西暦2307年。
化石燃料は枯渇したが、人類はそれに代わる新たなエネルギーを手に入れていた。
3本の巨大な軌道エレベーターと、それに伴う大規模な太陽光発電システム。
しかし、このシステムの恩恵を得られるのは、一部の大国とその同盟国だけだった。
3つの軌道エレベーターを所有する3つの超大国群。
アメリカ合衆国を中心とした『ユニオン』
中国、ロシア、インドを中心とした『人類革新連盟』
ヨーロッパを中心とした『AEU』
各超大国群は己の威信と繁栄のため、大いなるゼロサム・ゲームを続ける。
そう、24世紀になっても、人類は未だ一つになりきれずにいたのだ……
そんな終わりのない戦いの世界で、「武力による戦争の根絶」を掲げる私設武装組織が現れた。
モビルスーツ「ガンダム」を所有する彼らの名は、ソレスタルビーイング。
彼らはそれぞれの思いを胸に、世界中に現れ戦い続けた。
そして今、長い長いソレスタルビーイングと世界の戦いに終幕が訪れようとしていた……
宇宙空間で繰り広げられる、最後の戦い。
撃たれ、切り裂かれ、魂を乗せたまま爆発していく鉄の塊からは皮肉にも美しいほどの色彩が溢れ出す。
ある者は、仲間の死を目にして嘆く。
ある者は、自身の一部を失い。
ある者は、存在意義を見失い。
多くの意思が、この宇宙の暗闇へと吸い込まれていった。
そんな激しい閃光が埋め尽くす宙域とは離れた場所で、2つの機体が搭乗するパイロットと共に己の信念を貫き通さんと魂の叫びをぶつけ合っていた。
「軍人に戦いの意味を問うとは!!ナンセンスだな!!」
「貴様は歪んでいる!!」
青と白でカラーリングされた機体が、右腕に装備した大剣を大きく振りかざし、素早く敵の片腕を切り裂く。
それでも敵は臆する事なく突撃を仕掛け、印象的なV字のアンテナが伸びる頭部を紅色に染まるサーベルでもぎ取るように引き裂いた。
「そうしたのは君だ!…ガンダムという存在だ!!」
「ぐっ!!」
頭部を失った機体は光に反射して輝く実体剣を折り畳み、代わりに現した銃口から粒子ビームを連射する。
近距離から放たれた光点の群れをモニターに見出した金髪の男は巧みな操作技術で期待を翻し全てを避け切って勢いづいた機体を前方に走らせた。
「だから私は君を倒す…世界などどうでもいい!!己の意思で!!」
「貴様だって、世界の一部だろうに!!」
「ならばそれは、世界の声だ!!」
度重なる敗北を重ね、盟友と言える部下達を失い続けた金髪の男は、怒りにも喜びにも感じられるような感情の高ぶりを己の声に乗せて、憎むべき存在、「ガンダム」に叫ぶ。
「違う、貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ!!貴様のその歪みーーこの俺が断ち切る!!!」
「よく言ったガンダム!!」
対して、「ガンダム」を駆るパイロットは己の全てを内包するその機体の操縦桿を強く握りしめ、自らが生み出してしまった名も知らぬ復讐の鬼を討ち倒さんと再び残された右腕にマウントされた実体剣ーーGNソードを展開した。
緊張を超えた殺し合いの中で、2機の機体は徐々にその形を変えていた。
半壊した機体は制御を失い、搭乗者の感情の起伏を反映するように出力を上げ、背部から煌めくGN粒子の光を一気に放出し始める。
二人の男は操縦桿を思い切り押し込みそして…
「うあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!」
誰一人傍観者のいないこの空間で、二人の信念、2機の剣先が互いの腹わたを突き刺した瞬間、爆散して広がる茜色と碧色のGN粒子が放射状に輝いた。
意思と意思が、正義と正義が、人と人とが命をかけてぶつかり合い一つの光芒となったのである。
アラートが鳴り響くコクピットの中で彼は目を開けた。
「ガ…ンダム…俺…は…俺たち…は」
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
どれほどの時間が経ったのだろうか。
俺はまどろんでいた。
いや、まどろんでいるというより、ゆらゆらと意識の海の中を漂っている。
ふと目を開けた時、視界に飛び込んできたのは透き通るような美しい青空だ。
空気中の水分が少ないため、空の色は真っ青というよりかは藍に等しい。
見覚えがあった。
それはかつて少年時代を過ごしたクルジス共和国の空だ。
視線を地表に移すと石造りの懐かしい街並みが広がっていた。
その街は戦乱によって破壊され、廃墟と化している。
茫然と廃墟に立ちすくむ俺の周りを渇いた風が吹き抜けていく。
砂埃と一緒に、どこからか花弁が風に舞い、それを目で追っていくが再び顔を下ろした時、周りの風景が変わっていた。
どこかの施設のようだった。
あちらこちらに、剥き出しの配線が張り巡らされていて、焦げ付いたようなコンクリートの匂いが鼻を刺す。
起き上がろうとして、気づいた。
右腕に酷い痛みがある。
身体全体も動かすと、軋むように痛みが走る。
一旦動くのは諦めて周りをよく注視する。
すると、頭上からウサギの耳によく似た2つの物体が視界にフェードインしてきた。
「やぁやぁ!やっとお目覚めかな??」
「アン、タは…?」
「う〜ん、それは私が今君にナウでしたい質問No.1なんだけどな〜!」
あまり聞いたことのないハイテンション且つ早口な話し方でそう返される。
どうやら目の前にいる人物は、女のようだ。
声の高さや、体つきからしてそれは間違い無いだろう。
加えて今の所は敵意もないらしい。
その証拠に彼女は俺の頭を自身の膝に乗せて頬をツンツンと指で刺している。
「うっ…俺は…一体…」
何かを思い出さなければならない気がして、脳の記憶を辿ろうとすると、身体同様に鋭い痛みが湧き出す。
「えっとねー!よく状況を理解してなさそうな顔をしちゃっているから説明してあげると…私の大切なシンデレラタイムに警報アラートが鳴ったと思ったら!びっくり仰天巨大ロボットが私の隠れ家兼住居兼ラボに突っ込んできたわけ!で、なんだなんだと見に行ったら君がロボットの腹の中から出てきた…っていう感じだね」
巨大ロボット…おそらく彼女が言っているのは視界のほぼ100%を占めている白と青の機体の事だろう。
「エク…シア…」
それを目にした時、頭に浮かんだ単語を口に出す。
「ああ!やっぱり君が動かしてたんでしょ〜プンプン!お姉さんは激おこだよ〜!!こんなにぶち壊しちゃってくれて〜!!」
ムキーっと両腕をプロペラのようにぶん回しながら彼女は怒りをあらわにする。
俺があれを動かしていた…?
どうも記憶がスッポリと抜けてしまっていて、自分が何をしてどんな風に過ごしていたのかが思い出せない。
「ねぇねぇ…君ってもしかして記憶がナッシングなのかな〜?」
「…あぁ。なぜここにいるのか、何をしていたのか…まったく分からない」
「あちゃー!ラボを壊した犯人が記憶喪失って…それに束さん好みの美少年だからなおさら責めにくい〜!!」
こいつは一体何を言っているんだろうか。
それが素直な俺の心の言葉。
しかしながら得体の知れない人物だろうと、俺を助けてくれたのはこの女に違いない。
「まぁいっか〜!それで美少年くんのお名前は〜?」
「刹那…F、セイエイ…」
「そっかそっかそっか〜!!刹那くんね♪」
人の名前を知って、何が嬉しいのか見当がつかないが女は異常に興奮して、むふーっと鼻息を荒げている。
今度は俺から名前を聞くことにした。
「アンタの名前は?」
「私?私はね〜!聞いて驚け!弱小国日出る国から世界を女尊男卑にひっくり返した、"
「……」
やっぱりなんなんだコイツはと言いかけた口を押さえる。
背後からどんどんパフパフと紙吹雪でも出てきそうな…実際出てきたのだが、相変わらずのハイテンションを俺が目覚めてから保ち続けて自己紹介をした女ーー名前は篠ノ之束というらしい。
「ならアンタに聞く…篠ノ之束…ここは一体どこだ?アンタは何者だ?"IS"とは何だ?」
すると、篠ノ之束は豆鉄砲でも食らったかのように目を丸くしてずっこけた。
次いでイタタ…とお尻をさすりながら苦笑いを浮かべている。
「あはは…何年ぶりかなぁ〜私が面食らうなんて…君はどこぞのジャングルか何かで育ったのかい?でなければ本当に記憶がないんだね〜」
彼女は気を取り直して、近くのコンソールを数秒いじった後、俺の目の前にモニターを出現させた。
どうやらそれはテレビのニュース番組のようで、俺の無くした記憶を補うように一つ一つ歴史のピースをパズルのように当てはめていく。
だが、俺の型にそのピースはまったく合わなかった。
なぜならば、世界を構築する「歴史」の根底が違うからだ。
俺の記憶が正しければ今は西暦2307年のはず。
しかしモニターに映る数字は300年近く前を示している。
ユニオン、人類革新連盟、AEU…それに当てはまる組織は無く、俺の世界にあった地球に突き刺さるが如くそびえ立っていた3本の柱。
俺が戦いに身を投じる理由に直結する物。
軌道エレベーターが存在しないのだ。
ならこの世界は過去の世界なのか…
しかしそれもまた当てはまらない。
俺の世界の歴史に、女性のみその力を扱うことができる兵器、なる物は登場しない。
「はは〜んその表情からしてさ〜?一つも当てはまらないんだね?歴史がさ」
俺の考えを見透かしたかのように、愉快に語り出す篠ノ之束。
どうしてこうも食い違うのだろうか。
湧き出した疑問もこの女しかいない状況では、一先ずは解決することができてもそれが真実であるという確証を持つことは叶わない。
依然動きが鈍い身体を置き去りにして首だけを、青と白の機体に向けた。
何故か、この世界で信じられる唯一の物はその機体しか無いような感覚が全身に漲る。
「ガン…ダ…ム」
再び訪れたまどろみの中でその名を呼んだ。
そのまま俺はまぶたを閉じ、沈むように眠りの世界へと向かう。
止まっていた時計の針が進み始めるように、何かに引き寄せられるかのように。
新しく、また奇妙な人生へ向けて刹那は進んでいく。
それが未曾有の事態を引き起こし、新たな時代を作る、その第一歩だとも知らずにーー。
俺は…ガンダム?
というわけで記憶をなくした刹那くんの物語が始まります!