まちカド木属性 作:ミクマ
「やっぱ何かフォローしたほうがいいよなぁ……」
昨日の桃の様子を思い浮かべ、葵は家で一人そんなことをつぶやく。
しかし方法は思いつかない。
そしてもう一つ。
白澤達の言っていた、桃の魔力が不安定であるという事。
葵自身もそれは薄らながら感じ取っており、不安は拭えなかった。
葵が一人で唸っていると、ばんだ荘の方が騒がしくなり葵は外に出る。
「ダメだ……戻らない……」
「誠心誠意心をこめてぶっぱしたつもりだけど……。
っていうか、寝起きから友達に矢を撃ち込む女子の気持ちを考えなさいよ!」
まず葵が目にしたものは、そんな叫びをしながらハイキックをする魔法少女姿のミカンであった。
大きな動きのそちらが目立ち、隣にいる桃のその姿に葵は一瞬気が付かなかったのだが。
「どうしたのかな……!?」
桃の服装は、黒を基調とした日常離れした姿だった。
あの時は精神的な闇落ちだけだったが故に、葵自身はその姿を見るのは初めてであったのだが、それが何であるのかは一瞬で答えにたどり着いた。
「そ、れっ……て」
「葵……なんか、闇落ちしちゃったっぽい。あと、元の姿に戻れない」
桃のその答えを聞いた葵は激しく息を乱す。
胸を抑え、たたらを踏んでいる葵は、その動揺を隠すことすら考えられない。
「葵、大丈夫ですか……?」
「俺の……俺のせいで……」
葵のつぶやきは、シャミ子の言葉に反応したものではなく、完全な独り言であった。
「葵……?」
「……」
「葵っ!」
「……っ!」
葵に正気を取り戻させたのは、桃による呼び声だった。
「葵。これは葵のせいなんかじゃない」
「でも、俺があの時……!」
「私がシャミ子を助けに行ったのは私自信の選択。
前にも言ったよね。葵が居てくれたから、私は安心してシャミ子を助けに行けた。
それに……」
桃はそこで言葉を切り、葵に右手を差し出した。
その行為の意味を葵はすぐに理解し、思わず声を漏らす。
「あ……」
「今だって、葵が居てくれれば大丈夫。そう約束してくれたよね?」
桃の言葉に葵は一瞬呆気にとられ、そして桃の手を握った。
「もちろん……もちろんだよ……っ」
桃の握り返す力は強く、葵は多少痛かったがそれを言うわけもなく。
周囲のシャミ子とミカンが微笑む中、葵は集中を始め力を注ぎ始める。
「……うん、大丈夫かな。消費を供給が上回ってる」
「よかった……」
しばらくの後、桃は葵に笑いかけてそう言い、葵は深い安堵の表情を見せた。
そして一行は吉田家に入り、遅れてきた葵に向け状況の整理を始める。
「それで……今どんな状態?」
桃曰く、体を操作する魔力の調整が効かなくなっているらしい。
魔力の蛇口が常に全開で、力の加減も出来ない。
「なるほど……供給量が多いのはそういう事か……」
「……葵。手、痛くない?」
「全然大丈夫だよ」
説明の途中の問いに葵はそう返し、桃は少し不安げな表情であったが話を続ける。
とりあえずは、前回のようにミカンに矢を撃ってもらったものの、戻りはしなかったそうだ。
「葵が居なかったら、すぐに魔力を使い果たしてコアになってた。本当にありがとう」
「これくらい、お安い御用だよ」
葵は桃に微笑みを返しそう言い、そして落ち着いてきた事で考える余裕が出てくる。
「……とは言え、いつまでもこうしているのは流石に無理だし……これから、どうしようか」
「葵、“喫茶あすら”に連絡できる?」
「えっと、携帯は……」
葵は右手で自らの体をまさぐるも、携帯はない。
こういった話になるとは思わず、家に置いてきてしまったのだ。
なので、代わりにシャミ子が吉田家の物を使い、あすらに電話をかける。
桃の闇落ちを報告し、リコが飲ませようとした薬について聞くも、その薬は予防の為のものであるらしい。
その説明を聞いた葵はふと思い立ち、受話器を受け取りリコに聞く。
「今はともかくとして……今後の為に、俺がその薬作れたりしませんかね?」
『う〜ん……ちょ〜っと難しいかもな〜。アレはウチの種族特有のものやから……』
「そうですか……」
『葵クン、今は桃どのに魔力を渡しているのだろう?
それは君にしか出来ないことだ。とはいえ、葵クンも無理はしないように』
「……はい。ありがとうございました」
リコからの返答に葵が軽く気落ちしていると、白澤の声でそう励まされる。
同じ声を耳にしていたらしい桃が、葵の手から一度指を離すと改めて握り、そして葵はあすらとの電話を切った。
「葵……」
「……うん、思いつくことは全部やってみよう」
呼び声に葵が微笑みながら返すと、桃は一瞬面食らったようだが、すぐに笑顔になる。
「そうだね、葵のおかげで時間はある。最善を尽くそう」
「小倉しおんに相談してみてはどうだ? 奴ならいい案を思いつくかもしれぬ」
リリスのその提案で、一行は連絡先の入った携帯のある桃の部屋に向かうも、桃の携帯は割れていた。
どうやら、加減の出来ない力で無意識にそうなってしまったらしい。
「じゃあ今度こそ俺の携帯で……」
「葵、小倉さんの連絡先知ってるんですか?」
「……いつの間にか入ってた」
「なにそれ……」
「呼んだ?」
部屋が困惑に満ちる中、そこに入ってきたのは話題に上がっていたしおん。
邪神像に仕込んだ小型マイクで話を把握し、週5でばんだ荘の周りを徘徊していたことでここに来れたようだ。
「……だとしてもありがとうございます!」
(どこの誰とも知らない人間ならともかく、世話になったから何も言えない……)
葵がそう思い眉間にシワを寄せていると、しおんが推測を話し始める。
しおんは闇落ちのトリガーとなったのが、桃の負の感情である可能性をあげた。
古来の伝承を例としてあげ、更に桃のコアの不安定さを図解として出すと、次に桃は戻る方法を聞く。
「千代田さんは今、コアが闇属性に滑り落ちて、光の一族とのリンクが途切れた状態なんだ。
だから……直近に感じた負の感情を精算してごきげんになれば、光の一族とのつながりが戻ってきてこの場を凌げる! ……かも」
(……ん? まさか……)
白澤達の懸念としおんの説明を聞いた葵はなんとなく感づく。
「“千代田さんが最近スゲェ嫌だったこと”を、ここで洗いざらい吐き出しちゃって!」
(やっぱり……!)
葵が苦い顔をしていることには気づかず、桃が戻ることを拒否し始めると、シャミ子が詰め寄りその不機嫌の原因を聞き出そうとする。
「心当たりはあるけど……この場で言うのはヤダ」
「……桃、ちょっとついてきて」
「……葵?」
葵の誘いで二人は廊下に出る。
「桃の嫌だったことって……」
「やめて」
それに心当たりのあった葵だが、桃に本気で拒絶され言葉に詰まる。
「……ほんとに、心配なんだよ。今回の原因は俺にあるから、だから……」
「……葵は、お弁当を豪華にしようとしただけだし。
それに葵からのプレゼントは、ご機嫌取りだったとしても凄く嬉しかった」
「桃……」
「……葵は私を励ましたいのか、私に励ましてほしいのかどっちなの?」
それを言われた葵はぐうの音も出ない。
今まで葵が何度桃に借りを作ってきたことか。
葵が口をまごつかせていると、桃は呆れた表情になる。
「……葵、戻ろう。私と一緒に大恥かいて」
桃はそう言いながら葵の手を引き、シャミ子達のいる居間に戻ると顔を真っ赤に染め、“イヤだった事”を話し始めた。
動物園でシャミ子達の弁当を落ち着いて食べられなかった事を、桃は昨日から一日中引きずっていたそうだ。
説明の最中、桃の消費する魔力がグンと増えたことに葵が驚き、供給を増やそうとしていると続く桃の言葉にぶん殴られる。
「……後、葵がさっき泣いてた」
「なぁっ!?」
「……そうなんですか?」
「葵、桃のことになると弱いわよねぇ」
「せんぱいの弱点、メモしておかなきゃねぇ……」
「葵よ。実は余はお主が昔清子に……」
「ちょっ……! 待って! 制御乱れるから! ほんとに!」
桃の道連れ行為によって場の面々に生暖かい目で見られ、葵が本気で焦っていると、桃の体が透けてくる。
「可及的速やかにこの世から消えたい」
「マズイ……魔力が……」
「とりあえず、桃がいろんな意味で消えそうだからお弁当を与えましょう」
葵が胸に手を当てて深呼吸をしていると、シャミ子が試作の弁当を持って戻ってくる。
枯れ葉色のそのおかずに、シャミ子は自信なさ気の顔をしていた。
「それならいけるよ、優子」
「でも……」
「シャミ子らしくて、いいお弁当だと思う」
「なんだその評価は! 黙って食べるがいい!」
力加減が効かず、桃が箸を折るのを見たシャミ子は、自身が直接食べさせようとする。
そして、シャミ子にあーんされ、弁当を味わった桃はようやく元に戻ったのだった。
しおん曰く、今後も桃の闇落ちしやすい体質は当分戻らないらしい。
そうしてその場は解散となり、葵は桃の手から手を離そうとする。しかし。
「……桃?」
「……もう少し、お願い」
桃の方は手を離そうとせず、それを見た葵は離していた指をもう一度握る。
しばらくそのままでいると、桃がおずおずと口を開く。
「……葵のお弁当も食べたい」
「へ? でも……」
「……じゃないと、また闇落ちしちゃうかも」
桃は顔を反らしながらそう言い、葵が困惑しているとシャミ子が耳打ちをする。
「葵、家の冷蔵庫に色々おかずありますよね? それで……」
「……ありがとう、優子」
礼を言われたシャミ子は笑顔で葵から離れた。
「桃、家に来て」
「……うん」
手を繋いだまま二人は喬木家に入り、キッチンに入った所でようやく桃は手を離す。
葵はいくつかの常備菜を冷蔵庫から取り出し、タッパーに詰めて即席の弁当もどきを作ると、それと箸を持って桃の待っている居間に移動し、そしてテーブルに座る。
「はい、召し上がれ」
「……」
葵は箸を差し出すも、桃はそれを受け取ろうとしない。
「……シャミ子みたいにして」
「う……」
「……ダメ?」
つい2日ほど前、別の人物に似たような目で見つめられた覚えのある葵は箸でおかずを取り、やはり2日前の様におずおずと腕を伸ばし、箸先を桃に差し出す。
「あ……あーん」
緊張している葵が、半ば冗談で言ったその単語に桃は顔をほころばせ、そして箸の先のおかずに食いつき咀嚼する。
「……いつもより、すごくおいしい」
「よく作ってるやつだけど……」
「……そうじゃない」
葵のとぼけた言葉に桃は少し膨れた顔になったが、その後も残りのおかずを葵から食べさせられ、タッパーの中の全てを完食した。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
「……最後に、もう一度手を握って欲しい」
「わかった」
今度はそれぞれの両手で、お互いの手を交互に挟むように握った。
「……ミカンが、私の事だと葵が弱いって言ってたけど……」
桃のつぶやきを葵は何も言わずに聞いている。
「私だって、本当は……」
■
桃を部屋まで見送った葵は自宅に戻り、そして考える。
(桃のあの傷……そういう事、だよね。前々からそうだろうとは思ってたけど……)
桜がいなくなり、ずっと一人で町を守ってきた桃。
その10年は、葵には欠片の想像もつかない。
葵が墓地で行ったあの告白など、比べ物にならない程の修羅場をくぐってきたのだろう。
「どうしようかなぁ……」
口をついたその言葉が何に対しての物であるのか、葵自身にも分からない。