まちカド木属性   作:ミクマ

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びっくりさせてあげるんだから

「……んがっ!?」

 

「おっと……気を付けてね」

 

 寒い冬の日、その夕方。

 コンビニの駐車場に置かれたベンチに座っておでんを食べていたウガルルは、熱せられただし汁の染み込んだ具材を口に含んで悲鳴を上げ、葵はその衝撃で揺れたスチロールの器を支える。

 

「……あふイ……」

 

「……もしかして、お昼足りなかったかな?」

 

 口を開いて舌を出し、息を吐いて熱を逃がそうとするウガルルに葵はそんな問いを出す。

 今現在、高校の制服を着ている葵は、“とある場所”に通っているウガルルを学校帰りに迎えに行っており、コンビニへ寄ったのは小腹を満たす程度の目的だった。

 が、おでんにがっついてしまったのは過度の空腹がためではないかと、あらぬ疑いを掛けられる恐れも含めて不安を葵は感じる。

 

「今日は午後に沢山動いたかラ、だからいつもよりハラ減っタ」

 

「そっか……」

 

「それニ、アオイの事を待たせると悪イ」

 

「……!」

 

 ウガルルによる不意打ちに、思わず目頭の熱くなる葵。

 そのままウガルルの頭を撫でようとしたのだが、ウガルルが再びおでんに手を付け始めた故にその手を止める。

 

 言うまでもなく、ウガルルに関することで葵が迷惑に思うことなどあり得ず、そもそも葵自身コンビニで買ったとあるものを片手に持っている。

 撫でる代わりにそんな言葉でのフォローを入れようとした所で、ウガルルは突然表情を変えた。

 

「んぐ……」

 

「ウガルルちゃん?」

 

 どうやら歯と歯の間に具材が挟まってしまったらしく、ウガルルは口の中で舌をモゴモゴと動かしている。

 しかし取り除くことはできなかったようで、今度は大きく口を開いてそこに片手を向かわせようとしており、葵は苦笑しながらそれを止めた。

 

「女の子なんだからあんまり乱暴に大口開けちゃだめだよ」

 

「アオイ……」

 

 だし汁が僅かに残るだけとなった器をウガルルから受け取ってベンチに置き、葵は鞄から爪楊枝……ではなく、最近持ち歩くようにしている歯間ブラシを取り出す。

 よりしろが頑丈に出来ていることを知っているとは言え、子どもの口内を雑に扱う事などはしない。

 葵による処置に、ウガルルはむず痒そうにしながらも素直に受け入れる。

 

「はい、終わり」

 

「ありがとウ!」

 

「どういたしまして。お腹、もういっぱいかな?」

 

「……じゃあそレ……一つだケ」

 

 葵の問いに、ウガルルはおでんの器の隣に置かれた、唐揚げの入った容器を指差す。

 

「一つだけでいいの?」

 

「アオイのご飯を沢山食いたイ。だから一つだけで良イ」

 

「……フフ」

 

 残っただし汁を飲み干して器をゴミ箱に捨てると、続けて唐揚げを口に含むウガルル。

 それを眺めている葵は、度を超えた歓喜で口角が大きく吊り上がりそうになっているのを抑え、笑ってどうにか誤魔化す。

 

「コンビニのカラアゲっテ、家で食うのとなんか違う感じダ」

 

「機材もあるけど……やっばり食べる状況だね。

 ウガルルちゃんとこうやって一緒に過ごすの、楽しいよ」

 

「……でもやっぱリ……アオイの料理が一番ダ」

 

 唐揚げを飲み込んだウガルルはそんな風に呟き、立ち上がって葵に抱きつく。

 後ろめたさや建前など何もない、心を穿つド直球な言葉に、葵は自らの心拍数が上がるのを感じて、やはり誤魔化すように最後の一つとなった唐揚げを口に放り込んだ。

 ……と、そこで。

 

「なに……してるの……?」

 

「ア、ミカン。どうしたんダ?」

 

「どうしたって……あなた達が遅いから探しに来たのよ?」

 

 ウガルルと葵に掛けられた声の主はミカン。

 耳にした瞬間に葵は思わず唐揚げの容器を握りつぶし、ウガルルはそれを気にした様子もなくミカンに駆け寄って問いを出した。

 二人のやり取りを聞いている間、葵は声を掛けられた時の、ミカンに対して垂直の角度を向いて直立したポーズのまま唐揚げを咀嚼し、そして飲み込む。

 

「……ミ、カン……」

 

 言葉では説明の出来ない、何か凄まじく嫌な予感が葵の全身を震わせる。

 ギギギ……と、錆びついた機械のようなぎこちない動きで葵はその首をミカンの方へと向けた。

 

「……ウガルル、葵と何してたの?」

 

「アオイがおでん買ってくれタ! あと一緒にカラアゲ食べタ!」

 

「……。へぇ……」

 

「……」

 

 ミカンによる小声での呟きを聞いた葵は、酷くいたたまれない気持ちになる。

 昔の葵なら逃げ出していそうな程に重苦しい空気。

 コンビニの前という場所が故に周囲の人々から遠巻きに見られている中、ミカンは突然大粒の涙を流し始めた。

 

「ちょっ……ミカン!?」

 

「んがっ!?」

 

 そんな状況ともなれば流石に硬直などしていられず、葵はミカンのそばに近づく。

 顔を手で覆って荒い息を漏らすミカンに、葵とウガルルはどうするべきか慌ててしまう。

 

「あれ……? あれ? なんで、私……?」

 

「と……とりあえず落ち着いて……ほら、深呼吸」

 

「うん……」

 

 葵はミカンの肩を支え、ウガルルは空いた片手を握る。

 しばらくの後、落ち着いたらしいミカンは口を開く。

 

「……葵が、レモンのかかってない唐揚げ食べてるのを見て……すごく悲しくなって……それで……」

 

「えぇ……」

 

 葵がミカンに対して働いてしまった非礼など、正直なところ例に挙げることすら億劫な回数があるものだが、流石にその方向性で来るとは思っておらず、葵は困惑の声をあげる。

 が。しかしそれでいて、大切な肉親との繋がりなのであろう柑橘に強い思い入れを持つ気持ちも、少し考えれば分かるもの。

 

「……次からは気をつけるよ」

 

「ふぐっ……」

 

「今度、何かお詫びするから……だから泣かないで。ね?」

 

 先程のミカンの言葉にウガルルもショックを受けた様子で沈黙し、葵はどうにかこの場を収めようとそんな提案をした。

 

 ……例の一件以来、町内における葵の立場というものはかなりマズい事になっている。

 傍から見ればその場しのぎの言動にしか見えないソレにより、更に立場が揺らいでいることに葵は気がついていない。

 

 ■

 

 そうして数日後。

 葵はミカンの要望を受けて、二人で出かける事になった。

 の、だが。たどり着いたその場所はいわゆるデートスポットの類ではなく、朽ち果てた建物の並ぶ寂れた土地。

 つまるところ、そこは陽夏木家の旧実家。

 

「……」

 

 シャミ子がまぞくとして覚醒する前にも後にも、ここに葵は複数回訪れているのだが、ミカンと二人きりではこれが初めて。

 ミカンに手を引かれて道筋を辿る内に、葵は目的地が何処にあるのかは理解出来ていたし、彼女がそれを要求したことの意味も察せられるが、心の整理が出来るかと言えばそれはまた別の問題だ。

 

「……ここが、私の家……だった。とっても……広いでしょ?」

 

「……そうだね。大きな工場を見たら……凄く驚いてたと思う」

 

「……ふふっ」

 

 今となっては全てが過去形にしかなりえない会話。

 ぽつりぼつりと言葉を絞り出している間のミカンは悩ましげな表情であったが、葵が反応を返すと口角を上げて微笑む。

 これでようやく、一つの約束を果たせたと言えるのだろう。

 

「……次は何をしようか」

 

「友達を家に招いてすることなんて決まってるでしょう? 一緒に遊ぶのよ」

 

「……うん?」

 

 やや挑発的で、どことなく艶めかしい印象のあるミカンの言葉。

 それは何かを誤魔化しているようであり、葵は首を傾げて疑問の声を上げたのだが、そうこうしている内にミカンは葵から距離をとって魔法少女の姿へと変身を行っていた。

 

「何のつもり?」

 

「ちょっと運動をしましょう。あなたの修行に付き合うわ。ほら、あなたも変身して?」

 

「そんないきなり……」

 

「葵にもっと強くなってほしいのよ。……だから、お願い」

 

 ●

 

『葵の魔力弾って……なんていうか、その……独特よね』

 

『自覚はしてるよ。これでもマシになった方で、昔はもっとひどかった』

 

『威力はかなり高めみたいだけど……多少落としてでも、もう少しスピードが欲しい感じね』

 

『実戦じゃもっと練度下がるだろうし……牽制にすらならなさそうだなぁ……』

 

 ●

 

『……そこまで涼しい顔で対処されると、葵が相手でも流石にプライドに少しくるわね』

 

『ミカンだって全然本気出してる訳じゃないじゃん。

 数もスピードもかなり抑えてるみたいだし、噂の毒矢使われたら触って捌けないしさ』

 

『……そうね』

 

『そもそも、ミカンが得意なのってもっともっと遠距離でしょ? 

 俺、ミカンクラスのロングレンジファイターに不意打ちされたらどうしようもないよ』

 

『なら、威力以外は実戦並みの弾幕……経験してみる?』

 

『お願い』

 

 ●

 

「……これ、本当に落ち着くわね。ウガルルの気持ちも分かるわ」

 

 保有する魔力の殆どを使い尽くすペースで魔力の矢を連射し続けたミカンは、葵からの魔力の譲渡を受けてそんな感想を漏らす。

 千代田桜のサクラメントキャノンによって消し飛ばされた倉庫の残骸。

 サクラの花びらの形が刻まれた外壁の断面に座るミカンは、なかなかに疲労感を溜めている様子であり、変身を解いて靴を脱ぎ、手足を大きく伸ばしていた。

 

「ありがとうね。色々参考になったよ、お疲れ様」

 

「葵はどうかしら? 魔力はともかくとして……」

 

「怪我自体が皆無で、それでいてここまで肉体的に来たのは……優子がまぞくになった少し前以来かな。

 優子が力使うときに助けるのとはまた違う方向性だね」

 

「シャミ子がまぞくになる前……5月位? ……何かあったの?」

 

「ちょっと学校関連でね……」

 

 遠い目をしてそう声を漏らす葵にミカンは若干引き気味だ。

 

 魔力の矢それそのものによるダメージは無くされているとは言え、それを避けるためにはかなり激しい動きを要求される。

 更に言えば、弾数スピード軌道その他諸々を見切るために一番酷使した場所は他でもない“目”。

 天も地も、何処を見渡しても矢で埋め尽くされたその光景によって、現在葵は度々まばたきを繰り返したり鼻根を指で抑えたりする程度に疲れている。

 プラシーボなのか共感覚なのか不明だが、全く関係のない口や鼻にまで柑橘類の味や匂いの錯覚を感じ始めていたところだったので、ミカンが魔力切れを提言してきた時には葵は内心ホッとしていた。

 

「……ね、疲れたのならおやつ食べましょう。良いもの持ってきたのよ」

 

 そう言ってミカンは靴を履いて立ち上がると、無事な木箱の上に乗せた紙袋の中から紙箱を取り出す。

 どうやら菓子折りの類のようであり、更にミカンは中に入っていた物の個包装を解いて葵に差し出した。

 

「うちの塩蜜柑大福。美味しいから食べて?」

 

 そう言われれば断る理由もなく、葵は大福にかぶりつく。

 生の果物が入っているが為に冷凍されていたそれは、葵とミカンが“遊んで”いた内に寒空の下で適度に溶けており、口内に程よい涼感を与える。

 求肥からほのかに漂う塩気は汗をかいた身体に染み、蜜柑の実の中の粒を歯で裂く感触はなかなかに面白い。

 

 合わせて差し出された飲み物は例によってオレンジジュースであるのだが、特に疑問を持つこともなく飲んでいる辺り、葵も“染まって”来ているのだろう。

 

「……それで、何が目的だったのかな」

 

 箱の中の大福を均等に食べ終えた頃、葵はそう呟く。

 隣にいるミカンは大福を食べている間実に楽しそうにしており、食べ慣れているであろうそれに対する満面の笑みは、この“状況”故のものだろうと葵は推察していた。

 

「一緒に遊んで、それで疲れたら()で一緒にお菓子食べて……そういう事がしたかったのよ」

 

「……」

 

「でも、あなたも私も普通に運動したくらいじゃ疲れないから……ならいっそ、ついでにトレーニングをすれば一石二鳥だと思ったの」

 

「……そっか」

 

 家も知らず名前も知らず、そのような状況で頻繁に会って遊ぶことが出来ていたのは運が良かったと言わざるを得ない。

 小さな子どもだったからこそ、その辺りの無茶を気にせずに押し通すことが出来ていたのだろう。

 

「……それ、解除しないの?」

 

 髪を指で弄って照れている様子のミカンは、やや強引に話を逸らすように葵にそう問う。

 ミカンの視線の先、ジュースの缶を持つ葵の両手には戦闘フォームの一部である手甲が未だに装着されていた。

 

「……ああ、すっかり忘れてた。これほんとに違和感無いから」

 

「しっくり来てるのなら良いけれど……でも“ソレ”は着けたままでいいの?」

 

 ミカンは葵の左手の甲の側を指差す。

 そこに取り付けられた平たい円盤状の、柑橘類の断面を模した物体。

 とある一件においてシャミ子と共にミカンから渡され、今なお葵の戦闘フォームに取り付けられているそれは、本人曰く魔力のビーコンと一方的な無線(盗聴器)の機能を持つらしい。

 

「いいんだよ。ここにあるからミカンの事を意識できるんだ」

 

「……葵が言いにくい事を教えてくれるのは嬉しいけれど……葵の心の準備が出来る前に、私だけ一方的に聞いてしまわないかしら」

 

「……俺の方こそ……ミカンに知りたくない事を一方的に聞かせてしまうかもしれない」

 

「ううん、そこはいいのよ。私も……葵の事を支えたいから」

 

「……ありがとう。

 俺に重要なのは、“聞いてるかもしれない”ってことなんだと思う。

 実際に聞いていなかったとしても、これを見れば絶対に帰ってこなきゃいけないって、俺はそう思える」

 

「……うん」

 

 10月のあの時、逃げそうになっていた葵を引き止めたのは他でもないミカン。

 葵がビーコンを右手の指でなぞりながらそれを思い出していると、ミカンは唐突にどことなく打算の見える笑顔になる。

 

「……でも、着ける場所は変えたほうが良いと思うわよ? 

 葵の手を守る為の物なのに、そこに壊したくないものがあったら意味がないわ」

 

「まあ、そうだね」

 

 ミカンのその言葉自体は紛れもなく正論であるのだが、何かの建前であろうことを葵は感づく。

 

「……ビーコンはまた考えるよ。それで……俺の魔力外装をどうしたいのかな」

 

「さっすが、分かってくれるわね〜。……ねえ葵、仮面着けてみない?」

 

 仮面。

 口ぶりからして、いわゆるマスカレイドと呼ばれる催しに使われる様な物なのだろう。

 ミカンの要求する所を葵は察してはいるが、しかし“アレ”はあくまでおもちゃだ。

 

「割と真面目なのよ? 

 葵の力って特殊だから……正体隠さなきゃいけない事とかあるかもだし」

 

「本音は?」

 

「仮面を着けた謎の戦士に助けられるって、憧れるわよね! 

 タキシードとか、あとはピンクのウサミミとか……」

 

「……ウサミミの方は優子と一緒に見てたから知ってるけどさ……タキシードって俺達より一回り以上上の世代じゃないの? 見た事無いんだけど」

 

「ママが熱心に話してたのを思い出したのよ。

 あなたにかっこよくなって欲しいっていう、大好きな人に対するささやかなお願い……聞いてくれないかしら?」

 

「仮面、言うほどかっこいいかなあ……?」

 

「葵に肩出しは似合わないかもって思い始めたから、色々試行錯誤してみたいわ」

 

「試行錯誤……()()()()、ね。……似合わなかったらナシだよ」

 

 結局のところ、まぞくでも魔法少女でもない葵が戦闘フォームを作るためには他人のアドバイスが必須だ。

 『本人の心象を武装化する』という理屈も葵にとってはピンとこず、着せ替え人形扱いされることは避けられない運命なのだろう。

 

 と、葵が己の将来を憂いている中、ミカンはまた別の考え事をしているようで、下唇に指を当てる仕草をしていた。

 

「ウサミミで思い出したのだけれど……あのテーマパーク、ここからだいぶ近いわよね?」

 

「うん? ……あぁ、あそこか。

 まあ多魔市内だし、行こうと思えばすぐ行けるね。……興味あるの?」

 

「うーん。全く無いって言ったらウソになるわね」

 

「昔にご両親と一緒に行ったりは?」

 

「……どうなのかしら? 

 私みたいな女の子が居て、それでここに住んでたなら行っていてもおかしく無さそうだけれど……どう思う?」

 

「いや俺に聞かれても……」

 

 何故か記憶に自身のなさそうなミカンに困惑する葵。

 ミカンに対して問いを出した葵自身、()()()()()たまさくらちゃんが好きな身としては、“多魔市内のテーマパーク”に興味がない訳でもない。

 

「……今すぐは無理かもしれないけど、色々と落ち着いたら行ってみる?」

 

「……そうだね。落ち着いたら……ね」

 

「まあ、葵と一緒ならどこでもいいのよ。

 今日みたいに町の中だけでもとっても楽しいもの。

 私の誕生日の時だって、軽く出歩いて、家で皆と徹夜でゲームをして……。

 あの辺りは色々有って忙しかったから……そういう事が、凄く嬉しかった」

 

「……本当に、色々有ったね」

 

 改めて、現在はかなり気温の低い真冬。

 ミカンの誕生日は既に過ぎ去っており、10月末から始まった怒涛の“進歩”の中、誕生日会という日常は葵にとっても一種の癒やしになっていた。

 だが、その誕生日会に葵は少々引っかかりが有ったりする。

 

「それにね、私がお願いした葵からのプレゼントだってとっても気に入ってるのよ?」

 

「……プレゼントって、本当にあれで良かったの? もっとこう……服とかさ」

 

「あなたがシャミ子にすっごい重い物送ったみたいに、私だってそういう事考えたりするわ」

 

 ミカンの指摘で痛い所を突かれた葵は沈黙する。

 

 葵がミカンからの事前の要望で選び、送ったプレゼントとは手作りのぬいぐるみ。

 シャミ子、桃、そして葵のそれぞれを模したそれは、ウガルルの鋭い爪が当たることを考えてそれなりにお高く頑丈な素材を使っており、コスト自体は結構にかかっては居るのだが……。

 

「アレ、あなたが二人をどんな風に見てるのか何となく分かって面白いわよ〜」

 

「……みんなの前であれ渡すの死ぬ程恥ずかしかったんだけど」

 

「葵のあの反応含めてとっても良いプレゼントだったわ!」

 

「〜〜!?」

 

 諸事情により桃は同席していなかったものの、モデルとなった当人の目の前でぬいぐるみを渡すなど、妙な勘ぐりをされることは請け合い。

 ましてや自分を模したモノを送るなどという行為をすれば、ナルシストの類だと思われても仕方がないだろう。

 

 葵がその時のことを思い出して盛大に赤面している中、実に“イイ笑顔”をしていたミカンだったのだが、急にしおらしい表情になる。

 

「……私が好きなのは今ここにいる葵。

 だけどね、やっぱり昔の葵を思い出したくなる時もあるの」

 

「っ……」

 

 葵を模したぬいぐるみは少々趣が異なり、頭髪部分のパーツを一部取り外す事で短髪仕様にすることが出来たり、内部に埋め込んだ磁石によって仮面のパーツを取り付けることが出来る。

 ミカンの要望にそれが入っていることを知った時の、葵の感情は実に複雑なもの。

 

「だからそういう時は……あれを眺めたり、抱きしめたりしてる。

 みんなの前で葵に昔の格好をしてほしいとか、そういう事は言えない。

 それに……葵にその大切な髪を切ってほしいなんて、そんな事言えるわけないもの」

 

 拳を強く握りしめてそう漏らすミカン。

 それを見て葵は思わず目を逸してしまい、倉庫跡の抉られた地面に視線を移す。

 考え事を纏めるためとは言え、咄嗟にこうしてしまう辺りがまだ逃げ癖が抜けきっていない証なのだろう。

 

「……俺が、もう少し早く立ち直っていれば……せめて、ミカンの寂しい思いを少しでも和らげられたのかも」

 

 小倉しおんの独断行動を発端とした、とある一件を思い出して葵は悔やむ。

 あの時見た“それ”により、“過ぎ去った過去”は、“あり得たかもしれない未来”へと、葵の中での認識を変えていた。

 

「……ああ。俺、前にあんなカッコつけたこと言ったのに……」

 

「葵」

 

「……!」

 

「それでいいのよ。さっき言ったでしょ? 私が好きなのは今ここにいる葵なの。

 シャミ子や桃のために必死になってるあなたを見て、私は葵を好きになった。

 ……たまにこうして、昔のお話が出来れば良い。ぬいぐるみも同じ」

 

 立ち尽くしていた葵に、ミカンは背中から抱きついてそう言う。

 その声は僅かに震え、湿っていた。

 しばらくその状態は続き、どのくらいの時間が経ったのか分からなくなりかけた頃にミカンは葵から離れる。

 

「……ね、さっき言った遊園地、みんなで行きましょう。

 二人だけで過ごすのは楽しいけれど……ちょっと湿っぽくなりすぎちゃうわ。

 楽しいことはみんな一緒にしたいの」

 

「……そう、だね。皆の……桃の心配事を解決してから行こう。じゃないと楽しめないかもしれない」

 

「ふふ。……そうだわ、あなたの受験勉強の息抜きに行くのはどうかしら?」

 

「あー……そうだよねえ。俺、もう少ししたら受験生……っていうか、高校の時より時間の余裕ないし、遅いくらいかなぁ……」

 

「もしも落ちちゃったなら、ウチの工場継いでみる? 

 そっちはそっちで許可とか、色々勉強することはあるけれど……葵は料理上手だしね」

 

「……それは、楽しそうだね」

 

「それか、独立とかも良いわね。ここの工場建て直して……ね」

 

 葵に背を向け、ミカンは目の辺りを手でこすりながら、そんな想望を披露する。

 将来の夢と呼べるようなものは、葵はまだ見つけていない。

 “立派な人間”に成るとは決めたが、そのために具体的に何をするべきかも考える必要がある。

 だがしかし、未だ目の前の目標も多い。

 

「何にせよ、ミカンのご両親に挨拶しないとね」

 

「少し、遅れちゃいそうね……遠いから、下手にこの町を離れられないし。

 もしかしたら、ママとパパの方から来るかもしれないけど」

 

 町にとっての、まぞくにとっての……そして桃にとっての大いなる脅威。

 ようやく判明した“ソレ”をどうにかしなければ、例のテーマパークを含めた多魔市全域が危うい。

 

「皆に……ミカンに心配をかけないように、俺は強くなるよ」

 

「私だって。まだまだ全然足りてないって分かったから」

 

「うん。それで必ずミカンの家に行こう」

 

「……私の家、すごいのよ。ここよりも広くて、もっと立派な工場があるの。

 絶対に、びっくりさせてあげるんだから」

 

 新たに出来た“約束”であり、“目標”。

 それが“夢”になるかどうかは……これから決まっていくのだろう。

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