まちカド木属性   作:ミクマ

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インターバル
if A-1 千代田葵 再編・前編


「お姉ちゃん、おかえり」

 

「ただいま、桃ちゃん」

 

「……その子、誰?」

 

 帰宅した千代田桜を出迎えた桃。

 桃は桜の存在を認識すると笑顔を浮かべ、そして桜が連れているボロボロの子供に気がつくと怪訝そうな表情になる。

 

「この子、今日はここに泊まってもらうから」

 

「……そうなんだ」

 

 桜の後ろに立ち半身だけを覗かせている、髪が異様に伸びた子供。

 言うまでもなく、彼は桜に助け出された幼き喬木葵である。

 “力”を抑え込まれ、桜の手配した人員が両親を家から運び出している間、葵は桜の提言でこの千代田邸を訪れる事になった。

 

「ほら。自己紹介、自己紹介」

 

「……たかぎ……あおい……です」

 

 桜に手を引かれ、桃の前に経った葵は弱々しい口調で自らの名を語る。

 

「……千代田桃。お姉ちゃんの妹」

 

 葵と桃のこの日における会話はこれだけであり、葵の声が小さかった事も加わり、このまま何もなければ薄れてしまう程度の関わりだろう。

 

「とりあえず……お風呂かな。キミ、大丈夫?」

 

「……一人で、大丈夫です」

 

「……そっか」

 

 ボロボロの姿を見ての桜による提案。

 それに対しての葵の言葉は恥じらいなどではなく、何となく一人になりたいが故の物だった。

 返答を聞いた桜は不安そうな表情ではあったが、葵の表情を見るとそれに従う事にした。

 

「……おかあさん、おとうさん」

 

 とは言っても、葵は風呂場で何か考え事をしたかったわけではなく、ただ作業的に頭と身体を洗い、そしてひっそりと浴槽に浸かっていただけである。

 その間、桜はリビングで葵に対する術の行使を継続しながら桃と話していた。

 

「あの子……大丈夫?」

 

「少し……時間がかかりそうかな」

 

 桃の問いに対して、桜は憂いの混じった口調でそう言った。

 

「お姉ちゃんなら……きっと」

 

「ありがとう、桃ちゃん」

 

 

 

 翌日。入浴と同じ理由で一人で眠っていた葵。

 そんな彼の魔力の変質を感じ取った桜は、葵の元に向かう。

 

「おはよう。よく眠れた?」

 

「……はい」

 

 肉体的にはともかくとして、精神的な疲労のせいで葵は気がついていなかったのだが、桜の目元には薄く隈が出来ていた。

 目をこする葵に桜はあるものを差し出す。

 

「これ、着けてくれないかな」

 

「……?」

 

 桜の手のひらに乗っているものは、紅白の縞になった紐。

 葵の莫大な力を受け止めるために、桜は徹夜でこれを作っていたのだ。

 

「これはキミの命を守る為のものなんだ。だから着けてほしい」

 

 桜の諭すような言葉に葵は頷く。

 しかしそれはただ漠然と目の前の提示に従っただけであり、葵の意思であるかどうかは微妙な所だったのだが。

 

 伸び過ぎた髪が桜によってバッサリと切られ、そして蝶結びの紐で纏められる。

 紐と髪を不思議そうに触る葵は、己の中の何かが吸われる感触を味わっていた。

 

「……大丈夫みたいだね」

 

 そんな葵を見て安堵の息をついた桜だったが、また不安げな表情になる。

 

「……あのね。言いにくい事だけれど……これから、どうしたいかな」

 

「……」

 

「ゆっくり考えてね。キミが選んだ事を、私は助けるから」

 

 沈黙する葵の手を桜が握りそう言うと、そこでリビングの扉が開く。

 

「お姉ちゃん。朝ごはん買って来たよ」

 

 部屋に入ってきたのはコンビニのレジ袋をぶら下げた桃。

 桜は葵に笑いかけると、次に桃の方に向かいその頭を撫でる。

 そんな光景を、葵は何も篭っていない眼差しで見つめていた。

 

 

 

「桃ちゃん、うどんべえ好きだよねえ」

 

「……うん」

 

「……?」

 

 徹夜での作業により、朝食を用意する時間の取れなかった桜に変わって、桃が買ってきた朝食。

 自身が選んだそのカップうどんを桃が満足そうに食べている中、桜と桃の会話に疑問符を浮かべつつも、やはりひっそりと食べ進めている葵。

 葵は桃からチラチラと見られていることに気が付いてはいるが、それに反応する気力もない。

 

「……あの」

 

 それを完食した所で、葵は桜に問いかける。

 

「あの家……どうなるんですか?」

 

「……キミが望むなら残すし、離れたければそれを叶えるよ」

 

「……そうですか」

 

 そう呟いてうつむく葵。

 そしてもう一つ、葵には問いたい事があった。

 現状とあまり関係の無い、些細な疑問。

 それ故に、葵はそれを口に出すかどうか迷っている。

 

「桃……さんも魔法少女なんですよね」

 

 同年代の少女に対するその敬語は、恩人と認識している桜の妹と、そう聞いた故のもの。

 来年小学校に入るからと、親から仕込まれたそれがこの様な形で活用されるとは、誰も思っていなかったであろう。

 

「……そうだよ」

 

「桃ちゃんは私のかわいい弟子でもあるんだよ」

 

 桜から出た補足情報に桃は少し照れた様子であり、それを聞いた葵はまたうつむいた。

 

「葵()()、桃ちゃんの事気になる?」

 

「……」

 

 桜のその質問はからかい混じりでもあったが、何より葵の気を引く事が出来ないかという思慮によるもの。

 しかしそれに反応をしたのは葵ではなく、桃であった。

 

「……男の子だったの?」

 

「えっ……」

 

 素で驚いた様子の桃の声が耳に入り、顔を上げた葵。

 そんな反応を見た桜は苦笑いをしながら口を開く。

 

「あぁ〜……確かにちょっと……うん」

 

 頬を掻き、控えめな語気で桃の言葉を肯定した桜だったが、葵はそれを聞いて何かが引っかかっているように軽く首を傾げていた。

 

「どうしたの?」

 

「……いえ」

 

 言葉を濁した葵を桃は不思議そうに見つめており、そんな二人を見た桜はふと思い立ったように声をかける。

 

「ねぇ。葵くんがよかったらなんだけど……ここに住まないかな」

 

「え……?」

 

「お姉ちゃん……?」

 

「二人共、お互いに気になってる感じだから。一緒に住めば色々分かると思うよ。

 とりあえずで、気に入らなかったら別の所に住んでもいいよ。

 さっきも言ったけど、私は葵くんの選んだことを助けるから。ね?」

 

 目を丸くする二人に対し、桜はクスリと笑うとそう続け、葵は悩むような素振りを見せ時間が経つ。

 

「……出来るだけ……迷惑を掛けないようにします」

 

「迷惑だなんて、そんな事言わないで」

 

 暫くの後、少し怯えたような葵の言葉。

 それに桜は葵の手を取り、笑いかけながらそう諭した。

 

「こういう時は『よろしく』って、そう言えばいいんだよ」

 

「……よろしくお願いします」

 

「うん。これからよろしくね」

 

 二人のやりとりを見ていた桃は密かにムッとしていたが、桜が振り向くと表情を戻した故に葵はそれに気がついておらず、やはりおずおずと桃の方を向く。

 

「あの……桃さんも、よろしくお願いします」

 

「……桃でいいよ。よろしく」

 

 あまりにも気後れした様子の葵を見ると、桃は毒気が抜けたような声色でそう返す。

 葵と桃による、そんな不器用な挨拶。

 桜はそれを見て微笑んでいたのだった。

 

 ──本当に極々些細な質問。

 その小さな一歩が葵の運命を大きく変えたとは、誰も知る事はない。

 

 

 

「……年上だったんだ」

 

 二人による改めての自己紹介の途中、葵の年齢を聞いた桃は性別を知った時の様にまたも驚いている。

 

「……男の子で、私より年上なのに……よわむし」

 

「うぅ……桃……ちゃんは強いの?」

 

 今度こそショックを受け、弱々しくうめき声を出した葵は俯いたまま桃に問う。

 呼び捨てにする勇気がないのが葵らしいところだ。

 

「うん……お姉ちゃんのおかげ」

 

「そう、なんだ……」

 

 二人から離れ、電話でどこかと連絡を取っているらしい桜。

 そちらの方を向いて微笑む桃の呟きを聞くと葵は呆けるが、自分でもそれの理由が分からず息をつく。

 

「……僕も、強くなれるかな」

 

 心ここに非ずと言った状態で葵の口からこぼれたその言葉に、目を丸くして返答に迷う桃。そこで連絡を終えた桜が二人に近づく。

 

「葵くん。キミには一つだけ……頑張ってほしい事があるんだ」

 

「え……?」

 

 桜は二人の会話が聞こえていたが、敢えてそれを認識していない様に装い、葵に話しかける。

 

「キミが何かを選ぶために、ソレだけ……お願いをしたいの」

 

 昨日の今日で少々酷な言葉ではあるかもしれないが、先程の会話で“目標”を見つけたのなら大丈夫だと、そう桜は判断していた。

 

 

 

 ()()葵は、桜ですら軽く驚くような凄まじいスピードで、その力の制御を上達させていた。

 

「桜さん。僕……桃ちゃんみたいに強くなりたいです」

 

 とある日、山での訓練の途中、不安の混じった表情で葵は桜にそう言う。

 千代田邸で暮らす内、自らより年下の女の子が桜に付き添い“何か”をしている姿を見て、葵はそれに並び立ちたいと思ったのだ。

 

「葵くん……」

 

 桜は悩む。ある程度環境が整ってきたとは言え、町の外はまだまだ()()()いる。

 一度折れた心を折角立ち直らせる事が出来たというのに、その様な状況に立ち入らせて良いのか。

 

「お母さんとお父さんの分も生きる為にも、強くなりたいんです」

 

 現時点においては、桜はまだ葵に両親の真なる死因を話してはいない。

 だが、力に熟練していくたびに葵はそれを察せざるを得なくなっていた。

 

「だから……お願いします」

 

 未だ不安の大きそうな葵だが、そこに僅かな決意が混ざった表情でそう言った。

 

「……約束して欲しい事があるの。キミが出来る……本当に大切な事を」

 

「桜さん……?」

 

 桜は目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「葵くんには……ずっと、桃ちゃんと一緒にいて欲しい。

 桃ちゃんの事を支えてあげてほしいんだ」

 

「桃ちゃんは……僕が支えなくても、すごく強いですよ……?」

 

「今は分からなくても良い。覚えてくれていればいいの」

 

「……はい」

 

 取り敢えずとして頷きはしたものの、桜の言った通り、葵にはその言葉の意味する所は分からなかった。

 その日の訓練を終え、2人は家に戻る。

 

「と言う訳で、今日からは葵くんも私の弟子になるから」

 

「……そうなんだ」

 

「て言っても、葵くんがとーっても強くなれるまではあんまり目立っちゃダメだから。

 桃ちゃんは姉弟子として上手く止めてあげてね」

 

「わかった」

 

 桜の宣言に対し、桃はあまり大きな反応を返さなかった。

 そんな桃に、桜の後ろに俯きながら立っていた葵はおどおどとしながらも近づき、口を開く。

 

「……よろしくね」

 

「本当に大丈夫なの?」

 

 心の底から心配しているような桃の言葉。

 それを聞いた葵はショックを受けていたが、立ち直るのは割と早かった。

 

「桃ちゃんに頼って貰えるようになるから、だからがんばるよ」

 

「……そう」

 

 やはりと言うべきか、あまり信じていそうには無い桃の様子だったが、今度こそ葵は折れない。

 そのまま葵は桜に向け再び話し出す。

 

「桜さん。僕、これからもここに住みたいです」

 

「──! 大歓迎だよ。桃ちゃんは……」

 

「桃ちゃん……お願い」

 

 葵にとっては、先程の宣言よりもこちらのほうが不安が大きく、それが顔に出てしまう。

 

「……いいよ」

 

「ありがとう……! 桃ちゃん、これからもよろしくね」

 

「……うん」

 

 満面の笑みの葵と、僅かに頬を緩ませる桃。

 そんな二人につられて桜も微笑むが、次に真剣な表情になる。

 

「葵くん。少し言い難い事だけど……名前、どうしようか」

 

「名前……?」

 

「キミの名字の事。“喬木”のままにしたいか、それとも……」

 

 桜は言い淀み、葵も悩む素振りを見せるが、それは別の意味での迷いだった。

 

「……良いんですか?」

 

 

 

 せいいき桜ヶ丘に存在する、菓子やその他加工食品を作っている“ひなつき”の工場。

 そこを経営している陽夏木家だったが、経営危機から悪魔召喚の儀式に手を出してしまい、一人娘である“陽夏木ミカン”はその悪魔に取り憑かれてしまった。

 

「初めまして! 私は桃。……魔法少女千代田桜から頼まれて、事件解決まで君の世話をする」

 

 ミカンの両親はそれを解決するために桜に相談し、桃は工場の倉庫に引きこもるミカンの元へ向かった。

 その手元には、ミカンに食べて貰う為の()()()なおにぎりが乗っている。

 

「レディの隠れ家に勝手に入ってこないで!」

 

「ミカンちゃん、何日もごはん食べてないでしょ。あと、ここ倉庫だし……寒いし」

 

 桃は警戒を解こうとするも、ミカンは倉庫にある荷物の影に隠れてしまう。

 と、そこに新たなる人影が現れる。

 

「桃ちゃん」

 

「葵……まだ付いてきちゃダメって、お姉ちゃんに言われたでしょ?」

 

「おにぎり、その量で足りるか分からなかったから……」

 

 不安げな表情で別のおにぎりが入った包みを差し出す葵。

 それを受け取った桃は呆れた様子だったが、僅かに微笑んでもいる。

 

「もう……」

 

「……アイ……ちゃん?」

 

 そんな二人、正確には葵の様子を見てミカンは呆然と声を上げた。

 

「え……?」

 

 その呼び名は()()()()()()()()であるのに、葵はすばやく首をミカンの方に向けてしまう。

 そして葵はミカンの顔を視認した瞬間、謎の頭痛に襲われる。

 

「──っ……!」

 

「葵?」

 

 こめかみを抑えて膝をついた葵。

 心配そうな桃に駆け寄られるも、しばらくすると顔を上げ、やはり呆然と口を開く。

 

「なっ……ちゃん……?」

 

 口を突いたその言葉に、葵自身も困惑を隠せない。

 

「やっぱり……アイちゃん……!? 今までどうしてたの……? 私……あっ……」

 

 荷物の影から出てきたミカンは問いながら葵に近寄ろうとするも、自らの現状を思い出してその足を止める。

 

「ぁ……ダ、メ……私……」

 

「なっちゃん……」

 

「ダメ……ダメなんだからぁ……っ」

 

 葵が立ち上がり一歩を踏み出すと、ミカンは感情を抑えようとして弱々しく声を漏らす。

 

「来ちゃダメぇ……っ」

 

「なっちゃん!」

 

 葵は居ても立ってもいられなくなり、一気に駆けてミカンに抱きついた。

 

「僕……少しだけだけど、強くなれたんだよ」

 

「アイちゃん……」

 

「だから……もう絶対に居なくなったりしない」

 

「……ふぐっ……」

 

 力が渦巻き、葵はそれに曝され髪が巻き上がり多数の擦り傷が出来る。

 しかし、己の力への熟練が早かった事が幸いしそれはどんどん消えていく。

 とめどなく涙を溢れさせるミカンを、葵はさらに強く抱きしめた。

 

「僕、最近料理を練習してるんだ。だから、一緒に食べよう。ね?」

 

「……うん」

 

 葵がしばらくミカンを宥めて落ち着いてくると、いつの間にか変身し傍らまで近づいてきていた桃が口を開く。

 

「……友達だったの?」

 

「そう……だよ」

 

 肩越しに、ミカンにその顔を見せないように複雑な表情で葵は桃にそう返した。

 そして泣き止んだミカンは桃の方を見て首を傾げる。

 

「桃……ちゃん? ……は、何でアイちゃんと一緒にいるの……?」

 

「それは……」

 

 複雑な部分は隠しつつ、二人はミカンにそれを説明した。

 

「──だから、僕は桃ちゃんのお兄ちゃんなんだよ」

 

「……私のほうが姉弟子だから」

 

「アイちゃん……男の子だったの?」

 

「うぅ……」

 

 胸を張っていた葵だったが、桃からの呟きと驚愕するミカンの様子にダメージを受けてしまう。

 

「……でも、ちょっとだけ……」

 

「なっちゃん?」

 

「……なんでもないわ!」

 

 俯き、何かを言おうとしたミカンに葵は声をかけるも、誤魔化されてしまった。

 

「ねぇ、アイちゃん。これから……もっといろんな事聞かせてほしいの」

 

「もちろんだよ。だけど、今は……」

 

葵くぅ〜ん?

 

「!」

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 再び不安げになっていたミカンに笑顔を向けて安心させようとした葵だったが、背後からの声に背筋を伸ばす。

 倉庫の入り口には目に見えて怒っている様子の桜がいた。

 

「姉、さん……」

 

「付いて行っちゃダメって言ったのが分からなかったのかなぁ?」

 

 ギギギと首を桜の方に向け、冷や汗をダラダラと流し口をまごつかせていた葵に助け舟を出したのは桃。

 

「お姉ちゃん。葵のお陰でミカンちゃんが落ち着いたみたいだから……」

 

「……もう」

 

 桃の言葉に桜はため息を付き、そして葵は慌てつつもミカンに向き直す。

 

「なっちゃん。後で沢山お話するから、今は桃ちゃんの言う事聞いていて欲しいな」

 

「……絶対よ? もう、絶対にどこかに行っちゃダメなんだからね?」

 

 

 

「葵くんの前で、何処で何が起こってるとか言ったのは迂闊だったとは思うよ? 

 でもね? 葵くんはまだ安全に戦える状態じゃないの」

 

 千代田邸に引きずり込まれ、リビングで身を縮こまらせながら正座をしている葵は、当然桜からの説教を受けていた。

 

「私達の役に立ちたいって気持ちは嬉しい。

 でも葵くんが怪我をしたりしたら、私達はすごく悲しくなっちゃうんだよ」

 

「……」

 

「桃ちゃんだって同じ。あの時の“約束”、忘れてないでしょ?」

 

「……はい」

 

 “あの時”を思い浮かべた葵は弱々しくも同意を返し、それを聞くと桜は優しく葵を抱き締めた。

 

「お説教終わり。葵くんが戦えるようになったらそう言うから、もう少しだけ待っててね。

 それと、ミカンちゃんが落ち着いてくれたのは葵くんのお手柄。頑張ったね」

 

「……! はいっ!」

 

 

 

『これは……』

 

ヨシュアさん?』

 

『……。……この子は、本当に……ご両親に深く愛されて、この子自身もご両親を深く愛していたんですね。

 同じ人の親として、見習いたいぐらいです』

 

『……何か、あった?』

 

『本当に、美しい記憶です。

 ですが……それがよりにもよって、一番辛い記憶と密接に混ざり合ってしまっているんです』

 

『消すことは出来ない?』

 

『……出来ない事は無いです。

 ただ、ご両親に関する他の記憶に少なからず影響が出ることは避けられないかと。

 良い記憶も含めて、全てを上書きするという手段も有りますが……』

 

『……それは、流石に……』

 

『ですね。それに、先程言った通り愛の記憶を消すことは難しいんです。

 ソレと辛い記憶が混ざり合っているとなると……ふとした拍子に、いわゆるフラッシュバックが起こるかもしれません。

 受け入れられずに、心が壊れてしまう可能性も……』

 

『……葵くんには、向かい合ってもらうしか無いのかな……』

 

『とても強い支柱になっている人たちがいます。

 桜さんと、桃さんと……もう一人の女の子は少々危ういですが、おそらく大丈夫かと』

 

『ミカンちゃんのことかな。どういう訳か、忘れてたみたいだけど……』

 

『ご両親に関する経験は歪な状態になっていますが、強い愛である事に変わりはないので。

 それが余りにも重すぎて、他の記憶が押し潰されそうになっているんです。

 僕も、下手をすれば見逃していたかもしれません。

 ですが、新しい愛の記憶と合わさっているので、僕が手を出さなくても今度こそ崩れることは無いはずです』

 

『……そっか。でも……私に対するものは薄くしてほしいな。

 何度も、こんな事させるのは悪いけど……』

 

 

 

 そうして、葵と桃はせいいき桜ヶ丘を出ることになった。

 あくまでも“普通の人生”を送ることを望んだ桜により、2人はごく一般的な施設に預けられる。

 双方ともある程度の課題はあったが、桜の口利きのおかげも有り、紛れもなく平穏を享受出来ていると言えるだろう。

 

「負けたぁ……」

 

 施設で迎えた休日の自由時間、葵は庭にその身を仰向けで投げ出す。

 自主的に行っている訓練の一つである、桃との組み手で負けたのだ。

 

「おつかれ。どんどん強くなってるから、自信持って」

 

「……うん」

 

「あのメモの中身も進歩良いみたいだし」

 

 桃の言うメモとは、後にメガネの少女によって解読される物とは別の物だ。

 桜による訓練の途中で預けられた葵は、訓練次第で今後出来るようになるかもしれない事を纏めた文書を渡されていた。

 総合的に言えば、“この葵”は同年齢の“別の葵”よりかなり強くはなっている。

 

「……でも、まだまだだよ」

 

 だが、桜や桃という強者を近場で見続けた事により葵の理想も相応に高くなっていた。

 

「もっと強く。桃に頼って貰えるようにならないとね」

 

「私も、お姉ちゃんに戦力外って言われないようになるから」

 

 

 

「いらっしゃい。葵」

 

「おじゃまします。久しぶりだね」

 

 葵が訪れているのは、ミカンの引越し先。

 施設を抜けてその様な行動が出来るというのはかなり特殊な例ではあるが、ミカンも葵も強く望んでいるからこそ。

 

「う〜ん……あまり久しぶりって感じはしないわね」

 

 軽く首を傾げているミカンに葵は笑いかける。

 

「フフ、それだけボクの事覚えていてくれてるなら嬉しいよ」

 

「当然よ。葵の事、一日だって忘れなんてしないわ」

 

 葵と共に廊下を歩きながら、そんな事を言うミカンは少しムッとしている。

 葵はこうして、定期的にミカンの家を訪ねているのだが、引っ越して初期の頃のミカンは葵の顔を視認すると毎回何とも言えぬ表情を見せていた。

 

「お守りの調子はどうかな」

 

「問題なくってよ」

 

 部屋に入った葵の視線の先にある、コルクボードに刺さるピンに引っ掛けられているそれ。

 ミカンに憑く悪魔の力を誘導する為のお守りを、葵は定期的に作り郵送している。

 

「少しでも、ミカンの助けになれてるなら嬉しいよ」

 

「少しなんてものじゃないわ。葵はずっと私の支えになってくれてるんだから」

 

 心底嬉しそうにそう語るミカンだが、葵の顔は暗い。

 

「葵。何度も言ってるけど、あの倉庫にあなたと桃が来てくれた時は本当に嬉しかったのよ? 

 それに私が魔法少女になって、強くなろうと思ったのも二人に憧れたからなんだからね?」

 

「……ありがとう」

 

 葵が礼を言うと、ミカンは空気を変えるため両手を鳴らす。

 

「それで、最近の調子はどうかしら」

 

「変わりなく……いつも元気だよ」

 

「葵は内気だから、いろんな子が居る場所でやって行けてるのかいつも心配なのよ」

 

「はは……」

 

 苦笑いをする葵。

 魔法少女としての活動が行えており、ミカンとの共闘をすることもある桃に比べて、葵の行動は密かなものであり、目立たないようにして居るとなるとそんな認識は避けられないのだろう。

 

 その後も二人は他愛のない雑談を続け、その途中ミカンはふと思い立ったように問う。

 

「……ねぇ。葵には、夢とかあるの?」

 

「……ん?」

 

 その問いは半ば無意識に発していたらしく、葵が呆けた声を出すとミカンはハッとして僅かに頬を染めていた。

 

「……えっとね。ウチの学校でそういう作文書いてってなったの」

 

「なるほど……」

 

「変な事聞いちゃったわね。忘れて」

 

「……うん」

 

 恥ずかしそうなミカンの言葉に同意し、会話を継続しつつも葵は思考していた。

 

(……夢、か)

 

 ……その信念を持つに至ったきっかけを思い返せば、封をされた愛は極めて容易に──。

 

 

 

「葵……こういう服好きだよね」

 

 とある日、洋服店を訪れていた2人。

 葵の選んだ服を見ると桃は少し呆れた様子だった。

 

「確かにボクの好みでもあるけれど、桃に合うと思ってるから選んだんだよ」

 

「……もう」

 

 そう呆れつつも、桃は微笑みを隠しはしない。

 

「可愛い服着ていったら、姉さんも絆されて抜け出したことを許してくれるかもしれないしね」

 

 打算を口にする葵。

 十分な力を得たと、そう自信を得た2人は、桜の力になることを望んで勝手に施設を抜け出していた。

 強く優しいが、厳しくもある()()()()()()桜の許しを得るため、2人は様々な策を講じている。

 

「……葵」

 

「……桃?」

 

 店舗を出て、キャリーケースに加えてレジ袋を抱えせいいき桜ヶ丘に向かう道を進む2人。

 その途中、震える声の桃に葵は名を呼ばれる。

 

「どうして……こんなに遅くなっちゃったのかな」

 

「それは、姉さんの足手まといにならないように……」

 

「……お姉ちゃんに町を離れるように言われた時、私たちが嫌だって言ったらお姉ちゃんは困ってた。

 だけど……最後に言われた時の私は、どうしてあんなに……。

 戦わない代わりに町に居るって言うことも出来たはずなのに」

 

「……」

 

 今現在、2人は桜に久しぶりに会いたいという感情が極めて強くなっている。

 あっさりと桜の要求に応じ、数年でもそれが抑えきれたことが不思議なくらいに。

 

「……ホームシックなんだよ、きっと。

 あの園で過ごすのは楽しいけど……やっぱり、ボク達の家はあの町の、あの家なんだ。

 ボク達の姉さんに会えたらすぐにスッキリ出来るはずだよ」

 

「……うん」

 

 葵が言葉をかけると桃は頷く。

 ……このように、“カッコつけた”行為を意識して行うようにしている葵だが、実のところは自分自身を納得させられてはいない。

 そんな状態であるのに、己より成熟していそうな桃を納得させられているのかと、そんな不安を葵はいつも感じている。

 

 

 

「……帰ってきちゃった。お姉ちゃんの町に……!」

 

 お互いに疲れ知らずである2人は道を進み続け、そしてついにせいいき桜ヶ丘にたどり着く。

 季節を問わず舞うサクラの花びらの中、感慨深そうに声を出す桃の横で、葵は懐かしき空気を味わうために深呼吸を行う。

 

「……長かった」

 

 その言葉が向いている対象は距離か、それとも時間か。

 ともかくとして、2人は桜に会うまでの道筋を立て始める。

 

「それで、どの人から会いに行こうか」

 

「……」

 

 葵の問いは、桜から許しを得る為の『知り合いに話を通してもらう』という策によるのもの。

 それに対して桃は悩む素振りを見せる。

 

「葵は……一度、()()()に戻ったほうが良いと思う」

 

「元の家って……」

 

「お姉ちゃんに助けられる前にいた家。

 お姉ちゃんが管理はしてる筈だけど……それでも、気になるでしょ?」

 

「でも……」

 

「それに、知り合いって言っても葵はほとんど関わってないから。

 ……私一人でも、変わらないよ」

 

 無理に突き放すような言葉。

 不器用ながらも、それが気遣いであると分からないような感性は流石に葵は持っていない。

 

「目処が付いたら連絡するよ」

 

「……分かった」

 

 そうして葵は桃と別れた。

 一見、特に変わったところも見当たらない住宅街を進み、旧実家へとたどり着く。

 

「人は……やっぱり住んでない。まあモノがモノだし……」

 

 喬木家は、“リフォーム等を行わず元々の家のまま居住する”という条件を守るのならば、誰かに住まれてもいいと、そう葵は桜に伝えていた。

 実際に、売りに出されたかどうか。

 それを知る前に葵は町を出ることになったが、どちらにせよ完全に事故物件となったココを買いたがる者は居ないだろう。

 

「……ここまで、かあ」

 

 視線の先、外壁を見て葵はそう漏らす。

 “管理”が成されていても、実際に人が住んでいなければすぐに朽ち果てていってしまうという予備知識はあったが、直接目にすればやはり思う所はあるものだ。

 

 しばらくそれを眺めていた葵だったが、荷物の中から鍵を取り出して玄関扉の鍵穴に向ける。

 イヤに鼓動が大きく聞こえる中、『誰かが住んでいないというのが見当違いであったら問題だ』と言う考えはなく、経年劣化からか多少の引っ掛かりはあれど、鍵を差し込み回すと錠はあっさりと解かれた。

 

「……鍵は、変わってない」

 

 そうして葵は中に入るも、とはいえほぼほぼ空き家と化したそこで出来ることはまず無い。

 

「……どうしよう。料理は……食材買っても、流石にガスも水道も止まってるよね」

 

 壁に背を預けて畳に座り、何かする事は無いかと葵は思考する。

 

「……ああ、そうだ。グシオンさんに会いに行こう。すぐそこだし……? 

 ……。グシオンさん、どこに住んでるんだっけ」

 

 数少ない知り合いである人物を思い浮かべ、桃との役割の分担が出来ないかと思いついた葵。

 しかし頭に入っていたはずの居所が分からずに葵は首を傾げる。

 

「……姉さんが結界に何がしたのかな」

 

 結局、出来ることがないと知り葵は畳にへたりこむ。

 そのまま時間の感覚が無くなってきた所で、携帯電話が鳴り響き始めた。

 

「っ……!」

 

 驚きで背筋を伸ばし、ディスプレイに表示されたその名前を見ると葵は首を振って気を紛らわせた後、電話に出る。

 

「桃?」

 

『……うん』

 

「……どうかした?」

 

『知ってる人に全然会えなくて……不安になってきた。

 やっぱりお姉ちゃんに直接会いに行こうと思う。

 ──時に、──に来て』

 

 消えた漆黒にして塗りつぶされた空白。

 それに踏み込む事が果たして正解なのか分かるはずもなく、葵はポッカリと空いた何かを知るために誰何する。

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