今回はかぐや様がある意味壊れる回です。
また少し長めとなっています。
それと新たに評価をして下さったカモメ99様、どうもありがとうございます!
「恋愛相談……ね。また柏木と何かあったのか?」
「はい。実は僕、重大な問題に直面しているんです。だから…会長の知恵を貸して下さい」
「いいだろう。乗りかかった船だ。最後まで面倒を見てやる」
生徒会室の前で白銀はある人物に声をかけられた。それは以前、白銀に恋愛相談を持ち掛けてきた翼である。彼は再び問題が起きたと白銀を頼ってきたのだ。本音を言えば、断りたい所であるが折角、訪ねて来た翼を追い返すのも寝覚めが悪い。結局、白銀は再び翼の恋愛相談に応じる事にした。
「こんにちは。会長、後ろの輩は誰なの?生徒会は部外者立ち入り禁止の筈よ」
「…部外者って、そう言ってやるな。彼は俺に相談したい事があるんだとさ。そうだ。鷺宮も協力してくれ。こういうのは人が多い方が解決策も浮かびやすいからな」
「嫌です。他を当たって下さい」
「即答!? そう言わずに手を貸してくれ」
「僕からもお願いします。鷺宮さんの知恵も貸してください」
会長の後ろにいた翼の姿を見るや、鷺宮は無表情で退室を促した。この学園において、翼は話したくない人物トップ3に入っている。以前に柏木の恋愛相談を受けて以降。何故か柏木にライバル視されており、翼と話す度に彼女から鋭い視線を向けられる事から鷺宮にとって、胃痛の原因となっていた。
「第一、何でいつも生徒会に頼るの?少しは自分で考えてみたらいいじゃない」
「そ、それは…僕も思ってはいます。でも、駄目なんです。夜遅くまで考えても答えが出なくって、悩んだ挙句、会長と鷺宮さんに頼るしか道は無いんです。無理を言ってるのは、理解してます。だけど、どうか僕に知恵を貸して下さい」
「彼もそう言ってる事だし、どうか力になってやってくれないか?俺からも頼むよ」
「……はあ。分かったわよ。私も相談に手を貸すわ」
翼の真剣な態度と白銀の説得に押し切られて、鷺宮も相談に応じる事にした。結局、強く頼まれると嫌とは言えない女子が鷺宮である。
「ありがとうございます」
「良かったな。それで相談とは、具体的に何が起きたんだ?」
「ええ。実はですね。僕、柏木さんと手が繋ぎたいんです。ほら、僕達は付き合って一ヶ月経つんですけど、未だに恋人らしい事が何一つ出来てなくて……。だから、柏木さんと手を繋ぐいい方法はありませんか?」
翼の話を聞いて、鷺宮は安請け合いした事を心の底から後悔した。正直、怒鳴って追い返したい衝動に駆られるも白銀の手前、理性を必死に働かせて堪えていた。もしこの場に鷺宮と親しい早坂がいたら、彼女は顔面蒼白になって、逃げだしていただろう。それ程の怒りを鷺宮は抱いていたのだ。
そんな鷺宮と裏腹に白銀は笑みを浮かべて対応する。彼はどんな相談が来るのかと不安を感じていたが、割と単純な内容に安堵していた。
「ははは。何だそんな事で悩んでいたのか。答えは簡単だ。クルーズを借りて夕日を眺めながら手を繋げばいい」
「く、クルーズですか?だけど、操船するのに免許が要りますよね?僕は免許なんて持ってないですよ。何より、クルーズを借りるお金自体ないです」
「白銀くん。それは映画の中の話でしょ。現実でこれを実行するのは無理があるよ」
白銀の提案に鷺宮と翼は苦言を呈した。確かにロマンティックな雰囲気であれば、手を繋ぐ事は意図も容易いだろう。しかし、それは現実的に見て学生の翼には不可能な事である。
「だったらいい方法があるぞ。それはバイトだ!!」
「バイト?それがいい方法なんですか?」
「ああ。俺は何も豪華客船を借りろと言ってる訳ではない。小さい船なら1~2万で借りられる。それに必要な小型船舶免許もサクっと取得できるぞ」
「え?白銀くん、船の免許持ってるの?というより、学生でも取得できるんだね。初めて知ったわよ」
「ああ。普通に取る事が出来るんだよ。期間も3日程度で済むし、費用は10万とかからん」
「10万って結構な大金じゃないですか。僕には工面出来ませんよ」
白銀の意外な一面に感心する鷺宮だが、翼は消極的だった。やはり費用が嵩む事が原因だろう。柏木と手を繋ぐ為とはいえ、大金を使うのは翼でなくとも躊躇してしまうのは当然である。それでも白銀は引く事になく、押しの一言を口にする。
「その心配は無用だ。俺と一緒にバイトしようぜ!!」
「白銀くん。少し落ち着いて。何だか暑苦しいわよ」
「労働はいいぞ。一所懸命、働いた後に飲む水道水はコーラくらい美味いからな」
「いや、そこは普通にコーラ買って飲みなよ。てか、話が脱線してるよ。恋愛相談はどうしたの?」
「あ、ああ。そうだったな」
「…会長が提示する方法も考慮してみます。バイト頑張らないと」
「え?これを考慮するの?君、地味にハードル上げてない?」
ボケを素で行う二人に鷺宮はツッコミを入れるが、彼らの暴走は留まる事は無かった。この展開に鷺宮は強いデジャヴを覚えて、些か疲れが混み上げてくるのを感じた
「でも、会長のシチュエーションを実行する手前。難しい難題が一つあるんです。僕、汗っかきで手汗が凄いんです。ベタベタになった手で柏木さんと手を繋ぐと嫌われそうで怖いんですよ」
「成程。つまり手掌多汗症という訳か」
「多分、そうだと思います」
「確か多汗症の手術は10万前後だと聞いた事がある。その為に必要なのは、やはりバイトだな!!」
「いやいや。何故そうなるのよ。全然関係が無いじゃない。それ以前に君は院長の孫でしょ?その人に頼めば、タダでなくとも安く処置してくれるでしょうよ」
「いえ、それは無理です。僕のお爺さんは厳格な人で、公私混同を一切許さない人ですから。僕もそこを尊敬してるんです」
「へーそう。まあ、それは良い事だと思うわ」
時折、話が脱線する白銀に度々ツッコミを入れながら鷺宮は話を進める。これ以上、この会話に付き合いたくない。その気持ちを隠す事は既に放棄した。どう繕っても面倒なのは事実で一刻も早く終わらせたいと強く思っていた。
「ところでお前がバイトするなら、俺が紹介してもいいぞ。丁度、俺が働いている所で募集をかけているからな」
「本当ですか!! 何もかも面倒を見てくれてありがとうございます」
「はははは。気にするな。それで教習所と船代と手術代で計20万か。時給1000円のバイトを5時間で5000円だから、大体40日働けば大丈夫だ」
「…いつ働くんですか?まさか夏休みって訳じゃないですよね?」
「勿論、夏休みだ。その時期は人手を多く必要とするし、採用されやすい。まあ、俺も同じ場所で働くから心配は無用だ。汗水流して働いた金で柏木と手を繋ぐんだ。きっと、良い思い出になるだろう」
「そ、そうですね。だけど、それだと夏休みの間は柏木さんに会えないですよ。一緒にいる時間が減ると思うんですけど鷺宮さんはどう思います?」
白銀の提案に翼は話が妙な方向に進んでいると不安を抱いた。確かに提示された事を達成するのにお金が必要なのは理解している。只、働く期間と日数が問題であった。白銀の言う通りに働く場合、翼は柏木と会う時間は減ってしまう。柏木と手を繋ぐにしては、代償がとても大きいのである。これでは流石に割に合わないと翼は思い、鷺宮に助けを求めた。
「いいえ。これは必要な事よ。貴方はバイトをするべきよ。そして柏木さんと手を繋ぐの」
「ええ!? 鷺宮さんまで会長と同じ意見なんですか?」
頼みの網があっさりと切られ、翼は狼狽する。最早、この場に援護してくれる者はおらず、半ば強制的に始まろうとしているバイト生活を想像して、彼は深く項垂れた。
しかし、散々ツッコミを入れていた鷺宮が突然白銀に賛成した理由。それはある策略を思い付いたからである。
(これは思わぬチャンスだわ。もし翼くんがバイトを始めて柏木さんと過ごす時間を減らす事が出来れば、二人は当然疎遠となる。そうなれば、自然と破局するのは間違いない。それで失恋した翼くんに眞妃さんを宛がえば、二人は付き合う事になるわよね。これを利用すれば私は眞妃さんに感謝されるし上手く行けば空気の無い場所に送られる心配もない。よし。決めたわ。私は何としても翼くんにバイトをさせてみせる)
無論、この策略には重大な穴がある。仮に鷺宮の思惑通りに事が進んだ場合、その過程の話が翼の口から柏木に伝わる事を鷺宮は失念していた。そうなったら、柏木は鷺宮が翼を奪おうとしていると思うだろう。結局の所、問題を回避しても新たな問題が生まれるだけでこの策略自体は無意味なのである。
だが、ある意味で暴走している鷺宮はそれに全く気付いていない。
「待って下さい!! この問題は私が解決します。そう。このラブ探偵チカと助手のかぐやさんでね」
「な、藤原さん!? それに四宮さんまで…。二人共、そんな格好してどうしたのよ?」
「う、見ないで下さい。これは藤原さんが無理矢理…。私はアホではありませんから」
「いや、同列感が半端ないわよ。して、改めて聞くわ。一体、何の用?」
突如、かぐやを伴って現れた藤原。再び探偵姿でおかしな事を宣う彼女に鷺宮は鋭い視線を向ける。以前も自分が立案した策を潰された。その事を思い出して、鷺宮は一抹の不安を感じていたのだ。
「そんなの決まってるじゃないですか。恋の悩みを解決するんです。実は話を外で聴きましたよ。前回だけにあらず、今回も鷺宮さんは妙な方向に話を進めていましたね」
「そんな事は無いわよ。私は白銀くんと相談に乗ってただけよ」
「そうですか?私、てっきり鷺宮さんは柏木さんから彼氏を奪おうとしてると思ってました」
「何?鷺宮はそんな事を考えていたのか?」
「まさか、鷺宮さんも僕の事を‥‥好きなんですか?」
「馬鹿な事を言わないでよ!! 貴方もふざけないで!! 私が他人の恋人を奪ってどうするのよ。そんな昼ドラみたいな事をする訳無いでしょうがぁぁぁぁぁっっ!!」
藤原の爆弾発言、それとおかしな事を言い出した翼に鷺宮は堪らず怒鳴り声を上げた。だが、鷺宮は別段怒りを覚えた訳でない。寧ろ、逆に感謝していたのだ。藤原の発言で自分の策に大きな落とし穴が存在する事を、此処に至って漸く気付いた為である。彼女の横槍が無ければ、どうなっていただろうか?間違いなく修羅場が起きて悲惨な結末になっていただろう。それを想像して鷺宮は胃の痛みを感じていた。
「ごめんなさい。幾ら鷺宮さんが肉食系女子でも、他人の彼氏を奪う真似はしないですよね。さて、気を取り直して聞きます。会長、彼は一体どの様な悩みを抱えているんですか?」
「それはな…」
藤原の問い掛けに白銀は事情を説明した。最初こそ、楽し気に聞いていた藤原だが詳細を知って、呆れた表情を浮かべる。
「え?悩みって、手を繋ぎたいという事ですか?そんなの普通に繋いだらいいじゃないですか」
「その過程が大変なんだよ。例えば手汗とかさ」
「はぁ。男子の悩みって随分と小さいんですね。少しがっかりしましたよ」
「つまり悩む必要は無いと言うのか?」
人を馬鹿にした藤原の態度に流石の白銀も苛立ちを覚えた。人の価値観は多種多様であるが、否定されると面白くないのも事実である。だが、それに対して藤原は正論をぶつける。
「勿論ですよ。確かに緊張して手汗を掻いてしまうのも分かります。それでも勇気を出して手を繋いでくれる。その事に女の子は一番グッと来るんですよ。第一、好きだから恋人になったんでしょう?だったら、今さら手汗くらいの欠点なんか気にしないと思いますよ」
「そうですね。藤原さんの言う事にも一理あります。此処は無駄な事を考えず、シンプルに考えるのが良いでしょう」
「じゃあ夏休みのバイトは?」
「全く必要ありません。はっきりと言います。会長の提案は逆に二人を引き裂く事になりますよ」
ぐうの音も出ない正論に白銀は口を閉ざした。指摘されて冷静に考えると、夏休みのバイトは二人の時間を奪う形になると白銀も己の過ちに気付く。やはり慣れない相談を受けたのが間違いだったと今更ながら後悔していた。
藤原の介入で翼の悩みは解決に至る。本来ならば大団円と終わるのだが、己の過ちを指摘された上に二度も妨害された鷺宮は複雑な気持ちであった。邪魔された事に怒りを感じる反面、最悪の未来から救ってくれた感謝もまた感じていたからだ。
どうやら鷺宮の苦難はまだ続きそうである。
【本日の勝敗 バイト仲間を確保に失敗した白銀と陰謀を阻止された挙句に救われた鷺宮の完敗】
昼休みの生徒会。この日、珍しく女子三人が集まって談笑を繰り広げていた。
「それですね。ペスったら、お父様の靴を咥えて逃げちゃったんですよ。あの時は面白かったですね」
「あははは。それは災難だね。まあ、私もコロンに大事な本にフンをされた事があったなぁ」
「ああ~。ペットあるある話ですねぇ。その後、どうなったんですか?」
「勿論、許したわよ。叱ろうと思ったけどさ。あのつぶらな瞳で見られたら許すしかないでしょ」
「分かりますね。ペスも悪さして叱った時、若干潤んだ目で見てくるんですよ。そうなると怒りも消えてしまいます」
「フフ。二人の話はとても面白いですね。いつも聞いていて楽しいですよ」
「…それは私もですよ。私、かぐやさんの笑う姿が大好きなんです」
「そうね。お淑やかに笑う仕草は私も好きだなぁ」
二人の会話にかぐやは微笑みを浮かべる。何気ない日常の時間をかぐやは何よりも気に入っていた。そんなかぐやを見て、藤原と鷺宮は素直な気持ちを言葉にした。
「急に何ですか?そんな事を言われると恥ずかしいですよ」
「だって昔のかぐやさん。全然笑う事が無かったじゃないですか~。中等部の時は”氷のかぐや姫”って呼ばれてましたし」
「…そうですね。昔の私は周りに関心を持ってなかったですからね」
「生徒会に入った頃もそうでしたよ。会長と仲が悪くて針のむしろでした」
「あーそんな時期もあったね。あの時はギスギスして空気悪かったわね」
「そ、それは忘れてください。今は違うのですから良いでしょう」
過去の事にかぐやは触れて欲しくなかった。当時の自分は確かに人らしさが欠けていたのは紛れもない事実である。しかし、それと同時に思ったのは鷺宮と藤原の存在。思えば、人から倦厭される自分の傍に残ってくれた藤原。そして嫌な部分を知りながら気にせず接してくれる鷺宮。この二人にかぐやは深い感謝の念を抱いている。恥ずかしさもあって、言葉に出来ないものの。もう少し二人と仲良くなりたいとかぐやも思っている。
「それに私、かぐやさんがゲラゲラ笑う所を見たいんですよ」
「それは私も興味あるなぁ。想像出来ないけど、見れるなら見てみたいよね」
「全く何を言ってるんですか。その様な慎みに欠ける事はしませんよ」
二人の願望をかぐやは否定した。自分がそんな風に笑う姿を想像できないし、何よりもするつもりもない。
「えー。そう言ってもかぐやさんだって、ペスの芸を見たら絶対笑いますよ」
「笑いません。犬の芸でゲラゲラ笑う要素が無いでしょう」
「いーえ。絶対笑います!! すっごいんですよ。ペスのちんちん」
「…ブフ――――。ゴホ、ゲホゲホ」
「だ、大丈夫?」
「いきなりどうしたんですか?かぐやさん」
藤原の発言にかぐやは突然、飲んでいた紅茶を拭き出して咽てしまう。この事に藤原と鷺宮も驚いていた。この時、かぐやは別の事を連想していた。それは下ネタの方のちんちんである。無論、普通に考えれば違う事は見当が付く。しかし、性に関する知識を蓄え始めたかぐやであるが未だ性の知識は小学生レベルに等しい。
「いえ、大丈夫ですよ。確か犬の芸ですよね。そう、鎮座を意味するちんちん。ええ分かっていますよ」
「‥‥そうですか。それでペスはおすわりやお手は上手なんですよ。でも、ちんちんだけは変なんです!! 若干、左に曲がっているんです」
「プッ、それは変わってるわね。地味に気になるわ」
「ブフーーーーー。も、もうこの話はやめにしませんか?」
「え?どうしてよ?四宮さん、今日は変だよ」
再び咽たかぐやに二人は動揺する。別段、おかしい事は言ってないのに妙な反応を示すかぐやに鷺宮は違和感を覚えた。これは藤原も同じで彼女は、それをはっきりさせるべくかぐやにカマをかける事にした。
「かぐやさん。もしかしてペスのちんちんが見たいんですか?」
「……。あーはっはっはっはっは!!! ひーひっひっひっひぃ!!」
「え?何?一体何が起きてるの!?」
藤原の発言に突如、狂った様に笑い出すかぐや。これに鷺宮は酷く混乱する。だが、かぐやと付き合いが長い藤原はかぐやに起きている事を把握した。そして…ニンマリと笑って喜びを露わにする。何せ、かぐやがゲラゲラ笑う姿をこうも早く拝めた事が何よりも嬉しかった。
「かぐやさん。ちーんちん♪」
「ブフ―ーーー。あーはははははははは。おっぶはははははははぁぁぁ。はぁははははは。…もうやめてよ。お願いだからぁ」
本来なら友達同士のやり取りと感じる場面であるが、下ネタを連呼する藤原とそれに反応して狂笑するかぐやの姿は異様な光景である。現状で何が起きているのかを理解した鷺宮は冷めた目で二人を見つめていた。
(何これ?ちんちんで爆笑する女子高生とか初めて見たわ。第一、ちんちんがそんなに面白いの?小学生じゃあるまいし、呆れて物も言えない。はぁ嫌だなぁ。石上くんじゃないけど、私も生徒会を辞めたくなったわ)
未だ騒ぐ二人を余所に鷺宮は頭を抱えて項垂れる。そんな時、白銀が生徒会に姿を見せた。此処でやっと藤原が大人しくなった。流石の藤原も異性の前で下ネタを口にするつもりはない。だが、容易く引き下がる程、彼女も甘くはない。自分で言えないのなら相手に言わせればいい。藤原は攻め手を変えて、かぐやを笑わせようと行動に出た。
「会長~。一つ聞きたいんですけど、路面電車で違う呼び方って何でしたっけ?」
「トラム!! 海外ではそう呼ばれていますよ。藤原さんもまた一つ賢くなりましたね」
この質問にかぐやは戦慄した。世の中には異なる呼び方をする物が多く存在する。藤原が尋ねた路面電車の別称は地方で『ちんちん電車』と呼ばれている。悪意の籠った内容に流石のかぐやも怒りを覚えて反撃に応じる事にした。
思わぬ攻勢に藤原も眉を寄せる。追い詰められたが故に冷静となったかぐやは強敵である。しかし、負けじと藤原も攻める手を止めない。
「じゃあ、出世魚の黒鯛が幼魚の時って何て言うんですか?」
「あー何だったかなぁ?確かち「ババタレ!! 関西ではその様に呼ばれています」四宮?どうしたんだいきなり」
答えようとすると、遮る様に言葉を発するかぐやに白銀は訳が分からず困惑する。水面下で繰り広げられる戦いを傍観していた鷺宮は白銀に同情していた。自身も事情を知っているが、それを白銀に伝える度胸は彼女も持ち合わせていない。故に鷺宮が取った手段は何も知らない振りをするという何とも姑息な方法であった。
「…えっとですね。イタリアで乾杯する際に使われる掛け声は何でしたっけ?」
「サルーテ!! 元来は健康という意味ですが、乾杯する時に使うみたいですね」
「なぁ。さっきから何なんだ?今日は二人共、少し変だぞ」
「ぐぬぬぬぬぅぅ!! 考えても何も浮んでこないぃぃ!! もうかぐやさんってば、邪魔しないでくださいよ。私、会長に”ちんちん”出して欲しいのに~。かぐやさんが邪魔するから、会長が”ちんちん”出さないじゃないですかぁ」
「ちょ、藤原さんストップ!! それは直球過ぎるわよ」
「な、何を言ってるんだお前達!? そんなもん此処で出す訳ないだろう。変態だぁ痴女が此処にいるうぅぅぅ」
遂に下ネタを口にする藤原を制止しようと鷺宮が動いた時には遅かった。当の白銀は完全に誤解してしまい、あろう事に部屋にいた鷺宮達を変態呼ばわりする始末。何気ない会話から始まったこの出来事は収拾が付かない事態に発展してしまった。
「会長~。私は違いますからねぇぇぇぇ!!」
「いや、それは私の台詞だよ。どうみても私が一番の被害者じゃないの」
弁明の言葉を叫ぶかぐやだが、その叫びは白銀に届かずかぐやはへたり込んでしまう。そんなかぐやに鷺宮は被害を受けたのは自分だとツッコむも彼女の言葉が虚しく響く。
「かぐやさん。ちんちん」
そんな状況にあっても懲りない藤原は、下ネタをかぐやの耳元で囁いた。此処に至っても反応してしまうかぐやは泣きながら笑っていた。その様に鷺宮は呆れて何も言う気になれず、静かに生徒会室を出て行った。その際、扉の陰で鼻血を出しながら聞き耳を立てる石上に気付いたが、当然ながら鷺宮はスルーした。最早、何も言いたくないし関わりたくもない。これが鷺宮の本音である。
妙に疲れる昼休みはこうして幕を閉じた。
【本日の勝敗 かぐやで思う存分楽しんだ藤原の完勝】
「そういえば、そろそろ期末テストですね。皆さん、勉学の方は大丈夫ですか?」
「も、勿論ですよ。抜かりはありません」
「いや、顔を背けて言っても説得力無いって」
秀知院では年に五回の定期テストがある。これは生徒達の学力を測る為でなく、授業で学んだ事を覚えているかを見る為でもある。また期末テストの成績結果は掲示板で全生徒に公表される事もあり、上位を目指す生徒達は挙って力を入れている。
その中の一人が白銀であった。彼は三回連続で一位を獲得し、学年首位の座を守っている。この成績は白銀にとって最大の生命線なのである。その為、最近はバイトも休み、既に数日に及ぶ徹夜で勉学に励んでいた。
「試験勉強なんて必要ないぞ。普段から真面目にやっていれば問題は無いからな。試験前にやるのは無駄な事だ。無理をして体調を崩したら本末転倒だぞ。君達もくれぐれも気を付けろよ」
嘘である。この男、己の学年首位の座を守るべく他者を蹴落とす事を選んだ。普段であれば、絶対にしない事だが、勉学となれば話は別である。それ故に嘘を吐く事に一切の躊躇いも無い。
「会長の言う通りですね。テストは本来の自分が持つ学力を見る為です。無理をしても意味がありませんから」
嘘である。この女、珍しく本気で期末テストに臨んでいた。かぐやにとって、敗北は屈辱ではない。全力でやり過ぎると周囲は自分を妬み、日常生活に支障を齎す事は中学の時に嫌と言うほど味わっていた。だから普段は半分程度の力しか出さず、敗北も己の処世術としてかぐやは昇華している。しかし、勉学となれば話は変わる。天才と謳われるかぐやが本気で挑んでも敵わない唯一の相手が白銀だった。
この事実はかぐやにとって、真の敗北を意味しており、プライドの高い彼女には容認出来る事ではなかった。
「石上くん。貴方はもう少し頑張りなさい。次も赤点を取ったら進級に響きますよ」
「いえ。僕は大丈夫ですよ。家でしっかりと勉強してますからね。今日も勉強するので帰ります」
そう言って生徒会室をあとにする石上の言葉は全て嘘である。この男、つい最近買ったゲームに時間を費やしており、勉強など一切やっていない。試験前でありながらゲームで遊んで赤点を取る。これが石上優の生き様である。
「私はいつも通りにやるよ。テストに全力出すのも面倒だからね」
これも嘘である。この女もかぐや同様に本気で臨んでいた。無論、目的は成績の向上という殊勝な考えではなく、学年2位のかぐやを蹴落として憂さ晴らしをする為である。普段から胃痛の原因となっているかぐやに仕返しする機会は期末テスト以外、存在しない。運動でも勝てず、家柄でも勝てない。その自分が微かに勝てる手段が勉学であった。本来は半分の力で挑みながらも彼女は学年順位で十位圏内に入る秀才なのである。故に本気を出せば、かぐやにも勝てる見込みがあると踏んだのだ。
「ふわぁ~。皆さん凄いですね。私は国語が苦手なんですよ。英語も時折、躓いてしまうからテストが嫌なんですよね」
「藤原書記の語学習得は特殊だからな。従来の勉強法では効率が悪いのだろう」
「そうですね。敢えて勉強をしない選択肢もありますよ」
「一理あるわね。身心ともに万全の状態で挑むのが一番よね」
「ああ。分かるよ。俺も試験の三日前から座禅して精神統一するからな」
三人はそれぞれの考えを口にするが、これも全て嘘である。白銀とかぐやは藤原の成績を落とす事が目的である。成績自体は平均だが、真面目で学習意欲もある藤原が試験勉強に取り組めば上位に上がってくる可能性が高い。易々と負けるつもりはないが、普段の行動から彼女がダークホースとなる恐れもあると予想して白銀とかぐやは罠を仕掛けた。素直かつ単純な性格に付け入り、一切の勉強をさせないという最低な行為である。また鷺宮の目的は別である。何かと自分の邪魔をする藤原の逆恨みからの発言だった。
「成程。そういう事なら私は勉強を一切やりません」
この女、白銀達の言葉を信じて疑っていなかった。その結果、藤原の順位は思惑通りに下がる一方であった。試験はペンを持つ前から始まっている。己の順位を上げるべく、学園では様々な手段を取る者達で溢れていた。出題される問題の嘘を吐いたり、周囲に勉強してると悟らせずに油断させる心理戦。あらゆる手を尽くすのが秀知院学園では当然の事となっている。
一週間後、期末テストの結果が発表された。掲示板の前では己の順位を知って、歓喜する者や落胆する者に別れていた。その中で大勢の生徒を凌ぎ、見事に一位の座を手にしたのは白銀御行である。あとに続いて二位のかぐや。三位は眞妃と鷺宮の名が並んでいた。
「はわぁ~。鷺宮さん三位なんて凄いですね。かぐやさんと1点差じゃないですか!!」
「うん。惜しいよね。あと少しで四宮さんに負けたけど、私は満足してるよ」
嘘である。この女、悔しさの余り、大声で叫びたい衝動に駆られていた。此処が公の場である為、バレない様に掌に爪を立てて必死に堪えていたのである。藤原が言った様にかぐやとは1点差で敗北していた。しかし、同時に天才の四宮に勝てる可能性がある。それを見出したからこそ、悔しい気持ちを抑える事が出来たのかもしれない。
次こそはかぐやに勝って憂さ晴らしをしてやる。不純ながら強い決意を抱いて鷺宮はこの場をあとにした。
嘘と欺瞞に満ちた期末試験は幕を閉じる。
【本日の勝敗 順位で負けたけど、かぐやに勝てる可能性を見出した鷺宮の勝利】
今回のお話、いかがだったでしょうか?
自分が下ネタ全開の話をアニメで見ました。
当然ながら漫画と違って声がある分、終始笑いっぱなしで大変でした(笑)
来月には2期も始まるので自分も楽しみだし、原作でも面白い展開になっているのでこちらも気になっています。
最後に宜しければ、感想と評価をお願いします。
それでは次回もお楽しみに