まちカド木属性   作:ミクマ

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聞いてくれますよね?

「姉の昔からの知り合いに、この町をずっと狙っているヤバ目の魔法少女がいる」

 

 自室にて、シャミ子の作ったうどんを食べ終えた桃は神妙な面持ちでそう切り出した。

 

 今までに幾度か見る機会の有った、桃の身体に深く刻まれた傷。

 その所業を為した魔法少女を桃は何とか町の外へと追い出したものの、いずれまた襲撃をしてくる可能性があるらしい。

 

 下手人の存在を知っているのは桃だけであり、その詳細な情報をこの場の皆へと教える為、桃は一つの案を出す。

 

「シャミ子に私の過去の記憶に入ってもらって、その像を皆に共有してもらいたい」

 

「……え、えええ!? いいんですか!? 

 桃のあれやこれを全部のぞいてしまってもいいんですか!?」

 

「うん……なんかもう色々吹っ切れた」

 

 シャミ子が狼狽する中、量の関係で完食の遅れていた葵は口の中の咀嚼した玉ねぎを飲み込んで喉を鳴らし、そして吐息を漏らす。

 

「……私の知らない所で、葵とミカンさんが何かいい感じにしちゃったんですか?」

 

 そう問いかけるシャミ子が羨望の感情を見せると、葵は汁が残るのみとなった器をテーブルへと置く。

 そして、先程の無様としか言いようのない己の行動を思い返し、表情を引け目の混じった苦笑いへと変えるも、それを読んだらしいミカンが鋭い視線を向ける。

 

「……葵、変な事言う気になってないわよね」

 

「葵はあれでいいと思う。私は嬉しかったから」

 

「……うん」

 

 ミカンと、続けられた桃による言葉を受けた葵は小さく頷く。

 そんなやり取りを見てシャミ子は僅かにふくれていたが、思い出したかのように再び慌てだした。

 

「で、でも私、自分が見たことを人に話すのが下手くそです」

 

「大丈夫」

 

 シャミ子の不安は否定される。

 しおんが無許可で邪神像に実装した“HDMIポート”によって、シャミ子の見る光景を現実のテレビに映す事が出来るらしい。

 震えて青ざめるリリスにシャミ子は同調するが、そんな彼女を見て葵は立ち上がる。

 

「俺も一緒に潜ってみるからさ、頑張ろうか」

 

「……はい!」

 

 紅玉の時とは異なり、干渉する相手である桃自身が無抵抗で受け入れようとしている状況で戦闘が発生する可能性は低いものの、それでも直接この目で見て記憶に刻みたいと、そんな決意を巡らせる葵に、シャミ子は力強く返事をした。

 

「アオイ、オレの出番カ!?」

 

 と、そこで。

 メタ子と戯れていたウガルルは葵の言葉に反応して勢いよく駆け寄り、意欲から目を輝かせ問う。

 

「ありがとう。でも今回は自分で頑張ってみるよ」

 

「そうカ……」

 

「記憶を見てる間は俺たち無防備になっちゃうから、その護衛をお願いしたいな。

 それに、どうしても駄目だったらウガルルちゃんの力を借りようと思う」

 

「……まかせロ!」

 

 ウガルルは気落ちしてしまった様子であったが、葵が代案を出すとそれを受け入れる。

 このような態度を取らせてしまった事に罪悪感を覚えてしまう葵。

 しかし、これからシャミ子が力を振るう際に必ずしもウガルルが近くに居るとも限らず、ウガルルの力を借りた際に得た感覚を自分自身のモノとしたいとも考えていた。

 

「……じゃあ葵、シャミ子。一緒に布団に行こうか」

 

「うぇ!?」

 

「どっちも寝ないと記憶に入れないでしょ。葵だって手握るのは変わらないみたいだし」

 

「お、おおお〜……歯みがいてきていいですか!?」

 

「……何、その反応」

 

「あー……うどんの器洗ってくるから、俺も一度優子の部屋行くよ」

 

「そう……?」

 

 赤面しているシャミ子からの目配せを受けた葵は、テーブルに乗った二つのどんぶりを持ってそんな誤魔化しをした。

 

「で、何でそんなに慌ててるの?」

 

「だ……だって……」

 

 場所は変わり、隣室の吉田家。その台所。

 大きい方の器に残っていた汁を飲み干した葵が問うと、シャミ子は両手の人差し指の先を突き合わせる。

 

「一緒に寝るって言ったら……その、考えちゃうじゃないですか!」

 

「良ちゃんもう寝てるし、静かにね」

 

「……葵、思ってたより落ち着いてます? 私がこうなってるのも……半分くらいは葵のせいなのに……」

 

「……」

 

 葵は顔を逸らす。

 実際、これも葵の得意とする例の技だ。

 千代田葵の言っていた『思考の単純化』が活きるのは、今の様な状況であったりするのだろうかと、そんな考えを葵は浮かべた。

 

「……歯磨き、するべきかな」

 

 恨めしげな視線を送りながらも洗面所へと向かったシャミ子をよそに、器を洗い始める葵。

 口を突いたその言葉だが、今現在吉田家の洗面所に葵の歯ブラシは置いておらず、新しい物を使うのもなんとなく違う気がする。

 かと言って、自宅へ戻るのは時間がかかりすぎてしまう。

 

「……うがいだけしとこう」

 

 ■

 

「葵、調子は大丈夫?」

 

「うん。うどん食べたからもう元気いっぱいだよ」

 

 20分程経ち、桃の部屋へと戻った二人。

 シャミ子と共に布団に横になっている桃は、心配そうに確認をする。

 以前に夢の中に潜ることが出来た、ということは桃に伝えていたものの、やはり半信半疑になってしまうのだろう。

 

「……これから、けっこう衝撃映像見せるかもしれないけど……私は今こうして元気だから、あんまり気にしないで。

 あと……先に謝っておく。ごめんね……」

 

「……?」

 

「私……多分、シャミ子……と、葵にとっても大事なものを……」

 

 シャミ子へと魔力を流し始めた事で集中を要求されている葵であるが、桃のその言葉は深く沁み入る。

 彼女がそれだけの負い目を感じてしまう過去の経験が何なのか考えると、葵の頭は妙に冷えていった。

 

 ■

 

『──時は来た』

 

「──おはようございます!」

 

 危機管理フォームへと姿を変え、飛び起きるシャミ子。

 立ち上がったシャミ子が目にしたものは、筋骨隆々の胴体に猫の顔がついた、杖を持つメタ子のような何か。

 

『……汝も無事、入り込めたようであるな』

 

「……もしかして、コレが前に言ってた夢の中のムキムキのメタ子?」

 

 二足歩行のメタ子がシャミ子へと声を掛けた後、その視線を横へとずらすと、その方向から声が響く。

 反応したシャミ子は自身も顔を向けるも、そこに在ったモノを視認すると固まる。

 

「ひ……人魂……っ!?」

 

「優子、俺だよ俺」

 

「……葵?」

 

 宙に浮く、静かに燃える炎のような不定形を見て震えるシャミ子であるが、その人魂から発された声を聞くとその正体に行き着いたようだ。

 

「やっぱり、色々と制限はあるね。

 でも目も耳も利くし、こうやって声も届く。今はこれで十分かな」

 

 と、人魂こと葵は今の自分をそう分析する。

 ただ、そんな声を聞いているのかいないのか、シャミ子は人魂へと手を伸ばしては引っ込めるという行為を繰り返しており、明らかに怯えている様子に葵は地味に傷ついていた。

 

「……優子、最近は幽霊平気になってきたんじゃなかったっけ?」

 

「えっ……人型はごせんぞで見慣れてきたんですけど……」

 

「人型……? ……ちょっと待ってね」

 

 そう言うと、人魂は軟体のようにグネグネと姿を変え始める。

 しばらくの後に形の安定したそれを表す適切な表現とは──

 

「……ぬいぐるみ?」

 

 ──葵をデフォルメ化した、小さい人形。

 ふよふよと上下に漂うそれを見て、シャミ子は呆けた声を漏らす。

 

「……これって、あれですよね? ミカンさんの誕生日に葵が送った……」

 

「……負担軽くて、参考にできそうなのがアレくらいだったんだよ」

 

 ミカンの誕生日会にて葵が陥る事となった、恐ろしき策謀。

 それを思い出してしまった葵は声を震わせながらも、シャミ子の問いにせめてもの言い分を返した。

 

「こうして見ると、ほんとにかわいいですね……」

 

「……」

 

「……えいっ」

 

 この様な状態での容姿を褒められても、ナルシスト的な自虐しか思い浮かばず、葵は内心顔を引き吊らせていたのだが、そんな葵をシャミ子は抱き寄せる。

 

「優子……?」

 

 圧迫された葵は真上を見ることが出来ず、シャミ子の表情を窺い知ることは出来ない。

 これも現実のテレビで配信されていると伝えようかとも考えたが、結局は為されるがまま。

 

『……シャドウミストレスよ、そろそろ良いか』

 

「はっ!?」

 

 不干渉を貫いていたものの、しびれを切らしたかのように名を呼ぶメタ子。

 シャミ子が思わず背筋をピンと伸ばすと、そこで葵は開放される。

 

『案内しよう。この道をまっすぐゆけ』

 

「は、はい……」

 

『……喬木葵よ、恐れずに進め。さすれば時は来る』

 

「メタ子……」

 

 何かを見定めるような眼光に射抜かれた葵は、それ以上の反応は出来なかった。

 

 ■

 

 歩き始めたシャミ子と、それに追従して空中を横切る小さな葵。

 多数の道路標識と、角ばった雲にまみれた空。そしてがんじがらめにされた謎の扉を通りすぎれば、周囲には見覚えのある住宅が並び始め、道の先に小さな人影が現れる。

 

「……着いた、多魔市。……帰ってきちゃった、お姉ちゃんの町に……!!」

 

 低く……と言っても、この時点においても同年齢と比べれば高いと思われる身長。

 黒く染まった今とは異なる、ピンクと白の二色に別れた頭部の飾り。

 腰ほどまで伸びた長い髪を靡かせ、希望に満ち溢れた声を放つのは、この町に帰ってきた瞬間の桃だった。

 

「……やばい。スンゴイかわいい」

 

「ですよね……!」

 

 喉が存在していれば『ゴクリンコ』とでも盛大に鳴らしていそうな、そんな真に迫った感想を思わず葵が漏らすと、シャミ子はそれに賛同をする。

 

「……話しかける?」

 

「いいんでしょうか……?」

 

「二人とも、そんなに頑張って隠れなくていいよ」

 

 炉端の木陰で、お互いに小声の耳打ちでコソコソと会話をしていた二人だったが、小さな桃に話しかけられた事で目を見開く。

 どうやら、この桃の中には見た目通りの桃の意識と、成長した桃の意識が同居しているらしい。

 

「それで……そっちの小さいのが葵、で良いんだよね?」

 

 二人がおずおずとしながらも近づくと、桃の視線は葵へと向く。

 あの誕生日会を欠席した桃はこれの元凶を知らないため、その疑問は尤もだ。

 それに葵が頷くと、桃は手を伸ばして葵を掴み、四方八方から眺め始めた。

 

「……なるべく客観的に当時の出来事を見せたいから、成長した私は黙ってるね」

 

 満足げな表情で手を離した桃がそう説明すると、彼女の目の色が変わる。

 宣言通り意識の切り替わったらしい桃は、その直前の行動の関係で顔は葵の方を向いたままになっており、小さな桃は首を傾げた。

 

「あなたは誰? 前に闇のお姉さんが来た時には居なかったよね?」

 

「……俺は──」

 

 同じ桃ではあるが、記憶までは共有しているわけではないらしい。

 葵はどう返すべきか悩む。

 まさか、『君の将来の──』などと答えようとは思えず、口を噤んでしまう。

 

「……もしかして、お姉さんの使い魔?」

 

「……そうだよ、俺は優子の使い魔。よろしく。……桃」

 

「よろしく、使い魔さん。お姉さん、使い魔作っちゃうなんてすごいね」

 

 呼称に対する一種の主義から生じた迷いを持ちながらも葵は挨拶をしたのだが、複雑な事情は気取られなかったようであり、桃はシャミ子の方を向いて褒める。

 

「……葵は私の使い魔でいいんですか?」

 

「配下も使い魔も大して変わんないでしょ。

 小さい桃も使い魔だからって態度変えるとも思えないし」

 

「……使い魔なら、私の言うこと聞いてくれますよね?」

 

「……?」

 

 桃に先導されて町の中を進む二人。

 あっけからんとした理屈を聞くと、シャミ子は今一度葵を抱き寄せた。

 

「見て、この頃はあの公園の桜も満開だったんだ」

 

 葵はむず痒さを感じていたのだが、桃がそう示せば顔を上げざるを得ない。

 差された指の先に在る、高台に咲き誇るサクラの大樹からは、散った光る花びらが町中へと広がっていた。

 

「お姉ちゃんは『この町を守る魔法の桜』って言ってたよ」

 

 この景色は葵にも記憶がある。

 ただ、これがどのタイミングで失われたものなのか、今の今まで葵は忘れていた。

 町に起こった事件の結果だということはすぐに察せたものの、下手に触れれば成長した方の桃の精神に関わるのではないかと、口には出せない。

 

「きれいな町ですね」

 

「うん!! 私、この町大好き! だから戻ってきたの」

 

 桃によって語られる桜との関係は、なかなかに“普通”を逸脱したもの。

 とはいえ、そこに今更驚くような葵ではなく、そもそもそれすらも楽しいものであろう事が自然と伝わり、微笑ましさを感じる。

 

 桜に再会する前の下準備として桃がした事は、昔からの知り合いであるまぞくに会う事だったらしい。

 彼ら彼女らに話を通してもらうことで、言いつけを破った事に対する折檻の回避を目論んでいたようだが、桃のあてはいずれも外れてしまう。

 

 しかし、逆に言えば最低でもその数だけこの町にまぞくが済んでいた事を示している筈である。

 人との関わりの薄かった幼い葵は、ヨシュアとグシオン以外にどれ程のまぞくとの交流が有ったのだろうか。

 

「なんか不安になってきた……やっぱりお姉ちゃんに直接会いに行こう」

 

 空振る度にその顔色を暗くしていった桃は、最終的に千代田邸へとつながる道を進む。

 重い足取りで辿り着いたそこだが、表札を目にした桃は困惑の声を上げる。

 

「お姉ちゃんの家に……知らない人が住んでる……」

 

 据え付けの、本来の物である表札の上から貼り付けられた紙。

 ソコには【那由多 誰何】という人名であるらしい文字が書かれていた。

 機械で印字されたと思しき無機質な文字列を見て、幼い桃がどう感じたのかは葵には読み取れず。

 

「シャミ子、ちょっと横に居て。過去の記憶の流れを妨げない程度に。

 できれば手とか繋いでて」

 

 人格が切り替わったらしく、大きい方の桃はシャミ子へと要求を出す。

 戸惑いつつ差し出された、シャミ子の右手に自らの左手を絡ませた桃は一先ず安堵した様子だったが、次に未だシャミ子の左手で拘束された葵に目をやる。

 

「……葵、こっちに来て欲しい。シャミ子、お願い」

 

 それに応えてシャミ子から離れ、浮遊する葵を桃は揺らぐ目で少しの間見つめていたものの、すぐさま焦ったように右手で葵を引き寄せた。

 

「──すいか。なゆたすいか。【誰何】と書いて『すいか』って読むんだよ」

 

 唐突に響く声。

 千代田邸の前に立ちすくむ者の前に現れた彼女は、そう名乗る。

 

「……桃?」

 

 彼女の自己紹介を聞いた葵は、そこに異様な引っ掛かりを覚えたものの、己の仮想体が強く震えている事に気が付いて思考が途切れてしまう。

 否。震えているのは葵ではなく、自身を抱えている桃だった。

 

 

 

 ……話題は少々戻るが、ウガルルの力を借りていた際に比べ、今の葵は魔力の制御を安定させる為に様々な()()を削ったり、切り捨てたりしている。

 映像と音声以外の感覚器が代表例か。

 

 シャミ子に抱かれていた時に伝わる筈の弾力に反応を見せずにいただとか、桃が震えている事に気が付くのが遅れただとか。

 それだけではなく、場の空気感というものに対しても鈍くなってしまっている。

 

 敵を知るために行動しているというのに、それを自ら薄れさせてしまっては本末転倒。

 最初からウガルルの力を借りるなり、素直に諦めて現実のテレビで見るなりという選択肢もあった。

 

 それを間違えたが故に、眼前の異物が異物たる所以も直ぐには感じ取れず。

 ……ましてや、害を為す相手に対する同情が強まり、相対する決意が揺らいでしまう等、有ってはならない。

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