同じ物であり、すり替わったカップに気付かないまま飲んでしまっては元も子もない。仮に白銀がすり替えたカップに口を付けてから間接キスだと進言する。これを実行した場合を想定してみた結果…
【何?これは四宮のカップだというのか。ほう...四宮はそれに気付いていながら黙っていたのか。つまり四宮はそんなに俺と間接キスがしたいと思っていた訳だな。全く、見掛けに寄らず破廉恥な奴め】
(という事になりかねない。そうなれば、四宮の名に泥を塗る羽目になる。周りに私が破廉恥だと知られたら末代までの恥…!! 面と向かって進言するのは不味いわね。さて…会長に間接キスをさり気なく意識させる良い方法は無いかしら?…そうだわ。これを使いましょう。これならリスクを冒さず、会長に間接キスを意識させる事が出来る)
かぐやの奥の手、それは自身が使用しているリップクリームだった。ご存じだと思うが、リップには独特の香りが施されている。これを口を付けた箇所に塗る事でカップに香りを付着させ、尚且つ自分がリップを塗る姿を白銀に見せる事でカップがすり替わっている事が伝わり、白銀に破廉恥と思わせる事無く、間接キスを意識させるのが狙いである。
全ての仕込みが終わり、かぐやは何気ない顔で白銀に自身のカップを手渡した。あとは事の顛末を見届けるだけ。もし…間接キスだと分かった上で口を付けたのなら、遠回しではあるが白銀はかぐやに好意を抱いてると認めた事になる。それはある意味、告白したも当然の行為。
今回こそは白銀に好きと言わせる事が出来ると、かぐやは勝利を確信していた。
そうとは知らない白銀は淹れたての珈琲に心躍らせていた。一仕事を終えた後の珈琲タイムを白銀は何よりも楽しみにしていた。立ち上る湯気の中に漂う香りを堪能したのち、カップに口を付けようとした時…白銀は違和感を感じて眉を顰めた。
(おかしい。明らかに珈琲とは違う匂いが混ざっている。これはミントの匂いか?何故、俺のカップにミントの匂いが…!?)
匂いの正体を探ろうと思考を巡らせる中、ふいにかぐやに視線をやって白銀は硬直した。視線の先ではかぐやが唇にリップを塗っていたのだ。それを見て、ある予想が頭に過る。
(この匂い…どう考えてもリップのモノだよな。だとすると、このカップは四宮が使っていた物!?あいつ、まさか俺のカップを間違えたのか。しかし、四宮がそんなミスをするだろうか?でも、このカップは同じ見た目だからな。例え間違えても不思議はない。全く、四宮も意外にドジだな。俺が気付かなければ、間接キスになっていた…間接キス!!)
動揺してカップを凝視しながら、白銀の心に邪な考えが浮び上がる。幸いな事にこの事実に誰も気が付いている様子は無い。ならば…知らぬ振りをして飲んでも問題は無いだろう。だが、それをやった事が皆にバレたら…
【うわぁ。会長にそんな性癖があったなんて気持ち悪い。今後、話しかけたりしないでね」
【破廉恥です。会長がそのような人だなんて、がっかりですよ】
【あらあら、生徒会長ともあろう者が、その様な下世話な真似をするとは…愚かですこと】
(駄目だ!! これがバレたら俺の評判はどん底まで落ちてしまう。最悪の場合、風紀を乱したと退学になる可能性もありうる。いや、待てよ。冷静に考えてみれば、この匂いがリップのモノだという確証は無い。実は四宮が付けていた香水でそれが偶々カップに移ったという事も…だとするならこれは間接キスとはならないよな。そうに違いない)
最悪の展開を想像する白銀だったが、カップの匂いは別の要因で付いたという可能性も考え付いた。そうであるならこのまま飲んでも間接キスをした事にはならないと白銀は自身に言い聞かせて、誤魔化した。
だが、現実はそう甘くはない。結論を見出し、カップに口を付けようとした時…鷺宮とかぐやの会話が白銀の耳に聞こえてきた。
「それにしても…この珈琲は本当に美味しいですね。味だけでなく、芳醇な香りも病み付きになります」
「うん。私もこんな美味しい珈琲は初めて飲むよ。そうそう。香りで思い出したけど、この間…喫茶店に行ったら香水を付けた女の人がいてね。折角の珈琲がすごく不味く感じて最悪だったわ」
「あら、それは災難でしたわね。本来、珈琲は香りも嗜むものなのに…」
「全くよ。香水を付けて珈琲を飲むとか常識知らずだよ」
「ええ。普通は珈琲を飲む時に香水は付けませんからね」
この何気ない会話で白銀は再び硬直した。かぐやの言う通り、常識で考えれば香水を付けて珈琲を飲む人間はいない。それは珈琲を嗜む者のマナーであり、普段は喫茶店に行かない白銀も心得ている。此処に来て、白銀は追い詰められていた。この匂いが香水でも無いなら、消去的にリップクリームのものとなるのだ。
これ以上、誤魔化しは通用しない。いっそ素直に進言しようと口を開くも、その事を言えないでいた。気付いた時点で言えば、お互いが恥ずかしい思いをするだけで済んだのだが…カップが違う事に白銀が気付いてから既に十分近く経過している。当然、何で気付いた時点で言わないのかと三人から指摘されるのは明白である。その結果、軽蔑の視線を向けられる未来しか想像出来ない。四面楚歌の状況に白銀は絶望していた。
白銀の不自然な挙動をかぐやはしっかりと見ていた。それにより、己の計画が順調に進行していると余裕の笑みを浮かべる。あとは白銀がカップに口を付けるのを待つのみ。勝利を確信して珈琲を飲もうとした時、不意に感じた匂いにかぐやは凍り付く。
(あれ?この匂い、何処かで嗅いだような…って、これ私のリップの匂いじゃないの~~!! どうして?確かに私は会長のカップを取った筈。ちょっと待って、じゃあ…今会長が手にしているカップは誰の者なの?藤原さんは未だに豆の種類を思い出そうとしてるから彼女の分は淹れていない。という事は会長が持っているのは鷺宮さんのカップ!?あり得えない。一体、何処で間違えたの?私は確かにリップが付着したカップを確認した筈…ま、まさか)
そう、この計画には二つの落とし穴が存在する。一つはリップを使うのはかぐやだけでは無い事、もう一つは目視で匂いは識別できないという事である。これをかぐやは失念していた。今の状況を把握して、かぐやは戦慄する。白銀の手にあるのが鷺宮のカップならば、必然的に白銀のカップは鷺宮の手にある事になる。
そして鷺宮に視線をやれば、彼女は今にもカップに口を付けようとしていた。それを見て、かぐやは慌てるが此処で進言すれば、自分が仕出かした事が周囲にバレてしまう。最早、なす術もないと諦めたその時…救いの手は思わぬ形で差し伸べられた。
「あ、思い出しました。この珈琲はコピ・ルアクです。は~すっきりしたぁ」
「え?う、嘘でしょ?何でもっと早くいわないのよ」
「そうだぞ。既に一杯飲んでしまったではないか」
「へ、何で二人共。怒ってるんですかぁ?う、うわあぁぁぁぁぁん 折角喜ぶと思って振る舞ったのにぃ」
「そうですよ。藤原さんに失礼ではありませんか。二人共、謝りなさい」
「ご、ごめんなさい」
「俺の方こそ、悪かった。ご馳走になったのに酷い事を言ってしまった」
【コピ・ルアク】
それはジャコウネコが食べて排泄された豆を使用した珈琲である。食べた豆は殆どが消化されてしまう為、数は少なく超が付く程の高級品とされている。しかし、先入観から薦められても飲む事を躊躇するのは仕方ないだろう。だが、これを好機とみたかぐやは理不尽に怒られて泣いた藤原を慰める振りをして、鷺宮と白銀の間接キスを防ぐ事に成功した。
また、この出来事が原因で藤原が鷺宮達に珈琲を振る舞う事が無くなったのは別の話である。
【本日の勝敗 間接キスを仕組んで未然に防いだかぐやの勝利】
生徒会には時折、悩みを持つ生徒が相談にやってくる。今回もある悩みを抱く少女 柏木渚が生徒会室を訪れていた。彼女の悩み…それは思春期の少年や少女が一度はぶつかる壁。即ち…
「恋愛相談…ですか?」
「はい。私、どうしたら分からなくて…生徒会はそういう相談も受けてくれると聞きました!!」
「うーん。生徒会はその手の相談を受け付けて無いんだけどね。柏木さんの友達に相談したらどうかな?」
「…やっぱり駄目ですか?そう…ですよね。忙しいのに邪魔してごめんなさい」
「鷺宮さん 相談に来た人を無下にするのは駄目ですよ。生徒の悩みに耳を傾けるのも生徒会の責務の一つだと、会長も仰っていたでしょう」
恋愛相談。この言葉に鷺宮は難色を示した。他の相談ならまだしも、この類の相談を受けた時はいつも胃を痛めていた記憶しかない。本人には悪いと思いつつ、鷺宮はやんわり断ろうとしたが…かぐやがそれを制止した。無論、かぐやの言い分は尤もであり、生徒会の責務云々を持ち出されては断る事は出来ない。
結局、鷺宮は柏木の恋愛相談を受けるしか無かった。
(あーあーあー 何で人の恋愛相談なんて面倒な事をしないといけないのよ。態々、生徒会に来なくても友達に相談すればいいじゃないの。只でさえ、この手の話は良い思い出が全く無いってのに。まあ、今回は四宮さんもいるし、面倒だから全部四宮さんに丸投げしよう。私は適当に相槌を打って話を合わせればいいわね)
「それで柏木さん。相談とはどんな内容でしょうか?」
「実は…付き合ってる彼氏と円満に別れる方法が知りたいんです」
予想外の内容に鷺宮は唖然とした顔で柏木を見た。以前、眞妃から相談を受けた際に柏木が翼と付き合い始めた事は知っている。故に相談内容はもっと親密になりたいという類の話だと思っていた。かぐやも同じ事を考えていた様で普段、冷静な彼女も戸惑いの表情を浮かべている。相談事において、恋愛相談ほど難しい事は無い。恋愛観は男女によって異なり、相手に対する助言も変わってくる。
つまり…恋愛経験が皆無である二人にとって、柏木に何を言えばいいのか分からないのである。それでも黙っている訳にもいかず、知恵を巡らして答えを模索するが妙案は浮かばない。その結果、まずは柏木に話を聞くという答えに落ち着いた。一方、鷺宮はこれをチャンスと捉えていた。この相談を利用すれば、自分が抱えている問題の一つを解決出来ると…
「彼氏と別れる方法ですか。柏木さんはどうしてその方と別れたいのですか?」
「何か嫌な事をされたの?例えば、付き合った事を理由にキスとか迫られたとかさ」
「いえ、そういう事は無いです。只、付き合い始めた彼との接し方がよく分からなくて…。勢いに流されてしまったけど、彼の事を何も知らないですし…それを考えると彼に申し訳ない気持ちになるんです」
「成程。ですが、告白を受け入れた訳ですから嫌いという事は無いのでしょう?それならまず…相手の良い部分を見つけていくのはどうかしら?」
先に口を開いたのはかぐやであった。流石は才女と言うべきか。かぐやの助言は的確に的を射ていた。柏木だけでなく、鷺宮もかぐやの言葉に驚いていた。何故なら…鷺宮が思い付いた助言、それは二人の相性が悪いと突き放し、柏木と翼を破局へ誘導するつもりであったからだ。
(くっ、折角の機会だと言うのに出鼻を挫かれた。此処で二人を切り離せば、眞妃さんの
「四宮さんの意見は尤もだけど…私は無理にそれをやる必要は無いと思うよ。確かに柏木さんは相手の告白を受け入れたけど、その場の勢いに流されての事でしょ?そうじゃないなら最初から悩む事は無いだろうし、別れるなら早い方が良いと思うわ。その方がお互いの傷も浅くて済むもの」
「鷺宮さん、結論を急ぐのは早いのではないかしら?別れるのは柏木さんの気持ちがはっきりしてからでもいいでしょう」
「あ、あの…二人共。何だか怖いですよ」
異なる意見にかぐやと鷺宮の間に火花が散った。ピリピリとした空気に当てられ、柏木は萎縮してしまう。それに気付いたのか、二人は矛を収めて相談に戻った。
「ごめんなさい。先程の話ですけど、長所はその人の魅力と言っても過言ではありません。別に何でもいいのですよ。例えば…毎日遅刻をしない事や勉強を一所懸命に頑張る姿とか、他には与えられた責務に真剣に向き合う姿とかでしょうか。その内、気付けばその人を好きになっていると思いますよ」
「成程。普段、相手がしている所を見る訳ですね」
かぐやは何かを思い出しながら、助言を口にする。その言葉に柏木も素直に頷いた。しかし、肯定する意見もあれば、当然その逆もあるのが世の中である。
「そうかな?四宮さんが言う長所って、学生なら当たり前の事じゃない。それ以前に与えられた責務を果たすのだって誰でもそうでしょ?別段、柏木さんの彼氏がやっても魅力を感じるとは思えないけどね」
「い、言われてみるとそうですよね。誰もがやる事ですもんね…」
鷺宮の意見で柏木は表情を曇らせ、か細い声で呟いた。そんな柏木に内心、鷺宮は土下座する勢いで謝っていた。無論、鷺宮もこんな事を言いたくはない。それでも此処で二人を別れさせなければ、眞妃が失恋した原因が自分にあるとバレた時、眞妃に
しかし…そんな鷺宮の気持ちを知らないかぐやの心中は穏やかではなかった。何せ、かぐやの助言の背景には全て白銀の姿を思い浮かべていた。それを否定する事は即ちかぐやの白銀に対する想いを否定するのと同義であった。
「鷺宮さん…貴女、一体何を考えているのですか?先程から否定する言葉ばかり仰ってますが、柏木さんの悩みを軽んじていませんか?真剣に相談している人にその態度は失礼にも程がありますよ」
「別に軽んじてはいないわよ。好きかどうか分からない事に悩む事自体が勿体ないじゃない。その間にやりたい事や出来る事も沢山あるだろうし、無駄な事に時間を浪費するくらいなら、いっそ別れてしまえば解決すると思うのよ」
鷺宮を諌めるつもりでいたが、思わぬ反論にかぐやは言葉を詰まらせる。確かに好きかどうかを確かめる事に時間を使うより、すっぱり別れた方が柏木の為になるのではという言葉に説得力があるのもまた事実であった。
冷静に考えれば、これはかぐやの相談では無い為、別に鷺宮の意見に噛み付く必要は無い。だが、経験が無いなりに知恵を絞って出した答えを否定されるのは、プライドが高いかぐやは面白くは無かった。柏木も二人の意見は筋が通っているのは理解している。確かに相手の長所を知れば、その人の魅力は見えてくるし、迷いを晴らす事も出来るだろう。また分からない感情に悩んで時間を浪費するのが無駄なのでは?という意見も柏木も思っていた節はある。故にどちらの意見を選べばいいのだろう?と新たな悩みが出来上がるという悪循環に陥っていた。そして鷺宮もこの状況に困惑していた。最初こそ、かぐやに丸投げするつもりであったが、柏木の相談内容を知って考えを変えた。だが、何故か自分が意見する度に不機嫌になるかぐやに焦りを抱く。このまま続けていいものか?と鷺宮に迷いが生じた。この分だと、
ああ言えばこう言う。最早、収集が付かないこの状況にどうしたらいいのか分からず、三人は項垂れた。そんな時…
「話は聞かせてもらいました。この難題、私、ラブ探偵チカが解決してみせます!」
突如、生徒会室に飛び込んで来たのは、毎度お騒がせの地雷娘こと藤原千花であった。何故か彼女はドラマでよく見る探偵の格好をしていた。この出来事に柏木は動揺し、慣れている鷺宮とかぐやは呆れた様子で藤原を見つめる。
「藤原さん、その恰好は何?…というより、何で息切れしてるの?動悸を起こすのはまだ早いと思うよ」
「動悸じゃないですよ!? 実は陰で話を聞いてまして、急いで演劇部から借りて来ました」
「その行動力を別に生かしたらどうですか?何だか勿体無いですよ」
「ゴホン…。その事は今は置いておきましょう。そんな事より、大事なのは柏木さんの恋の悩みです!!貴女は付き合ってる彼の想いが本物か分からず悩んでいるんでしたよね?」
「は、はい。そうです」
藤原の奇天烈な行動に付いていけない柏木は只、流されるままに言葉を返す。自身に向けられる奇異の視線などどこ吹く風で藤原は言葉を続けた。
「ならば、答えは簡単です。試しにその好きな人が別の女性と一緒にいる所を想像してみてください」
「え?どうして…そんな事を?」
「いいから想像してみてください」
言われるがまま、柏木は翼が鷺宮と食事している風景を想像する。
【はい あーんして。私が食べさせてあげる】
【あーん。うん、とても美味しいよ】
【ふふふ それは良かった】
【次は僕があーんしてあげるよ】
またかぐやも白銀と鷺宮が一緒にいる所を想像していた。
【今日は風が強いな】
【うん。髪が長いと靡いて大変なのよ】
【そっか。ところで寒くないか?良かったら、これを着ると良い】
【ありがとう。でも、それだと白銀くんが寒くない?】
【だったら、こうすればいい。これなら二人とも温かいだろう】
【本当だ。とても温かいわね】
前者は多少のヤキモチを鷺宮に抱き、後者は行き過ぎた妄想を浮かべ鷺宮に凄まじい怒りの炎を燃やしていた。
「どうですか?想像してみて、嫌な気持ちになったら…それは好きな人と一緒にいる人に嫉妬してるんです。これって、彼の事が好きだから感じる感情なんですよ!!」
「これが…嫉妬の感情?」
「はい!! つまり柏木さんはちゃんと彼に対して、好きだという気持ちはあるんです。それをゆっくりでもいいので育んでいけばいいんです。それと鷺宮さん…安直に別れろなんて、言っちゃ駄目ですよ。それについて猛省して下さい!!」
「…ごめんなさい。反省してるわ」
(猛省しろ?あんただって、恋愛経験が無い癖に何で上から目線で言ってるのよ。いつもいつもいつもいつも場を引っ掻き回して荒らすだけの脳空女の分際で…。第一、話を聞いてたらならすぐに入ってこいってのよ。それを演劇部に行って衣装を借りた?普段は勉学や生徒会の業務に手を抜く癖にこういう時は全力を出すって頭の中は相変わらず、お花畑なのね。ああ だから髪がピンクなのか。納得したわ)
悩みが解消し、晴々とした表情の柏木とは違い、思惑を潰された鷺宮は無表情で藤原に本人が聞いたら大号泣するレベルの罵詈雑言を心の中で吐きまくっていた。その後、藤原の助言で彼と共通の活動をする事で今回の相談は幕を閉じた。
後日。街の一角で翼と柏木は小中の生徒と一緒にボランティア活動をしていた。すぐ傍にはサポートに回る鷺宮と白銀の姿もそこにあった。やがて活動を終えた柏木は後片付けをしている鷺宮に柏木が声をかけてきた。
「鷺宮さん 今日はお手伝いどうもありがとうございます。おかげで彼の良い所も知る事が出来ました」
「ああ、別にいいのよ。これも生徒会の仕事だもの。それに彼と仲良く出来て良かったわね」
「ええ。でも…鷺宮さんには他に言っておきたい事もあるんです」
「ん?私に言いたい事?何かしら?」
「それはね。貴女に彼は渡さないから」
「え?それはどういう…」
「フフフ まあ、そういう事です。それじゃあ、私はこれで失礼しますね」
突然の宣戦布告を残して去りゆく柏木に鷺宮は胃の痛みを感じながら恐怖に震えていた。
【本日の勝敗
「こんにちは。遅くなってごめんなさい」
「あー やっと来ましたね。今日はビッグニュースがあるんですよ」
「ビッグニュース?何それ?」
午後 遅れて生徒会室にやってきた鷺宮に藤原が話しかけてきた。些か興奮した様子の藤原に若干、引き気味の鷺宮だったが、勿体ぶる言い方が気になり、鷺宮はその話に食い付いた。
「何とですねぇ…会長がスマホを買ったんですよ!!」
「へぇ…それは珍しいね」
「あれ?鷺宮さんは余り驚かないんですね」
「それはそうだろう。藤原書記が大袈裟すぎるんだよ」
藤原のビッグニュースとは、白銀がスマホを購入したという話であった。それ自体、驚きを覚えたが別段どうでもいい内容に拍子抜けしたのも事実である。只、思いのほか反応が薄い事が不満なのか。藤原は口を曲げていた。
「でも、どうして買う事にしたの?普段、無駄に金がかかるからいらないと言ってたのに」
「そうですよね~ 会長も遂に文明世界に足を踏み入れたんですもんね」
「人を原始人みたいに言うな。まあ、最近は通信費も安いし持っていれば生徒会の連絡も楽になるからな。思い切って買ったという訳だ」
今の世はIT時代。高校生は勿論の事、小学生ですらスマホを持っているのが当たり前の現代。そんな中でドケチな白銀がスマホを購入した真の狙いは…かぐやの連絡先を手に入れる事。しかし、自分から聞く事はせず、敢えてかぐやの方から聞きに来るのを待っていた。
だが、その目論見は上手く行く筈もなく、かぐやは沈黙を貫いていた。無論、かぐやも白銀の狙いに気付いている。何故なら白銀がスマホを購入した裏側では、四宮家従者達の苦労が存在していた。さり気なくスマホの利便性を見せ付け、白銀の注目を惹く為…白銀がよく通る道にある携帯電話の販売店を買収し、白銀の経済状況に合わせた販売を行う。その甲斐あって、白銀もスマホを購入に至った訳である。
その目的は白銀から連絡先を聞かせる。この為だけにかぐやは面倒な仕込みをしたのである。
(ふふふ。随分と手間を取りましたが、漸く会長にスマホを買わせる事が出来ました。あとは会長から私の連絡先を聞いて来るのを待つだけ。何せ、異性に連絡先を聞くという事はその相手に好意を抱いてますと認めたようなもの。さあ、会長…貴方はどうするのかしら?)
一方、鷺宮はこの状況にデジャヴを感じていた。顔を顰めてかぐやを見る白銀と余裕の表情で白銀を見つめるかぐや。以前、旅行先を決める話をした時も二人はこういった様子を見せていた。
(白銀くんのあの顔…大方、四宮さんの連絡先を聞きたいけど…自分から聞くのが恥ずかしいとかだろうなぁ。そして四宮さんはその様子を見て、楽しんでるといった所かな?はぁ…四宮さんも好きなら自ら動けばいいのに面倒な人。仕方無いなぁ。今回は私も人肌脱くとしよう。思えば、協力者らしい事を一度も出来て無いし)
思い立ったら即行動。鷺宮はスマホを手にして白銀に話しかけた。
「ねえ…会長。スマホを買ったならラインのアプリも入ってるよね?良かったら、IDを交換しようよ」
「おう。こちらこそ、頼む。ほう…鷺宮のアイコンはインコか?中々、可愛いじゃないか」
「あー本当ですねぇ。目がクリクリしてて可愛い~ 名前はなんて言うんですか?」
「そうでしょ!! 名前はコロンっていうの。ヒナだった頃、上手く歩けず、コロコロと転がる姿が可愛くてねぇ。それでコロンと名付けたの。他にもあるよ。これは水浴びしてる時の奴で…こっちが初めて私の手に乗った時の写真。どう?皆可愛く撮れてるでしょ。あ、ごめん。少し喋り過ぎたわね」
「いや、別に気にしていない。寧ろ、鷺宮の意外な一面が知れて良かったと思ってる」
「そうですよ!! それと私ともID交換して下さい。あとでペスの写真送りますね」
「うん。ありがとう。楽しみにして…るよ」
白銀の言葉でスイッチが入ったのか、饒舌にインコの話をする鷺宮だったが‥不意に我に返って口を噤んだ。自分らしからぬ行動に白銀達は引いたかと思いきや、予想と違い彼らは受け入れてくれた。その事を感謝しつつ、かぐやの方へ視線を送った瞬間、鷺宮は固まった。
視線の先では昏い感情を籠めた眼でかぐやは鷺宮を睨んでいた。その視線は今までと比べ物にならない程の威圧感を放っている。勿論、こう感じるのはかぐやに苦手意識を持っている鷺宮の主観である。実際の所は只々、羨ましくて拗ねているだけなのだが…元々、整った顔のかぐやが相手を凝視すると必然的に睨まれていると感じてしまうのだ。
(皆さん、私を差し置いて随分と楽しそうにしてますね。正直、羨ましい…いえ、四宮たる者、こんな考えでは行けません。私は異性にほいほい連絡を聞く様な恥知らずな行為は絶対にしませんよ。でも…鷺宮さんのあんな顔は初めて見ましたね。普段、キリっとしているけど…笑う顔は年相応の感じがします。私もああいう風に笑えたら…会長や皆ともっと仲良く出来るのでしょうね。だけど…私はそれが出来ない。んもう~ 何でこんな暗い事を考えなくてはいけないの?第一、会長が早く連絡先を聞いてくれたら済むのに…。そうだわ。会長から自発的に聞いてくる状況を作ればいいのよ。そうとなったら…)
「皆、酷いですね。私を除け者にするなんて…ひっく。私だって、インコの写真を…ぐすっ 見たいのに」
その手段は泣き真似!! 人はとかく他者の涙に弱いものである。大粒の涙を流し、自分を責める言葉を聞けば、何もしてないのに何か酷い事をしてしまったと錯覚してしまう。この弱みに付け込んでかぐやは白銀からあわよくば、連絡先を聞かせようと目論んでいた。
「ご、ごめんね四宮さん。ほ、ほら…四宮さんにも見せるから」
「そ、そうでずよね~ かぐやさんの携帯。ライン出来ないから見れないの。わだしだち 酷い事をしてますよね」
「え?出来ないのぉぉ?」
「な、何だと…。なら買い替えたらいいだろう」
「…嫌です。この携帯、幼稚園の時から使ってるので愛着があるんです」
「馬鹿な。所詮は物だろう。変な拘りは捨てろ!!」
「変なとは何ですか!? 大体、携帯を持つ事を頑なに否定してた会長に言われたくありません」
「はわわわわ ふ、二人共~ 喧嘩は駄目ですよ」
(あれ?四宮さん、さっきまで泣いてたよね?ま、別にいいか。何か知らないけど、今は私の事を怒ってない様だし、今の内に挽回しよう。これ以上、失態は重ねられない。確か、四宮さんの携帯はガラケーだからラインは出来ないけど、メールなら可能だ。そうだ…此処でメールアドレスの交換を進言すれば…四宮さんの株も上がるし、協力者として行動した事にもなる。うん これでいこう)
しかし、事態は予想も付かない事になった。そうかぐやの携帯はガラケーと呼ばれる古いタイプの機種であった。当然、今のアプリに互換性が無い為、使用する事が出来ないのである。
「そうだ。四宮さん、メールはどうかな?これなら四宮さんの携帯でも出来るし、写真も送る事が出来るからラインとそう変わらないよ。生徒会の連絡も簡単だからさ」
「そうだな…。ならば、四宮とアドレスを交換するとしよう。あくまで生徒会の連絡用としてだけどな」
「ええ。そういう事なら問題はありません」
「それなら私ともお願いします」
「私もお願い」
その後、鷺宮の機転を白銀は生かし、生徒会の全員でメールアドレスを交換した事でこの場は丸く収める事に成功した。この日、かぐやは初めてのメル友を手に入れて心の中で密かに喜んでいたのは秘密である。
【本日の勝敗 目的を見失い、無駄に空回りした鷺宮の敗北】
今回の話はいかがだったでしょうか?
厄介事を回避する筈が、いつも厄介事に出会ってしまう。
最早、これが鷺宮さんの宿命ですね。
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何でもいいので是非お願いします。
それでは次回もお楽しみに