まちカド木属性   作:ミクマ

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否定しないでください

「ちゃんと手入れしているみたいですね。葵君」

 

「はい。少し大変ですけど、褒められると嬉しいです」

 

 10年前。

 椅子に座る葵は背後に立つ清子によって髪を梳かされている。

 その最中、清子による指摘に対して葵は目を閉じてくすぐったさそうにしつつも、頬を緩ませて言葉を返す。

 

「面倒でしょうけど、小さな内に習慣づけておかないともっと大変ですから……」

 

「頑張ります。……あの、お腹は大丈夫ですか……?」

 

 葵に頭髪を手入れする術を染み込ませたのは、ほぼほぼ清子によるもの。

 近しい女性の内、桜は『魔法少女としての活動が忙しいだろう』という理由で遠慮し、清子に対しては葵が口に出した通り『立って行うにしても座りや中腰で行うにしても、腹部に負担をかけるのではないか』と躊躇いが有ったのだが、清子からの強い押しを受けてそれに甘えていた。

 

「もう少し経ったら出来なくなると思いますが、今は大丈夫ですよ。

 しばらく優子にはしてあげられていませんから……葵君にこうして教えられるのは、私も楽しいです」

 

「……僕も桜さんに助けられて、今は元気になれましたから……。

 優子ちゃんもきっとすぐ元気になるはずです」

 

 そう葵はせめてもの励ましの言葉をかけるも、心からの確信を持てるものではない。

 優子の体の各所に取り付けられている点滴の針や、電極のパッド。

 そして何より、頭部の……ソレ。

 初めて目にした時には絶句し、その後も何度見ようとも慣れる事など無い、あまりにも痛々しい光景を思い浮かべると、どうしようも無く胸が締め付けられる。

 

「……ありがとうございます。葵君」

 

「いえ……」

 

 梳かれた葵の髪を手の平に載せた清子から発せられた、複雑な感情が込められているであろう言葉。

 その呟きを聞いた葵は、実の娘を差し置いて今のこの状況を享受して良いものかと、そう罪悪感に苛まれてしまっていた。

 

 ■

 

「葵、コレなんだか覚えてますか?」

 

 吉田家にて。

 葵に対してそんな問いを出すシャミ子の片手に乗っているものは、黒い長髪のウィッグ。

 シャミ子は懐かしそうに、昔話ができることを楽しむように聞いているのだが、葵はその表情を僅かに歪ませる。

 シャミ子が病院を退院してからしばらくした頃に購入した“ソレ”は、葵にとってほのかに苦い記憶に関わるものだった。

 

「……懐かしいね」

 

「葵の長くてきれいな髪に憧れてて……私が何度か羨ましいって言ったら買って来てくれたんですよね」

 

 子どもの財布で買える程度の値段と品質の、どうしても人工物感が強めに透けて出てしまうそのウィッグを見て葵は目を細める。

 シャミ子の言ったあの時点においては、純粋なる善意から買ってきたものだったのだが、今では少し後悔している部分もあった。

 

「……あの時、嫌に思ったりしてなかったかな」

 

「へ……? どういう事……ですか?」

 

「不躾で、無神経な感じになっちゃってたかもって……ちょっと不安になってたんだ」

 

「そんな風に思ってたんですか? 

 もう……私が葵からのプレゼントを嫌がるなんて、そんな事あるわけないですよ」

 

「……そっか」

 

 安堵の息を吐く葵に、軽く呆れた様子のシャミ子。

 そして片手に持つウィッグを少しの間見つめ、頭部に乗せる。

 セットしたわけではなく、ただ単に乗せただけのそれをシャミ子は手で抑え微笑む。

 

「……さすがに、今はもう使えませんよね」

 

「今は髪長くなってるし、そもそも子供用だからね。

 無理やりつけるにしても自毛の赤茶髪仕舞いきれないだろうし」

 

「こういう時は……葵の真っ直ぐな髪が羨ましいです」

 

「うーん……俺は俺で、ボリューム出しやすそうな天然パーマが羨ましかったりするんだよなぁ」

 

「色々と大変なんですよ、これ。葵もずっと見てきたんですから分かってますよね?」

 

「ごめんごめん」

 

 頬を掻いて謝る葵。

『隣の芝生は青く見える』という、そんな言葉が似合う会話。

 シャミ子は少しムッとした様子だが、当然ながら本気で険悪なムードになっているわけもなく、雰囲気は柔らかい。

 

「……でも、葵もかなり手間掛けてますよね。

 今まではあまり比べられる位に知ってる人が居ませんでしたけど、ミカンさんのを見てると……」

 

「ああ……俺、髪の毛伸びやすい上にちょっと痛みやすいんだよね。

 多分、力のせいだとは思うんだけど……そういう点では、桃の髪も羨ましいかな」

 

「たしかに……そこまで手の込んだことしてる訳でも無さそうなのに、綺麗ですよね」

 

 と、呟きながら“それ”を想起して呆けているシャミ子を見つつ、自分自身は桜に助けられた11年前のあの時から続く体質を考察する。

 口に出した通り、葵の髪は伸びるのが早く、そして衰えるのも同様。

 ただ、それならば皮膚や爪、その他の毛が同じように影響を受けてもおかしくはないのだが、そんな兆候はない。

 そもそも身長や体格が小柄な辺り、全体的にかなり歪な影響を受けていると見え、葵が『完全に力を制御した』と言い張るには程遠いのだろう。

 

「……あの。葵、どうかしましたか……?」

 

「……うん?」

 

「なんだか暗い顔をしてたので……」

 

 呼びかけによって思考を途切れさせた葵は、続くシャミ子の言葉にハッとなり片手で顔の下半分をおさえて表情を整える。

 どうやら、“身長が伸びてほしいと希望を持っていた頃”と、“それが絶望に転じた時”を思い返した事で、自嘲的な感情が顔に出てしまっていたらしい。

 

「大丈夫だよ。心配掛けてごめんね」

 

「そう……ですか……? もしかしたら何か昔の、大変だったことを思い出してしまったんじゃないかと……」

 

「……あぁ」

 

 シャミ子にそう言われると、葵には思い当たるものが有った。

 身長がどうこうとは別の、今日も含めて誰かの髪に手を加える度に頭に浮かぶ思い出。

 

「葵さえ良かったら……聞きたいです」

 

「……まあ大した事じゃあない、面白みの無い話だよ。

 優子がまぞくになるまでの10年で、何度も何度も飽きもせず似たような事でウジウジ悩んでた内の一つってだけ」

 

「配下のメンタルケアもボスのお仕事です。何でも押し付けてください」

 

 胸を張ってそう宣言するシャミ子。

 葵の胸中においては、自虐が出来る程度には既に一応の解決を見たと認識しているからこその、その“思い出”。

 誰彼構わず言いふらすような物ではないが、少なくともシャミ子に言う分には良いだろうと、葵は考えた。

 

「……俺の、いつものこの髪型を続けることを決めるまでにも……結構迷ってたんだよね」

 

 初めて“その髪型”にした際、あの時点においてはあくまで成り行き上の、紐を身に着けるのに都合が良かったと言う単純な理由。

 とはいえ、命の恩人の手で作られた“それ”を、女の子の様に見られるという事など意識することもなく葵はとても気に入っていた。

 

「でもね、優子を見ていてコレを続けてていいのかって……そう思った。

 ヨシュアさんも清子さんも、俺に本当に優しくしてくれたから……優子があんな状態なのに、俺がこうしてるのは無神経なんじゃないかって」

 

「……そんな事、ないです」

 

「うん。俺も今なら二人がそんな事考えないって分かる。だけどあの頃は……本当に怖かった。

 大切な、大好きな人達にどう思われてるのかがわからなくて……何かあったら全部無くなっちゃうんじゃないかって」

 

 それでも、力を抑え込むという目的が有った頃は、“名目”・“大義名分”によってその恐怖の感情に耐えることが出来た。

 

「桜さんが『もう紐に頼らなくても大丈夫』って教えてくれた時は、すごく言いづらそうにしてた。

 その後に『もしもの為に出来るだけ持っておく様に』とも言ってて……保険の意味も有ったんだろうけど、察してたんだろうね」

 

「……どうして、伸ばしたままにする事に……?」

 

「そりゃあ、優子だよ。優子が綺麗だって言ってくれたから。我ながら単純だね」

 

 結局の所はそこに終結する。

 葵にとってはそれほどに、自分を“構成”するものとして優子の比率が大きかった。

 半ば無理矢理にだったのかもしれないが、『優子が見て喜ぶのならそうしよう』と自分を納得させ、桜の失踪によってその意志が更に補強された。

 

「……もう一つ、聞いてもいいですか?」

 

「何かな」

 

「今までに、私の髪を弄ってくれた時……苦しい思いをしてたんじゃないかって……」

 

「……確かに、少し無理をしてたかもしれない。

 でも、撫でる事その物じゃない事は早めに克服しなきゃいけないと思ってた。

 相手が優子だったから、俺は一歩踏み出せた。

 むしろ、俺の方が優子を実験台みたいに扱っちゃってたのかも。ごめん」

 

「そんな……私がお手伝いできたのなら、嬉しさしか無いです。

 葵の髪を見るのも、プレゼントを貰った事も、髪を梳いて貰った事も……葵にしてもらって嫌だった事なんて一つも無いです。

 私にとってはそれが、とても格好良くて一番大好きな男の子なんです。

 だから、これまでの事を否定しないでください」

 

「……うん。ありがとう」

 

 シャミ子は心からの笑顔を見せ、葵も礼を言うとそれに釣られて笑う。

 しばらくそれは続き、先に照れて根負けした葵が顔を反らして時計を見る。

 

「……そろそろ、出た方が良いんじゃない? 優子」

 

「あ、そうですね……すっかり話し込んじゃいました。ミカンさん待たせちゃいます」

 

「カラオケ、楽しんできてね」

 

「はい! 葵も、今日は桃と一緒に居てあげてくださいね」

 

「ん。行ってらっしゃい」

 

 花の装飾がされたバレッタで後ろに纏められた髪を揺らしながら、シャミ子は玄関に向かう。

 ウィッグの話で盛り上がる前にセットされた、耳の辺りの生え際が見えるその髪型を目にし、葵は胸にこみ上げてくるものを感じていた。

 

「……さて、俺も格好整えない──」

 

「せんぱぁい」

 

「──とぉっ!?」

 

 立ち上がろうとした所で、いつの間にか屋根裏から降りてきていたらしいしおんに話しかけられ、葵は思わず背筋を伸ばす。

 

「……小倉さん。何か用かな」

 

「シャミ子ちゃんのバレッタに付いてるあの花ってぇ……紫苑、だよね?」

 

「……やっぱり、分かるんだね」

 

「分かりにくいように本物とは少し変えてるみたいだけど……一応自分の名前だからぁ……」

 

 葵がシャミ子の誕生日に送ったプレゼントの内の一つ。

『ヘアアクセサリー=花』という安直な発想で葵は誕生花を調べ、そして出てきたいくつかの候補の中に植物の紫苑があった。

 

「どういうつもりで送ったのか、少し気になるかなぁ」

 

「小倉さんの手前かなり迷いはしたんだけどね……小倉さん、紫苑の花言葉は?」

 

「せんぱいに近そうなのは……“追憶”かなぁ。せんぱい、こういう趣味有ったの?」

 

「いや、あんまり。でも調べてこれしか無いって思ったんだ」

 

「……つまり、過去を忘れないとか、そんな感じぃ……?」

 

 “追憶”、“君を忘れない”、“遠方にある人を思う”。

 現状会うことの出来ない大切な人が居て、さらには重要な何かを忘れているという自覚を持った葵にとって、それらの言葉は胸に染み入るもの。

 だがしかし、それとは別に葵には想いがある。

 

「あの花ってさ、言っちゃえば花の形に似せた樹脂じゃん。

 実際に固定されてるのはバレッタの本体で、花のパーツ同士がくっついてる訳じゃない。

 ……過去は確かに存在していて、消すことは出来ない。

 けれど、それと切り離して考えるべき物事もある」

 

「うーん……あんまりピンとこないかもぉ……」

 

 しおんの言う通り、葵の語った言葉は確かに分かりにくく、悪く言えば独りよがりなのかもしれない。しかし。

 

「それでいいんだよ。アレを見て、さっき言った事を自分の中だけで反芻出来れば良い。

 優子が着ける時に毎回同じ事を考えてほしいとか、そういうのは無い。

 優子には単純に気分で選んでほしいから、分かりにくくてナンボだよ」

 

「……じゃあ、どうして私に教えてくれたのかなぁ……」

 

「気づかれちゃった以上、変な勘繰りされる位なら教えた方が楽だからね。

 小倉さんにからかわれたとしても、まあ別に良いかなって」

 

 特に言い淀む様子もなく葵がそう語ると、しおんは珍しく硬直し瞼をぱちくりと開閉させる。

 そしてしおんは指でメガネをクイッと上げ、光の反射によってレンズの奥の瞳は葵から見えなくなる。

 

「……もしかして、私の事口説いてるつもりだったりするぅ……?」

 

「まあ、最低でも協力関係は作りたいと思ってるよ。

 俺は腹芸とかからっきしだし、信用して貰う為にこっちが小倉さんを信用してる事を素直に伝えてるつもり」

 

「へぇ……」

 

 しおんの口から漏れたその声の意味は、やはり葵に読む事は出来ない。

 しばらくの沈黙の後、しおんはわざとらしく葵に見せつけるように口角を釣り上げる。

 

「せんぱいがさっき言ってた事、もし私がシャミ子ちゃんにバラしたらって考えてないのかなぁ?」

 

「……あー、内緒にしてほしいかな」

 

「おまぬけさんだね、せんぱい。

 自分で言うのも何だけど、この五ヶ月くらいでせんばいに信用されるような態度取った覚えないんだけどぉ……」

 

「目的は有るんだろうけど、優子の事強くしてくれてるのは確かだし、五ヶ月で何度も知恵を貸してくれてる。

 それで十分だよ。無闇に人を疑うのは疲れるんだ」

 

「……いいよ。いくつかお願い聞いてくれたら秘密にしておいてあげる」

 

 メガネをキラリと光らせて、しおんはそう言う。

 そんな打算的なしおんの状態に、葵はある種の安堵を覚えていた。

 

「今度、実験の助手してほしいなあ。

 せんぱい、普通に説明すれば十分に熟してくれるだろうし、後は荷物持ちとか」

 

「あんまり危ないことはダメだよ」

 

「最終的には町の為になるから。私のこと、信用してくれてるんでしょ?」

 

「……良いよ。他のお願いは何かな」

 

「私も誕生日に何か欲しいなぁ。

 紫苑の花をシャミ子ちゃんに使ったからネタ切れかもだけど」

 

「押し花のしおりとかでいい?」

 

 大抵何かしらの本を読んでいるというイメージがあり、加えて花という単語から思いついたそれを葵は口にしたが、しおんは軽く口を尖らせてしまう。

 

「あからさまに適当に考えられると流石にちょっと傷つくかもぉ……」

 

「……何かしら考えておくよ。ミカンのほうが先だけどね」

 

「んふふ。楽しみにしておくねぇ。それで3つ目、これが最後」

 

 言葉を切り、しおんはその顔を、二人が初めて会話したときのようにぐいっと葵に寄せる。

 ただしあの時と異なり、葵は座っているために“一歩下がる”ということが出来ない。

 

「私の事、下の名前で呼んで欲しいなぁ」

 

「……え?」

 

「みんな『小倉さん』とか『小倉』としか呼んでくれないしぃ……」

 

「……いきなり変わったら何か勘繰られそうだけど」

 

「そんなだからせんぱいはヘタレ扱いされるんだよぉ。

 まあこれは追々で良いよ。これから私、せんぱいに手伝って貰いたい事纏めてみるから……()せんぱいはそろそろ千代田さんの所行った方が良いんじゃないかなぁ……」

 

 そう言うと、しおんは葵から離れて屋根裏へのハシゴを登っていってしまった。

 

「……しおん、さん? それとも紫苑……いや。……“……シオン”?」

 

 同音同義だが、微妙に発音の違う3つの呼称。

 その内の一つに強い引っ掛かりを感じ、思考しつつも葵は隣室に向かうために立ち上がり、部屋を出ていった。

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