まちカド木属性   作:ミクマ

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付き合ってください

「……葵、もう出ちゃったみたいですね」

 

 翌日。シャミ子達は登校前に喬木家を尋ねるも、既に人の気配はない。

 葵の言った通りに、弁当箱の入った袋が玄関のノブに掛けてあったが、それだけだ。

 昨日のあの告白の後からこの瞬間まで、シャミ子達が葵に会う事は出来ていなかった。

 

「……シャミ子」

 

 桃はそう名前を呼ぶも、それ以上の言葉が出せない。

 そして、シャミ子は弁当箱を抱き抱えるように持ちながら、少しの間考えると口を開く。

 

「私、やっぱり葵のことが好きです」

 

「……私も」

 

 二人が一晩考えたその答えを復唱し、それぞれの感情を己に刻み込んだ。

 

「……葵の心の準備が出来るまで、待とう」

 

「……はい」

 

 この五ヶ月ほどで幾度となく、葵の弱い部分を見てきた二人はそう誓う。

 二人が学校に向け出発して少しすると、遅れて家から出たミカンが喬木家の前に立つ。

 

「……私があなたを引っ張ってあげる。だから安心して、前に進んでね。アイちゃん」

 

 そのつぶやきを終えると、ミカンは光に包まれた。

 

 ■

 

「……?」

 

 府上学園。葵の意識が覚醒する。

 登校した葵は教室に向かおうとするも、廊下のとある曲がり角で投げ飛ばされ、そして気を失った。

 そこまでが葵の記憶だった。

 

「起きたわねぇ」

 

「……先輩方」

 

 テーブルを挟んだ正面にいたのはタマ。

 そして四面の両サイドには、前生徒会副会長である長沼と、元会計である松原東。

 三人を視認した葵は立ち上がろうとするも、手足を椅子に拘束されており動くことが出来ない。

 

「……何ですかこれ」

 

 葵は力任せにそれを破ろうとするが、ビクともしない。

 

「中ちゃんに用意させた特別製よぉ」

 

「あぁ……」

 

 タマの解説に思わず納得してしまい、葵はゲッソリとした顔になった。

 そして葵が仕方なく一部の力を開放して破ろうとした所で、タマからのストップがかかる。

 

「無理やり破ってもいいけど、部屋壊したりしたら“おつかい”頼むからぁ」

 

 そう言われると葵は黙らざるを得ない。

 今葵達がいるこの部屋は府上学園の生徒会室。

 昨年度には幾度となく入っていた、葵にとってある意味思い出の場所である。

 

「……もう授業始まってるんじゃないですか?」

 

 時計を確認することは出来なかったが、部屋の外の静けさから葵はそう判断した。

 

「私たちは問題ないわ」

 

「優等生だから〜。ゲロ子はともかくとしてねぇ。

 喬木も出席扱いにしておいたから安心しなさい」

 

 葵の疑問に松原が答え、タマが補足を入れる。

 それを聞いた葵は訝しげな目でタマを見るも、用件を済まさなければどうしようも無さそうだと考えたので、とりあえずは大人しくしておく事にした。

 

「それで、何の用ですか?」

 

「これよぉ」

 

 立ち上がったタマは部屋に置かれたホワイトボードを回転させ、裏面の内容を葵に見せた。

 そこにはシャミ子と桃の顔写真が貼られており、葵は当然困惑する。

 

「……どうして……? と言うかどうやって撮ったんですか?」

 

「妹ちゃんから貰ったわ」

 

「良ちゃん……」

 

 妹分の謎の行動に葵は思わず小声で名前を呼びつつ、そして昨日のシャミ子達との一件を思い浮かべ軽く赤面する。

 しかし、その出来事はタマ達に知られていると葵は思っておらず、どうにか取り繕おうとしていた。

 

「……この二人がどうかしたんですか」

 

「喬木がこの二人に告白したって聞いてね〜」

 

 タマのその言葉に葵は咳き込み、そして先程にも増してその顔を染める。

 

「ちょっ……え? 何で……っ!?」

 

「あれだけ堂々と告白してたら当然町中に広まるわよぉ」

 

「だからって何で府上(こっち)にまで伝わってるんですかねぇ!?」

 

 葵は真っ赤な顔でそう叫ぶも、タマからの答えはなかった。

 そしてしばらく葵は深呼吸をして、平静を装う。

 

「……そもそも、それを先輩方が知ったとしても……先輩方の世話になる事じゃないですよ」

 

「喬木君には去年色々頑張ってもらったからね、私達からの報酬と思うといいわ」

 

 葵の指摘に対して最初に口を開いたのは松原。

 彼女はある種前生徒会の良心であり、無茶振りしかしない会長、事ある毎に“布教”をしてくる副会長、全く先輩としての威厳を感じない書紀に比べ、真っ当過ぎて怖いくらいの完璧超人であった。

 とはいえ、そんなハイスペックな松原からの“依頼”は、相応に困難なものではあったのだが。

 

「まあ、松原先輩がそう言うなら……」

 

「こんな面白……もとい、難しそうな話は喬木一人では荷が重いだろう」

 

 納得しかけた葵に、今度は長沼が声をかけた。

 目を閉じながらも、あからさまにテンションを上げている長沼に葵は呆れ、そしてため息をつく。

 

「長沼先輩、ふざけるつもりなら蹴り入れますよ。こっちは必死なんです」

 

「ククッ、その状態で出来るのならばやってみるといい」

 

「……」

 

「冗談だ」

 

 葵が眉をピクリと動かしながら苛ついた目で見ると、長沼は肩をすくめ薄く笑いながらそう言う。

 

「俺としても、後輩の相談に乗りたいのは松原と同じだぞ」

 

「先輩……」

 

「それに、俺はその手の話の経験値は豊富だ。何でも聞くといい」

 

「その経験値とやらは何が素になってるんですかね……」

 

 案の定と言うべきか、胸を張り誇らしげに語る長沼に葵は呆れた。

 そして、スケジュール管理だの選択肢がどうのこうのと言う長沼を遮り、最後にタマが話し始める。

 

「アホの長沼は置いておくとして〜……真面目な話」

 

 ショックを受ける長沼をスルーし、タマは真剣な目線を葵に向ける。

 

「あなたがそんな状態だと、妹ちゃんに悪影響が出るのよぉ」

 

「……」

 

「夏休み明けからタマはちょくちょくその子の話するわね。そんなにいい子なの?」

 

 葵が沈黙し、そして松原が問うとタマは立ち上がり、ホワイトボードに貼られた写真の一方を指差す。

 

「こっちの子の妹ちゃんよ。喬木はその子の教師役やってるのよねぇ」

 

「ッ……」

 

 松原に対するタマの説明を聞くと、葵は思わず声を漏らす。

 近頃葵は否応なしに、その役に対する圧倒的な力不足感を覚えざるを得なくなってきている。

 

「……最近はタマ先輩のおかげで、良ちゃんはどんどん知識蓄えてますよ。俺じゃ……」

 

「黙りなさい」

 

 卑屈な言葉を出そうとした葵をタマは冷たい声で止めた。

 遮られ目を丸くする葵に、タマはそのまま言葉を続ける。

 

「あの歳で私の話について来れるのは、間違いなく喬木の功績よ。

 それを否定するのは……妹ちゃんへの侮辱にもなるわ」

 

「……!」

 

「そもそも、喬木如きがそんな事で悩むのが無駄なのよぉ。

 必死こいて成績維持してるんだから、妹ちゃんに対しても同じ様にすればいいだけじゃなぁい」

 

 途中までの真面目な表情から一転、唇を尖らせ心底どうでも良さそうにそう言うタマを見て、葵は思わず笑う。

 そして笑いながら俯いていた葵の頭に、タマはチョップを食らわせた。

 

「痛いですよ。俺、河原くんじゃないんですからこの手の奴はご褒美にはなりませんよ」

 

「話本題に戻すわよ」

 

 ホワイトボードのペンを回し、タマは机に置いてあった葵の写真をボードに貼ると、そこからシャミ子と桃の写真に向けた矢印を引き、告白と文字を書く。

 それにより、改めて事実を突きつけられた葵はまたも気恥ずかしくなる。

 

「ヘタレの喬木のせいでこの子達が困ってるのよね〜」

 

「二人同時に告白だなんて……喬木君、思ってたよりスケコマシね」

 

「喬木よ、現実でその手のモノは難度が高くなるぞ」

 

「とはいえ、この子達からの反応は悪いものじゃなかったみたいねぇ」

 

「……」

 

「ほう……」

 

 葵は顔を隠すことが出来ず、唇の端を引きつらせながら赤面する。

 

「問題なのは、喬木が自分から告白したくせに逃げ出した事なのよぉ」

 

「褒められたことではないわね……」

 

「サイテーよねぇ、喬木」

 

 女子二人から真顔で見つめられた葵は身を縮こまらせ、顔を反らす。

 

「……昨日のあの時は……勢いで告白しました。

 それは間違いなく本心ですけど、そもそも俺に……人を選べる資格なんて無いんです」

 

 葵による、そんな弱々しいつぶやき。

 それを聞いた三人は顔を見合わせ、そして三者三様の反応を見せる。

 

「フッ。喬木よ、お前は相も変わらずネガティブだな」

 

「……先輩方には言ってませんけど、俺の主目的はずっと果たせていなかったんですよね。

 最近ようやく進歩はしましたけれど、その前の期間が長すぎたんですよ」

 

「お前と初めて会った時には、ここまで拗らせているとは思っていなかったぞ」

 

 最初に口を開いたのは、少し呆れたような様子の長沼。

 実は府上学園の生徒の中で、葵との付き合いが最も長いのはこの長沼であったりする。

 

「あなたは去年の一年間、タマのお使いを十分に果たしていたのだし、相応の能力はあるわ。

 それなのに、そこまで卑屈になる理由が分からないのだけれど」

 

 次に松原が真面目な表情で、自らの発言を一分も疑っていない様子でそう説く。

 

「……まあ。タマ先輩のお陰で色々と小器用になったとは思ってますよ、俺。

 生徒会に入るきっかけになったアレといい、先輩方には恩もあります。

 それでも、俺の根本的な性格は……そう簡単に変わりませんよ」

 

 半ばやけくそになり、学校で行っていた“演技”を止め、葵はそう吐き出す。

 しかし、松原は葵の言葉を聞いている間表情を変えることはなく、そのまま葵に反論を行う。

 

「どちらにせよ、あなたがどういう性格だろうとそんな事は関係ないの。

 喬木君はその子達に告白をした。その事実を変える事は出来ないわ。

 あなたが出来る事は、その子達から逃げずに真っ向から対面する事だけよ」

 

 同情でも叱責でもなく、松原はただ淡々とありのままの事実を突きつけた。

 とある人物と共に、“府上学園の二大姉御”等と呼ばれている松原による、甘えを許さない説教は確かな道標になると学内では評判なのだ。

 葵は虚を突かれた表情になり、そんな松原の言葉を反芻し身を震わせていた。

 

「喬木。俺が彼女らを見たのは茶店でバイトをする姿程度だが……それだけでも、彼女らの性格の良さはよく分かったぞ」

 

「そんな事は俺の方がずっと分かってますッ!」

 

 心を揺さぶられていた葵は、長沼の体験談に対し思わず叫んでしまう。

 そして、長沼はそんな息を乱した葵の姿を見るとくつくつと笑う。

 

「その彼女らからお前は逃げて、裏切るのか?」

 

「ッ……!」

 

「私もあの子達と会った事はあるしぃ、妹ちゃんからも幾らか話は聞いてるけどぉ、喬木には勿体無いくらいの子達よねぇ」

 

 長沼の言葉と、それに飄々と口調で乗るタマ。

 それらを聞いた葵は言葉に詰まり、唇を噛む。

 

「さっきも言ったけどぉ、喬木如きのちっぽけな悩みなんでどうでもいいのよぉ。

 芦花ちゃんに挑んだ時みたいな蛮勇を見せなさい」

 

「……だからって、俺は二人同時に告白なんていう所業をしたんですよ。どうしたらいいっていうんですか」

 

「だからそれがどうでも良いって言ってるのぉ。

 そもそも喬木は何を怖がって、何から逃げてるの?」

 

「え……?」

 

 再び真面目な口調になるタマからのその問いに、葵は目を丸くし困惑する。

 

「そもそも、あの子達とどうなりたいかなんて私達が口出すことじゃないのよ。 

 それの答えなんて喬木の中でとっくに答え出てるでしょ?」

 

「……」

 

「喬木よ、お前が恐れているモノは周りの目だろう」

 

 長沼の指摘に唇を噛む葵。

 葵が誰かを選び、そして誰がが傷つく。

 その結果、周囲からどのような目で見られるのか。

 それこそが葵の恐れている事だった。

 

「喬木がどういう選択をしようが、どうでも良いって人間の方がずっと多いのよぉ」

 

「でもそれは……」

 

「親しい人間に軽蔑されるとでも思っているのかしら? 

 貴方の言う“親しい人間”とやらは、そんなに冷たい人間?」

 

 口調の落差の激しいタマの理論に、今度は松原が乗る。

 

「そんな訳……っ!」

 

「そもそもぉ、周りにどう思われようとも、それに文句をつけられない位の人間に喬木がなればいいだけの話なのよぉ。

 喬木にとって、その為に命を賭けられない程度の存在でしかないのかしらぁ? ……この子達は」

 

 ホワイトボードを見てそう語るタマを見て葵は沈黙し、俯く。

 そんな体勢で葵が考えている内にタマは立ち上がり、そして葵の拘束を解いた。

 

「それが出来ないのならぁ……好きなだけ逃げて、そのまま野垂れ死になさぁい」

 

 タマによるそんな言葉を最後に葵は生徒会室から叩き出される。

 

「……もう一つ、何で私達がこんなめんどくさい事してるのかもよく考えとくといいわぁ」

 

 そうして、タマは廊下でたたらを踏む葵に更に続けると扉をピシャリと閉めた。

 

「世話の焼ける後輩だな」

 

「ちょっと厳しかったかしら?」

 

「あの程度で折れるようなら、最初から勧誘なんかしてないわぁ」

 

 ■

 

 呆然としながらも葵はこの日の残りの授業を受けていたが、異様な雰囲気を発する葵にクラスメイトらがこの日話しかけてくることは無く、そして葵は下校を始める。

 

 帰りの電車に乗った葵は空いていたシートに座るも、とある事に気がつく。

 下校の時間帯であると言うのに、葵のいる車両には他の乗客が居なかった。

 

「……?」

 

「葵さん」

 

 困惑する葵に話しかけたのは、隣の車両から移ってきた妃乃。

 

「……どうしてここに」

 

「葵さんとお話がしたくて、わたしの家の権力を少々使わさせていただきました」

 

 クスッと笑い、妃乃は葵の隣の席に座る。

 そんな姿を葵はじっと見つめ、妃乃の言葉を待つ。

 

「……わたし、ずっと考えていました。

 葵さんに命を救われた恩、それをどの様に返せば良いのか」

 

「……」

 

「わたし、おじょーさまなんですよ」

 

 妃乃からの予期せぬ言葉に葵は呆け、そんな表情を見た妃乃は悪戯っぽく笑う。

 

「わたし、葵さんの社会的な生命をお守りします。

 わたしの家の力で、葵さんのバックアップをさせて頂きます。

 ……これが私の考えた、命の恩に相応しい恩返しです」

 

「……!」

 

 挑発的でも不敵でも、そして悪戯っぽくもない、窓からの夕日に当たった妃乃の笑顔。

 妃乃は目を丸くする葵の手を取り、言葉を続ける。

 

「わたし、何があっても……葵さんの味方でいます。

 葵さんがどんな選択を取ったとしても、あなたの立場をお守りします」

 

「……妃乃は、どうして俺にそこまでしてくれるのかな」

 

 葵がどう考えても、あの島の出来事だけでは妃乃の行動の説明がつかない。

 

「……もうそろそろ、お話するタイミングですね。

 でも今は、葵さんにとって……もっと重要なお話があるのでしょう? 

 それが落ち着いたら……葵さんの家にお邪魔させていただきます」

 

 そこで話は終わり、妃乃はただ静かに座るだけだった。

 電車がせいいき桜ヶ丘駅に到着すると、車両の中から静かに手を振る妃乃に葵は見送られた。

 そして葵は駅から家への道を進み始め、上から落ちてくる人影を視認する。

 

「……ミカン」

 

「今日一日、どんな事を考えていたのかしら」

 

 葵のすぐ正面に立つミカンの姿は魔法少女の服装であり、更には葵にクロスボウを突きつけていた。

 

「俺は……」

 

「ここで言う必要はないわ。それを言うべきなのは……分かってるでしょ?」

 

 クロスボウの射線を葵から外し、ミカンは憂いの混じった微笑みで葵に語りかける。

 

「あなたの事を待ってるわ。逃げたりしたら許さないわよ?」

 

「……大丈夫」

 

 ミカンの冗談めかした言葉を否定した葵は、一日考える中で至った一つの答えを口に出す。

 

「……ミカンが手を回してくれたんだよね」

 

「ええ。大変だったのよ? こうでもしないと葵は先に進めなさそうだから」

 

「ありがとう……行ってくるよ」

 

 歩き出した葵はミカンの横を通り、家に向かおうとしたのだが、すぐに立ち止まる。

 立ち止まらざるを得なかったのだ。

 

「……ミカン?」

 

 葵は背中からミカンに抱きつかれていた。

 葵の首元に額を当て、沈黙していたミカン。

 少しすると、薄らに乱れた呼吸の音が葵の耳に入る。

 

「……アイちゃん」

 

「……! ……な……」

 

 葵がそう呼び返そうとした所で、背伸びをしたミカンの手によって口を塞がれ、そして再びの沈黙。

 

「……行って」

 

 振り返ろうとした葵だったが、魔法少女特有の力によって抑えられる。

 例によって、葵が力を発揮すれば無理矢理振り返る事は出来るのだろう。

 ミカンが葵の背中から離れると、葵は背中を押され、たたらを踏みながらも前進する。

 誰かが跳び去ったような、そんな風切り音が後ろから聞こえたが、葵は振り返らなかった。

 

「……好き」

 

 ■

 

「葵、おかえりなさい」

 

 そうして自宅にたどり着いた葵。

 喬木家の玄関前にはシャミ子が立っていた。

 柔らかい笑顔のシャミ子を見た葵は一瞬息が詰まり、深く息を吐く。

 

「……桃は?」

 

「中にいます。入りましょう」

 

 シャミ子に手を引かれ、共に家に入った葵は居間に向かう。

 

「おかえり、葵」

 

「も……も? その、格好は……」

 

 不安げな声色の桃に葵は出迎えられた。

 しかし、葵は別のものに気を取られる。

 

「……私も、一日考えてた。そうしたら……こうなったの」

 

 葵が目撃したもの、それは桃の闇落ち衣装。

 震えながら桃に近づいた葵は、桃の目の前で膝から崩れ落ちた。

 そんな葵の手を桃は取り、弱々しい声で語り始める。

 

「昨日、葵がシャミ子と幸せになってくれれば諦められるって……そう言ったけど、やっぱりイヤ。

 私っ……! 葵の事、諦めたくない……っ!」

 

 そう叫んだ桃は、葵と同じ様に震えていた。

 葵は呆然とし、桃に握られていた手は更に強く締められる。

 

「葵が居なくなったら……私、すぐに消えちゃうよ……?」

 

 桃の透け始めている体と、弱々しい呟き。

 その言葉を聞いた葵が桃の手を握り返し、魔力譲渡を始めると桃は落ち着いたらしく、葵に寄りかかる。

 

「葵のせいで……私、こんなに弱くなっちゃったんだよ……」

 

「桃……」

 

 胸に顔を埋め、もう片方の手でしがみつく桃に、葵は何を言えば良いのか分からない。

 そして、そんな葵の空いた片手を取るのはシャミ子。

 

「私は……葵が居なくなったらどうなるかなんて、想像も出来ないです。

 葵とずっと一緒に居たから、これからも葵と離れたくないんです。

 ……だけど、桃と離れるのもイヤです」

 

「シャミ子……」

 

 シャミ子の言葉を聞くと、桃は今にも泣きそうなその顔を上げる。

 二人はしばらく見つめ合うと頷き、次に葵をじっと見ながら口を開く。

 

「私達、二人でよく考えたんです」

 

「葵は選ばなくていいよ。ただ頷いてくれればいい」

 

「……」

 

 二人の言葉に葵は沈黙していたが、続く言葉はなんとなく分かる気がした。

 

「私達と……」

「私達と……」

 

「待って」

 

 不安そうな目線と震えた声で、シャミ子と桃が絞り出そうとした言葉。

 それを葵が止めると、二人は目を丸くする。

 

「……俺に、言わせて欲しい。少し……待って」

 

 葵が目を閉じてそう言うと、二人は離れた。

 軽く息を乱しながらも、葵は心の整理を始める。

 

(俺は……)

 

 葵は己に人を選び、幸せになる資格がないと、そう言った。

 その考えは今も変わらない。ならばどうするのか。

 

「俺は……」

 

 “今”足らないのなら、将来足るだけの人間に成ればいい。

 葵に対し、これだけのお膳立てをしてくれた“彼女”の為にも、葵は前に進まなければならない。

 

「……優子、桃」

 

「はい」

「うん」

 

 葵の頭に思い浮かんだ、『こんな自分で──』という、そんな言葉。

 しかし葵はその言葉を口には出さない。

 己が選択の為、何より自分を選んでくれた人の為にも、そんな否定の言葉を発する必要はない。

 

「……付き合ってください」

 

 ■

 

 シャミ子と桃からの返事は言葉ではなく、葵の左右から腕を抱き締めるという行為だった。

 長いのか短いのかも分からない時間。

 三人はそれを過ごしていたが、いつの間にか元の服に戻っていた桃がふと立ち上がる。

 

「……いるんでしょ?」

 

 桃は居間の窓に近づき、それを開きながらそう言う。

 言葉に反応して、庭からおずおずと部屋に入ってきたのはミカン。今度は制服だ。

 

「ミカン……」

 

 座ったままの葵と、目を泳がせるミカン。

 葵が言葉に迷っていると、今度はシャミ子が立ち上がり、桃と共にミカンの腕を引き葵の前に座らせた。

 

「……」

 

 沈黙が落ちる。

 腕を抱え俯いているミカンを見て、葵は考える。

 一月ほど前のあの出来事。

 そもそも、ミカンが葵の狸寝入りに気づかない事が不自然だったのだ。

 あの時の葵は、極度の疲労により全く頭が働かずその答えに至らなかった。

 

「……待たせて、ごめん」

 

「……!」

 

 葵の謝罪を聞いたミカンは顔を上げる。

 一方的に告白を受け、放置していた葵。

 今こそ、それを返さなければならない。

 

「だ……ダメよ。葵は、二人と……」

 

「好きだよ。ミカン」

 

 怯えているような言葉を葵が遮ると、ミカンは身体を僅かに震わせた。

 

「ミカンが居なかったら、俺は逃げ続けて優子と桃の事を泣かせていたと思う。

 ミカンが居てくれたから、俺は……この気持ちを自覚できたんだ」

 

「っ……ズルい……わよ」

 

「少し怖がりで、だけど俺を引っ張って行ってくれて……そんなミカンのことが好きだよ」

 

「……あ……おい……」

 

 葵が自らの両手でミカンの手を包み込むと、ミカンは大粒の涙を溢れさせ始めた。

 

「……好き……っ! 私も葵が好き!」

 

 泣きじゃくるミカンをしばらくの間宥め、そしてミカンが泣き止むと、葵は口を開く。

 

「優子、桃、ミカン。

 俺、みんなが堂々と俺のことを紹介できるような、そんな人間になるから。

 だから……これから、よろしくお願いします」

 

「はいっ!」

「うん」

「ええ……っ!」

 

 今はまだ、葵は“それ”には全く相応しくはないのだろう。

 葵が足りていないが故に、後ろ指を差される事もあるかもしれない。

 だが、だからこそ葵は前に進む。

 彼女達に恥をかかせない為、葵は全力を尽くす。

 彼女達の為に葵は命を、否。自らが持つ何もかもを賭けて、この先の人生を歩む。

 

 光も闇も、どこの誰にも、己が選択を否定させないが為に、喬木葵は彼女達との非日常を生きる。

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