まちカド木属性   作:ミクマ

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捨てるべきではない

 受肉五日目である水曜日からは葵も登校を再開し、水木の二日間リリスは一人で遊んでいた。

 そして金曜日も学校で日常を過ごす中、葵の頭に声が響く。

 

『葵やぁ〜……』

 

『……どうしたんですかその声』

 

 死にかけのセミの様な震えた声の正体は、リリスからのテレパシーだ。

 どうやら、よりしろの中の骨格がリリスのテレパシー能力をブーストしているらしく、よりしろと葵の間でのみ、超長距離のテレパシーが可能になっていた。

 これは四日目の遊園地で、二人が別行動をした際に気がついた特性だ。

 

『余、全然楽しくないのだぁ……』

 

『はぁ……?』

 

 授業中故にその困惑を声には出さないが、葵は眉をしかめる。

 

『老人の話し相手になっておくれぇ〜……』

 

『……酔ってますか?』

 

『余は寂しんぼさんなのだぁ〜』

 

 要領を得ないリリスからの答え。

 授業についていく事自体には問題は無いので、葵はとりあえずその会話に付き合うことにした。

 

『余はこのまま安酒で余生を過ごすのだぁ……』

 

『……』

 

 リリスのこの世の全てに疲れたような言葉を聞くと、シャミ子に会う前の自分が思い浮かび、葵は沈黙する。

 

『……まあ今日は早く帰りますよ。それに明日は休みですし、多少は晩酌に付き合います』

 

『この前から葵は優しいのぉ……』

 

 いつもなら、葵がこんな事を言えばからかいの言葉が返って来る筈だが、それが来ないことに違和感を覚えていた。

 

 ■

 

「で、明日からキャンプだっけ?」

 

 ばんだ荘の前に到着した葵はそう確認する。

 帰宅途中、葵はシャミ子達から明日キャンプに行くということを電話で聞かされていた。

 あまりにも疲れた様子のリリスを見て、シャミ子がそう提案したらしい。

 

「葵も来てください、ねっ!」

 

「それはもちろん。それで、場所は……」

 

「この前に行った桜さんの山です!」

 

「……! ……確かに、良い所だったね」

 

「はい、ですからごせんぞも楽しんでくれると思って」

 

 桜の山。葵はそこに思うところがある。

 再調査を兼ねてという目的もあり、葵はキャンプに対するやる気が出てきた。

 

「……葵、なんだかリリスさんに優しくない?」

 

「……そうかな?」

 

 少し離れて、葵とシャミ子との会話を見ていた桃。

 桃は不思議そうにそう問うも、葵は首を傾げていた。

 

 ■

 

 そして翌日。

 

「うわー! めっちゃ山!」

 

「山だからな」

 

 キャンプの参加メンバーであり、大部分の道具の提供者でもある杏里は、山に入るとテンションを上げていた。

 杏里の叫びを聞き流しつつ、葵が最後尾で木々を眺めていると、一つ前に居る桃が話しかける。

 

「……葵、どうかしたの?」

 

「……いや。ウガルルちゃんの一件で、ここの土に強い力があるって分かったけど……。

 そう考えると、この山そのものに強い力を感じるなって」

 

「小倉によればここは霊脈らしいし、葵は何か特別な影響を受けてたりするのかもね」

 

「……そうだね」

 

 葵が山からの力を感じているのは前に来た時からなのだが、葵はそれを隠す。

 記憶が薄れているのは膨大な力に不用意に踏み込んだからであり、魔法少女が回復する以上、悪いものではなさそうだという、そんな判断だった。

 

「それにしても……葵、荷物大丈夫?」

 

「桃こそ……」

 

 桃と葵はそれぞれの持つ力を発揮し、山積みになった7人分の荷物を背負っている。

 地味に杏里から引かれていたりするのだが、それには気がついていない。

 

「……あ、見て見て。超ちっこい神社」

 

 杏里の視線の先にあったものは、苔や蔦のついたボロボロの社。

 

「これは神社というか……祠だな。

 昔の人間が自然を畏れてテキトーに建てたものだろ」

 

 リリスがそう適当に推察を話す中、葵は祠に釘付けになっている。

 

(……! ここから力を一番強く感じる……? 祠って……そういうものなのか?)

 

「葵? 置いていっちゃいますよ?」

 

「あ、ああ。ごめん」

 

 シャミ子達が祠にお供えをしている間、葵は考え事をしながら立ちすくんでおり、進みだしたシャミ子達にうっかり置いていかれそうになっていた。

 

『……相も変わらず汝の力は騒々しいものだな……』

 

 ■

 

 一行がキャンプの設営をする中、シャミ子が寒気を訴えたことで焚き火の準備を始める。

 

「葵〜木属性なんでしょ〜? 薪沢山出せたりしないの?」

 

「俺が干渉した樹は水分含むからね、それには向いてないよ」

 

「そっかぁ……」

 

「代わりにテントの固定なんかは任せて。ペグ打つより頑丈だよ」

 

 杏里からの素朴な疑問に答えた葵は、宣言通りの作業をしつつも山の観察を継続していた。

 

(……力が纏わりついてくるような……でも調子はいい感じ……)

 

 葵は温水に浸かっているような、そんな感触を得ていた。

 霊脈との太いラインが有る故に、その特有の力に葵が呑まれる事はなく、むしろ自らの力が滾るのを感じる。

 そんな状態を密かに検証しつつも、一行はいよいよ料理を始めようという段階になり、葵もクーラーボックスから食材を取り出す。

 

「葵、何作るの?」

 

「メインは杏里の持ってきた肉になるからね。

 俺は魚……サーモンのホットサンドのつもりだよ」

 

「いいね〜ホットサンド。楽しみにしてるよー」

 

 数少ない自身の手持ちの道具である、それのための鉄板を傍らに置き、食材の処理をしつつ杏里との会話をする葵。

 

「道具持ってるだけあって、葵は結構手慣れてる感じだね」

 

「まあ切って乗せるだけだし、マニュアル熟読すれば大きな失敗はしないよ」

 

「でもやっぱり手際はいいよ、葵」

 

「フフ、ありがとう」

 

 特に滞りもなく調理は完了し、それぞれに配膳を終えた一行。

 

「……では、余命三日のシャミ先に黙祷を捧げてから……かんぱーい!」

 

 そんな杏里の合図にリリスは困惑していたが、出来上がった料理を食べると目に光が戻ってくる。

 

「リリス様……どうですかね」

 

「うまいぞ。そういえば……お主の料理、実物を食べるのは初めてだな」

 

 リリスが受肉してからの食事は、清子によるものか外食ばかりだった。

 

「そういえば……そうでしたね」

 

「ククク……やはりお主はここ数日余に優しいの。ようやく余の威厳に気づいたか」

 

「……」

 

 リリスの言葉に葵は苦い顔をしていたが、しかしリリスの調子が戻ってきたことを察してもいる。

 

「……リリス様がそうじゃないと調子狂いますよ、俺。

 ……それに、優子もです。優子にだけでも威厳見せてもらわないと、困ります」

 

「やはりお主は……」

 

「それ以上口にしたらまたアレやりますよ」

 

 そうして葵はその場を離れ、また調理を始めると桃が近寄ってくる。

 

「葵、今度は何作ってるの?」

 

「スープだね。そこそこ寒いから」

 

 サーモンと玉ねぎをベースとしたそれは、ホットサンドとほぼ食材が被っており、持参の観点から作りやすいと考えていたものだ。

 リリスが酔い、それをシャミ子が止めている中、桃は葵の調理する姿を静かに眺めていた。

 

「あったまる……おいしい」

 

「ありがとう」

 

「葵は……今楽しい?」

 

 スープを飲んで白い息を吐く桃にそう問われ、葵は目を丸くする。

 そして、リリスを羽交い締めにするシャミ子の方を見ながら口を開く。

 

「……それはもちろん。

 優子がここに来るって提案した時は少し驚いたけど……フフ」

 

 意図せずして漏れたその笑い。

 それにつられて桃も微笑む。

 

「やっぱり、最近葵はちょっと変わったと思う」

 

「そう……かな」

 

 つい先日似たようなことを言われ、更に桃にもそう言われた葵には、心当たりがなくもない。

 葵が思い浮かべているものは、最近思い出した過去の記憶。

 そしてミカンからのあの言葉。

 それらを経験したことで何が変わったのか、それは葵には具体的には分からないが。

 

「でも、変わってない部分もある。

 私がヨシュアさんの話を聞いた日に、葵の事を『自分の中で思いつめすぎる』って、そう言ったの覚えてる?」

 

「……うん」

 

「この山に入った時から葵、変だよ? 何隠してるの?」

 

「……実は」

 

 葵は自分が感じている力と、違和感について語る。

 

「それって……危なくないの?」

 

「とりあえず、今の所は大丈夫。むしろ力が漲ってる部分も有る。

 桃があの泉に浸かった時も……こんな感覚だったのかな」

 

「……後でまた調査しに来よう……二人で」

 

「……! うん、そうだね」

 

 桃からの誘いの言葉に、葵は言葉に詰まりつつもそう答えた。

 

「ももももも〜っ!」

 

「うわ酒臭っ……」

 

 と、そこでそんな雰囲気をぶち壊したのはリリス。

 深く酔っているリリスは桃に抱きつき、泣き喚きながら愚痴をこぼし始める。

 

「……リリス様のことよろしくね」

 

「葵!?」

 

 桃は逃げようとする葵の腕を掴み、逆にリリスからはもう片方の腕を掴まれている。

 そうこうしている内にリリスが酔いつぶれ、そのままテレパシーで歌い始めると、一行は無意味ながらも耳を塞ぐ。

 

「ぐぎぎ……」

 

 葵は他の者達よりテレパシーの音量が大きく聞こえているようで、歯ぎしりをしていた。

 

 ■

 

 晩餐が終わり、桃とウガルルは眠り始める。

 酔っているリリスを連れてシャミ子が散歩に出ると、葵は残った面々と話し始める。

 

「杏里、ローストビーフ美味しかったよ。流石だね」

 

「葵こそ、食材同じなのにあれだけバリエーション出せるとは思ってなかったよ」

 

「偉大だよね、玉ねぎ」

 

「葵的にはそっちがメインなんだね……」

 

 胸を張る葵に杏里は多少呆れた様子だ。

 

「……そういえば、杏里も俺の料理食べるの初めて……かな?」

 

「うんにゃ。シャミ子のお弁当のおかず、交換してもらったりしてたよ」

 

「ああ、なるほど……」

 

「でも、作りたては初めてだけどね〜。ちよももがハマるのもわかるかなぁ」

 

 杏里のそんな返答はニヤニヤとした顔で、少しからかうような口調だ。

 それを聞いて少し照れた様子の葵に、ウガルルに膝枕をしているミカンが追い打ちをかける。

 

「桃ったら、葵が朝ごはん作った日は目に見えて機嫌が良いのよ」

 

「へぇ〜」

 

「……スープ飲んでちょっと体火照ってるから、散歩してくるよ」

 

 そんな適当な言い訳をして、葵は顔を抑えながら立ち去っていった。

 

「逃げたわね……」

 

「逃げたね〜」

 

 杏里とミカンのニヤついた顔は収まらない。

 

「……ところで。ミカンが近くに居る時……葵の様子が変に見えるけど」

 

「実はね……」

 

 殆ど察している様子の杏里に、ミカンは例の出来事を話す。

 但し、幼少期の関係は言わなかったのだが。

 

「葵、攻められると弱いのよ? 照れてる時とか、泣くのを堪えてる時とか……凄く可愛いわ」

 

「葵に言ったら必死で否定しそうだね〜」

 

「フフッ……。それで……私、気になってたのだけれど。

 杏里は葵の事……どう思ってるのかしら。

 葵はシャミ子の事で世話になってるって、そう言ってたけれど……」

 

 ミカンからすると、それだけではないように見えている。

 いつぞやの、いきなりテニスに付き合わせる無茶振りに答えた時など、杏里から葵に対しては相当な信頼が感じられる。

 

「葵は覚えて無いだろうけれどね。

 入学式よりも前に、ちょ〜っとしたことがあったんだよ」

 

 笑いながらそう言う杏里の口調は、全く『ちょ〜っとしたこと』では無さそうだ。

 

「すごく気になるわ……」

 

「聞きたい?」

 

「もちろんよ」

 

 ■

 

 自らが大恥をかくガールズトークが繰り広げられていたとは思わず、葵はしばらくの後に戻ってくる。

 

「おっかえり〜!」

 

「おかえりなさい、葵」

 

「……? ただいま……」

 

 二人に笑顔で出迎えられ、葵はそれにどことなく違和感を覚えたものの、挨拶を返した。

 と、そこで。

 

『川に、ゴミを……捨てるな!』

 

「……ッ!?」

 

「葵!?」

 

 頭の中に重々しい声が響き、葵は思わず耳を抑えて膝をつく。

 

「今のは……?」

 

「大丈夫……?」

 

『葵よ! 緊急事態だ!』

 

 ミカン達に支えられながら葵が立ち上がると、今度はリリスからのテレパシーが響く。

 

『どうしましたか?』

 

『とにかくこっちに来て欲しい。近くに滝の有る場所と言えば分かるか?』

 

『ええ、分かります……』

 

 ミカン達をこの場に残らせ、葵一人でその泉の場所へ向かうと、そこには意識のないシャミ子がいた。

 

「優子っ!?」

 

「とりあえず、テントの場所に運ぶぞ。移動しながら説明する」

 

 酔ったリリスを介護する途中、シャミ子は川に酒瓶を落としてしまったらしい。

 すると突然何処からか声が響き、次の瞬間シャミ子は意識を失った。

 

「その声……俺も聞きました。ミカン達には聞こえていなかったみたいですけど……」

 

「葵だけが……?」

 

 リリスはその声の内容から、シャミ子の意識だけがどこかに攫われているのではないかと、そう推察する。

 野営地に戻ると、桃とウガルルは起きていた。ミカン達が起こしたらしい。

 四人にも同じ説明をするも、やはり困惑を隠せないようだ。

 

「余が触れても夢の中に入れない……。

 今のシャミ子はただ眠っているのではなく、“何者か”に魂を抜かれている……と、思われる」

 

 魂が抜けていると、体の機能が徐々に弱まっていてしまうらしい。

 

「……それなら、とりあえず俺の力である程度は誤魔化せます。

 根本的な解決にはなりませんが」

 

「頼んだぞ……」

 

 葵の力は生命力の活性化。

 極端な行使でなくとも、最低限の健康の維持をさせることも出来る。

 葵はシャミ子の片手を握り、力を流し込み始める。

 

「……ごめんなさい。俺が止めておくべきでした」

 

「葵……」

 

「どういうことだ……?」

 

 この場で唯一、葵の感じていた事を知っている桃の助けを借り、それの説明をする。

 

「……つまり、この山には霊脈とはまた別種の力が漂っているということか?」

 

「はい。魔法少女を癒やすのならば、悪い物では無いと思っていなかったのですが……。

 ……迂闊でした。俺の責任です」

 

「それを問うのは後だ……とにかく、今はシャミ子をどうにかして助け出すぞ」

 

「……」

 

 リリスのそんな“気遣い”に、葵は唇を噛んでいた。

 

 ■

 

 シャミ子の魂を拐った下手人。

 かつてこの地に封印され、山そのものの正体である蛇神、蛟。

 シャミ子の一発芸で機嫌の良くなった蛟は、とある事に気がつく。

 

「……む? 小さきものよ、その狭衣の裏に隠しているものを見せよ」

 

「へ……?」

 

 蛟の指摘と共に、シャミ子の服の一部が光りだす。

 不思議に思いながらも、シャミ子はその白い石を取り出し蛟に見せる。

 それはシャミ子達が以前この山にきた時に、葵がいつの間にか手に入れていたものであり、渡されたシャミ子はいつも持ち歩いていたのだ。

 

「あの小僧……我の鱗を他人に差し出すとは……」

 

「小僧……? もしかして、葵の事ですか?」

 

「あの小僧は以前、我の魔力に介入しようとした。

 不躾な小僧だが……興味が湧いた。

 奴がこの地に入りし時、直ぐ様解かるよう其れを渡したのだ」

 

 軽く怒っている様子の蛟だったが、シャミ子にはあまりその説明の意味が分からなかったらしい。

 

「これ……すごく綺麗だったし、葵から貰った事が嬉しかったので、いつも持ち歩いているんです。凄いものなんですか?」

 

「我が鱗の美麗さが分かるとは……小さきものよ、やるではないか。

 その素晴らしさをもっと伝えてやろうぞ」

 

 蛟は割とチョロかった。

 

 ■

 

『みんな──聞こえますかーっ!?』

 

 作戦会議をしていた葵達の脳内に、大声のテレパシーが響く。

 

「ぶほっ! て、テレパシーか!? シャミ子か!」

 

「優子っ!?」

 

『あ! ごせんぞに葵の声! 成功っぽい!』

 

 桃達は困惑していたのだが、テレパシーそのものに慣れているリリスと、ここ数日間しょっちゅうリリスからのテレパシーを受けていた葵は、即座に反応を返す。

 

「優子! 今どこに!?」

 

『朝に見た古い祠まで来られますか?』

 

『……小僧。早う来るが良い』

 

「誰だっ……!」

 

 しかしその声は長く続かず、別の声に遮られ途切れてしまった。

 

「今の言葉からして……葵は目をつけられているらしいな」

 

「……優子から手を離しても……大丈夫でしょうか」

 

「短時間なら問題はないだろう。その間に交渉を済ませるぞ」

 

 シャミ子の本体はマットレスに寝かせておく事とし、件の祠へはリリスと桃に葵の三人で向かう。

 

『来おったな……』

 

「この地の主か? 住処を汚したこと心から謝罪する。シャミ子を返してくれ」

 

『我はもう怒ってはおらぬ。だが、この者は返さぬ』

 

「俺に何の用が……」

 

『……近場で汝を観察するためよ。それだけだ。

 百五十年の長くさびしき封印生活の慰みに、この物の魂は封印解けし時まで我が貰い受ける』

 

「ふざけ……っ!」

 

 葵は叫びかけるも、圧倒的に不利な状況故にそれを抑える。

 

『汝の力にも興味はあるが……この小さき者の余興に比べれば些細なものよ』

 

「……!」

 

 蛟の言葉を聞いた葵は呆然とし、そして──。

 

「……お願いします……優子を……返してください……」

 

 隣の二人を気にすることもなく、葵は涙を流しながら土下座をする。

 

「何でもします。何でも……眷族にでも、封印の開放でも……この命でも……。

 だから優子は……っ!」

 

『葵!? ダメです!』

 

「ふざけたこと言わないで葵っ!」

 

 葵が涙ながらに漏らした言葉にシャミ子と桃は動揺し、そして叫ぶ。

 そして、体面を気にする様子もない葵を見たリリスは、考えた後に葵の肩に手を置く。

 

「……お主はまだ何も捨てるべきではない。

 桃、余の身体を邪神像もろとも消し飛ばせ。

 葵には、そう言ったことは出来なさそうだからな……」

 

「どういう……事です?」

 

 邪神像が破壊されリリスの魂が開放される瞬間。

 その刹那を持ってリリスはシャミ子の魂を引っ張り戻し、そして代わりに祠にとどまるつもりらしい。

 

「それは……さすがにやりたくない! できないよ! 

 リリスさんの封印を解くだけなら私の血を……」

 

「それだとシャミ子が泣くだろう! シャミ子はいつも余の味方だった。

 一度も余のことをバカにしなかった……シャミ子を助けるためなら余は何でもする」

 

「リリス様……俺は……俺は……っ!」

 

 考えを整理できず、ぐちゃぐちゃの泣き顔の葵。

 そんな彼にリリスは、いつもの煽りではない純粋な笑顔を見せる。

 

「……葵よ。お主が力を使いこなせば……その内、何もかもを圧倒できる実力になるだろう。

 余の予想が正しければ、それだけのポテンシャルがお主にはある。

 余だけを封印から引っ張り出す事も、ゴリ押しで出来るやもしれぬ。

 その時はまた……よりしろに余を召喚して欲しい」

 

「リリス様ッ……!」

 

「葵……」

 

 うつむく葵を桃が支え、そしてリリスは祠に向き直す。

 

「今の話聞こえたかこの地の主よ! 余がお主と長き時を共に過ごす。

 お主が嫌と言っても無理やりそうする力が余にはある! 

 ポテンシャルがあるのは葵だけではない! 

 シャミ子はアホアホだが、いつか葵と共におぬしの封印すら解いてみせるだろう! 

 だから……余が身代わりで納得せい!」

 

『……そうか。そこまで言うならば、そのまま鏡に手を触れ強く祈れ』

 

 リリスがそれに従うと、次の瞬間鏡から謎の玉が飛び出し、よりしろの中に沈んでいった。

 

『汝の身体に“約定の龍玉”を埋め込んだ。

 汝には、未来永劫多魔川を浄めるお役目を与える。

 汝は明日より一日二貫のごみを欠かさず拾え。

 約定を破れば、龍玉は直ちに汝の体を焼き尽くす!』

 

「えっ……ごみ拾い? なんで?」

 

 その謎の条件にリリスは困惑していたが、蛟はさらなる条件を出す。

 

『そして……小僧。汝はこれより一時も欠かさずその力を我に捧げよ』

 

「は……?」

 

 声をかけられた葵は泣き止み、そして固まった。

 

『汝の力は、我が貯め込む。

 光の巫女の生き血程の物ではなかろうが、多少は封印が弱まるだろう。

 どうせ汝はそれを持て余しているのだ。問題なかろう』

 

「……それは、眷族になるということですか」

 

『否。汝が眷族となれば、その力は我の興味を引く物では無くなるだろう』

 

 予想外の提案を出された葵はだんだん冷静になってくる。

 

「ですが、具体的にはどうすれば。毎日この山に登るのはいくらなんでも無理です」

 

『……暫し待て』

 

 その声と共に蛟は沈黙し、そしてしばらくの後、鏡から白蛇を模した何かが飛び出た。

 

『肌見放さずそれを身に着けよ。さすれば我が力を吸い上げる』

 

 葵は指示に従い、奇妙な感触のそれを手に取る。

 すると、それはひとりでに身体を登って髪に巻き付き、すぐに脱力感が葵の身体を襲う。

 

『ついでにその祠を作り直せ。そして、汝の家に分社を建てよ。

 我を信仰し、そして我の封印を解け。それが汝のお役目である』

 

「……分かりました」

 

『……あと、月に一度我の祠を掃除し、酒と菓子を捧げよ。

 シャミ子とやらの魂は返しておく。我との約束、忘れるでないぞ』

 

 ■

 

「ごせんぞっ……葵……! とんでもない大事に……!」

 

「良いのだシャミ子。余はお主が健やかならそれで満足だ」

 

 号泣するシャミ子をリリスは宥め、次に葵が口を開く。

 

「本当に、優子が無事でよかった」

 

「だけど……葵も、よく分からないですけど何だか大変そうなことに……」

 

「元はと言えば、俺が前に来た時の事黙ってたのが悪いんだよ」

 

「葵……」

 

「大丈夫。少しびっくりしたけど、今は凄く元気だから。

 24時間力を行使し続ける必要が無くなったって、そう考える」

 

「でもっ……」

 

「リリス様によれば……俺はもっと強くなれる。

 蛟だって……その内逆にねじ伏せる。絶対にそうして見せる」

 

 そう宣言する葵は決意の表情であった。

 割とシリアスな空気であったのだが、それをぶち壊すのはやはりリリス。

 

「……っていうか、葵が力を吸いつくされた所で、ただの人間に戻るだけでは? 

 それに、この体はあと三日で土に戻る! 

 封印空間までずらかれば約定は追ってこない。しょせんヘビ頭! 余の作戦勝ちよ!」

 

 ■

 

『……やはり面妖な力であるな』

 

 翌日、葵は霊木で分社を作っていた。

 その途中、白蛇細工を経由したテレパシーにより、蛟の神妙な声が頭に響く。

 

「どう足掻いても、人の身には過ぎたモノでしかないですよ」

 

 何年経とうと、一度たりとも葵はその力を完全に物に出来たと思ったことは無い。

 

「……まあ、話し相手くらいにはなりますよ。

 百五十年寂しかったんでしょう? 夜中は勘弁してほしいですけど」

 

『……フン。我の気が向けば、知恵を貸してやらん事もないぞ』

 

 ──“世界の理を乱す存在”。

 それに己がなりかけている事には、葵はまだ気が付いていない。

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