まちカド木属性   作:ミクマ

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怒るべきなのかな

「……誰ダ?」

 

 招き入れられ、ミカンの部屋へと足を踏み入れた葵は、廊下に立つウガルルに訝しげな視線を向けられる。

 葵は今もなお女装を解いてはおらず、それを知らぬウガルルからの反応は至極当然のものだろう。

 

「……アオイ?」

 

 ただ、その直後にウガルルは何かに感づいたようにピクリと動くと、葵に近づいて頭を寄せ、スンスンと鼻を鳴らす。

 そして少しすると顔を上げ、そう名前を呼んだ。

 

「よく分かったね」

 

「アオイの匂いと魔力は分かル。今日は化粧の匂いが強かったけド。

 ……何でそんな格好してるんダ?」

 

「あー……」

 

「私が似合うと思ったから着せたのよ。皆からも大好評! 

 ……ウガルルもそう思うでしょ?」

 

「……よく分かんないけド、こういう葵も好きダ」

 

 純真な疑問を投げかけられた葵が目を泳がせていた中、そばに居たミカンが説明を入れると、ウガルルはまじまじと葵を見つめつつ肯定を返す。

 ウガルルには本日の大恥を知られたくはないと考えていた葵であったのだが、意図は読めないながらもミカンの助け舟に内心息を吐いていた。

 

 ■

 

「……葵、話せる?」

 

 ソファーではなく床にうなだれるように座る葵は、ケーキに柑橘汁をかけるか否かの攻防を眺めていたのだが、腕の動きを止めたミカンからの要請に唇を噛む。

 

「……このままじゃ、駄目な事は分かってる。これも逃げなんだ。だけど……っ」

 

「……シャミ子には、話せることなの?」

 

 葵は自身の首を縦にも横にも振れない。

 グシオンからある程度の事情を聞いているのであろうが、10年間思い出が淡く崩れ去りそうなその情報は、シャミ子ともあまり共有したくはないものだった。

 

「私に話して。お願い」

 

「……」

 

「葵……!」

 

 葵の正面に移動したミカンは、彼の肩を掴み見据えてそう言う。

 ミカンは既に何かしらの決意を固めているように見えるのだが、その足を止めているのは間違いなく葵だ。

 

「……俺は──」

 

 『ミカンならば』という余りにも不遜な考えの元、結局葵は甘えを口にする。

 

 あの結界の裏側で、瓜二つの人物と戦った事。

 その人物が、己のもう一つの可能性であったらしい事。

 そして、それについて口止めをされている事。

 

「……そんな、事に……」

 

 グシオンについては、教える気になれなかった。

 未だ、自身からしおんに対する姿勢を掴めぬ中で、ミカンが彼女を見る目を変えてしまうかもしれない事も、一つの恐怖でもある。

 

「……それは、葵が桃に言えないのよね? 私からなら──」

 

「駄目だ……っ」

 

 ミカンによる提案を遮り、葵は叫ぶ。

 

「桃に一瞬でも、まちがいの可能性を考えてほしくない」

 

「……そんな事、起きないわよ」

 

「起こらなくても、嫌なんだ。

 説得できるとしても、桃が自分自身で否定するとしても。

 頭の片隅にだって、それを置いてほしくない……!」

 

 そもそも、桃が考えすらしないという事もあるのだろう。

 しかし葵は、欠片でもその可能性を抱えたくは無かった。

 

「……ミカンは、桃の悩みを聞いてきなよ。俺にその資格はない」

 

 あの千代田葵の言葉が締め付けるように脳内を支配する中、葵はそう振り絞る。

 

「イヤよ。私が桃に聞く時は葵も一緒。

 私だって、本当は聞くのは怖い。

 だけど葵もウガルルも、シャミ子も一緒なら……大丈夫って思える。

 ……葵が聞きに行くって言うまで、私は葵を離さない。

 私が相手なら、葵は引き離すなんて出来ないでしょう?」

 

 そんな、葵の弱みを実に理解しているミカンの言葉。

 気丈に振る舞っているようではあるが、実際はその手を震わせている。

 

「私が見た夢の話、覚えてる? あの倉庫に桃と葵が来てくれたって夢。

 理屈なんか考えないで、少しくらい強引になっていいのよ」

 

 おそらく、千代田葵はその夢と似たような経験をしていたのだろう。

 しかし葵には、彼と同じ行動を取れるとは思えない。

 

「……アオイ」

 

 俯いて黙り込む葵に、今まで固唾をのんで見守っていたウガルルが声をかける。

 

「オレは、オレがミカンの中にいた時に声を掛けてくれたアオイが一番好きダ。

 メチャクチャで、何をすればいいのか分かんなかったけド、オレは嬉しかっタ。

 あの時みたいにすればイイ!」

 

「……」

 

 沈黙する中、葵はふと思い当たる。

 あの千代田葵が己の事を桃に隠すよう要望していた際、ウガルルの名を出している時が最も気まずく感じているように見えた。

 

 千代田葵が桃と共に暮らしていたのならば、こちらの桃が今が抱えている秘密を彼も共有していたのだろう。

 葵と“アイちゃん”が同一人物であるという、その事実を早い内に知ったミカンはそれに心を乱され……そして、それを一番近くからずっと見ていた者は、おそらくは。

 

 とはいえ、ウガルルも頭ごなしに人を否定し続ける性格ではない。

 対面して、早期の内に和解は成立したのだろう。

 ……それこそ、“ミカンの指示に従って”。

 

 どれだけ経過しても、しこりは残り続けていたのかもしれない。

 

「……ウガルルちゃん、ありがとう」

 

「んがっ!」

 

 今こうして、ウガルルが葵を慕ってくれている事も一つの奇跡と言えるのだろう。

 

「葵。自分だけ桃の話を聞かなくて、その後どうするつもりなの? 

 桃から離れる? ……そんな事、出来る訳無いわよね」

 

 ミカンは葵の顔に手を添えて向き直させ、そう問い詰める。

 

「……桃と、一緒にいたい」

 

「それでいいのよ。難しいことは後で考えましょう。

 さあ、行くわよ。……ウガルル!」

 

 満足そうに頷いたミカンは名を呼び、それを聞いたウガルルは部屋の片隅に置かれるダンボール箱から大きなボトルを取り出す。

 二人は顔を見合わせて頷き、あっという間に部屋を飛び出して行ってしまった。

 苦笑いをしながら葵は立ち上がったのだが、歩き出そうとした所で天井から軋む音が鳴る。

 

「……小倉さん。君にも、いつか話さなきゃいけないことがある」

 

「エサ作って貰おうと思ったけど、今日はシャミ子ちゃんに頼むかなぁ……。

 せんぱいには、また今度お願いするよぉ……」

 

「任せて」

 

「……せんぱいを先輩呼びする子、増えるとヤダかもぉ……。

 そっちの高校なら仕方ないかもだけどぉ……」

 

 葵が何かを返す前に再び軋みが始まり、音は這いずる様に隣室の方へと遠ざかってゆく。

 

 完全に消滅したと、そう葵が思っているグシオンの事は早い内に整理を付けなければならない。

 『死んだ人間は生き返らない』と言う認識の強い葵が一人で行えるかはさておき。

 

 ■

 

「そこはありがとうなんだけど、まず何で濡らしたの?」

 

 出遅れた葵が目にした光景は、濃縮ミカン汁まみれの状態で苦言を呈す桃だった。

 桃と目が合った葵は一瞬足を止めるも、次の瞬間には駆け寄る。

 

「……桃。今から滅茶苦茶な事を言うけど、許して欲しい」

 

「葵……?」

 

 困惑を見せる桃を前にして、葵は深呼吸を行い、そして手を取る。

 

「……俺には桃に言えない秘密がある。だけど、桃の話を聞きたい」

 

 理屈が通らず、無謀で、卑しく。

 そんな言葉しか掛けられない葵。

 桃はあっけにとられた様に固まった後、ゆっくりと口を開く。

 

「……どんな、秘密なの?」

 

「……桃がどう思うのかはわからない。

 もしかしたら、桃にとっては大した事じゃないのかもしれない。

 だけど……今は話せない」

 

「今は……」

 

 その単語を桃は復唱する。

 逆説的にいつかは話せる、という事が桃は嬉しいようで、僅かに口角を上げるのが見えた。

 

「それまで、葵は……」

 

 未だ、シャミ子に貸したお金を月五十円しか受け取らないことと言い、桃にとっては貸しが強く信用できる繋がりなのだろう。

 そう考える事が無くなった瞬間こそ、“桃を確実に支えられる”様になったという証なのかもしれないが、今はまだ遠く。

 

「な……何の騒ぎですか!? けんか!?」

 

 葵が思いを巡らせている中、響く声はシャミ子の物。

 しかし葵はそれに違和感を覚え、桃に近づいたシャミ子の姿が二重にブレている事に気がついた瞬間、静止しようとするも時既に遅し。

 

「隙ありゃ!」

 

 その彼女が声を上げるとともに桃は光に包まれ、頭部には狐耳が生えていた。

 幻術で変装していたリコはその結果に喜び、背後のばんだ荘から出できた白澤が華麗なスライディング土下座を披露する。

 

 リコののたまう理論を聞き、頭に血を登らせる桃は詰め寄る過程で葵から手を離しており、

 ひっそりと空いた片手の開閉を繰り返していた葵。

 桃がタオルで顔を拭っているのよそに、リコは葵の方を向く。

 

「ところで、こっちのかわえ〜娘はどちらさんなん? 随分仲良さそうやけど」

 

「……俺ですよ。葵です」

 

 お世辞混じりかは不明なおだてに葵が答えると、リコと白澤は目を見開く。

 リリスは知っていたようで、ニヤニヤとした笑みをしながらも何も言うことはない。

 

「……ホンマに、葵はんなん?」

 

「……ええ」

 

「ほえ〜……」

 

 フラフラと近寄り、葵を観察しながら呆けた声を出すリコ。

 現実味のなさからか自らの頬を引っ張っていたのだが、ハッとなると顔を隠し、手を退けるとその表情は見慣れた笑顔となっていた。

 

「えろう可愛……面白い格好しとるな」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「……つまらんカエシやわぁ……」

 

「なんかもう慣れたので」

 

 唇を尖らせるリコに葵は冷めた反応を返す。

 

「あら。なら女装したままこっちの高校に通ってみる? 

 シャミ子の護衛、硬く出来るわよ」

 

「……いや。幾らなんでもそれはない」

 

「あ、今ちょっと悩んだわね?」

 

「……」

 

「なるほどなぁ……。葵はん弄るんはこうするんかぁ。参考にしたろ……」

 

 舌を出すミカンのからかいに葵が顔を伏せるのを見て、不穏な反応を見せるリコ。

 そして葵が顔を上げると、今一度葵の顔を見据える。

 

「……なあ、葵はん。耳生やしてエエか?」

 

「……まあ、構いませんが」

 

 承認された瞬間、リコは喜々として葵の頭部に葉っぱを叩きつけ、すぐさまソレを実行に移す。

 そして顕れた黒い耳を眺めるリコだが、あまり表情は芳しくない。

 

「……なんか思うとったよりやな。夢って補正かかるもんなんやろか……?

 

「はい?」

 

「なんでもあらへん。葵はんがこっちも行けるって分かったし、もっと精進せなあかんな〜」

 

 そう言って、あからさまに上機嫌なリコは葵から離れていった。

 

「……あのさ、みんな今からうちに来れる?」

 

 ■

 

「……葵」

 

 桃によって招集を掛けられた一行。

 ミカンが他の面々を押し込むように部屋へ次々と入室し、玄関扉が閉まった狭い外廊下に立つ者は桃と葵の二人。

 名を呼ばれた葵は、寒空とは関係なくその背筋を伸ばす。

 

「さっき葵が言ってた事は本当に滅茶苦茶だった」

 

「……ごめん」

 

「怒るべき、なのかな。

 それが普通なのかどうか、私にはもうわからない」

 

「桃が俺の事をどう思っても……怒っても、嫌われたとしても仕方無いと思う。

 それだけの事を俺はしてる」

 

「……私は、葵が好き。移り気でも、何度私を不安にさせても。

 だから葵には知って欲しい。お姉ちゃんが作ったこの町の事を。……昔の私を」

 

 静かに、葵は頷く。

 

「……シャミ子の事、呼んできて」

 

 そうして、桃は自室へと姿を消す。

 先程の会話すら、桃にとって負荷になるのかもしれないと、そんな不安を抱えつつも葵は吉田家のインターホンを押下し……ようとして、その前に扉が開く。

 

「お兄、だよね?」

 

「……うん」

 

「……お姉が待ってる」

 

 葵の格好を認識して確認を挟んだ後、良子は葵を招き入れた。

 台所へと歩をすすめた葵は、流し台に乗ったソレを横目にシャミ子へと声をかける。

 

「優子」

 

「あっ……。……葵、お腹空いてませんか?」

 

 振り返り、考える素振りを見せたシャミ子は、三つ並ぶお椀の内の一つを指差す。

 残りの二つに比べて一回り大きいそれは、いつぞやにシャミ子の頼みで特大サイズのおにぎりを作った際に使用した覚えがあるものだった。

 

「煮た玉ねぎも生の刻みもたっぷりの葵専用うどんですよ! 

 二袋使って、コレで五袋一パック使い切りです」

 

 ダシの香りを嗅ぎ、そして誇らしげに胸を張るシャミ子の言葉を聞いて葵は思わず喉を鳴らす。

 

「朝からずっと、お腹減ってそうでしたから」

 

「……バレてたか」

 

「葵のことなら分かります」

 

 お互いに意味合いは多少異なるものの、笑顔を交わす二人。

 そして次に葵は良子へと視線を向ける。

 

「お姉とお兄は……これから戦?」

 

「気持ち的にはそうかな。

 良ちゃんが寝てる間に治められるかは分からないけど……頑張ってくるよ」

 

「……うん。良に出来ることがあったら、何でも言ってね」

 

 眠そうに揺らぎながらも、葵の言葉にははっきりとそう返す良子。

 葵が頭を撫でると良子は微笑み、布団へと歩いて行った。

 

「さて、と。……そっちは桃の分でしょ? 運ぶよ」

 

「……お願いします」

 

「皆待ってる。行こうか」

 

「へ? 皆……?」

 

 ■

 

 とりあえずは、これから知る情報を刹那たりとも逃さないために、気の逸れる原因となりそうな腹を満たそう。

 

 手料理を味わいつつも、前提となる桃の話もしっかりと反芻する。

 両立は個人的になかなかにハードではあるが、やらぬ訳には行かない。

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