まちカド木属性   作:ミクマ

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歓迎するわ

「それで、その子が噂の?」

 

「そう、田木アイちゃんよ」

 

 スイーツラウンジ桜が丘店。

 その店先にて杏里が問いを出し、ミカンが答える。

 そのやり取りは事前に打ち合わせが為された上のものであるらしい。

 

「……初めまして。田木、アイです」

 

 “田木アイ”という偽名。

 それがこの場で葵が演じる立場なのであるが、ミカンからそう名乗るように通告された時の葵の心境は困惑が強い物だった。

 『アイちゃん』という呼称を公にして良いのかと、そんな疑問が浮かぶも、しかしそれに触れる気力もなく。

 

「初めまして! 私、永山。遠慮しないで、今日は楽しもうね!」

 

 隠れていた桃の後ろから姿を現して行われた葵の挨拶に、最初に返答をしたのは永山と言うらしいマイペースっぽく見える少女。

 永山に続けて、南野、鶴牧と名乗った両名からも概ね同じような言葉を掛けられる。

 

「落合です。……よろしくお願いします」

 

 ただ、四番目に話しかけてきた落合の心境は、先の三人と比べて少々複雑なようだ。

 もっとも、単なる挨拶だけでも相当に疲労をしてしまった葵はそれに気がつくことはなく、一行と共に店内へと入る事となる。

 

「……席、どうしましょうか?」

 

 そんな質問をしたのは、先払いの会計を最後に済ませた葵。

 四人席が並んでおり、かつ九人組である以上、そのままだと一人はあぶれてしまう。

 わちゃわちゃと、いかにもな賑やかさでその指示を出す委員会の面々をよそに、葵は断りを入れた上で先にケーキが並べられているカウンターへと向かう。

 物理的にも、心理的にも距離を取ることで、僅かながらも休息を取りたかったが故の行動だ。

 

「疲れてる? ……葵」

 

「……杏里」

 

 トレーを持った所でかけられた声、そして呼ばれた名前。

 それの主を察した葵はごく小さな地声で呼び返す。

 

「……ホントに葵なんだね。正直、今の今まで半信半疑だったよ」

 

 ついでに言えば、葵の声は意識して低くしていたのだが、それに威圧感などは一切存在していない。

 それとは別の要因で、杏里は軽く驚いた様子を見せる。

 

「どこまでが計画なの?」

 

「計画……っていうかさ。焼肉の件のお詫びなんだよ。

 葵にも迷惑かけちゃったし。

 賑やかなの、嫌いじゃないでしょ? 葵」

 

「……自分がこんな状態じゃなければね……」

 

「いやー、そこはね〜……」

 

 何らかの弁解をしようとしたらしい杏里であったが、そこで背後から聞こえる声の変化を感じ取った。

 振り返れば、店員に許可を得て隣のテーブルを一つ移動させようとしている光景が目に入り、それを認識した葵は未だ一つのケーキも取っていなかった事を幸いとして座席の方に向かい手伝おうとしたのだが、杏里に止められる。

 

「ダメダメ。今日は私たちがもてなす側なんだから」

 

「……」

 

 葵のトレーにケーキを載せながらそう言った杏里は、葵が何かを返すより先にカウンターを進んでいってしまった。

 呆然としつつも葵は視線をトレーへと向け、ケーキを見ると喉を鳴らす。

 ある程度紛れこそしたものの、今現在も葵は空腹と言わざるを得ない状態なのだ。

 

 ■

 

 葵自身、甘いものは嫌いではない。

 皆の手前がっつく様な真似は当然しないが、それでも割と多めの数を葵は取った。

 葵の座席は移動させたテーブルに合わせた通路側の椅子であり、隣からの声をBGMにして

 ケーキに手を付け始める。

 

「……ケーキ、好きなんだね」

 

「そう……ですね」

 

 ゆっくりと咀嚼して嚥下をし、笑みを漏らす葵を見て横に座る杏里が漏らした言葉。

 それに対して葵は一瞬詰まらせ、口調を作って返す。

 どうやら杏里は葵の振る舞いが意外であったらしい。

 

「……いいトコのお嬢様って感じ」

 

「……!」

 

 続けて為された品評に、葵は多少取り戻していた落ち着きを再び失う。

 それを誤魔化すようにもう一口を放り込むも、緊張からか味を感じ取れず。

 

「千代田さん……たちにきちんとお礼が言いたかっただけです!」

 

「お礼……でもあれは……」

 

 そんな中、壁際に座る落合が赤面して叫ぶと、対面の桃は一瞬だけ葵の方を見る。

 どうやら、体育祭の準備中に起こりかけた大規模なミカンの呪いから、咄嗟に庇おうとした桃に落合は憧れているらしい。

 ただ、結果的には例の護符によって呪いは発動せず、床にペンキをぶちまけた事とミカンが頭を強打した事が最大の被害となっていた。

 

「推しとかそういう感じじゃないです!」

 

「千代田さんちの床になりたいって言ってたじゃん。魔のものを鑑賞したいって」

 

「ど〜してそういうこと言っちゃうのぉ!」

 

「ぁ……。……タキちゃんは好きな人の家の床とか壁になりたかったりする〜?」

 

「ぉ……わたしの事を何だと思ってるんですか……!」

 

「結構マニアックな雰囲気あるかな〜って」

 

 一線は超えぬようにしつつも投げられた杏里のからかいに、葵は手に持つフォークを変形させかねない力を加えながらどうにか返す。

 杏里がひとまず充たされたような表情を見せ、葵が一呼吸おいて顔を上げると、同じテーブルの壁際にはシャミ子とミカン、そして永山が座っていた。

 

「身内ノリですほんと! 忘れて下さい!」

 

「うちらだって仲いいだろ」

 

「……ふふ、面白い」

 

「……」

 

 横から聞こえる会話を払いのけるように、葵は更にケーキを含むも、それで済む訳もなく。

 

「っていうか同学年だしタメ口でいいよ。おっち」

 

「あ……え……桃さまぁ……」

 

「シャミ子、ぶくぶくは行儀が──」

 

 と、そこで。

 何故かストローに息を吹き入れているシャミ子に杏里が注意をしようとしていたのだが、唐突に盛大な金属音が響く。

 

「──へ?」

 

 場の面々がキョロキョロと周囲を見渡せば、近くの床にはフォークが落ちている。

 ただし葵は例外であり、彼は己のやらかしに呆然としていた。

 

「ご……ごめんなさい。ちょっと手が滑ってしまって……」

 

 空気が凍っていた中、声を上げたことで注目を浴びている葵は立ち上がり、床のフォークを拾う。

 音の正体とは、葵がうっかり勢いよくフォークを飛ばし、それが照明器具に当たったことによるものだった。

 

(……こんなに調子悪くなるものなのか……)

 

 テーブルから離れ、食器の返却口の前で葵は密かに息を付く。

 運良く人や、電灯そのものや窓のようなガラス製品に当たらなかったとはいえ、下手を打てば惨状を引き起こしていた可能性すらある葵の失敗。

 

 要因として考えられるのはやはり昨日の出来事だが、それだけという訳でもないだろう。

 端的に言えば、葵は桃と落合達の会話を聞いて嫉妬をしていた。

 己が多少独占欲が強い方であるとは考えていたものの、これ程までに心をかき乱されてしまった事に、葵は驚愕を覚える。

 

 そんな状態で皆の所へ戻ろうとは思えず、しかしそれでいて微妙に変化した雰囲気の会話はどうしても気になってしまう。

 葵は既に再開されていたそれ自体には聞き耳を立てており、どうやら落合たちが魔法少女についての質問をぶつけているようだ。

 

「もしシャミ子ちゃん襲ったら何ポイントなの?」

 

「え? シャミ子? うーん……シャミ子は弱いから0ポイント」

 

「なんだときさま!?」

 

(……たぶん、建前だよね)

 

 南野の問いに、一瞬悩む様子を見せて返す桃。

 遠巻きにやりとりを観察していた葵は、そんな判断を下す。

 

 葵はジキエルの勧誘を偶然見ただけで、シャミ子へ強い警戒心を表していたことは良子から聞いたに過ぎず、戦闘力が皆無である白澤の封印によりポイントが与えられた光景も見ていない。

 そんな認識の葵が、答えを出すに至った材料。

 

「ッ……」

 

 ピクリと、僅かな痙攣を起こす葵。

 

(……思想に関係なく、純粋な驚異度で。……俺の場合は……)

 

 強制的に、思考がとある記憶に引っ張られてしまう。

 結界の裏側で得た情報も合わせ、葵は体を震わせるが、片手で己の身を抱きしめて抑える。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 配慮の声に反応して葵が顔を上げれば、そこにはミカンがいた。

 

「……無理、させたかしら」

 

 申し訳なさそうな言葉だが、葵は今の格好そのものについては半分馴染み始めていた。

 ミカンの考えている事とは異なると、そんな意思を伝えるために首を振り、そして葵は口を開く。

 

「いや、これは──」

 

「そういえば桃さまって、例の噂あるよね。“世界を救った”ってやつ! あれ、本当なの?」

 

 しかし葵の言葉は途中で途切れてしまう。

 落合が発した“噂”を聞いたミカンは完全に意識がそちらに向かってしまっており、その様子からして、どうやら彼女はそれを知らなかったらしい。

 

「それは……そっか、そういう認識になってるのか……。

 うーん……その話は……私も整理が出来てなくて……ちょっと……ごめんね」

 

 当然、葵もそれを聞いて何も考えないという事はない。

 桃に対して葵がその噂を話題にあげたのは、夏休み序盤に廃工場を探索した日の事。

 今、桃はあの様な反応を見せているが、あの時の会話は無神経だったかと今更に悔やむ。

 

(……いや、待てよ……?)

 

 葵があの場所へ行かなかった理由は桜の忠告があってのこと。

 それはおそらく間違いはない。

 ただ、彼女とはまた別の人物からの忠告……もとい、助言もあったのかもしれない。

 

「……嘘、ばっかりだな」

 

 ポツリと、呟く。

 

 幸いにも隣に居るミカンには聞かれていなかったようだが、あまりにも長い間立ち続けていた事で従業員から妙な目を向けられている事に気が付き、葵はトレーを持つ。

 そして、どれを取るのか悩んでいるフリするためにカウンターを見渡していた葵は、ある物を見つけた。

 

「オニオンケーキ。そっち系もあるのか……」

 

 好物がメインである品を取り満足げな声を出す葵。

 しかしそこに、櫛切りにされた柑橘から絞られた液体が垂らされる。

 

「……ああ、うん。分かってた」

 

「テーブルのケーキにもかけておいたわよ」

 

 何も迷いなど存在しないとばかりに、ミカンはドヤ顔でそう宣告した。

 

「……桃! ファンの数で勝ちました〜! 今日は私の勝ちですね〜っ!」

 

 ある意味で平常に近い光景から一種の安らぎを感じていた葵だったのだが、唐突なシャミ子の叫びにそちらを見る。

 その先の、言葉そのままに嬉しそうなシャミ子にも同様の感情を得た所で、なんとなく僅かに視線を横にずらす。

 

「──……!」

 

 隣に座る永山がシャミ子にしている行動を視認し、葵が漏らした虫の羽音のようなか細い声。

 それも、ミカンには聞かれなかったようだ。

 

 ■

 

「タキちゃんこっち座りなよ!」

 

「でも、それですと……」

 

「いいからいいから」

 

 混乱しながらもようやくテーブルへと戻った葵は、永山に隣に座るよう示された。

 ただそうなると永山はシャミ子と葵に挟まれる形となり、料理を取りに行くのに支障が出るのではないかと一度は遠慮をするも、押し負けて従う事となる。

 

「ねえタキちゃん、さっきの私たちの話聞いてた?」

 

「え……ええ」

 

「私はシャミ子ちゃん推しなんだけどね、結構きみにも興味あるんだよ」

 

「はい……?」

 

 “田木アイ”とは今日が初対面であるはずであるのにそんな事を言われ、葵は困惑する。

 ウガルル召喚の際に会ってはいるし、何ならまぞくとして覚醒する前のシャミ子を迎えに言った際に見かけた記憶はあるが、今の状況にはそぐわないはずだ。

 

 そんな考えを頭に巡らせていた葵だが、気が付けば永山は葵の手の甲に自らの手を沿わせていた。

 

「永山、さん……?」

 

「スベスベだねぇ。羨ましいくらい」

 

 永山はそのまま手を滑らせてゆき、ミカンの策略によって露出することとなった肩へ。

 そして次は横の首へと向かうが、そこは少々マズい。

 元からあまり目立たない喉仏を上からチョーカーで隠しているとはいえ、直接触れられば流石にバレてしまうだろう。

 

 そんな葵の焦りを知ってか知らずか、永山は手を下へと移動させた。

 

「ちょっ……そこは……!」

 

「大丈夫大丈夫。女の子同士なんだからこの位ふつーだよ」

 

「ぅ……!」

 

 思わず漏らしそうになった悲鳴を、口を固く結んだ上で手で抑えて葵は止める。

 咄嗟のそれは流石に裏声には出来ず、顔を真っ赤に染めて固まる葵だが、それがまた永山の熱を煽るようだ。

 どうにかしてもらおうと葵が周囲を見るも、残りの委員会メンバーはハラハラしており、シャミ子とミカンに杏里は息を呑んでいる。

 

「うへへぇ……」

 

「も、も……」

 

「……あれ? これなーに?」

 

 席の関係で表情の見えないその人物の名を葵が呼ぶ中、手を更に下げた永山が首を傾げて問いを出す。

 

「コルセット……じゃないね」

 

 胸部のやや下に何かを感じ取ったらしい永山は、そこにあるものを服越しに指で突く。

 弾力のあるそれの正体とは、袖の薄い服を着た事で隠し場所に困った白蛇。

 胴に巻き付く、喉仏以上にマズいそれが割れそうになった所で、葵の体は強く引っ張られる。

 

「ストップ。そういう事弱いからダメ」

 

「女子会怖いジョシコワイ……」

 

 いつの間にか包囲から抜け出し、葵を抱き寄せる桃。

 涙目で怯える葵を見て忠告が為され、黄色い悲鳴があがる。

 

「もう少しだったのに〜。

 あんまりにも無防備すぎて新しい扉開き……開く開く開く……。

 あっ。開いてきたかもしれ、な……」

 

「ちょっ、にゃが!? 何を開いてるの!?」

 

 眼に強く光を取り込み、そのまま天にでも昇っていきそうな雰囲気を醸し出していた永山。

 友人たちによってすんでの所で引き止められると、頬に手を当てて震えた息を吐く。

 

「ほんとにヤバいよ……! 

 立ち振る舞い含めてどう見ても女の子にしか見えないのに実は男の子だなんて……! 

 シャミ子ちゃんとペアで推しちゃいそう……」

 

「……は?」

 

 エーテル体から発された波動を嗅ぎ取った葵は多少の落ち着きを取り戻そうとしていたのだが、永山による品評を聞いて再び固まる。

 

「……あっ」

 

 自分が何を口走ってしまったのかを察して呆けた声を出す永山を見て、冷水をかけられたかのように葵は悪寒を覚え、そして今までにあった不自然な点を思い返す。

 

 適当すぎる偽名。

 何処に住んでいるのだとか、何処の学校に通っているのだとかを一切問われない。

 小声とはいえ、地声に反応しない者たち。

 

 などなど。

 一瞬緩んだ拘束から抜け出して飛び退き、桃が名残惜しそうに手を伸ばす中、葵は出入り口を背にしてその答えを導き出す。

 

「まさかっ……最初から……!?」

 

 ■

 

「あのー……喬木……さん」

 

 店外に出て風に当たり、真っ白になってたそがれる葵に近づく人物。

 引け目を感じているのが目に見える彼女は、落合だ。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「……まあ、うん」

 

「にゃがも悪気があったわけじゃないんです。ちょっと、暴走しちゃったっていうか……」

 

「あー……。少し怖かったけど、怒ってはいないから」

 

 紛れもなくこれは本音。

 悪く言えば騙されていたとも取れるのだが、不思議と不快感は全く湧かない。

 むしろこの感情は──。

 

「嬉しい、のかな」

 

「嬉しい?」

 

「……発端は多分ミカンなんだろうけど、優子も桃も……杏里も。

 そこまでやっても問題無いって、そういう遠慮のなさが嬉しい……のかも」

 

「……」

 

「……んんっ。なんか変なこと言っちゃったね。気にしないで」

 

 咳払いをし、そして赤面して忘れるように促す葵だが、落合はむしろその言葉を反芻しているようにも見えた。

 それは葵にも感じ取れ、話を逸らそうと頭をひねる。

 

「……今日は、みんな学校でうまくやれてるって分かって安心したよ。

 俺は高校別だからさ、その辺りやっぱり心配なんだ。

 当人とか、杏里以外からの話はなかなか聞けないしね」

 

 そう言いつつ、ある種一番心配になってきたしおんの事を思い浮かべる葵だが、口には出さず。

 

「……これからも、優子達と仲良くしてくれると嬉しいな」

 

「……もしかして、嫌だったりします? 桃さま達にファンが増えるの」

 

「……そんなに分かりやすいかな、俺」

 

 懇願しながらも浮かんでしまった負の感情を隠そうとしたものの、あっさりと落合に見抜かれてやつれたように葵は愚痴をこぼす。

 

「その……私も、おんなじ事思っちゃったことがあるので」

 

「……そっかあ……」

 

 千代田桃のファンにとっては、葵の存在は眼の上のたんこぶに等しいものだろう。

 そしてそれは桃に限らず、シャミ子やミカンも同様に。

 

「でもっ! 桃さまが楽しく思ってるならそれで良いんです!」

 

「……俺といて、楽しく思って貰えてるかな」

 

「もちろんですよ! 今日も……特に、さっき喬木さんを抱きしめてた時とか……!」

 

「……!」

 

 漏らしてしまった弱音にフォローを入れられ、どうにも気恥ずかしさを葵は隠せない。

 

「落合さんは、桃に庇ってもらったんだっけ?」

 

「あ、はい。実際には何とも無かったんですけど……」

 

「……一つ、聞きたいんだけどさ。

 黒っぽい服と、魔法少女のピンク系の服。桃にはどっちが似合ってると思う?」

 

 ちょっとした興味から出したその問い。

 聞いた状況から得た一筋の道に縋るようなそれを聞くと、落合は深く悩んでいるように見える。

 

「うーん……今着てるみたいなのももちろんカッコいいですけど……私はピンクの方が好きかもしれません」

 

「良いよね、ピンク。

 桃が着てると、凛々しさと可愛さがハイレベルに同居してる感じ」

 

「そうそうっ! 矛盾してるはずなのに、お互いを引き立て合ってて! 

 海外のお人形さんみたいっていうか、次元が違うっていうか!」

 

「……フフ。でも桃は目の前に居るんだよ」

 

「ただ立ってる後ろ姿だけであんなにカッコいいのに、本当に守ってもらえたらどれだけ凄いんだろうって、ずっと考えてて……!」

 

「……実入りのある話ができて嬉しいよ」

 

「私も……こんなに趣味が合う人がいて良かった……!」

 

 気が付けば、二人は無意識の内にがっしりと握手を交わしていた。

 好きなものが有名になりすぎるのはもやもやすると言う実に面倒な性格をしている葵だが、なんだかんだで話が盛り上がるのは楽しいものだ。

 

 そうして悦に入っていた葵であるが、対して落合は少々慌てた様子を見せる。

 

「あっ……ごめんなさい! 先輩なのに馴れ馴れしく……敬語も……」

 

「大丈夫だよ。高校別だし、そもそも自分に年上の威厳あるって思って無いし」

 

「でも……」

 

 葵はおどけた調子で宥めるも、落合はまだ遠慮が抜けきらないらしい。

 

「……あの。ミカンちゃんの……呪い? ……で、何も起きなかったのって喬木さんが関わってるんですよね?」

 

「誰かから聞いたの?」

 

「そういう訳じゃないんですけど……桃さまに庇ってもらった後に、ミカンちゃんが床に落ちてた物を集めながら喬木さんの名前を呼んでたので」

 

「……」

 

 直接立ち会わなかったその現場で起こったことについて、葵は大まかなあらましは聞いていたが、詳細は知らない。

 ミカンに直接聞く、という行動を起こす気にも成らず。

 

「やっぱりそうなんですね。ありがとうございました」

 

「……どういたしまして」

 

 礼を言われれば、そう返さざるを得ない。

 ただ、葵にとってそれはあまりしっくり来ないものだった。

 結局の所、肝心な時には桃に臨戦態勢を取らせてしまう程度のものだった、と言う認識が上がってしまう。

 

 そんな悩みから沈黙してしまった葵を見た落合も気まずさを感じてしまったようで、葵は彼女にどう対応するか考えるも、直接的な言葉でのそれを諦め懐からスマホを取り出す。

 店内から出てきたもう一人には気づかずに。

 

「あ、そうだ。優子と写真共有してるグループあるんだけど入る?」

 

「ぎゃあああああっ!? 教えて頂けるのですか!!」

 

「ああん?」

 

 ■

 

「それで……今日、葵は楽しかったですか?」

 

 夜、お開きとなり帰り道を歩く四人。

 あからさまにやつれている葵に、シャミ子はおずおずとしながらも問う。

 

「……まあ、楽しくはあったよ。

 な……にゃがさんのアレだけは本当に……だった、けど」

 

 あまり口にはしたくない経験を思い返しつつ、葵は苦笑いながらも肯定する。

 終始押され気味であった彼女から、帰り際にそんなあだ名で呼ぶように葵は要求されており、シャミ子達が特に拒絶したりはしなかったが故に葵はそれを受け入れた。

 

「……てか、貴方“世界を救った”って何? 私、初耳なんですけど。

 そんな現場どうして呼んでくれなかったのよ」

 

 どうしても、ミカンはそれがくすぶっていたらしい。

 もちろんシャミ子も、そして葵にとっても同様ではあるが、桃は口を噤む。

 

「……ま! 言えないならその内……ね」

 

「……ごめん」

 

 気まずい雰囲気の中、一行はばんだ荘へとたどり着く。

 解散し、疲れた様子のシャミ子と桃が何かを話した後に各々の部屋に入っていくのを葵は視認するが、自身は庭で立ちすくむ。

 

「……葵」

 

 四度目のドアが開く音と、呼ばれた名前に葵がそちらを見れば、一度は別れながらも再び外に出できたミカンが廊下に立っていた。

 

「……えっと」

 

「……あのさ。『アイちゃん』って呼び方……広めてよかったの?」

 

「……逆に考えなさい。

 これからはみんなの前で堂々とそう呼べるようになったって事よ」

 

 言葉の切り口に迷っている様子のミカンに、葵はズレさせた話題をあえて出す。

 それが功を奏したのかは不明だが、ミカンは得意げな笑みを見せて答える。

 

「……あんまりからかい目的は止して欲しいけどね……」

 

「ふふ。……それにね」

 

 そこで一旦、ミカンは言葉を途切れさせた。

 

「……私を『なっちゃん』って呼んでくれるのは葵だけ。それは変わらないから」

 

「……!」

 

 自尊を支えるかのように語るミカンに、葵は軽く悶えるかのような衝撃を受ける。

 しかし一番心を揺さぶられたのは、彼女の言葉を否定しうるかもしれないという事を知る故だ。

 

「……葵、クレンジング……は、出来るわね……。エクステ外す……」

 

 葵の今の格好に関連した提案を発しようとしているミカン。

 間違いなく口実であろうそれだが、葵が一人で出来そうだとも思い当たってしまっているらしい。

 

「ミカン? 何してるんダ……?」

 

 と、そこで未だドアの開かれたミカンの部屋の奥から声が響く。

 

「……ミカン。今から部屋にお邪魔してもいいかな。ウガルルちゃんの事も気になるし」

 

「……ええ。歓迎するわ」

 

 これすらもまちがいへと繋がるのかもしれないという、そんな不安は否定できない。

 それでも葵は目の前に張られた道標を辿る。

 今は、それしか出来ることは無さそうだ。

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