まちカド木属性   作:ミクマ

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譲れない

『……小僧。我を待たせるとは良い度胸であるな』

 

 朝からシャワーを浴びていた葵の頭に蛟の声が響く。

 しおんの薬により気絶した数日前から、蛟による魔力の吸収は止まっていた。

 

「あ、蛟様。今までどうしてたんですか?」

 

『其れは此方の台詞だ。汝が妙な魔力を流し込みおった故、繋属を断っていたのだ』

 

「ああそれは失礼しました。もう問題ありませんよ」

 

『……フン』

 

 蛟がそう吐き捨てると吸収が再開された。

 軽い脱力感に襲われている中葵は思考し、そして纏めた結論と決めた覚悟を蛟に届ける。

 

「蛟様。一つ申し出があります」

 

『……何だ』

 

「これまで以上に……蛟様の力を貸して下さい」

 

『……我に如何なる利得が在る』

 

「単純に、俺が強くなればそれだけ蛟様の解放が近くなるでしょう」

 

『次だ』

 

「魔力をより多く捧げます」

 

 葵が更に強くなるためには、“奥の手”の制御を極めなければいけない。

 勝手に吸収される状態だからこそ、それを恒常化させ慣れるべきと葵は考えている。

 

『……何れにせよ、人間如きが為せる事等限られている。まだ足りぬな』

 

「ええ。俺如きが大それた物なんて出せないんですよ。

 それに俺には待っていてくれる人が居る。だから何一つとして捨てません」

 

 葵が開き直ると、僅かな間の後に蛟からの返答が響く。

 

『以前、汝はあのシャミ子とやらの為に我に命を差し出そうとしたな。

 如何なる理屈で心変わりをしたのだ?』

 

「……理屈なんてモノはありませんね。完全に感情論ですが……」

 

 そこで言葉を切って浴槽に浸かった葵は、深く息を吐きながら足を組む。

 

「力が欲しい。何者にも脅かされない絶対的な力が。

 そして命も、他のどんな些細な物も切り捨てたくない」

 

 葵は己が持つ全てを賭けて先に挑むと誓った。

 “賭け”とは勝てば戻ってくるものだ。

 賭けた上で取り戻すために、葵は賭けられるものを捨てない。

 

『傲慢であるな。対価も無しに力を掌中に出来ると思っているのか?』

 

「一度茨の道を進むと決めたんです。それが多少延びようが関係ありません」

 

『……祠の前で喚いていたあの童が言う様になった物だ。だが、大言壮語に過ぎぬ』

 

「だからこそ蛟様の力を借りたいんですよ」

 

 再び沈黙が落ち、浴槽から出た葵はヘアバンドを取り長い髪に残る水気を切る。

 

『……良かろう。だが、汝には対価を払ってもらうぞ。

 命を捨てる必要は無い。寧ろその逆だ』

 

「……」

 

 蛟の要求する物について葵は心当たりが付いていた。

 

『汝はその力を持って……人の身で或る事を捨てよ。

 細胞一片に至るまでその躰を力で満たせ。

 我の為に人を止め、あの闇の傀儡と共に約定を果たし続けよ』

 

「……お役目、賜りました」

 

『教導及び我の力を与える際には我の側より伝達する』

 

「ああ、お待ち下さい」

 

 テレパスを切りそうな雰囲気になっていた蛟を葵は呼び止める。

 以前交わした約束の一つを覆す事にはなるが、それでも葵にはやらねばならない事が出来た。

 

「もう一つ……“お願い”があるんです」

 

『……申せ』

 

「もしも、霊脈から俺への供給が止まった場合。その時の為に──」

 

 ■

 

 どんな決意をしようが、高校に籍を置く身である以上そこには通わなければいけない。

 葵は盛大に弄られつつもツッコミが響く高校生活を過ごし、放課後にはリリスから呼び出され河川敷に向かう。

 

「ようやく来たな」

 

 籠と火ばさみを装備しているリリスは軽く呆れた様子でそう葵を出迎えた。

 少し離れた場所には同じくゴミを拾っているウガルルが見える。

 

「お主がサボっていたせいで余がとばっちりを食らっていたのだぞ?」

 

「それは本当に申し訳ないです。量を元に戻してもらえるように話はつけておきましたよ」 

 

 そんな軽口を叩きあいつつも話は本題に入る。

 

「かわいい子孫の頼みで大人しくしていたが……上々の結果か?」

 

「ご心配をおかけしました。今回の一件で自分がどれだけ未熟かよく分かりました」

 

 しおらしくそう言い、頭を下げた葵を見てリリスは薄く笑う。

 

「ククク。あの生意気な葵がこうにまでなるとはな……いや、こっちが素か?」

 

「……自分でも、正直どれが素かは微妙ですね」

 

 元来のものである臆病な自分。

 10年間手がかりを見つけられなかった無力感から来る卑屈な自分。

 シャミ子の手前における、強がってカッコつけた自分。

 学校におけるキャラ作りはともかくとして、様々な人物から影響を受けた人格は複雑に絡み合っている。

 

「まあ良い。何はともあれ、シャミ子を不幸にしおったら余は許さんぞ?」

 

 そう言うリリスの視線は真剣その物であり、口調は僅かに挑戦的だった。

 

「ええ。それはもちろん」

 

「フハハ。お主が泣きついて来ん事を祈っておるぞ」

 

 葵の言葉を聞くとリリスはいつものような尊大な口調に戻り、そしてそこにウガルルが近づく。

 

「アオイ……」

 

「ウガルルちゃん、心配かけたね。ごみ拾いの手伝いもありがとう」

 

 礼を言い、頭を撫でる葵。

 ウガルルは目を細めてその感触を味わっていたが、葵が手を離すと不安げな表情になる。

 

「……アオイと金魚狩りした日の夜……ミカン、泣いてタ」

 

「……うん」

 

 たどたどしく絞り出されるウガルルの言葉を葵はゆっくりと反芻し、そして頷く。

 葵が逃げていた故にミカンを泣かせていた。

 その事実を葵はありのままに受け止めなければならない。

 

「それで、昨日も泣いてたけど……笑ってタ」

 

「……」

 

「アオイ……恋人って、好きって何ダ……?」

 

 ウガルルによる純真な質問。

 葵が悩んでいる間、ウガルルは揺らぐ目つきで見つめている。

 

「……俺にも、まだ分からないんだ」

 

「アオイにも分からない事あるのカ?」

 

 ウガルルから、己が高く評価されていることに葵は目を丸くし、僅かな間の後に微笑む。

 

「まだまだ、分からないことだらけだよ」

 

「そうなのカ……」

 

「俺はこれから沢山の事を知っていかなくちゃいけないんだ。

 だから……ウガルルちゃんも手伝ってくれると嬉しいな」

 

「オレがアオイを……」

 

 葵の言葉にウガルルは自らの手のひらを眺め、考える素振りの後に葵に手を伸ばし握る。

 

「……ミカンは、アオイとずっと一緒に居たいって言ってタ。

 オレも……アオイと居るとホッとすル。

 魔力くれ無くてモ、アオイと手繋ぐと安心すル。

 これが好きって事……だと思ウ」

 

「ウガルルちゃん……」

 

「オレ、アオイの事助けたイ。ミカンも、ボスの事モ」

 

「ありがとう。俺も、これからもウガルルちゃんの事助けるからね」

 

 葵は握られていない方の手で再び撫で始め、ウガルルは素直にそれを受け入れていた。

 頭から手を離されると、ウガルルは期待の眼差しで葵を見る。

 

「オレ、仕事する。何か無いカ?」

 

「そうだね……」

 

 ウガルルの要求に葵は考え、そして今まで沈黙していたリリスの方を見るも、リリスは肩を竦める。

 

「生憎、今日のノルマはもう達成しておるぞ」

 

「……じゃあウガルルちゃん。

 俺がダメになってた間頑張ってくれたから、家でゆっくり休んでほしいな。

 ミカンによろしくね」

 

「んがっ!」

 

 元気な返事と共にウガルルは去って行き、それを見て葵とリリスは笑う。

 

「……それにしても。リリス様、よくずっと黙ってましたね」

 

「なんだその言い草は!? 余のことを何だと思っておる! 

 ……それに、シャミ子の頼みはまだ有効だと思っておるからな」

 

「そういう所見せてくれればもう少し敬う気になるんですけどねえ。

 ……まぁ、改めて。これからも……」

 

「待て。まだ話は終わっておらぬぞ」

 

 挨拶をしてこの場を後にしようとした葵だったが、リリスに呼び止められる。

 その表情は先程にも増して真剣だ。

 

「お主、何の契約をした?」

 

「……少なくとも、優子達から逃げるようなモノでは無いです。

 まぞくや魔法少女の寿命がどの位かは知りませんが、それに添い遂げられるってだけで俺にとってはメリットでしかありませんよ」

 

 背を向けながらの返答。

 それでリリスは察したようだが、葵は更に続ける。

 

「ウガルルちゃんの事もあります。

 俺があのよりしろを強靭にした以上、ウガルルちゃんの為す事を見守る責任があります」

 

「……人の死を看取り続けることになるやもしれんのだぞ。お主は耐えられるのか?」

 

「耐えられないかもしれませんね。それでもやらなくちゃいけません。それに……」

 

 言葉を切り、背を向けたまま葵は俯く。

 

「……リリス様一人にだけ約定押し付けるのも忍びないじゃないですか」

 

「……葵、お主……」

 

「……それでは、明日からまたよろしくお願いしますね。ご先祖様」

 

 ■

 

 葵が次に訪れたのはあすらだったが、中にいたのは紅玉だけだった。

 

「どうも、紅玉さん。店長はいますか?」

 

「買い出しに出とるで」

 

「そうですか……リコさんの方は……」

 

「出てったのは見たけど、何処行ったかは知らんな」

 

 リコがああなったのも、葵が以前先延ばしにした事に一因がある。

 それ故どうにかお詫びをしたいと葵は思っているのだが、あれ以来リコには会えていない。

 とりあえずとして、葵は白澤が戻るまであすらに居ることにした。

 

「……なあ、アンタ」

 

 お互い不干渉というわけでもなく、葵は紅玉から遠巻きに眺められていたが、思い立ったような紅玉に声をかけられる。

 

「アンタもココの従業員なんよな?」

 

「そうですね、一応キッチンの方にも入らせてもらってます。

 学校もあるのでずっとという訳では無いですけど」

 

「さよか」

 

 そこで会話が途切れ、葵は白澤から聞いた事を思い出す。

 

「紅玉さんさえ良ければ、料理修行お手伝いしますよ。

 リコさんの料理と少し違う物もお教え出来ると思います」

 

「あ〜……ありがとうな」

 

「いえ。中華鍋のお詫びもありますし」

 

 頬を掻く紅玉に葵がそう言うと、紅玉は軽く面食らったようになった。

 

「……やっぱアンタよう分からん奴やな」

 

「そうですか?」

 

「アタシの夢に、まぞくと一緒に入ってきたからアンタもそうなんやと思ってたらちゃうらしいし、それに……」

 

 紅玉はそこで、思考する素振りをしながらまじまじと葵を見つめ、葵は疑問符を浮かべる。

 

「ぱっと見ナヨナヨした感じなんに、オンナノコ三人に手ぇ出しとるんやろ?」

 

「…………んなぁっ!?」

 

 紅玉から発せられた言葉。

 それを飲み込むまでにじっくり時間をかけた葵は、思いっきり裏返った声で叫んでしまい、そして震えた声で問いを出す。

 

「だ……っ……だ、れがそんな……」

 

「この町ん中で噂されてたけど……一番はリコやな」

 

「……リコさん……」

 

 名を聞いて顔を引き攣らせている葵だが、紅玉は構わず話を続ける。

 

「リコ、ぎょーさんお酒飲んでアンタの愚痴吐き出してたで」

 

 曰く、人の恋路を知りながら影で嘲笑していた人でなし。

 曰く、押しと引きを巧妙に手繰る悪魔。

 曰く、周りの女子全てに粉をかけているケダモノ。

 

「……とかなんとか」

 

「えぇ……」

 

 どうにかこうにか言い訳を考えようとしている葵。

 しかし心当たりのない二つ目はともかくとして、他に関して弁解の余地がなく葵は頭を抱えてしまう。

 

「いや……それは……その……」

 

 どうにか言葉を絞り出そうとし、しかし何も思い浮かばず語気が弱くなり気を落とす葵。

 そんな姿を見て紅玉は腑に落ちたような表情をする。

 

「……引きの扱いが巧いってのが少し分かった気ぃするわ」

 

「……何の事です?」

 

「何でも無いわ」

 

 紅玉にあからさまに誤魔化され葵は困惑していたが、そこで玄関から音が聞こえ話は終わる。

 中に入ってきた白澤の荷物の整理を紅玉と共に手伝い、それが終わると紅玉が玄関に向かいながら口を開く。

 

「大事な話っぽいしアタシは外行くわ」

 

「お話、付き合って下さってありがとうございました」

 

 そうして紅玉を見送ると、白澤の提案でお茶を出され二人は適当なテーブルに対面して座る。

 手始めとして、葵は深く頭を下げた。

 

「本当にお世話になりました」

 

「僕はただ軽く占っただけだよ。選んだのは葵クン自身だ。

 葵クンの選択には少々驚いたがね」

 

「……ええ。ですがもう引けません、俺は全力を尽くしますよ」

 

「ウム。だが気を張りすぎるのも良くない。

 キミが消えれば悲しむ者が沢山居るだろう。

 全力を出すために、適度に休むことも肝要だよ」

 

 そんな諭すような言葉を口にすると、白澤は適度に熱の逃げた茶を飲み一息つく。

 

「また何か迷う事があれば、微力ながら道標を立てさせて欲しい」

 

「それは……流石に恩を作りすぎてしまいますよ。

 桜さんの情報とか、ウガルルちゃんの時とかにも大きな恩があります」

 

「桜殿の情報は僕達にとっても重要だし、ウガルル君の事は話を聞けば聞くほど放おっては置けないものだよ。

 それにキミは間を縫ってこの店で働いてくれている。優子君共々有り難いよ」

 

「……」

 

「僕の占いも衰えているからね、本当に大した物では無い。

 せめてもの助力として、キミの選択肢を一つ増やせれば、と言った所だ」

 

 葵はそう気遣われるが、それでもだんまりとして悩んでしまう。

 そんな姿を見て白澤は控えめな声でありながらも、葵に一つの案を出す。

 

「代わりと言っては何だが……リコくんを……どうにか……」

 

「あ〜……どうすればいいですかね……」

 

「うぅむ……」

 

 案と言っても具体的な何かは思いついてはいなかったらしく、白澤も悩む。

 

「僕はバクしか愛せないのだ……」

 

「……ちょっと俺、リコさんに不味い借りが有るので……下手に手出し出来無さそうなんですよね……」

 

「うむ……」

 

 ■

 

 結局この日リコと会うことはなく、次の日。

 帰路についていた葵にゆらりと一人の影が忍び寄る。

 

「葵はぁ〜ん……」

 

「っ!」

 

 怨嗟の様な何かが混じっている声を聞いた葵は、思わず背筋をビクッと伸ばす。

 葵が振り返ったそこに居たのは当然リコだ。

 

「何で言うてくれへんかったんやぁ……?」

 

 襟首を掴まれながらそう問われ、葵は目を泳がせる。

 

「ウチがあんな目に遭ったんに……それ差し置いて葵はんはぁ……」

 

「本当に……申し訳ないと思ってますよ……」

 

「ウチの事クスクス嘲笑うてたんやろぉ!? こんの下衆ぅ!」

 

「そこまではしてませんよ! 誤解です!」

 

「嘘やぁ!」

 

 今にも泣きそうな雰囲気のリコにガクガクと揺さぶられている葵だが、やはり弁解の言葉は思いつかない。

 

「その上葵はんはシャミ子はん達にお手つきしたんやろぉ!? ケダモノやぁ!」

 

「話聞きますから場所変えましょう!」

 

 夕方故にそこそこの人通りがある中、大声でとんでもないことを叫びだしたリコを連れ葵は手近な路地裏に入る。

 鬼気迫る勢いでリコの手を引いて人気のない場所に入る姿。

 それを見た町人達から更なる誤解を受けている事に、葵は気が付いていない。

 

「あの場で言わなかった事はどうか、この通り……」

 

 葵は深く頭を下げるも、リコは不満げだ。

 

「……そもそも、何で言うてくれんかったんや……?」

 

「……先延ばしにした自分が言うのも何ですけど……もし、もしですよ? 

 あの場でとてもそうは見えないとか言ってたら、リコさんどうしてました?」

 

 おずおずとした問いにリコはじっくりと思考し、葵は不安を煽られる。

 

「……葵はんに幻術かけて協力者に……」

 

「そういう所ですよ! 本当に俺が言えた立場じゃないですけど!」

 

「葵はん、本当に謝る気あるん?」

 

「ぐぬぅっ…………」

 

 訝しげな目で見られ、うめき声を出す葵。

 リコのそんな視線はしばらく続いていたが、葵が空気に耐えきれず顔を俯かせた拍子にため息をつく。

 

「……ほんま、葵はんは卑怯やわ。そんなん見せられたら責める気も失せるわ」

 

「……?」

 

「自覚無いんやな。タチ悪いわぁ……」

 

 困惑する葵をよそにリコは再びため息をついた。

 

「……なぁ、葵はん。何でウチに魔力料理教わろうと思うたん?」

 

「……? リコさんの前で言いませんでしたっけ。

 優子達の役に立ちたいって、それが紛れもなく純粋な理由で、願望です」

 

「ちゃうよ。葵はん、ウチに教わらんでもその内作れるようになってたと思うで? 

 あん時の葵はんはもう手応え感じてた風やったし」

 

 リコは壁に寄り掛かり、何かを誤魔化すように髪を弄りつつ回想をし、質問を口に出した。

 それに対して葵は質問の意図に疑問符を浮かべつつも、再度答えを返す。

 

「そんなの……決まってるじゃないですか。

 優子の持ち帰ったリコさんのまかないを先に食べていたからです」

 

「へ……?」

 

「あの時の俺は焦りもありましたけど……それでも、作れるようになるのが“その内”じゃ駄目だと思ったんです。

 あのまかないを作ったのがリコさんと知ったから、リコさんに師事するのが一番の近道と確信しました」

 

「……そうなんか」

 

 そこでリコは黙り込み、“借り”の事も有る故に葵は何を言うべきか迷い口をまごつかせていた。

 

「……葵はんがウチの魔力料理初めて食べた時、どう感じたん?」

 

「そう……ですね」

 

 戸惑いながらも葵は回想を始める。

 例のまかないを食べた時の感覚を葵はよく覚えている。

 

「自分の身体を異質な魔力が巡るのを感じて……それで見える世界が変わった様でした。

 自分の元々の料理の腕……というより先生の事は欠片も疑ってませんが、別方向の可能性と希望を感じました」

 

 自らの作っていた変質した玉ねぎとは別物だ。

 アレは葵の魔力を葵の中に機械的に戻すだけの物であった。

 

「……料理そのものの出来はどう思うたん」

 

「それこそ、言うまでもないですよ。

 自分の腕前に自信を持って、食べた人が喜ぶ筈だという確信を感じ取れました」

 

「……」

 

「まあ後から考えてみれば、店が繁盛して店長が喜ぶ姿が見たいって言うのが最優先なんでしょうけど」

 

「……まあ、せやな」

 

 またも沈黙が生じると、葵は先程の長い言葉がこっ恥ずかしくなってくる。

 

「……マスターの事……諦めたほうがエエんかな」

 

「……はい?」

 

「ウチ、マスターから完全にペットとしか見られてへんかったみたいやし……」

 

「……」

 

「桜はんに連れてこられて……好きに料理作らせてもろうて……ウチが何しても許してくれて……それが10年続いたんよ? だからウチは……なのに……」

 

 言葉を絞り出していく度にリコは震え、その声に何かの音が混ざっていく。

 しかしそれを見ても葵は何も出来ない。

 白澤との会話もあるが、何より自らの臆病さ故。

 シャミ子達に関わる事ならともかくとして、そこから外れた所においては踏み出せる程変われていない。

 

「……なあ、葵はん。もし……」

 

「……?」

 

「……何でもないわ」

 

 そこでリコが立ち位置を変え、彼女の豊かな頭髪によるものもあり、葵の位置からはその表情が見えなくなった。

 そしてリコは葵に背を向け、喋りながらゆっくりと歩き去って行く。

 

「お祭の日に何も言ってくれへんかった事……もうエエよ。

 これからもよろしくな、葵はん」

 

 ■

 

 路地裏をリコが向かった方と逆に葵は進み、出た場所は商店街。

 リコと話している間に届いていたスマホのメッセージを元に、夕飯の買い出しをするためだ。

 

「や、葵」

 

 いくつかの店を周った後、杏里が店番をしている精肉店を訪れる。

 あすらの新装開店初日以来、葵と杏里は会っていなかった。

 

「みんなから色々聞いてるよ〜? びっくりだよホント」

 

「はは……」

 

 しおんはともかくとして、シャミ子達と同年齢の少女が相手となるとまた悩まざるを得ない。

 そんな事を考えている葵は苦笑いをするが、大して杏里は朗らかに笑う。

 

「ま、大丈夫じゃない? 

 少なくともこの町じゃ大して気にされないと思うなぁ」

 

「そうかな……」

 

「それに、葵が真剣だって事は分かるしね」

 

「……うん」

 

 葵は安堵の息を吐く。

 何だかんだ、葵はピリピリしすぎていたのかもしれない。

 白澤の言った『適度に休む』という言葉はこういう事なのかと、葵はそう思った。

 

「杏里がそう言ってくれるととっても嬉しいよ。凄く安心できる」

 

「……あのさあ。あんまそういう事軽く言わないほうが良いよ」

 

 呆れたような杏里の言葉に葵は一瞬困惑し、そして真面目な表情で返す。

 

「軽く言ってなんかいないよ。

 親しい人が親しいままでいてくれて、それが本当に嬉しいんだ」

 

「……はぁ〜。こりゃシャミ子達も苦労するね〜」

 

 葵の言葉に、杏里は目を丸くした後に背を向けて言い放ち、それを聞いた葵は軽くショックを受けてしまう。

 

「……苦労はさせちゃうだろうけど、だけど絶対それ以上に……」

 

「ちょっ……! そういう意味じゃないから! 落ち込まないで!」

 

 葵の暗い声に反応して振り向いた杏里は露骨に落ち込む姿に焦る。

 

「……じゃあ、どういう……」

 

「えーっと……あ、そうだ。さっき葵が言った親しい人がどうこうってやつ。

 あんまり気にしすぎても、シャミ子達に気苦労かけるだけじゃない?」

 

「……そう……かも……」

 

 杏里の言葉に葵は多少だが気を持ち直した。

 それを見た杏里は更に気を紛らわせようと、この店を訪れた目的を思い出させる。

 

「そ、それで葵。今日のご用命は何かな」

 

「あぁ……えーっと……」

 

 メッセージに記載されたそれを葵に伝えられ、杏里はショーケースから取り出した肉を葵に渡すと、ニヤリと笑う。

 

「ねえ、葵。ちょ〜っと協力してほしい計画があるんだけど……」

 

 その提案も杏里による気遣いなのだが、それに気づける程葵は優秀ではない。

 いくつかの話し合いを終え、軽く会釈をして葵は今度こそ帰路につく。

 

「……ほーんと、葵はずるいなあ……」

 

 ■

 

「杏里から話は聞いてるよ」

 

 土曜の昼下がり、葵は家に訪れたシャミ子を出迎える。

 シャミ子の誕生日に杏里が渡したプレゼント。

 その一つである高級焼肉店のチケットを用いて、桃をその店に誘い魔法少女に関する事を聞き出す、と言う策略を杏里によって提案されたようだ。

 

「俺も魔法少女にはあんまり詳しくないからね。色々とがんばってね」

 

「はい。それで、ボスの威厳を見せるために、服装もそれっぽくしたいんです」

 

「まかせて。あそこのお店……俺も行った事はないけど、まさに高級店って感じだから……」

 

 葵は傍らに積まれたいくつかの一張羅と、ヘアアクセを横目にシャミ子を眺める。

 これこそが杏里から頼まれていた計画の一部であり、観察はしつつも既にある程度の方向性は決まっていた。

 そんな葵の思索など露知らず、シャミ子は観られている事に照れてモジモジしている。

 あの一件を経て変わった所と言えば、シャミ子がこの様な反応をよく見せるようになった所か。

 

「あの……葵……」

 

 考えに沈んでいた葵だったが、シャミ子に名を呼ばれハッとし、更にそのなんとも言えない視線に息を呑む。

 

「優、子……」

 

「……待ち合わせの時間まではまだまだありますから……それまで、一緒にいましょう」

 

 その言葉と共にシャミ子は葵の首に手を回し、顔を近づけ、そして──。

 

「……桃も、ミカンさんも優しくて……大切な人だから、離れたくないです。

 だけど、譲れないものも有ります」

 

 如何なる覚悟と決意を葵が決めたとしても、シャミ子がまぞくとして覚醒して以降、葵は手を引かれる側であることがほとんどだ。

 それはこれからも続くだろう。

 

「私を、葵の一番にしてください」

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