まちカド木属性   作:ミクマ

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わがままになってもいいかしら

「おはよウ!」

 

「おはよう。ウガルルちゃん。ミカン、入るよ」

 

「いいわよ〜」

 

 とある朝。ミカンの部屋を訪れた葵は出迎えたウガルルに挨拶を返し、靴を脱ぎつつ声を出す。

 奥から聞こえたその言葉に従い、居間に向かった葵はとある物を見て放心してしまう。

 

「葵? どうかした?」

 

「──はっ! ……いや、その格好……」

 

「別に良いじゃないの。家だし」

 

 正気に戻った葵は声を震わせながら“その格好”を指差すが、ミカンは気にしている様子はない。

 そんな言葉に、葵は夏休みに桃がうっかり闇落ちした日の事を思い出す。

 あの朝寝起きに家から連れ出されたらしいミカンは、吉田家で情報の整理を始める前に魔法少女姿のまま一度家に戻っていた。

 まさか毎朝()()なのだろうかと葵は思い赤面する。

 

「それに、葵だから大丈夫と思ってるのよ?」

 

 先程とは対象的に、照れた様子のミカンによるそんな言葉。

 それを聞いた葵は吹き出し身を震わせていたものの、ミカンとウガルルにそれぞれ腕を引っ張られる。

 

「ほら。ごはん作ってくれるんでしょ? お肉あるわよ」

 

「あ、ああ……」

 

 ミカンが購入した肉を葵が調理するという行為は、今日が初めてではなくそれなりにあることだった。

 それはヒモと呼ばれそうなものだが、ヘコみそうなので葵は深く考えないようにしている。

 キッチンに立つ葵は背後から聞こえる衣擦れの音に再び赤面しつつも、朝食を完成させた。

 朝から肉となると割と重い感じがするものの、殆どはウガルルが食べる為さほどの問題はない。

 

「肉とレモンって合う物もあるんだナ」

 

「ウガルルも分かってきたわね〜」

 

「後、レモンとタマネギも合ウ!」

 

 例によって酸味の強い物となったそれを完食し、後片付けの中ミカンとウガルルは会話を盛り上げていたが、葵は軽く咳払いをしてそれを遮る。

 

「……ウガルルちゃん。そろそろいいかな」

 

 本日、葵がミカンの家を訪れた主目的。

 それはウガルルが取り憑いているよりしろの再調整である。

 あすらの旧店舗を破壊してしまった一件以来、よりしろの力を抑えられないのかと葵は考えていた。

 

「んがっ。アオイ、頼厶」

 

 ウガルルはそう返すと、葵の膝の上に座って寄りかかる。

 最近ウガルルはこの体勢を好んでいるようで、本人曰く葵の魔力を多く感じられる事がその理由らしい。

 葵としては最初少し驚いたものの、素直に好意を示されれば悪い気はしない。

 両手を重ね、ウガルルに魔力を流し始めながら葵は昨日事前に行っていた、しおんとの相談を回想する。

 その結果、葵自身の力の扱い方を参考にして、強化の方向性を変えることを提案されていたのだった。

 

「どう? 出来そうかしら?」

 

「大丈夫。任せて欲しい」

 

「……ええ。任せたわ」

 

 不安と、少しの興味の混じったようなミカンによる言葉。

 それに葵が堂々と返すと、ミカンは目を伏せて呟いた。

 しばらくの後、葵に身を任せていたウガルルが目を開ける。

 

「どうかな、ウガルルちゃん」

 

「んが……前より少し力弱くなったけド、体軽くなった……と思ウ。少し変な感じダ」

 

「おいおい慣れてもらうしかないかなぁ……」

 

 ウガルルは葵から片手を離し、握ったり開いたりする動作を繰り返しながら所感を述べる。

 

「他に変わった所とかあるかな」

 

「前より魔力減らなくなっタ……かモ」

 

「そこは狙い通りかな。何か変な事があったらすぐに言ってね」

 

「分かっタ。……あのナ」

 

 葵は自身の目論見が成功している事に安堵しつつ考えていたが、ウガルルの声が少し不安げな物になっている事に気付く。

 

「これからも、アオイと手繋いでいいカ……?」

 

 どうやらウガルルは、“燃費”が良くなった事でそれを行う機会が減ると思ってしまったらしい。

 そんなウガルルを葵は軽く抱きしめる。

 

「大丈夫。ウガルルちゃんがそうしたい時、いつでも言ってほしいな」

 

「んが……」

 

 ウガルルは安堵の声を漏らし、少しした後に立ち上がる。

 

「アオイ、ありがとウ!」

 

「俺からも、ありがとう。俺自身の修業にもなるから、助かってるよ」

 

 二人はお互いに笑顔でお礼を言い合い、ミカンも微笑んでいた。

 の、だが。葵は周囲を見渡しながら息を吐く。

 

「……で、さ。これ捨てないの?」

 

 その視線の先には、積み上げられた空き缶と床に転がる大量のペットボトルの入った袋。

 いつぞやの光景を思い返した葵はミカンを見つめてそう言った。

 

「……葵のせいでいろいろ走り回ることになったから捨てられなかったのよ」

 

「あの時から結構収集日来てるけど……」

 

「……」

 

「とりあえず空き缶洗おうか」

 

「それくらいはやってるわよ!」

 

 この空き缶の山が5、6年程したら缶チューハイの山になってないだろうかと、そんな心配をしながら葵は二人と共に缶を含めた諸々の掃除を行い、直近に出すべきゴミを玄関に並べた所でウガルルが口を開く。

 

「オレ、外で体の調子確かめてくル! ミカンとアオイは二人で一緒に居てくレ!」

 

「ウガルルちゃん?」

 

「ミカンの読んでた本、よく分かんなかったけド、恋人は二人で居たほうが良いのは分かっタ!」

 

 困惑する二人に、ウガルルはそう一方的に言い切り部屋を出ていってしまった。

 

「……これはどう反応すればいいのか悩むなぁ……」

 

「あんまり遠慮を覚え過ぎちゃうのはちょっとね……」

 

 徐々に育っていくウガルルの情緒にどう口を出すべきか唸る二人だったが、葵はふと思いつく。

 

「……ところで、完全に俺の偏見なんだけどさ。

 “女子高生”が読んでるそのテの雑誌って、割とカゲキな事書いてるイメージ有るんだけど。

 ……ウガルルちゃんが読んで大丈夫?」

 

「……」

 

「……ミカン?」

 

「考えておくわ……」

 

「……」

 

 ■

 

 葵がこの部屋を訪れた目的はもう一つあった。

 

「こっちはどうかしら?」

 

「……魔法少女ごっこのケープだっけ」

 

 ミカンの実家に保管されていたらしい物品。

 両親から宅配で送ってもらったそれを二人は確認している。

 葵は“なっちゃん”の事を思い出す事は出来たのだが、その全てを思い出せた訳では無いようで、ミカンが振ってきた話に反応できない場合があった。

 

「ええ、そうよ」

 

「それ着けたミカン、かっこよかった覚えがあるよ」

 

「……もう凄くちっちゃくなってるわね」

 

 葵の言葉を受け、ミカンは照れながらケープを首に回そうとするも、やはりそれは一周するはずもない。

 

「そうだ。これ、桃に初めて会った時も着けてたのよ」

 

「そうなの?」

 

 ウガルルが憑いてしまった際、ミカンは桜の助けを受けるまで桃によって諸々の世話をされていたと葵は聞いていたが、なんだかんだでその詳細は聞いていなかった。

 

「……ちょっと興味あるかな。俺が昔の桃に会ってたのは精々二日程度だったから」

 

 葵がポツリと呟いた言葉。

 それを聞いて語り始めたミカンの語り口は嬉々としており、内容も桃に大して強い好意と憧れを持つのも頷ける物であった。

 

「昔の桃の変身した姿も見たことないんだよなぁ……ミカンがそこまで言う物なら見てみたかったな」

 

「……葵、あなたまさか()()()の趣味なのかしら」

 

「そっち? …………! いや、いやいやいや」

 

 訝しげなミカンの言う“ソッチ”の意味が分からず、少しの間考えた後に思い当たった葵は必死に首を振って否定する。

 

「みっ……ミカンが天使だとかそんな事言うから……気になったんだよ。

 それに、昔の桃の事をよく知ってるのが羨ましいんだ」

 

「羨ましい? ……そう」

 

 しどろもどろな言い訳を聞いたミカンは一瞬面食らい、そして葵を見つめつつ再び口を開く。

 

「……そういえば、桜さんに桃の話聞いてたりしなかったのかしら」

 

「ああ……俺はあの頃自分の事で精一杯だったから。

 それなりに話してくれてはいたんだけど、あんまり頭に入ってきてなかったんだよね」

 

 桃の事に限らず、まぞくや魔法少女についての情報も、知ろうと思う前に桜に会えなくなってしまった故、実際に葵が“知っている”と言える物事は少ない。

 

「桜さんが居なくなってからも、この町にも桃にも色々あったんだろうけど……」

 

「私にも話してくれないけれど……聞くべきなのかしら」

 

「……俺は自分からは聞かない方が良いのかなって、今はそう思ってる。

 この町の事を知る為には間違った選択なのかも知れないけど……それでも、桃は俺に聞かないでいてくれた。

 桃が話してくれるのならもちろん聞くつもりだけど……」

 

 幾度となく作ってしまった桃への借り。

 どうすればそれを返せるのかを葵は悩んでいる。

 桃の過去に関する“何か”を、自分の手でどうにか和らげる事が出来ないかと考えるが、下手に触れてしまえば桃を無闇に苦しませてしまうことに繋がりそうだと、そう迷う。

 

「……なら、私が聞く時は葵も心の準備が出来た時ね」

 

「いいの? 殆ど事情を知らない俺より、ミカンの方が打ち明けやすそうだけど」

 

「……もっと自信もってもいいのに」

 

「え?」

 

「何でもないわ。……それにね、無理に桃の話を聞かなくても他の手がかりはあるわ」

 

「俺の記憶か……」

 

 ミカンが手元のケープを握りしめていた事でその言葉の意味に葵は気が付き、そして次に部屋の壁を見た。

 二度ほど張り替えられた壁紙の奥に見つけたソレを葵は思い浮かべる。

 

「ミカンがこの部屋に引っ越してきた時に、壁紙の後ろに貼られたお札見つけたよね。

 俺、アレに見覚えあるんだ。お札の術式とかじゃなくて、貼られてる光景に」

 

「前ここに住んでた人に見せてもらったって事?」

 

「……多分ね」

 

 その人物を見つける事が出来れば大きな手がかりになる筈なのだが、やはり葵に記憶は無い。

 

「推測なんだけど、俺の記憶が曖昧な理由って多分二つあるんだ。

 一つは……両親の死に目の衝撃が強すぎた事。

 もう一つは記憶に何かしらの干渉を受けてるんだと思う」

 

「……」

 

「寝てた事が多くてあまり人と関われなかった優子は仕方ないとしても、俺だけじゃなく清子さんも昔の住人を覚えてないのは不自然としか言えない」

 

 それが幻術の類なのか、それともシャミ子が初めてあすらに行った時のような結界による干渉なのかは分からないが、何にせよ思い出すべきである物事なのだろう。

 と、そんな風に葵が考えている中、ミカンも同じく考えている様子だった。

 

「……葵に昔してもらった事、今してもらってもいいかしら」

 

「ん? いいけど……何するの?」

 

「そのまま……少し目、閉じてて」

 

 控えめな口調での言葉に葵は従い、しばらくすると組んだ脚の上に程よい圧迫感を覚える。

 

「……!」

 

 目を開けた葵の視界に飛び込んで来たものはミカンの後頭部。

 つまるところ、ミカンは先程のウガルルのように葵の膝の上に座っていた。

 

「やっぱりウガルルみたいには行かないわね……」

 

 ミカンは葵に背を預けようとしたようだが、身長差の関係で頭部を横にずらさざるを得ないらしい。

 

「俺、背低めだからなぁ……」

 

「でも、葵の顔が見やすいからこれはこれで好きよ」

 

 そんな耳打ちに頬を染める葵は、上から手を重ねられその顔を抑えることが出来ない。

 

「隠さないでもっとよく見せて?」

 

「……。勘弁して……」

 

「葵はこういうのに弱いって、私達の共通認識よ。やめてあげないんだから」

 

 くすくすと笑いながらそう言うミカンの髪が揺れ、そこから溢れた柑橘系の香りが葵の鼻をくすぐる。

 微かに反応した葵はそれを隠そうとするが、その抵抗は無駄だった。

 

「そういえば、葵って匂いフェチだったわね」

 

「なんでそんな認識に……別にそういう訳じゃ……」

 

 わざとらしく髪を揺らすからかいはしばらく続いていたが、葵が真っ赤になった顔を反らした頃にミカンは抑えていた手を軽く持ち上げて眺める。

 

「葵って、桃とかシャミ子には良い服選んであげてるけど、自分の服は地味よね。

 悪くはないけど、インパクトに欠ける感じ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ。今度かっこいい服買ってあげるわ」

 

「……魔法少女に余裕があるのは知ってるけども、それでもあんまり無駄遣いしない方が良いよ」

 

「私、お金の大切さは分かってるつもりよ? 

 パパとママがそれで頭を悩ませてるのを近くで見てたから。

 その上で、これは無駄じゃないって考えてるの」

 

「……とっくの昔にズタズタなのは分かってるよ? それでも一応男のプライドって物が俺にも……」

 

「あなたのカッコ悪い所含めて好きだから。安心なさい」

 

 あっけらかんというミカンに葵は沈黙する。

 交渉の末、どうにか選んでもらうだけには留まったものの、葵は疲弊していた。

 

「ところでさ、ミカンの言う“かっこいい服”ってどんなの?」

 

「そんなの、もちろん肩出しに決まってるじゃない」

 

 葵は思わずミカンの服を見つめる。

 今まで口には出さなかったものの、やはりそれは有無を言わさず印象に残ってしまうものだ。

 

「葵、視線気をつけたほうが良いわよ。女の子はそういうの敏感なんだから」

 

「……用心するよ」

 

「見るなら私だけにしておきなさい」

 

 言葉だけなら忠告のようではあるが、楽しそうにミカンはそう言った。

 

「ミカンって、何でこういう服好きなのかな」

 

「……工場の倉庫に来てくれた桃が凄くかっこよかったから」

 

 葵の問いに、ミカンは先程とは別方向での桃の事を語り始めた。

 それに葵は微笑んで相槌を打っていたのだが、ふとした拍子にミカンの言葉が止まる。

 

「この前……夢を見たのよ。あの倉庫に、桃と一緒に葵が来てくれる夢」

 

「……」

 

「もしも、何かが違っていたら……もっと早く葵とこういう関係になれていたんじゃないかって。たまにそう思うの」

 

「ミカン……」

 

「仕方ないって頭では分かっているつもり。

 けれどどうしてもシャミ子と……ウガルルの事が羨ましくなる時がある。

 今の葵になるまでに、シャミ子が沢山影響を与えてたのがよく分かるし、ウガルルはあなたの影響を受けて育ってる。

 だから……10年あったら、私も葵に……」

 

「ミカン」

 

「ぁ……」

 

 言葉が進む毎に、手を抑える力が弱くなって行く事が分かり、葵はミカンの手を優しく解くとそのまま抱きしめて名を呼ぶ。

 

「俺が好きなのは、今ここに居るミカンなんだ。

 強くあろうと頑張って振る舞ってる、そんなミカンが好き」

 

「……私ね、桃や桜さんみたいな“かっこいい魔法少女”になりたかった。

 それに……もしもアイちゃんにもう一度会えた時に心配させたくないとも思ってたの」

 

「なっちゃんは、何度も俺の事を引っ張ってくれてたよね。

 だから、これからは俺が引っ張れるようになる。

 少しだけでも、俺にカッコつけさせて欲しい」

 

「……さっき、昔こうして貰ったって言ったけど……嘘なの。

 ウガルルが羨ましかったから、同じ事をして欲しかった。

 ……葵と二人の時には……私、わがままになってもいいかしら……」

 

「もちろんだよ。約束する」

 

 その言葉を聞くと葵の腕が強く握りしめられ、服の袖に水滴が落ちて濡れる。

 

 二人には果たせなかった約束がある。

 正確に言えば、葵が一方的に破った約束。

 ミカンはそれがトラウマになっていたのだろう。

 

「……ええ、約束。また約束破ったりしたら絶対に許さないんだから」

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