まちカド木属性   作:ミクマ

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いつでも来ていいよ

「葵、ちょ〜っと頼み事があるんだけどさ……」

 

 平日の夕方。

 高校から帰ってきた葵は、何故かばんだ荘の前に立っていた杏里から神妙な顔で話しかけられていた。

 

「どうしたの。改まって」

 

「今度の土曜にさ、ウチでバイトしてくれない? 

 あすらの店長さんには先に話通しておいたからさ」

 

「……そういうことなら、別に構わないけど」

 

 同意の言葉を発しながらも、葵は怪訝な表情を見せる。

 葵が杏里の実家の店舗、“マルマの精肉”で働くということは、ウガルルが召喚された辺りから何度か経験していたことであったのだが、今回の頼みは杏里の纏う雰囲気も合わせて意図が読めない。

 

「それで、今回の業務は?」

 

「とりあえずウィンナーの試食販売で、時間余ったら荷運びお願いしようかなって」

 

「……試食なら、優子辺りのほうがいいんじゃない? 前やってたみたいだし」

 

 内容的に、見て呉れを重視するべきではないとかと考え、己にそこまでの自信を持っていない葵はそんな問いを返す。

 口に出した言葉だけで裏側の真意を察したのかどうかは不明であるが、それを聞いた杏里は軽く肩をすくめる。

 

「いやいや。町でそこそこ有名な喫茶店、“あすら”のスーシェフが売ってるとなったら、中々のネームバリューだよ?」

 

「スーシェフ……? そんなに大層なものじゃないと思うけど」

 

「まあまあ。とにかく難しいことじゃないし、お願いしたいな〜って」

 

 ■

 

「葵君、よろしくねー」

 

「……よろしくお願いします」

 

 そんな訳で、土曜日。

 マルマの精肉の店舗前に制服を身に纏って立つ葵は、杏里の母からの言葉に少々声を震わせつつもを返事を行う。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。

 葵君、店番の時は普通に声通ってるし、それとおんなじ様にやってくれれば良いから」

 

「……はい」

 

 そうして、葵は仕事に取り掛かり始めた。

 とはいえ、テーブルに置かれたまな板と包丁でウィンナーを切り、ホットプレートで焼くという工程で何かがあるというわけでもなく。

 飾り切りでいくつかのパターンを作れる程度の余裕もある。

 

「やっぱり予想通り、いい感じだよ。葵」

 

「まあこの程度はね」

 

 様子を見に来たらしい杏里に声をかけられ、葵は腕は止めずにそう返す。

 単純な作業故に何の自慢にも成らないという、葵はそんな認識であったのだが、杏里の視線は別の所に向いている。

 

「結構、お客さんの注目集めてるの……気づいてない?」

 

「……こんなものじゃないの?」

 

 正面方向をちらりと見て、それなりに存在している他の店舗目当ての者も含めた通行人達を認識しつつも、首を傾げる葵。

 

「その爪楊枝捌き、かなり見栄えあるよ?」

 

「……ああ」

 

 一応の納得を葵は得る。

 諸々の事情で爪楊枝の扱いを心得ている葵は、やや滑りやすいウィンナーの表皮へと的確にソレを突き刺し、皿に乗せる手順は手際が良いものとなっていた。

 

「……もしかして、魔力使ってたりする?」

 

「いや、これは普通に刺してるだけ」

 

 実戦での扱いの際は、手や指で投げたり弾いたりしているように見せつつも、物理法則に逆らった軌道を描かせている。

 そのままの魔力弾で狙うのは苦手であるものの、質量のあるそれならばそれなりの精度での制御が可能だった。

 しかし今のような状況でそんな事を行う訳もなく、単純な経験から“最も力の伝わる動き”をしているだけに過ぎない。

 

「……ふうん? 噂の魔力料理にしたりはしないんだ」

 

「商品の試食なのに手加えてどうするのさ……」

 

 なにか含みの見える杏里の問いに、葵は小さな声で返す。

 あまり周囲に聞かれないほうが良い内容であると判断したためだ。

 

「……まあいいや。じゃあ私、裏で作業あるから、そのままの調子でよろしく〜」

 

「……荷運びとかならやっぱ逆のほうがいいんじゃない?」

 

「ちょーっと準備があるんだよね〜」

 

 そう言って、杏里は店舗の奥へと消えていった。

 最期に残された言葉に疑問符を浮かべながらも葵は業務を続け、しばらくの時間が過ぎた頃、葵のもとに一人の人物が近寄ってくる。

 

「貴方……お久しぶりね」

 

 耳に入ってきた声に、顔を上げる葵。

 そこに居た人物は青髪にメガネをかけた、葵と同年代と思われる女性。

 ついでに言えば、葵より背が高い。

 

「……失礼ですが、どちら様でしたっけ」

 

「ハア!? たしかに大した接点無かったけど酷くないかしらぁ!?」

 

 妙に高いテンションで責められる葵だが、やはり記憶から掘り起こされるものはなかった。

 

「夏休みに立女で会ったでしょう!? 玉川牛の玉川よ!」

 

「玉川牛? ……あー……」

 

 名前と言うより、その直前に発された単語に反応してようやく思い出した葵。

 玉川と名乗ったその彼女は、夏休みに葵らが訪問した“聖立川女学院”にて、実家たる農家のブランド牛であるらしい“玉川牛”を販売していた女生徒であった。

 

「わざわざここまで何の御用で? 立女から結構距離有りますけど」

 

()()()()()との打ち合わせよ。

 お父さん……農場長がこういう仕事も経験しておきなさいって事でね」

 

「……なるほど」

 

 夏休み以降にどの様な段取りがあったのかは葵には分からぬが、マルマの精肉ではいつの間にか“玉川牛”が商品として扱われる様になっており、実際にそれをウガルルを召喚する際にお供え料理としての使用をしていた事は記憶に新しい。

 

「お忙しそうですね」

 

「ええ。あれ以来、佐田さんの家のグループからの契約がたっ……………………くさん! 

 他にも色々入ってきて、本当にモー嬉しい悲鳴よ! 牛だけに!」

 

「……」

 

 唐突な駄洒落に葵は口を噤みつつも、先程杏里が言っていた“準備”とやらは玉川の要件に関連しているのだろうと当たりをつける。

 確かに、杏里が相手であるのならば練習として易しいものになるだろう。

 

「……それにしても、貴方の方こそよく俺のこと覚えてましたね。

 関わり薄いのは貴方も同じでしょうに」

 

「あの風間とかいう人といい、女子校で他校の女子引き連れてたら印象に残るわよ。

 それに……」

 

 何かを言おうとした玉川であるが、そこで声が途切れる。

 玉川は何やら思考しているようであり、再び口を開く頃には多少の時を経ていた。

 

「そういえば……間接的には貴方もかなりの恩人って事になるのね」

 

「はい?」

 

「佐田さんがあのバザーに来たのは貴方に誘われたからって聞いたわ。

 ……ありがとうございましたぁッ!」

 

 言葉とともに深く頭を下げる玉川。

 それを聞いた葵は、『そもそも自分が誘う事になったのはチケットを貰ったからであり、巡り巡った根幹としては彼女の同校の生徒ではないか……』等と頭に浮かんだものの、なんだか面倒くさくなってきたのでそれを放棄した。

 

「……まあ、景気が良いようで何よりです。

 俺の周りでも貴方の所の“玉川牛”、評判良いですよ。特に……」

 

 今度は葵の側が声を途切れさせる。

 続く言葉として挙げようとした人物は言うまでもなくウガルルの事であるが、葵は彼女をどんな関係として例えるのかに悩む。

 以前に良子から提案された“生徒”や“後輩”と言う間柄も、一切の事情を知らぬ人間からすれば理解し難い物だろう。

 

「特に?」

 

「あー、えっと……」

 

「む・す・め、じゃないの〜?」

 

「──!?」

 

 肩にポンと手を置かれ、背後から聞こえてきたソレに葵は思わず吹き出しかけるも、食品を扱っている現状故にどうにかギリギリで堪える。

 葵が振り返ればそこには杏里が立っており、彼女は実にイイ笑顔で、なおかつもう片方の手を使ってサムズアップをしていた。

 

「……杏里、どうして……」

 

「玉川さんがちょっと遅いから様子見に行こうと思ったら、なんか面白そうな話してるじゃん? 

 これはもう()っちゃうしかないな〜って」

 

「えぇ……」

 

 こめかみを抑え……ようとして、やはり現状故に言葉だけで留める葵。

 顔を引き釣らせながらも再び玉川の方を見れば、彼女は意味を飲み込むのに時間がかかっている様で放心しており、それが完了した頃に顔を真っ赤にして葵を指差す。

 

「むっ……娘ぇ!? 貴方その歳で子持ちなの!? 

 その子がいくつだか知らないけどいくら何でも肉は……!」

 

「いやそれは……」

 

 あまりにも常識的な叫びに葵は返答に困る。

 ウガルルからそのように慕われる事に対して、葵は戸惑いながらも、しかし拒否などはする訳もなく、己にその資格が在るのかと自問自答をしていた。

 

「まあまあ玉川さん、今日の所はお仕事だよ。

 詳しい話は奥でするから……中にどうぞ〜」

 

「ちょっ……」

 

 そう言って、杏里は困惑する玉川の肩を支えて歩を進ませ、店舗の奥へと消えていってしまった。

 どんな話を吹き込まれてしまうのかと、そんな不安を抱えた葵であるが、職務を放棄する訳にも行かずそれを続けることにする。

 

「……あー。美味しいウィンナーの試食販売でーす。お一つ如何ですかー」

 

 先程の悶着のせいで通行人からの注目を集めてしまっているが、もはや構うまいと、むしろ利用してやろうとやけくそ気味に葵は声を出す。

 

「喬木さん、今日はこっちでお仕事ですか?」

 

「あ、こんにちは。少し頼まれまして」

 

 次に声をかけてきたその人に、今度こそようやく平常を保って挨拶を返した葵。

 それなりにフレンドリーであるその人物は、葵の家の近所に住む女性。

 ペットとして犬を飼っている彼女は、いつも見かける時のように愛犬を連れていた。

 

「何時も大変そうですねぇ」

 

「いえ。自分で望んでやっていることですから」

 

「そうなんですか……。あ、一つ頂いても良いでしょうか?」

 

「どうぞ」

 

 少々の思慮が混ざっているような彼女の要求に、葵は爪楊枝の刺さったウィンナーを渡す。

 ゆっくりと咀嚼をして味わっている女性であるが、その足元では彼女の愛犬が忙しなくその場をウロウロと回っていた。

 

「バウゥ……」

 

「あら? いぬちゃん、大丈夫?」

 

「あー……なんかいつもすみません」

 

 怯えているように見える愛犬を見て、葵は詫びを口にする。

 何故かは分からないが、葵とこの犬は相性が余りよろしく無いようであり、度々この様な反応を見せていた。

 

「いえいえ。喬木さんは悪くありませんから。

 ……幾つか、ウィンナー買って行こうかしら」

 

「ありがとうございます。お会計は店舗の方でお願いします」

 

「はい。いぬちゃん、行くわよ」

 

 そうしてウィンナーのパッケージをカゴに放り込み、彼女はレジへと向かってゆく。

 その短い道のりの中で、愛犬は振り返って葵の方をチラチラと見ていた。

 

(……いつも思うけど……“いぬちゃん”って、すごい名前だよな)

 

 口には出さない。

 

 ■

 

「お疲れ様! やっぱり葵くん、いい感じだよ。

 杏里の読みは間違ってなかったね〜」

 

「……読み、とは」

 

「まあまあ、そんな事より休憩入っていいよ。休んで休んで」

 

 前に出されたウィンナーが捌けた頃。

 適当すぎる誤魔化しをされながら、杏里の母に背中を押されて葵は店舗のバックヤードへと足を踏み入れる。

 微妙に悶々とした感情を抱えつつ通路を進み、とある一つの部屋の前に立った葵だが、そこで部屋のドアが開く。

 

「あっ……」

 

「玉川さん。お話、終わったんですか?」

 

「……。……貴方、とんでもない人間ね……」

 

 そう言うと、玉川は自身の体を守るように抱き締め、逃げるかのように去って行ってしまった。

 葵が悪寒に身を震わせながらも部屋へと入ると、そこでは杏里が椅子に座りニヤニヤとした笑顔を見せている。

 

「……何言ったの?」

 

「私は本当の事しか教えてないよ?」

 

「……」

 

 心当たりが多すぎる葵はため息を付き、部屋に設置されたティーサーバーでお茶を汲み、杏里の対面となる椅子へと腰を下ろした。

 

「それで……今回は何を企んでるの?」

 

「やだなぁ、企みだなんて。

 玉川さんとの打ち合わせが入ったから、その代わりの人員が欲しかったんだよ」

 

「俺にした理由は?」

 

「結構売れそうかなって。実際にそうだったし」

 

 頭の後ろで手を組んでいる杏里はそんな理由を口にする。

 ただし、嘘はついていなくとも、まだ何か奥に訳があるように葵には見えた。

 

「……あとはねー。……アピール、かな」

 

「アピール?」

 

「そ。ウチが確保してる人員だって知らしめたいなって」

 

「……」

 

「葵、結構注目株だよ? 

 目下のライバルはミカンと……あとリコさんかな? 

 あすらの方はあくまでもバイトだから……ね?」

 

 ウィンクを放つ杏里。

 ソレの持つ意味を、葵も流石に察せざるを得ない。

 

「……葵はさ、こういう事に専念する気は無いの?」

 

「……こういう事、って?」

 

「とぼけないでよ。昔から……色々やって忙しそうにしてるじゃん。

 一つの事に専念すれば……もっと上目指せる物もあると思う」

 

「……無理だよ。完全に癖になってるから」

 

 ずっと忘れていたことだったが、葵はある人物の影響があり、複数のモノに手を出して同時に進めるという行為が深く根付いている。

 家事全般、勉学、肉体的修行に魔力的修行。

 そこに、桜やヨシュアに関する探索が加われば多忙な日々は避けられないが、葵はそれが日常だと認識()()()()

 

「癖なら、直すことも出来るんじゃない?」

 

「直す……ね」

 

 葵は、それが自分にとってかなりの無茶であることは承知している。

 強迫観念に近いそれは、シャミ子がまぞくとして覚醒して以降薄まってはいたが、“直す”べき物なのだろうかとも悩む。

 

「……葵。ウチに、来ない? 

 言い訳に、逃げ道になってあげるから。

 そうしたって、誰も責めたりなんかしないよ」

 

 実際、杏里の言う通りなのだろう。

 何らかの理由で完全に心の折れた葵が逃げたとして、多少の失意を見せられる事さえあれど見捨てられる事はない。

 そう断言できる。

 

「……疲れちゃった人を休ませてあげるのも、とても大切なことだよ。

 葵はそういう事の方が得意だと思うし、私も……そうなったらいいかもって思う」

 

 それはきっと、極めて心地の良いものだ。

 先程杏里が言っていたように、葵にはその選択肢(逃げ道)が幾つも存在している。

 そこに堕ちて、そして昇って行く事も、一つの終着点なのだろう。

 

「……だめ、だよ」

 

 それでも、葵はその“強迫観念”を捨てられない。

 

「……そっか」

 

 葵の答えも、杏里の反応も、只々簡潔に。

 そんな状態で時間は過ぎて行ったが、葵の耳が部屋の外の足音を察知する。

 

「杏里、葵君。今から大きい荷物入ってくるから、そろそろ来てくれる?」

 

「んー。わかった〜」

 

 扉は開けられず、隔てられた声に対して杏里は何事も無かったかの様にそう返す。

 そして杏里は立ち上がって歩き始めたのだが、ドアノブに手をかけた所で動きを止める。

 

「……好きだよ、葵。

 シャミ子程じゃないけど……私だって、ずっと葵のことを見てきた」

 

「……」

 

「……葵が疲れたら……ううん。

 私のものになりたくなったら、いつでも来ていいよ」

 

 長い時を経てゆっくりと多重に編まれ、固く結ばれた紐。

 それが強く引かれる瞬間は何時になるのか。

 

「……迎えに行っちゃ、だめかな」

 

「へ……?」

 

「俺が、迎えに行くよ」

 

 そして、誰が引く事となるのか。




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