まちカド木属性 作:ミクマ
「……あの辺りでいいかな」
「ん。わかった」
言葉と視線によって一点を示した桃に、葵は小さな動きで肯定の返答を表す。
配膳用のトレーによって各々の両手を塞がれている二人がいるこの場所は、ショッピングセンターマルマのフードコートだ。
4人掛けのテーブルにトレーと、空いたイスに荷物をそれぞれ置き、向かい合って座った二人。
早速、その購入した商品であるうどんへと箸をつけ始めた。
「……ちょっと意外だったかも」
「うん? 何が?」
「葵のことだから、かき揚げ取るかと思ってた。玉ねぎ入ってるから」
葵のうどんの横にある、サイドメニューのための皿にはいくつかの天ぷらが乗っているが、そこには桃の言う通りかき揚げは乗っていない。
そんな指摘に対して葵は目を丸くし、わずかに考える素振りを見せた後に口を開く。
「うーん……もっと多く使われてないと俺の好みじゃないかな、アレ」
「……そう、なんだ」
葵が答えを返すと、桃はやや顔を俯かせて呟いた。
そんな様子を見て
「……そう思ったけど、ちょっと食べたくなってきたかな。
俺の……このかしわ天と交換しない?」
「……! うん」
桃は驚きの感情とともに笑顔を綻ばせ、やや慌てたようにかき揚げに箸を伸ばし、そして葵に向かって差し出した。
「……あ、あーん」
恥じらいの声と、表情。
そんな桃の様子を見て一瞬葵は硬直するも、それ以上の恥をかかせるまいと思い切って食らいついた。
「……どう?」
「……たまには、いいかもね」
そうして、うどんのもの以上に熱が身体の中に籠もるかのような食事は進む。
■
「……聞いても、良いかな」
食べ終えた二人は食器を返却し、別の店舗で適当なドリンクを購入して再び同じ席に座る二人。
そんな折、どうしても気になることがあった葵が問うための許しを請うと、桃は静かに頷く。
「あの店で何か……あったの?」
マルマを訪れての買い物の途中に、昼食にちょうどよい時間となった際、『何を食べるか』を提案したのは桃である。
そして、その際の桃の表情がどうにも意味深なものであり、葵の心に引っかかっていた。
「……シャミ子がまぞくになったばかりの頃に、ここに一緒に来たって話……聞いてる?」
「……そういえば、そんな事言ってたかな」
桃の言うその頃、シャミ子が『せっかく増えたおこづかいか一瞬で消し飛びました!』と憤慨していたことを葵は思い返す。
「あの時に食べたうどんは……とっても久しぶりに、美味しいって思えたものだった」
「……うん」
まぶたを閉じ、実に楽しそうに回想する桃を見ている葵だが、その彼の心境は真逆のもの。
打ち明けられた桃の過去、惨憺たる記憶。
それを知った葵は、出会ったばかりの頃の桃の食生活に納得が行っていた。
何もかもが乱雑になってしまうほどの経験に……納得が行ってしまっていたのだ。
「だけど、あの時葵はここに居なかったから。
だから……一度くらい、一緒に来たかったんだ」
「……そっか」
葵は微笑みを返すも、あまり穏やかでない内心は変わらない。
己が、桃の引き裂かれた日常を埋め合わる事が出来ているのかと、そういった不安がある。
「……人と、一緒にごはんを食べてると色々思い出せる。
昔は……それが苦しかったけど、今はもう大丈夫」
「……」
「シャミ子達と来た時に、私と杏里は隣に座ったんだけど……私が右側で、杏里が左側だったんだ」
申し訳なさそうにしながら語る桃。
そんな状態になっている理由を葵は探り、落ち着かない様子の桃の左手を見て察する。
「……利き腕?」
「そう」
左利きの者が右側、右利きの者が左側に座れば、お互いに腕が干渉してしまう。
それを桃は言いたいらしい。
「昔は、お姉ちゃんが自然に気遣ってくれてた。
だけど……そういう事を私はずっと忘れてた。
……長い間、人とそうする事がなかったから。
気づいた時に杏里に謝ったんだけど、杏里はその時に思い出したみたいだったんだ」
桃の中では、ずっと使う事のなかったがためにそれが“必要の無い情報”として、奥底に沈んでしまっていたのだろう。
「……本当に、私の周りは良い人ばかり。
シャミ子も……葵も……私はもう誰も、何も喪いたくない」
「桃……」
「だから……葵はもっと自信持ってほしい。
今、こうしてる事が私の幸せだから。不安になんて思わないで」
そう言って、桃はテーブルの上でカップを持つ葵の手を上から自身の手で包む。
葵の心境は、あっさりと読み解かれていたようだ。
「……ありがとう。それなら……俺が居なかった時の話、して欲しいな。
桃が楽しいって思えたこと、俺も知りたいんだ」
葵がそう返すと桃は照れた様子で目を閉じ、そして思考する。
「……これから、健康ランドに行かない?
あそこも、葵と二人では行ったこと無いから。続きの話はそこでしたいな」
「分かった。どこでも、桃の好きな所に付き合うよ」
二人はそうして立ち上がり、歩き始めた。
そんな中葵はとある事をふと思い出し、それを口に出す。
「そういえば、桃たちがここにうどん食べに来た時さ……しおんっていたの?」
「しおん……? ……いたような、いなかったような……あれ……?」
何故か記憶に自信の無さそうな桃は足を止める。
「……リリスさんが初めてシャミ子に憑いた時も、しおんが居たかが曖昧……。
慣れた今ならともかく、あの頃にしおんがいたら間違いなく記憶に残ってるはずなんだけど。
……まさか、これも干渉を受けてる……!?」
「しおんが居たかどうかを曖昧にされたって? 何のために……?」
■
「最近思い出した事なんだけど」
「うん?」
夜遅く、喬木家にて。
その口から僅かに湯気をほうと漏らす、桃の発した言葉に葵は耳を傾ける。
「お姉ちゃんが、葵をあっちの家に連れて来た時の事が……ようやくはっきりしてきた」
「……懐かしいね」
「次の日の朝に、何食べたか覚えてる?」
「うどんべえ、だよね。桃が買ってきたやつ」
「……うん」
テーブルの上に乗る、今現在も食べている二人分のカップうどんを見ながら葵が答えを返すと、桃は頷く。
あの日、葵の力を抑え込むための“紐”を徹夜で作っていた桜に代わり、桃が用意をしたソレ。
疲れきっていた葵だったが、食べているときには温かく思えた。
「私は、うどんべえが好き……だった」
「……ああ」
納得の声を出す葵のその脳裏によぎるものは、とある小さな存在から伝えられた情報。
桃の好物がうどんである事と、そしてそれを彼女自身が忘れていたことにも同様の感想を葵は得ていた。
「でもね、今はもっと好きな食べ物が出来た。シャミ子と、葵が作ってくれるうどん」
「……優子と、俺の……どっちのうどんのほうが好き?」
感慨深そうに語る桃を見て、軽く悪戯心に火がついた葵はそんな問いかけをする。
とはいえ葵の考えとしては、先に食べなおかつその後も食べる機会の多かったシャミ子のうどんの方が桃の心に残っているのではないかと、そう考えてはいた。
「……分からないよ」
「……フフ」
「葵の、そういういじわるな所……変わらないよね」
「そう?」
「あんまりそういう事しちゃ駄目だよ」
桃はそこで言葉を止め、やや間をおいて再び口を開く。
「するなら……私だけにして」
「」
華麗なまでの、見事なカウンターだった。
桃によるそれを直球に喰らった葵は息をつまらせ、誤魔化すように残りのうどんを口に含む。
そしてこもった熱を冷ますため、冷蔵庫から取り出したペットポトルのコーラを流し込む葵を見て、桃は笑っていた。
「そういう所は……シャミ子に似てるのかも」
「けふっ。……何のこと?」
「なんでもない。……私も飲んでいい?」
頬を染め、声に出すことはなく葵は冷蔵庫をまた開けた。
そうしてもう一本のコーラを取り出そうとしたのだが、飲みかけのボトルを持つ右腕が持ち上げられる。
言うまでもなく成したのは桃であり、彼女はそのままボトルへと口を付けた。
「……おいしい」
「……。コーラなら、沢山あるよ」
「……」
連続で“攻め”られた事で感覚が麻痺し、そして桃との関係が深まってからそれなりの月日を経た今となっては、流石にこの程度では動揺しない。
精々、的外れな言葉を返す
そんな反応を見て桃は少々不満そうであったのだが。
「……いつの間に買ってたの?」
「買ったんじゃなくて、学校の先輩……もう卒業したけど、その人から貰ったんだ。
おまけが欲しかったけど飲み切れないって言われて」
「葵は飲み切れるの?」
「無理そうなら料理に使おうかなって。言っちゃえば砂糖と炭酸水だから。
そのままじゃ味にクセあるから、他にもいくつか足しはするけどね」
ペラペラと、その場しのぎのための言葉を並べ立てる。
その間に葵の手はボトルから離されており、桃はそれを流し台へと置く。
「今日のプレゼント……葵はどんな事を考えてたの?」
「え……?」
今日は3月25日、桃の
そう
「しおんから聞いたよ。葵が……プレゼントに、色々考えてる事があるって」
「あー……」
桃の指摘に、葵は『自分しか知らない事にしたかったんじゃないのか』等と思ったが、それは後で追求しようとも考える。
「……桃が、これから普通の生活を送れるような普段使いのためのもの。
特別なものはない、日常に溶け込むものが良いって思ったんだ」
「私が、普通の……」
葵の言葉を復唱する桃。
彼女には、“千代田桃”には、……“Операція27”にはその資格が、千代田桜が必死に守り抜いた尊厳されるべき権利と自由がある。
「……出来るかな」
「そうなれるように、俺も頑張るから」
「……うん。……でも。もう少し、葵の好きな……フレッシュピーチみたいなのでも私は良いよ?」
「あんまり俺の好み押し付けるのも何だし……」
マルマにて二人が買ったのは主に衣料品。
葵が選んだものの多くは、珍しく趣味があまり見えないシンプルなもの。
また、桃自身の選んだ妙なセンスの光る服もあるのだが、それすらも葵は自然な成り行きに身を任せていた。
「……ふぅん。じゃあ、コレも?」
葵から軽く離れた桃はそう言い、今現在寝間着として来ているパーカーの、猫耳の付いたフードを軽く持ち上げる。
「それは……」
「それは?」
「……俺の、趣味……デス」
謎の威圧感を向けられ、なんとなくカタコトの敬語で葵がそう返すと、桃は満足げに表情を崩す。
そんな顔に見惚れた葵だったが、ふと気がついて息を吸う。
「……あ、そうだ。もう一つ用意してたんだ」
「何のこと?」
「プレゼント。ちょっとしたお遊びみたいな感じだけどね」
葵はそう言って、部屋に置かれた棚の中から一つの横長の封筒を取り出し、そして桃に渡す。
「開けてみて」
その言葉にしたがった桃は封を開け、そして中から出てきたものは【何でも言うことを聞く券 回数無制限 生涯有効】などと書かれた一枚の紙。
子供が親に対して渡す“かたたたきけん”や“おてつだいけん”などの系譜なのだろうが、ただ桃の持つそれは出来が異様に良く、ぱっと見なら何処かの遊園地のパスボートに見えなくもない。
そんなものだった。
「……何でも?」
「そう、なぁんでも」
「……」
沈黙する桃。
その表情は中々にあくどい物であり、以前にリリスから聞いた評価がしっくり来るものだ。
そんな様子すら愛おしく葵は思え、壁に背を預けてじっとしていると、時計から電子音が鳴る。
葵と、そして桃がそちらを見れば、時計は0時を回っていた。
「……終わっちゃったね」
「……うん。でも……いつもの日も何も変わらない。
葵は“普通”に過ごせるようにって言ってくれたけど、みんなが居てくれれば……普通じゃなくていいから」
「……そっか。……そうだね」
なんだかんだで“カッコつけ”の一環である、今日……もとい昨日の行動。
それを桃に楽しんでもらえたと、葵は安堵した。
そして息を吐いたのだが、それは桃のものも同時に行われる。
「……じゃあ、早速使わせてもらおうかな。このチケット」
桃は指で“何でも言うことを聞く券”を挟んでちらつかせ、葵の方を向く。
その表情は至極真面目なものであるが、同時に隠しきれない不安も見えるものだった。
「……何を、してほしいのかな」
葵はそう聞き返すが、しかし頭ではその答えに半ばたどり着いている。
「葵が隠してる……もう一つの話、聞かせてほしい」
「……うん」
桃の懇願に対して、ゆっくりと葵は頷いた。
それが指し示すものとは、“あの結界の裏側で遭遇した女性”の事ではなく、そして“シャミ子と共に観たとある記憶”の事でもなく。
その後に打ち明けた、葵にとっての数少ない“実戦経験”の事でも無い、新たに抱える事となった秘密。
「俺は……あれを伝えれば桃が傷つくのかもしれないって、そう考えた」
「……たぶん、そうなんだと思う」
自らの胸元を握りしめ、暗い声を漏らす桃を見て、葵は息を詰まらせる。
「だけど……葵が居てくれれば、支えてくれるって分かってるから……大丈夫」
「……俺も、完全には整理がついてないんだ。長くなるかもしれない」
「ゆっくりでいいよ。朝まで、まだまだ時間はあるんだから」
お気が向きましたら、評価をお願いします。