まちカド木属性 作:ミクマ
短いが、昔話をしよう。
これは吉田家がせいいき桜ヶ丘に引っ越してくるより前。
陽夏木家が儀式に手を染めるよりも前。
そして、喬木葵が今の体質になるよりも昔の話だ。
「うぅ……」
「泣かないの! アイちゃんはすぐ泣くんだから……」
「なっちゃぁん……」
アイちゃんと呼ばれた泣いている子供と、なっちゃんと呼ばれた少し強気に見える子供。
これは、この小さな子供二人の出会いから、別れまでの話。
●
「大丈夫よ! その高さならケガなんてしないわ!」
「うぅ……」
樹の上に乗っている子供。
つまりアイちゃんは、下にいる別の女の子からそう声をかけられていた。
この日が二人の初対面の日。この時点ではまだ、お互いの名前を知らない。
「ほら!」
「う……わあっ!」
女の子の合図でアイちゃんは樹から飛び降り、そして尻もちをついたものの、幸い怪我はなかった。
「ほら、大丈夫だったじゃない。降りれないのにどうして登ってたの?」
「それは……」
枝の上にネコを見つけたアイちゃんは、それを助けようと樹に登ったのだが、そのネコは普通に飛び降り、そして取り残されてしまっていたのだった。
見るからに臆病そうな子供だが、そう言う所は行動力があるのだ。
「ヒグッ……ふぐっ……」
「泣かないの! ジュースあげるから!」
泣くアイちゃんを見て、女の子は小さなカバンからオレンジジュースを取り出し、そして渡す。
「ありがとう……」
「おいしいでしょ?」
しばらくの後、泣き止んだアイちゃんはふと考えて問う。
「あの……君の名前……」
「私? えーっと……」
問われた彼女はジュース缶を見つめ、そしてこう答えた。
「……なっちゃん。なっちゃんって呼んで!」
「なっ……ちゃん?」
その名前に明らかに困惑していたが、とりあえずそう呼ぶ事にしたらしい。
「それで、あなたの名前は?」
「えっと……あの……ぼく、あぉい……」
「あい? アイちゃんっていうの? あなた女の子なのに、自分の事ぼくって言うのね?」
「えっ……う、うん……」
弱気な“アイちゃん”は勘違いを止めず、その呼び名を受け入れてしまった。
●
なっちゃんとアイちゃん。
正反対に見える二人だったが、実の所似ているところも多かった。
なっちゃんは自分より弱気な“女の子”を見て、強気な演技をしていたのだ。
そんな二人は相性が良かったようで、初対面以降よく一緒に遊んでいた。
「今日は魔法少女ごっこよ!」
そう宣言するなっちゃんは、ダンボール紙で出来た仮面を被っている。
アイちゃんも似たようなものを渡され、困惑しつつも装着した。
「魔法少女って……仮面してるの?」
「テレビで見たわ。正体を隠さなきゃいけないのよ!」
「でも……なんでぼくも?」
「アイちゃんは魔法少女の相棒、もちろんあなたも隠さなきゃ」
「そう……なんだ」
アイちゃんはまだ困惑していたのだが、しかしその顔は微笑んでいた。
「あと、魔法少女ってコードネームが必要らしいわ。アイちゃん、何かないかしら」
「えーっと……そうだ」
「なになに!?」
詰め寄るなっちゃんにアイちゃんは慌てつつも、思いついたそれを教える。
「シトラスガール……っていうのはどうかな」
「しとらす?」
「ミカンとか、レモンみたいな果物の事だって、本で見たんだ。
なっちゃん、そういうの好き……でしょ?」
「そうね……確かに、いい名前だわ」
なっちゃんの返答に、アイちゃんは珍しく満面の笑顔になったのだが。
「でも! 私はガールじゃないわ!」
「えっ……じゃあ、どうするの……?」
少しショックを受けた様子のアイちゃんに、なっちゃんは胸を張って答える。
「それはもちろん。私は魔法少女──」
●
またとある日、夕方の事。
二人は別れ際の挨拶をしていた。
「明日は私の家に連れてってあげる。私の家、すごいのよ。見たら絶対驚くから!」
「うん……たのしみにしてるね」
「それで、その次はアイちゃんの家に行きたいわ」
その提案にアイちゃんは一瞬面食らうも、すぐ笑顔になる。
なっちゃんと遊ぶようになってから、アイちゃんは笑顔が増えた。
「うん。もちろんいいよ」
「よかった……。あのね、アイちゃん。明日絶対……またここに来てね」
そう言うなっちゃんは、珍しく弱気な様子だった。
「どうしたの……?」
「……私、アイちゃんと会えなくなったらイヤ……」
「なっちゃん……?」
初めて見るなっちゃんの様子に、アイちゃんは困惑を禁じ得ない。
どうするべきかアイちゃんが悩んでいると、なっちゃんが顔を上げる。
「……なんでもないわ! 明日絶対来てね!」
「……うん」
アイちゃんは何を言うべきか思いつかず、そしてその日は別れた。
──次の日、アイちゃんは待ち合わせの場所に現れなかった。
そしてそれ以降も、アイちゃんとなっちゃんが会うことはなく、そのまま日は過ぎていった。
陽夏木家が召喚の儀式に手を染めたのは、その数ヶ月後のことであった。
●
「ミカン、そこらにある物好きに使っていいから」
「はぁーい」
キッチンに向かっていくミカンを見て、葵は微笑しながら布団から体を起こすと、少し大きな声でそんな言葉をかけた。
次に、立ち上がった葵は壁に手を付きながらも、ウガルルの付き添いで居間に向かう。
「んがっ。アオイ、大丈夫カ」
「うん。ありがとうね、ウガルルちゃん」
居間のテーブルに座った葵とウガルルは、キッチンにいるミカンを見ながら談笑を始める。
「ウガルルちゃん。よりしろの調子はどうかな」
「スゴく力みなぎル! アオイ、ありがとウ!」
「フフ。皆にも、同じ事言ってあげてね」
「んがっ!」
とても素直なウガルルとの会話は、葵に自身の疲れを忘れさせる。
「そうだ、ウガルルちゃん。
ちょっと確かめたいことあるんだけど、手を出してくれないかな」
やはり素直に、ウガルルは肉球と鋭い爪のついた手を差し出し、葵はそれを握った。
「何ダ?」
「ちょっと、魔力流すね」
まだ葵の疲労は続いているが、簡単な魔力操作程度は可能だ。
「んが……」
「……うん」
魔力を流されたウガルルは目を細め、葵はよりしろの中の骨格と増幅器の力を強く感じる。
「……正常に働いているみたいだね。よかった」
「……もウ終わりカ?」
手を離されたウガルルは少し名残惜しそうだ。
「アオイの魔力、スゴくほっとすル……」
「俺とウガルルちゃんの力は相性が良いみたいだけど、骨格の効果で更にそう感じるのかも」
「……よく……分からなイ」
「とにかく、俺はウガルルちゃんの事を助けられるし、ウガルルちゃんは皆を助けられるって事だよ」
「オレ、ミカンの事助けられるカ?」
「もちろんだよ」
葵の肯定する言葉に、ウガルルは心底嬉しそうだった。
そんなやり取りをしているうちにミカンの料理が完成し、テーブルに並べられる。
トーストにマーマレード、サーモンとレモンソースのカルパッチョにオレンジジュースだ。
「ミカンらしいメニューだね……」
「さあ、食べてちょうだい」
笑顔のミカンからの勧めで、葵はフォークを手に取り食べ始める。
味が酸味に偏ってはいるが、全体的な完成度は高い。
「……美味しいよ」
「それはよかったわ」
「……酸っぱいね」
「そこがいいのよ」
葵はつつがなく朝食を終え、洗い物もミカンの一存で彼女に任せることにした。
「……ありがとう。いい感じの眠気が出てきたよ」
「ゆっくり休んでね、葵。ウガルル、お布団まで付き添ってあげて」
「分かっタ!」
●
しばらくの後、ミカンは寝息を立てる葵のいる寝室に入る。
(……こんな形でもう一つの目的が叶うなんて、思わなかったわ)
ミカンがこの町に来た理由、一つは勿論桃の手伝いをするためだ。
そしてもう一つ。
それは、ずっと昔に別れ、それ以来会っていなかった“少女”を探すためだった。
(でも……まさか、名前も性別も間違っていたなんて。見つからないわけね)
“なっちゃん”こと陽夏木ミカン。
彼女は、“アイちゃん”が自身と同じ様に引っ越したと思っていた。
家もフルネームもお互いに知らなかった二人。
ミカンは、見つけるのを半ば諦めていたのだ。
(私のことを忘れていたのは……葵も、色々大変だったのよね)
“なっちゃん”と“アイちゃん”、二人両方に悲劇が起こってしまった負の奇跡。
シャミ子と桃に遅れて告白された、葵の過去。
その時のことを思い浮かべつつ、葵を見つめていたミカンは、次に背を向け小声で呟く。
「……アイちゃん」
その名を呼んだ後、ミカンはため息をつく。
「……なっちゃん」
「……!」
もう耳にすることは無いと思っていた、その呼び名。
それが聞こえたミカンが思わず振り向くと、そこには布団から上体を起こした葵がいた。
「あお、い……? もう、起きていいの……?」
「まだ眠いけど……夢を見終わったら叩き起こされた……みたいな」
「そう……? そ、それで、さっきのは……」
ミカンの問いに、葵はこめかみを抑える。
「どうして……忘れてたんだろうね」
「それって……!」
「久しぶりって、言ったほうが良いのかな……なっちゃん」
葵は顔を挙げてミカンを見ると、再びその名を口にする。
呼ばれた“なっちゃん”は激しく目を潤ませ、そして。
「ばかぁ……私、ずっと……アイちゃんの事、探してたんだからぁ……」
“アイちゃん”の背に腕を回し抱きつくと、大粒の涙を流しだした。
「ごめん……なっちゃん」
「私っ……! 会えなくなって、嫌われたんじゃないかって、ずっと……!」
「本当に……ごめんね」
“アイちゃん”はしばらく“なっちゃん”をあやし、泣き止んだ所で話を再開する。
「葵が待ち合わせに来なかった日って……」
「うん。その前の日の夜に俺がこの体質になったんだ」
葵が今の体質になり、そして桜に助けられるとその後はしばらく、その時間を訓練に当てざるを得なかった。
「それで……俺、ところどころ昔の記憶が曖昧なんだよね……。
特に、この体質になるより前のことは……親の事は覚えてるんだけど……。
ミカンの事も、それで……」
「私は……ウガルルの事で精一杯で、葵のことを考える余裕もなかったわ……。
私たちが引っ越して、それでようやく落ち着いたけれど……桜さんに聞けばよかったのね……」
しかし、桜はコアとなりシャミ子の中に入ってしまい、それも出来なくなってしまった。
「……ミカン。こっちに戻ってきて、いつ俺がそうだって気がついたの?」
「実は……戻ってきた初日に、あなたの落ち込む顔を見て……少し似てる気がしたのよ」
ミカンがこの町に戻ってきた日、葵はたまさくらちゃんの着ぐるみのあれこれにより、目に見えて落ち込んでいた。
「あと、あなたが河川敷でシャミ子の戦闘フォームを見て、泣いてたじゃない?
それも……似てると思ったの。
だけど、その時はアイちゃんが女の子だと思ってたから……」
「なるほど……」
勘違いの連鎖により、二人はすれ違ってしまったのだ。
「それで、確信したのは夏休み。
この家で良ちゃんと一緒に、停電に遭遇した日あったでしょう?
その後にあなたの昔の遊び道具を見つけて……そこにあの仮面を見つけたから」
「そう……なんだ」
それがなければ、気がつくのはもっと遅れていたかもしれない。
「葵……思い出してくれて、本当に嬉しいわ」
「ミカン……ごめんね」
「もういいわ、葵も大変だったんだし。これからもよろしくね」
その言葉と共に、ミカンは笑顔で片手を差し出す。
「うん……よろしく」
二人は固く握手を交わし、そこでようやく、10年ぶりに二人は“再会”出来たのだった。
「それにしても……ひ
「名前も性別も間違ってるのに、それを訂正しない子に言われたくないわ!?」
「どうしタ! 喧嘩カ!?」
叫んだミカンに反応し、他の部屋の掃除をしていたウガルルが寝室に飛び込んでくる。
慌てた様子のウガルルを見た二人は目を丸くし、そして笑う。
「大丈夫。俺達、仲良しだから。喧嘩なんてしないよ」
「心配してくれてありがとう、ウガルル。
……そろそろ、葵も疲れたでしょう。帰ることにしましょう」
「なら、門番してくル!」
ミカンの言葉を聞いたウガルルは、玄関に向かって走っていった。
「ああ……うん。本当に、そろそろ眠るよ」
「少しの間、見ててあげるわ」
「……うん」
葵は再び倒れるように布団に横になり、しばらくすると寝息を立て始める。
そんな葵の様子を見てミカンは微笑み、そして
「……葵。ここに戻ってきて、あなたに再開して……それで……。
あなたの、ドジな所も、カッコつけたがりな所も、落ち込みやすい所も、よく泣く所も。
弱い所も悪い所も何もかも、愛おしく思える」
ミカンはそこで言葉を切り、眠る葵の額を撫でた。
それに葵は一瞬ビクりとするも、また寝息を立てる。
「……好きよ、葵。だけど……これはきっと……」
憂いの表情で沈黙するミカン。
「……あなたが好きなのは……シャミ子と、桃。どっちなのかしら。
……これからも、大切な友達でいさせてね。アイちゃん」
そう言って、ミカンは部屋を出ていった。
そして、玄関ドアの閉まる音がすると──。
「……マジで……?」
葵は起きていた。疲れのせいで体を起こす事すらダルかったのだ。
ミカンが話し始め、それを止められずたぬき寝入りを決めこんでいた。
葵はミカンの言葉にどう返すのか……。
「……寝よう」
昨日からの怒涛の展開により、心身ともにいろんな意味で限界だった葵は、先延ばしにしてしまった。
●
「あ、ミカンさん。葵はどうでしたか?」
喬木家を出たミカンは、シャミ子にそう問われた。
「今日一日休めば大丈夫みたいよ。ご飯も普通に食べていたしね」
「そうですか……良かった」
「……私も、ちょっと疲れたから家で休むわね」
「お疲れ様です。ミカンさん」
「ええ。シャミ子も昨日の事、改めてありがとう」
「どういたしまして、です」
そうしてシャミ子と別れ、ばんだ荘の塀の上に座っていたウガルルから、門番を続けると報告され、ミカンは一人で自室に戻った。
「……フフッ」
ミカンはベッドに飛び込み、そして笑みを溢す。
「叶わなくても……自覚してもらうくらいは良いわよね? 葵。
こうでもしないと、あなたは先に進めなさそうだし」
ミカンは葵の弱々しい姿と、“アイちゃん”の泣き顔を思い浮かべる。
「シャミ子は……葵が昔泣き虫だったとか、言ってなかったわね……。
シャミ子の前ではカッコつけてたのかしら?
これを知ってるのは……桜さんと、清子さんにヨシュアさん……かしら。
そして、桜さんに会う前の葵を知ってるのは……私だけ」
ミカンは枕を抱きしめ、そして笑顔のまま夢の世界に落ちていった。