まちカド木属性   作:ミクマ

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教えてあげて

「……で、今どんな状況?」

 

 平日の夕方。

 数日前にあったとある心配事から、授業が終わるやいなや急ぎで帰路についていた葵は、その途中に良子から吉田家の固定電話による連絡を受けていた。

 非常に慌てた様子であったその内容はほぼ分からなかったが、とにかく緊急事態であるとは判断したので、駅から全速力で葵は走って戻る。

 

 そして、ばんだ荘前で泣きじゃくる良子を慰めるシャミ子と桃にそう問うたのだった。

 

「お兄……良、うまく説明できなくてごめんね……」

 

「良ちゃんは悪くない。電話をくれただけでも助かったよ」

 

「……うん」

 

 中腰となり、葵は良子を撫でながらそう説く。

 ともかく、一番先に帰宅したらしいシャミ子が良子から聞き出した情報の整理を桃とともに葵は始める。

 

「結界に“吸い込まれた”……。

 小倉が勝手に結界をいじろうとして自爆したってことになる……のかな」

 

 きっかけはそういう事であるらしく、小倉しおんは現在行方不明となっていた。

 葵はしおんから『結界がヤバめ』という事を聞いてはいたのだが、それ以上の事は『どうせ理解できないだろうから』と詳細な説明はされず。

 そして自身も『そういうものだろう』と納得してしまっており、それを今後悔するも後の祭り。

 

「お墓にはこのメガネを置こうね」

 

「まて貴様違うだろう! 助けないと!」

 

「冗談だよ。ちゃんと考えてるよ。

 でも……結界の細かい技術は姉にしかわからない。どうしたら救助できるのか……。

 正直小倉がまだ生きてるのかすら……」

 

 と、思考する桃。

 その横にいるシャミ子がとあるものを取り出し、葵は小さく『あっ』と言う声を漏らす。

 

「……あっ、もしもし小倉さんですか?」

 

 ケータイに向かって話すシャミ子。

 それは紅玉の一件で購入した迷彩柄で二つ折りの機種であり、葵は顔を引きつらせる程度で済んだのだが、桃はそれを見てポカンと口を開ける。

 

「テレパシー電話繋がりました!」

 

 夢にかける要領でつながったと、シャミ子はそう誇らしげにケータイを見せつけた。

 しかしそれの存在を知らなかった桃は当然困惑し、そして顔を暗くしてシャミ子に詰め寄る。

 

「シャミ子ケータイ変えたの?」

 

「あ、これは色々あって二台持ちを……」

 

「私の知らない番号? 小倉は入ってるの? 葵も?」

 

「……! あ、あー。うん」

 

 グリン、と桃にいきなり顔を向けられ、若干ホラー味のあるそれに怯えながらも肯定を返す葵。

 あの時、葵のスマホのバッテリーは切れていたものの、それでも一応とシャミ子のケータイの方には登録を済ませてあった。

 

「……なんで教えてくれなかったの」

 

「いや、買ったときは教えようと思ってたんだけど……その後()()()()()からつい忘れてて……」

 

 無機質な声での追求に、声を震わせて葵はそう返す。

 その“色々あった”期間の内にケータイのクーリングオフの期限もとうに過ぎており、半ば諦観の思いであったのだが、今現在シャミ子がケータイを有効活用している場面を見て改めて考え直し、そしてシャミ子へと顔を向ける。

 

「……優子。そのケータイ、役に立ってるんだね」

 

「はい! 頑丈ケータイですから!」

 

「……なら、しょうがないか……」

 

 料金のことを考えて頭を痛めるが、もはや口を出せるモノではないと葵は口をまごつかせる。

 そして、ならば最大限に有効活用せねばなるまいとシャミ子からケータイを受け取った。

 

「小倉さん」

 

『……その声、せんぱい? もう少し帰るの遅いと思ってたんだけどぉ……』

 

「……まあ何かありそうな感じはしてたから、ここ数日は直帰してたよ」

 

 やや間のあったしおんからの声を聞くと、葵はシャミ子たちを一瞥して言葉を返す。

 

「それで、小倉さんは今無事なの?」

 

『えっとねぇ……』

 

 とりあえずとして生命維持に問題はないという報告から始まるが、しかし周囲の景色に異常があるらしい。

 しかしそれも、しおんが眼鏡を落としてしまったがために正確な所は不明なようだ。

 

『と〜っても面白そうな感じがプンプンするねぇ』

 

「……楽しそうだね。甘いもの作って待っててあげるよ」

 

『あぁ〜まってまって!! 迎えに来て!!』

 

 慌てて引き止めるしおんだが、葵による言葉もある意味自虐に近い。

 

「まあ行くけどさ。具体的に今どこにいるの?」

 

『……』

 

 葵は問うも、しおんは沈黙してしまう。

 数日前に起こった少々気まずいしおんとのやり取りを思い返し、拒絶されたのだろうかと葵は不安になる。

 

「小倉さん?」

 

『……本当に、助けに来てくれるの? 

 シャミ子ちゃん達が危ない目に合うかもしれないんだよ。

 せんぱいは……シャミ子ちゃん達の事が一番大切なんでしょ……?』

 

「結界に手を出そうとしたって聞いたよ。

 どっちにしても放置したらまずいんでしょ? 

 ……それに、今更小倉さんに居なくなられても困るし」

 

 そう答えると、隣にいる桃のなんとも言えぬ表情が葵の目に入り、そして右手をがっしりと握られた。

 

「……桃──」

 

『せんぱい?』

 

「──ああ、いや。とにかく、そっちに行く方法教えて欲しいな」

 

『……うん。だけどぉ、詳しく説明してもせんぱいには分からないんじゃないかなぁ、って』

 

 その間延びした、マイペースな声はいつものしおんの調子そのものであり、一応の安堵を得る葵。

 

「……まあそうなんだろうけどさ、もう少し……」

 

「私が聞くよ。ケータイ貸して」

 

 葵の言葉を遮った桃。

 その視線は自らの左手へと向き、名残惜しそうな表情をしたかと思うと、ゆっくりと解かれる。

 

「……お願い」

 

 そして差し出された桃の右手。

 惑いながらも葵がケータイを渡すと、桃は空いた左手で自らのスマホを取り出す。

 おそらく、メモに使うつもりなのだろう。

 

「小倉、手短にお願い。手短に」

 

『……今、私がいるのは“時空の盲点”』

 

 桃により圧を放たれながら同じ言葉を繰り返されると、しおんは説明を始める。

 曰く、三次元的な座標は吉田家の動いてはいないのだが、ズレた次元へと飛ばされてしまっているらしい。

 

「……何故相談せずに結界をいじったの?」

 

『……なるはやで応急処置したかった〜』

 

「……お姉、お兄。ちょっと良い?」

 

 と、しおんによる専門的な話が始まり、桃がそれを集中して聞いているところで、良子がシャミ子と葵に小さな声で話しかけ、少し離れた所に移動することとなる。

 

「……あのね。小倉しおんさんはとっても怪しい人だと思う」

 

「ですよね〜。でも良い人なので、通報しなくても大丈夫!」

 

 しおんに懐きつつも、良子がその評価を見誤っていないことに対して嬉しさと、少しの苦笑を浮かべていた葵。

 

「そうじゃなくて、良いわく……小倉さんは多分まぞくだよ」

 

「……へっ!?」

 

 だが、続く良子の言葉によってシャミ子共々その目は驚愕に見開かれる事となる。

 そしてそれは二人それぞれ違う意味を持つものだ。

 

「……良ちゃん、気づいてたんだね」

 

「お兄も……?」

 

「……確証があるわけじゃないんだけど」

 

 そんな、二人によるやり取り。

 ただシャミ子は違っていたようであり、良子による推察を聞こうとする。

 

「小倉さんは行動や能力が人っぽくない……」

 

 辞書サイズの本の速読、怪しげな行動、出どころ不明の知識。

 そのいずれも、葵にも心当たりのあるものであった。

 

「今日も消える前に『暗黒役所』とか言ってた」

 

「あんこ区役所? なんでしたっけそれ」

 

「…………良、詳しく知らない」

 

「あれ!? 良おこってる!?」

 

 とぼけた答えを返すシャミ子にへそを曲げてしまった良子。

 葵が口を挟まなかった理由は“暗黒役所”なる単語に反応して思考していた為であるが、良子の様子を見てシャミ子と共に二人で撫で繰り回して機嫌を取ることとした。

 

「お兄、暗黒役所が何か知らない?」

 

「優子がまぞくになったときに、清子さんがファックスを送った……ていうのは良ちゃんも知ってるよね」

 

「うん」

 

「……後は俺が一人暮らしを始めた時に何かした……んだけど」

 

 もはや言うまでもないが、吉田一家に出会う前の葵は無気力だった。

 そんな状態で、そもそもそうでなくとも未就学の歳の子供が細かい手続きなど出来るわけもなく、全てが桜に任せきり。

 そしてそれは何事もなく完了し、今日に至る……と、葵は認識していた。

 

「……調べるなら、そっちだったのか……? 

 高校とかで優子の名前の扱いが変わってたし、何の問題も無いと思ってたけど……ん?」

 

 ふと、何かが葵の脳裏をよぎる。

 

「……『今は問題ないから、葵くんが大人になったら手伝ってもらおうかな』」

 

「葵?」「お兄?」

 

 思わず口を衝いた言葉に、それを聞いていた良子とシャミ子が首を傾げる。

 そっくりで仲の良い姉妹の仕草に葵は心を満たすが、今はそこではない。

 

 何者か……それも、“とびきり信頼できる誰か”に言われた『問題はない』という、そんな言葉。

 それが記憶の奥底から引き出された。

 

「……桜さんじゃ、ない。なのにまさか、それだけで……?」

 

 葵にとって極めて強い説得力のある言葉が、無意識に行動を縛っていたのだろうか。

 今、少し考えただけでも不自然であるのに、なぜそう思わなかったのか。

 

「あー……またヘマしたな……」

 

 ソレに気づき、葵は己を毒づく。

 葵は良子に完全にお手上げであることを伝えると励まされるが、それがまた心に突き刺さる。

 

「とにかく、まぞくじゃなくても光闇関係の人だと思う」

 

「何かしらの事情は感じるよね」

 

 “暗黒役所”に関する思考は打ち切り、シャミ子へとそんな結論を伝える二人。

 それを聞いたシャミ子は、紅玉の一件に置いてしおんが慌てていた、ということを思い返したらしい。

 

「多分、小倉さんはお姉の力でやりたいことがあるけど、桃さんに伏せたい事情があって……。

 桃さんも警戒はしてて、距離感を保ちつつ互いに利用している」

 

 良子はそこで一旦言葉を切り、深呼吸をすると目を輝かせて再び口を開く。

 

「同じ軍の武将がゆるやかに対立してるやつ……!! 

 良……そういうの本でいっぱい見た……!! 

 お姉の軍勢が一枚岩じゃなくなってきた……!!」

 

「どうしてわくわくしてるの!?」

 

「ギスギスは勘弁してほしいなぁ……」

 

 “友達の友達”といった関係の、“軸”となる存在が不在の際がそうなるのではないか……等と考える葵。

 そんな彼の呟きに反応し、良子は顔を向ける。

 

「……お兄の学校の生徒会がそんな感じじゃないの? お兄なら対応できると思う」

 

「え? ……アレはね……絶対的な()()がいるのが大きいからなあ……。

 ていうか、良ちゃんよく知ってるね」

 

「色々メールで教えてもらってるから」

 

「……」

 

 何か妙なことを吹き込まれているのではないかと顔を引きつらせる葵だが、二人のやりとりを見てシャミ子は少々不満そうだ。

 

「……葵の学校のこと一番知ってるの、良なんじゃないですか? 

 葵はほとんど教えてくれないのに……」

 

「あのね、お兄は──」

 

「良ちゃん、ストップ。

 桃と小倉さんの仲が良くないかもしれない、って話でしょ?」

 

「……こんな時、闇の女帝はどうする?」

 

 口ではあっさりとしつつも、内心極めて慌てながら会話を遮る葵。

 そんな様子を見て各々どう感じたのかは不明だが、良子は問題を出し、シャミ子は食い気味に答える。

 

「急いで桃と小倉さんを引き合わせ叱咤激励。腹を割って話させる」

 

「……ちがう。お姉の軍勢はバラバラになりました」

 

「ごめんねお姉ポンコツ将軍で!!」

 

「こういう時は──」

 

「小倉救出の作戦が整ったよ。……何話してるの?」

 

 と、良子が模範解答を伝えようとした所。

 しおんとの会話を終えたらしい桃が3人の元へと近づくと、良子は僅に硬直したかと思うと顔を手で覆って桃の方へと振り返る。

 

「……私、小倉お姉さんにいっぱい勉強教えてもらったから、とっても心配で……」

 

「え!? ……そっか、頑張るよ」

 

「……あのね、小倉さんはちょっと変だけど悪い人じゃ無い……と、思うの。

 助けてあげてほしい……」

 

 瞳を潤ませながらそう訴える良子。

 それに異論などあるわけもなく、3人とも同意を返したのだった。

 

 ■

 

「……本当に一人で大丈夫?」

 

「んが、今度こそカンペキにお使イしてくル!」

 

「葵、心配なのはわかるけどあんまり過保護なのも駄目よ」

 

 ミカンから釘を刺される葵。

 作戦に必要となる物資の調達を桃から頼まれたウガルルは張り切っているが、葵は心配を隠せない。

 とはいえ、ミカンの言葉にも理があると思った葵はウガルルを見送り、シャミ子に付き添われて自宅へと戻ろうとしていた良子の元へと行く。

 

「──信頼してくれれば、向こうから腹を割って話してくれると思うから。

 そ、それで大丈夫……かな?」

 

「……うん」

 

 シャミ子と良子による、そんなやり取りが葵の耳に入る。

 どうやらある程度の心が決まったらしいシャミ子だが、そこで階段を登ってきた葵に気がつく。

 

「……あっ、葵。あの──」

 

「一緒に頑張ろうか、優子。小倉さんが、“待っててくれてる”んだ」

 

「……はい!」

 

 そう強く答えるシャミ子。

 そんな二人を良子は微笑みつつ眺めていたが、少しすると葵の腕をクイクイと軽く引く。

 

「良ちゃん?」

 

「……お兄は……小倉さんのこと、どう思ってるの?」

 

「……」

 

 そんな問いの真意は、葵には読みきれない。

 対外的な心象か、それとも──。

 

「……人に頼って、助けてもらってばかりの俺が言うのも何だけど、俺も小倉さんには信頼してもらいたいと思ってる」

 

 悪く言えばありきたりな、シャミ子の言葉を盗んだような言葉しか葵には返せない。

 だが、良子はそれで安心したようだ。

 

「……えっとね。小倉さんも、お兄のことを信じたいって思ってるはずだよ」

 

「……そうかな」

 

「そうだよ。だから……良にしてくれたみたいに、お兄が信頼できるって小倉さんに教えてあげて」

 

「……わかった」

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