まちカド木属性 作:ミクマ
「ナントカの杖……せんたくものほしざおモード!」
その掛け声と共に、シャミ子は杖を物干し竿に変形させ、そしてそれを受け取った清子は布団を干す。
「布団を3枚横列で干せる生活、サイコーですね……」
そんな光景を見て葵は懐かしがっていたのだが、それを更に見ていた桃には呆れられている。
「……葵、物干し竿余ってるんでしょ? ずっとここに置いておけば良いんじゃないの?」
「葵君の家のものですから、あくまで借りるだけですよ」
「……って、感じ」
葵自身としては桃の言葉通りでもいいと思っているのだが、何故か清子が強情にこう言うのでそれに従っている。
「それに、おとーさんの杖を竿にするとすごく頑丈なんですよ」
「あの時のアレ、あれだけ引っ掛けて折れないって凄いですよねぇ……」
「……一体何をしたの……?」
葵のフワッとしすぎている回想に、桃は困惑していた。
「……その杖はシャミ子を守る大切なものなんだから、もう少し運用方法を考えて。
葵も他人事じゃないんだよ? ヨシュアさんがどんな事に使ってたとか覚えてないの?」
「……残念ながら」
「なんで嬉しそうなの……?」
例によって、葵は荒事から遠ざけられていたため、一発芸くらいしか記憶がない。
ヨシュアとの経験を思い浮かべつつ、わざとらしく首を振る葵。
それを見て桃はため息を付くと、変形のための作戦会議を提案した。
「まず“棒状のものに変形”っていう機能がフワッとしすぎだよ。作れるものの範囲広くない?」
「棒とは……『手に持てるほどの細長い木・竹・金属のこと』」
そして葵の家でテーブルを囲み、始まった会議。
良子が辞書の内容を読み上げると、先程からシャミ子が変形させていたうちわから、元のフォークに戻ってしまう。
「あ! シャミ子が疑問に思うとダメなのか……」
「……優子、ちょっと良いかな」
そんな光景を見ていた葵はシャミ子を手招きし、廊下に連れて出る。
「どうしましたか?」
「優子、ヨシュアさん曰く──」
■
しばらくすると葵は笑顔で部屋に戻る。
「何話してたの?」
その引き攣った笑顔を見て桃が問うも、葵は答えない。
すると、葵の背後から目をグルグルと回したシャミ子が続けて部屋に戻る。
その手には先程と同じうちわを持っていた。
「……葵、シャミ子に何をしたの?」
「ヨシュアさんの言ってたことを元に、俺流の解釈を伝えてみた……んだけど」
葵の答えに、桃は先程に増して訝しげな顔になっていたのだが。
「これは棒……これは棒……こ、れ……は……」
「シャミ子!?」
「あ! 桃、うちわって棒なんですよ! 知ってましたか?」
「葵っ!」
葵の後ろに居るシャミ子の明らかに変な様子を見て、葵に詰め寄る桃。
襟を掴まれた葵は顔を反らし、震えた声で弁解を始める。
「いや……ここまで効くとは本当に思ってなかった……」
「途中でおかしいとか思わなかったのかな!?」
「まあまあよかろう。変形のバリエーションが増えたのだ。それよりもシャミ子」
叫ぶ桃を仲裁したリリスは、桃と葵をボケっと眺めていたシャミ子に声をかける。
「以前、夢の中では何でも倒せる“ずるい武器”を作れていたそうだな。
つまり実在しないものも作れるのか? 空想上の武器とか」
リリスの疑問を聞いた良子が図鑑を開き、興奮した様子で伝承や神話の武器のページをシャミ子に見せる。
さらに、桃の提案で“実在しないもの”を作れないかと外に出て試すも、無理なようだ。
その間葵はなにか無いかと思考していたのだが、自身の発想の貧困さに密かに絶望していた。
「……ずるい武器っていうのはどんなのかな」
「桜さんが葵の力を借りればスゴイものが作れるって言ってて、それで──」
興奮した様子のシャミ子による、擬音だらけのよくわからない説明が続いたが、葵達はそれの内容があまり掴めなかった。
「……桜さんのアドバイス……今は出来るの? 優子」
「えーっと……むむむ」
葵の疑問を受けたシャミ子は杖を持って念じるも、それが変形する様子はない。
「……魔力が全快じゃないせいかな」
「いや待て、それだけでは無いだろう」
手を取り魔力譲渡をしようと考え、シャミ子に近づこうとした葵をリリスが止める。
「おそらくシャミ子自身が無意識にストッパーをかけているな。
葵の力で全快の状態を維持したとしても、そこに引っかかるだろう」
「……思い込み、重要なんですねえ」
先程の言いくるめを思い出し、葵は微妙に苦い顔をする。
その後リリスの提案で、シャミ子はホームグラウンドである封印空間での練習をすることになった。
「今回は葵が力を貸さぬほうが良いだろう。
あまり頼りすぎて、シャミ子がそれに慣れてしまうといかん」
「……そうですね」
その指摘を聞いた葵は少し寂しく思ったが、正論であることはよく分かるので従うことにした。
リリスによれば、血縁である良子を封印空間に呼び出せるらしく、良子は目を輝かせてシャミ子の修行を見学すると言いだし、そして吉田家に移動した上で二人は眠りに落ちた。
「……桃」
「葵?」
暇になった桃は自室に戻ろうしていたのだが、それを葵が呼び止める。
シャミ子達が普段着のまま、目の前で眠っている今は昼。
ずっと保留になっており、悶々と考えていたことを葵はここで言う。
「……これから一緒に出かけないかな」
「へ……?」
「前に、桃の好きな所に出かけるって約束をしたけど……あれから色々あって、出来てなかったから」
「……暇になったから提案したの?」
「うっ……」
図星を突かれた葵はうめき声をあげ、それを見た桃は少し呆れたようだったが、すぐに微笑む。
「……いいよ。それ以外にも……葵への貸し、返してもらうから」
「……! もちろんだよ」
「でもその前に……もうお昼だから、葵のごはん食べたい」
「任せて」
「少ししたら行くから、葵は家で作ってて」
そんな桃の要求通り、葵は家に戻り献立を考え始める葵。
この後出歩くなら軽めの物がいいと考え、組み立てたそれを作り始めてしばらくすると、玄関からの音が葵の耳に入る。
「葵」
「もう少しでできるか……ら……」
名前を呼ばれた葵はそう言いながら桃の方を向き、そして固まった。
「その服……」
「どう……かな」
桃の服装は以前葵が選んだ服の一つであり、それを指摘された桃は照れている。
その服は、これまでに着ている姿を葵は見たことがなかったものであり、その理由を葵は問う。
「葵の選んでくれた服で一番……好きだから、葵が誘ってくれたら着ようと思ってた」
「……待たせて、ごめんね」
「ううん。それより……」
葵の謝罪の言葉を静止したた桃は、モジモジとして何かを求めるような声を出す。
「……うん、すごく似合ってる。桃の雰囲気とか、身長とか……そういうのが映えててかわいくて、かっこいい」
「……言い過ぎ」
「そんなことないよ」
葵は軽く興奮した様子で褒め、桃はそれを聞いて顔を反らす。
「……それより。ごはん、お願い」
「そうだったね。すぐ作るから」
■
昼食を終え、外に出た二人。
「どこ行こうか」
「葵はどこか考えてる?」
「いくつかあるけど……桃の行きたい所って約束だから」
「……」
歩きながら、葵の言葉を聞くと考える素振りを見せる桃。
「……葵の行きたい所に、私も行きたい」
「……! フフ。精いっぱい頑張ってエスコートさせてもらうよ」
そして、二人がやってきたのはショッピングセンターマルマ。
「……手芸?」
葵に手を引かれ、たどり着いたそこは手芸用品店。
「ずっと使ってる物が色々無理が出てきてね。
この際だから思い切って一新してみようと思ったんだ。
それで、桃も手芸得意でしょ? だからアドバイスして欲しいな」
「……うん」
陳列された商品を手に取り、眺め始める桃は嬉しそうだ。
葵はそんな後ろ姿や悩む横顔を眺めたり、振り向いた時の不安と期待の入り混じった表情を見て、密かに心を震わせている。
「これ、いいと思う」
「……確かに」
「……葵が手芸教わったのって、清子さんだよね?」
「そうだね」
昔の葵は手芸に限らず、清子の行っていた様々な家事を真似しようとしていた。
それは勉強の様に、一種の強迫観念も混ざってはいたが、何より清子に褒められる瞬間が葵は楽しかった。
「……道具は変えるけど、上達の証だから取っておくつもりなんだ。
清子さんが忙しい時、逆に俺に頼ってくれた時は本当に嬉しかったよ」
「……私も、葵に頼られると嬉しい。今も」
「ありがとう」
桃の趣味の見える手芸用品を、(もちろん葵の財布で)沢山購入した二人は店を出る。
夏休み中かつ昼をある程度過ぎた辺りのこの時間。
現在はなかなかにショッピングセンター内が混んでいた。
「……ん?」
と、そこで葵は人混みの中に、白くもふもふした2つの三角形が見えた気がした。
「ぅぇっ!?」
その瞬間葵は腕を引っ張られ、小さなうめき声をあげながら、手近な店に連れ込まれる。
腕を引っ張った桃は顔を赤くし、葵を通路から隠すように立っていた。
「……」
「……どうしたの?」
「……見られたら、絶対……」
葵の問いに反応した物ではなく、軽く怯えたような桃の独り言。
それを耳にした葵はようやく察した。
葵は今いる店を見渡し、そしてここが女性服の売り場と認識すると桃の手を取る。
「っ! ……ぁおい……」
「少し、ここで待とうか」
「……うん」
「せっかくだから、また桃の服を選ばせて欲しいな」
「……ありがとう」
葵の言葉に桃は驚いていたようだが、素直にそれに従い店内を巡り始める。
葵は今回、以前とは逆にかなり自分の色を出しつつ服を選ぶ。
「……こういうのはシャミ子とかミカンとかに……」
「動物園の時に最初に着てた服、俺は凄い好きだよ」
「……。……あっ」
葵の真っ直ぐな視線に目を反らした桃は、その先にあるものを見つける。
「ヘアゴム……」
「桃?」
「……これ、葵に送りたい。服のお礼」
桃が差し出した物は、黒いハートと翼の飾りがついたヘアゴム。
それを見て葵は一瞬面食らったものの、すぐに笑顔になる。
「ありがとう。大切にするね」
「……私も、葵の選んでくれた服、大切にする」
ヘアゴムと葵の選んだ服をレジに持っていこうとした時、ひと悶着あったものの葵が会計をし、そして二人は店を出た。
「私の服だし、私が払っても……」
「ダメ、俺が送りたかったんだよ。この前はそれが出来なかったからね」
「じゃあヘアゴムは……」
「俺か欲しかったから俺が払ったの」
「……もう」
葵による一つ目と二つ目の理論で、矛盾が発生しているような気がしないでもなかったが、桃は嬉しそうだった。
その後も二人はいくつかの店舗を巡り、そしてマルマを出る。
「そういえば……さっきのお昼ごはん、量足りてたかな」
「……? 大丈夫だけど……」
「結構歩いて時間経ったし、おやつ代わりに何かつまもうかと思ってね」
「いいよ、どうするの?」
「そうだね……」
葵はそこで、マルマ前の広場に出店している屋台を見渡し考える。
「あれ……」
「うん?」
そんな中、桃がとある店を指差し、葵がそこを見ると『タピオカミルクティー』なる文字列が踊るノボリが立っていた。
「あれ、ミカンが最近よく話してた」
「興味ある?」
「……そこまでじゃない」
「桃らしいね」
「からかわないで」
葵が薄く笑うと、それを見た桃は少しムッとした様子だ。
「まぁ、俺も飲んだこと無いし、買ってみようかな」
そう言って葵は店舗の列に並び、しばらくしてそれのカップを二つ持って戻ると、片方を桃に渡した。
そして二人がある程度飲んだ所で、葵が口を開く。
「どうかな」
「……よく分からない」
「フフ、俺もだよ」
そんな毒にも薬にもならないようなやりとり。
だがそれが葵にとっては楽しく、桃も微笑んでいた。
そして二人はベンチに座り、しばらく雑談を継続していた。
「……最後に一つくらい、桃の行きたい所に行ってみたいな」
「……分かった」
そうして、桃の誘導で向かった先は高台の公園。
柵越しに町を眺める桃に、葵は背中から声をかける。
「ここ、桜さんとの思い出の場所なんだっけ」
「うん……葵はおね……姉と来たことあるの?」
桃が言いかけた単語に葵はここでは触れず、問われた事を思い返す。
「……そうだね。何度か訓練の気晴らしって言われて、連れてこられたよ」
「どんなこと……してたの?」
「基本、桜さんが話を振って俺が答える……って事が多かったかな」
あの頃、葵はひたすらに後ろ向きだった。
それを桜はどうにか出来ないかと考え、とにかくひたむきに接し、何か興味を惹く物がないかと、様々な物を葵に見せたり聞かせたりしていた。
「あとは……町を眺めたりって事も多かったかな。今の桃みたいに」
それが多くなったのは、吉田家が引っ越してきてからだ。
幼き葵は柵越しに病院を見つめ、それを桜は複雑な表情で見ていた。
生きる目標が出来たことは喜ばしいが、しかしシャミ子が永く生きる事が出来るのか、という事を桜は悩んでいた。
それを幼き葵は知る由もなかったが。
その後二人は暫くに静かに過ごしていたのだが、ふと桃が口を開く。
「……私、葵には戦ってほしくない」
「え……?」
「普通に過ごしていても不安定なのに、更に危ないことをするなんて……」
「……不安定なのは、今の桃もそうでしょ」
ふとした拍子に闇落ちしてしまう、今の桃の体質。
あの日、桃に手を握られた感触。
葵の記憶に刻まれたそれは、不安にならざるを得ないものだった。
「……いつか、葵が力も何もない普通の人間に戻れたら……いいな」
「それは……」
死の恐怖に脅かされる事のない日常。
それは葵にとって念願ではあるが、しかし同時にそれ自体が怖くもある。
「……俺は、一度戦うって決めたんだよ。それを覆すのは……イヤだ」
「違う」
葵の言葉を桃は強めに否定する。
「葵が家でごはんを作って待っててくれるって……そう思えば、私は頑張れる。
葵が後ろに居てくれれば、それだけで私は嬉しい」
「……もしも、本当に俺がただの人間に戻れたなら……喜んでそれをする。
だけど、この力がある限り俺は戦って、俺にしか出来ないことを探すよ」
「分かった……」
町を眺めていた桃はそこで葵の方を向き、そして葵の手を握る。
「……葵が戦えなくなっても、葵の事は私が守る。だから安心して」
「……うん」
■
「本当にいいの?」
その後、二人は葵の家に戻った。
そして葵は髪を結ぶ紐を解き、先程桃に選んでもらったヘアゴムをつけようとしている。
「うん。せっかく選んでもらった物だからね」
「でも、わざわざそっちを外さなくても……大切なものなんでしょ?」
「二つ着けるのは少し大変だし、それにこっちを捨てたりするわけじゃないから」
桜の紅白紐を手に持った葵は、はにかみながらそう言う。
彼女の居場所、そして生存そのものが分かった今では、葵がそれを身に着ける目的の一つが消えたのだ。
葵の言葉と表情を見た桃は少し考える素振りを見せ、そして。
「……私に着けさせてほしい」
「……! ……お願い」
桃の提案を聞いた葵は一瞬驚いたが、笑顔でヘアゴムを差し出した。
葵の後ろに立った桃は、その髪を優しくゆっくりと梳かして纏める。
「……サラサラ」
「紐を魅せるために、髪も綺麗にしなくちゃって考えてたから。これからはヘアゴムの為に、だね」
背を向けている葵には見えなかったが、桃は頬を染めていた。
「出来たよ」
「ありがとう、大切にするね」
そして、桃の側にも気付いていなかった事はあった。
髪を梳く段階で、桃は葵の額や頭部に当然触れていた。
しかし葵は震えたり、何か反応をすることはせず、平然と桃の為す事を受け入れていたのだ。
「……どうしたの?」
葵は両手でそれぞれ髪と額に触れて笑みを溢し、それを見た桃は不思議そうだった。
「……いや。それより、今日はどうだったかな」
「すごく……楽しかったよ」
振り向いた葵が見た、桃の笑顔。
それを葵は一生忘れないだろう。
少し照れくさくなった葵が、顔を軽く反らして窓の外を見ていると、桃が憂いの混じった表情になる。
「……夏休みももうすぐ終わりだね」
「……そうだね」
「終わったら……葵と会える時間が減る」
「……」
返す言葉に悩む葵がうつむき、そして考えていると正面からの圧迫感。
桃が葵の首に手を回し、抱きついてきたのだ。
「桃……?」
桃からの返答はなかった。
しばらくそのままでいると静かな呼吸の音が聞こえ始め、回された腕の力が抜けるのを感じた葵は、ゆっくりと桃を横に向けて頭を膝に乗せる。
「……お姉ちゃん……」
「……俺なんかじゃ、桜さんの代わりにはなれないよ」
桃の閉じられた瞼から僅かに滲んだものを見て、葵はそう呟いた。