まちカド木属性 作:ミクマ
「……ここか」
「ええ。割とアレな噂立ってたのでどうするべきか迷っていましたが……会長の後ろ盾があるなら遠慮なく行けます」
葵が高校一年生の頃。
長沼と葵は多魔市内の某所、現状使われていない倉庫の前に立っていた。
その倉庫の中を溜まり場としている生徒がいるという、土地の持ち主からの苦情が入ったことで、その生徒たちと“交渉”をしてこいという生徒会長からのお達しにより、二人はここにいる。
「喬木、準備は良いか」
「先輩こそ。何時だかの時みたいに『声が声優さんぽいから本気出せない』とかフザケたこと言わないでくださいよ」
「安心しろ。俺の絶対音感に引っかかる者が居ないことは事前に調査済みだ」
「絶対音感って……ま、いいですけど」
これから行う予定の事に対して、漂う雰囲気はどうにもズレたもの。
そんな会話を終え、倉庫に入ろうとしていた二人に近づく人影が居た。
「あの〜……」
「はい?」
声を掛けられた葵は、その声の方向を向くまでに表情を整える。
営業スマイル……とまでは行かないが、相手に警戒を抱かせない顔を作るのも、ここ数ヶ月で叩き込まれた技術。
そうして葵が振り返ったそこに居たのは、パーカーを身に着けそのフードで顔を隠す人物。
あまり良くない噂の立っているここで、声からして同年代の少女に思えるその人物が身元を隠そうとするのは順当なものだろうと葵は考える。
「何か御用でしょうか?」
「ここ、入るつもりなんですか? コワイ人達がたむろしてるって噂なんですけど……」
「ああ、俺達はその人達に立ち退くよう交渉しに来たんですよ」
「え、でも……」
「すぐ終わりますので。ご心配していただいてありがとうございます」
深々と頭を下げると葵は再び倉庫の方を向く。
少々対応が冷たいように思えるが、下手な言葉を重ねるより自信満々な様子を見せた方が不安の種を潰せるのではないか……と、そんな考えによるもの。
それ以上に、仕事を失敗すればどんなペナルティが待っているのか分からない恐怖心もあるのだが。
「雑な説得だな」
「見てないで助けてくださいよ。こういうの苦手なんですから」
「何事も経験だ。……行くぞ」
「……分かりましたよ」
やはりどこかズレた雰囲気の漂う会話の後、二人は目つきを変えて倉庫の入り口へと歩き始める。
「……それにしてもあの人の声、どこかで聞いたような……」
「やはりお前もそう思うか。誰に似てるんだったか……」
「……そういう事言ってるんじゃないんですけど」
■
『ウチのお店に来る葵ってさ、完全に腰の低い主夫って感じだったんだよね。
そんな人がちょっと怖い話出てる場所に入ろうとしてたから……つい、声かけちゃったんだ』
■
“交渉”はつつがなく完了し、倉庫の中に立つ者は葵と長沼の二人だけ。
葵は少しの間ウロウロと歩き周り、手近な柱にその背を預ける。
「どうした、考え事か?」
「ええ……あの人たち、ここにたむろしてたって事はこの辺に住んでるんですかね」
「何人かはそうだと聞いてるぞ」
「……そう、ですか」
それならば一度くらい会っていても不思議ではないのだが、葵にその記憶はない。
更に言えば、同じ小・中学校に通っていた可能性もあるのだが……。
その両学校において、勉強漬けの毎日だった葵はクラスメイトとの交流が薄かった。
数少ないそれなりの親交があった者も、進学と共に縁が切れてしまった。
葵は、自分にとっての“世間”がとてつもなく狭い物だと今更に認識する。
「随分と疲れた様子だな」
「……正直、この手の案件苦手なんですよ」
「おいおい。さっき境の後ろ盾がどうのこうのと言っていたのはどうした?」
「それだって、逆に会長の威光を傘に着て調子に乗ってるとか言われたら反論できませんし。
長沼先輩はもう学校での立場って奴が出来上がってますけど、俺は無名の一年でしかないんですよ」
「……立場があるから行動するんじゃないぞ。行動したからこそ立場が付いてくる物だ。
何もしなければ無名のままでしか無い」
「そういうものですかねぇ……」
「ということを言っていたキャラが居てな」
「……」
こめかみに手を当て、呆れの意味が込められた息を葵は吐く。
「ていうか、先輩の立場とか大概謎なんですが。
会長と幼馴染らしい松原先輩とゲロ子先輩差し置いて副会長やってるじゃないですか。
何をやってその信用築いたんです?」
「さぁてな。身内で固めすぎるのを警戒しただけじゃないか?」
「あの会長がそういう事を気にするとは思えませんが……」
意味深に笑って誤魔化す長沼。
それを見て葵は首を振って再び息をつく。
「まあ、学校での立場ならキャラ作りでどうにかなるとは思いますけどね……」
こういった場面においては、素の状態における技術を修める事を目的としており、葵は身に宿る力を使ってはいない。
が、葵が素の身体能力だと思っているものも、そもそも“力”がなければ得ていなかったものではないか。
偶然得たコレをもしも喪失した時に何か痛い目を見るのではないか……等と考えてしまう。
幼少期における体育の授業や体力テスト等で似たような悩みを抱え、その時は清子との相談で一応の解決はした。
だが、そのような成績に関わる場面とは別の場面においては、また考えに耽ってしまう。
「一番嫌なのはここで、この町でこういう案件こなしてる事なんですよ。
もしも知り合いにバレたりしたら……」
「……喬木。理由は知らんが、お前は腕っぷしを鍛える必要があるんだろう?
境の奴もそれを察してこの手の案件を回すようにしている筈だ」
「……分かってますよ。府上に入ったのも、生徒会に入ったのも最終的に決めたのは俺です。
理由も問わないで助け舟出してくれるのは本当に有り難いです。
……まあ、会長は裏で色々調べてても驚きませんが」
「あいつなら十分にあり得るな」
「でもやっぱり……知り合いに暴力的な人間とか思われたら嫌なんですよ」
今は目立たない位置に移している、髪を束ねる紐に手を伸ばして握り締め、弱音を漏らす葵。
そんな考えこそが、学校での事を幼馴染達に隠していた大きな理由だった。
「ネガティブだな。町の平和を守ってるとでも考えればいいだろう」
「……ハッ。俺如きが町を守るなんてとてもとても……」
大きな自嘲が現れた笑いをする葵。
どうにも本音に近い部分が出てくるのは同性故の遠慮の無さか。
加えて、強い同年代の人間を近場で見ている事による精神的な揺らぎもあるだろう。
「全くお前と言う奴は……。
まあ、その拗らせ過ぎた性根でもここまで来れるくらいにお前は周りに恵まれているんだ。
その内お前を大きく変える何かが起きるんじゃないか?」
「……先輩が言うとそれっぽく聞こえるから不思議ですよねぇ。
マジでどこかのアニメの、意味深な言動でかき回す黒幕みたいですよ」
「それは褒めているのか?」
「説得力があるってことですよ」
長沼の言葉を適当に受け流した葵は、そこで懐のポケットから携帯を取り出す。
「……うわ、もうこんな時間。今日清子さん夜勤なのに……」
「何だ、用事か? なら後始末は俺がしておくから、お前はもう帰っていいぞ」
「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
ようやく倉庫を出た葵。
先程の会話の影響が出てしまっている暗い表情をしていたが、土地を囲む塀から覗く人影に気がつく。
「……あ、もしかしてずっと待ってました? ごめんなさい」
「一度家に戻ったけど気になってまた……っ、ていうか傷が……!」
全身を現した少女は葵が近づくと軽く悲鳴を上げる。
荒事ともなればそれらの負傷は避けることの出来ないものだが、葵にとってはさほどの問題はない。
不自然に見られない位の範囲に留めているとはいえ、己の力を使えばすぐに治ってしまう程度のもの。
「かすり傷ですから大丈夫ですよ。嫌なもの見せてしまいましたね」
「あの。絆創膏持ってきたので、良かったら……」
「……では、ありがたく……?」
少女がおずおずとしながらも、腕に下げた袋から取り出した絆創膏の入った箱を受け取ろうとした葵。
しかし少女はその箱を開け、中身の絆創膏の個包装を剥がし始める。
「貼りますよ」
そんな気遣いを無下にするわけもなく、葵は為されるがままにそれを享受する。
葵にとってむず痒く、とても長く感じるその時間。
絆創膏を貼り終えると、次に少女は袋そのものを差し出す。
「これは……?」
「冷めてますけど、美味しいので。もう一人の方の分もありますから」
葵がその袋を受け取ると、少女は深く頭を下げ去って行った。
呆然としながらも葵は手を振り、しばらくすると白く着色されたビニール袋の中を確かめる。
そこから出てきた輪ゴムで留められたプラスチックのパックには、耐油紙に包まれたコロッケが二つ入っていた。
「……わざわざ買ってきてくれたのかな」
『マルマの精肉』と印字された耐油紙を持ち、葵は片方のコロッケを一口含む。
冷めてはいるが、否。冷めているからこそ別の味わいが出るそれを咀嚼し葵は笑顔を零す。
「……やっぱりあそこの揚げ物はいいな。夕飯の分買っていこうかな」
そう呟き、もう一つのコロッケの入ったパックを片手に葵は倉庫へ戻っていった。
■
「──それで、もう少しで友人が誕生日なんですけど……先輩、どこか良いギフトショップとか知りませんかね」
葵が高二に上がり少しした頃。
タマの元を訪れた葵はそんな事を尋ねていた。
特に悩んだ様子もなく差し出されたメモの店名に、身内感のある文字が踊っている事には葵は突っ込まない。
情報量代わりのおつかいの品を手にした葵がその場を立ち去ろうとした所で、タマはふと思いついたように声を出す。
「そういえばぁ、中ちゃんももう少しで誕生日らしいわよぉ」
「へぇ、いつなんです?」
「5月1日〜」
「……」
■
「これって……?」
5月1日、“マルマの精肉”の店頭。
店番をしていた杏里に葵がラッピングされた箱を差し出すと、杏里はその目を丸くする。
「優子から今日誕生日だって聞いてたからさ、プレゼントだよ」
「そう、なんだ……」
「優子の事いつも助けてくれてるお礼でもあるし、優子自身にも選んで貰ったんだ。
受け取ってほしいな」
「……うん、分かった。大切にするね!」
箱を受け取り、朗らかに笑う杏里。
それに釣られて葵も頬を掻きながら、照れ混じりに笑う。
ただ。無難な、悪く言えばありきたりなそれに対して葵は少々の不安がある。
「タオルのギフトだから役に立たないことは無いとは思うけど……どうかな」
「タオル……へぇ。……だいじょーぶ、私運動部だからいくらあっても大歓迎だよ」
「……よかった」
安堵の声を漏らした葵は、その感情の出た顔を隠すように肩に掛けた鞄に向け、中から財布を取り出す。
「それで、お肉買いたいんだけど。……もしかしたら杏里的にはこっちのほうが嬉しいかな?」
「……あははー、そうかもね〜……」
親しくなって一ヶ月足らずでプレゼント、というのは少々重いように思えるかもしれないが、それだけ葵は杏里に対して感謝をしているという事。
力を求め、多少距離のある高校に進学するかどうかに悩み、清子の後押しを受けて決めた。
結果的に優子と関われる時間が減ってしまい後悔したこともある。
己が通う事の出来ない直近の高校に信頼できる人物がいると分かったその時の、葵の胸中とは──。
■
時は進む。
シャミ子が覚醒し、秘密を打ち明け、桜の居所が判明した。
半年足らずの間の怒涛かつ濃密な経験。
何か一つがズレていれば即座に落ちていたであろう緻密な綱渡り。
それを成し遂げるためにはやはり、日常という心の余裕が大切なのだろう。
そんな日常の一幕、桜の所有する山でのキャンプ。
蛟と接触し、非日常へと反転する前の出来事。
「葵、汗かいてるけどタオル使う?」
「ん、ありがとう」
時期的に寒くなってきたとはいえ、総勢七人分のもの料理を作るために火にずっと寄っていれば汗は流れる。
配慮をありがたく受け、杏里の差し出したそれで顔と首の汗を拭う葵は、顔から離したタオルを見てふと気がつく。
「このタオル……」
「葵……と、シャミ子から貰ったやつ。存分に使わせてもらってるよ〜」
それ自体はとても嬉しい事なのだが、葵の視線は別の場所に向いている。
タオルの端、そこに縫い付けられた明るい紫色の『A』のアップリケ。
それは葵が買った時点では付いていなかったものだった。
「あ、それね……人のと間違えたりしないようにつけたんだよ」
「なるほど……ところで何で『A』なの?」
「……家に残ってただけだよ。『ANRI』のAで丁度良いしね」
「そっか」
一瞬の沈黙には気づかず、更には再び火に顔を向けたことで、葵は杏里がついた安堵の吐息を見ることはなかった。
食事を終え、桃とウガルルは眠り、リリスの酔い覚ましの散歩にシャミ子が付き添う。
雑談の中葵は雑な言い訳で逃げ出し、焚き火に照らされたこの場で起きている者はミカンと杏里の二人。
……ある意味、ここからが本番なのかも知れない。
「……そんな事が有ったのね」
一年前の寂れた倉庫での葵と杏里の交流。
話を聞く中でミカンはその倉庫が陽夏木家の旧実家のものかと思ったが、倉庫が現存している為に別の場所だろうと、内心でそう判断していた。
「……やっぱり葵の高校ってかなり変よね……」
「だね〜。けど、その細目の人と話してるのは楽しそうだったし、いい場所なんじゃないかな。
そういう所もギャップあったから少し、驚いちゃった」
ミカンを安心させるための笑みと、それでも少し滲み出る不安。
そんな杏里の複雑な表情を見てミカンは少しの間沈黙する。
「……葵って、結構荒っぽいケンカとかしてたのかしら」
「うーん……話してた事を全部聞けた訳じゃないけど、あんまり乗り気って感じでもなかったかな。
こういうのもアレだけどさ、葵ってぱっと見ちょっとナヨナヨした雰囲気あるじゃん?」
「そうね……私も桃から強い人って聞いてて、実際に会った時少しそう思ったわ」
「そんな人がたまり場に入ろうとしてて……実は怖い人なのかもって思っちゃったから、ちょっと口調作って声かけたんだ。
だけど、私と話してる時の雰囲気はお店に来てた時に似てて、細目の人と倉庫の中に入った時にまた雰囲気が変わってた。
それで、倉庫から出てきた時には落ち込んだ感じで……そうやって何度も雰囲気が変わってるのを見て、葵が気になるようになったのかな」
「そう……だったのね……」
数週前、狸寝入りをする葵にミカンが行った告白。
『弱い所も悪い所も』と語ったミカンの感情は、杏里の物と似ているのかもしれない。
「それにね、また最近同じようなことがあったから……」
そう呟く杏里の視線の先には、ミカンの膝枕で眠るウガルル。
ユルい雰囲気で杏里を出迎えたかと思えば真剣な表情になり、今度は今にも泣きそうな顔で叫ぶ。
ウガルルを召喚する際にはまた目の色を変え、そして大号泣。
「叫びだした時はホントにびっくりしたよ。あそこまで必死な葵は初めて見たから」
「……いつもカッコつけようとしてて、必死になると感情隠せなくて……そういう所が……」
「ずるいんだよねぇ〜」
「ずるいのよねぇ……」
葵に対する愚痴がハモり、笑い合う二人。
そしてミカンはふと思いついた興味を口にする。
「ウガルルを召喚する時に来てくれた皆もそう思ってたりするのかしら……?」
「流石に関わりのない人は情緒不安定な人……位じゃないかなぁ……」
「でも、葵は自覚ないみたいだけど町では結構有名人よね?」
「うちの二年生で小中同級生だった、って人が結構話してくれるよね」
「どこかで関わりがあったとしても不思議じゃないわ……」
低めの声で警戒の言葉を口にしつつも、その雰囲気は柔らかい。
葵が戻るまで二人はそんなガールズトークを続けていた。
■
『……ねぇ。杏里は……葵の事、好きなのかしら』
『……どうなんだろうね〜。
私はシャミ子達程深い関わりがあったわけじゃないし……。
言っちゃえば“一番近い男の子”ってだけで、それをどう整理すればいいのかな〜……』
■
「そういえば、疑問やったんやけど」
あすらでの勤務中。
台所に立つ葵は、同じく調理を行っているリコに話しかけられる。
「何です?」
「葵はん、たまさくらちゃんの飴舐めて気づかへんかったん? コレに」
問いの後、リコは現在進行形で作っている魔力を感じ取れる料理を指差す。
それと、たまさくらちゃんの飴──異様なまでに中毒性が高く舐めた子どもたちが殺到するというシロモノ──が、どう関係するのかと葵は首を傾げる。
「……その反応やと舐めたことあらへんかったみたいやな。アレ、ウチが作ったんやで?」
「ああ……あれ、そうだったんですか」
いつも遠巻きに眺めていたたまさくらちゃんと、それに群がる子どもたちの様子を思い返して葵は納得した声を出す。
「葵はん、たまさくらちゃん好きみたいやけど……何で飴貰わんかったん?」
「いや、だってあれ……んンッ。
『持っている茶碗からは中毒性の高いアメが無限に溢れ出して
調理場故に口を閉じたまま喉の調子を整え、わざわざ声を作った上で、商工会が配布している“たまさくらちゃんプロモーションビデオ”のナレーションを復唱する葵。
「俺は子供でも、その親でもないので。たまさくらちゃんが飴を配る対象じゃないですよ」
「……律儀なもんやなぁ、葵はん」
ドヤ顔で語る葵に、珍しく引き気味で建前を孕んだ言葉をリコは返す。
以前、白澤が語っていた『紅白紐を真似る熱心なファン』の事を思い出し、結果的にはハズレではあったものの、大きくズレている訳でもないと、リコはそう内心考える。
「……それにしたって、子どもたちの様子見て何も思わんかったん?」
「遠巻きにしか見てないので、それだけ美味しいんだろうな〜、としか」
「変な所でボケよるなアンタ。通りであの兄さんと気ぃ合う訳やわ」
そうツッコんだのはリコではなく、台所に入ってきた紅玉。
多少やつれた様子の紅玉は帳で仕切られた客席の方をチラリと見ると、注文表を葵に手渡した。
「お疲れですか? 紅玉さん」
「……アンタよくあの兄さんとトモダチやってられるな。
ちょっと話すだけで大分疲れるんやけど」
「ハハハ。この町、あのレベルがホイホイ居ますからその内慣れますよ」
どちらかと言えば。
葵があしらい方に慣れる事が出来たのはだいたい学校が理由ではあるのだが、まあ似たような物だろう。
更に言えば葵自身もその“あのレベル”の同類でしかない。
「ああ、葵はん。それ作ったら休憩入ってエエで」
リコにそう言われ、紅玉に渡された注文表の分に取り掛かり始める葵。
二皿分を作り終えると、それを持って客席の元へと葵は歩く。
「お待たせしました」
「ああ。……ん? 二皿?」
「休憩入って良いと言われたので、自分の分も作りました。……ここ良いですか?」
「好きにしろ」
注文の主、長沼の承諾が取れた所で、葵は手に持つ“しめ鯖と玉ねぎの和え物”の皿を目の前のテーブルに置く。
そして座ると、身に着けていたエプロンを埃を立てないようにして脱ぎ、傍らに置いた。
「……しかしお前はその妙なゆるキャラが好きだな」
長沼の視線の先には、エプロンに縫い付けられたたまさくらちゃんのアップリケ。
その言葉を聞くと、葵は眉を僅かに動かしてムッとする。
「ええ? 何が妙なんですか。
無表情の威圧感も低予算感溢れる所もバク転なんて無茶してコケる所もアメ取る時にキグルミのせいで雑にしか掴めない所も紅白紐も桜の花びらのアクセサリも桜色の布地も何よりあの包容力も何もかもどこを取っても世界で一番のゆるキャラですよ」
途中からたまさくらちゃんではなく、別の特定人物に対する物になっているような気がするその感情を、葵は息継ぎもせずに一気に吐き出した。
息を切らして深く吸い、続けてコップの水を飲む葵を見て長沼は笑う。
「ハハハ。ベクトルは違えど、やはりお前は同類だな。俺の目に狂いはなかった」
「……。……よくよく考えてみれば、俺がここまでたまさくらちゃんにハマったのも先輩の影響なんでしょうねぇ……」
「お前からは趣味にハマりたい欲を抑えてる匂いがしたからな。感謝しろよ?」
「一飯如きじゃ全然埋められないくらいの恩感じてますから安心してください」
「……俺的には、あの時の事は一飯以上の事に思っているんだがな」
「……俺何かしましたっけ?」
「一人で出掛けた先でぶっ倒れて、それで病院に運ばれたとでもなっていたら、色々と面倒な事になっていただろうからな。
あの時お前がああしてくれて助かった」
「えぇ……そりゃあ面倒ではあるでしょうけど。ええ……?」
予想だにせぬ回答が返って来て困惑する葵。
そのまま葵は、地味にくすぶり続けていた疑問をぶつける。
「……正直な所、あの時どうしてあそこまでやったのか自分でも分からないんですよね。
普通に考えたら面倒事になりそうなのに、警察とか救急車呼んで終わりにしなかったのか……」
一応、町に騒動が持ち込まれた可能性を考慮して、確認しなければならないという理由もあるにはある。
が、今にも増して逃げ腰な数年前の葵が何故、“逃げ”の選択肢を取らなかったのか、それが分からない。
「俺の事を利用出来そうな勘でも働いたんじゃないか?」
「……利用、ねぇ……」
先程口にした通り、葵は長沼に対して大恩を感じている。
長沼は疎か、そのコネを使って繋がった人間すら葵はひたすらに利用して、シャミ子達に並び立てる技術を得た。
その恩を返したいとは思っているが、本人としては出来ているとは思っていない。
「お前の主目的とやらの事を俺は何なのかは知らないし、知ろうとも思わない。
良くも悪くもなく、“どうでもいい”だ。
お前が府上の奴らを参考にして何かを学ぶ程度、利用と言うにはヌルすぎる。
境の奴も自分に害が及ばない限りは何も言わないだろう」
「……」
「まあ欲を出すとするなら……趣味の合う同志と話をして、ついでに美味い飯が食えればそれでいい。
……そろそろ食べて仕事に戻れ」
そう吐き捨て、食器を取って料理に手を付け始めた長沼を見て葵は深く息を吐いた。
「……また腕を上げたな、喬木」
「どーも。……ていうかしめ鯖って喫茶店のメニューじゃないと思うんですけど」
■
「米あるカ!!」
「うちは米はないな〜。ウガルルちゃんコロッケ揚げたてだよ」
マルマの精肉。
二度目の初めてのおつかいをするウガルルは、盛大にズレた物品達を買い揃えている。
ウガルルを遠巻きに
「……?」
葵は二人から視線を外して深く思考する。
そしてふと気づいた頃にはウガルルと、ついでに葵と同じく二度目の初めてのおつかいを見守っていたしおんの姿も消えていた。
「……あっ」
声を上げて引っかかっていた物を悟った葵は、ちょいちょいと手招きをする杏里に気がつく。
「……思い出した?」
「……何の、事かな」
店頭に近づき、引きつった顔ですっとぼける葵を見て、杏里はイタズラ混じりにニヤける。
「せいいき桜ヶ丘をシメる番長の葵く〜ん?」
「待って待って! 何でそんな認識になってるのかな!?」
「もうちょっと自分の立場ってやつを知ったほうが良いよ?
筋肉ムキムキ〜とかそういう雰囲気でもない男の子がさ、ボロボロで歩いてたりしたらどう感じると思う?
私さぁ、葵の事をもしかしたらこわ〜い人なんじゃないかと思ってる子の勘違い解いてあげてるんだからね? 感謝して欲しいなあ」
「〜〜っ……!? ……いや、でも……俺あの時変装してたんだけど……?」
荒っぽい案件に首を突っ込む際、万が一にでも吉田家の者たちに目撃された時の為、紐を目立たせるという目的すら覆して葵は変装をしていたつもりだった。
たまさくらちゃんの趣味を隠していた頃や、ウガルルに見つからない為に今現在もしているそれはそれなりの自信が有ったものだったのだが……。
「……あれで?」
「えっ……」
「大人の人とか他の場所でどうかは知らないけどさ、少なくともこの町の歳近い子相手じゃ無理無理。
そりゃ本格的に目立ってきたのは去年からだけどさぁ……昔からシャミ子のお父さんとか、ちよもものお姉さんとかの為に色んなとこ歩いてたんでしょ?
私みたいにこのお店の周りとかで小さい頃から一人で買い物してる所見てたとか、小中で見慣れてるらしい人とかいるし。
ちょっと位格好変えても……ねぇ?」
真っ白に燃え尽き、いつぞやに卒倒したときのように葵は崩れ落ちる。
そもそも、
「……でも葵。そうやって変装してでも関わってる事も全部……シャミ子達のためなんでしょ?
……そうやって必死になれるの、ちょっと、羨ましいかな」
つい溢した、その“羨ましさ”の対象が何に対してか、誰に対してかは杏里自身にしか分からない。
葵はそんな心境など知る由もなく、半ばやけくそになって言葉を返し始める。
「……俺もさぁ……杏里のことが羨ましいんだよ」
「え……?」
「優子達と一緒の学校に通って……すごく仲良い友達になれてるのが羨ましい」
「……葵は、それ以上の関係になってるじゃん」
「それは本当に嬉しいし、付いてきてくれる皆には本当に感謝しかない。
……でも。優子達とは出会いからして特殊で、俺はどうやっても“普通の友達”にはなれない。
入学式の日に優子を助けてくれた時みたいな事が自然に出来て……いつの間にかかけがえのない友達になってる……そんな関係が、そう行動できる杏里が羨ましい」
「……葵だって、私と友達でしょ?」
「……ごめん、変なこと聞かせた」
項垂れながら地べたにあぐらをかいていた葵は、そこでようやく立ち上がり、杏里に背を向ける。
「さっきの言葉、優子達には言わないで欲しい。
……あと番長がどうとかも。そろそろ帰るよ」
弱々しい足取りで去る葵を呆然と見つめていた杏里。
その姿が見えなくなった後も同じ方向を向き続け、次の客が訪れたことでようやく正気に戻っていた。
■
「いつの間にか、かけがえのない……。……に、かあ。
からかったら凄い慌てて……でも本気で嫌そうな訳じゃなくて……」
本格的に親しくなったと言えるのはここ半年。
「……あーあ。せっかくこの気持ちは違うんじゃないかって思いかけてたのに。
葵があんなずるい態度取るから……もっと葵の可愛い所見たくなっちゃった」
指を下唇に当てて口角を上げ、犬歯をチラリと見せる笑顔。
その表情が誰かに見られていたのならば──
「もう、普通の友達でなんか……いさせてあげないよ……葵」
──『獲物に目をつけた肉食獣のようだ』と、そう表現されていただろう。