慣れない環境で疲れが溜まっていたのか、一度も起きる事なく、朝を迎えた。
柄にもなくあくびが出た事に戸惑いはしたが、こんなにリラックスして睡眠する事できたのは本当に久しい。
ここ最近…と言ってもあの最後の戦いからどれほどの月日が経ったのか分からないから本当に最近なのかは分からないが、地球連邦の擬似GNドライヴ搭載型によるトレミーへの襲撃は激しく、まともな睡眠は取れていないに等しかった。
日の光に照らされてベッドの白が明るさを増す。
今まで当たり前のように隣り合わせだった「死」が、この世界ではとても遠くに感じられる。
そんな形容し難い不思議な感覚に陥っていた。
「やぁやぁ!グッモーニン!!刹那くん♪昨日はよく眠れたかな〜?」
「…篠ノ之束」
「えっ!なになに?その顔!お姉さんの事萌え死にさせる気!?」
相変わらず、意味不明な発言をひっさげて部屋に侵入してきた篠ノ之束の手にはマグカップが2つ握られていた。
「はいこれ。美味しいよ?束さん特製コーンポタージュ〜♡」
コーンポタージュ…聞いたことはあるが口にしたことはないその黄色いクリーム状の液体が入ったマグカップを受け取る。ほのかに熱を帯びたマグカップの温度が手のひらから全身に伝わっていくようで、これもまた不思議な感覚であった。
「あったかいでしょ」
「…」
「ゆっくりでいいからさ。君の事教えて欲しいな」
「分かった」
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
「戦争根絶…か。君の世界はよっぽど戦争が好きなんだね」
俺がいた世界の有り様を話すと、彼女の顔には悲しみの色がさしていた。
「この世界は違うのか?」
「ううん。おんなじだよ。今もどこかで、誰かが当たり前の日常を奪われている。でもそんな苦しみを知らないまま、生きている人達もたくさんいる。人間って変わらないんだね」
「……ああ」
戦争というものは…憎しみというものはそう簡単には消えない。
ある国が平和を唱えていても、大地を挟んだ裏側では銃弾が飛び交い、罪なき人々が死んでいく。
そんな矛盾を抱えているのが俺が知っている世界というモノ。
矛盾。
思惑。
思慮。
妬み。
嫉み。
憂い。
憎しみ。
悲しみ。
全てが一つの苦しみとなって、星を蝕むのだ。
「俺は…俺のような歪んだ存在が生まれてきた世界を変えたいと願った。だが、願うだけでは何も変わらない。だからガンダムに乗り、戦った…その先に平和を信じて」
「刹那くん…」
「名前も顔も思い出す事はできないが…共に戦った仲間がいる。彼は言った…」
"お前は変わるんだ。変われなかった、俺の代わりに…"
「例え、異なる世界であろうと、俺は戦う。未来を掴むために…」
このとき、篠ノ之束はウェーブがかかった黒髪の、まなじりのやや吊り上がった少年が生きてきた人生の壮絶さを思い知った。
と同時に彼の外面からは推し量ることのできない内面的な強さも。
彼は知っているのだ。
戦いで生じる痛みを。
死の恐怖を。
人類が未だ、振り解く事の叶わない矛盾を。
それらに目を背けない勇気を。
…この子ならできる
篠ノ之束は直感でそう感じた。
自身が想像する理想を叶えられる…私達を導いてくれる"天使"となりえると。
「刹那くんーー」
お願いを聞いてくれないかな?…と言いかけたところで、けたたましい警報アラートが部屋に響き渡った。
その直後に、施設全体が大きな振動に襲われる。
「なんだ!?」
「AΙちゃん!状況は??」
『外部から敵の襲撃あり。戦艦3隻、内一隻に高エネルギー体を確認。アンノウンの所属組織、国籍不明』
人間味が感じられない、無機質な声が、敵の襲来を告げる。
この施設自体、強力なシールドに守られてはいるものの、戦艦からの容赦ない艦砲射撃にいつまで持つかは分からない。
篠ノ之束は、珍しく動揺していた。
世界から狙われるような彼女もやはり女性だ。
これほどまでの襲撃を受けた事は経験になく、判断が鈍っている。
対して、刹那は冷静だった。
脱いでいたパイロットスーツを着用し、部屋のドアを開ける。
「アンタは早く脱出しろ!ここは俺が食い止める!」
「ど、どうやってさ!!」
「エクシアに乗る」
「無理だよ!今あの機体は動かないはず!」
彼女の制止も聞かず、刹那は一直線に格納庫への道を駆け抜ける。
今、彼女を死なせてはいけない。
彼の中の何かがそう感じていた。
格納庫に着くと、装着したヘルメットから遠隔操作でコックピットからワイヤーケーブルを射出させ、それに掴まる。
ハッチが解放されたままのコックピットに体を滑らせ、操縦桿と中央部にあるパネル式の操作端末でエクシアの起動を試みる。
「くっ…なぜ動かない!」
束を守るという刹那の思いも虚しく、エクシアは起動しなかった。
再度、起動のための操作を繰り返したが、その白い装甲に覆われた2つの碧眼に光は灯らない。
「……………」
エクシアと同様、刹那はコックピット内で静かに俯く。
『施設損傷率20% アンノウンから高エネルギー体射出を確認。真っ直ぐこちらに向かっています…施設損傷率30%……』
揺れが激しさを増すにつれ、AIの報告する状況は悪くなっていく。
モニターに映し出されていたのは、IS…ではなく、モビルアーマーのような巨大な兵器だった。
それは以前、大国の軍内部で開発されていた兵器であり、ISの登場によってその計画自体が泡のように消えてしまったものでもあった。
そんな兵器が、ISの開発者である自身の拘束の為に配備されていたことを束は知らない。
「…答えてくれエクシア」
両手で動かない操縦桿を握りしめ、刹那は小さく息を吸い、囁くようにエクシアに問いかける。
『施設損傷率40%を突破しました。シールド維持率低下』
瞳を閉じて、彼は運命の日を思い出す…
少年は駆けていた。
必死の思いで戦場を駆けていた。
街の路地を右へ左へと駆け抜けていく。
地形は頭の中に叩き込まれていたが、時折、粉砕されたレンガの破片で足を滑らせ、路面にまき散らされた瓦礫につまずく。
それでもなお、もつれる足を懸命に立て直して一心不乱に駆け続けていた。
「この世界には…ガンダムもソレスタルビーイングも存在していない」
…何のために?
死の恐怖から逃れるためだ。
飛び交う銃弾。
その1発にでも当たれば死ぬ。
死ななくても、肉体はいくらでも激しい苦痛と流血に見舞われる。
目も眩むような恐怖。
その恐怖から逃れるために少年は駆け続けていた。
決して、理性的にではない。
ただ本能が勝手に両方の足を動かしているだけだった。
『機動兵器、攻撃体制に移行。電磁場の変調を確認。空間圧縮率上昇』
胸に抱えたマシンガンが重い。
息が苦しい。
心臓の鼓動が痛いほどだ。
敵軍の攻撃により、瓦解した建物の影に飛び込み、少年はようやくわずかな休息を得た。
肩を上下させて呼吸を繰り返す。
頬をつたって汗が顎から滴り落ちる。
額に張り付いたウェーブ気味の髪を少年は乱暴にぬぐった。
「だが、戦争は、争いは、歪みは同じように存在している!」
少年はグリップを強く握った。
聴覚を通して彼の中にあらゆる音が流れ込む。
機銃の掃射音、怒号、モビルスーツの駆動音、火薬の爆発する音、破壊される建物の音。
そしてーー声。
全ゲリラ軍の兵士達に向けて発信されている無線放送の声だ。
『この戦いは、神の御前に捧げられる…聖戦である…』
(何を…言っている!)
『伝統を軽んじ、神の土地を荒らす不信仰者共に…』
(何を、言っている!!)
『神の代行者である我々が…鉄槌を下すのだ…』
繰り返される抑揚の無い声に、苛立ちが募る。
少年は怒りの目を持ち上げて、言った。
「この世界に…神なんていない!!」
口に出して言わなければならないほど、少年は苛立っていた。
そのまま、再び瓦礫に紛れて走り出す。
しかし、声を出してしまったからなのか、近くの空を銃弾がヒュンッと切っていく。
当たるまいと身をかがめ、打ってきた方向に顔を向けたのは間違いだった。
瓦礫に足を取られ、少年は地面に倒れこむ。
『機動兵器から高エネルギーミサイル接近。着弾まで15…14…13…』
すぐさま起き上がる事を試みたが、既に身体は限界を迎えていた。
かろうじて動いた頭を、モビルスーツの銃口へと向ける。
楕円を描いた頭部装甲の暗部に光る、赤い一つ目と視線が合った。
(死ぬ…のか?)
以前は死への恐怖など、微塵も感じていなかったはずだが今は違う。
死は神の元へと導かれる崇高な行為などではない。
死は、ただの死だ。
自分という存在がかき消されるだけだ。
だから少年は渇望した。
(ーー生きたい!!!!)
瞬間、赤い光がモビルスーツを次々と突き刺した。
貫いた光が頭上から落ちてきたのを見て、少年は上空を振り仰いだ。
光があった。
まばゆく輝く白い光。
あまりにも眩しく、はじめは顔をしかめるように目を細めていなければならないほどの光に包まれた、モビルスーツの姿があった。
「動いてくれ!!!エクシアァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
湧き上がる激情と衝動に任せた刹那の叫びが、ミサイルの着弾音と巻き上がった爆煙に包まれた。
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
「刹那くんっ!!!」
脱出の準備を進めながら、モニター越しにエクシアを見ていた束の声は届かない。
通信が途切れ、モニターが消えたのだ。
「そんな…そんな!そんな!!ダメだよ!!死んじゃ嫌だよ…!!!」
その場に崩れ落ち、その身を挺して自分を守ってくれた少年へ向けて涙を流す。
だがモニターが消えたのは、通信設備の故障でも、ましてやエクシアが撃墜されたからでもない。
ミサイルの着弾した場所の隔壁には巨大な穴が開き、陽の光が差し込んでいた。
灰色の煙の中で極粒の雪のような青白い光が群れをなすように輝いているのが、敵機動兵器に乗っていたパイロットにも、敵戦闘艦からも、刹那の安否を確認しようと格納庫に走ってきた束にも、見てとれた。
「動いて…るの?」
鋭い碧眼が光を取り戻し、煙の中から敵を見据えている。
その眼光に敵パイロットは得体の知れない恐怖を感じて、咄嗟にミサイルの発射スイッチのトリガーを引いていた。
正常な起動を果たしたエクシアのコックピット内に、ミサイル接近のアラームが鳴り響く。
刹那は操縦桿を強く握りしめ、思い切り押し込んだ。
「刹那・F・セイエイ…目標を…破壊する!!!!」