まちカド木属性 作:ミクマ
「……どうしようこれ」
とある日。
町を探索していた葵は、路地裏で今にも行き倒れと化しそうな人物に遭遇していた。
目の前に倒れ伏す、見たところ同年代の少年に思える人物。
葵がそれへの対応に迷い硬直していると、少年から大きな腹の虫が鳴る。
「……動けん……」
「……ハァ……」
■
場所は移り喬木家。
居間のテーブルの前に座り、大きなお椀いっぱいに盛られた雑炊を蓮華でかきこむ少年。
葵は倒れていた彼を家に連れ込み、家に残っていた物でそれを作りもてなしていた。
量の割に手早く完食した少年は蓮華を置き、続けてかたわらのコップの水を飲み干す。
「……ふう、ご馳走様。美味しかったぞ」
「……単に腹が減りすぎてるって感じだったんで多少カロリー重視にしましたが、口に合ったなら何よりです」
少年の礼に葵は己の複雑な感情を隠しつつそう返す。
粥や雑炊の類はそこそこのレパートリーがある物だが、それらを作る時の胸中は何とも言えぬもの。
葵にとってのそれは“幼馴染が病弱だからよく作るモノ”であり、そのおかげで“得意料理”になったと認めるには抵抗があった。
とはいえ、そんな苦悶を初対面の人間に押し付ける訳もなく。
「自己紹介がまだだったな。俺は長沼、中三だ」
「喬木。中二です」
名乗りを返された長沼はずっと閉じられている薄目を一瞬だけ、僅かに開く。
それは人に年齢を伝えた際によく見る反応と似たものであり、葵は口角を引き釣らせつつも、触れられるまいと次の話を振る。
「……ところで、何であんな所で倒れてたんですか?」
露骨な話題反らしではあるが、それは同時にかなり真面目な質問でもある。
この町の状況をある程度知る立場として、不穏なものを感じ取れば対処に動かねばならない。
行き倒れになる程の案件ともなれば……と、言うのが葵の考えであったのだが。
「リアタイマラソンからの徹夜聖地巡礼は流石に無理が祟ったな……反省だな」
「……何言ってるのかよく分かりませんが、物騒な事情じゃないみたいですね」
腕を組んで頷きながら己を顧みているらしい長沼を見て、葵は一応の安堵の息をつく。
「それで、だいぶお疲れの様ですけど家まで帰れますか?」
「喬木……君が俺をここに運んで、雑炊を作って貰っている間にある程度眠れたからな。
家に戻れる位には休めた筈だ。
それにあの雑炊のお陰でかなり元気が出た。本当に美味かった。恩に着る」
「……うっかり炊き過ぎた余りで作った物ですけどね。お粗末様でした」
葵のその言葉は半分照れ隠しで、半分本音。
幼馴染が泊まりの検査であるという事を忘れて、その分多く炊いてしまった米を処理するのに丁度良かったのだ。
「さて……何か礼をしないとな」
「いや構いませんよ。ほんとに余り物ですし」
「……ああ、そうだ。アレが良い」
何かを思いついたような声を出すと、長沼は部屋の済に置かれた紙製の手提げ袋の元へ向かう。
それは倒れていた当人と共に葵が家に運んだ長沼の所持品。
長沼はその中から包装された四角い何かを取り出して葵に差し出した。
「何ですかコレ?」
「……何だと思う?」
「いや初対面の人間が何渡すかなんて分かるわけ無いでしょう」
正直、長沼の妙なテンションに付き合うのが面倒臭くなってきた葵。
そんな様子を見て長沼は意味深に笑いつつも、持っているそれを葵に押し付ける。
「今日の所はこれ位しか出来んが、また改めて礼をさせてほしい。携帯は持っているか?」
「……ええ、まあ。持ってますけど……」
そうして二人は連絡先を交換し、葵が書いた駅までの地図を持って長沼は喬木家を出ていった。
長沼を見送り、軽く疲れたように伸びをした葵。
怪訝な視線を送りつつ、ディスクメディアのパッケージと思える膨らんだ紙袋を手に取る。
「……まあ折角貰った物だし確認だけでもしておくか」
──これが葵と長沼の出会いであり、そして底無しの泥沼へと踏み込む第一歩であった。
■
それ以降、二人は度々合うようになる。
長沼が“何か”を察しているのか、葵は呼び出される側ばかり。
そしてこの日も葵は、長沼に案内されたとある喫茶店で食事を取っていた。
「で、喬木。お前志望校は決めたのか?」
食事後の雑談中、長沼の言葉で話題が移る。
この時点で葵は中学三年生。
当然その手の事を考えなければいけない時期、なのだが。
「そろそろ決めないと不味いって思ってるんですけどねぇ……どうにも身の丈に合うか不安で」
「お前、成績には問題ないんじゃなかったのか?」
「……ええ。今は、ですけど。……自分の学力がいまいち測れないんですよね」
葵は現状、ひたすらに予習を繰り返してその成績を維持している。
宿題を片付けるのが早いのも、予習の分に時間を回すため。
が、しかし葵の勉学の効率は決して良いとは言えない。
葵自身それは認識しているが故に、『自分の学力が測れない』とそう零す。
「効率の良い勉強方法ってやつがどうも分からないんですよ。
図書館でその手の本読んだりしてみたんですけど、しっくり来ませんし」
ついでに言うと葵から誰かに教える、という行為も苦手。
優子や後のウガルルに対して甘やかしてしまう“悪癖”も、『勉強は辛く苦しく面倒なもの』という自分の考えを押し付けてしまっているのが大体の原因だ。
ちなみに良子の場合は葵の言動を上手い事誘導され、それなりの能率で教師と生徒の関係が成り立っている。
「色々と時間の余裕作りたいんですが、高校入って勉強量増えるかもって考えると……」
「……ならば俺の所の高校はどうだ?」
「長沼さんの? ……府上、でしたっけ」
提案に目を丸くする葵。
府上学園は考慮には一応入ってはいたものの、候補の序列としては下の下だった。
「ああ。一年前のノート位なら貸してやるから、手渡しし易くなるぞ。
それに府上は面白い人間が多い。特殊な環境ならお前に合うモノが見つかるかもしれん」
「……なーんか誘う理由薄くないですか? 何か企んでません?」
「クク……俺のクラスメイトに面白いやつが居てな。
そいつにお前の事を話したら興味を持った様子で、どうにか勧誘出来ないかと請われたんだ」
「勧誘って……何やらせる気なんですか?
長沼さんの知り合いってだけでまともな人間に思えないんですけど」
「否定はせんな。将来に関わることだし、選ぶのはお前だ」
「……まあ、考えておきます」
「存分に悩め。だが来る気があるなら助け舟は出してやる」
深く悩む様子を見て長沼は薄く笑いながらそう言うが、葵は頬杖を付いてため息を吐く。
「助け舟、ねぇ……正直既に長沼さんの助け凄い受けてるんですけど。
このご飯とか奢りですし、財布大丈夫なんですか?」
「来月はBOX買いたいから無理だが、今日は好きに食うといい」
「そこまで言うなら甘えさせて貰いますが……」
長沼に食事を奢られる、という行為は葵にとって有り難いもの。
自分の食費を少しでも削り、その分を己以上に大切な他に回すという目的。
それは葵にとってかなり重要なのだが、ハタから見ればタダの集りにしか見えていないことに葵は気づいていない。
「そんな事より、今日の映画はどうだった?」
「まあ、面白かったとは思いますよ。駆け足でよく分からなかった所もありましたけど」
「総集編だからな、そのあたりは仕方ない。
……やはりお前とは趣味が合う。俺は来週も行くつもりだが、お前はどうする?」
「どうせ週替りの特典ほしいだけでしょうよ。……まあ構いませんが」
長沼と、そして後に出会う生徒会長の助けを受けた事により、勉学に限らず葵の諸々の要領は著しく向上したと言える。
“おつかい”や出歩きに時間を取られるようにこそなったものの、その分小器用になれたと考えれば相応の対価なのだろう。
■
「流石に……はしゃぎ過ぎたかなぁ……」
夜。自宅へと向かう道を進む葵。
長沼と遊び歩いていた葵はすっかり時間を忘れ、年齢的に補導されかねない時間帯にようやく、せいいき桜ヶ丘駅に到着した電車を降りていた。
電話で連絡を入れたとはいえ、吉田家の皆には心配をかけてしまっただろうと葵は肩を落とす。
「おかえりなさい、葵君」
「……! ……清子さん。ただいま、です」
罪悪感からコソコソと隠れるように歩いていた葵を出迎えた者は、ばんだ荘の前に立つ清子。
既に就寝しているものと思っていた葵は、その驚きを隠せずに背筋を伸ばしつつも、そう挨拶を返す。
「お友達のお誘い、楽しかったみたいですね」
「……はい」
極一瞬、清子の言葉が自分を責めているように聞こえてしまい、そう感じてしまった己に嫌気が差す葵。
小さな声での返事の後、沈黙し唇を噛む葵に清子が近づきその手を取る。
「葵君。お酌、してくれませんか?」
誘いに乗り、吉田家に上がりこんだ葵は大きなボトルの焼酎を氷の入ったグラスに注ぎ、清子に差し出す。
冷蔵庫の稼働音と、隣の部屋に寝る優子と良子の寝息のみが鳴り響くこの部屋。
そこで葵はちびちびとお酒を呑む清子を見つめる。
「何か……お悩みですか?」
みかん箱にグラスを置いた清子による問いは、口調こそ疑問系であるものの、確信を持ったものなのだろう。
しかし葵は己のそれを吐き出して良いものかと口をまごつかせる。
「……私、お酒たくさん飲んでますから……何か聞いても忘れちゃうかもしれません」
妙に似合うウィンクをしながらのそんな言葉を聞き、葵は力なく笑う。
「……こんな事してて良いのかって、そう思うんです。
桜さんの足取りと太ろ……、ヨシュアさんを助ける方法を見つけなきゃいけないのに……」
みかん箱の角に手を掛け、力を込める葵。
その潰れる事のないダンボール紙による不思議な感触が、葵の頭にヨシュアの存在を叩き込む事の出来る数少ない手段。
「お友達と遊んでて、楽しかったんでしょう?
それで良いじゃないですか。私達に遠慮なんかしないでください」
「……っ」
清子の言う通り、葵は長沼と遊び歩くことが楽しかった。
自分自身気づいていなかった趣味に目覚め、未知の領域に踏み込むその時間は初めての経験。
その感覚は間違いなく楽しく、しかし同時に怖くもある。
「清子さんが……優子も良ちゃんも呪いでずっと大変なのに、それを放って俺だけが遊び歩いてるなんて……っ!」
「葵君」
「ぁ……」
手の平を更に強く握り締め震える葵を清子は抱き寄せ、その衝撃で倒れたグラスに残っていた氷がみかん箱を濡らす。
清子は葵の背中を擦り、しばらくの後にその震えは止まる。
「あの人や桜さんにもう一度会えた時……葵君が遊ぶ事を忘れていたら、きっと悲しむと思います。
もちろん、私も葵君にはそうなって欲しくありません」
「……」
清子の言葉は、優子に出会う前の心が死んだ状態の葵を知っているが故のもの。
「遊ぶのが怖いのなら……優と良の為に、遊んで来てください。
楽しかったことを二人に話してあげてください。
……優子が元気になった時に遊び方を教えてあげて、振り回してあげてください」
「……はい」
「それに……もしかしたら葵君の方が振り回される側になるかもしれませんよ?
そうなったら、遊び慣れていないと葵君が疲れちゃいますからね」
「……そうなると、良いですね。……そうなって、欲しいです」
「私も若い頃には……あの人に何度も振り回されましたから」
葵から離れると、清子は頬に手を当てて懐かしそうに惚気る。
それに釣られて葵が笑う頃には、みかん箱の天面を濡らした雫は氷水と共に消えていた。
「葵……? 帰ってたんですか?」
「……!」
思いもよらぬ声。
運良く寝室の方に背を向けていた葵は目をグシグシと擦ると、その顔を声の主に向ける。
「ただいま。この時間に起きてくるのは珍しいね」
「声が聞こえたので……何をお話していたんですか?」
「あー……」
「明日の朝ごはんの話です。……ですよね、葵君」
葵が返答に迷っていると清子から助け舟が出される。
赤く腫れてしまっていた葵のまぶたも、部屋の暗さのせいで認識されなかったようだ。
「……そう。今起きてたら朝に眠くなっちゃうよ」
「……葵も早く寝なきゃダメですよ?」
「うん。この前出かけた先で食べて、美味しいって思った物作ってみるから、楽しみにしててね」
吉田優子がまぞくとして覚醒する時。
その日までに葵に時間と、何より心に多少なりとも余裕が出来ていたのは間違いなく幸運だったと、そう言えるのだろう。
そのきっかけを作った長沼達に対して葵は深い恩義を感じている。
だからこそ、葵は恩を返すために多少の無茶振りには応えようとしているのだった。