生徒会庶務は平穏に過ごしたい   作:アリアンキング

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最新話、お待たせしました。


今回は白銀とかぐやの葛藤がメインとなってます。



第30話 白銀御行は確かめたい/生徒会は闘いたい/四宮かぐやは向き合いたい

 週明けの月曜日 その昼休み。生徒会室で白銀は一人考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 人間は誰しも周りの評価を気にする傾向にある。単純明快に外見や容姿、内面も含まれるがどちらかといえば前者を気にする方が多く占めている。その一点を注視するなら白銀はモテる側の人間に分類されるのであるが、内面的な要因が足枷となっていた。

 

 

 今まで異性から贈り物を貰ったり、出かけた事もあれば告白された経験もある。無論、それらの出来事は白銀にとっても喜ばしい事であった。しかし、肝心のかぐやからは何の反応も無い。これが白銀にはもどかしいと感じていた。

 

 

 

(今に至るまで俺と四宮の関係に進展はない。尤も以前に比べれば随分と距離は縮まったが、更なる進展を求めるなら俺も行動しないと駄目だよな。だが四宮は本当の所、俺をどう思っているのだろうか? もしや俺に男としての魅力が無いから告白をしてこないのか。そういや、藤原も俺は自分の事を客観視出来てないと言っていたな。その可能性があるならば、今の内に矯正しておくべきだろう。とはいえ、どうしたものかな。周りに聞いたとしても、参考になる意見が貰えるとは限らない。いや、弱気になっては駄目だ。文化祭までに四宮に告白すると決めたんだ。それまでやるべき事はやるしかない)

 

 

 

 

 熟考の末、行動を起こそうとした矢先。白銀の前にミコが姿を見せた。これは渡りに船だと、白銀は手始めにミコに訪ねてみる事にした。

 

 

 

 

「伊井野か。良い所に来てくれた。突然で済まないんだが、伊井野は俺の事を男としてどう思う?」

「……いきなり何ですか? どうって言われても困りますよ」

 

 

 唐突な質問にミコは酷く動揺した様子で返事を返す。それも無理も無い事である。白銀自身は客観的な意見として訊いたのだが、傍から見れば先程の言葉は告白とも受け取れる。普段は学園内における男女の関係に厳しいミコであるが、彼女も年頃の少女である。いざ想いを打ち明けられたら、意識してしまうのは仕方のない事だろう。

 

 

「そ、その…返事は今でないと駄目ですか。出来れば心の準備というか…考える時間を下さい」

「…ああ。別に構わない。何も急いで答える必要は無いからな」

 

 

 いざ訊いてみたものの。土壇場になって己の評価を聞くのが怖くなり、ミコの返事を先延ばしにしたが、これが更に誤解を生んでいる事に白銀は気付いていない。この段階で客観的な見方が出来てないとミコ以外の者がいれば容赦なく突っ込んでいただろう。

 

 

 

「こんにちは。あれ、二人して何をしてるの? 大事な話の邪魔したかな?」

「いや、気にするな。別に大した話はしていない」

「…そう。だったら良いのだけど」

「ああ。そうだ。鷺宮、お前にも訊いておこう。俺の事を男としてどう思う? 具体的に言えば俺を恋愛対象として見れそうか?」

 

 

 

 この瞬間、鷺宮の背筋が凍てついた。何故か白銀が先の言葉を口にした途端、ミコの表情から感情が消え失せ、まるで能面の様な顔で此方を凝視していた。恐らくその対象は白銀本人なのだろうが、当の本人は背を向けているのでミコの変化に気付いていない。しかし、真正面から見てしまった鷺宮の精神的なダメージは計り知れなかった。どうみても自分が厄介事に巻き込まれたのは間違いなく、今すぐ逃げ出した衝動にかられるもそれをすれば、今度は白銀に要らぬ誤解を与えかねない。

 

 

 八方塞がりなこの状況を打破する為、鷺宮は選んだ方法。それは…。

 

 

 

 

「うーん。正直な所、分からないよ。何せそういう事を考えた事は無いもの」

 

 

 

 当たり障りのない返答!!

 

 

 本音を言えば、かぐやに対して更に差をつけるチャンスと喜ぶ所だが、今も無表情で見つめるミコへの恐怖心が欲望を上回った。下手な返事をすれば、事態は泥沼化するだろうし、この話がミコを通じて大仏にも伝わるだろう。そうすれば、友達想いの大仏の事だ。きっと生徒会にも乗り込んでくる可能性が高い。文化祭も間近に迫る中、生徒会と風紀委員が表立って対立する訳にもいかない。そう考えての返答だった。

 

 

 

「…成程。確かにいきなり聞かれても困るよな。すまなかった」

「別に良いよ。ところで仕事を始めよう」

「そうだな。少しでもやっておくか」

「ほら伊井野さんもぼーっとしてないで」

「あ、はい。分かりました。今準備します」

 

 

 

 鷺宮の機転で場が纏り始めた時、藤原が顔を見せた。そんな藤原に白銀が三度問い掛ける。

 

 

 

「なあ。藤原、一つ聞くが俺を男としてどう思う?」

「はい? 一体、何ですか会長~? もしかして何かの遊びですか?」

「まあ、似た様な物だ。それでどうだ? 仮にだが俺を付き合う対象として見れそうか?」

 

 

 

 この発言で再び場の空気が重くなる。ちらりと隣にいるミコを視線をやれば、彼女の顔は更に感情がぬけおちており、それ以上は恐怖で直視する事が出来なかった。対して藤原は白銀の問いに暫し考え込んだ後、質問の意図を理解するや絶望に染まった顔で死んだ方がマシと、辛辣な返事を返した。これに豆腐メンタルの白銀が耐えきれず、糸が切れた様に崩れ落ちてしまう。

 

 

 

「…そこまで嫌なのか? 因みにどうしてか理由を訊きたい。客観的な意見として訊かせてくれ」

「客観的? あー、もしかして会長ってば休み時間の事を言ってます?」

「へ? それはどういう事ですか?」

「ああ~ 実はですね……」

 

 

 藤原の言葉に引っ掛かりを感じたミコが理由を訊ねると、藤原は詳しい事情を説明してくれた。全ての事情を知って、ミコは怒りを露わにして白銀に食って掛かる。白銀は他意は無いと弁明するが、紛らわしい質問をした後では説得力は皆無である。だが、白銀も譲れないのか。未だに自身の評価について訊ねて来た。

 

 

 

 その態度に呆れる藤原であるが、騒動の原因は自分にあるのも事実。例え気が進まなくても、答えない訳にいかない。

 

 

「…先の質問の答えですが、私にとって会長は恋愛対象というよりも駄目な子供って感じなんですよ。当初は尊敬してたし、男らしい部分も感じていたのですが…今の会長は手の掛かる厄介な人でしかありません。食べ物に例えるなら嚙むほどに味が消えるスルメですかね~。 嫌いじゃないけど、最後の食事には絶対選ばない物ですよ」

「ふ、藤原先輩。そのへんで止めた方が……」

「明らかに言い過ぎだって……」

 

 

 話している内に興が乗ってきたのか。息をする様に毒を吐きまくる藤原にさっきまで怒っていたミコすらも同情する程である。当の白銀も完全に落ち込んでしまい、流石に不憫と思ったミコが口を開いた。

 

 

 

「まあ、実際の所。私は白銀会長の事は嫌いではありませんよ。生徒会に誘ってくれた事も感謝しています。けれど…」

「けれど何だ? もうはっきりと言ってくれ」

 

 

 最後の方が聞き取れず、白銀が聞き返すが直に言うのは躊躇いがある様で、ミコは藤原の耳元で囁いた。本来ならこれで終わる筈なのだが、秘密を伝えた相手を間違えたとミコはすぐに後悔する。

 

 

「ああ。成程~。ミコちゃんにとって、会長の顔はタイプじゃないそうですよ。意外ときつい事を言いますね」

「……何で言っちゃうんですか!? で、でも会長はカッコいいと思うんです。クラスでも4、5番くらいには」

「伊井野さん。フォローになってない。寧ろ逆効果だから」

 

 

 

 秘密をあっさりとばらされて、必死に弁明するミコだが言葉の切れ味は藤原よりも鋭く白銀の心を容赦なく抉った。心をズタズタにされながらも白銀は更に質問を続けた。聞けば聞く程、傷が深くなるだけと理解はしている。だが此処まで来たら最後までやろう。全てはかぐやと両想いになる為、強い覚悟と意思を持っての行動であった。

 

 

 

「私のタイプの人ですか? そうですね。いつも優しくて、困った時は助けに来てくれる王子の様な人ですね」

「いねえよ。そんな奴…」

「ミコちゃん。余り夢を見ずに現実を見た方が良いですよ~」

「何処かに居ますよ。この世界は広いんですからぁぁぁぁ」

「まあまあ。そこは人の自由だから気にしちゃ駄目よ」

 

 

 勇気を出して言って見れば、返ってきたのは否定の言葉のオンパレード。ミコ自身、自分のタイプが所詮は夢物語だと理解はしている。しかし信じるのは人それぞれ。そう慰める鷺宮の言葉が実は一番ミコの心に突き刺さっていた。

 

 

 

「じゃあ、藤原と鷺宮のタイプはどうなんだ?」

「私ですか~? そうですね。私は別に相手は完璧じゃなくても良いんですよ。その人が壁にぶつかった時、どんなに情けなくても最後までやり通す人が…。でも、そうなると私の場合…該当するのは会長しかいないんですよね。うわぁ嫌な事に気付いちゃった」

「そこまで言う程か。露骨に嫌な態度されるとマジでへこむからやめてくれ」

 

 

 

 やはり自分は女子からしたら、駄目な男なのだろうか。まだ鷺宮の意見を訊いていないが正直な所、訊きたくないという気持ちが強かった。そんな折、生徒会の戸を開けてかぐやが姿を見せる。今一番会いたくない人の登場に白銀の心は不安で一杯だった。もし…かぐやに質問をして否定されたら…。確実に自分は立ち直る事など出来ないだろう。その前に此処を立ち去る方が先決。そう決断して立ち上がった瞬間。此処でも彼女が動きを見せた。

 

 

「あ、かぐやさ~ん。今丁度、面白い事をやってるんですよ。良かったらかぐやさんもやりませんか?」

「面白い事? 藤原さんが言うと些か不安なんですが。まあ良いでしょう。一体、何をしてるんですか?」

「はい。実は会長が自分の悪い所を言って欲しいそうで、今は合法的に悪い所をぶちまける会の途中なんです」

「…そんな会を開催した覚えはねえよ。それじゃ、俺がどMみたいに聞こえるだろうが」

 

 

 案の定、かぐやの不安は的中する。どこをどう捉えても藤原のやっている事は楽しいと思える筈もない。毎度、なにかと騒動を起こす藤原であるが、流石に今回はやりすぎだとかぐやはやんわりと注意を促した。無論、今までの騒動にはかぐやも関わっている事が多いのだが、当然その事は棚に上げている。無論、藤原も黙ってはいない。確かに言い過ぎた所もあったと自覚はしているが、何でも自分が原因にされては堪らない。そう弁明した後で、藤原はかぐやにも白銀の欠点を指摘する様に誘導する。

 

 

 

「そうですね。私は今のままで良いと思いますよ。確かに変わる事は大事なのかもしれませんが、そのままでいる事を望む人もいるでしょうからね」

「そうか。だが、今のままでは駄目だ。とはいえ、いきなり変えるのは難しいからな。自分のペースで変えていくとしよう」

 

 

 無理に変わらなくてもいい。その言葉は救いといえるかもしれない。だが、それでは意見を求めた意味がない。只、焦る事はやめよう。少なくともそれが分かっただけでも今日の行動は意義があるものだった。

 

 

 

「え~。かぐやさん…流石にそれは無いでしょう。自分だけいい子になるのは狡いですよ。てか、鷺宮さんに至っては何一つ言ってないじゃないですか。鷺宮さんも訊かれた訳ですし、しっかり答えるべきですよ」

 

 

 そして変わろうとする者が居る様に決して変わらない人もいる。場が纏りかけた時に水を差す藤原しかり、その場面を目撃して避難する石上しかり。生徒会はいつもと変わらぬ日常が過ぎていく。

 

 

 結局、人は自分の事を客観的に見る事は出来ない。だからこそ、人は周りの目や評価が気になるのかもしれない。そんな中、大事なのは自分がどうなりたいか。最後はそこに行きつくのである。喧騒に包まれる生徒会室を眺めながら鷺宮はそう確信する。

 

 

 

【本日の勝敗 鷺宮の勝利】

 

 

 

 

 生徒会の雑務には時折、力仕事も含まれている。そういった場合、普段は白銀や庶務の鷺宮が行っていたが、今は白銀が会合で不在の為に代行として石上がその役を任される事になった。

 

 

 

 

 その石上と一緒に備品を運んでいた鷺宮は後ろで息を切らす後輩に話しかけた。荷物自体は重くないが、備品室から生徒会室までそれなりの距離がある。慣れてないときつい仕事と分かっている鷺宮は、彼を心配していた。当の本人も限界だったらしく、鷺宮の提案を素直に受け入れた。情けないと思いながら、手にした備品の一部を鷺宮に手渡した。その直後、様子を見に来た藤原は先程のやり取りを一部始終、聞いていたのだろう。ニマニマと笑みを浮かべて石上を揶揄い始めた。

 

 

 

「男の癖にとか今時、時代錯誤な事を言わないで下さいよ。そういうの性差別って言うんすよ。大体、男が女にそう言えば非難する癖に女が男に言うの良いんですか? 男女平等を女の匙加減で図るのはどうかと思いますよ」

「…何もそこまで言ってませんよ。面倒臭い人ですね。だったら言い直します。石上くんは人間としてだらしないですね。もっと自己鍛錬と自己研鑽をして、人としての価値を上げたらどうでしょうか」

「藤原さん。流石に言い過ぎだよ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。反論する石上に藤原は鋭い言葉で言い返した。本来なら口喧嘩に負ける石上ではないが、人間の資質云々を挙げられたら分が悪く、何も言葉を返す事が出来ない。それに見兼ねた鷺宮が藤原の言動を諌めた。鷺宮も内心、藤原と同じ事を思っていたが黙っていた。尤もそんな遠慮をしないのが藤原という人間なのだろう。

 

 

 

 

 そして石上もやられっ放しで黙っている人間では無い。

 

 

 

「…そう言っても僕も”男”ですからね。筋力に関しては”女”の藤原先輩に負けませんよ」

 

 

 

 不意に放ったこの一言が今回の騒動の引き金となった。

 

 

 

「へぇ~。そーですかそーですか。ねえミコちゃん、ちょっと私と腕相撲しませんか?」

「え? い、いきなり何ですか? どうして腕相撲を?」

「いいからいいから。一回だけやりましょうよ」

 

 

 

 唐突に腕相撲対決を挑まれたミコは困惑しながらも、その挑戦を受ける事にした。腕相撲対決はミコの敗北で決着が付いた。そもそもミコ自身、やる気が無かったのでこの結果は当然かもしれない。だが、藤原はお構いなしといった様子で勝てたのは日々怠らない自己研鑽の賜物だと言い放った。あまつさえ、石上の非力さを引き合いに出して言う始末だから性質が悪いと言える。

 

 

 ドヤ顔で自慢する藤原に石上の我慢出来ない様で、挑発する藤原に自分は見た目ほど非力でない。それを腕相撲を通して証明すると啖呵を切った。その発言を待ってましたと藤原は意気揚々と生徒会腕相撲対決をすると宣言した。此処まで来ると最早、誰にも止められないだろう。とっとと済ませて終わらせてしまおうと鷺宮は諦めながら溜息を吐いた。

 

 

 

「腕相撲対決。全く、藤原はいつも面倒な事をするんだな」

「同感です。別に生徒会全体にせずとも、石上くんと藤原さんだけでやればいいのでは?」

 

 

 一応、成り行きを見守っていた白銀とかぐやが藤原を諌めに掛かる。心底面倒臭いという心境は二人の表情に現れていたが、即席の対決表で勝負は男女混合と知るや態度を裏返し、途端にやる気を見せた。

 

 

 

 

(二人のあの顔…大方、腕相撲を利用してイチャつくつもりだな。表を見れば、私と勝負するのはかぐやさんか。これに勝てば私が白銀くんと対決する訳ね。ふふん。この勝負、絶対に負けられないな)

 

 

 

 白銀とかぐやの思惑を悟り、鷺宮は些か苛立ちを覚えた。しかし、自分がかぐやに勝てば次に対決するのは白銀である。そこでは自然と手が握る事が出来るだろうと考えていた。だが、鷺宮は一つ失念していた。かぐやは文武両道の令嬢。当然、筋力でも並みの女子以上である事を。

 

 

 初戦は石上と藤原。最初から因縁の対決となり、勝負の結果は藤原の圧勝。これで石上が女子より非力だと証明されてしまい、悔しがる石上に藤原は容赦なく煽っていた。続いての対決は白銀と藤原。お互い、気合に満ちており互角の勝負を繰り広げていた。しかし、ふと違和感に気付いたかぐやが口を開いた。

 

 

「あら? 藤原さん。その握り方は反則ですよ」

「反則? まさか、何かやってたの?」

 

 

 

 かぐやの説明曰く、藤原は握る箇所を指先に寄せており、力が掛かりやすい風にしていた。不正が意図も容易く発覚し、藤原は腕の力を抜いて負けを認めた。その後、待ってましたと言わんばかりに石上は藤原を糾弾した事は言うまでもない。そして始まったかぐやと鷺宮の対決。負けられない女の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 純粋な力勝負ならば有利と踏んで、一気に勝負を決めようと試みる鷺宮だが恐ろしい事にかぐやの腕はぴくりとも動かない。まるで大きな岩の如く、かぐやの腕は机に鎮座している。鷺宮が歯を食い縛り、腕に渾身の力を籠めても結果は変わらず、かぐやは涼しい顔で鷺宮を一瞥した後、腕に力を籠めてとどめを刺しに来た。

 

 

 

(あっさり負けた。しかも完全に遊ばれてた。嘘でしょ!? あの細い腕でどうしてあんな力が出せるのよ。四宮家の人間って、見た目は人間でも実はアンドロイドに違いないわ。そうじゃないとおかしいよ。こんなのあり得ないって)

 

 

 

 負けたショックで支離滅裂な想像をする鷺宮を余所に白銀対かぐやの勝負が始まった。生徒会トップ同士の対決とあって、他の役員達も固唾を飲んで二人の戦いに注目していた。

 

 

 

 

「いざ尋常に始め!!」

 

 

 審判を務めるミコの合図で二人は腕に力を籠める。勝負はかぐやが優勢と思いきや、意外と白銀も粘って戦いは拮抗していた。だが、実際の所は二人揃って手を抜いていた。気迫溢れる様子と裏腹に二人は腕相撲を装って、手を握り合っているだけある。無論、この事に気付いているのは鷺宮一人だけであった。数ヶ月に及んでかぐやの手助けをしてきたからこそ、かぐやの表情で何を考えているのか。それを悟ってしまった。

 

 

 当然ながらこの展開に鷺宮の心中は穏やかでない。隠れてやる事もそうだが、面前で平然といちゃついているのだ。一向に着かない決着に痺れを切らして、鷺宮が介入しようとした時。かぐやは勢いよく白銀の腕を机に押し倒して勝負はかぐやの勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 茶番が終わったのは良いが…どうも腹の虫が収まらない。もやもやした感情の中、鷺宮はちょっとした仕返しを思い付いてそれを口にする。

 

 

「かぐやさん。腕力もピカイチなんだね。これはマッスルクイーンと呼ぶしかないわね」

「おお~ 良いですね。その称号、割とカッコいいですよ」

「ちょ、いくらなんでもそれは止めてください。何だか響きが嫌です」

「別に良いでは無いか。マッスルクイーン。そんな称号は中々得られないぞ。もっと誇らしくしたら良い」

 

 

 女子として不名誉な称号にかぐやは異議を唱えるが、そこに負けた白銀が会話に混ざってきた。言葉では勝者のかぐやを称えている様に見えるが、実際は負けた腹いせに因るものだった。そのやり取りを見ていた鷺宮はかぐやに同情の視線を送る。只でさえ、嫌な称号なのにそれを意中の人から言われたかぐやの心情は痛いほど理解が出来る。仮に自分がかぐやの立場なら脱兎の如く、この場から逃げ出している事だろう。

 

 

 

(あーあ。こうなると少し可哀想だね。あとであっちゃんと一緒に慰めに行こうかな。白銀くんの負けず嫌いもこういう時は本当に面倒臭いよ)

 

 

 萎れた花の様に落ち込むかぐやを見つめて、鷺宮は深い溜息を吐いた。

 

 

【本日の勝敗 かぐやの負け 試合に勝ったが好きな人(白銀)から筋肉女王と呼ばれた為】

 

 

 

「どれも凄いでしょ。どの品もきっと売れると思うよ」

「…だけど秀知院饅頭や煎餅って、文化祭の品というより観光地のお土産みたいですね」

「それは年配の来賓者向けの品なんだ。昨今、文化祭は若者のイメージがあるからね。それを払拭する為に用意したのよ。上手く捌けばOB会の懐も潤って一石二鳥だから」

「……成程。確かにこれなら年配の方達にも受けが良いでしょうね」

 

 

(普段は頼りない感じの人だけど、意外と考えているのね。まあ、自ら実行委員長に立候補した訳だし、当然の事なのだけど…。他には手拭いに湯呑とラインナップも豊富の様ね。造りや包装の質を見る限り、しっかりとした業者に委託しているのが一目で分かる。この分なら会長も許可を出せるでしょう。あら?これは…)

 

 

 

 

 

「そういえば、このアクセサリー。去年もありましたね。この手の品は売れるのですか?」

 

 

 

 かぐやが手にしたのはハート型のアクセサリー。一見して若者向けの品と分かるが正直な話、これが売れるとは思えなかった。一言に若者向けと言ってもその需要は時代の流行りに影響される。流行りの移り変わりが早い現代でこの手の品は見向きもされないだろう。もし売れ残れば赤字になるのは一目瞭然だ。そうなれば販売の許可を出した生徒会、敷いては白銀の評価にも関わってくる。赤字云々よりも白銀の経歴に傷が付くのは堪らない。かぐやはそれを懸念していた。

 

 

「大丈夫よ。絶対に売れるわ。寧ろこれが秀知院の目玉なの」

「かなり自信が在る様ですが、根拠はあるのですか? 文化祭が終わった後で売れ残りましたなんて、言い訳は聞きませんよ」

 

 

 

 自信あり気に話すつばめにかぐやは強気な言葉で揺さぶりをかける。大抵はこれで相手は怖気付き、此方の交渉が有利になるのだが…つばめは意に介した様子はなく、静かな口調で根拠とやらを語り始めた。

 

 

 それは昔に存在した奉心伝説の逸話が元であり、その内容は姫が病を患った際、姫に好意を抱く一人の青年が自らの心臓を薬にして欲しいと捧げて終わる。そんなありふれた昔話であった。話の内容は人を惹き付ける題材となっているが、絶対に売れるという根拠にしては理由が弱いとかぐやは突っ撥ねた。現実的な考えを持つかぐやにとって、昔に存在した逸話など意味が無い。やはりあとの事を考えるならば、アクセサリーの販売中止も視野に入れるべきだろう。そう判断してかぐやがその旨を伝えようとした時、つばさはある事を口にした。

 

 

 

 

「因みに奉心祭の期間中に好きな人へハートの贈り物を渡すと、その人から永遠の愛が得られると言われてるわ」

「永遠の愛ですか。それも作り話の類でしょう。そんな事で永遠の愛が手に入るなら苦労しませんよ」

「あ、信じてないね。実際、本当の事なんだよ。私の兄も告白された時にこれを貰ってね。つい先日にその人と結婚したんだ。しかも胸焼けする程、ラブラブな関係を築いているよ」

「ほ、本当なんですか? どうも信じられない話ですね」

「だったら、かぐやちゃんも試してみたらどうかな? ほら、このサンプルを一つあげるからさ」

「そうですか。まあ折角の好意ですし、頂いておきます」

 

 

 

 表向きは興味が無い素振りを見せていたが、実際はこういう逸話がかぐやは好きな方である。だからこそ、つばめから渡されたアクセサリーも断る事が出来なかった。

 

 

 

(…奉心伝説。このような伝承があるともっと早く知っていたら、利用していたのですけどね。生憎、文化祭は四日後。今から仕込みをするには時間が圧倒的に足りない。どう足掻いても会長からこれを贈らせるのは難しい。ならば私から渡す? いや、それだと私が告白する事になってしまう。けれど、璃奈さんだったら…きっと臆する事なく、会長に想いを伝えてこのハートを贈るのでしょうね。あの時、私に宣戦布告した様子だと間違いない。だとしたら私はどうする? このまま手を拱いているだけ? そんなの嫌よ。でも…どうしたらいいのか分からない)

 

 

 

 

 僅かでも勇気を出せば、今の状況を変える事は出来るだろう。だが…いざとなると臆病になって結局は何も出来ずにいた。そんな自分が惨めで悔しくて、堪らず泣きそうになった時、生徒会に姿を見せた白銀のおかげで堪える事が出来た。

 

 

 

「おう四宮。お前の方が先だったか。文実の会合はどうだった?」

「ええ。会合自体はつつがなく終わりました。販売する物品も特に問題はありませんでしたよ」

「そうか。そいつは何よりだ。あとはこの仕事を終わらせるだけだな」

「一体、この書類は何ですか?」

「これか? こいつは文化祭二日目の予定表だ。こっちで出来そうな仕事を文実から譲ってもらった」

「いくら何でも無理をし過ぎでは無いですか? 会長も疲れてる様子ですし、体を壊したら元も子もないですよ」

 

 

 

 白銀が持参した書類の束を見て、かぐやは心配そうに尋ねた。多忙を極める時期とはいえ、明らかに白銀の負担は大きすぎる。責任ある立場上、仕方ないのかもしれないが無理をして体調を崩さないか。かぐやはとても不安だった。

 

 

 

「確かに疲れはある。だけど、此処で俺が頑張れば…文実の皆も文化祭を回る余裕が出来るだろ? 皆の為に頑張っている者達が文化祭を楽しめないのはあんまりだからな。彼等も報われるべきだと思っている」

「…そうですね。しかし、それには会長も含まれているんですよ。私も協力しますから無理はしないで下さい」

「分かった。ならば四宮にも手を借りるとしよう。こっちの書類を頼めるか?」

「ええ。任せてください」

 

 

 

(そう。会長、私は貴方の優しさや言葉の数々に魅力を感じてきた。だからこそ、私は貴方との距離をもっと縮めたい。今より隣で貴方の魅力を強く感じたい。その為なら私は…)

 

 

 

 

 

 この日、かぐやは本当の意味で己の心に素直になった。恋愛は好きになった者の負け。かぐやにとって、好きという言葉を伝える事は相手に頭を垂れるに等しい行為だと思っていた。しかし、いざ素直な気持ちで己の心と向き合えば、そんな敗北など取るに足らない物だ。だがそんな歪なルールが存在するならば、この勝負にかぐやは既に勝利しているのだ。何故ならかぐやより先に相手を好きになったのは他ならぬ白銀本人なのだから…。

 

 

 

 初めて出会った少女に恋をした白銀御行。傍にいる内に白銀に惹かれた四宮かぐや。その二人の間で白銀に対する恋心を自覚した鷺宮璃奈。

 

 

 そうして始まった文化祭。その最中、三者三様の恋物語は大きく動き始める。

 

 

 

 

 

 

 




此処まで読んで頂きありがとうございます。


次回は文化祭での出来事を書く予定です。

それとこの作品はあと2,3話で完結させるつもりです。
三人の恋がどうなるのか。是非ともお楽しみに。


最後に一言。
この作品をお気に入り登録してくれる方や誤字報告してくれる方に大変感謝しています。いつもありがとうございます。

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