まちカド木属性 作:ミクマ
「……それに、まぞくの力なんて無くても、葵はシャミ子の事大好きだから。ず……っと、前からね……」
「……へっ?」
河川敷に座り話をしているシャミ子と桃。
“洗脳”の言葉に続けて出されたその言葉は桃自身無意識のものであったらしく、シャミ子が困惑している中桃も口をまごつかせている。
「……えっと、夏休みに聞いたよね。葵はシャミ子の助けになりたくて、あの力を鍛えようと思った。
私の姉と、ヨシュアさんに会えなくなって凄く不安だったはず。
それでも一歩前に踏み出せたのは……シャミ子の事が好きだから……」
「葵が……」
「……はい、洗脳完了」
「……え?」
桃の言葉を噛み締めていたシャミ子だったが、顔を反らして表情の見えない桃の誤魔化しを聞くと、軽く俯いていたその顔を上げる。
「せ……洗脳!?」
「『つけこむ』……寄り添って共感する力なんて誰でも持ってるんだよ。
シャミ子は弱ってる人に共鳴する力がちょっと強いだけ。
……さっき言った夏休みの時は……シャミ子はその力を使わなくても葵の心を解きほぐしてあげる事が出来てた。
私より、ずっと葵の事を見てきたシャミ子なら……葵がどれだけ楽になれたかよく分かるはず」
■
「次は……河川敷かな。二人共どこに……」
シャミ子と桃を探す葵。
いくつかのアテが外れた葵は、その途中で二人が既に戻っているかもしれないかと考え、ばんだ荘の周辺に向かっていた。
焦燥と不安に包まれながら葵が町を彷徨っていると、その耳にとある声が聞こえてくる。
「──ワテはより多くの人類を生かすために遣わされた光の……」
「……この声、確か紅玉さんの……どっちだ?」
数時間ほど前に嫌と言うほど聞いた声が耳に入り、薄らに聞こえた内容から誰かが魔法少女に勧誘されているものと推測し、その方向に葵は向かう。
「ほんにもう一人不味いのがおるんよ。あの童子は霊脈の乱れそのものなんや。星の力に下手に手ぇ出してとんでもない天変地異引き起こす可能性あるで。せやから──」
ジキエルの言葉が途切れ、その真下のアスファルトには木製の球体が落ちた。
勧誘されていたその人である良子はムッとした顔をしていたが、その光景を見て目を丸くする。
「好き勝手言ってくれるなぁ……まあそういう認識のナビゲーターの方が多いんだろうけど」
「……お兄っ!」
「や、良ちゃん。もう暗いし一人で出歩いちゃだめだよ」
「……うん」
葵は名前を呼び返しながら近づき、良子の足元にあるカプセルを拾う。
その表情には先程のような不安の色は無い。
妹分の手前、情けない顔を見せる訳には行かないという考えがあり、そしてもう一つ。
自身の思いと対極に位置する言葉を聞かされた事で却って頭が冴え、シャミ子に対する考えが纏まったというのもある。
「大丈夫かな、良ちゃん」
「……お兄こそ、大丈夫なの? 倒れてたんだよね……?」
しかし、葵と入れ替わるように良子はその顔色を暗くしていた。
そんな良子を放っておくという考えなどある訳も無く、シャミ子の方は桃が付いていれば少なくとも悪いようにはならないだろうと思い、とりあえずとして暫く良子に付き添う事にした。
「もう元気だよ。心配かけてごめんね」
安心させようと微笑みながら葵はそう返すが、良子の表情は変わらない。
どう接するべきか考えていた葵だったが、片手の中でカタカタと震えるカプセルに良子の視線が向いていることに気がつく。
「……その金魚さん、どうするの?」
「どうしようかな……」
「呼ばれてないけどこんにちはー!!」
葵の悩む声を遮りつつ、近くにあるマンホールから飛び出してきたのはしおん。
その指の股にはそれぞれ謎のお札が挟まれている。
「……欲しいの?」
「さっすがせんぱい。よく分かってるぅ〜」
葵は問いこそしたものの、渡す了承自体はまだ出してはいない。
そんな状況に構うこともなく、しおんはカプセルを葵から掻っ攫い、ペタペタとお札を貼り付けると去っていった。
諦観の表情で一息付く葵が空いた片手を下ろすと、それが良子によって握られる。
「……少し、一緒に歩こうか」
葵の提案に対して言葉での返答はなかったが、良子は小さく頷いた。
そうして良子に合わせてゆっくりと歩きはじめ、少しすると良子は口を開く。
「さっきの、あの金魚さんのお話聞いてて……怖くなっちゃった」
「……うん」
「お姉もお兄も、そんな事するわけないって分かってる。だけど……」
良子は立ち止まると言葉を切り、手を更に強く握りしめる。
「この町の外には……そう思ってる人がたくさんいるの……?」
震えた口調での問い。
それを聞いた葵は息を詰まらせ、ジキエルを捕まえた瞬間に発した自分の言葉を思い返して後悔するも、既に後の祭り。
「それ……は……」
「お兄……」
シャミ子の力は悪意を以て行使すればジキエルの言う通りになり得るのかも知れないが、シャミ子がそのような事を行う訳がない。
その考えは良子と同様であるのだが、葵は良子の問いに対して返すべき言葉が浮かばない。
そもそも、町の外においてシャミ子や己がどう認識され、どのような扱いを受けるかなど、葵自身も詳しく知らないのだ。
『そういう認識のナビゲーターの方が多いのだろう』
そんな言葉すら、無知な葵による偏見でしか無い。
「……分からない。だけど優子はとっても強くて優しいから。
もしそう考える人がいても、言葉と態度で納得させる事が出来るはず。
優子は……良ちゃんの自慢のお姉ちゃんだから」
「……そう、だよね……」
口ごもりながらも同意した良子はある程度は安堵した様子で葵に抱きつく。
しかし葵は、毒にも薬にもならないような言葉しかかけられない自分に呆れ、唇を噛んでいた。
「ごめんね……俺は……良ちゃんに何も教えられない」
「ううん。お兄の言葉だから良は安心できるの。
おかーさんと、桃さんと、皆と……お兄がいるから、お姉が絶対にそんな事しないって信じられる」
「……ありがとう。良ちゃん」
「お兄はお姉の事探してたんだよね? 良はもう大丈夫だから──」
「良! もうこんな暗いのに何してるんですか?」
葵から離れ、朗らかな笑顔で葵の後押しをしようとしていた良子だったが、名を呼ばれ背筋をビクッと伸ばす。
良子と、そして葵の視線が向いた先には声の主であるシャミ子とその一歩後ろを歩く桃がいた。
「葵も、もう体調は大丈夫なんですか?」
「……良ちゃんがお散歩しててね、それに付き添ってたんだよ」
「……うん。ちょっとうるさくて……」
二人で歩いていたと言っても、大した距離は進んでいなかった。
葵と良子のの向いた先、わずかに離れたばんだ荘からは騒々しい声が響き、それを耳にしたシャミ子はナントカの杖を拡声器へと変化させ叫ぶ。
そんな光景を見た葵は薄く苦笑いをしつつ桃に話しかけた。
「桃、上手くいったんだね」
「……うん。シャミ子は私の宿敵だから……大丈夫だよ」
「フフ。俺が考えた言葉は要らなかったみたいだけど……桃はどんな事言ったのかな」
「……。……秘密」
顎を撫で、興味深げに問う葵に桃は微笑みつつ意味深に言葉を返す。
そんな二人を、良子は複雑な表情で見つめていた。
■
隠しているもう一つの過去。トラウマ。そして罪。
選択によって遠ざかろうと、それと再び向き合う時は何時の日か必ず辿り着く。
「っ……。はぁ……」
「……おはようごさいます」
「おはよう……」
迎えたその時、その戦い。
喬木葵が己の身に宿る力を物に出来ていなかったならば。
葵は心身共に致命的な疵を負うことになるだろう。
「葵、調子は……どうですか」
「……凄く、元気だよ。……ああ。これが……夢に潜られる感覚か……」
しかし、そこで葵が命を落とすことは無い。許されない。
ズタズタに千切れかけた心は幼馴染の力によって辛うじて繋ぎ留められ、そして躰は──
『……手間を掛けさせおって』
「ええ……」
葵の体の、どことも言えない場所から鳴り響く声。
重々しいそれは葵にとって聞き慣れたものだったが、頭の中に響くものでなく、葵以外の者も聞くことが出来るという点においてよく知るものとは異なっている。
『抑、此度の事態を招いたのは汝が未熟だったが故だ。
其の力の制御に猶々長けていれば、避けられていた状況だろうに』
「……はい。肝に銘じておきます」
『……フン、我は少々疲れた。暫し眠るが、約定を忘れるな』
「お手数……お掛けしました」
誹りの声に対して葵が反論の余地もない、といった口調で同意すると、重々しい気配が消えた。
深く肩を落として息をつく葵に対し、それまで傍らで静かに会話を聞きながら体を支えていたシャミ子はおずおずと声をかける。
「葵がこれまでどんな事をしてても……どんなことになっても……皆、葵の味方ですから」
「……うん」
■
数ヶ月後か、あるいは数年後か。
とある冬の日、夜と朝の狭間の時間帯。
葵は白い吐息を漏らしながら自宅の玄関前に立っている。
しばらくその外観を眺めていた葵は僅かな時間だけ目を伏せ、そして道路の方を向く。
「お兄、どこ行くの?」
「……! ……良ちゃん」
葵が振り向いた先には、防寒着に身を包み葵と同じように白い息を吐く良子。
そこに良子が居ることは葵にとって想定外であり、目を丸くする。
「……早く目が覚めちゃったから、散歩だよ」
「そんなに沢山荷物持ってるのに?」
良子の視線の先には、葵の片手に引かれるキャリーケースがあった。
流石に返答が早計過ぎたかと葵は悔やむ。
「……お散歩なら、良も付いて行っていいよね?」
何かの覚悟を決めたような、そんな表情で提言する良子。
それを聞いた葵はとりあえずとして、自らの言った通りに“散歩”を行うことにした。
カラカラと、キャリーケースの車輪が転がり音が鳴る。
静かな町の中を歩く二人が向かったのはマルマの前の噴水広場。
冬期故に、水が抜かれた噴水からの音も無い。
葵は近くの自販機でホットドリンクを買うと良子に渡し、手近なベンチに座るよう勧めた。
「……お兄が先に座って」
「え……?」
「お願い」
勢いに圧された葵がベンチに座ると、更にその上から良子が葵の膝に座る。
そんな状況に葵は軽く驚き、良子はペットボトルの中身を数口飲むと息を吐く。
「お兄にこうして貰うの、久しぶり」
「そう……だね」
「……良ね、昔はお兄の事……本当のお兄だって思ってた。
別の家に住んでるのが不思議で……朝起きてお兄が居ないと寂しかった」
葵が吉田家の面々と就寝を共にしていた期間は中々に長かった。
その手の事に対して照れる情緒を持ち、ついでに葵が“カッコつけ”を本格的に行うようになったのが遅く、良子に物心が付いてからある程度経っていたのが、良子がそう考えてしまった原因だろう。
「俺が中途半端だったから、良ちゃんに寂しい思いさせちゃったんだね」
「でも、そう思ってた時があったから……お兄が良たちを大切に思ってくれてるってよく分かった。
毎朝お兄に会えるといつも元気を貰える」
「……俺も、今まで何度も良ちゃんに元気貰ってるよ」
葵は視界の端に映っていたそれに顔を向ける。
良子が生まれ、清子から色々と落ち着いたという電話を聞き病院に行った時の事。
「清子さんに抱っこされてる良ちゃんを見て……凄いなって、そう思った。
こんなにちっちゃいのにすごく元気で……」
感慨深げに語り、葵はその時の良子の大きさを両手て大まかに例えると、良子はそれを見て微笑む。
「……けれど、怖くもあったんだ。
俺の力が、また人に悪影響を及ぼすんじゃないかって」
「お兄……」
「あの時の俺はそれが顔に出てたんだと思う。
それでね、清子さんに勧められて良ちゃんの手に俺の手を近づけたら……良ちゃんは俺の指を強く握ってくれた。
俺はそれに驚いて……清子さんは『大丈夫ですよ』って、そう言ってくれたんだ」
ただそれだけの言葉が、ヨシュアの事を隠している罪悪感を和らげさせた。
無論その行為が許される訳ではないが、あの時の葵にとっては何よりの救いだったと言える。
「良も……お兄の助けになれてたなら嬉しいな」
良子は葵の指を強く握りしめ呟く。
葵はその様子を静かに見守っていたが、少しの後に周囲を見渡す。
今はまだまだ早い時間であるとはいえ、大きな施設の前である故に、人通りが僅かに見えるようになっていた。
「……場所を変えようか」
葵の提案に良子は頷く。
そうして二人が向かったのは高台の公園。
「お兄。どこに……行くの?」
再び為された問いに対する答えを、やはり葵は持ち合わせていない。
「……何処に行くんだろうね」
「どこに行くか決まってないのに、どうして?
お兄が、居なくなるなんて……イヤ」
「行き先が分からなくても、もうここには居られないんだよ。
優子はとっても強くなったし、桃も不安定な闇落ちの心配は無い。
ヨシュアさんも桜さんも……皆、丸く収まって平和を謳歌できる」
「……この前お兄が作ってくれたケーキと七草粥、とっても美味しかった。
お兄が皆に混ざったらいけないなんて、誰も言わないよ……?」
「……違うんだよ」
強く握られていた良子の指を葵は優しく解き、その場から飛び退く。
そのような動作が洗練されてしまっている事に葵は物悲しさを覚える。
「どんな体になっても生き延びるって、そう決めたのは俺自身。
だけど……皆が受け入れてくれても、それを周りからどう見られるか分からない。
だから、俺は皆のところには居られないんだ」
「そんなの……っ」
叫び、葵に駆け寄ろうとした良子を遮るように、葵は仰々しく着ていたコートを脱ぎ捨て、大振りに両腕を広げた。
「見なよ、この両腕。誰がどう見たって、完全にバケモノだよ」
芝居がかった声色での言葉と共に、異形のモノへと変貌する葵の両腕。
ソレは、戦いの中で会得した葵の“特技”。
暴走の類ではなく、葵が意図して化けさせた物。
良子を恐怖させ、遠ざけるためのモノ。
しかしそれに良子は一瞬怯みつつも、すぐに歩みを再開し、逆に葵は口角を震わせて怯える。
「お兄っ!」
「ッ──」
良子は駆け、片足を一歩下げて距離を取ろうとしていた葵に飛びつく。
その一瞬、葵は咄嗟に両腕を平時のモノへと戻して受け止めた。
「お兄がどうしても行くって言うなら……良も一緒に付いてく」
「駄目だよ。どこに行くかもわからないのに、そんな負担を良ちゃんに……誰にだって背負わせられない」
「良はお兄が一緒なら、それでいい」
純真な信頼。
顔を上げた良子からのそれを聞かされた葵の体と、そして声はさらに震える。
「……こんな俺と……っ、一緒に居たら……良ちゃんだってどんな風に思われるか……」
「人にどう思われても、言葉と態度で納得させればいいって、そう教えてくれたのはお兄だよ」
「……!」
「お兄はどんな体になっても、こうやって良を受けとめてくれて、抱きしめてくれる」
「だけど……っ」
いつぞやに語った言葉で返され、葵はハッとなる。
が、やはりそれも無知な葵の考えでしか無い。
「それでもダメなら、別の方法を考える。
お兄の分からない事は良も一緒に考える! 良が……お兄の参謀になる!」
「良、ちゃん……」
「お兄に教えて貰いたいこと、まだまだ沢山あるの。
良の一番の先生で……たった一人のお兄に……。
だから、置いていかないで……」
葵の体に顔を埋めながら静かに泣き、足腰から力が抜けて崩れそうになる良子。
それを葵は受けとめて支えつつ、共に地べたに座り込んだ。
「……やっばり、ダメだよ」
「お兄……っ!」
「俺のせいで……良ちゃんの学ぶ機会を奪うなんて……そんなの、ダメだ。
良ちゃんは、俺なんかよりずっと頭が良いんだ。だから、今は……」
「……それっ……て」
震えた声で葵が絞り出した言葉を聞き、良子は苦悶の表情で葵を呼ぶ。
しかし、続けて発されたそれの意味に良子は辿り着いたらしく、揺らぐ眼差しで葵を見つめる。
「……良がさっき言った事、お兄を引き止めるためじゃなくて……本当にそうしたいって思ってる。
お兄と一緒に町の外を見て、色んな事を知りたい。
良がそう思えるようになったのはお兄のお陰。
知らない場所は少し怖いけど……お兄と一緒なら、安心できる。
だから……良が大人になったら、連れて行ってくれる……?」
「……良ちゃんの事は絶対に俺が守る。だから……いつか一緒に、広い世界を見に行こう」
「うん……っ!」
葵による誓いの言葉に、良子は瞳を潤ませながらも笑顔で返す。
二人はしばらくの間お互いに抱きしめあっていたが、登りゆく陽による朝焼けの光に包まれている事に気づき顔を上げる。
「……今日の所は家に戻ろうか。朝から良ちゃんを連れ出して……皆に怒られちゃうな」
「怒られない方法、考えるよ。良はお兄の参謀だから」
「……フフ」
■
そうして、葵は自らの学業に区切りをつけ、周囲の者たちとの対話を済ませた上で、改めて一人での旅に出ようとしていた。
バックパックを括り付けたキャリーケースを片手に、高台公園から町を眺めていた葵に声がかけられる。
『……小僧。あの小娘の才を捨てるのが惜しいというのは解せたが、何故に汝が先んじて旅に出る?』
「おや、蛟様。おはようございます」
『質問に答えよ。汝の行動は我も一蓮托生であるのだぞ。上辺だけの行動は看過できん』
「……二つ、目的があります」
葵がそう答えると、蛟は沈黙する。試されているのだろう。
蛇に睨まれた蛙の如き葵は目を閉じ、脚を踏みしめ、その威圧感に負けない様に深呼吸をして声色を作る。
「俺は無知で無力で……ちっぽけな井の中の蛙です。
だから、世界を周り実物を見て見識を広めなければなりません」
『其れはあの小娘と共に行う事ではないのか?』
「俺は曲がりなりにも良ちゃんの先生で、兄ですからね。
その立場に恥じないように、子供のまま良ちゃんの横に立つようなことは許されないんですよ」
『……して、もう一つの目的とは何だ』
とりあえずは納得したような声を出した蛟からの更なる問い。
葵にとっては、そちらこそが真なる目的。
「環境を作る必要があります」
『……環境、だと?』
「ええ。良ちゃんが安心して町の外を見ることが出来る環境です」
良子は魔族としての覚醒はしていないが、紛れもなくその血を引いている。
それをとやかく言う者は間違いなく居るだろうと、葵はそう考えている。
「何処の誰にだろうと文句を言わせない力を手に入れる!
この俺、“喬木葵”の参謀に手を出せばタダでは済まないと、世界中に俺の名前を知らしめる!」
魔族も魔法少女も等しく、有無を言わさず捩じ伏せる力。
狩ろうとする気すら起こさせない圧倒的な力。
“魔法少女・千代田桜”をも超える最強の抑止力。
せいいき桜ヶ丘という町を、そしてそこに住む者を守る。そのために。
「俺は……バケモノになる」
『……面白い。矮小なる人の子が、何処迄其の心を保てるか……汝に一番近しい此の場所から、見物させて貰う事としよう』
揶揄するように薄く笑う蛟。
それに釣られて葵も笑いつつも、その口角を挑発的に釣り上げる。
「蛟様の力だって遠慮なく使わせてもらいますよ。
誰にも文句を言わせないって、そう言いました。
まあ、ついでに蛟様の信仰を広めても良いです」
『……我を序で扱いとは、汝も図々しくなった物よ』
「バケモノって、図々しいものじゃないですか?」
とはいえ。葵は自らのこの行動が正しいのかと、完全に疑いを捨て切れた訳ではない。
しかしそれは悪い事ではないのだ。
「……この景色もしばらくお預けかぁ」
自分だけで考えて分からなければ、人に教えを請えば良い。
たったそれだけの単純な手段を忘れなければ、葵が進むべき道を誤る事はないだろう。
「メソポタにボツワナ……初海外にしちゃ難易度高そうだけど、まあいつか行く事になるのが早まるだけだね」
知り合いから勧められた全く実状を知らないその地名を復唱し、葵はくつくつと笑いながら歩み始めた。
それは逃げる為の物ではなく、たった一つの故郷に再び舞い戻る為の旅。
葵が次に帰って来る時は、己の感情に決着を着けた時。
■
『お兄が居ない間……お兄に対するこの気持ちが何なのか、ずっと考えてた。
でもね、お兄の事しか考えられないのに、お兄が居なくて直接言えなかったから……忘れちゃった事もあるかも。
だから……思い出せたその時にすぐ伝えられる様に、これからはずっと側に居てね』
『大好きだよ、お兄』