まちカド木属性   作:ミクマ

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待っててください

「あおい……嫌、やだ……なんで……。消え……どこ……? 

 いなくならないって言ったのに……ぅそつき……うそつき……!」

 

 結界の裏側、ばんだ荘の外廊下。

 姿を消した葵を求め、八つ当たりのように途切れ途切れの単語を吐露する桃。

 

「桃……」

 

「……」

 

 かすかな声で名を呼ぶシャミ子、そして目を伏せる“小倉しおん”。

 シャミ子も当然、目の前で起こった出来事に慌てていたのだが、それと比べてもあまりにも狼狽する桃の姿に却ってある程度の平静さを取り戻していた。

 が、しかしだからといって下手に声は掛けられない。

 

「……小倉さん、葵はどこに行ったんですか……?」

 

「……消えた時のあの様子からして、多分“追い出された”と言うより“更に奥に行った”んだと思う」

 

「奥……?」

 

 問うのはシャミ子。

 それを聞いたしおんは悩むような素振りを見せながら答えたが、遠巻きにかつ冷静に見る事が出来ていたのならば、ソレはわざとらしく見えたのかもしれない。

 

「……どうしたら、会えますか」

 

「ここにある“まちがい”を消していけば……元の世界に近づいていって、最終的にはかなり狭い空間になる。

 そうすれば、シャミ子ちゃん達がここに来た時のおまじないと併せて、先輩のいる何処かと繋がる……はず」

 

 まるで、予め用意しておいた返答であるかのような言葉だが、それを聞いたシャミ子は疑うことせず。

 一瞬光に包まれ、頭部の飾りが黒い羽へと変化しへたりこむ桃に歩み寄り、しゃがむ。

 

「……だそうです、桃」

 

「え……?」

 

 どうやら二人のやり取りは耳には入っていなかったらしく、桃は呆けた声を出す。

 

「残ったまちがいを消せば、葵に会えるみたいです」

 

「何で、そんな事……。……小倉……?」

 

 一瞬考え、答えに至った桃はしおんの方を見る。

 その揺らぐ視線は、複雑な感情が入り混じっているのが見て取れるものだ。

 

「……ごめんね、千代田さん。……信じてくれないかなぁ……」

 

「……」

 

 罪悪感からか縋るような声での言葉を聞くと、桃は再び顔を俯ける。

 しおんに対してあたり散らす様な振る舞いを行ったとして、それが何の意味もない事を理解できてしまうのが、桃にとっては更に苦しく感じるのかもしれない。

 

「……桃」

 

「シャミ子……?」

 

「葵は絶対に無事です。絶対に会えます。

 だからいっしょに、残りのまちがいを探しましょう」

 

 桃の手を取り、シャミ子はそう諭すように話す。

 

「私は葵を信じてます。葵も私達の所に戻ろうって頑張っているはずです」

 

「……だけど、本当に小倉の言う通りなのかどうかも……っ!」

 

「それでダメなら、他の方法を探しましょう。必ず葵に会うんです。

 桃が助けてくれないと、それが出来ません」

 

「……!」

 

 シャミ子がそう懇願をすると桃は固まり、少しの後に手すりに体重を預けながらも立ち上がった。

 

「……ありがとう、シャミ子」

 

「いえ! 私はボスですから!」

 

 胸を張るシャミ子、微笑む桃。

 ……そしてそんな二人を見て、内心の読めない表情を見せるしおん。

 

「……あ、そうです! 私のテレパシー電話を試してみましょう」

 

「そういえば、それがあったね……」

 

 しおんが若干の焦りを見せていることには気づかず、シャミ子はケータイを取り出して操作を行い、耳に当てる。

 

『……優子?』

 

「あ、葵! 良かったです! 今どこに居るんですか?」

 

『……結界の裏側……のはず』

 

 長めのコール音とはなっていたが、無事繋がった電話。

 問いに対する葵の答えは曖昧ではあるものの、とりあえず元気ではあるらしい。

 

「小倉さんが言うには、こっちでまちがいを消せば戻れるらしいです。

 だから少し待っててください!」

 

「もしかしたら先輩の居る方にもまちがいが有るかもしれないから、探してみてほしいなぁ……」

 

「え、そうなんですか?」

 

『……今の、小倉さんの声? よく聞こえなかったんだけど……』

 

「とにかく、そっちでもまちがいを探してみてください」

 

『……分かった。……桃に変わってくれないかな』

 

 シャミ子が要約を伝えても葵は困惑した様子だったが、少しの沈黙の後に要求を出す。

 それを聞いたシャミ子と桃は顔を見合わせ、そして。

 

「……少し、二人で話したい。時間は掛けないから」

 

 そう言った桃にシャミ子はケータイを差し出し、受け取った桃は外廊下の階段を降りてゆく。

 そして、しばらくの後に戻ってきた桃のその表情は晴れ晴れとしていた。

 

「葵、ありがとうだって。シャミ子と……後、小倉にも。

 それで……次はミカンに連絡しようと思うんだけど、シャミ子出来る?」

 

「あっ……」

「あっ……」

 

 ■

 

『……ミカン、ウガルルちゃん。とりあえずこっちは無事だから』

 

「……どういうこと?」

 

 “表側”の世界、吉田家の扉の前。

 そこで自らの持つビーコンからの葵による言葉を聞くと、ミカンは困惑の声を上げる。

 もう一つ手にしているシャミ子のものと繋がったそれからは、『ミカンの電話番号を知っているか』どうかという旨の言い争いが響いているが、それどころではなかった。

 

「とりあえず、状況を整理する事としよう」

 

「……ええ」

 

 提案を出したのは帰宅していたリリス。

 それを聞いたミカンは迷うような表情をしていたが、思考を切り替える為か首を振りそして息をつく。

 

「まず……ニセ小倉は()()()()ようだな。シャミ子らの所のヤツと、葵と共にいるヤツ」

 

 それぞれのビーコンからは、“小倉しおん”を呼ぶ言葉が何度か聞こえていた。

 シャミ子達と葵が別の場所に居るというのに、明らかにおかしいことだ。

 

「どっちも声は聞き取れないけれど、それっぽいわね。

 ……どうして葵はそれをシャミ子たちに言わなかったのかしら?」

 

 どちらかのしおんが本物で、もう片方が偽物であるかと言うとそうではない。

 ビーコンから聞こえる“小倉しおん”とされる音声は滅茶苦茶な物であり、ミカンたちに聞き取ることは出来なかった。

 葵の反応もおそらく、シャミ子達の側に居る“ニセ小倉”の声を聞いた事によるものなのだろうが……。

 

「信用に足る何かを見せられたか、それとも追求できる状況に無いのか……」

 

「……最近、葵はなんだか小倉さんに甘い感じだわ。

 態度が友好的で、すぐに信用しちゃったのかも」

 

「あやつはそういう所があるからな……」

 

 僅かに嫉妬の感情を顕にしながらのミカンの言葉に、リリスが同調する。

 

「……この際、小倉さんに似た人が敵対的じゃないなら後回しにするべきなのかもしれないわ」

 

「そうだな……おそらくだが、()()()()()()

 

 葵のビーコンから聞こえてくる声。

 それは大まかに分ければ“正常な葵の声”と“バグった声”の二種類と言えるのだが、もう一つの可能性が浮かび上がる。

 葵の反応と、声質の異なるもう一つの“バグった声”を材料として、リリスはそんな推理を口にした。

 

「アオイ、戦ってるのカ? 誰とダ?」

 

「……分からぬ」

 

 ウガルルの疑問に首を振るリリス。

 何かを勢いよくぶつけるような衝撃波らしき音、葵による悶絶の声、それとは真逆の気の入った叫び。

 そんな、平穏な会話とはかけ離れた音もビーコンからは響いていた。

 

「だけどおかしいわ。そんな状態ならシャミ子の電話に出られる訳がないのに……」

 

 ミカンの言う通り、葵は平然とシャミ子からのテレパシーに応答を返しており、その間は不気味な程に戦闘音は鳴りを潜めていた。

 そして、先程のミカンとウガルルへの言葉を終えるとそれは再開されたようであり、今も激音が鳴っている。

 

「……苦戦してるっぽイ。アオイ、大丈夫なのカ……?」

 

「……大丈夫よ。葵も、ちゃんと戦えるはずだから……」

 

 ミカンはウガルルを安心させようと言葉をかけるが、その声は震えており、ビーコンを持つ手も同様に。

 

「葵……帰ってこれるのよね……?」

 

 ■

 

 時は少々遡る。

 

「……まただ。また……っ!」

 

 振り絞ったような声を上げる葵。その体は地面に倒れている。

 

 葵の視界が闇く染まる直前、その瞬間に目に入り脳に刻み込まれた光景。

 それは桃による悲痛なる表情。

 こんな有様では良子からの頼みを果たせる筈もなく、そして何より。

 

「俺が居なくなったら、桃が……」

 

 少し前の葵ならば『自意識過剰だ』であったり、『思い上がりだ』などと考えていたのかもしれない。

 この様に考えられるようになったのはある意味で“成長”と呼べるのかもしれないが、今の状況で喜べるはずもなく。

 

「……どうすれば戻れる……?」

 

 ようやく体を起こした葵はそう自問を口にする。

 そして周囲を見渡し、おそらくは“結界の裏側”だろうと推測するも、それだけでは何の足しにもならなかった。

 

「……先輩」

 

「……小倉さん」

 

 背中から声を掛けられ、一瞬肩を跳ね上げながらも振り返って名前を呼び返した葵。

 そこにいた“小倉しおん”からは、謝意の感情が見て取れた。

 

「小倉さんも、俺と同じように?」

 

「……そう。先輩が消えてすぐ、私も……」

 

「……」

 

 間のあった返答に葵は眉を顰める。

 流石に、鈍い葵でもここまで露骨にやられれば疑いの感情は持つ。

 ……持つのだが。

 

「……何をすればいい?」

 

 結界の裏側に来て“しおん”を目の当たりにしてから、葵の心中には安堵の感情が強く現れていた。

 『親しい人間が無事だった』というそれは、葵自身にも詳しくは説明の出来ないもの。

 そして“しおん”へと出したその催促は、『無条件で信用できる答えを出してくれるはずだ』という考えの混じった、極めて奇妙なものだった。

 

「……ここが、さっきまでと同じ空間なのは分かるかなぁ」

 

「……大丈夫」

 

「うん、なら話は早いね。

 こっちでもまちがいを消せば、シャミ子ちゃん達の居る場所に繋がるよぉ」

 

 嬉しそうに答えを返す“しおん”を見て、葵は心をかき乱されながらも今一度周囲を確認する。

 しかしその光景は空間の雰囲気を除けば全く異なる物であり、先程いた場所のようにばんだ荘は無く、ただただ真っ平らな足場が続くものだった。

 

「何処にまちがいが……?」

 

「『こっちだよ』」

 

「……!?」

 

 “しおん”に背を向けて疑問を発した葵だが、その背後からまた別の声が響き振り向く。

 明らかに“しおん”とは異なる、先程まで存在しなかったはずであるその声の主とは──

 

「『やあ、待ってたよ』」

 

「俺……!?」

 

 ──己と瓜二つの。ソレが、笑顔で言葉を放っていた。

 

 混乱した葵は口をパクパクと開閉するも、声が出ない。

 そしての横に立つ“しおん”に顔を向けると目が合い、彼女はに向けて指差す。

 

「……コレがまちがい」

 

「『そう。このニセモノの自分、まちがった自分を消せば帰れるって寸法。

 分かりやすいでしょ?

 実は君がニセモノだったりとか、ホンモノの立場を乗っ取ろうだとか……なーんて事も無いから安心しなよ』」

 

 は自分を指差し、ある意味自虐とも取れる言葉を返す。

 

「……消す、って……どうやって……?」

 

「『さっきまで桃達と一緒にやっていたじゃないか』」

 

「は?」

 

「『……こうするのさ』」

 

 苦笑いをするを見て、葵は『自分もよくこんな表情をしているのだろうか』等と逃避をしていたが、続く言葉と共にの片腕が突き出される。

 

「……!」

 

「『中々の反応速度。でもまだまだだね』」

 

 胸に向かって空を貫こうとする手を払い、そして葵は飛び退く。

 それを見ては値踏みをするように笑っている。

 

「葵くん。さっき教えたみたいに魔力でお掃除してくれれば良いんだよ」

 

「『そうそう。早く身体強化しなよ』」

 

 いつの間にか“しおん”からの呼称が変わっているが、葵はそれに触れる余裕はない。

 先程の対処をした手はズキズキと痛み、あからさまに小手調べである筈の一撃の重さに戦慄していた。

 

「……素直に消させてくれるって訳じゃないんだね」

 

「『まあついでに修行っぽい事させてもらおうかなって』」

 

「ッ……」

 

 立場が逆であるならば自身も似たような事を言いそうだと、そう考える葵。

 

「『現実逃避が得意みたいだけど、今はそんな事してる場合じゃないよ』」

 

 勢いよく前に飛び出す

 それを見た葵は腕を胸の前で交差させて守りを固めようとするが、飛び上がったの右脚による後ろ回し蹴り、すなわちソバットが叩きつけられた。

 

(重……くない!?)

 

 相当な速度を持って当てられた攻撃である筈なのに、さほど強い衝撃は走らない。

 疑問を持った葵だが、その答えはすぐに出る。

 その肉体は後方へと吹き飛ばされた。

 

(着地を……!)

 

 低空を横切らされている葵はどうにか体勢を整えようとするも、無情にも次の手が下される。

 トン、とは靴のつま先で足場を軽く叩き、そして指を差す。

 

「『後方注意だよ』」

 

 その言葉とともに唐突に足場が盛り上がり、葵は空を切る勢いを殺せぬままに壁に叩きつけられた。

 肺の空気が根こそぎ吐き出され、葵はズルズルと地面に腰を下ろす。

 ダメージそのものは低い攻撃を出して来た時点で、次撃を警戒すべきであったのだろう。

 

「『衝撃を集中させてダメージを跳ね上げる技法があるけど、最初にやった方はその逆だね。

 聞く余裕はないみたいだけど、現状じゃ聞けても理解出来ないかな?』」

 

 皮肉を言うであるが、まさにその通り肩で息をする葵はその言葉を聞いていない。

 

「『……うーん、思ってたよりアレだなぁ……』」

 

 腕を組み、困った様子を見せながらは距離を詰めて行く。

 そんな行動に葵は震え、そして。

 

「……だ、らあっ!」

 

「『おっと』」

 

 立ち上がり腰を低く落として拳を突き出した葵。

 しかしその腕は小さな動きによって避けられ、背中に添えられたの手に押された体は地面を滑ることとなった。

 

「『……起きなよ』」

 

「……」

 

 砂利やコンクリートではない奇妙な感触の足場では傷を負うことはなかったものの、それでも勢いがあれば痛みはある。

 それを感じて目が潤むのを自覚する葵だが、肉体のダメージ以上に精神なソレの方が大きい。

 

 言葉を掛けられても反応をしない姿を見てはため息を付き、片腕を引っ張って上体を起こさせた。

 

「『終わりにしたいならそうしてあげるけど……本当に良いの?』」

 

 は、空いたもう片方の手の指先を葵の首元に当てる。

 その感触に、行為に一切の威力などは存在しないが、葵の顔は恐怖へと歪んでゆく。

 ……と、そこで。

 

「……あっ」

 

 静かな空間に響く声、それは今まで傍観していた“しおん”によるもの。

 は顔をそちらに向けるも、葵は動かない。

 

「『……電話だよ』」

 

「……?」

 

 そこでようやく葵は顔を上げ、戦闘フォームに付けられたポケットから自身のスマホが無くなっていたことに気がつく。

 “しおん”はそんな葵へと近づき、バイブレーションの作動しているソレを差し出した。

 

「……葵くん、シャミ子ちゃんから」

 

 それを聞いた瞬間、葵はぶら下げられていただけの体を己の力で起こす。

 掴まれていた腕は離され、スマホを受け取るとディスプレイに表示された名前を見て固まり、震える指で応答を選択した。

 

「……優子?」

 

『あ、葵! 良かったです!』

 

 そこまでの時間は経っていないというのに、極めて久しく感じるその声。

 葵は己の中に何かが滾るのを感じる。

 

『今どこに居るんですか?』

 

「……結界の裏側……のはず」

 

 震える肉体をもう片方の腕で抑え、言葉を返す。

 普段からの“カッコつけ”が活きているのかもしれないと、そんな考えが葵の頭に浮かんでいた。

 

『小倉さんが言うには、こっちでまちがいを消せば戻れるらしいです。

 だから少し待っててください!』

 

「……!?」

 

 驚愕に目を見開く葵。

 声を出さなかった自分自身にも驚きながら“しおん”の方を見ると、彼女は人差し指を立てて口に当てる。

 

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『え、そうなんですか?』

 

「……今の、小倉さんの声? よく聞こえなかったんだけど……」

 

『とにかく、そっちでもまちがいを探してみてください』

 

 聞き取ることの出来なかった謎の声を、シャミ子の反応から“しおん”によるものと判断した葵が問うと、少し前にこちらに居る“しおん”の発した物と似た言葉が返ってきた。

 

「……分かった。……桃に変わってくれないかな」

 

 シャミ子の言葉を肯定すると、次に葵はそんな要求を出す。

 向こう側のマイクを指で押さえたと思われるくぐもった音が聞こえ、ひっそりと息を呑む。

 

『……葵、無事……なんだね』

 

「……うん。桃は……?」

 

 桃による暗めの声色による言葉を聞き、問いを返す葵。

 十中八九闇落ちしてしまっているのだろうと考え、葵自身の声も暗い。

 

『今は大丈夫。だけど……』

 

「ッ……。……すぐにそっちに戻るから」

 

『私達で頑張ってまちがいを探すから、葵も頑張って』

 

「ごめん。……ありがとう。優子……と、小倉さんにも伝えておいて」

 

『……』

 

「桃?」

 

『何か、隠してる?』

 

「……何、の……」

 

『……ミカンの方にも、シャミ子に連絡つけて貰おうと思うから……切るね』

 

 そうして、通話は切れる。

 何故か嬉しそうにしていた桃の声を耳にした、葵のスマホを持つ手はだらんと力が抜けて腕ごと下がり、それを隣にしゃがみ込む“しおん”が支えた。

 

「……葵くん、いきなりは無茶だったかなぁ……?」

 

「……」

 

 “しおん”による、そんな心配の言葉を聞くと葵は歯を噛み締め、そして立ち上がる。

 

「……もう、大丈夫」

 

「……そっか、よかった。またスマホ預かっておくねぇ」

 

 同じく立ち上がった“しおん”は破顔し、その口調もいつもの……と、そう葵が思っている物へと戻し、そして葵の手からスマホを受け取った。

 そんな二人をよそには通話していたうちにやや離れた場所に移動しており、実に感慨深そうなものへとその表情を変える。

 

「『もう一つ、忘れてることあるよね?』」

 

「……ミカン、ウガルルちゃん。とりあえずこっちは無事だから」

 

 左の手甲に取り付けられたミカンのビーコンに葵がそう声を掛けると、は満足げに頷く。

 

「『それじゃあ、再開しようか』」

 

「……本当に、消さなくちゃ駄目なのか……。それだけ強ければ──」

 

「『まちがいを消さなきゃ桃達の所に戻れないって、そう言ったよね? 

 時間稼いで、四、五ヶ月経過して年跨ぐなんて事になったら桃達に置いていかれ……いや、違うな』」

 

 味方になってはくれないのかと、そう問おうとした葵の声を遮った

 だが、による続く言葉も途中で途切れ、僅かな間の後に口角を歪ませる。

 

「『……桃達は絶対に君を置いていかない。

 お前が足手まといになろうと、絶対に見捨てない。……』」

 

 演技がかった声ではそう説き始め、またも沈黙を挟んだかと思うと次の瞬間にはその表情を鬼気迫るものへと変化させ、叫びだす。

 

「『()()の弱さが! 桃達を殺す事になるんだよ!』」

 

「……!」

 

「『……どう? 君にはこっちの方が()()よね? だから早く準備しなよ』」

 

 先程放った圧はどこへやら、けろりとその雰囲気を一転させたは煽るように言い放つ。

 葵はそれを聞くと深呼吸を行い、自らの胸を強く叩く。

 

「……貴方は、これをやっても勝てる相手じゃない。だけどやるしかない」

 

「『どうかな? やってみなくちゃ分からないよ』」

 

 はケラケラと笑うが、葵にそれを聞く余裕はない。

 膝を曲げ、両手を足場へと付いて再び大きく息を吐くと、葵の心臓が一際大きく鼓動を放つ。

 

「『……それでいい。それで』」

 

 ソレは、葵が今までに使っていた“奥の手”の最終段階。

 ……否。未だ制御の完全でないソレは奥の手でも切り札でもなく、肉体を“本来の状態”へと戻すだけの物でしかない。

 すなわち。

 

「『ソレがスタートラインだよ、喬木葵』」

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