まちカド木属性   作:ミクマ

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これで……勝ったと……思うな……よ……

 葵は両手を打ち鳴らし、猛々しく吠える。

 ウガルルはようやく自らが全力を出せる“仕事”に出会い、闘志を滾らせる。

 夢空間を()()ジキエルに向かって二人は飛びかかり、葵は殴りウガルルは爪で切り刻む。

 

「ウガルルちゃん! 調子はどうかなぁっ!」

 

「アオイの魔力、感じル! 凄ク元気ダ!」

 

 ウガルルのよりしろに埋め込んだ増幅器。

 そしてそこに刻み込んだ魔法陣。

 それらに魔力操作の一部を代行させることで、葵はこの現象を起こしていた。

 

「これが闇の魔力……少し違和感有るけど、ウガルルちゃんのお陰で制御は楽だねっ!」

 

 ウガルルに注ぎ込んだ魔力を、ウガルルの特性に便乗して魔法少女の夢空間に送り込む。

 それによって、葵は魔力をもってこの領域に干渉する術を手に入れたのだ。

 この“もう一人の葵”は、あらゆる面でウガルルの影響を受けており、闇の魔力に染まっているが、増幅器が逆止弁の役割をすることで葵は制御に集中できる。

 

「ナビゲーターのホームグラウンドだろうが何だろうが、負ける気がしない!」

 

「オレ、アオイがどウ動くか分かル!」

 

 葵が桜の助けで生き延び、シャミ子達の協力で魔力操作に長け、ウガルルと深い縁を紡ぎ、しおんのアドバイスを受けた。

 何一つ欠けても、葵はここにたどり着けなかっただろう。

 

「……久々かな、ここまでスッキリして戦えたのは」

 

「アオイ、金魚料理とか無いカ」

 

「流石に金魚は捌いたことないかなぁ、それに包丁も無いし……いやまてよ? 

 桃は刀を持ち込めるんだよな……でもあれは優子の眷属だから……おっ」

 

 ウガルルの言葉に葵が苦笑いをし、しかしその要求に答えられる可能性を検討していると、領域の雰囲気が変わる。

 

「優子が目的を達成したみたいだね」

 

 葵は目を閉じて微笑み、そして瞼を開けるとそこにはシャミ子と紅玉。

 並び立つ葵とウガルルを見て紅玉は困惑している。

 

「あ……アンタ誰や……」

 

「俺は優子の配下ですよ。今日ようやくそうなれました」

 

「ハァ……?」

 

 免許証で年上と分かったので、とりあえず敬語で返す葵。

 しかし当然、紅玉はそれの意味が分かる訳もない。

 

「さっきは余裕がなくて目に入りませんでしたけど、葵のその格好は……」

 

 シャミ子は葵にそう問うも、薄々感づいているようでその目を輝かせている。

 

「俺の戦闘フォーム。とはいえ、これはウガルルちゃんの影響を受けてるから、現実で使うには……まだ検討が必要かな」

 

 シャミ子による案が潰えた訳ではないと葵は暗に示すも、シャミ子は特に気にした様子はなかった。

 

「オレとお揃いダ!」

 

「すごく似合ってますよ!」

 

「なんなんやアンタら……」

 

 両腕をあげて喜ぶウガルルと、葵の周囲を回りながら観察するシャミ子に、紅玉は更に困惑していた。

 

 ■

 

 紅玉の実家は定食屋であり、リコは以前そこに居候をしていた。

 例の魔力料理によってその店は繁盛はしたものの、紅玉の唯一の肉親である祖父は店に篭りきりになってしまった。

 幼き紅玉はそれを、祖父を取られたのだと思ってしまったらしい。

 

(肉親……)

 

 シャミ子が誤解を解く過程でその事情を把握した葵は、肉親という単語に反応をしていた。

 葵は全くベクトルが異なる故、紅玉の気持ちを汲み取る事は出来ないだろう。

 

 そしてとある日、目の前に現れたジキエルの言葉で紅玉はリコが“魔族”と知る。

 ジキエルと契約した紅玉はリコに挑むも、軽くあしらわれリコは紅玉の故郷を出ていった。

 リコが居なくなった事で店は元に戻るも、祖父はリコの味を再現しようと、篭りきりのまま変わらなかった。

 

「あれ……洗脳やなかったんやな」

 

 しかし祖父がそうなったのは洗脳ではなく、再び店を繁盛させることで、紅玉の為の資金を稼ごうとしていただけだったのだ。

 

「葵も魔力料理作れるんですよ。食べると元気が出ます」

 

「……アンタ、ホンマに一体なんなんや……」

 

「何だか久々にそういう目で見られた気がするなぁ……フフフ……」

 

 紅玉に訝しげな目で見られると、あらゆる面で異質な葵は意味深に笑う。

 

 シャミ子の説得の結果、リコを封印する行為が不毛だと、そう紅玉は一応納得したらしい。

 不本意に巻き込んだ白澤を助けるために、生き血を分けることにも同意をした。

 

「……ただし条件がある! リコには一言謝ってアタシの鍋を返してもらう! 

 あれは……雑にしてたアタシも悪いけど、大事なもんやから」

 

 リコは紅玉の故郷を出る際、祖父から渡されたものの放置されていた、紅玉の中華鍋を持ち出していたようだ。

 

「あの鍋、紅玉さんのものだったんですねぇ……何度か借りたけどまさかそうだとは……」

 

 葵はあすらで働いている時に、件の鍋を使うことがあった。

 

「……知らなかったとは言え、勝手に使ってたわけですから。

 何か力になれる事があれば手を貸しますよ、紅玉さん」

 

「アンタ……よう分からんやつやな」

 

「俺は素直に、お詫びをしたいだけですよ……ッ……!」

 

 葵は愛想笑いをしながら返答をするも、途中でふらつき膝をつく。

 

「葵!? どうしましたか!?」

 

「……初めてのことだから少し疲れた。先に離脱するね」

 

 心配して駆け寄るシャミ子にそう呟くと、葵の姿は消えていった。

 

 ■

 

「……ふう」

 

 シャミ子達が眠っている間も、葵は起きたままだった。

 ウガルルに魔力を送り操作をする必要が有るため、あくまで起きていなければ繊細な制御は出来ないのだ。

 

「……少しクるな……」

 

 ウガルルから手を離した葵は、畳に倒れたまま弱々しくそう漏らした。

 あの“身体”は夢の中だけの仮想のものであり、用が済んだ魔力はウガルルに還元される。

 とはいえ、自分と同一の存在が認識できる、という状態は葵に中々の精神的負荷を与えていた。

 

「せんぱい、お疲れさまぁ」

 

「……これ、桜さんのメモに書いてあったのかな」

 

 しおんからのアドバイスでこの“新技”を行使した葵は、これの出処がどこに有るのか疑いを持っていた。

 

「解読できたのは、あくまでよりしろの強化と逆止弁の役割だけだねぇ。

 せんぱいがこの前、シャミ子ちゃん達に声を届けられたって聞いたから……ウガルルちゃんに頼れば、もっと複雑な操作が出来るんじゃないかなぁって」

 

「ふぅん……」

 

 葵は先程の事を思い返す。

 夢空間に干渉し、そして“現象”を起こしたアレはかなり複雑な制御を必要とする。

 しかし闇の魔力が逆流する心配がなく、ウガルルの性質に便乗したことで、それの難度は大きく低下していた。

 

「……桜さんはどこまで想定していたんだろうか」

 

「どうだろうねぇ……それより、せんぱい的にはどんな感覚だったのかなぁ? 

 結構苦しそうな顔をしてたよぉ……」

 

「……もう一人の自分とで五感を二重に感じて……すごく気持ち悪い」

 

「へぇ……あっ。シャミ子ちゃん達、おはなし終わったみたいだねぇ」

 

 葵の感想にしおんは興味深そうにしていたが、スマホからのテレパシーを聞くと、熱い蒸気の出ているタオルをシャミ子の額に乗せる。

 

「あづづづづづづづっ! 何これ何これ何これ!?」

 

「まぞく起こしタオル……」

 

 頭に熱を感じたシャミ子は飛び起きた。

 紅玉の説得でそれなりに時間が経っており、リコが起きる前に彼女の説得も行わなければならない。

 の、だが。

 

「あっ……」

 

「電池切れちゃったねぇ……」

 

「長電話しすぎたな……」

 

 ここで葵のスマホの電源が切れる。

 今日行った二度の電話はそれぞれかなりの時間にのぼっていた。

 とはいえ夢空間とのテレパシー自体は、しおんのスマホと繋げればいいと結論付けられた。

 

 そしてシャミ子がリコの夢に潜り始めてしばらくすると、しおんのスマホにテレパシーが届く。

 

『もしもし……! ぶじにリコさんの夢の中に来ました』

 

「りょうかぁい、どんな感じ?」

 

『……雨が降ってます。あと……川みたいです、流れるプールみたいな……う!? 

 うわわわわわ、あっ無理──』

 

「優子!?」

 

 テレパシーが突然切れ、葵は自らの状態を忘れ身体を起こそうとするも、やはり動かない。

 手を出せない状態に葵は唇を噛んでいたが、しばらくすると現実のシャミ子が叫びながら起きる。

 

「強制的に追い出された……こんなの初めてです」

 

「優子……よかった」

 

「中はどんな感じだった?」

 

「泥を掃除しようとしたんですけど、それどころじゃなくて……感情の嵐が……超大型台風。みたいな……」

 

 しおんの問いに、シャミ子は思いつめたような表情で答えた。

 

「テレパシーが切れたのは何があったの?」

 

「夢ケータイの筈なのに浸水して壊れて……」

 

「興味深い話だね! シャミ子ちゃん自身の暗示で機能が死んだのかな。

 次はシャミ子ちゃんが『壊れない』と思えば壊れない……かも」

 

「暗示……」

 

 葵は上手い事シャミ子を言い包められるかもと考えたが、スマホのバッテリーを切らしたばかりの自分だと、説得力が足り無さそうだと思いそれを断念した。

 葵がそう悩んでいる内に、シャミ子は頑丈なケータイを購入することにしたらしい。

 

「とりあえずテレパシーは問題ないとして、けれど具体的にどう説得する? 

 夢魔の優子が追い出されるとなると……リコさんは相当にキてるはず」

 

「まず話を聞いてもらわないと、どうしようもないねぇ」

 

 葵としおんはそれぞれ思考しているが、答えは出ない。

 

「オレ思いついタ! リコは店長の言うことなら聞くんじゃないカ。ボスのボスだしナ!」

 

「ウガルルちゃん健気でかわいいねぇ」

 

 ウガルルの提案に、葵は現状を思わず忘れてほっこりとしてしまうも、続くしおんの言葉にハッとなる。

 

「店長は今封印され……」

 

「あっ」

 

「……せんぱい?」

 

「それだよそれ! ウガルルちゃんすごい! 蛟様の分社!」

 

「ああああああああっ!!」

 

 テンションの上がる葵としおんに、シャミ子とウガルルは地味に引き気味だった。

 そうと決まれば話は早い。

 葵は爪楊枝を渡して貰い、即興の社を建てる。

 蛟の分社程の複雑な造形は必要ない。

 

「せんぱい、神社作るの早ぁい」

 

「蛟様の指導のおかげで、見えてる世界がガラっと変わった気分だよ」

 

 バクのオブジェの前後に、社と鏡を置くだけで神社は完成した。

 シャミ子はそれを見て困惑していたが、しおんの指示で白澤を模した土人形を練り始め、そしてそれに白澤のしっぽの毛を埋める。

 

「本人の毛は魂を引っ張れる強力な儀式アイテム。さあバク神様、ご降臨ください!」

 

「バク神様ァーッ!」

 

 葵は動けない代わりとして魂の叫びを繰り出すも、そのせいでシャミ子から珍しくドン引きされている事には気がついていない。

 知ったら失神するレベルのショックを受けるであろう為、知らないほうが良いだろう。

 

「……はっ! 僕は一体……えっ怖っっ!」

 

「バク神さまぁぁ」

 

「バク神様ァァァァァーッ!」

 

「葵クゥン!? 何故そんな体勢で叫んでいるんだね!?」

 

「あっおはようございます店長」

 

「急に素に戻らないでくれたまえ!」

 

 御幣を振るしおん、泣きながら声を絞り出すシャミ子、そして未だ倒れながら汗をかき叫んでいた葵。

 混沌としか言いようのない光景だった。

 

 そんな一幕がありつつも、シャミ子達は事情を説明し、白澤はリコの説得の協力に同意をした。

 と、そこで電話を受け取りに出ていたウガルルが戻ってくると、胸を張って自慢をするように携帯を差し出した。

 

「なんかナ! 元のスマホ下取りしないナラ、機種変ヨリモ二回線持ちのほうガ色々お得らしイ! 

 だかラ新しく契約しタ! 初めてのお使いできタ! オレ、できル使い魔!」

 

「えらい! えらいです!」

 

 それを聞いたシャミ子は素直に称えるも、葵としおんは笑顔を引きつらせる。

 

「……アオイ? どうしタ?」

 

「い、や……凄いよウガルルちゃん」

 

「ありがとウ!」

 

(7日間ルールがある……まだ大丈夫……)

 

 そうして準備は整い、いよいよリコの夢への再侵入を始めようとする。

 しおんによれば、白澤のよりしろを“物”として、シャミ子に同行させる事ができるかもしれないそうだ。

 それを聞いた葵はふと思いつく。

 

「……ウガルルちゃんのよりしろと……俺は行けないのかな」

 

「さっきのは魔法少女の夢の中に、ウガルルちゃんの“本体”が入ってて……。

 それで、今回の場合はシャミ子ちゃんが“よりしろ”を持ち込む訳だから……勝手が変わってくるかなぁ」

 

 葵はあくまで、ウガルルの力へ便乗を増幅器で補助しているのであり、よりしろそのものに便乗している訳ではない。

 

「絶対に出来ないとも言えないけど……時間もないから……」

 

「……どっちにしろ、俺じゃ説得の役には立たないか。がんばってね、優子」

 

「はい!」

 

 紅玉の夢から離脱し、シャミ子が起きるまで。

 その間にテレパシー経由で聞いたとある単語。

 それが葵の不安を掻き立てているのだが、この場はシャミ子に任せることにした。

 

 ■

 

(……あの場で突っ込むべきだったのか……?)

 

 以前葵が聞いた、リコの白澤に対する惚気。

 核地雷としか思えなかったので、葵はツッコまなかったのだが、あの時に説得は出来たのだろうか。

 

(……言ってもリコさんの店長に対する愛が変わるわけじゃないよな……)

 

 何故、今葵がこんな事を考えているのか。

 それは当然、リコの夢の中でその勘違いが浮き彫りに出たからである。

 テレパシー経由でそれを聞いていた葵は、どう口を出すべきか考えていたのだが。

 

「……小倉さん?」

 

 スマホを持ったまま、しおんが部屋を出ようとする。

 葵が小さく漏らした声ではしおんは止まらず、身体を動かすことも出来ないので、見送ることしか出来なかった。

 

 そして暫くの後、説得が完了したらしいシャミ子が目を覚ます。

 しかし、その顔を見た葵は息が詰まってしまう。

 

「……優子?」

 

「あお……い……」

 

 弱々しく名を呼ぶシャミ子は、下手に触れれば壊れてしまいそうな、そんな錯覚を覚える表情をしていた。

 

「私……」

 

「優、子……?」

 

「シャミ子ちゃんお疲れ様ぁ〜。なんとか丸く収まったねぇ」

 

 どう声をかけるか悩んでいた葵だったが、部屋に戻ったしおんの言葉でその思考が中断させられる。

 

「……せんぱい、そろそろ限界なんじゃない?」

 

「……」

 

「どういうことですか……?」

 

「……もう、駄目だ。ご……め……」

 

 謝罪の言葉を言い切る前に葵は目を閉じ、そして動かなくなった。

 

「葵っ!?」

 

「あの薬に無理矢理抵抗して、その上ウガルルちゃんに便乗してたから……しばらく休ませてあげよぉ……」

 

「……はい」

 

 ■

 

 再びの葵の目覚め。

 今度は身体を動かすことも出来、場所はあすらのままで、葵は毛布を被っていた。

 

「葵クン。起きたのだね」

 

「店長……」

 

「とりあえず、水でもどうかね」

 

「はい……あの後、どうなりましたか?」

 

 白澤から差し出されたコップの水を飲むと、葵はそう聞く。

 

 起きたリコと紅玉は和解し中華鍋は返却された。

 そして、紅玉がギリギリまで生き血をバクのオブジェに捧げ、残りの封印をウガルルが解き、白澤は開放された。

 

「ウガルルちゃんが頑張ったのなら……俺も、もう少し起きていたほうが良かったですかね……」

 

「あの場はウガルル君一人で問題は無かった。無理をすることはないだろう」

 

 その後、紅玉は料理修行の為のあすらに住み込む事になり、魔法少女を引退した。

 起きた面々は諸々の事情で疲れていたため、事後処理は後回しにして解散したようだ。

 

「……優子はどこに居ますか?」

 

「桃殿と外に出て、どこかへ向かったようだが……」

 

「……毛布と水、ありがとうございました。店長」

 

「待ちたまえ」

 

 葵は立ち上がり、そして玄関に向かおうとするも、そう白澤が呼び止めた。

 

「……葵クン。何をするにしても、その場での全力を尽くすと良い。

 そうすれば……後悔はしないはずだ。そう君に吉兆が出ている」

 

「……はい。行ってきます」

 

 数千年生きた伝説のハクタク。

 彼によるお墨付きをもらった葵はばんだ荘を出て、シャミ子たちを探し始める。

 

(……リコさんの夢から戻ってきた時のあの表情……早く見つけないと)

 

 千代田邸、高台公園、廃工場、病院前。そして河川敷。

 葵はいくつか候補を思い浮かべたが、割とあっさり見つけることは出来た。

 シャミ子と桃は座って話をしており、葵はこっそりと近づく。

 

「思い上がるなまぞく! 

 仮にシャミ子がそんな力を使わなくても、いずれ私は絶対にシャミ子を好きになってた! 

 がんばりやだし、見てて面白いし……かわいいし」

 

(……)

 

「それに、シャミ子の行動が……幸せを増やしたことが、私が間違いとは思わない。

 誰かに間違いだとも言わせない」

 

(……大丈夫そうだね)

 

 桃のその“洗脳”の言葉を聞いた葵は微笑み、その場を離れようとした。しかし。

 

「……それに、まぞくの力なんて無くても、葵はシャミ子の事大好きだから。ず……っと、前からね……」

 

「ゲホッ!? ゴホォッ!?」

 

 葵は咳き込んだ。

 流れ弾が来るとは思っていなかったのだ。

 

「葵!?」

 

「どうしてここに……?」

 

「ふ……たりを探してっ……」

 

 二人に見つかった葵は顔を真っ赤にし、手でそれを隠しながら近づくと、しどろもどろに話す。

 

「そ、そんなことより……さっきの桃の……」

 

「っ……!」

 

「葵……」

 

「好きって……どう、いう……」

 

 シャミ子に突っ込まれた葵はたじろぎ、桃は言葉に詰まっている。

 この時点なら、隣人愛や家族愛と言った言葉で誤魔化すことも出来たのだろう。

 

「……そうだよ! 俺は……っ! ずっと前から! 10年前から! 初めて会った時から……っ! 優子が好きなんだよ!」

 

「あおい……」

 

 しかし、葵はそのような言葉を思いつきもしなかった。

 一ヶ月ほど前の一件。

 その時から葵は平常を装いつつも、明けても暮れてもあの言葉の意味を考え続けていた。

 

「それに……まぞくがどうとか、洗脳がどうとか……そんなの……関係ない!」

 

 そこで言葉を切り、浅い呼吸を繰り返す葵。

 テレパシーで聞いてしまったその単語。

 

「夏休みに! ……俺の昔の事を話した時、優子は……まぞくの力なんて関係無しに……! 

 俺を……やっと……開放してくれたんだよ……っ! 

 あれを、誰にも……否定させたりなんか、しない! 優子自身にも! 

 まぞくの力なんて……それと同じことを少しだけ、伝え易くしているだけなんだよ……」

 

 息を乱してそう叫んだ葵は膝から崩れ、地面にへたり込む。

 

「俺は……優子が好きだ」

 

「葵……」

 

 言葉を反芻し、自分自身の意思を確認するためでもある、葵の弱々しい呟き。

 それを聞いたシャミ子は頬を染め、桃は──。

 

「……桃? どうして……泣いてるんですか?」

 

 桃を見て、シャミ子がそう漏らすと葵も桃を見る。

 

「……なん、でもない。シャミ子……葵、二人とも……幸せに……」

 

「違う……」

 

 涙を溢しながら、無理矢理に微笑んでいた桃の言葉を葵が遮る。

 

「葵……?」

 

「桃も……桃の事も好きなんだ」

 

「え……」

 

「桃の、強い所も弱い所も……心配性な所もネコ好きな所も料理で見栄を張る所も桜さんを大切に思ってる所も寂しがりな所もズボラな所も割とあくどい事考えつく所も恨みっぽい所も……何もかもが好きだ」

 

 葵がもはや、その思いを内に秘めることが出来ずに一気に吐き出すと、今度はそれを聞いた桃がへたり込む。

 

「どうして、どうして……っ! シャミ子と幸せになってくれたら、諦められたのに……」

 

「好きなんだ。優子も、桃も、どうしようもなく」

 

 葵は二人の事を考えるだけで体が、脳が、記憶が、魂が……そして心が震える。

 

「どうすればいいか……分からない」

 

「葵……」

 

 この場で唯一立っていたシャミ子は胸に手を当て、そして話し出す。

 

「私も……葵が好きです。この気持ちが……どういう物かはあまり……分かりません。

 だけど、おとーさんの事が好きなおかーさんみたいな……葵とそうなれたら、素敵だなって……そう思います」

 

「優子……」

 

 シャミ子の言葉を聞いた葵は、ふらつきながらも立ち上がると、二人に背中を向ける。

 

「だけど……俺に……人を選んで、人と幸せになる権利なんて無いんだよ」

 

 葵の脳裏に浮かぶ、シャミ子と、桃と、そしてもう一人。

 二人から逃げるように、葵はヨロヨロと歩き出す。

 

「本当に……ごめん。俺が……俺が、余計な事を言ったから……二人を困らせた」

 

「葵っ!」

「葵……」

 

「……明日のお弁当、玄関のノブに掛けておくから」

 

 葵はそんなどうでも良いことで紛らわさなければ、自分が保たないと感じていた。

 

「怖い……こわい……逃げて……ばっかりだ……どう、すれば……」

 

 ■

 

「なるだけなってみん? 魔法少女」

 

「すみません……」

 

 良子に付き纏っているのは、紅玉の元ナビゲーターである金魚のジキエル。

 それに絡まれて良子は涙目である。

 

「別にノルマとか無いし、いつでも辞めれるし。一ヶ月くらいスタンプ二ば──」

 

 良子を魔法少女に勧誘していたジキエルの声が途切れ、アスファルトには木製の球体が落ちていた。

 

「……お兄! こわかった……」

 

「良ちゃん……」

 

 呆然と歩きながらも半ば反射で爪楊枝を投げ、ジキエルを捕獲した葵。

 そのまま良子に抱きつかれるも、葵は大きな反応を返さず、良子は離れて心配する。

 

「どうしたの……?」

 

「……金魚料理……」

 

 拾ったカプセルを見て葵はそう呟き、別の爪楊枝を包丁に変化させた所で──。

 

「せんぱい、待って」

 

「……小倉さん」

 

「そのカプセル、渡してほしいなぁ。悪いようにはしないから」

 

 葵が特に逆らうこともなくそれを渡すと、しおんは微笑み、そして今度はニヤニヤしだす。

 

「……せんぱい、告白したんでしょ? 

 私が適度にせんぱいを疲労させなかったら、この状況はなかったと思うなぁ……」

 

「…………、…………。……………………、…………これで……勝ったと……思うな……よ……」

 

 長い沈黙の後、葵が弱々しい呟きと共に家の方向に去っていき、見ていた良子は当然困惑していた。

 

「お兄……?」

 

「せんぱいはちょぉっと疲れてるから……そっとしておいてあげるといいよぉ」

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