まちカド木属性   作:ミクマ

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イラつかせてくれるよね

 心臓が、全身の血管が破裂しそうなほどに脈動している。

 体が燃えているかのように熱い。

 いや、実際に燃やしていると言えばその表現は近い物。

 葵の行う“身体強化”とは、人の域を外れた所まで代謝を上げることでもある。

 

「く……ハァ、ハァ……ッ」

 

「葵くん、あんまり無茶はしちゃダメだよぉ」

 

 “しおん”からの気遣いの声がかかるが、己の体を安定させるために集中している葵の耳には深く入り込まない。

 

「『んー……アレ、言わないの?』」

 

「……?」

 

「『技名だよ、技名』」

 

 必死に制御を行っている葵を見て、ニヤニヤとしている

 そしてそんな問いに大きな反応をしたのは葵ではなく“しおん”。

 

「あの名前、葵くんらしくて私結構好きだなぁ……」

 

「……今そういう状況じゃないと思うんだけど……」

 

 ようやく多少の安定を保てるようになってきた葵は、どうにも空気がズレ始めてきた事を感知してそう釘を刺そうとするも、残る二人の纏う雰囲気は変わらない。

 

「《経絡開花【八分咲】》……サクラの樹とか花とかぜぇんぜん関係ないのにそんな名前付けちゃうあたり、葵くんの精神性が見えるよねぇ。かわいいなぁ……」

 

「なん、で知って……!?」

 

「おねーさんはいろいろ知ってるんだよぉ。葵くんが()()()()()結構好き、とかもねえ」

 

 “しおん”によるからかいの言葉に、葵は『おねーさん』という一人称に突っ込む余裕もなく、四つん這いになっていた手足を生まれたての子鹿のようにガクガクと震えさせる。

 

「いっ……今から頑張ろうと思ってた時に何でそんなデバフかけようとするのかな……!」

 

「『肉体的な物に輪をかけて精神的な攻撃に弱いのは不味いなぁ。実に不味い。

 良い機会だしそっちも鍛えてみようか? えーっと……』」

 

「やら……っ、せるかあッ!」

 

 考える素振りを見せ、ゆっくりと口を開こうとするを見て、葵は曲げていた脚の力を開放して一気に飛び出す。

 そして空中で体勢を変え、片足を伸ばして飛び蹴りを仕掛けたのだが、扱っている魔力の量に対してさほどのスピードは出ていない。

 

「『思考を放棄して単純化させるのは時と場合によりけりだけど、今はそうじゃない。

 制御が乱れて変換効率が落ちてる。

 どれだけロスがあろうとまず問題はない力が君にあるとはいえ、最終的に成立させられなければ駄目だ』」

 

 やはりと言うべきかその攻撃は軽く避けられ、葵は滑りながら足場に着地した。

 指摘の通り、葵の力の扱いは動揺に大きく引っ張られていたのだが、今の葵の意識は別の所に向いている。

 

「……地面に何も跡がない」

 

 葵の視線の先、現在己が立っている足場に激突すれば、威力が出ていなかったとはいえ多少なりとも影響が出ると、葵はそう思っていたのだが抉れなどといった痕跡はない。

 

「『ここならいくら暴れても影響無いから、制御の失敗は恐れなくていい。

 ……軽く抑え込めてしまう程度のモノって事なのさ、今の君の力は』」

 

「……」

 

「『さあ、次の手は何かな?』」

 

 あからさまな安い挑発。とはいえそれが的を射ている物だと葵には分かってしまう。

 唇を噛む葵であるが、一つ息を吐くと衣装へと魔力を込める。

 すると、そこから跳び出した何かがに向かって飛んでゆく。

 

「『爪楊枝、結構な汎用性はあるよね。安いし』」

 

 魔力を纏って飛ぶソレは、たかが爪楊枝といえども角度次第では人体に突き刺さる事も有り得る物。

 しかしが手を翳すとその勢いは失われ、落下を始める。

 

「『だけどそれが間違いでもある。

 桃の杖、刀。ミカンのクロスボウ……武器は魔力を使って作る物。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 自身の魔力を節約するための素材として使うこともできるけど、君の体質でその程度の節約は意味がない』」

 

 爪楊枝が地に付いた瞬間、ソレが無数に枝分かれをしてに向かうも、彼は軽く跳び退きながら躱す。

 

「『とはいえあえて見せておくことで注意を引く手もある。

 もっとも、それがやりたいならもっとらしく出さないとね』」

 

「……!」

 

 背後に回り込んでいた葵が放った手刀は叩き落とされ、そのまま振り返ったは拳を弧を描くように振るう。

 それが狙うは葵の後頭部。

 真っ当な生物相手であれば余りにも危険なその攻撃を、“葵”は迷いなく繰り出した。

 

「──づ、ッ……」

 

 意識を刈り取られそうになった葵だが、すんでの所で踏みとどまる。

 思わず漏らした悲鳴に近い濁った声は、“葵”による攻撃が直接的な原因というわけではない。

 己の口内の肉を強く“挟んだ”事によるものであり、葵の視界はチカチカと光が瞬いている。

 

「『おおう。()ながら、中々に無茶するねぇ。

 ……口の中の、吐かないで飲み込んだ方が良いよ。ソレもリソースになるから』」

 

 そんな声を掛けつつも“葵”は再び腕を構え、掌底を葵の腹部へと炸裂させた。

 そのまま吹き飛ばされそうになった葵だが、手にした爪楊枝を急成長させて足場に叩きつけ、上方向へと己を跳ねさせる事で横への勢いを逸らす。

 

「『さっきの岩壁を警戒してるんだね。だけど空中も安全じゃあない』」

 

 葵の頭上に何かが集まる。

 半透明な見た目の、水と思われる圧縮された液体の塊であるそれは葵に向かってぶつけられ、葵はまたも地面を転がる事となった。

 

「『“素材”として扱うのなら、こういった何処にでもあるものが良い。

 地面に眠る植物の種なんかは探知が面倒だ』」

 

「葵くんが植物を扱ってるのは……その目で干渉した結果を直に見たのが大きいんだよねぇ……」

 

 による解説と、多少はらはらした様子の“しおん”による回想。

 二人による言葉は、暗に葵が“そうできるようになる”と示しているようだ。

 

「『超自然の域で植物を操作するために自分自身が“土壌”となっている訳だけど、そもそも土壌自体を扱えるのなら、手札は一気に増える』」

 

「……それは、蛟様に聞いてる」

 

「『知ってるさ』」

 

 葵が回復の時間稼ぎも兼ねて言葉を返すも、“葵”は薄い反応しか見せない。

 短い期間ではあるものの、蛟からの指導によって葵はその可能性を耳にしてはいた。

 しかし実際に会得できるかどうかは別でもある。

 

「『水も土も岩も、霊脈という大きな力の流れに沿って生命のように働く。つまりは……』」

 

 地からは岩、天からは水。

 それらが刃となり槍となり礫となり飛んでゆくが、葵は木の針で弾き、抜けてきたものは盾を造って防ぐ。

 

「『自分自身が“霊脈”となり、命を与えてあげればいい』」

 

「蛟様と同じ事を……。……水はともかく、今居るこの場所は土も岩も無いんじゃ……?」

 

「『この足場は魔力で出来てるからね、魔力に魔力で干渉するほど易しいことはない。

 ……ほら、次だ……よっと!』」

 

 は上半身を捻りつつ拳を引き、掛け声とともに真っ直ぐ突き出す。

 それは当然離れた場所に立つ葵に当たることはなく、葵は怪訝な表情となるが、次の瞬間には正面から迫って来た見えない“壁”に押しつぶされそうになってゆく。

 

「『空気砲、空気への干渉。

 気体の水分を経由してるのか、それとも水を分解してうんたらかんたら……。

 その辺の真理を探求できる頭はないって分かってるけど、興味があるなら……()()()()()()にでも聞いてみなよ』」

 

 空気砲の勢いが収まった後、脳みその出来について煽られた葵はカチンと来るも、はそれに構うことなく“しおん”の方を見る。

 しかし“しおん”はそれには答えずに目を伏せ、視線を戻したは『しおんちゃん』と呼んだのだが、その呼称が誰を指しているのか葵には分からない。

 

「『まあ認識がふわっとしてても使えるわけだし、さほど問題はないかな。

 とはいえ今の自分じゃ、大きな塊を一方向に真っ直ぐ動かすことしか出来ない上に、これだけ大きな身振り手振りをしなきゃいけないんだけどねぇっ!』」

 

 手を天にかざして一気に振り下ろす

 その行為を視認し、そして言葉の意味を悟った葵は自身の上方に木の盾を生成して防ぐ。

 

「『植物……生体由来の良い所はそれだよ。

 その場でほぼ無尽蔵の“増殖”が出来て、相手の運動エネルギーが尽きるまで耐えられる。

 土や水は集めることは出来ても、増やすことは出来ない』」

 

「ぐ……ッ!」

 

「『だけどあくまでも“ほぼ”だ。今の君のそれは無限ではない』」

 

 圧迫が消えて正面を睨んだ葵だが、の姿はそこに無い。

 続けて響いてきた声は上方からの物であり、気が付けばが盾に向かって踵落としを振り下ろそうとしている。

 葵は先程のように盾を成長させて受け止めようとしたのだが、ソレはの足が触れた瞬間に精気を失い萎びてゆき、葵はとっさに飛び退いて躱す。

 

「『活性の後には衰退がある。成長させられるのなら枯れさせる事も出来る。

 こうさせない為には、衰退しないという異常性を付与しなければならない』」

 

 盾だったものを持ち、両手でズタズタに引き裂きながらそう語る

 

「『これは早い所覚えとかないと将来ハゲるよ』」

 

「話が繋がってないんだけど」

 

「『いやいや、大真面目にだよ。

 植物の枯死とじゃ全くもって別物だけど、人体も劣化する。

 特に……被害を最小限にする為に、昔から()()()()()()()()()()()()()髪なんかはね』」

 

「今まで、葵くんが怪我の治癒をあまり使いたがらなかったのはそれも理由だよねぇ……?」

 

「……」

 

 一般的な高校生程度の知識ではあるが、人体に限界がある事を葵は知っている。

 己の力の行使が限界を引き寄せる行為であるのかは分からない。

 が、どちらであったとしても葵は既に人の道を外れ始めているのだ。

 

「そこに限れば、蛟さんの言うことに従ってれば問題はないよぉ。

 葵くんはもう自分で決めたみたいだし……私たちの側に来るのは大歓迎かなぁ」

 

 口調は嬉しそうにしつつも、“しおん”の表情には憂いの感情が混ざっているように思える。

 そんな様子を目にした葵は息を詰まらせ、モヤモヤとした思考を振り払う為に口を開く。

 

「……身体の事ついでに聞きたいんだけどさ。俺の……この身長どうにかならないの?」

 

「『えぇ? 何いきなり。……まあ自分の力を使いこなせばどうにかなるんじゃない?』」

 

 話を逸らす目的混じりに飛ばした問いに対するの答えは、どうにも投げやりな物。

 つまる所、自然に伸びることはもう期待できないと察した葵は頭を抱え、そんな様子を見て“しおん”はクスクスと笑う。

 

「葵くん、そんなに気にしてるんだねぇ……」

 

「……ヨシュアさんぐらい振り切れてたらそれはそれで良いのかもしれないけど! 

 俺は中、途、半、端!じゃないか! リーチが欲しい……っ!」

 

「それ含めて葵くんなんだから、気にすること無いのにぃ……。()()()()もそうだけどぉ……」

 

 定期的に“181cm”と相対していた事が大きな要因である、切実な要望に身を震わせていた葵に宥めるように優しい声をかける“しおん”だが、葵はそれを聞いて固まる。

 聞き捨てならない単語があったからだ。

 

「……何のことかな」

 

「え〜? 葵くん、成長期がかなり遅くてぇ……成長痛で地獄を見ながら受験してたんだよねぇ」

 

「『なのに高校入ってすぐあまり伸びなくなって、軽く荒れたみたいだね』」

 

 吉田家の者たちに当たる様なことは当然無かったものの、葵にとっての“反抗期”に近しいモノといえばその辺りなのだろう。

 絶望した結果、衝動を“生徒会の業務”へと向け、そしてそんな八つ当たりの様な行動をしてしまった事に自己嫌悪をし、今度はモチベーションが落ちていた。

 

「『あ、そうだ。今更だけど君の記憶読み取ってるから、色々知ってるよ』」

 

「私はぁ……まあずっと観てたからぁ。

 葵くんの桃ちゃんに対する、“好きな子に素直になれない小学生の男の子”みたいな意地悪とかもねぇ」

 

「〜〜!?」

 

 “しおん”によるからかいに顔を真っ赤にする葵。

 そんな様子を見ては愉快そうに笑っている……と、思いきや。

 彼は何故か目に見えて落ち込んでいたのだが、葵はそれに気づかず精一杯の抗議を行う。

 

「何っ……で! さっきから人の黒歴史ボロボロボロボロ掘り返すような事を……!

 今この瞬間にも桃が……!」

 

「『……だってこんな機会でもないとお披露目出来無さそうな話だし』」

 

「……」

 

 一体何に、誰に対してお披露目などしているのか。

 と、突っ込む気力もなく葵は恨めしげな視線を二人に向けるも、は肩を竦めて表情をにへらと崩す。

 

「『リラックスできたかな? それじゃあ次。身長をどうにか出来るかもしれないよ』」

 

 そう言うと、はその場で足を踏みしめて深呼吸を行う。

 瞑想のような何かを行っているようであり、光に包まれて行く

 そしてそれが収まった時、彼の姿は大きく変わっていた。

 

「『魔力外装を発展させた、自力でのエーテル体換装、及び改造の一例』」

 

 肌も髪も白く染まり、更に肌は小片が規則正しく並ぶ。

 瞳孔は縦に細長くなり、口からは先の二つに割れた長い舌がチロチロと覗く。

 その姿はまるで──。

 

「『おおっと、観察してる暇なんか無い』」

 

 が手を前に翳すと、星空かと見違う程の数の魔力弾が放たれる。

 その弾幕を視認した葵は迎撃は無理であると考え、そしてとびきりの魔力を練りだして爪楊枝をばら撒き、前方の帯状範囲を埋め尽くす“壁”を生成する。

 それは身を守る為の物で有り、そして姿を隠す為でもあるのだが……。

 

「『ただ見た目が変わっただけだとか、そんな事思ってるんじゃないだろうなぁ!』」

 

 が叫ぶと、彼を始点として足場から複数の尖った岩が跳び出し壁に向かって伸びてゆく。

 その目的地は壁を作る前から変わらず葵が立っている地点であり、葵による『移動すると見せかけてその場に留まる』という撹乱は読まれていたようだ。

 

 岩によって壁は引き裂かれ、奥に居る筈の葵もあわや……とはならず。

 葵は跳び上がり、不安定な地形と化した岩を飛び移るとその勢いのままに向かって殴りかかる。

 

「『甘い……!』」

 

 は頭部をグリンと回し、それによって靡いた束ねられている髪が葵の拳を弾く。

 その感触はあたかも鋼鉄の塊を殴りつけたかの様であり、葵は驚愕しながらもの眼前に着地した。

 

「……」

 

 沈黙と膠着。

 嫌な空気が流れる中、が再び頭部を回そうとした瞬間、葵はこの戦闘における最大級の警戒を以て全力でその身を後退させる。

 

「『カブキィ〜』」

 

「はあっ!?」

 

 どうにも気の抜ける掛け声のソレであるが、葵にとっては昨年一年間に嫌と言うほどに味わったモノ。

 “二本”と“一本”という違いこそあるものの、その一撃はトラウマに成りかけていた“元生徒会長”の技そのものであった。

 

「なんでその技を……!」

 

「『さっき記憶読み取ったって言ったじゃないか。

 ……で? 自分のこの姿がどういう意味を持つのかは分かるかな?』」

 

「……」

 

 息を呑む葵。

 唐突な問いであるが、答えなければ先には進めないらしい。

 

 身を隠そうとした葵の位置を見破った理由、先程のによる『姿が変わっただけではない』と示す言葉。

 そしてそのの見た目。つまりは。

 

「蛇。温度と、匂い……?」

 

「葵くん、よく勉強してるねぇ。まるで蛇博士みたい……」

 

「……まあ、蛟様と敵対する可能性も考えてそう言うのもあるのかなって……」

 

「『でもただの蛇博士じゃあボクも蛟様も倒せないよ。

 魔力的なセンサーの扱いが伸びるって感じで、実際の蛇そのものでは無いから』」

 

 いつの間にか、先程までにも増して遠く離れていた“しおん”から、妙に響く声で褒められる葵。

 魔力で拡声でもしているのだろうか等と推察しながらも、自らの心中が満たされるのを感じて葵は首を傾げる。

 

「……ていうか、修行とか言ってたくせにさっきから技の具体的な使い方とか全然教えてくれてなくない?」

 

「『ははは。君に色々見せびらかすのが目的だからね。

 悔しかったら自分で編み出してみなよ。やーいやーい』」

 

「……」

 

 身体強化によるものだけでは無い程に、葵は頭部への血流を促進させる。

 

「『まあ、多分次で最後だよ』」

 

「最後……?」

 

「『必殺技の一つや二つ、持っておきたいよね。……じゃあ、行くよ』」

 

 その瞬間、から凄まじいまでの重圧が放たれ、葵は全身の毛が逆立つような悪寒に包まれた。

 ふと“しおん”の方を見れば、彼女は透明な球状のバリアのようなものに包まれており、葵と目が合うと微笑みを返す。

 

「『よそ見してる暇、あるの?』」

 

「ッ──!」

 

 前方に莫大な量の魔力を集束させる

 足場が、空間が揺れる程のそれを感じ取った葵は今一度気を引き締め直し、身体強化を更なる万全の物へと切り替える。

 はそれを見ているのかいないのか、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

「『あ〜……。流石にこの規模の制御はキツイな……』」

 

「……」

 

「『死ぬ気で避けなよ? 喬木葵。当たったら死ぬから。……とっておき、その1だ』」

 

 冷や汗を流して固唾を飲む葵。

 そこに鋭い視線を向けたがアドバイスを行うと、振動は一瞬止まる。

 

──之キ處ノ亡イ秘蹟──

 

 そして放たれたモノ、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 漆黒すら埋め尽くしそうな程に純白の、人の一人や二人くらいは軽く飲み込んでしまうであろう太さを持つそれに迫られ、葵は横に跳んで躱すも、それだけで終わるほど甘くはないらしい。

 

「『魔力弾で狙うのが苦手みたいだけど、そこまで気にすることじゃない。

 狙えないなら、狙わなければいいだけの話』」

 

 は光線に加え、更に魔力弾を放つ。

 それらは単体では大した大きさも速さも無い。

 しかし却ってそれが葵の行動の幅を狭ませ、軌道を曲げて再び迫ろうとする光線の回避は、針の穴に糸を通すかのような行動を強いられる。

 光線も魔力弾も尽きることはなく、空間は次第に埋め尽くされて行き、気が付けば葵は魔力弾による壁に追い詰められていた。

 

「『鬼ごっこは終わり。これで最後だ』」

 

「……!」

 

 葵の正面から光線が迫る。

 嫌に響くによる声を聞くと葵は歯を食いしばり、脚を大きく広げて腰を落とす。

 今なおこの瞬間も供給し続けられる霊脈からの力を両手に圧縮させて腕を引絞り、鼻先に触れる直前の光線へと張り手を叩きつけた。

 

「ぅ……ぉおおおおおっ!!」

 

 師直伝の技を一部利用してはいるものの、それは当然只の打撃ではない。

 両掌から噴出した魔力は潰そうとする力に反発し、爆発するかのように炸裂する。

 魔法と呼ぶには余りにもお粗末ではあるが、これこそが今の葵が扱える最大威力の魔法的攻撃手段。

 

「不味……ッ」

 

 しかしまだ足りない。

 葵の体は徐々に押されて行き、ズリズリと足が地面を滑る。

 そして、背後に並ぶ弾壁に押し潰されそうになった瞬間──

 

「熱っ……!?」

 

 ──葵の左手の甲が熱を持つ。

 否。最初から葵の手は、全身は既に熱を発しているのだから、悲鳴を上げた要因は別の物。

 

 単純な熱量で言えば葵の身体の方が大きいはずであるのに、身に着ける()()()()()()()()()()()()からの熱を感じ取り、葵は時が止まったかのような錯覚を得る。

 長いのか短いのか察知の出来ないその間、葵はソレを見つめ、そして。

 

「俺は……! 必ず、帰る!」

 

 魔力の吸収を止めるようにと、腕に巻き付く白蛇へと脳内で命令を下すとそのようになる。

 結果有り余った魔力を両手へと回し、更に規模の増した攻撃は眩い光となって葵すら呑み込んで行き……気が付けば、魔力弾も光線も全てが消えていた。

 

「……ああ。また蛟様にどやされる……」

 

「……葵くん、おつかれさま。よくがんばったねぇ……」

 

 その場に崩れ落ちた葵に、息を切らしながらも近づき労いの言葉をかける“しおん”。

 

「『合格。評価はBプラスって所かな?』」

 

「厳しいな……」

 

 元通り……と言って良いのかは不明だが、蛇を思わせるものから喬木葵そっくりの姿へと成り、いささか大げさに拍手をする

 『ゲーマーたるものS評価が欲しい』等と言う逃避に近いどうでもいい考えが浮かんだが、葵はそれを振り払い、湧いた疑問を口にする。

 

「さっきの……最後の攻撃。……“サクラメントキャノン”か……?」

 

 桜の花びらを模した光線、がボソリと呟いた技名らしき言葉の中の『秘蹟』と言う単語。

 そして何より。10年前に味わい、今もなおその感覚を忘れることなど無い震え。

 葵がそれらの情報から導いた言葉を耳にしたは首を傾げ、そして僅かな間の後にポンと手を叩く。

 

「『……あー、そうそう。その通り。

 さくらめんときゃのんを参考にしたんだよー。よく分かったねー』」

 

「……」

 

 妙に感情の籠もってない答えだが、葵はそれを聞いてため息をつく。

 『どの口で人の技名をからかってくれようとしたんだ』と、そんな悪感情を持ちつつも、目の前に居るの正体について、葵の脳内ではある程度の推論が浮かんだ。

 

「……あと、さっき『とっておきその1』とか言ってたけど……その2やその3もあるの?

 幾ら何でももう無理なんだけど」

 

 そんな口を叩く葵は、魔力の無茶な運用を重ねたことで体のあちこちが悲鳴を上げている。

 自己再生のために力のほとんどを回さざるを得ず、今の状態で追撃を仕掛けられれば成すすべもない。

 

「『安心しなよ。あるにはあるけど今の自分には使えない。

 ()()()()が必要なやつとか、蛟様の協力が必要なやつとかね。

 さっきのは単純に魔力量さえあれば使えるから出したのさ』」

 

「……生身の、体?」

 

「『その辺りも説明するから……おっと』」

 

 特定の単語に眉を顰めた葵を見て、苦笑しながらも返答をしようとした

 しかし彼は言葉を言い切る前に体勢を崩してフラフラと膝をつく。

 

「『ああ、やっぱりこうなるのか』」

 

「何……?」

 

「『正常な働きだよ、気にすることはない。

 存在の維持に必要な魔力まで攻撃に回したんだから、当然こうなる』」

 

「……!?」

 

 葵にとって魔力とは、どれだけ便利に扱おうとも本質的には己の体を蝕む物。

 しかし目の前のにとっては、存在を維持するために必要なものであるらしい。

 更に言えば、先程が発した『己は生身の体ではない』と示すような単語。

 

「『消えちゃったらアレだし、話より先にこっちを済ませるか。

 ……さあ、喬木葵。愛しい人との仲を引き裂こうとする()()にトドメを刺せ』」

 

「……は?」

 

 自分自身を指で差すの言葉を聞いて、葵は口をポカンと開ける。

 そして気が付けば、“しおん”は深く悲しそうな表情で再び軽く距離を取っていた。

 

「……トドメなんて……もう勝負は終わったんじゃ……」

 

「『今の状態でも君程度どうとでも出来る。だからその前に早く』」

 

「ッ……。貴方に、敵意なんて──」

 

……いちいち逃げ道ばっかり探しやがって。ほんっ……とうにイラつかせてくれるよね

 

 唐突に口調を悪くしたの、その感情は誰に対するものなのか。

 それを口にすることはなく、は手を伸ばしてとある一点を指す。

 

「『ほら、早くしないと貴重な情報源が消えちゃうよ?』」

 

 その指の先、そこに居るのは“しおん”。

 そして彼女の頭上には水が集まって行き、槍のような形を取る。

 “しおん”は成り行きに任せるようであり、身を守る素振りを見せることはない。

 

「『……自分と瓜二つの奴に手を下す以上の精神的負荷なんて、間違いさえ起こさなきゃ早々あるものじゃないと思うよ。

 一番教えたかったのは……ソレ』」

 

「……」

 

「『ほら、桃達が待ってる。絶対に置いていかれることなんて無い』」

 

 ■

 

 実戦と呼ぶには余りにも優しく、指導と呼ぶには余りにも不明瞭。

 そんな奇妙な邂逅に一つの区切りを打った行動。

 

 ……その、感触は。

 紙に穴を開けるような、そんな空虚なものであったことは……果たして幸運だったのか、それとも──

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