まちカド木属性   作:ミクマ

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私がわたしで在るために

『葵くん。しおんちゃんをよろしくね……。

 私が言うのも変だけど……ちょっと勘違いされやすいだけで、悪い子じゃないから』

 

『……そっか、良かった。“私”はあの子の人格を尊重してる。

 ずっと小倉しおんとして過ごしてたんだから、それはもう全く別の存在だと思うの。

 ……そうでしょ? 葵くん』

 

『うん。葵くん達が、しおんちゃんがどういう子なのかもっと知って、しっかり覚えていてくれればとっても嬉しい。

 ……そのためなら、過去の存在になった私のことは……』

 

『……ふふ、ありがとう。なら……優等生の葵くんに、一つヒントをあげる。

 ばんだ荘の201号室、そこに──』

 

 ■

 

 葵が失敗しようとも否応無しに時は進み、己が関与できぬ所においても誰も彼も経験と記憶は積み重なって行く。

 それが苦いものであろうとも、伴う変化は皆一様に避けられぬものであり、中でも小倉しおんに起こった事は一際特異で、ユニークなものだろう。

 ソレが“取り戻したもの”なのか、それとも“新たに得たもの”なのかは当人の認識次第だが……少なくとも現在、しおんはそれを受け入れ平静を保っている。

 

「──それで、これがプレゼントね」

 

 この日、小倉しおんから伝えられた誕生日において、意図して作り出した二人きりの状況。

 ラッピングされた小箱を葵に差し出され、しおんは無言でそれを見つめ、そして受け取る。

 

「……開けてもいい?」

 

「もちろん」

 

 葵に頷かれるとしおんは丁寧にラッピングを剥がし、包まれていた紙箱を開ける。

 中から出てきたものは、紫苑の花を模した柄の刺繍がなされた白い革製の──

 

「……メガネケース?」

 

「うん、スペアのメガネでも入れてほしいな。それか、ペンケースにでも……」

 

「せんぱい、ほんとに心配性だよねぇ。

 複雑なモノじゃないんだから、使い道くらい幾らでも思いつくのにぃ」

 

「ぁー……」

 

 しおんの指摘によって図星を突かれ、葵は頬を掻きながら声にならない声を出した。

 そんな反応にしおんは満足げな様子を見せ、そしてその表情を変えぬままケースを観察し始める。

 

「手作り……じゃ、無いみたいだけど……レザーかぁ。

 レザーって、悪い物だと夏は蒸れたり、滑ったり、ひび割れとかあるけどぉ……その辺りはどうなのかなぁ?」

 

「オーダーメイドなんだけどね、その辺の評判は良いみたいだよ。

 後ね、生物由来の素材なら……質を維持する術式とか仕込めないかな。

 教えてくれたらやってみるけど」

 

「……やっぱりせんぱいって、心配性の癖に抜けてもいるよねぇ。

 無いって言ったらどうするつもりなのぉ?」

 

「……無いの?」

 

「……多少調整必要だと思うから、後でお願いするねぇ」

 

 呆れたような態度で発せられたしおんの言葉に、葵は安堵した様子。

 その後もしおんはケースの観察を続けていたが、唐突にニヤニヤした表情となる。

 

「ところで……せんばいはコレに、どぉんな考えを込めてるのか気になるなぁ」

 

「……ハハ」

 

 しおんから出された問いに葵は苦笑いをしながらも、それには当然不快感の類いは含まれていない。

 僅かな間の後、葵は深呼吸をすると改めてしおんを見つめる。

 

「……昔ね、俺はある人にメガネケースを送ったんだ。

 今渡したソレより……まあ、普通のモノだけど……その人は喜んでくれた……と、思う」

 

 揺らぐ記憶の中の、更に主観であるそれについては曖昧な事しか語れない。

 目を閉じながら葵の語りを聞いているしおんの脳裏に浮かぶのは、はたしてどの様な記憶か。

 

「……それでぇ? せんぱいは、カブりとかかなり気にしてそうだけどぉ……」

 

「……これは俺にとってのケジメで……そして、自己満足だよ。

 ()()()()なら、プレゼントが被っても何ら問題は無いだろうっていう……自己肯定」

 

「……」

 

「君は……誰かな。名前を聞かせてほしいな」

 

 簡潔な問いを、葵は口にした。

 ただ、気取った台詞を吐き出すその語気は弱く、緊張から思わず握り拳と化した手は震えている。

 そんな葵を見てしおんはクスッと笑う。

 

「……私は小倉しおんだよぉ。変なことを聞くんだねぇ、せんぱい」

 

「……うん。今ここに居る君は、紛れもなく小倉しおんだ。それ以外の誰でもない」

 

 微笑みながらのしおんの返答を聞くと、葵は肩の荷を降ろしてそう言う。

 

「……ねぇ、せんぱい。私の座右の銘、知ってる?」

 

「……いいや」

 

「『幸運は用意された心にのみ宿る』、これが私の座右の銘。

 ……“私”が生まれた瞬間に、それが出来ていたと思う?」

 

「……」

 

 彼女の“出生”について一応の情報を葵は得ていたが、小倉しおんが何を思ってその後の時を実際に過ごしていたのか。

 それは察するに余りある。

 

「私は……町の秘密が知りたくて、それに一番近いと思ったシャミ子ちゃんや桃ちゃんに近づく為に、推測と用意を重ねた。

 私に降って来た“幸運”は……今ここに存在出来ていることなのかな」

 

「運に左右されている部分も有るかもしれない。

 だけど、大部分は君の努力で築かれた物だと思う」

 

「……それなら、私にとっての幸運は……」

 

 その声は途切れ、葵は続く言葉をゆっくりと待つ。

 

「……せんぱい、いじわるな質問してもいい?」

 

「何かな」

 

「私の誕生日はいつだと思う?」

 

「“今日”だよね? 君から()()()()()、今日こそが誕生日」

 

「……なら、もう一つ。私は何歳だと思う?」

 

「16歳でしょ? 今日そうなったばかり」

 

「そう言う事聞いてるんじゃないって、分かってるくせにぃ……」

 

「女性の歳を当てるなって教えられてるからね」

 

「つまんないなぁ……」

 

 不満の声を上げ、口を尖らせるしおん。

 しかし、ふとした拍子にその表情は愉悦に歪む。

 

「……せんぱいが追求の権利を放棄したってことは、私がどんな主張をしても否定する権利も無いよねぇ?」

 

「んん……? なんかいきなり話飛んでない?」

 

「そんな事無いよぉ。

 例えばぁ……せんぱいに対して、私がずっと年上のおねーさんぶる事も出来る。

 逆にぃ、良ちゃんよりも年下らしい振る舞いをしたとしても、せんぱいは受け入れるしか無いんだよぉ」

 

「……それで、楽しめるのなら構わないよ」

 

「う〜ん……楽しめるとは思うけどぉ……」

 

 葵から了承は得たものの、しおんは顎に手を当てて思考している様子。

 

「……やっぱり、私にとっての一番の幸運は……この立場でいられる事だと思うなぁ。

 私がどんな風に接したとしても、せんぱいは受け入れてくれる。

 “私”じゃなかったら、絶対にこの立場にはなれなかった」

 

「……」

 

「“私”がせんぱいと初めて会話を交わしたのは七月のあの日。

 観察をしていたことはあっても、実際に親しくなったのはそれがきっかけ。

 それ以前のせんぱいがどう過ごしていたのかは……まだまだ知らないことばかり。

 ……それは知らなくても、怖くない」

 

 胸に片手を当てながらしおんはそんな想いを吐露した。

 彼女の悩みについては既に解決は付いているが、個人的には深い干渉を出来たとは思えておらず、そこに葵は少々の後悔が有る。

 

「……せんぱい」

 

「……!」

 

「せんぱいは、私の支えになってくれてるよ。

 せんぱいが私のことを覚えていてくれれば、私は“私”を見失わない。

 もう、絶対に忘れないでね。……ミカンちゃんのことも、ね」

 

「あー……そうなるん、だよねぇ……」

 

「色々情報手に入ったから、ようやく推理できたよぉ」

 

 案じる様子から一転、からかう為の物となったしおんの声。

 それを聞いて唸り、腕を組もうとした葵だったが、その動きはしおんによって止められた。

 片手を握り、しおんは上目遣いで葵を見つめる。

 

「さっき、どんな風に接したとしても受け入れてくれるって言ったの……せんぱいは否定しなかったよね」

 

「そうしたいのなら、ね」

 

「でも、しばらくは変えない事にするよぉ。

 “私”が、小倉しおん(わたし)で在るために。

 ……これからも、こう呼ばせてもらうねぇ。……()()()()

 

「大歓迎だよ。……()()()

 

 葵に言葉を返され、名前を呼ばれるとしおんは僅かに視線の揺らいでいた瞼を閉じる。

 

「……せんぱいが私のことを肯定してくれると、とっても嬉しい。

 この気持ちが何なのか……知るのはもう怖くない。

 だから知るために、せんぱいに協力して欲しい」

 

「何でも聞くよ」

 

「……せんぱいの事を、何もかも知りたい。

 知らなくても怖くないとは言ったけど、知りたくないって事じゃない。

 ……もし叶うなら、私しか知らないせんぱいの何かが……欲しい」

 

 言葉が進むたびにしおんの声はか細くなって行ったが、その最後の単語だけはハッキリとしていた。

 宣言するようなそれを終えると、しおんは葵の胸に顔を埋める。

 

「これは私にとって初めての記憶。……だけど、先は越されちゃったなぁ……」

 

「……しおんの大切な物は、これから沢山見つけられる。

 だから、絶対にしおんを独りになんてしないし、させない」

 

「……うん」

 

 何者かに対するものと、小倉しおんに対するもの。

 葵自身、その二つの感情を切り分け、整理する必要が有る。

 

 そんな想いを浮かべながら、葵は胸の中にあるしおんの頭を撫で始めた。

 

「……ねぇ、せんぱい。早速だけど……これから思い出作りに行こうよぉ」

 

 長いとも短いとも分からぬ時間の後、しおんは顔を上げて提案を出す。

 

「何処に行きたいの?」

 

「少し一緒にお花買いに行くだけだよぉ。

 ……ていうか、今日のプレゼントにちょっと期待してたんだけどなぁ……」

 

「あー……燕尾服着て花束とか渡せば良いのかな」

 

 やや不機嫌そうなしおんのボヤキを聞き、葵は咄嗟にそんな事を口走る。

 それを聞いてしおんは思考を初め……そして鼻で笑う。

 

「……桃ちゃんならともかく、せんぱいにはそう言うの似合わないと思うよぉ。

 服に着られてる感じになりそぉ……」

 

「ぐ……的確に抉ってくるなぁ」

 

「……ふふ。これで前に鼻で笑われた仕返しは出来たかなぁ……」

 

 顔を引きつらせる葵を見てしおんは笑みを漏らした。

 

「……それに、買って欲しいのは花束って感じの花じゃないんだよねぇ」

 

「……まあいいか。どんな花?」

 

「ちょっと調べれば出てくるよぉ。えっとねぇ──」

 

 町の為の大きな目的も、しおんの思い出作りも、葵のケジメも。

 いずれも直ぐには果たせず、長い目で見る必要が有る。

 ……それを今後続けていくのだから、今この瞬間だけは──

 

(……幸運、か)

 

 ──彼女を肯定し、そして己と引き合わせる要因となった、あのまぞくに感謝することにしよう。




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