まちカド木属性 作:ミクマ
およそ11年前。
何も知らず、その身には何も宿らず、親と共に暮らす本当に普通の子供だった頃の葵の話。
喬木家には地下室が存在する。
とはいってもなにか特別な物ではなく、単なる収納スペースなのだが。
とある夜、幼き喬木葵はその地下室に居た。
寝る前に呼んでもらう本を持ち出すためである。
本棚に近づいた葵は、そこでとあるものを見た。
「……?」
本棚の近くの壁から、緑色の光が瞬いていた。
葵はそれに近づき、そして壁に触れる。
しかし何も起こらず、光は消えていた。
葵は不思議に思ったものの、階段からの母親の声を聞き、本を持って上階に戻っていった。
そして次の日、葵は布団に寝込んでいた。
葵が全身の気怠さを訴え、風邪と判断した親が寝かせたのだ。
その日は風邪薬を飲み、長引いたら医者に行こうと親に言われ、一日を過ごす。
更に次の日、この日も葵は寝込む。
葵は母親に謝るも、彼女は自身の体の調子がいいから伝染らないと葵を励ます。
そして──。
母親は葵の額を撫でている途中唐突に倒れ、そして動かなくなった。
葵は身動きが取れず、昼を迎える。
にもかかわらず、葵のいる部屋には何故か日差しが入らない。
窓がないわけでもなく、日陰でもない。
未だ布団に伏せる葵は、薄れゆく意識の中玄関が騒がしくなるのを感じた。
音はだんだん葵の部屋に近づき、そして扉が開く。
「そんな……もう手遅れ……?」
入ってきたのは黒髪の少女。
彼女は倒れる葵とその母親を見てそう呟く。
「う……」
「ッ! 君! 聞こえる!?」
声が耳に入った葵はうめき声を上げ、少女はそれに気がつく。
近づく少女に、葵はこう訪ねた。
「だ……れ……?」
「魔法少女、千代田桜! あなただけでも絶対に……!」
■
「俺がこの体質になったのには、3つの偶然が重なっている。
桜さんはそう言っていた」
三人は場所を再び変え、喬木家にいた。
テーブルを挟み、シャミ子と桃と向かい合う葵は説明を始める。
一つ目の偶然。この地を走る霊脈が、偶然地下の浅い所を通った事。
二つ目の偶然。その霊脈の上に、地下室のある家が建っていた事。
三つ目の偶然。魔力に対するとてつもなく大きな器を持ち、しかし魔力そのものは全く持たない人間がいた事。
「一番重要なのは最後」
上二つだけならばそれなりに有りうる、葵は桜にそう聞いた。
それだけであるならば、葵と同じ事象がもっと起きていてもおかしくない。
地下室で見た光、つまり霊脈から漏れ出した力。
葵がそれに近づいた瞬間、膨大な力が巨大な入れ物に流れ込んだ。
例えるならば、高気圧から低気圧に空気が移動するようなもの。
「霊脈は、とにかく人の身で抑えられる物じゃない」
霊脈とは、星の生命力そのものだ。
そんな物がちっぽけな人間に集中すればどうなるか。
膨大なエネルギーに当てられた葵は、それに耐えきれずに倒れた。
とはいえ、葵の身体は生きようと、適合しようと必死にもがいていた。
なまじ“容量”が大きかったが為に、様々なことへの猶予が有ったのだ。
しかし、制御のされていない力は周囲に牙を向く。
まずは葵の両親。
その力を間近で受けた二人は、その肉体を暴走させた。
一時的には『調子が良くなった』ようだが、糸を張り詰め続けるようなそれは長くは続かず、そして事切れた。
次に牙を向いた物、それは喬木家の土地に埋まる様々な植物。
そこに有った草木は瞬時に成長し、喬木家は枝や蔦に覆われた。
そして、桜が異変に気が付き葵を発見した……という事だ。
あの日を境に葵は、霊脈から力を注がれ続ける体質になった。
葵が霊脈の一部とみなされたのか、それとも別の要因があるのか……。
桜はそれを調べていたが、葵が結論を聞くことはなかった。
そこまで説明した所で、葵は自らの髪を纏める紐を解いて二人に見せる。
「これは、桜さんが俺のために作ったもの。
力を極端に悪い効率で、俺の生命力に変換する効果がある」
葵は今この瞬間も霊脈の力を溜め込み、そして消費し続けている。
極端に大きな器のおかげである程度の耐性はできたものの、それでも限界を超えれば両親と同じ末路を辿るだろう。
「この紐で力を浪費することで、俺は生き永らえた」
葵が桜から手ほどきを受けた“訓練”とは、紐と同じ事を自分自身で出来るようにするもの。
そしてもう一つ、供給されるソレの量を少しでも減らせるよう“絞る”もの。
周囲にその力を向けないように、何より葵自身が生きるために。
訓練の甲斐あって、葵はその力を内に留め、そして消費し続けられるようになった。
「桜さんは忙しい中、何も分からない俺に丁寧に接してくれた……」
その訓練が完了してしばらくした頃、桜は失踪した。
そして、葵は戦うための訓練を自分から始めた。
力の変換効率を上げて行く訓練。
変換するものを再生ではなく身体強化に当てる訓練。
植物に干渉する訓練。
そして何より、その力に負けないような体に自らを育てる事。
いずれも、暴走の可能性を考慮した緩やかなものだったが、10年かけてここまで来たのだった。
「……これで、俺の話は終わり」
沈黙が走る。
最初に口を開いたのは桃。
「葵が……これまでに見せてくれた事に納得がいった。
たしかに霊脈が元なら、あれだけの力が有っておかしくない。
それで、今も葵は……その力を使い続けないと、命が危ないんだよね?」
「そうだね」
「そんな状態で……11年過ごしたんだ……」
「俺は生きなきゃいけないんだ。助けてくれた桜さんのため。
そして……俺が……殺、した……両親の分も」
葵が弱々しく絞り出した言葉を聞き、二人は目を見開らいた。
うつむく葵にシャミ子が声をかける。
「……しただなんて……事故じゃないですか。葵がそうしたかった訳じゃないでしょう?」
「どう言い繕っても……直接の原因は俺なんだ……どうやっても、それを否定できない……」
「葵……」
「……母親が死んだ瞬間の事は、今でもっ……!
倒れて、俺にかかる体重、額に乗った右手の感触……。
それが、頭にこびりついて……離れない……っ!」
葵はそう言うと、息を乱して頭をガシガシとかき乱す。
その感覚を忘れようと何度でも、何度でも。
そうしている内に、呼吸の中に鼻をすする音が混ざってくる。
「あ……ああ……ああああ……っ!」
涙を流し震えだす葵。
その瞳には、シャミ子も桃も映ってはいない。
「葵っ!」
「ぁ……」
隣に来ていたシャミ子が、葵を抱きしめる。
そしてシャミ子は葵の手を回し、背中を擦る。
「私たちを……私を、見てください。これ……好きなんですよね?
桜さん、葵の事も話してましたよ。
夢の中で、葵の力を感じ取ってたみたいです。
それを、『ここまで出来るようになったんだね』って、桜さんは嬉しそうでした」
「さくら、さんが……?」
自身を抱きしめるシャミ子越しに、葵はそこにいる桃に語りかけられる。
「葵、昔のことを忘れようとするんじゃなくて……。
これからいろんな事をして、それを覚えていけばきっと……」
「でも……っ、俺はあの事を絶対に忘れちゃ……」
「違うっ! 昔のことは忘れず、その上でこれから沢山の思い出を残すの!
私に、それの手伝いをさせて欲しい」
「……!」
桃の叫びに葵が驚いていると、シャミ子が離れて再び話し始める。
「私は……今まで、沢山のことを葵にしてもらいました。だから、そのお礼です」
「ちがう……違うんだよ……俺が優子に出来たことなんて……。
俺が優子に貰った物に比べれば……全然……足りてないんだよ……」
「どういう……事ですか?」
もはや涙を隠そうとせず、葵が言ったその言葉にシャミ子は困惑する。
「俺は……桜さんに助けられて……。
だけど、その後何の為に生きていればいいのか……分からなかったんだ」
両親が死に、自らの力は周りに迷惑をかける。
桜が甲斐甲斐しく接し、葵はそれを姉のようだと感じていたが、心は晴れなかった。
「でも……そんな時、優子達が引っ越してきたんだ」
桜に紹介された者達。
全てを包み込むような清子と、全てを引っばっていくようなヨシュア。
「清子さんもヨシュアさんも、自分が封印で大変なのに……俺を本当の子供のように扱ってくれた……」
そして。
「なにより……優子だよ」
「私……?」
「優子と初めて会った時……優子は眠っていたから覚えていないだろうけど……俺は……っ」
浅い息を繰り返し、葵は言葉を絞り出す。
「目の前で……生きようと必死に頑張っている優子を見て……俺は、生きようって……優子の隣に並び立ちたいって、そう思ったんだ。
だから……俺が今生きてるのは、優子のおかげなんだよ……。
力を鍛えようって思ったのも、優子を守れるようになりたくてっ……」
そこで葵の話は終わり、また泣きじゃくる。
「葵……」
「……葵が、私に恩を返せていないって決めつけるなら……。
私も、葵に返せていないって私の考えを押し付けます」
「優、子……?」
「葵がどう思っても、私は私の恩返しを押し付けてやります!
私はまぞくですから、葵の嫌がることをしてやります!」
「……っ!」
「だから……葵も、私に押し付けてください」
シャミ子は胸を張って、葵にそう宣言した。
それを聞いた葵は泣き止み、泣き腫らした目のまま頬を緩ませる。
「フ、フフ……そういう、引っ張って行こうとする所……ヨシュアさんにそっくりだよ……」
「おとーさんに……?」
「ありがとう……俺も……桜さんからのお願い……手伝うよ。
だから……俺の事も、助けて欲しい」
「はい! もちろんです!」
「桃も、ありがとう。桃の守りたいものは……俺と同じだよね」
「うん、だから……私を助けて。私も葵を助ける」
「よろしくね……優子、桃」
そうして、涙にまみれた顔を洗った葵は一つの決意をする。
「もう一つ……言わなきゃいけない事がある。……清子さんに」
三人は吉田家に入り、そして清子を待つ。
「……葵君、どうしましたか?」
「話したいことがあります。
10年前の、ヨシュアさんの箱を見つけた時の話です」
帰ってきた清子に葵は話し始める。
「俺は……箱を見つけて、すぐに清子さんに伝えなかった……」
「……はい」
「俺はお腹を気遣ってって……そう言いましたけど、本当は違うんです」
一ヶ月前、シャミ子と桃にヨシュアの事を話した時。
あの時果たせなかった懺悔を、葵は今一度行う。
「俺は、怖かったんです。箱を見せたら、清子さんがどうなるのか。
優子も、清子さんも……お腹の良ちゃんも。
関係が壊れてしまうんじゃないかって……先延ばしにしてただけなんです」
葵はそう言い切ったが、語尾は弱かった。
俯く葵を見て、清子はしばらく沈黙していた。そして。
「……知っていましたよ」
「え……?」
清子はその言葉と同時に、葵を抱きしめ背を擦る。
「よく、言ってくれましたね。ずっと待っていました」
「あ……」
「優子が白ネコの話をした日から……葵君が怯えていたのは分かっていました。
今日、勇気を出して言ってくれて……ありがとう」
葵はもはや我慢など出来ず、またも涙を溢れさせる。
「清子さん……ごめんなさい……ごめんなさい。ごめん、なさい……っ!」
「よかったですね……葵」
■
「一人でも、大丈夫ですよ?」
葵は市内のとある霊園に居た。
そして葵の他に訪れている者が。
「いいえ。私が行きたいから来たんです」
「私……葵のご両親のお墓の場所、初めて知りました」
「そうなんだ……」
「……隠してたからね」
清子にシャミ子、そして桃。
葵はその三人と共に、両親のお墓参りに来たのだ。
しばらく歩き、そして『喬木家之墓』と彫られた墓石が目に入る。
それなりに手入れはされているらしい。
「俺、水汲んできますね」
「私も行くよ」
そうして、葵と桃は水汲み場に向かう。
歩く中、桃が葵に問いかける。
「……まだ、言ってないことあるんでしょ?」
「……」
桃が葵に聞くのは、夢の中のシャミ子を救出に行った時の事。
桃に魔力を渡す為、葵がしたあの行為。
「あれって……もしかして」
「そうだよ。あれは、俺が桜さんに助けられた時の状態に体を戻していって、霊脈から供給される力を増やす。
それで、身体能力と使える魔力が激増する。そういう技」
「そんなことしたら、葵は……」
あっけからんと言う葵を、桃は当然心配する。
「大丈夫だよ。あの段階なら、解除した時に落差で多少ふらつく程度。
……俺なんかより、桃のほうがもっと負担かかってるんだから」
「それは……」
「一度闇落ちして、無理やり戻った。
そんな事をして、どれだけの負荷がかかってるかなんて、俺には想像も出来ない。
それに比べたら、本当に大した事は無いよ。
……桃。魔力が足りなくなりそうなら、いつでも言って欲しい。
それが、俺が桃に出来る一番の恩返しなんだ」
「……分かった、ありがとう」
桃はまだ納得してはいなさそうではあるが、葵にそう言った。
そして、その間考えていた葵は、桃が気がついていなかった事も言うことにした。
「……あと一つ、あるんだ」
「え……?」
「両親の事は、勿論大事な秘密。だけど、半分はブラフなんだ」
葵はそこで一度、深呼吸をする。
「……俺が、魔法少女や魔族と戦ったことがあるってのは……言ったっけ」
「聞いてはいなかったけど、たぶんそうだとは思ってた」
「……俺って、魔法少女みたいに封印とか出来ないんだよね」
「……それって……!」
葵が何故、『自分は結界による護りが手薄い』と、そう認識するに至ったのか。
葵は魔法少女の様に、“敵”を封印して戦闘を終わらせる、ということは出来ない。
ならば、どうやって敵を“撃退”するのか。
「こっちこそ、優子に絶対に知られたくない事」
「葵……どうして、私に言ったの……?」
桃のその問いに、葵は力無く笑う。
「あんな事があったから……もう、一人で抱えることに耐えられなくなったんだ。
人に言って、少しでも楽になりたかったんだよ。勝手だよね、俺」
「……大丈夫」
「あ……?」
葵は桃に抱きしめられ、そして──。
「シャミ子も清子さんもこれ、やってた。好きなんでしょ?」
「……」
「葵の秘密、私も抱えるから。だから……楽になって欲しい」
「……本当にごめん……」
桃の言葉に、葵はまたしても。
■
「遅かったですね」
「ちょっと混んでてね」
桶を持って桃と共に戻ってきた葵は、心配そうなシャミ子にそう返す。
墓石の掃除と線香を終え、三人が祈る中葵は呆然としていた。
「葵? どうしたんですか?」
「……どうすればいいかわからないんだよね」
両親の死因は葵にある。
その意思がなかったとはいえ、それを否定することは出来ない。
「言葉も祈りも……それに意味があると思えなくなってる」
「そんなの簡単ですよ」
「え……?」
葵は清子にある言葉を伝えられ、そして葵のみを残して三人は先に去っていった。
墓石の前で立ちすくむ葵。
しばらくそうしていたが、決心したように口を開く。
「……俺は元気です。行ってきます」
■
家で静かに正座をする葵の目の前にはみかん箱。
とある日、葵は清子に頼みお父さんボックスを一晩借りていた。
箱の上には写真立てが乗っている。
葵は箱を抱きしめ、しばらくして離れると髪の紐を解き、箱の上に置く。
「桜さん、必ず……もう一度会いましょう」
「絶対に助け出します……お義父さん」
二つの決意を口にした葵は、布団に潜り寝息を立て始めた。
『頑張れ葵君。前を向いて……生きるんだ』
■
「私……桜さんのお願い、果たせましたか……?」
『あなたならきっとできる。だから、葵くんを助けてあげて。
私ね、葵くんの事……弟みたいって思ってたの。
何かが違ってたら、桃ちゃんと
だから、お姉ちゃんとして……葵くんの事、お願いね』
お気が向きましたら、評価をお願いします