まちカド木属性 作:ミクマ
・流石にどうしようもないと判断したため、29部分及び59部分の内容を一部変更しました。
(……もしかして、“グッシー”さん。……ですか?)
「ふふ……。葵くんからそう呼ばれるのは……新しい経験だなぁ……」
微笑むグシオン。
葵が出した問いは、以前自宅で発見した桜からの手紙に記載されていた謎の名前を思い出したことによるもの。
グシオンから、ほぼほぼ肯定に近い言葉を返された葵は更に思考する。
桜が考えていた、幼い葵が戦おうと思った際に、ヨシュアや千代田桜の次に頼ろうとするであろう人物。
あの手紙からは、そんな存在が示唆されていた。
「葵くん自身に気づいて貰う事が重要だと思ってるから、どんなヒントを出せば答えに辿り着いてくれるかを私は推理する。
それが、基本的な私達の関係……だった」
(……やっぱり、貴方は……)
一年以上前に高校にて問われた時は深く考えなかったものの、近頃になってまた吹き出して来たモノ。
己が一人で、戦うための準備を進められるのかという、そんな疑念に決着が付こうとしている。
しかし、今はそこはあまり重要ではないと、そんな予感も葵には湧いていた。
(……貴方は、小倉さんとどういった関係なんですか?)
「貴方たちの世界の小倉しおんは、私の最後の一頁」
(いちぺーじ……?)
おおよそ一個人を指すものとは思えない単語が出てきたことで、葵は混乱を隠せない。
「まず……残念だけど、全部を説明することは出来ない」
(……俺をこちら側に連れて来たことで、時間がないからですか?)
シャミ子や桃を焦らせてでも、喬木葵と千代田葵を邂逅させるという目的。
どうしても、修行もどきを体験させる必要があったというのは、葵自身にも理解できてしまう。
「……それも、ある。
ミカンちゃん達がビーコン経由で聞いてる私とあの葵くんの声は、不明瞭な物になってる。
だけど“まちがい”が沢山残ってる状態だと、それなりにはっきりしてたんだ。
だから、ある程度それを消してから葵くんを隔離する必要があった。
それに……葵くんに、幾つかの間違いを観て貰いたかったのもある」
(……はい)
「シャミ子ちゃんとも、どうにか桃ちゃんと距離を取って内緒話をする目的も有るから。
向こう側に居る“私”が、間違いを見つける順番を誘導してる筈だけど……それでも限界は有る。
あっちの私とはリアルタイムでの同期は取れないけれど、余り深い話は出来ていないと思う」
葵に心の準備をさせると言う目的を成さねばならない故に、桃達に負担を掛けた。
己の弱さが招いた結果であると突き付けられた葵は気を落とすが、グシオンは首を振る。
「それもあるんだけど、一番の理由は……“この私”が大した情報を持っていないって事。
シャミ子ちゃん達の方に居る“本体”はそのままでも存在できるけど、この私……“分体”はあの葵くんの近くに居る必要があったから。
あの葵くんの魔力を借りて私を分裂させたんだけど、そこも節約の為に“容量”を削らざるを得なかった」
(……それは、つまり……)
“葵”が消えた今となっては、目の前に居るグシオンもその内消えてしまうのではないかと、葵はそう考えた。
グシオンはそれを覚ったようであり、寂しげな表情を見せるも、それを隠すように微笑む。
「……葵くんが気に病む必要はないよ。
元々、ここに存在している事自体が奇跡。ロスタイムみたいなもの。
今、これだけ葵くんと話が出来て……私は本当に嬉しい。
あの葵くんが来る事は流石に予想できなかったから、もっとあっさりした物になると思ってたんだあ……」
「……なら、残りの時間で俺に出来る事を教えて下さい」
グシオンを正面から見据え、葵は口からそう言い放つ。
それを聞き、そして見たグシオンは少しの間の後に口を開く。
「……小倉しおんと、仲良くしてあげてほしい。
葵くん、下の名前で呼んでほしいってお願いされてたよね?
あの葵くんみたいに、『しおんちゃん』って呼んであげたら……とっても喜ぶと思うなぁ……。
照れくさいなら、『しおん』でもいいと思う」
(……少し、時間は掛かるかもしれませんが……やってみます)
「……がんばってね」
頬を染め、僅かに硬直しながらもそんな答えを頭に浮かべる葵を見て、満足げなグシオン。
「葵くん。しおんちゃんをよろしくね……。
私が言うのも変だけど……ちょっと勘違いされやすいだけで、悪い子じゃないから」
(はい。それはもちろん)
「……そっか、良かった。“私”はあの子の人格を尊重してる。
ずっと小倉しおんとして過ごしてたんだから、それはもう全く別の存在だと思うの。
……そうでしょ? 葵くん」
グシオンは問いを出す。
それは、“似た姿形をしながらも異なる人生を過ごした存在”を示しているのだろう。
当人だからこそ分かる、その意味を噛み締めて葵は頷く。
(……そうですね)
「うん。葵くん達が、しおんちゃんがどういう子なのかもっと知って、しっかり覚えていてくれればとっても嬉しい。
……そのためなら、過去の存在になった私のことは……」
「貴方の事も、必ず思い出します」
「……!」
言葉を遮って葵がそう口にすると、グシオンは目を丸くする。
「……ふふ、ありがとう。なら……優等生の葵くんに、一つヒントをあげる。
ばんだ荘の201号室、そこに私は住んでた。
壁のお札は見たみたいだけど……他に、残ってる筈のものがあるんだぁ……」
(ミカンの部屋に……。……ッ)
201号室、ミカンの部屋。そして壁のお札。
それを思い浮かべ、その先を探ろうとして頭痛を覚えた葵。
収まった後に瞼を開けば、心配そうなグシオンの表情が目に入る。
(……今、ここに居る貴方自身に……俺が出来ることはないんですか?)
「私に……?」
(さっきの頼みは小倉さんに関する物で、貴方へのものではないですから)
「……」
葵がそう聞くとグシオンは沈黙する。
思い付いてはいるものの、口に出すかを悩んでいるようだ。
「……少し、屈んで貰ってもいいかな」
(屈む? ……こう、ですか?)
グシオンからの要請に、葵は軽く膝を曲げて対応する。
それの意図が思い当たらずに戸惑っていた葵だが、彼の頭にゆっくりとグシオンの手が置かれた。
「……大きくなったね、葵くん。
ずっと、私が居る事前提でかなり詰めたメニューを組んでて……それがいきなり無くなって、葵くんには苦労させちゃったね」
(……)
「最初は、君の力そのものへの興味が殆どだった。
それを調べる為に葵くんに協力的になって欲しくて、打算的な考えで近づいた。
そこは否定しない。……ううん、出来ない。
理の探求こそが、私……
片手を動かしながら、グシオンは語る。
「私はね、人の持つ敵意なんかを好意に反転させるのが……結構得意なんだ。
なのに、葵くんに対しては効果が薄かった。
だから……シャミ子ちゃんに一瞬で心を開いた葵くんを見て、どうしてそうなったのか。
……そこが、大きな興味になったの」
(優子……)
「……目的があったとはいえ、桃ちゃんに今も負担を掛け続けてる。
あの葵くんもギリギリまで悩んでた。
それを謝れないのは……悔しいな」
(……それは、元はといえば俺のせいです)
「……ミカンちゃんにも、謝りたいことがあるの。
私は、葵くんとミカンちゃんか友達だって観えた。
だけど……タイミングが悪いと、お互いに強くなれないって
だから、引っ越したんだろうって思い込んでもらったんだ」
(強く……)
「……もう一つ、お願いしてもいいかな」
手の動きを止め、次に葵の手を握ったグシオンは、葵の背筋を張らせながら更なる要求を出す。
「……私の事、昔みたいに──」
■
「この様子だと、結界のおそうじ進めてくれてたみたいだねぇ」
「ニセ小倉がやり方を教えてくれたよ。何がしたがったんだろ……」
シャミ子達一行の居る側。
そこにグシオンは存在しておらず、簀巻きの状態のままで救助された小倉しおんが口にした推察に、桃が答える。
「……あれぇ? そういえば、せんぱいはどこぉ……?
めがねが無いから気づかなかったぁ……」
「っ……。……やっぱり信じるべきじゃ……っ!」
「あ……。え〜と」
小声で己を叱責する桃と、そんな様子を見て慌てるシャミ子。
それの意味が察せずに居るしおんだったが、再び周囲の空間を観察する。
「……でも、アレが起こってないって事はぁ……まだ何処かに間違いが有るはず……」
「え……?」
しおんの呟きに顔を上げる桃。
すぐさまに詰め寄りそうな雰囲気を桃は出しており、実際に片足を踏み込んだ所で──
「……あっ」
──ピシリと、何かがひび割れるような音が空間に響く。
■
「……」
地に膝を付いた中腰で、なおかつ伸ばした腕を宙に浮かしている葵。
何かを求めるようにそんな体勢を続けていたが、一つ息をつくと立ち上がった。
「……どっちに進めばいいんだ?」
『まちがいが無くなれば“境界”が消え、シャミ子達の元へと戻れる』と、そんな説明を葵は受けていたものの、具体的にどう動けばいいのかは聞いておらず、首を傾げる。
「……うん?」
キョロキョロと辺りを見渡しつつも足を進めようとした葵。
しかし唐突に浮遊感を得て、呆けた声を漏らす。
それは“こちら側”に来た時と似たようなモノではあったのだが、決定的な違いがあった。
「……ああ〜。そっかぁ……“境界”って、足場のことだったのかぁ……」
葵が真下を見れば、足の接するべきである地面は存在しておらず。
つまりは、これから葵は落下していくということだ。
「……やばいやばイヤバいヤバイっ!」
葵の頭の中ではそんな風にセリフを吐いているつもりなのだが、実際には風圧によって唇が歪み、単語として聞き取れぬ音になっている。
何が一番“ヤバい”のかと言うと、周りの風景がソレだった。
何処を見ても薄暗く先の見えぬ光景と、空間そのもの雰囲気の影響があり、今自身がどの位の速さで落下しているのか、地面まで後どの位なのかが分からない。
「引っ掛けるもの……無い! 空なんて飛べない! ……あっ」
手段が浮かばない中で、余熱的に冴え渡った五感がふと何かを察知する。
建物の屋根、そして三人の人物。
まだ遠くにあるそれらを認識した葵は空気に圧されながらも両腕を真下へと伸ばし、魔力を集中させる。
「また、これか……」
先の戦闘において扱った技。
魔力を炸裂させるそれを行った結果、葵の体はごく一瞬だけ空中で静止したものの、しかしだからといって空を飛べる訳ではなく、葵は再び自由落下を始める。
■
「……なんですか? この音……」
「……上っ!?」
ヒビのような音に続けて鳴った破裂音に首を傾げるシャミ子、そして経験からすぐさまに答えを導き出す桃。
拘束のせいで動くことが難しいしおんを除く二人は天を見上げ、人型の何かが落ちてくるのを視認する。
「──ぐぺっ」
地面に叩きつけられて発生した衝撃音と、それに対して小さな声。
当然呆然としていた三人だったが、その不審物を視認して一番先に動いた者は桃だった。
「葵? ……あおいっ!」
葵が消えた時に落とし、桃が持っていた杖が地面に落ちてカランと音が鳴る。
最初の一歩は弱々しく、しかし二歩目からはしっかりと踏みしめ、名を呼びながら駆け寄る桃。
ダメージを受けてピクピクと指を動かす葵の前で僅かに硬直していたものの、次の瞬間にはうつ伏せに倒れ付す葵に上から覆いかぶさった。
「良かった……」
ただひたすらに、その言葉だけを桃は繰り返す。
そして葵も、未だ問題は山積みであるとはいえ、背中からの体温と心音、漏れる呼吸に震える声を感じ取り、ようやく“戻ってきた”のだと自覚した。
「……心配掛けて、ごめん」
「……ううん」
「優子も、ありがとう」
「どういたしまして、です。……お疲れ様でした」
体を起こし、謝罪と感謝の意を葵が伝えると、シャミ子は複雑そうな表情を見せながらも言葉を返す。
後半の小声でのソレを聞き取ることが出来たことで、シャミ子がどの様な行動を取っていたのかを葵はある程度察する。
そして、葵に腕を回して顔を埋める桃は一瞬光に包まれ、光の魔法少女へと戻ったのだった。
「……あー、小倉さん。無事で何より」
「……せんぱい、紐無しバンジーでもしてたのぉ……?」
何が起こっているのか、流石に把握が出来ないと言った感じである、しおんの表情と声。
そんな様子の彼女を見て葵は安堵と不安という真逆の感情がそれぞれ渦巻くが、どうにか心の中だけで留める。
「……まあいいやぁ……」
「葵、何を──」
「そんなことより、そろそろ結界が爆発するから逃げよう」
「……え?」
「この世界は清掃が終わると爆発して消えます」
何かを言おうとした桃を遮りつつ、小刻みに震えるしおんの言葉を葵を含めた他三名が聞き返すと、シンプルなその結末を説明された。
葵もこれは聞いておらず、少しの間の後に場の面々は恐慌に包まれる。
「どうして教えてくれなかったのかな!?」
「教えたら絶対迎えに来てくれないとおもってぇ……」
「やっぱりまだ、駄目なのか……」
「っ……確かにちょっと危なかったけど! 葵にあそこまで言わせたんだよ!?」
怯えているしおんの釈明を聞いた葵はずーんと落ち込み、それを見て詰め寄る桃。
「……せんぱいの事はそれなりに信用してるけどぉ……でも千代田さんは私の事ぉ……」
「それは本物という確信が無かったからっ……!!」
「仲良くしましょぉぉ……」
「……桃」
少々おぼつかない足取りではあるが、葵は杖を左手に立ち上がり、桃の名を呼びつつ彼女の左手を己の右手で握る。
二人の人物からの頼みを果たせるかは未だ分からぬが、それでも先程まで負担をかけていた分を少しでも取り戻さねばならない。
「葵……」
「大丈夫。……小倉さん、説明の時間はある?」
「えっとぉ……」
一瞬驚いた様子の桃は、葵に言葉を返されると強く手を握り返す。
そして始まったしおんによる説明。
曰く、この空間はまちがいによって過剰に膨らんでおり、支えとなっていたそれが全て消えると一気に収縮する。
そうなると今度は中心部の重力が高まり爆発する……ということらしい。
「どうやって逃げればいいんですか?」
「結界が爆発することを内緒にしていた以外は、千代田さんと電話で打ち合わせした通りだよ」
それぞれの世界のギャップが無くなった為、結界に穴を開けそこを通るだけ。
よくは理解できない理論であったが、葵が桃の方を見ると彼女は少々焦っている様に見えるが頷く。
「ただ逃げる過程がタイムアタックになるからちょっと焦るだけ……」
「タイムアタックになるだけでだいぶ話変わってくるんだけどね。
……シャミ子は手負いのカメより足が遅いんだよ!?
葵だって……あんな、事に……っ。……知ってたら……!」
顔をしおんの方へと戻した桃は、悲痛な表情でそう言う。
現在の葵が万全でないことはある程度見抜かれているらしい。
「……私、なんかときどき勘が良くてぇ……。
私の勘だと三人が来てくれるのが一番いい感じになりそうだったの」
「……」
一歩前に居る桃の後ろで、葵は思考する。
あの邂逅へと導くために、しおんに天啓のようなものが下りて来ていたのだろうか。
「だいじょうぶ! ちゃんといろいろ計算してるから余裕で逃げられるよぉ。
まずはシャミ子ちゃんの携帯で外の世界に連絡して!」
「あ……えっと、携帯使えません」
「えっ?」
「なぜか圏外から戻らなくて……」
(……ああ、そうか)
しおんが硬直し、声を震わせて軌道を修正しようとしている中で葵は推論を立てた。
今は余りそれは関係ない事ではあるが、そうせざるを得なかった要因たる人物を思い浮かべようとした所で、耳に風切り音が入る。
「話は聞かせてもらった!」
「……ごせんぞ!」
足元に跳んできた邪神像からリリスの声が響く。
ビーコンによって話を聞いていたミカンの手で、リリスの意識が戻った像を縛り付けた光の矢が打ち出されたようであり、それによってミカンとの連絡が回復した。
『みんな、聞こえるかしら?』
「ミカンさん!」
『葵は……ちょっと色々思ってはいるけど今は早く帰ってきなさい!
矢についた魔法のヒモを伝って!』
「……助かるよ、ミカン」
「あ、よかった。計算とあってきたぁ。あとは走って逃げよ……あれ?」
一瞬黙しながらも葵は言葉を返し、安堵の息を付くしおんと共に一行はヒモの伸びる先を視線で辿るも、その始点は浮島になっている足場から遠く離れた空中にある。
「……計算とぜんぜん違ぁう……。
出口は最大でも数十センチの誤差のはずなんだけどぉ……」
ぐるぐると目を回し、あからさまに慌てた様子でブツブツと纏まらない計算を口にするしおん。
桃と、そして葵は各々握った手を解くと、しおんにに近づき拘束用に巻きつけられた布団の上から支えた。
「小倉さんがその調子だとこっちも狂うから、落ち着いて」
「っていうかごめん、布団もほどくから。
葵、刃物ある? 今ちょっと刀出せない」
そう請われた葵は爪楊枝から小さな刃を生成し、布団に巻き付いたロープを切断する。
そして桃と目を合わせた後、地面に座り込むしおんを支えて立ち上がらせた。
「……せんぱい」
「……俺より、助け出した桃の方が良いかな」
「……このままで、いいよぉ……」
葵の腕を掴んでしおんがそう呟くと、シャミ子も桃も共に複雑そうであり、葵はそれを察知して密かに唇を噛む。
「この距離……大体800メートルくらいかなぁ……。
何かここの物を持ち帰ろうとしてない? 大きめのもの」
「してないよ」
(ここの、物?)
脳裏に浮かぶ、二つの“まちがい”。
その
ハッと意識が戻れば、いつの間にやら一行の居る足場、ひいては空間が崩れ始めていた。
「……っ。三人とも、走り幅跳びは何メートル
「漢字間違ってない? ……500だとしてもキツイかな」
更に焦る桃による案だが、葵も含めてその返事は芳しくはない。
「……冷静に考えたら私もこの距離を一跳びはできない。
タイムアタックはこういう思考になるから良くないね」
「どうする……?」
天から多数の瓦礫のようなものが落ちてくる中で、ジリジリと追い詰められていく一行。
思わず脚を強く踏みしめてしまう葵だが、ふと、しおんを支えている側とは逆方向から何かの気配を感じ取る。
『ゲームにある程度熟れて来た頃に上級テク真似しようとして余計に時間かかるの、よくあるよねぇ』
「……!?」
思わず葵はそちらに顔を向けるも、そこには何も見えない。
しかし見えないだけで、確かに彼がそこに居る。
少し前に消滅した筈であるその声の主、“千代田葵”がそこに存在している。
(何で……!?)
『前見てなよ、怪しまれるから。
いやボクもね? 消滅したかと思ってたんだけど……どうにも意識だけが存在してる。
なんとなく様子見に来たらこんな状態で驚いたよ』
(……)
『ところで……一つ名案があるんだけど、乗る? と言うか乗るよね。時間無いし』
葵にしか聞こえていないらしいその声は、先程の飄々としたものから、煽るようなものへと変わる。
そんな、冷たくも感じる言葉を聞いた葵は息を呑み、そしてしおんの方へと顔を動かす。
「……小倉さん」
「せんぱい……?」
「……ごめん、やることが出来た。……一人で立てる?」
「……うん」
少々の名残惜しさは見えたが、葵の問いに対してしおんは肯定を返し、そして手を解いて葵から離れる。
そんな彼女の様子に葵は避けられぬ罪悪感を覚えるも、頭に流れ込んでくる指示に従い、しおんを立ち上がらせる際に再度放棄していた杖を拾い上げた。
「……優子! 桃!」
「へっ?」「葵?」
「俺が、時間を稼ぐ。その間に脱出の算段を立てて欲しい」
「どうやって……?」
葵はそれに答える事は無く、両手で強く握り締めた杖を足場へと勢いよく突き刺す。
魔力を杖へと流し込み、更にその下へ。
指示に従い葵が魔力操作を行った結果、空間の崩壊は留まる。
「ッ……!」
「あお、い……? ……」
名を呼ばれるも、歯を食いしばり汗をダラダラと流す葵からの反応はなかった。
そんな彼を見ていた桃には策が浮かんだようだが、その険しい表情は変わらない。
「……アレなら、走ってあそこまで。……駄目、闇堕ちしたから魔力が足りない……!」
『ありゃ。……仕方ない。少し構成変えるけど、
肯定だろうと否定だろうと、言葉での返答など求めてはいない。
と、そう言わんばかりに葵の頭に新たなるイメージが叩き込まれ、葵はそれに合わせて魔力操作を変調させる。
「……!? 魔力が回復してる……葵っ!?」
「……」
「……これなら、行ける。
変身っ……! ハートフルチャージ──セカンドハーヴェストフォーム!!」
己に譲渡された力の正体を悟った桃は葵から視線を外し、パクトを掲げて叫ぶ。
そして歌とともに光に包まれた彼女は、廃工場で見せたそのフォームへと変身していた。
『うっわ、実際に見るとスンゴイ格好。……あー、ボクの知ってる桃もこんな感じだったのかもな〜』
桃の姿を認識したらしい“葵”は引き気味の声を出し、そして次に感慨深そうに呟く。
当然その言葉は桃に聞こえることは無く、彼女はシャミ子としおんの身をひったくるように持ち上げて魔力のヒモの上を走って行き、あっという間に結界の外へと脱出を成功させた。
「おい! 余を置いて行くな!」
『葵っ! ヒモを掴んで! 私が引っ張り上げるから!』
「よし……」
場に残された邪神像からの桃の声を聞いた葵は安心したように声を漏らし、そして杖を掴んだまま虚空を見る。
(……貴方も、一緒には……)
『駄目だよ。肉体のないボクは、この空間の力でギリギリ存在を保ってる。
外には出られない。どちらにせよここで消える運命なんだ』
(……よりしろ、とかは……)
『ボクと君が二人居たらややこしいったらありゃしない。
さっき似たような事言ったけど、ボクは桃達を惑わせるような真似はしたくないんだよ』
『葵! 聞こえてないの!?』
邪神像から、明らかに焦っている様子の桃の声が響く。
『そもそも、ボクが未練たらしく消えなかったからこんなに距離が出来てるんだ。
つまり、知ってたのに残ってた。
だから……君達を向こうへと無事に送り届けるのが、ボクの最期の罪滅ぼし』
(く……)
『……何度も、桃を待たせるものじゃない。行きなよ』
そう言い放たれると、葵の手足が彼の意思とは関係なくひとりでに動き出す。
葵に抵抗は出来ず、その手はがっしりとヒモと邪神像を掴み取る。
「『……桃! 掴んだから、頼んだ!』」
邪神像やビーコンを介した通信ではなく、結界に空いた穴へと向けた大きな声が葵の口ではない場所から響くと、その瞬間に凄まじい力をもってして一人と一体は引っ張り上げられ、すぐに空間からその姿は消えていった。
『……やっぱり、駄目だな。後悔しか無い。
桃に意地悪なんて、するもんじゃあないね……』
■
「……桃」
ばんだ荘の外廊下。
邪神像を片手に座り込む葵は上を見上げて名を呼ぶ。
「……ばか」
何故か足元を覗き込んで興奮しているしおんに構うことはなく、桃はボソリとそう漏らす。
「葵の、ばかっ!」
吐き捨てるようにそう罵ると、桃は葵に向かって強く抱きつき、そして呼吸を乱して泣き喚く。
「……うそつき。いなくならないって言ったのに。何度も、なんども……」
「……ごめん」
「……ゆるさない。だから……今日は一緒に……」
「……」
たったそれだけの事で、桃の傷を埋め合わせられるのかと葵は黙り込む。
そんな姿に何を思ったのかは不明ながら、桃は立ち上がって階段の方へと歩いてゆく。
「……先に、葵の家に行ってるね」
それなりにしっかりとした足取りで去ってゆく桃を見て、葵は対照的にフラフラと手すりに捕まりながら立ち上がる。
結界の中で起こった事を八つ当たり的に叫びたい気分にもなっていたが、口が開くことはなく。
どうやら“呪い”の効力は本物であるらしい。
「……優子。今日は本当に助かったよ」
「……はい」
何処までをもう一人のグシオンから聞いたのか、それが分からぬ葵であるが、この礼は心からのもの。
あの電話をもらう瞬間まで、葵の心は完全に折れていた。
「……ミカンも、ウガルルちゃんも、ありがとう」
「んが……?」
「おかえりなさい、葵。……それよりも、早く行ってあげなさい」
困惑するウガルルを撫でているミカンからの返答は、ただそれだけ。
“葵”からの合格を取り付けたのには、間違いなく二人の力があるにも関わらず、葵は何も返せない。
「……小倉さん」
「……」
「……無事で良かった」
その感情は、果たして本当に純粋な心配と安堵であるのか。
存在していなければ頼みを遂行できないという、自分勝手な物ではないのか。
そんな考えが葵には浮かんでいる。
「……せんぱいが何してたのかは知らないけどぉ……あそこが崩壊してた時は結構かっこよかったと思うよぉ。桃さま程じゃないけどぉ……」
しおんはそう言うものの、そもそも桃が闇に堕ちて魔力が不足していた要因も葵だ。
葵が未熟でなければ、ずっと簡潔に済んでいた案件だった。
「……さっきやってた事、詳しく調べさせてほしいなぁ……」
「……また今度ね。必ず」
■
何も聞かれることはなく、何も出来たことはなく。
暗闇の中、葵の背中には布団の感触。
そして上半身は固く繋ぎ止められている。
彼女による震える息と、そして湿った寝言のみが響いている中、全く別の声が葵の頭の中に響く。
『……起きておるか?』
『……寝てたらどうするつもりだったんですか?』
『ハッ。余を待っていたのだろう』
鼻で笑われる葵。
その正体は、言うまでもなくリリスによるテレパシーである。
『お主が戦っていた時にもな、余は何度かテレパシーを送った。
届かなかったようだがな。
どうやらよりしろのコレもそこまで便利なものではないらしい』
その原因は結界によるものなのか、それとも“葵”による妨害なのか。
もし後者だとしたのならば……その理由は、『話は聞かれたくないが存在は認識させたい』という物なのかもしれない。
『まあこれはどうでも良い。お主……あそこで、誰と話しておった?』
『……よく分かりましたね』
『余をナメるなよ?そういった気配には敏感なのだ、余は』
葵が脱出する直前、その行動を見ていたのはリリスのみ。
どう説得するか葵は悩むが、時間だけが過ぎてゆく。
『……これも言えぬか。……仕方あるまい、ミカンからの伝言だぞ』
『……』
『待ってるわ、だそうだ。罪深い奴だな、お主は。
……余からは聞かんでおいてやろう。
だが何時までも保つ状況ではないぞ』
『……大人ですね、リリス様は』
『お? なんだ? 煽っておるのか?』
『本心ですよ』