まちカド木属性 作:ミクマ
夏休みの課題。
それは、あまねく学生にとっての永遠の宿敵である。
「葵って毎年いつの間にか終わってますよね……」
「今年は色々あったから、ちょっとペース遅かったけどね」
「でも、もうほとんど終わってるみたいじゃないですか……」
葵は休みの序盤の内に詰めて終わらせるタイプである。
実際の所、何が起こるのか分からないので、先に終わらせておかないと葵は不安なのだ。
幼き葵にサボるという頭は無かった。
彼が吉田優子に初めて会った日の決意。
それを実現するために、
「本当に優子には感謝しているよ」
「へ……?」
数日前の告白。それのおかげで葵は10年ぶりに開放されたのだ。
シャミ子が記憶を探りに行くという行動をしなければ、それもなかっただろう。
泣きじゃくったあの出来事を思い浮かべ、葵は微笑む。
「ありがとう……これからも、恩返しを押し付けちゃうからね」
「どういたしまして。葵も、私の配下ですから。いつでも頼ってくださいね」
葵に合わせて、シャミ子も微笑んだ。
……しかし。
「今頼りたいのは優子の方なんじゃない?」
ニヤニヤした顔になり、お父さんボックスに広げられた課題を見つめ葵はそう言った。
葵の視線の先をたどったシャミ子は青褪める。
「……葵、手伝ってください」
「喜んで」
まあなんだかんだあっても、葵は課題を片付けるペースが習慣になってしまっているので、来年以降も手早く終わらせるだろう。
■
翌日。シャミ子は変わらず課題の山に頭を抱えていた。
「ん〜、あ〜う〜」
「お腹空いたの?」
「違います!」
シャミ子のうめき声に、部屋に居た桃はズレた事を聞く。
昨日一日頑張ったものの、進歩は芳しくない。
「まあ、小腹埋めるにはいい時間だと思うよ」
そう言いながら葵は居間に入り、テーブルにそれを置く。
トルティーヤと各種ソースだ。
なお、いずれのソースにも大量の玉ねぎが使われている。実際相性は良い。
ただ、今回のものは特殊だ。
「初めて人に出す魔力料理なんだ」
トルティーヤもソースも、作業としては根気こそいるが単純な方だ。
故に魔力制御の維持がしやすい。
「初めて……リコさんはどうしたんですか?」
「監督しては貰ったけど、全部自分で処理したんだよ」
そのせいで葵は最近眠りが浅かったりする。
元は自分の力なのでそこまでではないのだが。
「初めては二人に出したかったんだ」
「葵……」
「ちょっと不安だけど、食べてみてくれるかな」
「うん」
「もちろんです!」
そう言って二人は手を付け初め、葵はそれを眺めている。
「美味しいよ」
「リコさんの料理に似た感じですけど、これは……」
「葵に魔力を渡された時みたいな、温かい感じがする」
「それです!」
「良かった……」
葵は安堵の息を吐き、自身も食べ始める。
(魔力濃度は……問題ない。後はこれを他の料理で出来るように……)
■
「さて、優子。続き始めようか」
食器を片付けた葵はそう言う。
「シャミ子は宿題系をちゃんとやるまぞくなんだ……えらい。
私、1ミリも進めてないや」
「ふっふ〜。まぁ、ごりっぱまぞくですからね!
……え!? ダメだろうそれは! まぞくとか以前に! 人として!」
桃の言葉にシャミ子が驚愕している中、葵はある種それに納得する。
冷蔵庫に全く収められていない食料。昼食をポテチで済ます姿。
「桃、宿題勧めてないの!? 頭良いのに!?」
「進めてないっていうか……期末に貰った課題内容のプリントを、机のなかにおいてきちゃうじゃん?」
そんな仕方ない、みたいな口調で桃は言う。
(やっぱりズボラ……)
「『じゃん?』って言われても困ります! のみこめない」
闇落ちしたことを盾に、雑な言い訳でサボりをごまかそうとする桃。
(うーん、そういう所も……いい)
「桃! 宿題をやりましょう」
半ばトリップしていた葵は、シャミ子の叫びで正気を取り戻す。
「宿題、やっといたほうがいいよ。じゃないとずっと頭の片隅に残っちゃうし」
「私はそうはならないよ」
「……」
桃に断言され、葵はこめかみを抑える。
「あー……休みなんだし、色々終わらせてから遊んだ方が楽しいよ?」
「そもそも、夏“休み”なのに課題を出すっておかしくない?」
「え? でも学校は勉強をするところで……」
不満げな桃を二人がかりで説得しようとするも、効果は薄い。
「でも私、授業はきちんと集中して時間内で覚えてる。
葵だって、宿題が復習じゃなくて形だけの作業になってるんじゃないの?」
「むむむ……」
「葵! 負けないでください!」
桃にそんな反論をされ、葵は沈黙する。
そして、更にへりくつを並べ始める桃。
「シャミ子はこの町から違法なサビ勉を無くすため、筋トレやランニングをして戦うべきなのでは?」
「そ……そう……かも? そうなのだろうか?」
「私は貴重なこの夏休み、シャミ子を守るため筋力全振りでいく。
さぁ、書を捨てて町を走ろう」
そんな桃の言葉にシャミ子が飲み込まれそうになっていると、葵がふと思い立つ。
「桃、ちょっとこっち来て」
「……なに?」
葵は桃を連れて廊下に出ると、玄関の近くで話し出す。
「俺も優子も、一緒に宿題やるとかは二人でしかやったこと無いんだよね。
だから、桃とそういう事出来たら嬉しいかなって。
桃はやろうとすれば一人で終わらせられるだろうけど、雰囲気だけでもね」
「葵……」
「まぁ、本当にイヤならそれでも良いと思うよ。
ストレスためるのも良くないしね。それだけ、言いたかった。戻ろうか」
そう言って葵は背を向け、居間に向け歩いていく。
「……葵はやっぱり意地悪だし……ずるいよ」
“約束”を盾にする葵はそうとしか言えないだろう。
桃は呟きながら微笑み、そして葵について行った。
「なんのお話してたんですか?」
「宿題したほうが良いって説得してたけど、失敗かな」
そう言った葵はわざとらしく肩を竦め、葵の後ろから入ってきた桃はシャミ子に向いて問う。
「……シャミ子、どうしてそんなに私に宿題をやらせたいの」
「さ……桜さんに桃を見ていてって頼まれたからですっ。
私は桜さんのコアをレンタル中なので。
……なんなら、私を姉代わりだと思ってくれてもかまわないぞ! 眷属(仮)ですしね!」
シャミ子は胸を張りながらそう言い、桃は多少困惑しているように見える。
(二人とも素直じゃないなぁ……)
「……姉? ……サイズ感が足りない……」
桃がそう言うと、シャミ子は当然怒る。
シャミ子の頭の多少上に浮かせた桃の手を見て、葵は物思いにふける。
(あの位置……フフ)
「……葵は何ていうか……弟って感じ」
「俺一応一つ上なんだけどなぁ……」
桃のつぶやきに、葵は苦笑いをしながらそう返した。
だが同時に、その言葉を受け入れてしまう所もある。
同学年と比べて若干低めの身長の事か、それとも最近のあれやこれやなのか。
桃がどの辺りを見てそう言ったのかは葵には分からないが、心当たりが有る故に苦笑いしか出来ない。
「……そもそも、姉も宿題はギリギリまでやらない派だった」
桃のその言葉に、シャミ子は驚きながらも納得しているようだったのだが。
「……そうだったの?」
「葵は知らないの?」
「……俺が見たあの人ってお茶目だけど完璧超人って感じで……」
葵は桜のことを思い浮かべるも、色眼鏡をかけて見ていることを否定も出来ない。
「……家の外だし、カッコつけてたとかじゃないの?」
「うぅん……」
葵が唸っている間、桃は桜が宿題を遅らせていた理由を話し始める。
孤児である桃を引き取った桜は、人見知りをしていた桃を気遣い色々な場所に連れて行っていた。
それで課題を山積みにしていたようだ。
(俺の知らない桜さんも興味あるけど……そういう空気じゃないかな)
桃をテーブルの前に座らせるシャミ子を見て葵はそう思った。
シャミ子は今日一晩桃の宿題を監視するつもりらしい。
「夜食のおにぎりは何がいい!?
私のおすすめは濃い味のおかかに天かすを入れたヤツだ!」
「俺的にはツナマヨ? 玉ねぎの辛味を多少出したやつ」
しっぽを激しく振りながら夜食の提案をするシャミ子に、ニヤニヤしながら葵は乗った。
最初にやらせるものは将来の夢の作文らしい。
桃はまだダルそうだ。
「そっちはそういうのあるんだね」
「葵も気晴らしに書いてみませんか?」
「えぇー……」
将来の夢、そう聞いて葵は考える。
桜やヨシュアと再開するのは目標だが、夢とは違うだろう。
「……そういえば葵、昔の作文とかどこにあるんですか?」
「え? 家にファイリングして置いてあると思うけど」
「葵君に昔見せてもらった作文、面白かったですよ」
シャミ子の問いに葵が答えていると、口に片手を当て笑いながら清子が乱入してきた。
「……どんなのでしたっけ」
「うふふ」
清子は笑うだけであり、葵はそれを見て猛烈に嫌な予感がする。
「……見てみたいかも」
「私も……」
「……やだ」
葵はそれがどんな内容だったか思い出せないが、見せてはいけない気がした。
「……よし、次行こう」
「話そらした……」
シャミ子が次にやらせようとしているのは日記。
桃が闇落ちした日の事を適当に済ませようとして、シャミ子は自身の日記を見せ詰め寄る。
そして葵は次の日の日記が目に入り吹き出す。
「ちょっ……そっちの日記何!? それ提出するつもり? 俺やだよ!」
「え? だって……大切な日だったじゃないですか……」
葵が止めると、シャミ子は本気で落ち込んでいる様子。
そんな姿を見せられては葵は何も言えなくなる。
葵が顔を引きつらせている中、桃はそれを放置してスマホをいじっている。
(杏里に知られたら生暖かい目で見られることは間違いない……)
既にそう見られているとは露知らず。
そして、シャミ子は以前白澤に貰った動物園の招待券で桃を釣ろうとする。
そのチケットはトラの赤ちゃんと触れ合える特典が有るらしい。
それを聞いた桃はやる気を出した。
「桃、ネコ系好きだねぇ」
葵がそんな感想が思わず口をつくと、桃は少々照れた様子だ。
「葵、弱点知っていたのならもっと早く教えてください」
「やめて……ねぇ、シャミ子。
作文さ……将来やりたいことは特に思いつかないけど、直近でやりたいこととして……。
シャミ子と……それと、葵が本気で作ったお弁当を食べてみたい。外で」
桃の言葉を聞いた二人はそれぞれ面食らい、そして。
「食べきれないくらい作ってやるから覚悟しておけ!」
「フフ、気合入るなぁ……」
「私も宿題終わらせるから……みんなで行きましょう、動物園!」
「とりあえず俺は優子の宿題見て、それでお弁当も考えないとね」
桃が言ってくれた、思い出作りの手伝いをするという約束。
それが些細な日常でも、特別な日だろうと。
連日それが果たされていることが葵はとても嬉しかった。
(さぁて……何作ろうかな)
もしかしたら、葵が一番嬉しい事はお弁当を作るという行為そのものかもしれない。
■
数日後。
徹夜らしく顔色の微妙な桃が吉田家に入ってくる。
「三日で終わったよ! どうだ!」
「凄いね、桃。俺は流石にそのスピードじゃ無理だよ」
葵が軽く驚いていると、桃はお父さんボックスに突っ伏すシャミ子を目にする。
「三日前にみた光景が見えるんだけど、何? これ」
「力及ばず……」
葵は桃から目を反らした。
「このペースでは宿題終わらないです。
お弁当は作るので、動物園には私を置いて行ってきてください」
「……え? 何言ってるの? みんなで行ってこその動物園じゃないの?
シャミ子、どや顔で言ってたよね。約束を守るのは大事とかなんとか」
その言葉とともに桃は変身し、シャミ子に詰め寄り宿題を強制する。
それは夜まで続き、シャミ子は夢の世界に旅立とうとしていた。
「これで勝ったと……ぐぅ……」
「寝ながらでも解いて!
……葵、シャミ子の宿題見るって言ってたよね? それは約束じゃないの?」
「……俺は優子がリラックスして進められるような差し入れを……」
「甘やかさない!」