まちカド木属性   作:ミクマ

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これはきっと

 短いが、昔話をしよう。

 これは吉田家がせいいき桜ヶ丘に引っ越してくるより前。

 陽夏木家が儀式に手を染めるよりも前。

 そして、喬木葵が今の体質になるよりも昔の話だ。

 

「うぅ……」

 

「泣かないの! アイちゃんはすぐ泣くんだから……」

 

「なっちゃぁん……」

 

 アイちゃんと呼ばれた泣いている子供と、なっちゃんと呼ばれた少し強気に見える子供。

 これは、この小さな子供二人の出会いから、別れまでの話。

 

 

 

「大丈夫よ! その高さならケガなんてしないわ!」

 

「うぅ……」

 

 樹の上に乗っている子供。

 つまりアイちゃんは、下にいる別の女の子からそう声をかけられていた。

 この日が二人の初対面の日。この時点ではまだ、お互いの名前を知らない。

 

「ほら!」

 

「う……わあっ!」

 

 女の子の合図でアイちゃんは樹から飛び降り、そして尻もちをついたものの、幸い怪我はなかった。

 

「ほら、大丈夫だったじゃない。降りれないのにどうして登ってたの?」

 

「それは……」

 

 枝の上にネコを見つけたアイちゃんは、それを助けようと樹に登ったのだが、そのネコは普通に飛び降り、そして取り残されてしまっていたのだった。

 見るからに臆病そうな子供だが、そう言う所は行動力があるのだ。

 

「ヒグッ……ふぐっ……」

 

「泣かないの! ジュースあげるから!」

 

 泣くアイちゃんを見て、女の子は小さなカバンからオレンジジュースを取り出し、そして渡す。

 

「ありがとう……」

 

「おいしいでしょ?」

 

 しばらくの後、泣き止んだアイちゃんはふと考えて問う。

 

「あの……君の名前……」

 

「私? えーっと……」

 

 問われた彼女はジュース缶を見つめ、そしてこう答えた。

 

「……なっちゃん。なっちゃんって呼んで!」

 

「なっ……ちゃん?」

 

 その名前に明らかに困惑していたが、とりあえずそう呼ぶ事にしたらしい。

 

「それで、あなたの名前は?」

 

「えっと……あの……ぼく、あい……」

 

「あい? アイちゃんっていうの? あなた女の子なのに、自分の事ぼくって言うのね?」

 

「えっ……う、うん……」

 

 弱気な“アイちゃん”は勘違いを止めず、その呼び名を受け入れてしまった。

 

 

 

 なっちゃんとアイちゃん。

 正反対に見える二人だったが、実の所似ているところも多かった。

 なっちゃんは自分より弱気な“女の子”を見て、強気な演技をしていたのだ。

 そんな二人は相性が良かったようで、初対面以降よく一緒に遊んでいた。

 

「今日は魔法少女ごっこよ!」

 

 そう宣言するなっちゃんは、ダンボール紙で出来た仮面を被っている。

 アイちゃんも似たようなものを渡され、困惑しつつも装着した。

 

「魔法少女って……仮面してるの?」

 

「テレビで見たわ。正体を隠さなきゃいけないのよ!」

 

「でも……なんでぼくも?」

 

「アイちゃんは魔法少女の相棒、もちろんあなたも隠さなきゃ」

 

「そう……なんだ」

 

 アイちゃんはまだ困惑していたのだが、しかしその顔は微笑んでいた。

 

「あと、魔法少女ってコードネームが必要らしいわ。アイちゃん、何かないかしら」

 

「えーっと……そうだ」

 

「なになに!?」

 

 詰め寄るなっちゃんにアイちゃんは慌てつつも、思いついたそれを教える。

 

「シトラスガール……っていうのはどうかな」

 

「しとらす?」

 

「ミカンとか、レモンみたいな果物の事だって、本で見たんだ。

 なっちゃん、そういうの好き……でしょ?」

 

「そうね……確かに、いい名前だわ」

 

 なっちゃんの返答に、アイちゃんは珍しく満面の笑顔になったのだが。

 

「でも! 私はガールじゃないわ!」

 

「えっ……じゃあ、どうするの……?」

 

 少しショックを受けた様子のアイちゃんに、なっちゃんは胸を張って答える。

 

「それはもちろん。私は魔法少女──」

 

 

 

 またとある日、夕方の事。

 二人は別れ際の挨拶をしていた。

 

「明日は私の家に連れてってあげる。私の家、すごいのよ。見たら絶対驚くから!」

 

「うん……たのしみにしてるね」

 

「それで、その次はアイちゃんの家に行きたいわ」

 

 その提案にアイちゃんは一瞬面食らうも、すぐ笑顔になる。

 なっちゃんと遊ぶようになってから、アイちゃんは笑顔が増えた。

 

「うん。もちろんいいよ」

 

「よかった……。あのね、アイちゃん。明日絶対……またここに来てね」

 

 そう言うなっちゃんは、珍しく弱気な様子だった。

 

「どうしたの……?」

 

「……私、アイちゃんと会えなくなったらイヤ……」

 

「なっちゃん……?」

 

 初めて見るなっちゃんの様子に、アイちゃんは困惑を禁じ得ない。

 どうするべきかアイちゃんが悩んでいると、なっちゃんが顔を上げる。

 

「……なんでもないわ! 明日絶対来てね!」

 

「……うん」

 

 アイちゃんは何を言うべきか思いつかず、そしてその日は別れた。

 

 ──次の日、アイちゃんは待ち合わせの場所に現れなかった。

 そしてそれ以降も、アイちゃんとなっちゃんが会うことはなく、そのまま日は過ぎていった。

 

 陽夏木家が召喚の儀式に手を染めたのは、その数ヶ月後のことであった。

 

 

 

「ミカン、そこらにある物好きに使っていいから」

 

「はぁーい」

 

 キッチンに向かっていくミカンを見て、葵は微笑しながら布団から体を起こすと、少し大きな声でそんな言葉をかけた。

 次に、立ち上がった葵は壁に手を付きながらも、ウガルルの付き添いで居間に向かう。

 

「んがっ。アオイ、大丈夫カ」

 

「うん。ありがとうね、ウガルルちゃん」

 

 居間のテーブルに座った葵とウガルルは、キッチンにいるミカンを見ながら談笑を始める。

 

「ウガルルちゃん。よりしろの調子はどうかな」

 

「スゴく力みなぎル! アオイ、ありがとウ!」

 

「フフ。皆にも、同じ事言ってあげてね」

 

「んがっ!」

 

 とても素直なウガルルとの会話は、葵に自身の疲れを忘れさせる。

 

「そうだ、ウガルルちゃん。

 ちょっと確かめたいことあるんだけど、手を出してくれないかな」

 

 やはり素直に、ウガルルは肉球と鋭い爪のついた手を差し出し、葵はそれを握った。

 

「何ダ?」

 

「ちょっと、魔力流すね」

 

 まだ葵の疲労は続いているが、簡単な魔力操作程度は可能だ。

 

「んが……」

 

「……うん」

 

 魔力を流されたウガルルは目を細め、葵はよりしろの中の骨格と増幅器の力を強く感じる。

 

「……正常に働いているみたいだね。よかった」

 

「……もウ終わりカ?」

 

 手を離されたウガルルは少し名残惜しそうだ。

 

「アオイの魔力、スゴくほっとすル……」

 

「俺とウガルルちゃんの力は相性が良いみたいだけど、骨格の効果で更にそう感じるのかも」

 

「……よく……分からなイ」

 

「とにかく、俺はウガルルちゃんの事を助けられるし、ウガルルちゃんは皆を助けられるって事だよ」

 

「オレ、ミカンの事助けられるカ?」

 

「もちろんだよ」

 

 葵の肯定する言葉に、ウガルルは心底嬉しそうだった。

 そんなやり取りをしているうちにミカンの料理が完成し、テーブルに並べられる。

 トーストにマーマレード、サーモンとレモンソースのカルパッチョにオレンジジュースだ。

 

「ミカンらしいメニューだね……」

 

「さあ、食べてちょうだい」

 

 笑顔のミカンからの勧めで、葵はフォークを手に取り食べ始める。

 味が酸味に偏ってはいるが、全体的な完成度は高い。

 

「……美味しいよ」

 

「それはよかったわ」

 

「……酸っぱいね」

 

「そこがいいのよ」

 

 葵はつつがなく朝食を終え、洗い物もミカンの一存で彼女に任せることにした。

 

「……ありがとう。いい感じの眠気が出てきたよ」

 

「ゆっくり休んでね、葵。ウガルル、お布団まで付き添ってあげて」

 

「分かっタ!」

 

 

 

 しばらくの後、ミカンは寝息を立てる葵のいる寝室に入る。

 

(……こんな形でもう一つの目的が叶うなんて、思わなかったわ)

 

 ミカンがこの町に来た理由、一つは勿論桃の手伝いをするためだ。

 そしてもう一つ。

 それは、ずっと昔に別れ、それ以来会っていなかった“少女”を探すためだった。

 

(でも……まさか、名前も性別も間違っていたなんて。見つからないわけね)

 

 “なっちゃん”こと陽夏木ミカン。

 彼女は、“アイちゃん”が自身と同じ様に引っ越したと思っていた。

 家もフルネームもお互いに知らなかった二人。

 ミカンは、見つけるのを半ば諦めていたのだ。

 

(私のことを忘れていたのは……葵も、色々大変だったのよね)

 

 “なっちゃん”と“アイちゃん”、二人両方に悲劇が起こってしまった負の奇跡。

 シャミ子と桃に遅れて告白された、葵の過去。

 その時のことを思い浮かべつつ、葵を見つめていたミカンは、次に背を向け小声で呟く。

 

「……アイちゃん」

 

 その名を呼んだ後、ミカンはため息をつく。

 

「……なっちゃん」

 

「……!」

 

 もう耳にすることは無いと思っていた、その呼び名。

 それが聞こえたミカンが思わず振り向くと、そこには布団から上体を起こした葵がいた。

 

「あお、い……? もう、起きていいの……?」

 

「まだ眠いけど……夢を見終わったら叩き起こされた……みたいな」

 

「そう……? そ、それで、さっきのは……」

 

 ミカンの問いに、葵はこめかみを抑える。

 

「どうして……忘れてたんだろうね」

 

「それって……!」

 

「久しぶりって、言ったほうが良いのかな……なっちゃん」

 

 葵は顔を挙げてミカンを見ると、再びその名を口にする。

 呼ばれた“なっちゃん”は激しく目を潤ませ、そして。

 

「ばかぁ……私、ずっと……アイちゃんの事、探してたんだからぁ……」

 

 “アイちゃん”の背に腕を回し抱きつくと、大粒の涙を流しだした。

 

「ごめん……なっちゃん」

 

「私っ……! 会えなくなって、嫌われたんじゃないかって、ずっと……!」

 

「本当に……ごめんね」

 

 “アイちゃん”はしばらく“なっちゃん”をあやし、泣き止んだ所で話を再開する。

 

「葵が待ち合わせに来なかった日って……」

 

「うん。その前の日の夜に俺がこの体質になったんだ」

 

 葵が今の体質になり、そして桜に助けられるとその後はしばらく、その時間を訓練に当てざるを得なかった。

 

「それで……俺、ところどころ昔の記憶が曖昧なんだよね……。

 特に、この体質になるより前のことは……親の事は覚えてるんだけど……。

 ミカンの事も、それで……」

 

「私は……ウガルルの事で精一杯で、葵のことを考える余裕もなかったわ……。

 私たちが引っ越して、それでようやく落ち着いたけれど……桜さんに聞けばよかったのね……」

 

 しかし、桜はコアとなりシャミ子の中に入ってしまい、それも出来なくなってしまった。

 

「……ミカン。こっちに戻ってきて、いつ俺がそうだって気がついたの?」

 

「実は……戻ってきた初日に、あなたの落ち込む顔を見て……少し似てる気がしたのよ」

 

 ミカンがこの町に戻ってきた日、葵はたまさくらちゃんの着ぐるみのあれこれにより、目に見えて落ち込んでいた。

 

「あと、あなたが河川敷でシャミ子の戦闘フォームを見て、泣いてたじゃない? 

 それも……似てると思ったの。

 だけど、その時はアイちゃんが女の子だと思ってたから……」

 

「なるほど……」

 

 勘違いの連鎖により、二人はすれ違ってしまったのだ。

 

「それで、確信したのは夏休み。

 この家で良ちゃんと一緒に、停電に遭遇した日あったでしょう? 

 その後にあなたの昔の遊び道具を見つけて……そこにあの仮面を見つけたから」

 

「そう……なんだ」

 

 それがなければ、気がつくのはもっと遅れていたかもしれない。

 

「葵……思い出してくれて、本当に嬉しいわ」

 

「ミカン……ごめんね」

 

「もういいわ、葵も大変だったんだし。これからもよろしくね」

 

 その言葉と共に、ミカンは笑顔で片手を差し出す。

 

「うん……よろしく」

 

 二人は固く握手を交わし、そこでようやく、10年ぶりに二人は“再会”出来たのだった。

 

「それにしても……ひ()つきでなっちゃんって、ちょっと無理ないかな?」

 

「名前も性別も間違ってるのに、それを訂正しない子に言われたくないわ!?」

 

「どうしタ! 喧嘩カ!?」

 

 叫んだミカンに反応し、他の部屋の掃除をしていたウガルルが寝室に飛び込んでくる。

 慌てた様子のウガルルを見た二人は目を丸くし、そして笑う。

 

「大丈夫。俺達、仲良しだから。喧嘩なんてしないよ」

 

「心配してくれてありがとう、ウガルル。

 ……そろそろ、葵も疲れたでしょう。帰ることにしましょう」

 

「なら、門番してくル!」

 

 ミカンの言葉を聞いたウガルルは、玄関に向かって走っていった。

 

「ああ……うん。本当に、そろそろ眠るよ」

 

「少しの間、見ててあげるわ」

 

「……うん」

 

 葵は再び倒れるように布団に横になり、しばらくすると寝息を立て始める。

 そんな葵の様子を見てミカンは微笑み、そして()()()を始める。

 

「……葵。ここに戻ってきて、あなたに再開して……それで……。

 あなたの、ドジな所も、カッコつけたがりな所も、落ち込みやすい所も、よく泣く所も。

 弱い所も悪い所も何もかも、愛おしく思える」

 

 ミカンはそこで言葉を切り、眠る葵の額を撫でた。

 それに葵は一瞬ビクりとするも、また寝息を立てる。

 

「……好きよ、葵。だけど……これはきっと……」

 

 憂いの表情で沈黙するミカン。

 

「……あなたが好きなのは……シャミ子と、桃。どっちなのかしら。

 ……これからも、大切な友達でいさせてね。アイちゃん」

 

 そう言って、ミカンは部屋を出ていった。

 そして、玄関ドアの閉まる音がすると──。

 

「……マジで……?」

 

 葵は起きていた。疲れのせいで体を起こす事すらダルかったのだ。

 ミカンが話し始め、それを止められずたぬき寝入りを決めこんでいた。

 葵はミカンの言葉にどう返すのか……。

 

「……寝よう」

 

 昨日からの怒涛の展開により、心身ともにいろんな意味で限界だった葵は、先延ばしにしてしまった。

 

 

 

「あ、ミカンさん。葵はどうでしたか?」

 

 喬木家を出たミカンは、シャミ子にそう問われた。

 

「今日一日休めば大丈夫みたいよ。ご飯も普通に食べていたしね」

 

「そうですか……良かった」

 

「……私も、ちょっと疲れたから家で休むわね」

 

「お疲れ様です。ミカンさん」

 

「ええ。シャミ子も昨日の事、改めてありがとう」

 

「どういたしまして、です」

 

 そうしてシャミ子と別れ、ばんだ荘の塀の上に座っていたウガルルから、門番を続けると報告され、ミカンは一人で自室に戻った。

 

「……フフッ」

 

 ミカンはベッドに飛び込み、そして笑みを溢す。

 

「叶わなくても……自覚してもらうくらいは良いわよね? 葵。

 こうでもしないと、あなたは先に進めなさそうだし」

 

 ミカンは葵の弱々しい姿と、“アイちゃん”の泣き顔を思い浮かべる。

 

「シャミ子は……葵が昔泣き虫だったとか、言ってなかったわね……。

 シャミ子の前ではカッコつけてたのかしら? 

 これを知ってるのは……桜さんと、清子さんにヨシュアさん……かしら。

 そして、桜さんに会う前の葵を知ってるのは……私だけ」

 

 ミカンは枕を抱きしめ、そして笑顔のまま夢の世界に落ちていった。

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