まちカド木属性 作:ミクマ
「……月一で行くって思うと結構面倒な遠さだね」
「まぁ、これも修行と考えるよ」
電車に揺られている葵は、隣に座っている桃の呟きにそう返す。
この日、葵はリリスに買わせたいくつかの酒瓶とおつまみの入ったタッパーを持参し、蛟の山に向かっていた。
それを行う日にはまだ少々遠かったのだが、桃の提言で予定を早める事にしたのだ。
以前のキャンプで交わした、『二人で山の再調査を行う』という約束。
山の正体が蛟と判明したが為に、もうそれは無効になっているのかも知れないと、葵は半ばそう思ってはいたのだが、桃からの“お誘い”を受ければ当然承諾するものだ。
「空気は澄んでるし、開放感もあるし、ちょっとした気分転換にもなるかな」
「そうだね」
「それに、桃の回復も出来る訳だし」
「……うん」
「……そろそろ、行こうか」
おくおくたま駅に辿り着き、山道の入り口で伸びをしながら葵が口にした言葉に、一歩下がった所に立つ桃は頬を染めながら返す。
声のトーンから葵はそれを察していたが、触れる事はなく、そして振り返らずに前に踏み出そうとした。が。
「……桃?」
「……手……繋いで」
服の裾を引っ張られた事で立ち止まった葵は、桃からそう乞われて息を呑む。
それに答える事自体は異論も何も有る訳も無いのだが、この場面でそんな要求をされる事に大して微妙に内心首を傾げつつも、差し出された左手を右手で握り返した。
そうして二人は祠までの山道を進み始め、葵の左腕を見ながら桃が口を開く。
「その白蛇って、色々とどうなってるの?」
桃の視線の先にある葵の左前腕は、それなりの厚着である事を考慮に入れた上でも膨らんで見える。
蛟から押し付けられた謎の白蛇。
それは最初の内は伸びた葵の髪に巻き付いていたのだが、現在は左腕に巻き付いている。
どうにか移動させられないのかと葵は考え、蛟の祠を建て直しに行った際にそれを聞き、割とあっさり己の表皮上を移動させられる様になっていた。
「なんだか……生きてる? っぽいんだよね。魔力込めて『移動して』って考えるとそうしてくれるし」
「ふぅん……」
「あのままだと桃から貰ったヘアゴムの印象が霞むからね、そう出来るようになってよかったよ」
「ぁ……」
桃が小さな声を漏らす中、葵は何かを誤魔化すように左手で髪を弄っていた。
■
『……汝の供える酒の肴は玉葱ばかりであるな』
「美味しいでしょう? 自信作です」
『……まあ良かろう。以後も約定を忘れるでないぞ』
葵は自信満々で蛟の祠に酒瓶と自作のおつまみを捧げるも、蛟は軽く呆れた様子の声だった。
その後もしばらく蛟との対話を続け、葵が立ち上がろうとすると呼び止められる。
『……其の白蛇を暫し返して貰おう』
「どういう事です?」
『少々手を加える。汝達が山を出る前に再び此処に拠れ』
蛟の言葉が終わると葵の腕から白蛇が飛び出て地面に落ち、鏡の中に吸い込まれていく。
それを見届けた上で葵は改めて立ち上がるが、桃は手をついたまま立ち上がらない。
「桃?」
「ちょっと、先に行ってて」
「……? ……分かった」
そうして、葵は桃の言葉に従い泉への道を進み始める。
道中、桃があの場に留まった理由を考えつつも、特に障害もなく葵は泉に辿り着いた。
(……もしかして、妙に桃の荷物が多かったのと関係あるのかな)
そんな事を考えながら、葵は地面にレジャーシートを引いてリュックを置き、中を漁りあるものを取り出す。
それはまずまずに大型の焚き火台であり、これから行うことを考えて杏里から借り受けていた物だった。
前回のキャンプで焚き火を行った際には薪を集めるために右往左往していたが、今回はその心配はない。
蛟の指導の結果、葵は材木の中の水分に干渉できるようになっていた。
すぐさまに、と言える程熟練している訳ではないが、その程度の手間を惜しむ筈もない。
「おまたせ」
「いや、大丈夫」
焚き火の準備がほぼ完了した頃、桃が泉にたどり着く。
返した言葉は建前ではなく、葵は実際大した時間を待っていた訳では無い。
桃の背負うリュックは軽く乱れており、どうやら走ってきたらしい。
更にはそのリュックがヘコんでいるのが目に見えて分かり、葵は自らの予想があながち間違ってもいないと思いつつも、深くは触れなかった。
「それで、今から浸かるんだよね?」
「うん。……見てて良いよ」
「……」
「ほら。降りるから支えて」
赤面し、顔を手で覆って隠す葵。
そんな事をしている間に桃はレジャーシートに荷物を起き、泉の淵に立つ葵に近づき右手を差し出す。
それが必要な程、段差も水深も有るようには見えないが、やはり断る筈も無く葵は左手で握り返した。
「そろそろ11月も近いけど、寒くない?」
「魔法少女は頑丈だから、大丈夫」
「そっか」
「……私、左利きでよかったかも」
「……?」
泉の淵に靴を脱いで座っている葵は、僅かに輝いているように見える桃に見惚れていたが、桃が口にした言葉に正気を取り戻す。
「こうやって葵と隣り合って手を繋いでも、お互いに利き手を邪魔しないから。
……それに、逆に私の利き手で葵の利き手を感じることも出来る」
「桃……」
桃の言葉を葵が心に染み渡らせている中、桃は葵の正面に向かい直す。
水滴が飛んで葵に付き、桃は空いていたもう片方の手を指を絡めて握る。
「私、葵と手を繋ぐのが好き。葵が確かにここに居るって分かるから」
桃の吐露した感情は、葵も近しいものを感じてはいる。
桃が闇落ちした際の今よりも更に強い力は、彼女が消えてしまうかもしれないという事実を、否応なく葵の意識に刻み込ませていた。
「葵は……居なくなったりしないよね」
「もちろんだよ。皆からも、桃からも……もう絶対に逃げない」
葵のその言葉に対する返事は無く、桃は手を握る力を更に強くする。
「……ねえ。シャミ子が初めてあすらに行った日の事、覚えてる?」
「……うん」
「私、葵が帰ってこなくて……本当に不安だった。
姉……ううん。お姉ちゃんみたいに葵がどこかに消えちゃうんじゃないかって、そう思った。
それでもあの時は、私よりシャミ子の方がずっと不安な筈とも思ってたから……どうにか、我慢できた。
でも……もし、もう一度同じような事があったら……私は……」
語気の弱くなっていく言葉が終わると、桃は濡れた衣服と髪の毛のまま葵に縋りつく。
葵は空いた手を桃の背に乗せるも、かける言葉が中々思いつかず、その内に桃は顔を上げ葵を見つめる。
「……葵が居なくならないように、葵の好きなもの……見せてあげる」
「も、も……?」
桃は葵から離れて泉の中央あたりに立ち、懐から取り出したハートのパクトを掲げて叫ぶ。
「フレッシュピーチ、ハートフルチャージっ!!!」
何処からとも無くBGMが流れ出すと、桃はハートフルピーチモーフィングステッキを掴み、それを掲げて回転する。
杖の先に魔力が集まり、頭部の羽飾りが輝いて変化したそれが左右に揃い、桃の髪型がツインテールと化す。
続けて、泉に浸かって濡れていた衣服も光に包まれ、舞いながら順々に魔法少女の衣装へと変化して行き、足をつくと胸にリボンが現れる。
そして桃は葵に向けてウインクして心からの笑みを見せると、背を向けた上で振り向き、ポーズを取った。
「…………!」
「……どう、かな」
ピンクとベースとしたその衣装は、葵にとって何度見ても見慣れぬもの。
感動、憧れ、昂ぶり、そして何よりの愛。
様々な感情が葵胸に渦巻き、惚けていた葵は長い沈黙の後に息を呑み、大きく息を吐いた。
そんな葵を見た桃は頬を掻いて照れている。
「……凄かった」
「それだけ? 葵の為に、こんなに長々と変身したのに……」
簡潔な言葉に桃はムッとしているが、葵はそうとしか言えない。
複雑な言葉での表現が出来なかった。
「凄く……綺麗で、可愛いよ。桃」
「……ありがとう」
お互いに顔を真っ赤に染め、そんなぎこちないやり取りを行うとまたも沈黙が落ちる。
「……ねえ。葵って、こういう……ヒラヒラした服好きだよね」
「そう……だね」
「やっぱり、シャミ子の影響なの?」
「うん……?」
しばらくの後に発された、顔を反らしつつの桃の問いを聞いた葵は顎に手を当て、記憶を探り始める。
その手の服を見て、葵が最初に思いつくのはやはりシャミ子だ。が、しかし。
「……いや。何か……違うような……」
少なくとも、シャミ子が入院着以外の服を着れるようになった以前から、葵はその様な服が好きだったように思える。
葵は首を傾げつつ、更に深く記憶を探る。そして──。
「……ああ」
納得したような声を出す葵の脳裏に浮かぶ古い記憶。
布団に仰向けで倒れる自分を覗き込む、黒髪の少女。
「桜さんか……」
「お姉ちゃん?」
生死の境を彷徨い、意識の揺らぐ葵の視界に飛び込む現実離れした衣装の衝撃は大きかった。
ある種、雛に対する刷り込みのような物だったかもしれない。
桜の物に限らず、日常を送るには少々目立ちすぎるような服が葵の好みだった。
「……ところで、どうして俺に変身バンク見せてくれたのかな」
「前に葵、興味あるみたいだったから。
それに……もう少ししたら、これを葵に見せられなくなるかもしれないから」
少し前、シャミ子の危機管理フォームをリテイクした際の出来事。
結局シャミ子自身のソレが変わる事はなかったが、桃の提案で逆に桃の衣装をシャミ子に合わせる、という事になったと葵は聞いていた。
「変えたら今のそれに変身出来なくなるの?」
「出来ない事は無いけど、魔力運用とかその辺りで変身する意味がなくなっちゃう」
「……そっか」
「だから……今の内に、葵の好きなだけ見てほしい」
重そうなアームカバーを持ち上げつつ、桃は両腕を広げてそう言った。
泉に浸かっている事で、桃からは今も光が瞬いている。
いつもとは違う印象を受ける、水を吸って垂れ下がる衣装を見て葵は軽く息を乱す。
「……やっぱりフリフリは良い……」
無意識にそんな言葉を漏らす葵。
その視線がスカートに向かっている事を察知した桃はモジモジとしている。
「今考えてる戦闘フォームにも、葵の好きなフリル着けるつもり」
「……う〜ん。でも、これで見れなくなると思うとなんだか勿体無い感じ……」
「葵がどうしても見たかったら……いつでも良いよ」
桃のそんな呟きを聞きつつも、葵の脳裏に浮かぶ物。
それは夏休みに良子が得たハイクオリティな衣装だった。
再現したものを作って貰うよう“経由”をしてどうにか頼めないか……と、考えていた葵が正面を見ると、桃はムッとしていた。
「今、他の娘の事考えてたでしょ」
「……」
「二人きりなんだから……私の事だけ見て」
「……ごめん」
バツが悪そうに謝る葵。
それを見て桃は如何にもな様子で口を尖らせていたが、ふと思いついたように口を開く。
「……葵、頭に葉っぱついてるよ」
桃の言葉を受けて葵は頭に手を当てるも、何かが付いているような感触は受け取れない。
そんな、軽く困惑した様子を見て桃はクスリと笑う。
「取ってあげる」
左手を伸ばして泉の淵に近付いてくる桃に、葵は頭の位置を下げる。
「えっ?」
その瞬間、桃に右腕を引っ張られた事で葵は間抜けな声を出し、足を踏み外して泉に滑り落ちる葵を桃は受け止めつつも、勢いは殺さず二人で底に倒れる。
「……!?」
顔が水に浸かったまま、桃は葵の口を塞ぐ。
その行為は僅かな時間だけで、桃は葵を抱き締めて上体を起こした。
「ん……はぁ……」
吐息を漏らすと、桃は大きく息を吸う。
そんな姿を見て、葵は足を正座に組みつつも喉をゴクリと鳴らす。
「この前あすらで、葵は私の言う事何でも聞いてくれるって言ったよね」
「……ここで? この状態で? 風邪引くよ?」
「葵の分の着替えと、タオル沢山持ってきたから。私が拭いてあげる」
「……蛟様にドヤされそうなんだけど」
「高いお酒捧げたら少しの間騒いでも良いって言ってた」
「……」
やけに荷物が多かったはずだとか、いつの間に衣装箪笥に手を出していたのかだとか、そう呆れたような、困ったような葵の手を取り、桃は両手で包み込む。
「葵、好きだよ」
「……うん」
「葵が意地悪なせいで、こんな事になっちゃったんだからね」
微笑む桃からの蕩ける目線に射抜かれた葵は、水の冷たさの物だけではない程にその身を震わせた。
「葵に貸したもの、一生かけて全部返してもらうから。
……それまで、いなくなったりしたらイヤだよ」