まちカド木属性   作:ミクマ

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こんなにも沢山有るなんて

『そんなつれない口調じゃなくていいよぉ……。

 私、魔術とか研究してるんだけど、貴方にも興味あるんだぁ』

 

 その台詞を聞いた時、どう感じたのだったか。

 恐怖に通づる感情は確かに有った。

 だが……同時に浮かんだ困惑は、果たして何に対するものなのか。

 

『安心して、貴方に危ないことはしないからぁ……』

 

 そして何より。

 あの心の底から湧き上がった懐かしさと、──は……? 

 

 ■

 

「……うん、問題ないみたいだねぇ」

 

 せいいき桜ヶ丘、町内の図書館。

 その施設内の一角に設置された椅子に座る……少なくとも、見た目は高校生ほどの少女の姿をした人物。

 満足そうな声を漏らす彼女の視線の先には、対面して座りながらとある事を行う男児がいる。

 

グシオンさんの教え方、とっても分かりやすいですから」

 

 この小柄な体格の男児、喬木葵。

 彼は魔力操作に関する技術を修める事を目的としてグシオンと呼んだ人物に師事しており、それなりに時間こそ経てはいるものの、順調にその力を物にし始めていた。

 

「おねーさんはいろいろ知ってるんだよぉ。

 どう教えれば葵くんが伸びてくれるか、とかもねぇ」

 

「はい。これからもよろしくお願いします」

 

 破顔する葵。

 それに釣られてグシオンも……おそらく、笑う。

 グシオンはホッケーマスクのようなものを顔に取り付けており、その表情を正確に窺い知る事は出来ないが、ダウナー系の見た目に対して感情の起伏は割と豊かな方だ。

 

「とりあえずこっちは順調だとしてぇ……葵くん、この前おすすめした本はどう?」

 

グシオンさんが選んでくれた本はどれも分かりやすくて、面白いですよ」

 

「……うふふ。それで、実際に動いてみてどうかなぁ……」

 

「強くなれたかは分からないけど……なんとなく、動きやすい気がします」

 

「それは良かったぁ……」

 

 『この前おすすめした本』というのは、とある武道に関連する書物。

 強さを求め、葵が現在進行形で行っている事の一つは先程のとおり、グシオンに指導を受けること。

 

 “力”に関することはそれで良いとして、問題は体術。

 小学校における体育の成績こそ良いのだが、実戦的な身のこなしともなると話は変わってくる。

 それをグシオンに相談した結果、彼女から渡されたのがそういった教本の類。

 何故グシオンから直接教えを受けないのかと言うと、それは──。

 

「直接教えられなくてちょ〜っと不安だったけど、心配なさそうだねぇ。

 私、見ての通りインドアだからぁ。

 人に何が向いているのか()()事は出来るけどぉ……身体動かすのはちょっと……」

 

「こうやって時間を取って貰えるだけで、とってもありがたいです」

 

「私も葵くんの力には興味あるからぁ、実入りの良い時間だよぉ」

 

 笑い合うグシオンと葵。

 有り体に言えば、公共の施設である図書館の中で行う会話と行為では無いのだが、葵はそれに違和感を覚えなくなってきていた。

 グシオンによって机の上に勝手に広げられた、多数の本と何かの機材を自然に受け入れている辺り、葵も順調に染まってきていると言える。

 

「……あの、グシオンさん。次は……いつ頃帰れますか?」

 

 不意に笑顔が途切れ、葵はやや暗い顔でそう問う。

 ばんだ荘に住んでいたグシオンは、ここしばらくの間図書館に勝手に住み着いているようであり、親しくなった隣人と会える機会が減れば心配は消えない。

 

「んー……まだしばらく無理そうかなぁ。

 ……あの部屋はちょっと狭めだから、出来ないこととかあるしぃ……」

 

「……グシオンさん、よかったら……僕の家使いませんか? 

 地下室の本棚はまだ空きありますし、僕はよく分からないですけど……実験に使えるスペースも作れるはずです」

 

 言い淀む様子のグシオンの真意に気付く事なく葵がそんな提案をすると、グシオンは目を丸くする。

 

「……ありがとうねぇ。葵くんの邪魔するのも悪いし、気持ちだけ受け取っておくよ」

 

「そう、ですか。……いつもお世話になってるので、何かお礼をしたいです」

 

「なら今度帰った時、ご飯ご馳走してほしいなぁ。

 清子さんに色々教わって、かなりの腕になってるみたいだねぇ」

 

「……! はいっ!」

 

 グシオンの提案を耳にした葵は顔を上げ、笑みを浮かべてそう返事をした。

 

「……さ、葵くん。あんまり遅いと優子ちゃん達に心配掛けちゃうから、その本戻してそろそろ帰ったほうが良いんじゃないかなぁ」

 

「はい。……面白いので、ちょっと残念ですけど」

 

「ずっと借りすぎるのは流石にちょっとまずいからねぇ」

 

「今度また、何かおすすめしてください。グシオンさん」

 

「あ、それなんだけどねぇ。私しばらくここにも居なくなるんだぁ。

 葵くんの家にお邪魔する時、一緒に本を持ってくるからぁ……少し待っててねぇ。

 ……後ねぇ、次は葵くんにお友達紹介しようと思うの」

 

「お友達……ですか?」

 

「うん。とっても良い子でね、きっとすぐ仲良くなれると思うよぉ」

 

「……楽しみにしてますね」

 

 そうして葵とグシオンの会話は終わる。

 葵は本の返却の手続きを済ませると、グシオンに頭を下げて図書館を出ていった。

 

「……その感情が何なのか分かってなくても、恋に燃える子は頑張れるものなんだねぇ」

 

 葵が居なくなって少しした頃にグシオンはそう呟き、そしてその視線を鋭く変える。

 

「……諸々合わせてとりあえず、これで葵くんの安全は確保できたかな。

 葵くん、色々手を出しすぎてるせいで時間なくて、学校じゃ微妙にぼっち気味みたいだし……早い所ちゃんに会わせてあげたいけど、大分後になりそうかもぉ……。

 ちゃんのあの様子からして……かなり激ヤバな予感がするなぁ」

 

 続けて、グシオンは何かについての考えをブツブツと声に出しながら纏めている様子だったが、ふとした拍子に笑顔を綻ばせた。

 

「……葵くんの力も、喜んでもらえそうな本も、料理も……何より優子ちゃんに向けるあの心も。

 興味を惹かれる未知がこんなにも沢山有るなんて……私は幸運なまぞくだなぁ」

 

 ■

 

「やっぱり、頭を使った後には甘いものだよねぇ」

 

 某日、喬木家の居間にて。

 テーブルの前に座って団子を頬張り、飲み込んだ小倉しおんは愉快そうにそう言う。

 

 一応の同意の元、宅内の一角を占領して何かしらの実験を行っていたしおんの助手をしていた葵。

 その途中、手伝える事は無くなったと言う宣告と、甘味を摂取したいというしおんからの要望によって葵が作ったものがこの三色団子……に、近いもの。

 きな粉やみたらしのような、つけたりかけたりする物ではなく、生地の時点で混ぜ込むタイプにしたのにはちょっとした理由がある。

 

「万一にも本とか機材が汚れるの嫌そうだからそれにしたけど、気に入ってもらえて何より」

 

「へぇ……そんな理由なんだぁ。

 研究者として細心の注意は払ってるし、そこまで気にしなくても良いんだけどねぇ。

 前にあすらで頼んだパフェとかでも良いんだよぉ」

 

「……アレ、見た目整えないといけないから割と苦手なんだよなぁ」

 

 普段の料理も、今の団子も決して見栄えを捨てているという訳ではない。

 ただ、パフェというモノの性質上、より気を使わざるを得ない所がどうしてもある。

 

「……後、何ていうか……小倉さんに団子が似合いそうな感じが……」

 

「へ……?」

 

「ああ、何でも無い。なんか変な電波受信しただけ」

 

 妙な事を口走った葵は呆けたしおんの反応を見て、片手を振りながら誤魔化そうとするも、それが有効な筈もなく。

 

「適当に話切られて納得する人間が何処にいるのかなぁ……」

 

「……いや、本当に根拠も何もないんだけど……なんとなく、縁側でお団子食べてお茶飲んでる光景が浮かんだっていうか。……忘れて」

 

「なぁにそれぇ……」

 

 指で顎を撫で、何かのつかえが取れずにいるような表情で語った葵を、しおんは怪訝な目で見つめる。

 

「……せんぱいの口調からして、おばあちゃんに向けてとかそう言う感じに聞こえるんだけどぉ。

 せんぱいには私がそう見えてるのかなぁ?」

 

「気に障ったのなら謝るよ。ごめん」

 

「……別に、気にしてないけどぉ……」

 

 頭を下げつつ、年頃の少女に対して流石に不躾だったかと、そう思考する葵。

 少しの後、自らに注ぐ照明の光が遮られたことで顔を上げようとし……そして肩を掴まれる。

 正面を向いた葵の視界に入ってきたものは、揺らぐ視線のしおんの顔。

 

「……小倉さん?」

 

「……ねぇ、せんぱい。勘付いてるんでしょ? ……私が、見た目通りじゃないって」

 

「……」

 

 しおんとは半年に満たない程度の付き合い……の、はずではあるとはいえ、相応には察せられる。

 “上”なのか、それとも“下”なのかはわからないが……彼女が、()()とは違うということに。

 

「……何か裏があっても、小倉さんは優子たちの友人。その認識に間違いがあるかな」

 

「じゃあ、せんぱいにとって私は何?」

 

「……俺も、友人だと思ってるよ。

 小倉さんに実験対象として扱われても、それを害意と感じない位には気を許してるつもり」

 

 これは本心。

 初対面でこそ恐怖心を感じたものの、しおんの純粋なる好奇心には忌避感を覚えなくなってきている。

 

「実験対象……なら、モルモットに対する愛着ぐらいはいいよね? 

 私だけが、自分で積み上げて来た研究をグチャグチャに崩す権利を持ってる」

 

「……それで、小倉さんの気が晴れるのなら」

 

 葵の返答にしおんは目を見開いたかと思えばすぐにうつむき、葵の肩を更に強く握ろうとした。

 しかし元より控えめな力が強まっても、その手が、腕が。……体が震えるだけに留まる。

 

「気が……晴れる……わけ……」

 

「……」

 

「……シャミ子ちゃん達へのせんぱいの態度を見ると、楽しくなる。

 せんぱいに冷たくあしらわれると悲しくなる。

 せんぱいが、素直な態度を取ってくれると……」

 

 言葉は最後まで発されなかった。

 しおんは葵の肩から手を下ろしながら、詰め寄っていた体勢を解いて座った。

 

「前にはこんな事なかった。なに、これ。

 せんぱいと、シャミ子ちゃん達の関係を見てて影響を受けただけ? 

 それとも別の何かがあるの? 分からないよぉ……」

 

「……分からないことを調べたがるのが、小倉さんじゃないの?」

 

「……やだ。やだぁ……」

 

 明確な拒絶の言葉。

 普段の彼女からは想像できない、まるで駄々をこねる子供のようなそれと共にしおんは我が身を抱きしめる。

 

「世界の全てを知りたいって思ってたのに、これは知りたくない。

 ……知ったら、私の中の何かが壊れる。私が、私でいられなくなる。

 そんな、()()()()。怖い……」

 

「……小倉さんが何に怯えてるのか、俺には分からない。

 だけど、支える事は出来ると思う。

 頼りないかもしれないけど…………俺じゃあ、ダメかな」

 

「……」

 

 葵の言葉を聞いて、しおんはゆっくりと顔を上げる。

 しかしその表情は暗いまま変わらない。

 

「本当に、支えてくれるの? 何が有っても、私がどうなったとしても。

 ……シャミ子ちゃん達よりも、優先して?」

 

「……っ」

 

「……やっぱり、そうなるよね」

 

「俺は……」

 

「いっそ、思いっきり突き放してくれたら良かったのに。

 ……また独りになれば、不確定要素が減れば……安心できるかも──」

 

「小倉さん」

 

 落胆するしおんの様子に言葉を詰まらせていた葵だったが、うわ言のように漏らされた内の一つの単語を耳にすると、今度は自分からしおんに詰め寄り片手を握った。

 突然の行動に放心した様子のしおんを見つめて、葵はゆっくりと口を開く。

 

「……それは、ダメだ」

 

「せん、ぱい……?」

 

「自分から、独りになろうとするなんて……そんなのはダメだよ」

 

「……先が見えないと、計算が出来ないと……分からないことがあると不安。

 だから私は……本を、知識を、智慧を、先の読める時間(余裕)を求めてる。

 ……なのに……! せんぱいの近くに居ると知りたく無い事が出てくる。

 どうすればいいのか、自分が分からなくなるのぉ……」

 

 気を荒げつつも、しおんは静かに悲鳴の如き声を上げる。

 片手で目を覆いながらも、葵に握られたもう片方の手を離さないしおんにとって、その言葉は己のアイデンティティを自ら脅かす事への恐怖心を絞り出したものなのだろう。

 

「……小倉さんはさっき、不確定要素って言ったよね。

 俺は、確定した要素に……信頼して計算に含められる“数字”になれない? 

 小倉さんが知りたくない事を知らないままで居ても、安心してもらえるようになりたいんだ」

 

「……なれるよ。せんぱいが私を安心させてくれるようになるって、推測できる」

 

「なら、俺がもっと早くそうなれるように……小倉さんに手伝って欲しい。

 実験台でも何でも、小倉さんに協力するから」

 

「……」

 

 しおんは片手で目をぐしぐしと擦り、沈黙しながらも頷いた。

 

「……ごめんね、せんぱい」

 

「ううん。元はといえば俺が小倉さんを不安にさせたせいだから」

 

「……もう、大丈夫だよぉ」

 

 そんな、いつもの間延びした口調での言葉とともにしおんは葵から手を離す。

 やや強めの、引き離すようなその動作に対して葵は不安を覚えながらも……それ以上の事は思い浮かばずに、実験用の機材をカチャカチャと鳴らしながら片付け始めるしおんを眺めることしか出来なかった。

 

「……でも、その時せんぱいの近くに居る私は……本当に私なの?」

 

 ──知識も、知恵も、経験も……そして記憶も。

 結局、彼女を説き伏せる為の材料は現状何一つ足りていない。

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