生徒会庶務は平穏に過ごしたい   作:アリアンキング

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 最新話、お待たせしました。
 今回は番外編で後日談やIFの話を三つ書きました。


 今回も長めです。読者様のペースで目を休めながら楽しんでください。
 


第9話 番外編 かぐや様は魅力が欲しい/鷺宮は言い返したい/鷺宮は仲良くしたい

 ある日、かぐやは中庭で一人考え事をしていた。

 過去、白銀から告白させようと幾度も策を練ってきたが、何れも失敗に終わっている。偏にそう思うのは単純な話。自分に魅力が足りないからと思っている。

 

 

(以前、私がネイルをした時。気付いてはくれたけど、褒めてはくれなかった。あの時、早坂と鷺宮さんは会長が褒めないのは照れているだけ。そう言っていたけど、本当はどうなんでしょう?)

 

 

 周囲の人はかぐやを魅力的と認めている。しかしながら、人の魅力というのは自身で測る事は難しい。故に他者の言葉をかぐやは素直に受け入れられないでいた。いっその事、自分から想いを打ち明けるべきだろうか?今まで小細工をしてきたが、白銀とかぐやの関係に変化は無い。勝ち負けに拘って終わってしまったら、それこそ敗北といっても過言ではない。

 

 

 しかし、そんな時に天はかぐやに味方した。それは何気なく聞こえてきた女子生徒の噂話である。

 

「ねえねえ。『天使のブラ』って知ってる?」

「知ってるよ。今流行りのブラジャーだよね。でも、それがどうかしたの?」

「実はね。最近、友達に聞いたんだけど、それを着けて気になる男子に告白すると成功するんだってさ」

「え~。何か胡散臭いなぁ」

「そう思うでしょ?だけどね。それを着けて告白したら、彼氏が出来たという話を従妹が電話で教えてくれたのよ」

 

 

 女子生徒の話は一見すれば、よくあるジンクスであって信憑性はない。それでもかぐやの興味を惹くには十分な効力をもっていた。そうと決まれば即行動。かぐやは件の下着を手に入れる決意を固める。

 

 

 休日。

 大勢の人で賑わう都心にかぐやは訪れていた。その傍らには近待の早坂と鷺宮の姿もあった。

 

「さあ、今日は噂の天使のブラ。これを手に入れるわよ」

「…その前に一つ聞かせて。何で私が呼ばれたの?買い物の付き添いならあっちゃんだけで十分だよね?」

「それは私の要望ですよ。かぐや様のお洒落について。以前にもりっちゃんの協力してもらった事があったでしょう。だから、今回も協力をお願いしたいんです。目的は下着ですが、折角の機会なのでかぐや様の衣服を選んで貰おうと思いまして」

「私も早坂だけで良いと言ったのですが、どうしても言うので今日は来てもらったんです。まあ…私も鷺宮さんと買い物をしたいと常々思っていましたから」

 

 

 

 当然の如く、呼び出された鷺宮が事情を尋ねると早坂は丁寧に説明をした。続いてかぐやも胸の内を面と向かって鷺宮に伝えた。思えば、自分は藤原以外の女子と出かけた事はない。そんな理由もあって、実を言うとかぐやは今日の日を誰よりも楽しみにしていた。

 

 

「そっか。そういう事なら協力するよ」

「ありがとうございます。それでは売り切れる前に行きましょう。何せ、件のブラは大人気らしいですからね」

 

 

 かぐやの気持ちを知って、鷺宮は首を縦に振った。当初は不安を感じていたが、目的が只の買い物であれば断る理由もない。日頃、怖いと思っていたかぐやの可愛い一面。これを見たら、誰も断る人はいないだろう。そして三人は意気揚々とデパートの中へ入っていく。

 

 

「それで早坂。天使のブラだけど、本当に此処で売っているのよね?」

「ええ。本日、入荷したと情報を得ています。本来は限定20枚ですが、このデパートは四宮の系列店なので倍の40枚仕入れています。なので即完売の心配は無いですよ」

「へー。この店も四宮さんの物なんだ。その話を聞いて、四宮さんが大財閥だと実感するわね」

 

 

 何気なく言っているが、かぐやと早坂の話は壮大な内容である。人気商品となれば、何処の店でも仕入れようとするだろう。しかし、生産の都合や店の影響力で数や卸す優先順位は変わってくる。それを意図も容易く、しかも倍の数を仕入れる事が出来るのは単純な話。それだけ四宮家の力が凄いという事である。そんな大財閥の令嬢と肩を並べて買い物をしているのだから、世間は不思議だと鷺宮は感じていた。

 

 

 

「うわぁ。大きい店だから分かっていたけど、凄い品揃えね。下着だけで数十種類もあるんだ」

「ええ。国内外問わず、この店は様々な下着メーカーと契約しています。だから大勢の客のニーズに合わせて商品の提供が可能としています」

「そうなんだ。確かに自分が欲しい物を扱っている店があるのは助かるわね」

 

 

 フロア一面に陳列された多岐に渡る下着。この光景に鷺宮は驚きを隠せないでいた。そんな鷺宮に早坂は店のモットーを丁寧に説明した。本来であれば、説明するのは主であるかぐやの役目。だが、当の本人は初めて玩具を見た子供の様にはしゃいでいた。キョロキョロと辺りを見回す姿は微笑ましくもあるが、見方を変えれば田舎から上京したおのぼりさんにも見える。他の客もいる為、一先ずは落ち着かせようと早坂が声を掛けた。

 

 

「かぐや様。気持ちは分かりますが、騒ぐのは止めて下さい」

「ご、ごめんなさい。四宮の系列店とはいえ。私はこういう店に来るの初めてだから。早坂と鷺宮さんは来た事はあるんですか?」

「はい。私はつい先日にママと来ましたよ。只、ママと行くといつも子供っぽい下着や服を薦めてくるんですよ。それでいつもケンカしてますね。楽しいから別に良いけど…」

「そう。貴女は変わらずマザコンを拗らせているのね。それで鷺宮さんは来た時はどんな買い物をしてるんですか?」

 

 

 早坂は口で文句を言っているが、浮かべる表情は満更でもなさそうであった。これに関しては平常運転なのでかぐやはスルーし、今度は鷺宮に尋ねた。

 

 

「私はコロンの玩具や歴史の本とかだよ。普段は最寄りの店で買うんだけど、無い時は大きい店で買うくらいかな」

「成程。では、鷺宮さんも余り来る機会は無いんですね」

「うん。と言っても殆どの人がそうじゃない?品揃えが良い店は当然、値も張るから気軽に買えないもの」

 

 

 鷺宮の話をかぐやはしかと脳裏に刻んでいた。思えば、かぐやは欲しい物があれば何でも手に入れる事が出来る。それ故、一般の懐事情は把握していなかった。いずれ四宮家を背負う立場になった時、同じ立場の人だけでなく、下の立場の人も気に掛けるべきだ。この時、かぐやの信念に新たな言葉が加えられた。

 

 

「かぐや様、かぐや様。これを見て下さい。書記ちゃんクラスのブラがありましたよ」

「…それを私に見せて何の意味があるんですか?もしかして、貴女は喧嘩を売っているの?」

「違いますよ。普段は何気なく、見てますけど…あの胸を支えているのがこれだと思うと凄いと感じませんか?だって、まるで西瓜のネットと同じですよ」

「因みにこれがりっちゃんと同じサイズです。書記ちゃんに劣るけど、りっちゃんも胸が大きい方ですね」

 

 

 

 

 そう言って、二つのブラを掲げる早坂。言われてみると、確かに鷺宮と藤原の胸は大きいと分かる。それに比べて、かぐやの胸は二人には到底及ばない。別段、かぐやの胸が小さいという訳でない。大きさは平均的なのだが、普段から胸の大きい人と接している事もあり、己の胸が小さいのだと思い込んでいた。

 

 

「因みにかぐや様のサイズは…」

「黙って。言わなくても分かってます。というより、貴女も知ってるわよね?やっぱり喧嘩売ってるの?」

「いいえ。怒りましたか?」

「怒ってないわ。いいから目的のブラを買って帰りましょう」

 

 

 本音は怒鳴りたいかぐやだが、公衆の面前という事もあってかぐやは怒りを堪えた。そんな二人を鷺宮は笑みを浮かべて見ていた。そして三人は目的の物。天使のブラが陳列する場所にやってきた。棚に飾られているブラを手にしてかぐやは、目を輝かせる。

 

 

「見て下さい。これが天使のブラですよ!!」

「テンション高いですね。早速、試着してみてはどうですか?」

「そうね。着け心地を確かめるといいよ」

「…分かりました。ちょっと試着してきます」

 

 

 二人に促されてかぐやは試着室へ向かう。その足取りは軽く、またかぐやの表情からこの時を相当楽しみにしていた事が見て取れた。主人の喜ぶ姿は早坂としても嬉しいと思う。お洒落に無頓着だったかぐやが自ら下着を買いたい。そう言われた時は驚いたと同時に彼女の人としての成長に感激もした。家の都合上、殆どの事に無頓着な人形のかぐやはもういない。これを成したのが仕える自分でないのが悔しいと思っている。そんな些細な嫉妬心から、少しばかり揶揄ってやろうと早坂は口を開いた。

 

 

「かぐや様。やはり…会長が大好きなんですね。だから、今日はブラを買いに来たんでしょう?」

「へぇ。そういう事だったんだ。四宮さんも可愛い所あるわねぇ」

「と、突然何を言い出すのよ!? そ、そそそんな訳ないじゃないの」

「いや凄い動揺してるじゃない。別に隠さなくてもいいのに」

「そうですよ。かぐや様はそのブラで会長を悩殺したいんですよね」

「何でそうなるの!? 私が痴女みたいな言い方しないでよ。そう易々、異性に下着を見せる人なんていないでしょうに」

 

 

 親友同士だからだろう。早坂の意図を悟って、鷺宮もかぐやを揶揄い始める。二人の息のあった言葉に反論するも、確信を突いているだけにかぐやも動揺は隠せない。確かに二人はかぐやの気持ちを知っている故、今更否定する事もないのだが、やはり恥ずかしい物は恥ずかしい。だが、此処で引き下がる二人ではない。今度は攻め手を変えて言葉の追撃をする。

 

 

 

「それでは今回の買い物に会長は関係無いんですね?」

「当たり前でしょう。以前、貴女達にお洒落に感心を持てと言われたから来たのよ。下着もお洒落の一つと本で知りましたからね」

 

 

 苦しい言い訳だ。早坂と鷺宮はそう思った。無論、言った本人もそれは感じているだろう。これ以上、揶揄うと本当に怒らせてしまう。折角の楽しい気分を壊す程、二人も愚かではない。かぐやが着替える間、店内を見て回ると告げてから早坂は鷺宮を連れてその場を離れた。

 

 

 

「相変わらず、素直じゃないね。白銀くんを意識してるのはモロバレなのに」

「そうですね。だけど、以前に比べて変わりましたよ。昔のかぐや様だったら、自ら下着を買いにくるなんてありえない事でしたから」

「昔ねぇ。人は変わるものよ。そうだ。この機会だし、私達も買ってみる?天使のブラをさ」

 

 

 しんみりした空気を変えるべく、鷺宮は自分達もブラを買う事を提案した。かぐやの背中を押した程の下着だ。もしかしたら、自分達も変わる事が出来るかもしれない。下着で人が変わるなんてオカルトを信じてはいない。だが、変わるきっかけになると早坂は件のブラに手を伸ばした時、早坂の携帯が音を立てた。突然の事に吃驚したが、すぐに落ち着いて画面を見るとかぐやからのSOSが表示されていた。

 

 

 

「かぐや様、どうしました?何かありましたか?」

「とりあえず、入るよ」

 

 

 試着室にいるかぐやへ声を掛けるが、返事はない。もしや本当に緊急事態が起きたのだろうか?些か不安を感じて鷺宮達は中に入ると、何やら落ち込んだ様子でかぐやは佇んでいた。

 

 

「一体、何をしてるんですか?」

「何処か具合でも悪いの?」

「いえ。体調は大丈夫です。只…」

「「只?」」

「このブラ。ブカブカで着けられないのよ。二人共、どうしたらいいのかしら」

「「......ブフッ」」

「今笑った?ねえ笑ったわよね?」

「いいえ。気の所為ですよ」

「そうだよ。ところでこのブラ、サイズは合ってる?」

 

 

 話を聞くと、ブラが上手く着けられないとの事だった。その事実に思わず笑う二人をかぐやは威圧しながら詰め寄るも、今は二人の協力が必要不可欠である。その為、怒りを感じながらも引き下がった。

 

 

「このブラ。形状からして寄せて上げるタイプですね。りっちゃん。私は後ろのホックを止めますので、りっちゃんは前に回ってかぐや様の胸を寄せてください」

「はいよ。四宮さん、少し擽ったいけど我慢してね」

「は、はい」

 

 

 鷺宮はかぐやの胸を持ち上げて位置を矯正した後、早坂がホックを止める。するとブラは胸にフィットする事はなく、あろう事かするりと抜け落ちて、足元に落ちるという結末を迎えた。これに唖然とする二人に向かって、自棄になったかぐやは笑えと迫るが笑う事は出来なかった。

 

 

 その後、天使のブラを断念した事で機嫌を損ねたかぐやを宥める為、二人はカラオケに誘い存分に歌って休日を満喫した。

 

 

【本日の勝敗 サイズが合うブラが見つからず、目的を断念したかぐやの負け】

 

 

 週明けの月曜日。生徒会は突然、開催が決まった姉妹校の歓迎パーティ。その準備が終わったのはつい数時間前の事。会場から響いてくる来賓達の楽し気な声を聴きながら、白銀は協力してくれた役員達に礼を述べた。

 

 

「何とか間に合ったな。皆の尽力に感謝するぞ」

「かなりギリギリだったけどね。休日返上での準備は大変だったわね」

「寧ろ、大変なのはこれからですよ。私達は主催として交流会に参加するのですからね」

「はう~。そうなんですよねぇ。楽しいパーティにしないと折角の苦労も水の泡です」

 

 

 準備で疲れている一同だが、本番はこれから。招いた来賓を一層もてなすべく、白銀達は会場に足を踏み入れた。

 

 

「所で会長は仏語を話せますか?」

「ああ。勿論だ。コマンタレブー(ご機嫌よう)ジュマベル(私は)ミユキシロガネ(白銀御行)。付け焼刃であるが、簡単な挨拶くらいは覚えてきた」

「流石ですね。これなら通訳の必要はなさそうです」

「いいや。あくまで挨拶程度だぞ。実践の会話となると話は別だ」

「またまた御謙遜を」

 

 

 会話の途中、来賓の一人が流暢な仏語で話しかけてきた。突然の事で白銀は驚き返事を返そうとするも、声が出て来なかった。そんな白銀を余所にかぐやも流暢な仏語で対応する。話している内容は当然ながら理解は出来ない。此処にいれば、話を振られる可能性が高い。そうなれば、付け焼刃の仏語しか知らない自分は恥を掻くのは火を見るよりも明らかである。ならば、取る手段は一つ。人知れず退散しよう。そっと白銀はかぐやの傍を離れた。

 

 

 隅に移動して辺りを見渡すと、かぐや同様に来賓と会話する鷺宮と藤原の姿が目に入った。どうやら彼女達も仏語を話せる様だ。この事実に白銀は些か落胆する。役員達は仏語に精通しているのに会長の自分だけが話せない。この事で来賓達の秀知院に対する評価が落ちるのでは?と強い不安を抱いていた。

 

 

 

 しかし厄介な事はこういう時に訪れる。いつの間に隣に来ていた一人の女性が白銀に話しかけてきた。彼女の名はベルトワーズ・ベツィ。フランス校の副生徒会長を務める優等生である。そんな彼女にはもう一つの顔があった。

 

 

『ねえ、そこの根暗男。隅っこで何をしてるのかしら?まるでお預けを食らった猿みたいね』

『へい。こんにちは』

『あら。喋る猿とは珍しいわね。その芸は誰に仕込まれたの?』

 

 

 ベツィの口から飛び出る皮肉の数々。これこそが彼女の真骨頂である。過去に行われたディベート大会で二度の優勝を収め、相手の人格すら否定する言葉を使い、論戦において数多の対戦相手を打ち負かしてきた。中には自信を粉々に砕かれて引き籠る者すら出る始末。それ故、彼女は「傷舐め剃刀」の異名で恐れられていた。

 

 

『品の無い顔でボケっとしてないで、他に何か喋ってみなさいよ。ほらほら、早く早く。は?もしかして貴方。他の言葉を知らないの?全く、育ちが知れるわね。大方、貴方の家族や恋人も挙って間抜け面した猿なんでしょう?その光景を思い浮かべると笑えてくるわ。好物の餌をぶら下げたら、一斉にキーキー鳴くんでしょうね。フフフ、気持ち悪い』

 

 

 流れる様に侮辱の言葉をぶつけるが、ベツィは少し焦りを覚えた。聞けば、怒るなり泣くなりの反応を見せるのが普通なのだが、当の白銀は平然としていた。単にやせ我慢をしているだけか?それも考えたがどう見てもそんな風には見えない。自分の言葉が通用しない事はベツィも初めての体験であり、困惑の色を隠せない。

 

 

 

 それもその筈。ベツィの言葉は白銀に何一つ伝わっていないのだ。だからこそ、何の反応も示さない。だが。言葉を理解出来る者はベツィの行動は見過ごせない。偶然、このやり取りを聞いていたかぐやは怒りで目の前が赤く染まるのを感じていた。

 

(アイツ…今、何と言ったの?会長に向かって猿ですって?これは許せませんね。言葉の使い方を知らない愚か者。良いでしょう。それなら私がきっちりと言葉の使い方を教えてあげます。そして貴女の心に二度と忘れない様に刻み込んであげなくては)

 

 

 完全に怒りに支配されたかぐやは、白銀を罵倒するベツィに向かって歩き出した時。かぐやよりも早く行動を起こした者がいた。その人物は鷺宮であった。顔に笑みを浮かべて、鷺宮はベツィの肩に手を乗せる。何気ない仕草だが、彼女も怒りに染まっている事を悟ったかぐやは自分の出番は無いと、成り行きを傍観する事にした。

 

 

『こんにちは。何やら面白い話をなさってますね。喋る猿がどうとか…。良ければ私も混ぜて下さい』

『何?貴女。軽々しく人の肩に手を載せるな。このブスが!!』

『黙れよ。下手に出てれば良い気になりやがって。第一、アンタが他人の事を言えた義理か?ダサい髪型に趣味の悪い口紅。一体、何処の魔女だよ。おまけに目つきも悪いし、顔はのっぺらして靴の下敷きみたいね。そうだ。今日から貴女の事を汚れた靴と呼ぶわね。ほら、貴女は靴なんだからとっとと寝そべって私の足に敷かれなさいよ』

『ぐっ、覚えてろ』

 

 

 鷺宮の怒涛の口撃にベツィは逃げる様に立ち去った。反論しようにも鷺宮のゴミを見るような目。これにベツィは初めて恐怖と詰られる痛みを思い知った。あの場に残っていたら、間違いなく鷺宮は自分を引き倒して容赦なく踏み躙った事だろう。逃げた先でベツィは過去の自分を振り返る。今まで自分が追い詰めた人達はこんな気持ちを抱いていたのか。

 

 

『今後は言葉を選んで話そう。こんな気持ちはもう味わいたくない』

 

 

 これ以降、ベツィが他人を傷付ける言葉を使う事は無くなったという。

 

 

「鷺宮。今のは何と言っていたんだ?何やら揉めていた様だが…」

「別に何でもないよ。それよりも交流会なんだから、他の人達と話した方が良いよ。通訳なら私と四宮さんでするからさ」

「ああ。そうだな」

 

 

 会話の内容が気になり尋ねる白銀に鷺宮はのらりと誤魔化した。暗に触れるなと遠回しな警告に白銀は素直に従う。口は災いの元。この言葉が何度も白銀の脳裏で繰り返されていた。

 

 

 多少、一波乱があったものの。交流会は無事に終了した。

 

 

【本日の勝敗 ベツィを言い負かし、密かに改心させた鷺宮の勝利】

 

 

 

 休み時間。授業が終了した後、数分間の休息が生徒達に与えられる。この時間を利用して次の授業に備える生徒、仲の良い友達と会話を楽しむ生徒等。彼らが取る行動は様々である。また鷺宮はどちらかというと、前者に含まれていた。彼女は次の授業に向けて、教材の準備と授業で触れる部分の確認をしていた。

 

 

「あ、璃奈。丁度良い所に。一緒に来て頂戴」

「うん?別にいいけど、眞妃さんが誘うのは久しぶりだね」

「まあね。只、一人だと辛いからさ」

 

 

 授業の準備が終わるタイミングで眞妃に声を掛けられる。いつもはふらりと何処かへ消える眞妃だったが、今日は珍しく教室に残っていた。何の用事だと思って付いていくとその先にいたのは、尤も関わりたくない人の一人。柏木渚の姿が目に映る。

 

 

(私に用事があるのって、まさか柏木さん!? うう~嫌だなぁ。あの人、事ある毎に私を威圧するんだもの。私が何度、翼くんを意識してないと言ってるのに信じてくれないから面倒なのよね。授業の前に気疲れするのは憂鬱ね)

 

 

 内心、今すぐ断りたいと思う鷺宮。だが、そうすれば今度は誘ってくれた眞妃に失礼である。一旦、誘いを受けた以上は最後まで付き合うのが礼儀だ。それに柏木の話が彼氏に関する警告と決まった訳でない。いつの間にか、柏木が嫌な人と思う自分に対して些か嫌悪感を抱いた。

 

 

 生徒会に属する自分がこうではいけないと分かっていても、悪い考えは尽きないものだ。傍にはいつぞや、会話を交わした紀かれんと巨瀬エリカの二人もいる。他の友人達がいる手前、柏木も威圧する事はないだろうと鷺宮も安心していた。

 

 

「こんにちは鷺宮さん。遠慮しないで此処に座って」

「ありがとう。巨瀬さんと紀さんだよね?二人は柏木さんや眞妃さんと仲がいいの?」

 

 

 席を勧めてくれた二人に礼を言った後、鷺宮は二人に尋ねた。記憶違いでなければ、確かこの二人は違うクラスだった筈。それなのに態々、此方に足を運ぶという事は柏木達と何らかの交流があるのだろう。

 

 

「ええ。一年の時、渚さん達と一緒にクラスになった時に親交を深めたのですわ。残念ながら二年では別のクラスになってしまったけれど、こうしてクラスにお邪魔してますの」

「そうそう。クラスが変わっても私達の友情は変わらないからね」

「そうなんだ。何か良いわね。そういう関係って、少し羨ましいかも」

 

 

 二人の言葉に鷺宮は素直な気持ちを口にする。自分もクラスメイトと話す事はあるが、それは生徒会の役員、あるいはクラスメイトとしての事だ。無論、自身から踏み込まないのも要因の一つと理解はしている。

 

 

「何言ってるの?鷺宮さんも私達の友達だよ。そりゃ、話をするのは今回で二回目だけどさ。そんな回数とか関係無いでしょ?」

「そうですわね。人の関わりは回数や時間で推し測る事は出来ませんもの。エリカの言う通り、私にとっても鷺宮さんは大事な友達ですわ」

「…はあ。璃奈はもう少し人と付き合った方がいいわね。ま、湿っぽい空気はこれ以上やめにしましょう。そうそう。渚は最近、部活を立ち上げたそうだけど順調なの?」

 

 

 エリカとかれんの言葉が深く鷺宮の心を揺り動かした。些かしんみりした空気が漂い、それを払拭する為か。眞妃は何気ない話題を切り出した。それは鷺宮も知っている柏木の部活についての事。

 

 

「うん。それなら順調にやってるよ。この間も街中での活動も上手くいったからね」

「確かボランティア部でしたわね。内容だけに大変でしょう?もし部員を募るならマスメディア部を頼ってくださいな。私達で宣伝して協力いたしますわ」

「もうかれんったら、そんな事したら駄目じゃない」

「あら、どうしてですの?活動を考えるなら人手が多い方が宜しいのでは?」

「だってボランティア部は渚ちゃんと彼が作ったんだよ。二人の愛の巣に邪魔者を入れたら野暮ってもんよ」

 

 

 エリカの言葉に眞妃の表情が暗くなる。本人は気を利かせて言ったつもりなのだろうが、その言葉が友達の心を抉っているとは全く気付いていない。これに慌てたのはかれんと鷺宮である。先日、翼が生徒会に相談をする前にかれんは翼の背中を押した事があった。それは眞妃を思っての行動であったが、想像とは違う結末になってしまい、人知れず眞妃に強い罪悪感を持っていたのだ。そして鷺宮が慌てる理由。それは柏木の恋愛相談を受けた事が眞妃にバレる事である。

 

 

 眞妃からも恋愛相談を受けた事がある手前、この事実がバレるのは非常に不味い。どう考えても人の足を引っ張る行為と捉えられてもおかしくない。自分が当事者だとしたら、陰でそんな事をした人間を許しはしないだろう。どうかバレませんように。キリキリと悲鳴を上げる胃の痛みに耐えながら鷺宮は神と仏に祈っていた。

 

 

「ま、まあ。近い内に部活の予算会議もあるし、今部員を増やすのは辞めた方が良いと思うよ。予算の振り分け調整に白銀くんも悩んでいたからさ」

「ああ。そういえば部活連で報告するのは会長ですものね。彼らの家柄を考えると確かに精神は擦り減るでしょうね」

「ふーん。でも、会長にはかぐや様がいるから大丈夫でしょ。あの人達も流石に四宮家を噛み付く事はしないと思うよ」

「そうね。それについては私も同感かな」

 

 

 エリカの言葉は確信を突いていた。白銀に恋するかぐやなら確実に白銀を庇うだろう。それこそ、家の力をフル活用する事も容易に想像出来る。如何に優れた家柄を持つ部活連の者達も四宮家に喧嘩を売る行為は避けるだろうから、結果として白銀に手を出す事もない。無論、そんな事態になれば自分だって黙っていない。出来る事をして白銀を助ける為に動くつもりである。

 

 

 

「それにいざとなったら、賄賂を渡せばいいのよ。この前、藤原さんが会長に渡す賄賂を買ってる所を見たからね」

「いや、それは駄目でしょ。というより、白銀くんは断ったからね。私もその場にいたし」

「ちえ。良い提案だと思ったのになぁ」

「何処がですの!? マスメディア部としてもその行為は容認出来ませんわよ」

「冗談だって。だから、そんな恐い顔しないでよ」

 

 

 真剣な面持ちで詰め寄るかれんにエリカも失言だと認めて、先程の言葉を撤回した。

 

 

 

「今は別に要望はないかな。まだ小さい部だけどさ。それでも私は良いと思ってるのよ。二人で協力してボランティア活動は何よりもやりがいがあるから」

「ほう~。二人で行う共同作業という訳ね。そうだ。眞妃は帰宅部だったよね?いっそボランティア部に入部して手伝ってあげたら?」

「「それは駄目!!」」

 

 

 エリカの発言で再び眞妃の表情が暗くなる。エリカ自身、友人を助けて上げたら?という意味合いで言ったのだが、眞妃には死刑宣告に等しい発言だった。実情を知るかれんと鷺宮は酷く狼狽する。前者は罪悪感、後者は保身から否定の言葉を口にする。

 

 

「な、どうして二人が決めるの?」

「ほ、ほら。さっきも言ったけど、予算の調整があるからよ」

「私は…マスメディア部に入って欲しいと思ったからですわ」

「そういえば、前々から不思議に思ってるんだけど。エリカは何で弓道部に入らなかったの?確か、四宮さんに憧れているんでしょ?」

「それは死にたくないからよ。私にとってかぐや様は太陽なの。人間、太陽に近づいたら死ぬでしょう?跡形もなく溶けてさ。だから私は妄想でいいのよ」

「いや、理解出来ないわよ。あんたはおば様を何だと思ってるの?」

「まあ、エリカは引っ込み思案な子ですからね。マスメディア部にも一人だと心細いからと、私に付いて入ったんですのよ」

「それは言わないでよ。入学当時は緊張してたんだから仕方ないでしょ」

「成程ね。でも、私も暇じゃないのよ。今更部活に入っても時間の浪費だと思うわ」

「え?私は入って欲しいと思うよ。二人で活動するよりも三人なら幅も広がるし、そうなれば私との為になるもの」

「そ、そうなの?なら入ってもいいかな。近い内に届けを出しておくわ」

 

 

 柏木の一言が決め手になり、結果として真紀もボランティア部に入部する事になった。眞妃に見えない様に笑う所を見たかれんと鷺宮は先の発言が狙っての事だと悟り、柏木の恐ろしさと真紀への同情を感じながら休み時間は過ぎていった。また眞妃のこの行動が失敗だと思うのはまだ先の話である。

 

 

【本日の勝敗 さり気なく部員確保に成功した柏木の勝利】

 




 今回のお話はいかがだったでしょうか?
 個人的に書きたいと思った話と展開の都合上、書けなかった話を書けたので自分としては大満足です。


 それといよいよ4月11日からかぐや様の2期が始まりますね。1期で登場しなかったキャラや話も出るようだし、物凄く楽しみにしています。

 今後は後日談やIF的な話は番外編でやるつもりです。
 最後に感想、評価、アンケートの投票の方も下さると作者のやる気と参考になりますので是非お願いします。

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